瀬田神社・鉄砲小路・黒髪・採釣園・叢桂園・釣耕園(2011.4)

今年の春は、熊本の桜を見て回っている。
昨夜の雨で、もう散ってしまったかもと思いつつ、気になっていた桜の名所に行ってみた。

大津町の瀬田神社。
県道207号を阿蘇方面に進むと、左手にある。
知る人ぞ知る桜の名所。

散ってはいるものの、まだまだ美しい。

阿蘇方面を臨む。

熊本市方面を臨む。
道は広くなったり、狭くなったりするが、神社の前には車を停められるスペースがある。

瀬田神社の由来は、よく分からないそうだ。

良い感じの本殿。

切り立った崖も山岳信仰ぽくて良い。

地元の人たちが神社を大事に守っている。

桜が満開の時は、さぞかし美しかったろう。

瀬田神社の下には、「割子の水」という湧水が出ている。

雰囲気の良い神社だった。

菊陽町のJR原水駅の裏手を通る県道311号線に来た。
ここは、「鉄砲小路」と呼ばれている。

江戸時代、ここには、普段は農耕に従事し、命令があれば鉄砲隊として戦った集団が住んでいた。
島原の乱、ペリー来航時の浦賀詰め、五稜郭の戦い、西南戦争などに参加した。
しかし、西南戦争では、ほとんどが薩軍に参加したとのこと。
鉄砲小路にある蘇古鶴神社。

細川忠利が熊本の鬼門となる東北を守るために、勧請したとのこと。

ここも桜が、かろうじて残っていた。

静かで広い境内。

地元の人が清掃をしているのだろう。
とても綺麗な神社であった。

青い狛犬。

口をあけた緑の狛犬。
眉毛が濃い。

なぜか、すごく怒っている。

現在、鉄砲小路は4kmにわたり、生け垣が植えられている。

まちづくりの意識が高い人たちが住んでいるのだろう。
素晴らしいことだ。

浄念寺。
蘇古鶴神社の前にある。

町並みが清潔で美しい。
こういうところが県内に増えれば、熊本の品格と言うものも高まるに違いない。
もっと、この取り組みが有名になればいいのに、と強く思う。

菊陽町から移動して、熊本県北部の黒髪へ。

ここは、拝聖院。

西南戦争の際に、旧細川藩医であった鳩野宗巴たちが、赤十字的な活動を実施した場所。
日本赤十字社の前身となる博愛社の活動よりも早かった。

鳩野宗巴は代々、その名を継いで、熊本藩医となった。
医者として10代目まで続いたとのこと。

裏山に、なぜか由比正雪の腰掛石があるそうだ。
慶安事件の前に、ここを訪れたとのこと。
本当だろうか・・・

大学時代、この近くに住んでいたのだが、全然知らなかった。

場所は、朝日野病院の近く。
かなり分かりづらいと思う。

熊本の名門と言われる濟々黌高校。
ここの桜は、比較的散らずに残っていた。

大学生の時、この道を通学していた。
懐かしい場所だ。

国道3号へ出る途中、大楠がある神社に寄った。

この辺に、何かの碑があったような気がしたが、勘違いか・・・

国道3号を超えて、必由館高校へ。
熊本電鉄の線路があった。
この辺は、住宅地の中を線路が通っている。

必由館高校。
私立大学のような校舎だ。
かつての熊本私立高校である。

ここに、採釣園がある。

国道3号に案内標識が出ていたので、気にはなっていた。
高校の敷地内にあると聞いていたので、なかなか行けなかった。

細川家三家老の一人、米田家の別邸の庭園として、1670年に造られた。

泉水と築山に松や紅葉を配した回遊式庭園とのこと。

漢詩から「採釣園」と名付けられたそうだ。

高校の敷地内にあるので、なかなか観光地にはなりにくいのかもしれない。
しかし、来訪者が多いのか、ここの高校生は来た人に、きちんと挨拶をしていた。
挨拶をされると、気持ちが良いものだ。

井上毅の誕生地碑。

大日本帝国憲法、教育勅語、軍人勅諭の起草に関わった。

井上毅が産まれた際に、産湯に使った井戸。

米田家子弟教育のための私塾跡。

必由館高校の前を通る熊本電鉄の軌道。
奥に寺院が見えて、狭い道路と軌道がある景色が下町の感じをよく表している。

今日は時間があるので、頑張って、市内に残る庭園を巡ることに。

ここは、熊本市島崎にある「叢桂園」の駐車場。
駐車場の裏手には、竹林が広がっている。
ここを登ると、何があるのだろうか・・・

「叢桂園」の入口。
無料で、園内を散策することが出来る。

村井家の別荘。
村井家は、代々学者の家として知られているとのこと。

何かの礎石のようだが、説明がないので、よく分からなかった。

清水が流れている。
紙尾川の流れを引き込んでいるとのこと。

村井見朴、椿寿は、藩の医学校である再春館の創立に尽力した。

1818年には、頼山陽が村井蕉雪を尋ねてきた。
その際、一日中、庭作りを手伝わせられたという。

ベンチがあるが、なかなか座って眺める気持ちにはなれなかった。
もっと整備すべきではなかろうか・・・

無料とはいえ、市の観光地であるのであれば、もっと綺麗にしておくべきだろう。
説明も少ないし、これでは、せっかくの庭園がもったいない。

「来者不拒 去者不逐」の句碑があったそうだが、分からなかった。
入口は、趣があって良いのだが・・・

暑くなったら、蛇や蜂などが出てきて危ないかも。

叢桂園の先にある「釣耕園」。

細川藩のお茶屋の一つで、三代綱利の代に「続家」に与えられた。
現在もそのままの姿で残っているそうだ。

この道をまっすぐ行ったところに、叢桂園がある。

こちらが、「釣耕園」の入口。

入口までの道は綺麗に掃除がされており、塀も趣があって良い。

建物には入ることは出来ないが、椅子が置かれており、ゆっくりと庭を眺めることが出来る。

古そうな石仏があった。

こちらは、現当主が特別に観光客に開放しているとのこと。

そのため、静かに観光しないといけない。
もちろん、ごみも捨てないように。
マナーを守ること。

大きな池がある。
先ほどの叢桂園と違い、見応えがある庭だ。

綺麗な庭を散策したかったが、犬の気配を感じたので、ここで断念。

釣耕園から岳林寺方向へ上ると、金峰山湧水群の一つがあった。

昔から地域の人の水汲み場として使われていたのだろう。
しかし、今は、湧水量が極めて少なくなっているようだ。

熊本市内にも湧水が出ている場所が、いくつかある。
70万人都市の水道水が、地下水で賄われていることは、熊本の自慢。
蛇口をひねると、ミネラルウォーターが出てくる。
もっと、観光客が地下水と接することが出来る場所があれば良いのだが・・・

少年の家跡湧水池。
かつては、実業家古荘家の別邸があった場所。

古荘健次郎氏は、大阿蘇観光、千丁、千徳百貨店のほか、熊本日産自動車などの経営に参画し、九州産業交通の創立にも関わった。
貴族院委員も務めたとのこと。

今日は、広い範囲で、いろいろと回った。
鉄砲小路と蘇古鶴神社では、まちづくりに熱心で、意識が高い住民により守られてきた景観に感動した。
一方、叢桂園や釣耕園は由緒ある庭園でありながら、あまり観光地として知られておらず、もったいないと感じた。
しかも、叢桂園は整備もされておらず、放置に近い状態。
ここを整備すれば、岳林寺、三賢堂、そして、本妙寺といった上熊本周辺の観光コースが出来上がると思うのだが・・・
城彩苑など、新しいものを作るのも良いが、古いものの整備も大事だと思う。
加藤・細川の文化を大事にすることが、熊本の価値を上げる。
こういう庭園資源がない長崎から見ると、とても羨ましく思えるのだが・・・
もっと活用すべき!

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