植物の葉(10cm大) 拡大像 | 植物の地下茎 拡大像 | 根に含まれる結晶(対物40) |
この植物をはじめて見たのは平成8年でした。食用の芋と誤って口にしたかたが,舌や口腔内の激しい痛みや腫れを訴えて私が勤務する病院に入院されました。山中でたまたま作業中にみつけたそうで,主治医から根のようなものを見せられ,どのような植物か特定できないかと相談を受けました。じつは私と同僚は状況をよく把握しないまま,ちょっとした好奇心からこの根のようなものを少しだけ味見をしてしまいました。すると瞬く間に舌先に痛みを感じ,その後一週間は舌先のしびれ感がとれませんでした。私たちが経験した痛みは尋常ではなかったため,周囲に危険性を知らせる必要があると思い,この植物の種類を調べてみることにしました。
当時さまざまな心当たりをあたってみたのですが,身近なところではまったく手がかりは得られませんでした。ちょうどそのときインターネットでは臨床検査関連の会議室(臨床検査メーリングリスト)ができており,会員もふえ続けていました。そこでこの事例について発言したところ,広島大学法医学教室の屋敷先生から中毒情報ネットワークの紹介とともに,そちらでもこの植物について検討してくださることになり,両ネットワーク間で発言のやりとりができました。(発言者およびネットの管理者に事前に了承を頂き,発言を転載するという形をとりました)
植物の同定をする場合は,葉の形や茎とのつながりかたなどを見るのが重要なポイントなのだそうです。しかし,なにぶん手元には根らしきものしか参考にするものがなかったため,とにかく患者さんがみつけたという現場付近に行ってみて手あたりしだいに雑木林を掘り返してみることにしました。休日や職場の帰りを利用しながら探していたところ,しばらくして偶然にも同じような根を見つけることに成功しました。ただ時期が10月であったためか,その植物の茎や葉は地上に出ておらず根の部分のみの採取になってしまいました。自宅の庭で発芽させようと試みたのですが,しばらくすると根は腐ってしまいうまくいきませんでした。
こうした経過をネット上の会議室でおよそ1ヵ月くらい展開しました。結局,根の部分(実際は地下茎)しかみつけることができなかったので植物の同定は困難とのことでしたが,おそらくヤマイモ科に属する「オニドコロ」の類であろうという返事を中毒情報ネットワークのメンバーのかたから頂くことができました。毒性については,根(地下茎)に含まれるシュウ酸にも原因があるのではないかということでした。当時インターネットで「オニドコロ」を検索しましたが情報は得られず,一応それで終わりにしていました。
その後もずっとこの植物については気になっていたので,私の職場や周囲にこの事例を話し続けていました。すると平成13年6月になって職場の看護婦さんが偶然山でみつけたといって,同じ種類の植物の根を持ってきてくれました。それにはちょうど芽が出ていたので,今度は腐葉土を使い再び自宅で栽培することにしました。そして1ヵ月くらいするとツルの長さは2メートルほどになり,立派な葉もたくさん出てくるようになりました。葉の写真は自分のホームページにものせて,いつか同定できるチャンスを待っていました。同時に,久々に「オニドコロ」をネットで検索してみると今度はいくつかの情報を得ることができました。その中で写真が掲載されてヤマイモ類についてくわしく書かれている「清和肥料工業株式会社」の真野先生が作られたページがありました。(http://www.shk-net.co.jp/seiwayuki/ 「長いも・豆知識」)さっそくメールをお送りして私のページの写真を見ていただきました。しかし,写真だけではくわしい様子がわかりにくいということで,ご丁寧に参考資料を送ってくださいました。
その資料をもとに観察したところカエデドコロ・キクバドコロ・ウチワドコロのいずれかであろうということがわかりました。完全に一つに絞り込むことができなかったのは,葉の表面の状態や形,葉の根本にある突起物の有無などいくつかの鑑別点を総合して完全に一致するものがなかったためです。雑種かもしれませんが,このへんについてはさらに調べる必要があります。これらの植物は近辺の野山で比較的よく見ることができます。最近では私も葉の形を参考にして,雑木林で見つけることができるようになりました。粘膜に刺激を与えるような毒性の原因についてはまだはっきりわかりません。この植物の地下茎をつぶして顕微鏡でみると針状の結晶が見られ,これが粘膜への物理的な刺激に関与していると思われますが,これがシュウ酸結晶かどうか確認はできていません。この針状結晶は多く見られる場合とそうでない場合がありますが,味見をして確かめるのは危険ですからやめています。
この事例はヤマイモ科に属する植物で,ごく普通にみられる植物による被害でした。ヤマイモとは異なる「食えないイモ」があるということを一部には知っているかたもおられるようですが,ただたんに「食えない」ということで,中毒という言葉は聞いたことがありませんでした。今回と同様な事例は現在にいたっても他に聞いたことがなく,また中毒をひきおこした原因物質についても確定できていないというのが現状です。このようにまだまだ不明な点が残されているのですが,今までに少しづつでも内容がわかってきたのはすべてインターネットによるおかげです。
植物の調査については以下の方々にたいへんお世話になりました。
・ 臨床検査メーリングリスト管理グループの皆さま http://www.tama.or.jp/~junueda/Clin_Labs/
・ 屋敷 幹雄 先生 広島大学医学部法医学教室 http://home.hiroshima-u.ac.jp/houi
・ 中毒情報ネットワークの皆さま
・ 真野 良平 先生 清和肥料工業株式会社