ゆうこう
さだまさしのナガサキピースミュージアムでゆうこうとの出会いから今日までの歩みを展示していただきました。
場所が分かりにくいですが、大浦警察署の3軒となりです。香港上海銀行の斜め前です。
NPO法人 虹の会虹の架橋つるっこ作業所の子どもたちが袋詰めしたゆうこうの果実や外海の日宇さんのゆうこうパンも手に入ります!(有料ですが、、)


雲仙市吾妻町で伝統野菜で語るスローフードな夕べ2008が開催されました。
初めてパワーポイントでみさき道を歩いてゆうこうに出会った時から味の方舟に登録されるまでの経過を発表しました。
料理研究家の黒川さんもゆうこうについて説明をいただきました。
テッラマードレ2008やエタリの塩辛、雲仙こぶ高菜の発表もありました。
花作大根を山形の遠藤さん、日本大学の川手準教授から農業における生物多様性と自家採種とする講演がありました。













スローフード協会の味の箱舟へゆうこうが登録申請されることを知って、長崎スローフード協会へ入会し世界大会へ参加した。
岩崎会長のこぶ高菜や千々石のえたりの塩辛の意見発表を聞きました。
宿舎は冬のオリンピックの選手村だった。150カ国の方々と一の会場で一緒に時を過ごしたことは感動でした。
野母半島にあるみさき道を歩いていて見つかったのが地元に古くからある蜜柑”ゆうこう”でした。
それが新種とわかり、長崎市が地産地消としてやはり”ゆうこう”がある外海地区も含めて取り組むことになりました。
2009年沢山の方のお陰で世界スローフード協会の味の方舟として認められました。

発見のきっかけになったゆうこうの木

ゆうこうの果実
優しい香りと実に筋の山があるのが特徴
その下見を大山祗神社総総代中山秀雄氏の案内で三和町史談会長中島 勇氏、土井首連合会長小中龍徳 氏、荒木満蔵自治会長とダイヤランドから大山祗神社まで歩きました。その途中、小中連合会長が 教えてくれたのが「ゆうこう」と地元がいう小さな蜜柑でした。
中島史談会長が「川上さん、ゆうこうを調べたら面白いかもしれませんよ」と言ってくれたことが 「ゆうこう」調査のきっかけです。
ゆうこうについて記載の有るホームページ
1.長崎県果樹試験所 かつらぎ通信
かつらぎ通信
第2号、第3号、第4号すべて6ページに紹介記事あり
2号の川上正則とあるのは川上正徳の間違いです。写真の1番右が私です。
3号には外海の話です。
4号には私が作ったゆうこう胡椒の写真があります。
2.長崎歴史文化協会の機関誌
おおまかな経過
1.みさき道(長崎唐人屋敷ー>野母崎観音寺)に沿って殿様道がある。 (殿様=深堀藩、鎌倉時代の三浦氏という地頭ー>千葉県から赴任 のちに佐賀鍋島氏から領主に養子をもらって佐賀藩の家老)の確認中 ゆうこうと出会う。
2.NHK趣味の園芸へ木の写真を送る。
3.NHKが焼津の興津研究所の根角氏へ調査を依頼して同氏から四国の ゆこう(柚柑)ではないかと思われるので種子をおくるよう手紙が来る。
4.種子では分からないということで果実を送る。
5.新種のようなので古文書に記載がないか。木の幹周り、樹高、樹幅 と分布図を作るよう依頼がある。
6.地元小中連合会長らの協力で分布図を送り、新種と判定され ジーンブックに登録されると連絡あり。
7.私の退職と同時に根角さんが長崎県果樹試験所へ異動
8.根角科長と試験場と一緒に現地調査
9.学会発表
10.外海地区でのゆうこう発見
11.佐賀県農業試験研究センターから佐賀県馬渡島にもゆうこうが有るとして長崎のゆうこうを調査に来られる。
馬渡島は外海町黒崎からのがれたかくれキリシタンの島 馬渡島のホームページ 土井首地区も深堀藩です。深堀藩の善長地区は外海のキリシタン が住み着いたと善長谷教会の説明板に書いてあります。
何故か隠れキリシタンのメッカ長崎市樫山地区にはゆうこうがありません。 外海の隠れキリシタンが住み着いた五島にもまだ発見されていません。