ピロリン酸カルシウム結晶 calcium pyrophosphate dihydrate (CPPD) crystal


(はじめに)
病的に貯留した関節液は疾患によって性状が異なるが,結晶成分の検出は確定診断となるので特に重要である。結晶誘発性関節炎は高齢者に多く,高齢化社会を迎えた本邦では今後ますます検査の必要性が高まっていくものと思われる。今回は,結晶誘発性関節炎の中でもとくに遭遇する機会が多いピロリン酸カルシウム(CPPD)結晶について,形態観察におけるポイントを報告する。

結晶誘発性関節炎とは
関節の滑膜や関節腔に,種々の結晶が析出沈着して引き起こされる炎症性の病態である。結晶成分としては,痛風における尿酸ナトリウム結晶,偽痛風のピロリン酸カルシウム結晶のほか,塩基性リン酸カルシウム結晶(ハイドロキシアパタイト),シュウ酸カルシウム結晶,ステロイド結晶などが報告されている。

病的関節液の外観
黄色調が強く混濁している 不均一で有形成分を多く含む

急性期の関節の痛みは,関節液貯留による圧迫と好中球が結晶を融解するときに放出するライゾゾーム酵素によるもので,この時期では好中球増加により関節液の外観は混濁している。

(検査方法)
提出された関節液は直ちに液量・外観を確認したのち,2000〜2500rpmで5〜10分遠沈,沈渣を無染色のまま鏡検し結晶成分の有無を見る。このとき,炎症細胞の出現程度を併せて評価しておく。滑膜細胞は無染色では炎症細胞との区別が難しいので,ギムザ染色やパパニコロウ染色を行う。結晶陽性のときは,鋭敏色検板を装着した簡易偏光装置で複屈折性の確認を行う。

CPPD結晶は長方形・立方形・菱形・棒状を呈している。サイズは小さいもので3〜5ミクロン,大きいものは30ミクロン程度。小さな結晶は好中球に貪食されていることが多いので,結晶が少ない場合はとくにこの点に着目して観察するとよい。種々の形態のCPPD結晶 写真1 写真2

CPPD結晶
CPPD結晶は正の複屈折性
MSU結晶
MSU結晶は負の複屈折性

CPPD結晶の同定は偏光顕微鏡(または通常の顕微鏡に鋭敏色検板つきの偏光装置を装着)で「正の複屈折性」を確認する。偏光顕微鏡で長方形の結晶を見ると,長軸がZ'軸に平行のとき青色,Z'軸に垂直では黄色に見える。標本全体をよく見て,こうした典型的な特徴を示すものを探すことが重要である。なお,尿酸ナトリウム結晶は逆に「負の複屈折性」になる。

CPPD結晶陽性例は,高齢女性に多い,膝関節など大きな関節に発症しやすい,臨床診断が変形性膝関節症となっていることがある。しばしば,画像所見で関節軟骨や半月板に石灰化像を認める。


CPPD結晶とMSU結晶とは伸長の光学性がそれぞれ正・負と異なっているため,偏光顕微鏡に鋭敏色検板を組み合わせることにより両者を鑑別することができる。直交ニコルの状態で鋭敏色検板を光路に入れる。このとき,以下のような結晶の向きと干渉色の関係により,CPPD結晶とMSU結晶の鑑別を行う。

CPPD結晶 MSU結晶
正の複屈折 負の複屈折
の複屈折 の複屈折

CPPD結晶とMSU結晶が同時に見られた症例

高齢者の膝関節液中に見られたもの。関節液中の尿酸値は11.5mg/dlで,血中の数値と同じであった。

同一視野の光顕像と偏光像 MSU結晶の集塊
同一視野でステージを回転して見た偏光像

偏光像の見え方

偏光なし 通常の直交ニコル 鋭敏色偏光



対比染色の検討
小型の結晶は好中球に貪食されていることが多いので,結晶成分が少ない時は特にこの点に注意して鏡検するとよい。なお,結晶成分の検出精度を上げる目的で染色を施すという報告もみられるが,期待した効果は得られなかった。
ギムザ染色もフクシン・トルイジンブルー染色も,結晶を直接染める訳ではなく,貪食細胞を染めることでコントラストを利用した対比染色である。下の写真は結晶が明らかな部分を撮影しているが,自験例では結晶が多いにもかかわらず,染色するとかえって結晶をみつけにくいという経験をした。いずれの染色も炎症細胞の分類には効果的である。

無染色 ギムザ染色 フクシン・トルイジンブルー染色



アリザリンレッドS染色の実験
カルシウムに反応する染色である。2%アリザリンレッドS染色液(蒸留水に色素粉末を溶かし,そのまま使う)を沈渣に等量混合し,尿沈渣鏡検の要領で湿潤スメアとして観察する。写真はCPPD結晶であるが,一般には小型であるために電顕でしか確認できない塩基性リン酸カルシウム(ハイドロキシアパタイト)が,凝集塊を形成した場合は本染色で陽性を示すという報告がある。日常業務では本染色は行なっていない。

アリザリンレッドS染色は硬骨を染める「ダールのカルシウム染色」として知られており,魚類の透明骨格標本にも応用されている。透明骨格標本の作製



結晶貪食像の特徴

CPPD結晶 MSU結晶
 ・長方形や棒状
 ・尖った針状にならない
 ・結晶は様々な方向を向
 ・針状に見えるものが多いが長方形もある
 ・長いものが多い
 ・結晶が束状になりやすい
 

(注意)
MSU結晶が針状に見えるのは,見る方向によるものです。針状のものが,別の向きでは長方形に見えます。

MSU結晶の形態についてはこちら(H23年5月追加)


CPPD結晶の形について
結晶の形はそれを作っている原子や分子の並び方の違いで決まる。結晶中では,原子や分子が単位格子または結晶格子と呼ばれる最小単位のグループを作り,それがちょうど積み木のように縦,横,上に並ぶ。ブラヴェは3次元の結晶構造を7つの結晶系,さらに対称性を含め14種類の結晶格子 ( ブラヴェ格子) に分類した。多くの文献に記載され,CPPD結晶の形態的特徴とされる「単斜晶」「三斜晶」という表現は,ブラヴェの分類に由来している。しかし,この両者を光学顕微鏡で区別することは困難である。急性期発作時には単斜晶が多いという報告がある。

単斜晶
a≠b≠c
α=γ=90°
β≠90
三斜晶
a≠b≠c
α≠β≠γ

通常の光学顕微鏡によるCPPD結晶の識別
単斜晶および三斜晶の形態から,理論的にこの結晶は観察する方向によって次の形態をとることがわかる。すなわち,長方形,ひし形,平行四辺形である。さらに結晶の成長具合により,細長く棒状になる場合もある。ただし,基本最小単位である結晶構造の形態がそのまま結晶全体の形に反映されるわけではない。このように,ほとんどの場合は同一検体の中で,いくつかの形態的バリエーションを見るのがCPPD結晶の特徴と言える。


複屈折の性状による結晶の判別
光が結晶に入射したとき,二つの屈折光を生じる現象が複屈折である。これを有する物質を光学的異方体という。互いに振動方向が直交する二つの屈折光の間には,相対的な進みと遅れ(位相差)が生じる。速い方の光の振動方向をX'方向,遅い方の光の振動方向をZ'方向という。
異方体には,細長く成長した結晶のように,ある方向に伸長しているもの(おおむね結晶の長軸方向と考えてよい)がある。伸長方向とZ'方向が一致しているときを「正の光学性」,直交するときを「負の光学性」という。これを確かめる方法は,直交ニコルの状態で,二枚の偏光板の間に鋭敏色検板(位相差530nmを有するフィルター)を入れ結晶を観察する。長軸方向がZ'方向と平行のとき青色を示すと「正」,黄色を示すと「負」である。CPPD結晶やMSU結晶は伸長の光学性が決まっているため,鋭敏色検板で判別される。

異方体から出たあとの二つの屈折光(屈折率noと屈折率ne)に生じる位相差(σ)は次式で表される。

σ=2πd(ne−no)/λ  (λは光の波長,dは異方体の厚さ)

位相差が明らかな場合は,複屈折の変化を鋭敏色検板でとらえることができるが,異方体の厚さ(d)が小さいときは位相差も小さくなる。CPPD結晶において,複屈折性が弱いか見られないものがあるのはこのためである。


炎症細胞以外の細胞

滑膜細胞 滑膜細胞 軟骨細胞

滑膜細胞は上皮性結合で集団を形成すると判別しやすいが,そうでない場合は無染色では組織球との区別が難しい。染色すると組織球に比べて細胞質に厚みがある様子がうかがえる。(パパニコロウ染色)


結晶陽性例の内訳

H10年10月からH18年2月までに関節液を検査した168例のうち結晶陽性122例(72.6%)

性別内訳 部位別内訳
  女性 男性 全体
CPPD 83 25 108
MSU 0 12 12
CPPD+MSU 1 1 2
陽性件数 84
(73.7%)
38
(70.4%)
122
(72.6%)
検査件数 114 54 168
膝関節 足関節 母趾MP 肩関節 肘関節 全体
102 1 0 3 2 108
6 4 1 0 1 12
2 0 0 0 0 2
110 5 1 3 3 122



(結果)

  1. 検出された関節液中結晶成分は,CPPD結晶とMSU結晶のみであった。
  2. CPPD結晶は高齢女性に多く,MSU結晶は中年男性に多く見られた。
  3. 結晶成分が見られなかった例のほとんどは,変形性関節症であった。
  4. 結晶成分の量と好中球出現量はほぼ比例するが,好中球が多いわりにはCPPD結晶が少ない例もあった。
  5. CPPD結晶とMSU結晶は,小型のものは通常の光顕では区別しにくいものもあるが,プレパラート全体を見るといずれも典型的な形態をもつものが含まれている。したがって,非偏光状態における結晶形態像の把握が重要である。これまでの経験から,無染色・非偏光でも両結晶の同定は可能と考えている。
  6. 複数回の関節液穿刺を受けた例は,すべてCPPD結晶陽性で12例。頻度は多い例で年2回,大部分は1〜3年ごとに合計2〜3回であった。

(考察)
関節液中の結晶同定には光学(偏光)顕微鏡のほか,電顕やX線回折があるが日常業務では手間と時間,費用の問題があり光顕以外の方法は実際的ではない。関節液の性状についてはコメントによる報告で,ムチン塊テストや蛋白定量,比重測定は行なっていない。
関節液検査の対象は多くが70才代以降の高齢者で,CPPD結晶の検出率が高く,この傾向は平成21年現在まで変わっていない。さらに今後も,この状況は継続していくものと予想される。報告者により意見が分かれるが,自験例の集計結果から判断すると,高齢女性で膝関節由来の関節液が提出された場合は,CPPD結晶が含まれていると想定して鏡検する必要がある。また,外来診療においては関節液中の結晶検出は迅速検査としても重要である。


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