 光 源 寺 文 庫
| 産女の幽霊(パンフレット) | 長崎の民話にもなっている、光源寺幽霊「飴屋の幽霊」のパンフレットです。 パンフレットの中には、幽霊の話だけではなく、簡単な光源寺の歴史も紹介してあります。ひそかに光源寺のベストセラーです。 |
| 『戦争そして原爆 その悲しみを越えて』 光源寺門信徒の戦後60年 | 光源寺文庫第八編 門信徒の投稿文 平成17年8月発刊
平成十七年 この俊は終戦60年という節目の年にあたりました。 風化しつつある被爆体験、戦争体験。七十年のときでは遅すぎる。今しかない!多くの方々に投稿をいただき、それぞれの歩みを一冊の記念誌をして発刊しました。 それぞれの方の被爆・戦争体験と現代の高校生一万人署名活動で活躍中の高校生の取組を掲載しました。 |
| 『第十三代住職活雷師』 | 光源寺文庫第七編 楠 活雷師思想集 平成15年5月発刊
平成15年5月6日、光源寺第13代住職楠活雷師の70回忌法要を勤修されました。 活雷師といえば住職という面だけでなく、伊良林小学校初代PTA会長、長崎池ノ坊の第一人者という一面もあります。 この活雷師の没後に編纂されたものが、活雷師の法話集「維摩経講話」。70回忌の記念にこの法話集を抜粋・編集して発刊しました。 |
| 『(虫+恵)蛄(ケイコ)春秋を識らず』 | 光源寺文庫第六編 原田覚隆氏 著 光源寺テレホン法話集 平成12年11月発刊
故原田氏の12年にもわたる、光源寺とのご縁。そして、12年間毎月一度はお話していただいた、テレホン法話を一冊の本にまとめました。
タイトルの(虫+恵)蛄(ケイコ)とは中国語で「セミ」ということです。 「セミ」は春秋があることを知りません。だから今が夏であるということもしりません。
原田氏がご法話でよく使われていたこの言葉を本のタイトルにしました。 |
| 『白道をあゆむ』 | 光源寺文庫第五編 光源寺住職 楠 達也著 平成11年11月発刊
光源寺住職就任四十年記念法話集。 昭和34年6月の創刊以来、発刊し続けている寺報「光源寺新報」のコラム欄「白道」に記し続けてきたエッセー・思いつくままに記した随筆集です。
タイトルの「白道」は「びゃくどう」と読みます。此岸から彼岸へわたる歩幅ほどの道・・・それが「白道」です。 |
| 『よき人のおおせのままに』 | 光源寺文庫第四編 佐々真理子 著 光源寺テレホン法話集 平成10年12月発刊
光源寺のご門徒、佐々真理子さんの一周忌記念法話集。 佐々さんが生前に発刊されていた著書、及び「光源寺テレホン法話」で話された思想信念のダイジェスト版。
佐々さんは、子どもの頃の病気で、重度の身体障害という、つらい現実を背負いました。そんなときに出遭った「よき人」藤原正遠先生がおおせられた「ただ南無阿弥陀仏」というお言葉で救われて行かれました。 |
| 『長崎歌人伝 ここは肥前の長崎か』 | 光源寺文庫第三編 堀田武弘 著 平成10年1月発刊
光源寺新報の作成者。また、光源寺文庫のほぼすべてを編集している堀田武弘氏の著作。 光源寺13世・楠活雷師の時代、光源寺に参った斉藤茂吉・若山牧水等の著名な歌人達。ご縁のある歌人達、地元長崎の歌人達の生涯を記した大作。 |
| 『法話集 畑の葦』 | 光源寺文庫第二編
平成5年5月発刊
第13世住職、楠活雷師の朋友 藤原鉄乗師。その自書を光源寺で語られた法話をまとめてみました。 |
| 『光源寺テレホン法話』 | 光源寺文庫第一編
平成4年5月発刊
光源寺本堂落慶一周年記念。藤原正遠氏が「光源寺テレホン法話」を通して語られた法話集。 |
| 『光源精舎』 | 光源寺本堂落慶記念誌
平成3年11月発刊
光源寺開山360年。 光源寺昭和・平成大修復本堂落慶 住職就任30年 記念誌
落慶法要の様子。「天保の本堂」から「平成の本堂」への大修復の記録。光源寺新報にも連載していた「光源寺物語」「門信徒の心得」子ども会記録等 |
| 『光源寺史』 | 光源寺開山三五〇年記念誌第一巻
昭和58年5月発刊
越中哲也先生執筆で、十六代の歴代住職を中心に、光源寺350年の歴史が著されています。 また、16世紀後半から17世紀初めにかけて、長崎の街がキリシタン時代から変わっていく様子が詳しくかかれています。 |
| 『光源寺開山三五〇年』 | 光源寺開山三五〇年記念誌第二巻
昭和58年5月発刊
昭和56年11月に挙行された大法要「光源寺開山三五〇年」の総集編です。門信徒の皆様の投稿により一冊の本となりました。又、日曜礼拝十年の記録・民話「産女の幽霊」もまとめられました。 |
| 『伊良林の子どもたち』 | 光源寺開山三五〇年記念誌第三巻
昭和58年5月発刊
子ども会そして日曜学校の歴史。それに長崎の子どもたちの昔の遊びが集大成された本です。 |
| 『維摩経講話 楠活雷語録並言行録』 | 光源寺第13世住職楠活雷師一周忌記念冊子
昭和11年5月発刊
光源寺にも三冊しか残っていない、先々代住職の思想集。 大正12年〜昭和2年まで発刊されていた月刊誌『烽火』(昭和2年には『明證』)に連載していた『維摩経』の講話を編集したもの。 |
| 『光源寺天文書』 | 釋松吟
江戸時代
現存しない幻の書。 「仮名天文書」とも「乾坤説」とも言われていた。
光源寺初代住職松吟が、西洋の天文書を翻訳したという。 実際はキリシタンの神父で、後に仏教に転宗した忠庵が、その手伝いをしたのではないかと考えられている。
光源寺にも現存しない幻の本!情報をお持ちの方はぜひご一報ください。 |

|