植木・玉名・肥後伊倉(2011.4)

県内のお祭りへ参加することにした。
今日は、玉名市伊倉で、「ねり嫁行列」というお祭りがある。

残された1年間、出来るだけ県内のお祭りを見ておきたい。
それもあまり知られていないお祭りを中心に。

今日は、その第一弾である。


その前に、植木町にある「寂心さんの楠」へ寄ることにした。
ここも以前から行きたいと思っていたが、道が分からず行けなかった場所。
今日は、地図持参で臨んだ。

国道3号から植木駅方面へ入る。
こんなところに「寂心さんの楠」があるのか?と思いながら進むと、大きな木を発見。

一帯は、広い公園となっている。

幹回り13.3m、高さ29m、樹齢800年の大楠。

戦国時代に、菊池氏の重臣で隈本城の城主であった鹿子木親員の墓が根元にある。
鹿子木親員は出家して、寂心となった。
そのため、寂心さんの楠と呼ばれている。

鹿子木といえば、鹿子木荘。
寄進地系荘園の代表例として、日本史の史料として教科書に出てくる有名なところ。
この周辺も古い史跡が多いようなので、ゆっくりと巡ってみたいものだ。

植木町から西南戦争の舞台となった田原坂を通って、玉名市中心部へ。

伊倉地区にはJRで行くのだが、まだ時間があるので、玉名を散策することにした。
ここは、壽福寺跡。

読坂鋳造阿弥陀如来立像。
2.4mもある。

「読坂の黒ぼとけさん」として、市民に親しまれているそうだ。

繁根木八幡宮。

立派な楼門だ。
12mの高さがある。

西南戦争では、官軍の本営が置かれた。
石垣には、今も弾痕が残っているとのこと。

不敵な笑みを浮かべる狛犬。

毎年10月28日〜29日に秋季大祭が行われる。

二層造の楼門は、江戸時代初期に建造された。
玉名市には、疋野神社など古くて立派な神社が多い。
もう少しPRしても良いのではなかろうか。

玉名駅前。
以前から寂れていたが、新幹線の開業が追い打ち掛けたか。

いかにも地方の駅といった感じの玉名駅。

玉名駅のホーム。
ここから熊本駅までは、30分程度。

下り方面、最初の駅が「肥後伊倉駅」。
ここで下車。
乗車時間は、3分程度。

趣のある木造駅舎だ。

祭りの日だというのに、下車した人は少なかった。
玉名市内であっても、あまり知られていないのだろうか・・・

肥後伊倉駅周辺は、家も少なく何もない。
中心部と思われる方向へ歩いていくと、途中に工場や学校があった。

しばらくすると、住宅街が現れ、やがて、両脇に神社がある通りが出てきた。
ここが伊倉南北八幡宮のようだ。
このように、向かい合って神社がある場所は珍しい。

伊倉北八幡宮。
桜が舞って綺麗なところだ。

さっき行った繁根木八幡宮と同じような立派な二層の楼門。

本殿では、神楽を舞っていた。

笛と太鼓に合わせ、刀を振りかざして踊っている。
珍しい光景だと思うのだが、我々以外、誰も見物する人がいなかった。

伊倉北八幡宮から伊倉南八幡宮を臨む。
なぜ、このように並んで建っているのか、よく分かっていないそうだ。

道路から伊倉北八幡宮を振り返って見る。

伊倉南八幡宮。

こっちでは、神楽はやってなかった。

口をあけた狛犬。

こちらの楼門は、普通の神社と同じ。

伊倉南八幡宮は普通だなと思っていたら、仁王さんが立っていた。

大楠。
この大楠には、精霊が宿っているそうだ。
西南戦争の際は、この楠の上に御神体を隠したとのこと。

こちら側に来ると、店も出ていて、お祭り!って雰囲気。
人は多く集まっていたが、店は流行ってなかった。

伊倉音頭。
ねり嫁行列を歌ったもののようだ。

さっきよりも人が増えてきた。
ねり嫁行列を待っているようだが、いつ来るのだろうか・・・

町の中心部が騒がしくなってきた。
おそらく、町の中心部の方から行列がやってくるのだろう。

待ちきれないので、中心部へ向かうことにした。

荒木同(ひとし)と神風連の説明があった。
神風連に参加し、名刀同田貫を持って熊本城で戦い、戦死したとのこと。

神風連は、西南戦争へ続く一連の反乱とは趣旨が異なり、欧化政策を進める明治政府への反発であった。

南北の八幡宮の間を通る道は、ずっと町の中心部を貫いている。

説明板によると、この道は「下地中分」の線であるとのこと。
鎌倉時代末期に、地頭と荘園領主との領地を分けた境界線である。
これは、日本史の授業で必ず習うもの。
覚えにくい用語であるが、実際に見ると印象に残るものだ。

伊倉の商店街。
行列を見に、多くの人たちが出てきた。

お囃子が聞こえてきたと思ったら、行列の先頭が現れた。

ぞろぞろ出てきた。

まさしく、ねり嫁行列。

古い建物の前を通ると、行列が絵になる。

最初の行列は神社の方へ行ってしまった。

下地中分の道を進むと、この唐人船つなぎの銀杏に辿り着く。
この銀杏と伊倉南八幡宮の大楠を結ぶ600mの道が下地中分線であり、この両端の木が目印とされていた。

この銀杏の下は、昔は海で、丹部津と言われた港があった。
銀杏の近くには、唐茶の原木があったが、崖崩れで消滅したそうだ。

この辺りの街並みは古く、趣がある。
いろいろ遺跡も残っているようだ。
ゆっくり巡ってみたかったが、JRの時間があるので、この辺で戻ることに。

帰りも同じ道。
さっきとは別の行列のようだ。

こうやって見ると、長崎くんちの稚児行列のようだ。

素朴な地域のお祭りといった感じ。
参加した家族は、良い思い出になるであろう。

伊倉には、薬草を使ったケーキ屋さんがあると聞いたが、どこにあったのだろうか。
「週刊山崎くん」でやっていたのだが・・・

最初の行列が、伊倉南八幡宮へ入っていった。
この祭りは、行列だけで終わるのだろうか?

JRの時間が迫っていたので、急いで駅に戻った。
今後、伊倉の地には、なかなか来ることはなかろう。
この「ねり嫁行列」は10月15日にもあり、接頭馬の奉納などがあるそうだ。

伊倉は、もう少し有名になっても良いのではないか。
それだけの価値がある場所だと思う。

玉名市中心部に戻ってきた。

ロワゾーブルー。
パティシエの大会で全国優勝したパティシエのケーキ屋さん。
そんなお店が、玉名にあるとは・・・恐るべし。

国道208号。
歩道が、高瀬の菖蒲をイメージした紫色。
色の趣味が悪い・・・

玉名市からの帰り道、またまた、気になっていた場所へ寄ることに。

国道208号沿い玉東町にある正念寺。

交通量が多く、駐車場がないので、いつも行くことが出来なかった。
今回は、玉東町役場に駐車して行くことにした。

西南戦争の際に、佐野常民が博愛社設立の許可を受け、ここで救護活動を行った。

まさに、日本赤十字社がスタートした場所である。

境内の柱や壁には、西南戦争時の弾痕が残っているそうだ。

国道208号から見ると、門のところに「官軍病院址」という碑が立っているのが分かる。
最近、ジェーンズ邸や拝聖院などに行き、日本赤十字社に興味を持っていたので、行けて良かった。

JRに沿って、熊本市へ戻った。
その途中、熊本市貢町にある西浦荒神社へ。

荒神さんは、火の神、竈の神として信仰を集めている。
建物を建てたときに、こちらにお参りし、お札を屋敷に貼れば、祟りがないとのこと。

場所は、フードパル熊本の近く。
看板が出ているので、分かりやすい。

上の方へ行くと、新しくて大きな神社があった。
陽の光が反射して美しいが、神社は古い方が何かありがたく感じてしまう。
ちょっと違和感があった。

今日は盛りだくさんだったので、疲れた・・・
伊倉のような隠れた史跡の宝庫が、他にはないだろうか。
今日は、とても楽しい一日だった。

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