西良典
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西良典

戦歴

・1955年長崎県五島列島生まれ
・拓殖大学で「柔道の鬼」こと故、木村政彦に師事
・最も過激な空手と言われていた大道塾で
・83年、北斗旗無差別級優勝
・84年、北斗旗重量級優勝、無差別級優勝
・85年、北斗旗重量級優勝
・86年、北斗旗重量級優勝「北斗の覇王」の異名をとる
・87年、空手格斗術慧舟會を設立
・90年、全日本キック武道館でロブ・カーマンと対戦
・91年、全日本キック後楽園大会で力王と対戦
・92年、第一回トーワ杯ジャパンオープン出場
    正道会館「格闘技オリンピック」に参戦
    リングス参戦。ヘルマン・レンティング、角田信
     明、山本宣久佐竹雅昭らとワンマッチで戦う
・94年、ザ・トーナメント・オブJで初代王者に輝く
    バーリトゥード・ジャパン94東京ベイNKホール
     でヒクソン・グレイシーと日本人で初めて対戦破れ
    るものの、その勇気と功績は伝説となる
・95年、ザ・トーナメント・オブJで佐山聡とワンマッチ
・96年、ファースト・カウント五島大会で藤原喜明と対戦
・97年、オランダ柔術軍と6対6の対抗戦で勝利するそ後も
     飽くなき闘いを続けている

浪漫

 中学時代から柔道に打ち込んでいた西良典にはひとつの夢があった。柔道ルールでは禁止されている足関節や合気道のような手首の関節技、そして当て身(打撃)などを採り入れた「より実戦的な柔道=新たな柔術」の具体化であった。
 現在、慧舟會が掲げるテーマ「柔術再生」は、西が少年時代から抱いていた浪漫だったのでる。
極真空手に始まり、キックボクシング、大道塾の格闘空手、合気道、シュートボクシング、グローブ空手、リングス。これほど多種多様なルールの下、しかも一線級で闘い続けた格闘家はいないだろう。そこでつかんだ栄光や、なめさせられた苦渋は着実に西の体に蓄積されていった。