わがまち 三条台!

     
     太宰府市「三条台」バス停前の風景


1、太宰府市三条
  

 昭和25年(1950年)当時の太宰府町・水城村の総人口は、計11,972人と今日(平成27年現在、71,386人)の6分の1程であった。これが、1960年代以降の高度成長期に突入すると、大都市博多のベッドタウンとしてこの太宰府市一帯も急速に宅地化が進むこととなる。各年代別に見ると、1960年代に「6」、70年代に「11」、80年代に「4」の合計「21」もの造成団地が形成され、一大ベッドタウンが形成された。そして、今回紹介する太宰府市「三条台」団地も、1970年代に宝満山眼下の台地・山林を造成してできた団地であった。
 南側には、太宰府天満宮周辺の市街地を望み、御笠川を軸に両側を緑豊かな山地に恵まれた良好な住環境から、次々と新築住宅が建ち並んでいった。また、宅地化による人口増加に合わせて、周辺には運動公園・高校・大学・博物館・老人ホーム等の整備も進んだ。さらに、1998年4月1日に太宰府市コミュニティバス「まほろば号」の運行がスタートし、三条台団地内から西鉄太宰府駅・都府楼前駅や太宰府市役所などの公共機関へのアクセスも向上した。
 なお、「太宰府」の「太」の表記については、大宰府政庁などの歴史遺構を表す際は「大」の字を、一般的な地名として表す際には「太」の字を用います。




2、三条台に住む
古都太宰府の暮らし
 
 

 
古都と言えば、京都・鎌倉の観光名所…そして、この太宰府もイメージできるのではないだろうか…
 
太宰府は、かつて「遠(とお)の朝廷(みやこ)」とも呼ばれ、西海諸国をその管轄下に置き、外交・軍事を担う国の中枢機関とされていた。その歴史は古く、天智天皇2年(663年)には大宰府政庁の建設が始まったとされ、また周辺には国指定史跡で斉明天皇とゆかりのある観世音寺跡や学問の神様として知られる菅原道真公を祭った太宰府天満宮(国指定重要文化財)などがある。そして、この歴史と文化に育まれた古都太宰府に住むことは、市民としての一種の誇りのようなものである…


 
太宰府天満宮ホームページへ



 
太宰府市景観計画と三条台団地

 三条台団地を歩いてみると、周辺山々の緑豊かな風景と広い画地に建つ閑静な家々が目にとまる。それもそのはずで、三条台団地を含むこの一帯は、太宰府市景観計画に定める「遺跡共生区域」に指定されている。
 「山を仰ぎ川を臨む地勢の自然景観」、「1300年の積み重ねを有する歴史景観」などを町づくりのコンセプトとし、古都太宰府周辺の良好な自然環境を整備・保全するため、住宅建築の際などには緑化率の指定等がある。また、梅や楠木など太宰府の風景を特徴づける樹木が「おすすめ樹種」として選定されており、地域ごとでの緑化活動も進められている。
 そして、こうした太宰府市民の環境に対する高いモラルや実際の環境維持への取り組みによって、今日の太宰府市三条台での暮らしがあることを忘れてはならない…


 
景観計画の詳しい内容・条例は「太宰府市ホームページ」から


 
コミュニティバス「まほろば号
 
「まほろば号」は、太宰府市が運営するコミュニティバスで、座席数18席・定員44名・小学生以上はワンコイン100円(幼児は無料)から利用できる地域密着型のバス。また、車椅子用のスロープ設備も完備され、高齢者や障害を持った方にもやさしいバリアフリー車。
 一日観光フリーパスでは太宰府市内の観光名所巡りもでき(観光名所の割引制度もある)、1ヶ月・3ヶ月の定期券もバス内と西鉄太宰府駅観光案内所にて販売されている。三条台からは、北谷回りで「三条台入口」「三条台」「三条台公民館前」「三条台公園前」の合計4つの停留所から乗車できる。
 ちなみに、名称「まほろば号」の「まほろば」とは、住み良い場所・素晴らしい場所を意味する古語に由来している…


 「まほろば号」、写真はウィキペディア参照

  
太宰府市コミュニティバス「まほろば号」運行状況はこちらから!



3、参考文献
 
 
・観世広 著「ものがたり 大宰府の歴史」(有)海鳥社 2011
 
・山本博文著「あなたの知らない福岡県の歴史」洋泉社 2012
 ・太宰府市建設経済部都市計画課 景観歴史のまち推進係
  「太宰府市景観計画の概要〈太宰府らしい景観への手引き〉」第3版
 太宰府市ホームページ