西良典
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和術慧舟會の理念

1988年旗揚げ

 慧舟會は1988年に ”覇王” と称されていた北斗旗チャンピオンの西良典によって、長崎に設立された。 当時の正式名称は「空手格斗術慧舟會西道場」である。「慧」は仏語で(悟りの境地に達すること)を意味す るが、そこから転じて「より高みを目指す」と解釈。「舟」は幕末三舟と呼ばれた山岡鉄舟、勝海舟、高橋泥舟 らのように文武両道に優れ、時代を動かすような人物を輩出しようという目的から、それぞれ名付けられた。基本的に流派や会派のような派閥意識を持たず、目標を同じくする者同士の自由な集まりというのが、創立当初の基本コンセプトである。ゆえに「実戦的な強さ」をキーワードに、あらゆる格闘ジャンルに挑む選手が集まっているのだろう。これも西が歩んできた多彩な格闘技人生がベースにあるがゆえんである

格闘技界の自由人

 現在の格闘技界にあって、和術慧舟會ほどさまざまな可能性にチャレンジしている団体はないだろう。
その活動は大きく分けて二つに分類される、ひとつは首都圏を中心に活動を広げている東京本部と、本拠地
長崎を中心に九州全土に拠点を広げている総本部。また東北、北陸、東海、関西圏にも広がりを見せている。 一見無軌道にも見える慧舟會の方向性だが、驚くことにそれぞれのチャレンジできちんと結果を出している。 いま慧舟會が注目を集めはじめいる理由である。

 
 一見すると、団体内分裂にも見える慧舟會だが、それでもひとつのまとまりを持っているのは、西の発想法 によるものである。そのあたりを西は次のように語っている。 「あまりに活動の枠を広すぎたためか、自団体ルール以外のものの方が性分にあっている者もいるようです。 しかし私はそれを嘆いたり、また強制しようとは思いません、『強くなりたい』と芯の部分で思う男の夢が一つの 形ではなく、それぞれの美学によって多少違うことを知っているからです」
「私たちは変わり行く自分の気持ちにも真正直にぶつかってまいります。負けることを恐れて闘いを止めるこ とが一番の恥と認識し、これからも『何をやりたいのかわからん』と酷評されても、夢は追い続けるつもりです」自由であることの強さ。それこそが和術慧舟會躍進の秘密なのかもしれない。    
                             文・若林太郎(格闘プランナー)
                              「ワールド格闘技」Vol、3より

輩出選手

PRIDE(小路晃、高瀬大樹、岡見勇信、光岡エイジ、江宗勲らを輩出)
修斗(宇野薫、戸井田カツヤ、門脇秀基、廣野剛康、漆谷康宏、塩沢正人、虎島尚子)
UFC (宇野薫、岡見勇信)
パンクラス (門馬秀貴、星野勇二、芹澤健市)
リングス (西良典、今村洋、高田浩也,矢野倍達)
DEEP(久松勇二、出見世雅之、西野聡)
全日本キック(竹末正治、水崎明 )
トーナメント・オブ・J95(菊田早苗、高坂剛、桜井マッハ速人、郷野聡寛ら今の格闘技界を支える選手たちを輩出した登龍門的な大会。)
コンテーターズ (須藤元気、五味隆典、三島ド根性ノ助、山本KID徳郁、鈴木みのる、朝日昇、上山龍紀、渋谷修身 ら団体の壁を越えて出場)
デモリッション(井上克也、飯田崇人、平山貴一、久松勇二、大沢健治)
ORG(内藤征弥、園田隆、滝田J太郎、石井俊光)
kushima`s fight(西良典、串間政次、ニック・ヒョード、今村洋、平山貴一、若杉成次、小島正也)
GCMチャレンジ(大場隆光、福本洋一、山本武春、吉川哲志)