26)イエス・キリスト−7

 前回まで、福音書が歴史的な書物であることを説明し、次にその福音書に基づいて、歴史的人物としてのイエスがどのような人物であったかを見ました。しかし、キリスト教の真髄は、この2000年前にパレスチナで教えを説いた人物が単なるすばらしい人格者、宗教家であっただけでなく、神であったというところにあります。

 福音書を読むと、イエスが誰かと不審に思った人たちがあったことがわかります。これはもし主が普通の人なら、絶対に起るはずのない疑問です。友達から「あなたは誰ですか」と尋ねられた人はないでしょう。そのような疑問は、イエスが普通の人間にはない、何か超自然的な雰囲気をもっていたことを示しています。この疑問は主の敵さえ発しています。ファリサイ人たちは、あるとき「あなたはどなたですか」と質問し、ピラトは「お前はどこから来たのか」と聞きました(ヨハネ、8、25:19、9)。

 この疑問が生まれたのは、主が普通の人間なら当然できないことをされたからです。それは奇跡だけでなく、主の教えに人間の能力を超えた面があったからです。たとえば、主は自分の権威を、旧約聖書のそれより上に置きます。「昔の人は○○と命じられている。しかし、私は言う」と言われて。あるいは自分が律法や預言者(これは旧約聖書の意味です)を、なんと「完成するために来た」と宣言される(ともにマタイ、5章)。あるいはあの世のことを、推測するのではなく、一抹の疑問の余地もないほど完全に断言して話される。罪を赦す権能を持っているとか、時には天の父と自分は同じだとも言われる。福音書を読めば、「これは人間にはできんぞ」と思われる行為を、主が簡単にされている個所を随所に見つけることができます。人々が、「この人は一体誰か」と疑問を持ったのは当然のことでした。では、その答えは何でしょう。

 あるときイエスご自身、使徒たちに「あなたがたは私を何者だと言うのか」と直接尋ねられ、ペトロが「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えました。この答えに対する主の反応は注目に値します。つまり、「ペトロ、何と言う冒涜を言うのか。人間に過ぎない私を神と呼ぶとは」とは言われず、ペトロの答えを認められたのです。「あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、私の天の父なのだ」と(マタイ、16章)。つまり、イエスご自身自分は神だと自覚しておられたのです。

 このことは公言できることではありませんでした。と言うのは、神の唯一性を固く信じているユダヤ人にとって、人間が自分を神だと言うのは最も忌むべき罪だったからです。主がそれを荘厳に表されたのは、ユダヤ人の衆議所での裁判のときで、その結果、「死刑にすべきだ」という判決が下ったのです(マタイ、26、66)。言い換えれば、主は死刑になると知っていて、ご自分の神性を宣言されたことになります。死ぬ事がわかっていて、嘘を言う人がいるでしょうか。

 神が人間になったということは、よく考えると(よく考えなくても)、人知を超えることです。ですから、これを否定する教えは初期の時代からありました。この考えはキリスト教を破壊することになります。というのは、イエスの死が全人類の罪を贖うだけの価値(無限の価値)を持つのは、それが無限に尊い御方の死であるからで、単なる人間なら十字架上の死はいかに英雄的な死であっても有限の価値しか持たず、全人類の罪が赦されるというのは嘘になってしまうからです。 そこで、教会はこの考えをきっぱりと否定しました。そのことがよくわかるのはヨハネの福音書と書簡です。ともかく、イエスが神であるという信仰が初代教会の誕生の時点からあったことをもう一度確認しましょう。つまり、「徐々に」イエスが神であるという信仰が出来上がったのではなく、最初からその信仰があってその上に教会が建てられたという事実です。それは以前お話した新約聖書と聖伝を調べれば、一目瞭然です。

 では、一体どうして初代教会の信者たちはキリストを神だと信じたのでしょうか。それは第一に、イエスが奇跡を行い復活されたことを目撃したからでしょう。ただし使徒たちがこの信仰に至るには、当然のことながら時間がかかりました。主が奇跡をなさるのを何度見ても、よく「信仰の少ない者よ。なぜ疑ったのか」と叱責されています。一度は主の神性を告白したペトロは、主のご受難の時には主を三度も否み、十字架から逃げました。ヨハネを除いて他の10人も同じでした。

 この使徒たちが、イエスが神であることを確信したのは、復活したイエスを「目で見て、手で触れ」(ヨハネ、一、1、1)てからです。この復活の事実こそ、キリスト教の信仰の土台となるものです。イエスが十字架で死去しそれでお仕舞いであったなら、キリスト教は生まれなかったのです。次回はこの復活について、見てみたいと思います。


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