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2001年12月29日 (土) 楽天とんび・福岡鳶に遭う


 先日 所用があって福岡へ出掛けた

汽車を降りた途端に ”ひゃ〜” 人の波である

久し振りの都会だから もう吃驚仰天

こりゃ〜もう 波というより うねりである 

ぞろぞろぞろぞろ ぞろぞろぞろぞろ

みなさん一体何処から出てこられましたか

一体何処にお出掛けでしょうか

平日だというのに こんなにいっぱい

決死の形相で ぞろぞろ ぞろぞろ

 「なんだ なんだ なんだ ? ひゃ〜 !」

おっ 飛行機だ〜 

ビルの横から飛び上がって

まるで ニューヨークではないか

驚いたな〜 もう

 あれは何だ !

ひゃ〜 宝くじ売り場だ

よっくも また も〜 

4つもある売り場にあんなに沢山

い〜ち に〜い さ〜ん し〜

何人ぐらいいるんだろうね

100メートルは並んでいるぞ

前の人が買い終っても 買い終わっても

またつぎつぎに 

後から後から後から 並ぶんだ 

”今輔”じゃ〜ないが

「おどりゃ〜たな〜」 まったく !

 どれ ちょっくら おしっこに行くベ〜

”ワン”ちゃんじゃないが 

行った場所 場所で 足跡を残さないとね

我ながら 情けないもんだよな〜

はるばる 福岡まで来て

おしっこ位しか足跡が残せないなんて

 なんだ なんだ なんだ !

ここの駅のトイレットでは なになに?

トイレットペーパーは 

入り口の自動販売機でお求め下さいだって

ひゃ〜 おどりゃ〜たね〜

田舎者はおったまがっちまうぜ まったく

長崎では 街のまん中で

綺麗なお姉ちゃんが ただで配ってくれるよ

どうぞって !

小生は欲張りだから いつも4つ貰ってるけど

都会は世知辛いもんだな〜

今度 福岡の人が長崎にきたら

土産に持たせてやるべいかの〜

 おっ ! デパートだ 

流石に 広いし綺麗に飾ってあるなあ   

ここは電気屋さんだな〜

おうおう おうおう おうおう 

こりゃ〜 またまた 按摩器に 

寝っ転がった おっさん達が

あ〜あ〜あ〜あ〜

これが良識ある大人の

現在の日本人の佇まい ?

あ〜 嘆かわしいや 情けなや 

一昔前の礼節を弁えた

武士や大和男子が見たら

怒るだろうな 嘆くだろうな〜

「いまどきの若〜いもんは〜」

なんて 言えないぞ まったく 

若者達が道端で

”ん〜こ座り”をするのも

宜なるかな 宜なるかな〜

ですな〜

「おっとっと あれ〜」

そこなおっさん 見たような

「もしも〜し ひょっとしたら あなたは?」

「あ〜 煩いな 人が折角 おっ お前は小田か〜?」

 あ〜 嘆かわしや 情けなや

みなさ〜ん ”どっか”と按摩器に座って

禿げ上がった頭を光らせながら

太っかい口を開けて”ガ〜ガ〜」 

と鼾をかいていたのは 誰あろう

 我等が名門長崎商業高等学校において

小生とおちこぼれの1番2番を競っていた

中村君でございましたぞ〜

彼は試験の合間にも一生懸命に

真摯な姿勢で机に向かっていたが 

効果はなかったですな〜

いや まったく 出来ませんでした

卒業後 彼は大手の会社に勤務していたので

全国を転転としていまして

小生とは約20年振りの再会なのです

 「なんばしよっとか〜 わいは?」

「いや〜嬶ちゃんの買い物ば待っとるとばってん

 遅かもんのけん 寝とったばい」

あ〜 あ〜 皆さん 駄目ですね 日本人

このような姿を 将来の日本を背負って立つ

若者達に見せてよいものでしょうか

「今度長崎に出て来い 

性根をいれなおしてやる 喝!」

と 悠然と立ち去りながら

小生は以下の名句を進呈してやったのです 

 “ 按摩器で口を開けてた同窓生 ”

店先を出て あ〜情けなや

と思った次の瞬間に その人が目に入ったのです

 なんと なんと ”インバネス” なのです

日本語では”鳶(とんび)”としての名を馳せている

お洒落なコートを着た紳士が颯爽と闊歩しているのです

うわ〜 これこそ今日初めての

新鮮な嬉しい驚きでございました

 皆さん インバネス(鳶)をご存知でしょうか

ケープとマントーを重ねたような形が特長の

フオーマルコートの一種

 内側は袖の無い身頃だけの形で丈が長く

外側に肩を覆う形の短いケープ状のものが付くのです

 この名前はスコットランドのインバネス港に因み

日本では和装用のコートとしてとり入れられたのです

そして その形から”鳶”と呼ばれているのです

ほれ あの我等がシャーロックホームズが着用し

ているではありませんか あれですよ

 そしてそのキャメルのカシミヤの鳶を 

70歳位の紳士が颯爽と着て人生を闊歩しているでは

ありませんか

   『自信に満ちた瞳と 

   落ち着いた物腰には

   正しく 紳士の風格がある』

あ〜 素晴らしい着こなし 素晴らしいお洒落

小生の先ほどからの何となくもやもやした蟠りが

”す〜” と消えて行ったのです

あ〜 人生は楽しい 嬉しい こんな素晴らしい人

がいる 嬉しいな〜

 今度は小生も 負けないように”鳶”を作って着用

して 博多の街に乗り込んで来るぞ〜

待っててくださいよ〜 

70歳のゼントルマンさん

貴兄は今日初めて小生に夢を与えてくれました

ありがとうございました 

幸せな 長崎の楽天ぴ〜ひょろろは

幸せ にこにこで 家路に着いたのです

ありがとうございました

福岡の お洒落な 鳶さんへ !
 



2001年12月28日 (金) 親父の愛読書


 明治 43年5月1日生まれだから 現在91歳と7か月

になる小生の元気矍鑠たる頑固親父のモットーは

何か ?といえば みなさんはとうにご存知ですよね

1 仕事をする

2 趣味を持つ

3 お洒落をする

 の三つなのですが この他にも とにかく何にでも

好奇心旺盛ですし積極的なんですよ

たとえば この1・2年前くらいまでは一緒にゴルフに

行ってたのですが 小生なんかもう帰ってきたら草臥

れてビールでも飲んでテレビを観るか 本を読んでご

ろんごろんしていたものですが

 親父といったら そこらへんの掃除をしたり植木に水をや

ったりした後で何時の間にかパチンコ屋にいってるの

です

 やっぱり 明治生まれの鍛えられた根性というのは生

半可なものではないのですね

正しく ”鉄二”という名前通りの”鉄の二乗”なのです

小生の名前にも”鉄”の1字を分けてくれていれば もう

一寸は魂の入った人間になっていて もう一寸は根性

の座った違った人生を送れたのかもしれないのですが…

 余談はさておき 親父は最近耳が遠くなったものの

視力はしっかりしており 今でも眼鏡を掛けた事はなく

新聞も本も読んだりしているので ご来店のお客様が

吃驚なさるのです

 好きな作家は 日本人では山本周五郎さんや司馬

遼太郎さんですが ミステリーが好きなのです

 今日も今日とて 先日から小生の本棚から面白そうなのを

探してやってそれを読んでいたのですが もうすぐ終

わりそうだから またなにか面白いのはないかと言う

のです

 ねえ皆さん 一体どんな本だとお思いですか?

昔リーダーず・ダイジェストというのがありましたよね

 その1982年に発行された「世界推理名作選」

のなかから

1 レイモンド・チャンドラー 「赤い嵐」

2 コナン・ドイル 「バスカビル家の犬」

3 C・S・フォレスター 「支払延期」

4 デイビス・グラブ 「猟人の夜」

なのです そしていま 

かの レックス・スタウトの「腰抜け連盟」を読んでい

るところなのです  

そんな訳ですから ご来店になられたお客様は皆さん

「眼鏡も掛けずにこんな小さい字が見えるのですか?」

「登場人物の名前ばみんな覚えゆッとですか?」

などとおっしゃって吃驚なさるのです

でも 親父の頭の中ではちゃんと理解されているらしく

小生が時々図書館で”大きい活字の本”等を借りて来

てやると どうも内容が易しいのが多いらしく

時代劇やユーモア小説などでも

「こげん 男と女の”べたべた”しとっとは好かん」

「ワンパターンのチャンバラは面白うなか」

などと言って批評するのです

 今日はちょうど 小生も正月に読む本を2・30冊ばかり…

と思っていたところなので 

「じゃあ 父ちゃん図書館に一緒に行ってみろうか?」

といったところ

「よし 行こう!」と自分で面白いのを探すつもりらしく

親子2人で意欲満万で出掛けたのですが

真に残念ながら 図書館は今日から休館となってお

りました 

 本当に残念なことでした 前にも一度行ったことはある

のですが

 「120歳まで元気で生きる!」と明言する親父が

図書館に興味を示して自分で好きな本を探して通い

始めたら 図書館利用者の世界新記録を立てていた

ろうにと返す返すも残念です

 しかし 自分の親父ながら素晴らしいなあ〜

と 尊敬するぴ〜ひょろろではありますが

しかし しかし 根性入りの鉄人親父が

120歳になった時には小生は90歳の筈です

根性無しで不摂生な小生は そのころはいないだ

ろうな〜と嘆息をする

   根性無しの ぴ〜ひょろでございました




2001年12月27日 (木) 金魚が逃げた


 ひょっこりと アンドレ君がやってきた

アンドレ・カンパ君はアメリカはシカゴ生まれの

25歳の陽気な若者なのです

 今から8年前に 留学生として一年間長崎で勉強してい

るうちに すっかり日本好きになって 大学卒業後

再び日本にやって来て 今は埼玉県の志木市の

教育サービスセンターで英語の先生をしているのです

 ビールが好きで”モルツ”が好物だったので 小生は

”アンドレ・モルツ”の命名をしてやって 互いの出逢い

と青春の為に何回乾杯を重ねたことだったろうか

 娘達ともしょっちゅうカラオケに行っては 一オクターブ

高いか低いかの 調子っぱずれの声で怒鳴り声をわめき

散らすのが可笑しくって みんなで”ゲラゲラ”笑ったもの

です 

 アンドレが行きたいと言う 太希子の勤務している保育園は

歩いて30秒の所であるし 学童の子供達は時々訪ねて

くるアンドレのことがお気に入りで ”アンドレ”とか”カッパ”

とか呼んで良い遊び仲間なのです

 一緒に出掛けてみると ちょうど娘の受け持っている

”すみれ組”の1・2才の可愛いちびちゃん達が広間で遊

んでいた

 背の高さが1.90メートルもあるアンドレと 白ひげを生やした

一見トドのような風貌の小生を見て 可愛いちびちゃん達

26名は 廊下と部屋を仕切ってある小さな柵越しに おそる

おそる好奇の目で遠くにに離れて見守っているのです

 「まるで動物園みたいだね」とアンドレが言うので 思わず

わっはっは… と笑ったら何となく安心したらしく

一人が近寄ってきたと思ったら 我も我もとやってきて洟や涎を

くっ付けて歓迎してくれるのである

わっはっはっはっは〜 

「ねえアンドレ どっちが檻の中やろうか?」

みんなにこにこと幸せな笑顔なのである

 園長先生に「どうぞ ごゆっくり」と言って頂いたので  

まるでガリバーになったような気分で 柵を跨いで

「やっこらっしょ〜」とお部屋の中に入らせていただいた

のである

 ちょうど ご本を読んで聞かせる時間だったのでしょうか

若い先生の周りにみんな集まって 先生の方を見ている

のが半分 小生らの方を珍しそうに振り返って眺めている

のが半分なのです

小生とアンドレはオブザーバー(?)として ちっちゃな椅子

に”でん”と座って子供達の後方にいるのです 

本当に まるでガリバーになったような気分です

 「金魚が逃げた」先生が読み始めると 全員が先生の

手元の童話の本を見るのです

そこで 例の如く悪戯心の出た小生が負けてはならじと 

「金魚が逃げた」と先生の真似をしたところ

全員がびっくりして振り返って目をまん丸にしているのです

 先生も吹き出してしまって 大笑いなのです

「どこに逃げた」先生の読む声で再び子供たちは先生の

ご本に目をやって てんでに

「あっち あっち …」と言っているのでしょう

あどけない発音で てんでに先生のご本の中の金魚が

逃げたところを指差しているのです

もう 小生は嬉しくってたまりません

「どこに逃げた」 と吹き出しながら先生の真似をしたとこ

ろ 全員が再び小生の方を注目してくれるのです

 いや〜 幸せなひとときだったな〜

人間 重要感をもたれるのは良い気持ちだな〜(??) 

… と”カーネギー”さんを思い出すのです

 「明日は 手打ち蕎麦の実演があるから出てくるように

そして 来年はサンタクロースの役が出来るようにもっと

早く長崎に来て欲しい!」 と先生から招待を受けていた

誰にでも好かれる気の良いアンドレも大喜びでした

 でも ね〜 皆さん 出逢いというのは不思議ですね

いつ 何処で 誰と どんな 出逢いが待っているのか

不思議ですね〜 可愛い子供たちよ

元気いっぱい みんなに愛されて

すくすくと大きくな〜れ !

と心の中で願いながら

にこにこ笑顔で

「金魚が逃げた」「金魚が逃げた」と呟きながら

アンドレと一緒にちょっぴり遠回りして

ビールやさんの前の道を通って帰る

幸せなぴ〜ひょろろでございました



2001年12月26日 (水) 尊敬する松本先生のこと


 好きな松本先生のことをご紹介

申し上げます
 
松本先生家の毎朝のセレモニーは

「長らくお世話になりました」というのが ご主人

数十時間後
「今晩もお世話になります」

というのが日課なのです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

われわれは なにを 書いていたのか

松本先生 貴兄は教育者でしょう
MATUYTUMOTI
しっかり しっかりしてください !

小生の使命はこれで終了 あとは

松本先生が頑張ります !

DOKODEDOKOYARAMATIGATTAKA 
ワレワレハヨッパラッテシッマッタ

ジャア〜 オヤスミナサイ
・・・
小田さんは,先生です8.

マツモト先生は奥様を

アイシテイルソウデッスが

テレヤデコマッタモノデ

わっはっはっは〜

大好きな皆さんおやすみなさい

題墨な酔っぱらいの 

松本先生ありがとうございました


2001年12月25日 (火) 4人のサンタクロース


♪ ジングルベル ジングルベル 鈴が〜鳴る〜 ♪

今日は楽しい クリスマス なのですね

宗教や文化や考え方はそれぞれに違っていても

世界中に生きとし生ける もの すべてが

せめて 今日一日だけは等しく

平和で安らかな一刻を過ごせますように !

と 心から願うものでございます

さて 今日は4人のサンタクロースのお話をさせて頂きます


     【一番目のサンタクロース】

 朝 北海道の”megu”さんから

とても嬉しいクリスマスプレゼントが届いておりました

       ☆             ☆

 誰もいなくなったお店の後片付けをしに ”地球や”の

扉を開けたら 本当のサンタさんが来てくれていました。

     びっくりしました ! 本当に ・・・

     外は北風 ぴゅ〜ぴゅ〜だけど 

      一気に心は ぽっかぽっか♪

    ふと ある記事を思い出しました。

  ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 1897年 ニューヨーク サン新聞社に子供の質問が

届きました。それに対する新聞記者 フランシス・P

・チャーチの答えは・・・

 『サンタクロースなんていないよ』 って友達が

  言うけれど,本当にいないんですか?

               アメリカ ヴァージニア 8歳

「ヴァージニア,サンタクロースはいます。いないなんて言って

いる友達が間違っています。もし疑うなら探偵にニューヨーク

の全ての煙突を見張らしたらいいでしょう。

でも,もしそれで見つからなかったとしても,それがサンタクロ

ースのいない証拠にはならない筈です。

 愛や信頼や正義がない世界がどんなに悲しいものか,あ

なたにもわかる筈です。

そしてこの世に,愛や信頼や正義がある限りサンタクロース

は存在し、そして子供達に夢を与え続けるでしょう。」 

☆ ”megu”さん ”どんなに時代が変わろうと どんなに世

   代が移ろうと人の心は変わらない” という歌がありまし

   たが 私達もこの素晴らしい人生の先駆者である 

   新聞記者さんのスピリットを見習って いつまでも子供

   達には夢を与え続けたいものです

   それが私達大人に課せられた使命なのでしょうね

   ほんとうに 心に残る素晴らしいプレゼントを感謝します


      【2番目のサンタクロース】

 小生がまだ止ん事無い幼少の砌には それなりに優しかった

”頑固”さんと”ご先祖”さんが相談したのであろう

 クリスマスの朝には 毎年少しでも勉強に役立つようにとの

教育的配慮から 小学1年生が小学2年生となり小学3年生

の月刊誌が枕元に置いてあったが だんだんと長じてくるに

つれて 流石の深窓の和子も悪友の悪知恵を授かるに従って  

クリスマスイブの2・3日前から願い事なんぞを書いた

短冊(七夕みたいで子供ながら可笑しかった)を枕元に置き

寝たふりをして両親の反応を窺っていたところ ある日突然 

”黄金バット”の冒険王が置いてあったのである

 やった〜大成功!それからはもう友達と貸したり借りたり

しながら ”少年王者”の面白ブック ”鉄腕アトム”の少年

”いがくり君” 赤胴鈴の助” 等の世界に一気にのめり込

んでいったのである

 まあそれくらいが クリスマスプレゼントの思い出であったが

32歳にして 小生の素敵な奥さんがお嫁さんに来てくれ

てから 小生にはまたまた楽しいクリスマスプレゼントの

朝が始まったのである

 そしてそのプレゼントは いまもなお両親や娘3人にもその

時々のTPO に応じてお好みの物が贈られるのです

なんと心優しい嫁であり伴侶であり 子供達にとっては

素敵な母親であることでしょうか 

 前世でよほど徳を積んだので このように小生には

勿体無いような奥さんが来てくれたのであろうかと自問

する昨今である

 ちなみに 今朝はパイプタバコと葉巻であった

「ありがとう万里ちゃん 僕も来年こそ絶対に忘れないよ!」

… と去年も言ったっけ ごめんなさい 


      【3人目のサンタクロース】

    「Dear 父ちゃん  大好きな父ちゃん」

         メリークリスマス 

   私のことを 一番良く理解してくれる

   父ちゃんは 世界一の父ちゃんだ

  来年は ”よねちゃん”の 良き理解者にも

    なってね !    あはっつ !!


                    たきこ


… という一見面白可笑しい手紙の中に ハートや

人形さんのイラストを描いて 封筒の中にボーナス

が出たのであろう1万円を入れて 本と一緒に置い

てあるのです

いや〜 参ったな〜 こりゃ〜 参った !

 本は童話なのです 小生が童話が好きなのでいつ

も買ってきてくれるのですが こりゃ〜参ったな〜

実は皆さん 文中にある ”よねちゃん”というのは

太希子が何年か前から付き合っている

ボーイフレンドなんですね〜 いや〜 はや〜  

童話は「ジオジオのかんむり」というライオンの物語で

岸田 衿子さく  中谷千代子え なのです …が〜

とかなんとかいまさら 皆さんの前で時間稼ぎしても〜

 それにしても う〜ん ひゃあ〜 参ったな〜

   …ったクリスマスプレゼントだぞ〜

      と い う と こ ろ で
 
      【4番目のサンタクロース?】

 大好きなみなさん みなさんは 12月9日の夢日記を 

覚えておいででしょうか

あの日記の最後のあたりの 小生の科白で

” このように平和な我が家に一大事件が勃発した

のであります 聞くも涙 語るも涙 

あ〜 およよ およよ

怪傑ぴ〜ひょろろの運命やいかに・・・

                乞うご期待 ”

 なんぞと それこそ 

極楽トンビの泣き言みたいなことを書いてましたが

ほかならぬ皆さんのことではございますし

先輩諸兄氏には

後刻 ご相談致したきこともございますれば

正直にお話し申し上げることにいたしましょう

実は 今から何年くらい前だったのでしょうか

太希子が”よねちゃん”と出会って

恋に落ちたのでございます

やれやれ トホホ…

小生は反対の素振りは

一切見せてないつもりではございましたが

やはり 分かるものでしょうな〜

かえって 火に油を注ぐようなものでございまして

いやはや いま思えば あの日 あの時 あの折

等と 今となっては返す返すも残念なことでございます

いやなに 公平に見て”よねちゃん”と申す若者は

いまどき珍しい働き者でございましてな

スポーツなんぞもやりまして

バレーボールなんぞは結構鳴らした腕前らしく

仲間達からも結構お呼びが掛かっておるようで

ございましたぞ

 いや そこでございます

いま にっくき”よねちゃん”は去年から

生まれ故郷の東京に帰っているのですが

それ皆さんご存知の如く

小生 子離れが出来ない性質でございましてな〜

いや 親離れも出来てはおりませんが

”よねちゃん”は

長崎の高校を卒業して

永年長崎には親しんではおりましたが

やはり いつかは 長崎を離れる

ということで反対の素振りも見せずに

深謀遠慮で対応しておったつもりでしたが



 … む・む・む

いつか決断を迫られた折に

 「きっぱり」 と

娘にもいい聞かせて 断っておったんですがね〜

それから2年ほど

音沙汰が無かったので安心しておりましたら

いやはや 本人達はそれなりに冷却期間を置いて

考えておりましたのでしょうか
                             
この春の頃でしたか

あらためて挨拶に参りまして ですね

困ってしまったのですが

今度ばかりはもう 

断る術もなくなりましてのう

2年間も我慢していたのですから

いかな小生も両名の努力は認めませんと

小生だったら

とてもそんな根気はございませんからですね

それに お互い先のことは分かりませんし

それならば 今の可愛い娘の気持ちを大切にして

言うことを聞いてやった方が

なんぞと思って 承知したのですが

先日から 愛妻や娘達4人

なにやらごそごそやっとると思ってたらですのう

結婚式場を見付けて来たから

「試食に行こう」 と言うのですわ

それが 例の12月9日の夢日記に繋がるわけですじゃ

のう みなさん 

小生は手塩に掛けて育てた娘の為に

一大”抒情詩”を書き上げるつもりでいたんじゃが

あっという間に時間が経って

今日のクリスマスプレゼントの中に

「”よねちゃん”もよろしく」

なんぞのコメントが入っておって

一体どうしたら良いものですかのう

話しによると

”来年の5月頃に式を挙げる”予定らしゅうてのう

小生は 多分その頃は忙しい筈じゃから

出席出来るかどうか 

「一応案内状だけは出してくれるよう」

と娘に言って 怒られたのですが  ハハハ…

いくら 子離れ出来ないとはいえ

あまりにも無責任ですかのう

一体 皆さん 小生はどうしたら 良いのでしょう

娘さんを持った世の親御さんは

みんなこんな風に悩まれたんでしょうね

初めて分かりました

可愛い娘をやりたくない !

サンタクロースになんてなりたくないっと


迷える サンタクロース なのです

 あ〜 およよ およよ〜

さめざめと嘆きの ぴ〜ひょろろ なのです


2001年12月24日 (月) クリスマス


 朝起きたら クリスマスである(昼起きても同じであるが)

娘達がいるので「どうした 風邪引いたか?」と聞くと

“天皇誕生日”だという 

「ふ〜ん」学校時代なら休日が待ち遠しかったであろ

うが 我々小商いにとっては日々の暮らしに追われて

祭日も休日も知らなかったわい 

 「ふん!」などと思ってはいても 口に出さないところ

が小生の偉いところである まあ書いてしまったが

そこは凡人の哀しさで みなさんお許し下さい

とはいっても ここで再びぐっと気をとり直し新たな決意

を志すところが小生の偉大なる所以である

 よ〜し 天皇陛下やキリストさんの生まれたような凄

い日なら 小生も21世紀初の今日の良き日を記念して

「なにか良いことを10回してやる!」

とこのように 何の脈絡もなく数字が出てくるのがこれ

また小生の磊落なる性格なのです

 え〜ところで 初めて小生の華麗なる文章に出くわした人は

びっくりなさったかもしれませんが かくいう小生は かの

有名無実で評判の【日本褒め合い運動会】の会長でご

ざいますので以後お見知り置きください

 褒める 褒める とに角褒める 親も子も友人知人に

赤の他人 誰でも良いからとに角褒める

それが世界平和への近道であると信じて 褒める

ましてや 自分が褒めないと誰が褒めてくれますか え!

いや 小生の場合ですが…

話は逸れましたが 次機会には

【日本褒め合い運動会】の規約をご紹介させて頂きます

え〜と なんの話しでしたっけ? あっつ そうだ!

ということで 本日の小生の10善をご紹介させて頂きます

@ 朝から”ご先祖さん”に「母ちゃん今日は顔色が良いね」

A 頑固親父に「父ちゃんがパチンコに勝つ夢ば見たばい」

B 万里ちゃん(愛妻ですぞ)今日も綺麗だね〜

  「ありがとう!」 この”ありがとう”の言葉が大切であるぞ

C 長女優希へ「元気に楽しんで親切を一つしておいで!」

D 次女太希子へ「太っかい声でいっぱい笑っておいでよ!」

E 三女美希子へ「上手な運転でいつも気持ち良くありがとう」

F 職人さん達へ「忙しい方が良い仕事が出来るようですね

  正月迄もう一寸です お客様に喜んで頂ける仕事をしよう!

G 川端でおばあちゃんの手を引いて車の前を渡ってもらって

   「おばあちゃん 風邪ば引かんごとしてよ〜」

H 近所で 若いお母さんの抱いていた赤ちゃんを空中に

   大きく放り投げて 受けとめて

   「可愛い赤ちゃん お宝さん 大きくな〜れ !」
 
I 近所のゴミをいくつか拾った

 このあと 道を教えたり ”ばってん会”の3人組と笑顔で

挨拶したり 子供の洟を拭いてやったり 将棋に負けたり

(これは実力でしたTさん済みません)正月用のD・M

を書いてる”のらくろ”を励ましたり(これは当店のを

手伝ってくれてるのだった ごめんなさい) ま〜坊に

ビ〜ルを出したり ”くま”に付き合って皿うどんの

”ほにゃほにゃ”を食べたり その他いっぱい思いつか

ないほどの良いことをした

 あ〜今日も充実した一日であった

と 小生は自分を褒めるのであったが

これまた 初めてこの日記を読んだお方は 口ばっかりで

赤ちゃんを抱っこしたのが関の山 な〜んもしてないでは

ないか と小生のことを憤慨なさる方がいらっしゃるかも

しれません

 そうなのです 見方によってはな〜んにもしてないのです

でも ”できるときに できることを”をモットーの小生には

これが精一杯の奉仕活動なのです

 大好きなみなさん 覚えておいででしょうか ?

先日の日記に書かせていただいたいた

 ”いのちの電話” のある相談員のお言葉を

 『 ” お金やものを出すのもボランテイアであるが

  汗や涙や時間を出すのもボランテイアである ”

  という人の話しを聞きましたが 私は後者を選び

  ました そして私は相談員であってよかった 

  相談する側でなくてよかった !』

と書いていらっしゃった相談員の方の心からの訴えを !

 
   【マスコミは日本の不幸が好きみたい】   

 という川柳のように マスコミは常に普通の常識人が嫌がること

醜いこと 不安なことを増長しているようですね そりゃ〜

報道の大切さは分かりますし そんなニュースを興味本位で

見たり買ったりしている我々が悪いのは言うまでもないこと

です 

 しかし 世の中すべて”カサンドラ的予言”で報道していたら

人心はどうなるのでしょうか 今年の高卒者の半分以上は

就職出来ないそうです 親もリストラで喘いでいるのです

親も子も悲しんでいるのです

そして いつか夢や希望ををなくした若者が間違って道を

踏み外すと おおげさに報道するという悪循環

 ニューヨークの暴落の後にも繁栄はあったではないですか

物事を常に悪くとることは止めて下さい

    【ボランテイアはまず身内から】

 の言葉をしらないのでしょうね 我が国の政治家や官僚は… 

自分の家庭の面倒も見れなくて何が奉仕活動か!

自国の民の竈が如何に困窮しているか 知るや知らずや

自分のお金じゃ〜ないから 腹が痛む訳ではないから

じぶんの顔作りに あっちこっちと配って廻って  

   ・・・・・    ・・・・・   ・・・・・      

 え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜と

小生は なにを言いたかったのでしょうね

そうだ 少々聞こし召して酔っぱらって

しまったのであった

明るい人と会えば 明るくなれる

夢や希望を持った人や本に出会えば

夢や希望を持った人間になれる

つまらん 人や本や情報は願い下げの

”怒れる” ぴ〜ひょろろ であった

 じゃ〜 おやすみなさい〜

 といっても このままでは 

    この楽天様は

 夢の国には 参りませんぞ〜

   精神統一 精神統一

 心安らかに 心を純真にして

 安らかな 穏やかなる眠りにつくように

    ただ今から

少女パレアナ アルプスの少女ハイジ

赤毛のアン トムソ〜ヤ サザエさん 

ほのぼのさん 大好きなみなさん

そして サンタクロ〜スさんのことを

思いながら 夢路につくので〜す

では 大好きなみなさ〜ん

今夜の 夢で おあいしましょ〜

 グッ ナイト〜 の ぴ〜ひょろろ

      で〜す

あっはッは〜 Z〜Z〜Z〜 うふ…


2001年12月23日 (日) さいあくだ〜 ZZZ・・・


 昨夜 お招きを受けた明星園のクリスマス会で頂いた

明星園発行のニュースで 楽しい記事を見付けて

大笑いしました 愉快なお仲間達がいっぱいで

いろんな出来事があるのでしょうが

上手に書いてありますので皆さんもお楽しみ下さい

      ・・・・・          ・・・・・

 明星園の中学生のK君,高校生のM君といえば,普通の

日常生活そのものがお笑いと言っていいほど,いつも

周囲を笑わせています。

 口喧嘩をしているのかと思えば漫才をしていたり,

漫才をしているかと思えば口喧嘩をしていたりで,2人

の部屋はいつも賑やかです。

 そのK君は寝ぼけがひどいことでも有名なのですが,

事件は静かなある夜唐突に起きました。

 … …いあくだ…さいあくだ…さいあくだ…

AM2・00 奇妙な囁きで目を覚ましたM君。

「どうした?」とK君に尋ねました。

しかし,返ってくる返事は「さいあくだ…さいあくだ…」

と,そればかり。

 すると,突然”がばっつ”と起きあがったK君,そのまま

部屋から出て闇に消えていきました。しばらくすると,

漫画の本を数冊持って戻ってきたのです。

 そして再び寝床へ行き,

「さいあくだ…さいあくだ…」と,また呪文のように唱えだ

しました。

M君は,一体何が最悪なのか気になって気になって

仕方がないので,

 もう一度「ねえ,何がさいあく なん?」と聞くと

「…暗くて暗くて漫画本が読めん,最悪だ…」とK君。

「じゃあ,電気をつけたら?」とM君が言うと、

「ん?ん…Z Z Z〜」と,K君はそのまま何もなかったよ

うに安眠についていたのです。

 翌朝、M君とK君はこのことで口喧嘩漫才バトルが

HEAT・UP !

でも,今回はK君がやや劣勢でした。


      『大泣きの原因は?』

 野球と三度のおやつを比べると,ちょっとおやつのほうが

いいかな〜 …というくらい野球が大好きなYUKIくんは,

速球が武器の将来甲子園を夢見る小学一年生です。

 この回は,6年生のYOSHIYA君を打ちとり,意気揚揚と

ベンチに戻ってきました.

 そして打順はトップのYUKIくん。相手ピッチャーは

先ほど打ちとったYUKI君。

「さっきの借りを返してやる!」

”むっつ,絶対に打ってやるぞ!”

ストライク ! ストライク! ストライク !

残念YUKIくん,あえなく三振。

すると,

「ウ〜 !ぐやじ〜い」とバットを地面に叩きつけて,

「ギャ〜〜」と,大泣きの号泣 !

しばらくはバッターボックスでうずくまり,わんわん

泣いていました。

 しかし,攻撃が終わるとすぐにマウンドに上がり,堂々

のピッチング。負けず嫌いで人一倍悔しがりやのYUKIくん。

このぶんだと,甲子園でも涙を見せてくれそうです。

     ・・・・・         ・・・・・   

 ね〜 みなさん 明星園の若い友人達は

 み〜んな 元気で楽しいでしょう

 だから 次にお会いするのが楽しみなのです

 君があの愉快な M君 ? K君 ? なの

 君がYOSHIYA君 で 君が YUKIくんなのですね

 僕は ヒゲのおじちゃん で〜す

 よろしく おねがいしま〜す  

 というように 

 純粋な少年少女達と会って 友達になって

 純粋な心になりたい ぴ〜ひょろろ なのです


2001年12月21日 (金)  我が家のゼミナール


 さきほど 小生の大好きな そして尊敬する友人である

下山皮膚科医院の下山時生氏が遊びに来てくれて

四方山話などしていたところに次女の太希子が帰っ

てきて 「わ〜おじちゃん珍しかったですね〜」と言っ

た後で 持っていた紙袋の中から

「はい これクリスマスプレゼント」とにっこり笑って

2階に上がっていってしまったのである

 そこで話題が我が家の娘達のこととなって いろいろと

褒めて貰ったりして話が弾み まだ娘達が小さい頃

の思い出話となったのであるが 

そういえばあんなこともあったねー 有り難う!と思い出し

感謝しながら見つけてきたのが 平成2年の以下の日記

である

  ・・・・・      ・・・・・     ・・・・・     

 気の置けない仲間10人で、月に一度開催している

“長崎紐育倶楽部“の会合。

そのデイナーの席上で、6月当番幹事I氏の発案で5

分間スピーチをすることとなった。

 トップバッターのI氏が、自分の家庭の子育ての事情

や反省点などを赤裸々に話した後、指名により成ゆき

上、小生も我が家の娘達に対する教育方針を披露せ

ねばならなくなったのです

 そこで、常日頃からの小生の狭小ではあるが,自分

なりの人生経験からの持論である、

「父ちゃんは子供の頃勉強が嫌いだったし、しなかった

から、あなた方にも勉強しなさいと言う資格はない」とか、

「学生時代に”がり勉”してた奴に限って、大人になって

から皆に喜ばれるようなことをしない」とか,    

「子供の時は元気に犬猫のように走り廻って,漫画でも

なんでも本をいっぱい読んで,友達をいっぱい作って,

にこにこ笑って礼儀正しく,健康であればそれで良い」

などの愚説をとくとくと述べましたところ,下山氏が手を

上げて次のような意見を述べてくれたのです。

 「楽天さん,あなたの言うことが本当に正しくてひょっと

したら一理あるのかもしれません。

しかし,あなたが自分の目だけで見たり聞いたりしてき

たことを,自分の子供に押しつけるのは如何なものでし

ょうか。 

 私たちは大人ですから,ある程度”もの”の見方や限

度は分かると思います。

しかし,この先どれほど偉大な可能性を秘めているかも

しれない子供さんがたに,いつもそんな風に言ってたら,

将来に向けて伸びる芽を摘み取ることになりませんか?

 大人になって真剣に仕事をするということは,一朝一

夕に出来るものではありません。

学生時代に,真剣に勉強に取り組み努力する習慣を持

たない子供達が,社会人になってからいきなり真摯な生

き方が出来ると思いますか?

 私は学生は勉強するのが本分だと思っています。

そして将来への目標を持って,努力する習慣をつけさせ

るのが親の役目だと思うのです。

 自分が勉強が嫌いだったからといって,そしてまた,

自分の現在のいい加減な生き方が気に入ってるから

といって,貴方のようなだらしのない生き方を,将来ある

大切な子供さんがたに強要するのは,あまりにも無責

任だとはお考えにならないのですか? ” 喝 !”」  

 本当に 嬉しかったですね〜

下山氏でなければ、真の友達でなければ,

だれがこのような忠言を言ってくれましょうか。

 そうです。小生は”ハッ”と目が覚めたのです。小生は

この世で一番無責任な父親でございました。

 …ということで,深く反省した小生は、

「恥ずかしい」などと言って嫌がる下山氏を無理やり拝

み倒して,翌日我が家にお出で頂いたのです。

 そして,小田家始まって以来の

『第1回ゼミナール』 の講師として,愛妻と高3・高2・中1

の娘達3人と小生,の合計5名で有り難く拝聴したよ

うな訳でございます。

 真面目な中にもユーモアたっぷりのお話で,上手に

子供達を煽てたりしてやる気を引き出してくれ,本当に

為になる良いお話でした。

 下山氏が帰られた後で感銘を受けた子供たちは,

「下山先生大好き」 と言っておりました。永年,だらし

のない小生の話を聞いてきた娘達にとっては,よほど

「勉強しなさい」の言葉が新鮮に聞こえたのでしょうね。

 考えて見れば,もう10年ほど前に下山氏にお話して

貰っていたら,娘達の運命も変わっていたかもしれま

せん。

 でもまあ,明日のことは分かりませんので,いつの日

かこの子達の中から、ノーベル賞なんぞ頂戴するような

自体が発生いたしましたならば,これはもう,偏に

下山先生のお陰でございます。

 祝賀パーテイには,是非ともお言葉を頂戴したいと存

じますので,その折は何卒宜しくお願い申し上げます。

次回は,小生の道徳教育をして頂ければ光栄に存知

ます。ハイ。 

わっはっはっはっは〜

  ・・・・・     ・・・・・     ・・・・・

 というようなお話をして頂いた偉大なる下山氏なのです。

でも,残念ながらいまのところ我が家から,

ノーベル賞を頂けるような兆しがないことは真に申し訳

ないことでございます。

 でも,下山先生にあられましてはどうか長生きをして頂いて,

娘の子供達が生まれた時には,手遅れにならないよう

早めに 『第2回ゼミナール』を宜しくお願い申し上げます。

わっはっはっはっは〜


2001年12月20日 (木)  餅つき


 市の社会福祉協議会のボランテイア室から

餅つき応援の電話があったので友人と出掛けた

…とここまでご覧になったお方で 常日頃の小生の

生態をご存知の皆さんは 多分二通りのことをご想

像されたに違いないの思うのです

@ 常にこころが純粋でなにごとも善意に解釈されるお方は

「はは〜ん 楽天さんは気は優しくて力持ちだから その力

を見込まれて杵を持って一生懸命に餅をつくんでしょうね〜」 

A のらくろ君を始めとする悪友連中などで 物事の

本質を見極めることの出来ない下種の勘繰りタイプは

「図体ばっかりでかくて怠け者 独活の大木の楽天野

郎のことだから どうせそこらへんをぶら〜ぶらして

無駄口ばっかり叩いて実際にはなんの役に立たんの

であろうな〜」

 わっはっはっはっは〜 答えは「ブ〜」です

どちらも当たっていますし どちらもハズレなのです

と申しますのは 小生昔は力自慢で少々のものは持て

た(女性にも)のですが 腰痛と今年一月に脱臼した

50肩のおかげで虚弱体質とあい果ててしまったのです

で〜使い道がないかと申しますとそれがよくしたもので

未だに三枚舌と笑い声は健在なんですね

 わっはっはっはっは〜 とまあ こんな風に

行ったところ 行ったところで笑い声を振り撒くのが小生

に課せられた任務なのです

 本日の出張先は“あおぞら工房”という知的障害者授

産施設で この11月1日に社会福祉法人に認可された

ばかりのほやほやなのです

 小規模作業所“石鹸工房”として活動を始めたのが19

94年で 食廃油をそのまま捨てると河川海の汚染の原

因になるので それをリサイクルして自然にも人にも優し

い石鹸を作っているのです

 さて着きましたよ もう準備は出来ていて”せいろ“から

は餅米の温かく旨そうな匂いがぷ〜んと漂っていますよ

 さあ始まりです 力自慢のおじさんと年季の入ったお兄

さんが杵をゴシゴシと擦り合わせてから ぺったんこ ぺ

ったんこ と餅つきが始まりましたよ 

 ところで小生の12人の若い友人達はといえば 興味深く見て

る子 ロダンのポ〜ズをとっている子 カセットにあわせて歌って

いる子とみんな様々なのです

 そこで小生の出番となるのですね 一緒に歌ったり拍手をした

り話し掛けたり 餅を搗いているおじさんの応援になるようにと

掛け声だけは元気に「ヨイショ ヨイショ!」と頑張るのですよ

さ〜 九分通り餅が搗き上がったところで 子供達の登

場です

 やっとこどっこい杵を持ち上げて ”ほかほか”と湯気の出て

いる餅に向かって「ぺったんこ ぺったんこ〜」と一生懸命なの

です 自分で持てない子はおじさんに手伝ってもらって 一列

に並んだ子供達は順番にお餅を搗いていくのです 

小生も子供たちの終わってから「ぺッたんこぺったんこ〜」

と搗かせてもらったのです

 あ〜面白かった 楽しかった 

そしてまた お母さんがたが丸めてくれたお餅のなんと美

味しかったことでしょうか 何種類もあったのですよ

小生は納豆餅やゴマ餅など生まれて初めて食べましたよ

お母さんの作って下さった豚汁の美味しかったこと

小生は お替わりして頂きましたよ

 あ〜 面白かった 楽しかった 美味しかった

と言ってるうちに時間が来ましたので 

可愛いお友達や親切にして頂いた所長さんやお父さんに

では さようなら ありがとうございました と言って

お別れしてきたのですが

本当に幸せな一日でした

 翌日ボランテイア室からお礼の電話と

「来年も またお願いします」の要請がございましたぞ

わっはっはっは〜 そこらへんをうろ〜うろしとっても

三枚舌だけで喜ばれたではないか〜

わっはっはっはっは〜

幸せなぴ〜ひょろろでした


2001年12月19日 (水)  インタビュー


大好きなみなさ〜ん

皆さんは お歳暮したことありますか〜?

は〜い したことのある人はどんな人にしましたか〜?

は〜い 日頃お世話になっている方々ですね〜

は〜い それはどんな人達ですか〜?

お仕事や 趣味や 親戚や お友達や 先輩や 

先生や そういう方々ですね〜

は〜い 外務省や政治家等などのように 肩書きや

地位を利用する一部の悪い権力者に贈ったりした

人はこの列から外れてくださ〜い

私達が求めているのは 

ごく一般的な社会人なので〜す

…ということで 地域社会のごく普通の中流家庭の 

ごく平均的年齢(120生きるとして)の ごく普通の

平均的な美男美女の ごく普通の平均的文化人代表

として 有知識人800人の方々から推薦された

我々夫婦をインタビューしたいといって

長崎放送局のラジオ番組 “スキッピイ”の

素敵なお嬢さん2人がやって参りました

わっはっはっは〜上記のことは冗談ですが インタ

ビューに来たのは本当なのです 

朝の9時半にコチコチになっている我々夫婦に いろん

な質問を浴びせかけるものですから シャイな小生は

困ってしまって わっはっは〜 わっはっは〜の照れ隠

し笑いばかりでございました

沢山聞かれたようでしたが 覚えているのは歳を聞かれ

たことと お歳暮をお互いにやったことがあるかということ

などでしょうか そして最後に 

「それではまずご主人から奥さまに ”もの”をあげるので

はなく感謝の気持ちを込めてなにか一言をお願いします」

と言われたので 小生は以下のようにお答えしたのです

「結婚した時には悪友達から まるで人身御供のようで

” 可愛い奥さんが可哀相 ” と冷やかされましたが 

洋服屋の当店にとってはそれこそ文字通り

”服屋のおかみ”さん すなわち福の神なのです

来年はお陰様で結婚30周年になりますので 豪華客船

で世界1周の旅に出掛けたいと思っております もっとも

宝くじが当たったらのお話でございます

わっはっはっはっは〜」と笑って誤魔化したのです

 そこで次は愛妻の番です

「ふつつかな私をこれまで楽しく過ごさせていただいた

両親や主人に感謝しております 結婚して29年間主人

は褒めるのが上手ですから これからもおだてに乗って

頑張りますので宜しくお願いします

でも なんとかして世界一周には行ってみたいので

宝くじに当たらなくっても行けるように 今日からは

ビールを減らしてください」

と 変なところでとばっちりが掛かったりしましたが

まあなんとか 夫婦で頑張って誤魔化したのですが

後刻 友人知人から電話が掛かって大童でした

おまけに 内情を知ってる職人さんにも冷やかされ

たりして大変な一日でした

みなさん ”ぴ〜ひょろろ”お得意の三枚舌も 

いざという時には絡んでしまいましたぞ

わっはっはっはっは〜

人生はアオマキガミアカマキガミキマキガミなのです


2001年12月18日 (火)  ご先祖さんの誕生日


 朝8時に電話のベルがなった

「もしもし 今日は何の日か知っとんね?」

横浜在住の妹の恵子である

いきなりの質問で目が白黒であるが

な〜にそこは 61年のキャリアである

「えらいまた早よ〜から な〜ん〜かま〜た?」  

「やかましかっ! 早よ〜答えんね」

 敵もさるもの引っかくもの 流石は何10年も一つ屋根の

下で一つ釡の飯を食って おかずやお八つやお小遣

いやお年玉などを 小生から騙され続けて来ただけに 

純粋で可愛かった子供の頃ならいざ知らず

様々な修羅場゛を潜り抜けてきた58歳の海千山千

ともなれば 小生の時間引き延ばし作戦等 とうの

昔にお見通しなのである

”え〜と ん〜と”

(画像電話なんぞ発明するなよっ!)

人間コンピューターの尊名を自ら振れまわっている

小生の脳細胞はいまや百%フル回転であるが

あっ そうだ! ”ピ〜ン” と閃くものがあった

「母ちゃんの誕生日のことかい?」

 いともさり気ない口振りの中には 余裕の言葉すら

あったのだが 心中はまさに冷や汗たらたらという

危機一髪の”ぴ〜ひょろろ”でございました

 「そうよ よ〜覚えとってくれたとね 有り難う

兄ちゃんや万里子姉さんのお蔭で お母さんも

元気に87歳の誕生日を迎えることが出来たのよね

本当に有り難う 」

と心から感謝する 小生の可憐な妹でございました

”お〜 危なかったわい” 先日愛妻が

「お誕生日にはどんなご馳走がいいですか?」と

訊ねてるのを聞いてたから良かったようなものの

危ないところであったとひそかに胸を撫で下ろす

”ぴ〜ひょろろ”だったのです

 万が一 恵子の逆鱗に触れると後が怖いのです

ど〜いう風に恐いかと申しますと 電話で怒り捲く

るのです

「兄ちゃん 兄ちゃんは今日まで大事に育ててくれた

お父さんやお母さんの恩ば忘れたとね 

うち(私)はも〜 腹かくとやっけんね(長崎弁は大変

だ・”怒る”の意味です)も〜腹かいた 知らんとやっ

けんね(見捨てる)!」

と言って怒り捲くるのです なんといっても妹と弟二人

を子供の頃にはよく騙したものですからね〜

野外の遊びでも トランプや将棋や双六や坊主捲り

でもその時その時の 小生の手持ちのカードでルール

を変えておりましたからね

 あの当時は 家長や長男などにはそれなりの特権

がありましたからな〜 いや良い時代でした

なんでも平等なんていう社会風潮が 人間形成に

及ぼす影響は果たしてどんなものでしょうかね〜 

まあ これは小生に兄姉がいれば別の話ですが…

 わっはっはっは〜

たとえばの昔話ですが 将棋をしている時なんか

旗色が悪くなったら小生の桂馬は いついかなる時

でも弟妹の王様に飛びかかっていったものですぞ

あのいい加減且つ出鱈目なルールのお蔭で

愚弟の真二は 僅か7歳にして人間不信に陥りまし

たが それがまた今日の彼の人間形成に役立った

と言えるかもしれませんぞ  
 
将棋も今日では小生と伯仲の腕前となったではないか

 とま〜 妹弟にはこのような伏線があるものですから  

恨みや怒りはなるべく避けるように心掛けているのです

だから こんな風に本気で妹を怒らしたら大変なのです

あ〜 困った 困った 大変だ 本当に大変だ

と これくらい大変なのです

 え〜? これほどとは どれほどかって?

それは その時になって見なければ分かりませんが

 わっはっはっはっは〜

いや〜 本当のところ 

まだ決定的な尻尾を掴まれたことはないのです

恵子とはたったの三つ違いですが

人生には この三つの差がものを言いますからね

”ぬらりくらり”と 誤魔化し続けるのですね

だって これは内緒ですが

恵子は と・き・ど・き〜 機嫌の良い時には

小生の大好きなビールを送ってくれるのですが

いつか 半年ほど滞ったことがありますからね

あの時は なにか怒っていたんじゃあ〜ないか

とかくいう小生は睨んでおるわけです

とにかく ビールは人類にとっては

命の糧であり 勇気の源でございますからな〜

ところで 大好きな恵子さんや

 君の大切な”ご先祖さん”のはつえさんは 

元気で87歳の誕生日を迎えることができました

そして 君の大切な頑固父の鉄二さんは今夕

元気にライオンズクラブに出掛けましたよ

君の両親は 二人とも 元気です

 と まあ こんな風に書いてたらまるで人質を取った

ような文章になりましたが 決してそうではないの

ですよ

ただ 君の正直な兄が君の大切なお母さんの

今日の誕生日の晩餐会を見ておりましたところ

 ビール瓶を87本程並べて ロウソクを点けて

祝ってやったらもっとお母さんは喜んだのでは ?

なんぞと ”ふっと” 思ったものですから

ただそれだけです 気にしないでください

それでは 

朝からの 君の愛情に溢れた電話に感謝しながら

母の元気な誕生日を共に祝いたいと思います

寒さも厳しくなってきましたが くれぐれもご自愛下さい

皆様にも くれぐれも宜しくお伝え下さい

 親愛なる妹の 恵子へ

         狼年生まれの忠実な 兄より


2001年12月13日 (木)の分  どじ子さん


 博識の皆さんは 年齢審議会というのをご存知ですか

なに ご存知ない そうでしょう そうでしょう

かくいう小生も去年まで知らなかったのです

実は 60歳になった去年のことです

いきなり 封書が届きましてですね

なんだろ〜? と開いてみるとお祝いのビール券

と一緒にこのような文面の表彰状が入っていたの

です

         
            賞状

         【還暦で賞】 

       貴男は幸せの原点である笑いを

   まわりの皆に提供して世の中を明るくしました

    よってその努力に対して感謝状を送ります

          お陀仏 楽天殿 

           年齢審議会


 というような表彰状なのです

わっはっはっはっは〜 またやられた〜

”どじ子ちゃん” だ〜 

 みなさん 小生には佐世保市にどじ子さんという大好き

な生涯の友人がいるのです 本名は渡部都志子さんと

仰るのですが いやはや愉快な人生の仲間なのです

 使用済み切手運動を通じて知り合った 心優しく

素敵な女性なのですが 一番最初のお便りには

それこそ しおらしく 「少しでも世の人のお役に立

てればと存じます」  

 …とかなんとか 上品に書いてあったものですから

小生も妙齢のいと美しき女性を想像しまして それこ

そ丁重なるご返事を出していたものですが゛ 何年か

経つうちに お互いにだんだんとボロが出て参りまし

て いやはやこれはもう百年来のお付き合いという

ようなご好誼を頂戴しているのです

 春の”奇人変人会”と”長崎風流人会”合同の花見や

年末恒例の”使用済み切手フエステバル”には 毎年

元気な笑顔で参加してみんなを楽しませてくれるのです

 我々は”どじ子さん”と”どじゆきさん”なのです

その“どじ子さん”からのお便り紹介です 尊敬する

丸谷才一先生を見習って 訳注は語尾に記します


 前略

切手フエステバルのご案内ありがとうございました

今年も楽しみにしていましたが ちょっと事情が有り

今回は行けません とても残念です

 さて ハッちゃん(1)は元気かな?腰痛はど〜ですか

簡単には治りませんね

私も何十年も腰痛と付き合っていますよ 

 「えっつ」(2) 若いのにですって… 私は年に関係

なく好かれるのです 車に何回も飛ばされているの

で残るのですね こんなのは…

 我が家の母上は今年は4回も入退院の繰り返しで

今は家にいます 寝たきりで痴呆が入って(まだら呆

け状態)大変ですが 私たちで看病出来ることを幸せ

に思っています

 順送りと言いますが今がその時 そのうちに私もボケ?

(3)って人を見たらケラケラ笑う人物になるかも…

 トホホ 

でも 「 根が明るいというのは いつの時もいいな〜 」

と我を褒めています

 ”海の底に落ちた気分でも なぜか人の前では

宝くじの1等にでも当たったように明るくふるまえる

特技はそこらにはいないと思います”

よく考えると 根っからのバカかもね …

 で 今回も明るくビール片手で手紙かいてます

酔いつぶれるとまた 色を使ってバカ書くので今回は

2色でやめます

 楽しい切手の会でありますように祈ってます 身体

に気をつけてお過ごし下さい

本を見て書きました(4) 見たら捨ててください(5)

尊敬する小田様一家へ

               させほの どじ子より

  
注訳

(1) この12月18日で 87歳の誕生日を迎える

小生のご先祖さん のハツエさんを親しみと愛情を

込めてこんな風に呼んでくれるのです

 いま見たら可笑しいことでしょうね 初めの頃の

互いの猫を被った手紙の文面は あっはっはっは〜

それが一度お会いして顔を見て 気心が知れた後

ではこんなに仲良くなってしまったのですね

 それも どじ子さんの方から小生の住む長崎に

乗り込んで来られたのです

 その時の出立ちはと見てみれば〜

丸い心を丸い身体に包んで 背中にはいっぱい夢

の詰まった色んなお土産いっぱい の丸いリュック

サックを背負ってなのです それも時と場所に応じて

いろんな珍しい小道具をいっぱい持参してくれるの

です

 ある時はビンゴの賞品 ある時は係りのリボン等など

今年の花見の折には小生は 「私はアホです」 と

書いてある太っかい襷を掛けたまま一日中 立山

公園で恥をさらされましたぞ

でも 白い襷に太っかく大書した赤い文字を見て小

生に会う老若男女すべてが ニコニコ笑顔で小生と

の出会いを喜んでくれたのですぞ

あ〜 良いことをした

わっはっはっは〜

本当に有り難く嬉しいことです

(2) 如何に驚嘆したかを強調するために でっか

い青色のマジックで書いてあるのです(いつもは

10色ぐらい駆使してあるのですぞ)

(3) ピンクの太っかい字

(4) 手紙と一緒に本当に心温まるお地蔵さんの

絵が同封してあるのです それはもうやわらか〜な

タッチの筆で ”ほんわかふわふわ” 雪の中で蓑

を被ったお地蔵さんが 優し〜い笑顔を浮かべてお

られるのです

 そして そのお地蔵さんがどじ子さんのお顔にそっ

くりなのです そしてまた お地蔵さんの横には

” やさしい心 見てござる ” 

と どじ子さんの自筆で書いてあるのです

優しく強い心と行動力とユ〜モア〜は知ってましたが

こんな素晴らしい感性の持ち主であることを いま始

めて知って本当に嬉しく思いました

 そして この絵はどこかよそで見てきてそれをもとにして

自分のイメージで描いたそうです フエステイバルに 

は出席出来ないけどと言って こんな素晴らしい絵を送っ

てくれたどじ子さんの心に感謝です

(5) どじ子さんの口癖で 「始めてのお便りにも役に

立たなかったら捨ててください」 とあったのです

その後何回聞いたことか みんなが喜ぶプレゼントを

持ってきては「要らんかったら捨ててください 詰まら

んので捨ててください」 等など

 
  というような“どじ子さん”なのです

いつか 全世界のみ〜なさんにご紹介したいのです

念じれば叶うとか申しますので どうか皆さんこの世

には こんなに明るく元気で優しさに満ちた人がいる

ことを忘れないで下さい

 皆さんも いつかきっと会える 

 幸せ運びの どじ子さんなので〜す


2001年12月17日 (月)  びっくり共同組合


 子供の頃から人をびっくりさせることが好きだ

もちろん びっくりすることも大好きである

1日1回は びっくりしたりさせたりしているのが楽しい

あどけない童が そのまん丸い瞳をいっぱいに見開いて

つぎの瞬間 ”にっこり”と微笑えんでくれたら

もう 最高に幸せ

なにが美しいといって 

びっくりした後の喜びの笑顔ほど

美しいものはあるまい

びっくりした方もさせた方も 最高に幸せ 

みどりご おさなご おじいちゃん おばあちゃん

好きな人に 知らない人

困っている人 失意の人

遠くから黙って見ていて

思いがけないときに

思いがけない “びっくり” の贈り物 

言葉 笑顔 仕草

なんでもいい

タイミングの良い ”びっくり” は

素晴らしく心のこもった贈り物

新鮮な ”びっくり” は

新鮮な 喜びを生み

新鮮な笑いと勇気が湧いてくることでしょう


  ”びっくり”は“びっくり”を呼び

  笑顔は笑顔を招き

  幸せは幸せを招く


わっはっはっは〜

これは21世紀最大最高の格言である

   「 人をびっくりさせたり

     喜ばせたりするの、

     小生は大好き !

     最高に楽しいぞ〜 」

 ということで 大好きな皆さ〜ん
 
    【 ”びっくり“協同組合 】

    に入会する人この指と〜まれ〜

… とまたしても ミドルネ〜ムが増えた 

  お陀仏”びっくり”楽天ぴ〜ひょろろ であった


2001年12月16日 (日)  使用済み切手フェスティバル


 今日は1年に1度 夢豊会主催で使用済み切手を

介して知り合った善意の人達が集う

”第19回使用済み切手フエステバル”の日である

おかげさまで今年も 近隣在住の善男善女の方々

下は2歳の赤ちゃんから86歳のおばあちゃんまで

88名の笑顔の良い人々が一同に集まって人生の

一刻を楽しく過ごしたのである

 あ〜 面白かった 楽しかったな〜

笑顔と心の良い人々と過ごした一日の

なんと長かったことか なんと短かったことか

あ〜 人生は素晴らしいぞ〜

 まず始めに 今年はいつになく緊張した”熊会長”

の挨拶の後 一連のセレモニーが始まったのです

まず 長崎県音楽ボランテイアの

馬場幸子先生の御挨拶とご紹介の後で バイオリニ

ストで4歳になったばかりの斎藤琢人君と お父さん

の斎藤享先生親子のご紹介があり演奏が始まったの

です

 若干4歳の琢人君とお父さんのバイオリン 馬場先生

の素晴らしピアノ演奏の競演は集まった多くの人に感

動を与えたことでした

 ちなみに曲目は

1 ゴセット作曲の”ガヴォット”

2 ヘンデル作曲の“ユダスマカバウス” 

3 ヘンデル作曲の“ブーレ”

4 バッハ作曲の“メヌエット”第三番

5 ベイリー作曲の“ロングロングアゴー” 

などの名演奏でした

 この後 参加者全員も一緒に

1 赤鼻のトナカイ

2 清しこの夜

3 ホワイトクリスマス

4 ジングルベル

 の曲を大合唱してから今年の切手の仕分けの

作業が始まったのです 

 もう10年以上も皆勤賞のご夫婦に86歳のおばあち

ゃん 三菱電機のボランテイアの方々 今日のために

ポスターを書いてくれた諏訪小学校のお友達 

いろんなボランテイアグループ等など 沢山の

人達と和気藹々の内に楽しい作業を終えました

今日整理した使用済み切手は 120キロでした

ああ 幸せだったなあ 充実した一時

 この作業の後 ビンゴゲームをしたり 参加者の

喜びやボランティアグループの提案や報告などを

お聞きして今年も無事良き人生の出会いが終了

いたしました ああ嬉しかった 楽しかった

今年も皆様にお会いできて幸せでございました

来年もまたお会いいたしましょう 

心優しい皆さんに明日がいい日でありますように ! 

おやすみなさい

幸せな ぴーひょろろで〜す


2001年12月15日 (土)  笑いの文化


 昼ご飯を食べながらぼんやりテレビを見ていたら

お笑い番組みたいなのがあってた まあテレビに出

るくらいだからそれなりの分野で知られている芸人

であろうが  こんなことを言ってた

 「師匠のように立派な家に住んで 上等な車に乗って

綺麗な奥さんを貰って…」 などと阿ていたのであるが

こんなつまらん話を聞いて登場者も観客も笑っている

のです

楽屋落ちかなんか知らんけど 小生はあんまり分から

んな〜と思ったのです

人間誰だってリッチでありたいのは分かるけど 

しみじみ  昔の芸人職人の世界は良かったな〜

古今亭志ん生の時代はよかったな〜と思う

 先日 ”ご存知さん”からの推薦で

柳家小三治の「ま・く・ら」「もひとつま・く・ら・」を読ん

だが なかなか面白かったと思ってたら

 先日新聞の「本に遇う」の欄で河谷史夫氏の

エッセ〜があり

小生の好きな かの”升田名人”や“立川談志”

“小沢昭一”の名が掲載されていて嬉しかったので

みなさんもご紹介させて頂きます

 欲をいえばこれに いろんな自己研鑚をおくびにも

出さず ただ飄々として出てくるだけで「おもろい」

”桂枝雀”も加えてくれたら それぞれに日本文化を

創造してくれた名人達人職人奇人変人が揃って

面白いのである

 まあ 仕立て屋の我田引水的見地から言うのでは

ないが 最近は何の分野にも人間の既製品ばっかり

で面白くない

もっと 個性的な人生を送りましょうよ

お互いに楽しみ喜び合いましょうよ !

       以下 冒頭に紹介の記事より抜粋

  
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 

 名は末代としても芸は一代だろう。

だから昔誉めということが成立するのである。

文楽は名人だった。 円生はうまかった。

志ん生は2度とでない。

それに比べて当今は、といった類いの、昔をしのび

今をけなす言説である。

 落語の世界に義理はない。寄席通いをするほど

熱烈な情熱も持ち合わせていないが、ここ数年来、

権太桜という噺家に 凝っている。

偶然のきっかけで追っかける仕儀となった。

彼が一月おきに池袋でやる「朝のおさらい会」という

のに通っている。むかし一時期、将棋の升田の棋譜

に熱中したことがある。棋士と噺家は、わが敬愛措く

能わざる存在だ。あそこは天才しか通用せぬ世界で

ある。

 志ん朝が死んだとき、談志が「金を払ってまで 聴く

落語は志ん朝だけだった」と言っていた。63歳と言え

ば芸の世界では洟垂れ小僧だろう。惜しむあまりに

言いたいことは分かる。人材払底はいずこの業界も

同じで、真打ちをいくら量産しても、どんぐりの背比べ

で、なかなかこれと、抜きんでたのが出てこないのは

仕方ない。私はそう悲観すべきものでもないと思って

いる。それぞれの時代はそれぞれの名人を持つだろう。

            (中略)

 小沢昭一は早稲田落語研究会を作った男で,「ホント

役者ではなくて落語家になりたかった」と明言するくら

いだから詳しいの。

ラジオで毎日やってる「小沢昭一的こころ」は絶品で、

”小さん”がこれを聴いて「今の落語だ」と褒めたそうで

ある。   

 その小沢昭一に滋に満ちたからかいを受けた”小三治”は

「まくら」の絶妙さで知られる咄家に、マクラをほとんど

振らずにさっと題にはいる型もあれば、とうとうとマクラ

を続けて何時の間にか噺が始まっているという形もある。

小三治それだけで「はなし」が成立するほど面白い。

 近況報告、身辺雑記の形をとりながら、笑わせる、

すぐるということまでは咄家かもしれないが、聞き手に

感心させるとなれば至難の技であろう。

「落語家という呼び方もありますが,どっちかってえと

噺家と言われる方がうれしいですね」という小三治の

面目躍如である。 

            (中略)

 まだ”さん治”で二ッ目ながら、すでに売れっ子で

テレビにも出ずっぱりだったころ、ある日独演会で

沼津へ出向いた。

 ボーリングに汗を流していたときのことだ。17・
いや9くらいの女の子がツカツカと近づいてきた。

いきなり「落語をやってください」と言ったというので

ある。

 「えっ?」

「落語をやってください。テレビであんなガチャガチャ

したことをやってもらいたくないんです」

 秋吉久美子と大原麗子を合わせて 2で割ったような

彼女は「あたし芸者なんです。芸者やの娘です」

独演会には行けないけど頑張ってください、と

言い置いて、さっときびすを返していったという。     

 会場に着くと、楽屋に新茶の缶が届いていて「笑子」

とだけあった。

その後真打ちに昇進し”小三治”となって、

”志ん朝”と並ぶ古典落語の旗手になるわけだが、

彼は再び彼女に会うことはなかった。

 あちこち笑わせながら語られる「笑子の墓」には

しみじみとさせられたものである。

         (中略)

 そんなこんな、この文庫二巻によって、小三治調を

目で堪能できる。天才の一人である。

『志ん朝のあとは小三治という輩がいるが、

 なァに、小三治は小三治を追っているのだ』


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 というような文章であるが まったくもって

嬉しいことである ありがたいことである

 では みなさん 小生いささか酩酊したれば

これにて おしまいである のである

       あやすみなさいのぴ〜ひょろろです


2001年12月14日 (金)  宝くじ


 夕食前 仏様にお参りしたら宝くじが置いてあるのです

「なんだ〜これ?」小生の問いに答えて

愛妻が答えてくれるのです

「ゆ〜ちゃんにボ〜ナスが出たんですって!」

 いや〜 ありがたいものですね〜

この不況の中で何処も同じ 民間の会社は大変な

んだろうけど ありがたいな〜ボ〜ナス出たんだ〜

それにしても 優希は偉いな〜

 そうなんです

当家の長女の優希は 始めての就職で始めての

お給料を頂いた時に 

 「今までお世話になった方々にお礼の手紙を書き

なさい」と言った

 人生の先輩である父親の言うことを素直に聞いて

 いみじくも108(この数字に小生は感動したのであ

るが後に増えた)人のお世話になった方々に今日ま

でのお礼状を書いて 小生と一緒にお伺いして今日

までのご挨拶をしてまわったのである

 その時に 気持ちだけではあったが感謝の気持ちを込

めて 全員の方々に初給料で求めたハンカチーフを一枚

ずつプレゼントさせていただいたのである

 いま思えばこのハンカチは 娘と愛妻と小生の三人

でわくわくと心弾ませながら いろんな人への感謝の

気持ちを語り 歩き探し廻ったこと自体がまた思い出

となり 11年経った今日でも親子三人の嬉しい幸せ

の思い出となっているのである

 その時に始めて知ったのであるが 我々は一人前

にというか 社会人となって初めてのお給料を頂くま

でに どれほど多くの方々のお世話になったことであ

るか ということを !

 誕生の時のお医者さん 看護婦さん お祝いに掛

けつけてくれた親戚の叔父ちゃん叔母ちゃん 両親

のお友達 保育園の先生方 近所のおじさんおばさ

ん 小中高の先生 ガールスカウトの先生 優希を

赤ちゃんの時から知って可愛がって下さったお客様

その他親子三人で考えたら 108人もいらっしゃっ

たのです そして 先ほども記したように後で増えた

のです 

 遠くの人には郵送したりしたのですが この時に

それぞれの方々が それぞれの心で娘のことを喜び

それぞれのかたちで祝福してくださったのです

 その時の感動と感謝の念が今も娘の胸には生き続けて

いるのでしょうか 

いまも 毎月お給料を頂いた日に小生には太っかいビー

ルを二本も買ってきてくれるのです そしてボーナス

を頂いた時には

おじいちゃん おばあちゃん 父ちゃん ママ

妹の太希子と美希子(現在は二人とも就職してるの

に)に1万円ずつ全員に”幸せのお福分け”をしてく

れるのです

 そして今回は父ちゃんには”夢の宝くじ”だったのです

あ〜嬉しいな〜 父ちゃんは嬉しいぞ

優希や あなたがその感謝の心を忘れない限り

幸せは常にあなたとともにあることでしょうね 

おじいちゃんもおばあちゃんもママもた〜もみ〜も

みんなあなたが好きですよ

ありがとう 

勿論 父ちゃんも ”ゆ〜” が大好きですよ

おっつ ! アスレチックから帰ってきたな

お帰りなさい

父ちゃんも 今日の幸せ夢日記も

お蔭様で終わりました

さ〜 お風呂に入ろうっと !

じゃ〜 大好きな皆さん おやすみなさ〜い


2001年12月12日 (水)  心やさしいT氏

 いや〜 わっはっはっはっは〜 愉快 愉快

こんなに面白い話はないぞ〜

少なくとも小生にとっては わっはっはっは〜

というのは 皆さんこんな訳でございます

 小生が半世紀前にお世話になった小学校が 

来年10月に記念すべき百周年の記念事業を行うと

いうので 小生らも各卒業年度の名簿を揃えるよう

にとの仕事を仰せつかったのです

 幸いにして我々のクラスは 古田先生がいらっしゃった

ので揃っているのですが 卒業以来一度も同窓会を開い

たことがないというクラスが大半で まずクラスの担当幹

事を見つける仕事から始めたのです

 ここで小生が目をつけたT氏が登場してくるのです

彼は当時から眉目秀麗成績優秀心技一体などの

四字熟語を始め人望信頼親愛仁徳親友等の二字熟

語も山程併せ持っているという人格者で 小生にとっ

ては雲の上の如き存在だったのです

 ということでT氏に狙いをつけた小生は この三ヶ月位の

間にさよう800回くらいも電話したことであろうか

でもまあ 朝昼夕と自分の思いついた勝手な時間ば

かりに掛けるのですからいる筈がありません さよう 

昨日迄はいなかったのです

 ところがですぞ 今日はご在宅でしてな〜

先刻からの小生の話を 「うんうん」と聞いてくれた後で

ですな〜 突然思いがけないことを言い出したのです

 「実は小田君に悪いことをして 君の店の前を通れん

かったんですよ」 なになに?

吃驚した小生が訳を聞いて 驚いたのなんのって…

いや〜可笑しいのですよ も〜 本当に大笑いでしたね

 あ〜可笑しい わっはっはっは〜

なんでも T氏の甥ごさんがT氏の卒業した大学を受け

ることになって 後輩の優秀な家庭教師をつけて勉強し

ていたそうで 本人も家庭教師も絶対に合格する自信

があったそうです

そこで 合格したら小田君の店で洋服を作ってやって双

方に喜んでもらおうと心に決めていたところ なんとなん

と不合格だったそうです だから

 「発表以来今年 小田君の町の近くを通り難くて困った!」

と仰るのですよ

いや〜 可笑しい しかし 有り難い けど 可笑しい !

嬉しいですね〜 持つべきものは友達

小生は な〜んも知らないのに一人で気の毒がって

本当に律儀な紳士なのです

 そしてまた 「一杯飲みながら打ち合わせしましょうか」の

小生の提案に賛成してくれて 

「今回は悪いことをしたから勘定を持ってくれる」

と仰るのですね

あ〜 可笑しい 嬉しい 有り難い しかし 可笑しい

わっはっはっは〜 小生があんまり笑うものですから

ちょうど 店にい合わせたお客様も大笑いして喜んでくだ

さって 「小田さんは幸せですね〜」と仰って頂いたのです

本当に小生は幸せ者です

 さてさて こんな出来事がございましたので 厚顔と申

しますか 深謀遠慮と申しますか

将棋の加藤一二三さんではございませんが 小生は

”はた”と長考の淵に沈んだのでございます

「え〜と 小生は何も知らなかったから分からなかった

が(?) ひょっとしたら 第二第三の潜在的Tさんが

いらっしゃるのではなかろうか ウンウン」ということで

 読みの深い小生は 柳の下の泥鰌を狙って年賀状には

以下の文章を書き加えることにしたのです

【追伸 育ちがいいと申しますか昼行灯と申しますか

純真と申しますか、常日頃の皆様のご厚意を気付か

ぬばかりに、御心にご負担をお掛けしていることも

まま有るかと存じます。

どうか皆様方にはご遠慮なく手土産など御持参の上、

心のご負担をお癒しになられますようにご来店の程

お待ち申し上げます。】

イヒヒ …明日はT氏の奢りだって!

               天真爛漫のぴ〜ひょろろ でした


2001年12月11日 (火)  自分史 俊之5歳


 “バリバリッ”とガラス戸が割れ、

”ピカ〜ッ”と閃光が走ったのにびっくりして

空を見上げました。

 私は油屋町の家の入り口で、独りぼんやりしながら

戸に寄り掛かっていたのです。

あれが原爆だったのですね。

 当時の父は兵隊に行ってましたし,母は原爆の落ち

たすぐ近くの浦上の郵便局に勤めていたのですが、ち

ょうどこの日は妹の恵子の耳が痛いと言うので病院へ

連れていっており、それで原爆を免れたのです。

慌てて途中の家の軒下に掛けこんだところ、中にいた

人達から

「来るな、来るな、飛行機がお前達を狙っているから来

たらいかん!」 と怒鳴られたそうです。原爆の悲しい思

い出です。

 しかし、考えてみますと恵子が「耳が痛い」と泣いてくれたお

陰で母の命も助かり、無事に兵隊から帰ってきた父と再会し、二人の弟が

誕生して幾星霜、

現在の愛する妻にも巡り会えて、可愛い三人の娘達

にも恵まれて、皆様方を始め多くの方々との素晴らし

い出会いがあって、

今日の私たちの幸せな日々があるのです

から、つくづく運命の不思議さ、恐ろしさというものを感じ

させられるのです。

                        自分史 6歳に続く


2001年12月10日 (月)  酔っ払っちゃった


 あ〜面白かった 楽しかった 愉快だった

そんな思いはみなさんあるでしょう

小生もあります たった今です

亀っちパパと

ワールドユーモアクラブの例会の帰りで

小生は酔っ払ってしまいました

あ〜 面白かった 楽しかった 愉快だった

そんな幸せの心で

じゃ〜 おやすみなさい

ごめんなさい
 
明日が あったらまた 明日

わっはっはっは〜−

 あやすみなさい   ぐ〜ぐ〜

 の ぴ〜ひょろろ です


2001年12月9日 (日)  我が家の語り草


 平成13年5月1日 今日は我が家の長である

小田 鉄二 91歳の誕生日である

”正直・親切・愉快”というのが口癖で 91才の

現在も矍鑠たる頑固親父と 笑うのが大好きな

母の傘の下で 我等が小田家三代のファミリー

7人は幸せに暮らしているのです 

 いましみじみ思えば 30余年前のことですが 遊び

盛りの小生は優雅な独身生活を楽しむといったら

言葉がいいのですが それこそ出鱈目な友人の

加護の下に出鱈目な青春を謳歌していたのです

 ところが 親の身になって考えてみると

このどうにもならない馬鹿息子でも 結婚させれば

一寸は落ち着くのではないか との落語的発想か

ら小生のもとに 或る日突然自分が見初めたという女

の人を連れてきたのです

 この現代の世にまさか人身御供ではあるまいし 親父

の口車に乗って運命を賭けた女性も大変であったろうが

小生は小生で無理矢理結婚させられたので 当時は非

常に憤慨していたものであった
 
 ところがよくしたもので流石は明治生まれの眼力で

ございました

 この新妻が ご両親の血を引いて気立ての良か

ったものですから 小生の品行もほんの一寸ばか

り改まり(?) 次々に生まれた”お宝さん”の3人の

娘たちもすくすくと成長してくれたのです

 私は常日頃から娘達に 父の口癖の家訓を言い

聞かせ ことある時にはお尻を叩くことにしていた

のです

 ところが次女の太希子がバレーボールをしていた

中学3年生の時のことです

いま思えば あれはテレビの影響だったのでしょうか

学校でなにかいやなことが有ったのでしょうか
}
小生の言った言葉に対して 我が家の家訓にあるま

じき言動を発したのです

 生まれて始めての可愛い娘の 突然の粗野な言葉

使いに逆上した私は、衝動的に彼女の頬に「パーン」と

平手打ちをしてしまったのです。

 ・・・と次の瞬間のことです。隣の部屋にいた父が、

いきなり走ってきたかと思うと 「なんばすっとか 孫ば

叩くなっ!」

の怒声と同時に 私も「パーン」と平手打ちを喰らってい

たのです

 本当に一瞬の出来事なので叩いた方も叩かれた方も

双方びっくり”あっ”という間の出来事で 家中が「しーん」

と静まり返っていたのです

その一瞬後

「ウワァ〜」と泣き始めた太希子が「父ちゃん ごめん

なさい」 「おじいちゃん、ごめんなさい」 と何回も謝り

取り縋って泣きじゃくっていたのです

そして その横では 彼女の姉や妹も大声で泣いてい

るのです

いつの間にか 父も母も愛妻も泣いていたのです

 その事件以来 我が家では「85キロの父ちゃんを叩い

た49キロのおじいちゃん」 というのが3人娘の語り草と

なったのです

「アハハ・アハハ」の笑い声が絶えないのは嬉しいので

すが

年頃になったというのに 一向に嫁に行く気配がないの

は困ったものです


 …というのが 今からたった半年前に書いた小生

の文章でございます


 ところがみなさ〜ん

「一寸先は闇」 とはよくいったものでございまして

このように平和な家庭に一大事件が勃発したので

ございます

聞くも涙 語るも涙 あ〜およよ およよ〜

怪傑”ぴーひょろり”の運命はいかに・・・

乞う ご期待 !



2001年12月8日 (土)  幸せNo.3


 ふあ〜 やれやれ やっと4日前の日記の完結編に到達

したぞ まったく我ながら夏休みの宿題ではあるまいし

年甲斐もなく困ったもんだ 

 半世紀近くも昔 長崎商業で2年3年生の時の担任

だったあの 厳格な”韋駄天先生”がご存命なら怒ら

れるよな〜

 「小田君 4日前の日記を今頃書いててどうするんだ

3日前2日前のはいつ書くつもりなのか?君には永遠に

今日という日はやって来ないぞ !」

などとよく叱られたな〜 そうですその通りでございます

 ”韋駄天先生”小生は相も変わらず 百年一日の如く

昼行灯のままで棲息してるのです

あ そうだ! 明日は先生の奥様をお誘いして

先生のお墓参りに出掛けますので

その時に こんこんと久し振り小生を諭してやって下さい

わっはっはっは〜

あっ ごめんなさい 先生 !

わっはっはっはっはっは〜

相変わらず 馬鹿笑いは治ってないのです


 ということで 幸せその3に入ります

毎日ご覧になって頂いてる方は御存知だと思いますが

”名人達人”を集める作戦会議を月曜日にしたのです

 その際 折角だから冊子に纏める時に写真ではなく

似顔絵にしよう ということになったのですが

さて 実際に頼むとなると誰が良いだろうか

ということになって話を始める段になると

 Aさんは忙しいとか Bさんは芸術肌でプライドが高い

とかの話で 最後には何処かに頼んだらどうかという

意見が出たのです

 そこで 小生が折角”名人達人”を集めているのに

似顔絵を書いてくれるような人もいないじゃ〜

あまりにも 長崎が可哀相ではないか

 折角我々がご縁があって このような仕事に出会って

「将来の子供達の為にご登録ください」と

名人や達人の方々にお願いして廻っているのに

(出来る範囲内でそれぞれ自分の足と時間を使って) 

第一巻を出した後で もし我々が発見出来なかった

方々の中に 「そんなことなら私が描きたかった」と

心意気のある人がいらっしゃったら申し訳無いでは

ないか   

 長崎という地名に対しても ご存知無かった方にも失礼

であると思ったものですから 

 皆さんご存知のN先生(あの11月7日の”自転車

ころりん”の愉快な主人公である)に描いて頂いた

小生の似顔絵を見せて 「この先生にお願いしてみ

ましょうか」といったところ 全員の賛同を頂戴して

重大な任務を帯びて帰宅したのである

 さて 翌日は早速N先生の勤務先に電話して

「いかがでしょう ?」 と小生が聞いたところ

「私でいいですか ?」 の返事なので

「勿論ですよ〜」 と答えたところ

「何時までですか ?」 の質問なので

「来年の一月一杯です」 と答えたところ

「じゃ〜いいです」 の返事を頂戴したのです 
 
 ね〜 みなさん この会話をどのように思われますか?

小生は こんなに嬉しく

簡潔明瞭な快諾は久し振りです

 いや〜 嬉しかったな〜 

ね〜 そ〜でしょう〜 みなさんも

出来る時は出来る 出来ない時は出来ない

それは 自分が一番知っているんですよね〜

人から頼まれて 相談を受けてから

ああじゃ こうじゃ と抜かして結局断る人

出来ないようだったら 条件を聞くなってんですよ

…まったく !

あ〜 それから 折角色んな修行や勉強をしてるのに

勿体つけて断る人がいますよね 

「自分はまだ未熟だから」 とかなんとか言って

それは当たり前のことだっていうんですよ

誰が 貴方のことを世界一だ と言うかって〜の

何処の世の中で 自分が世界一だと思ってる人が

いるかって言うのだ

貴方が下手なのは分かっているのですよ

でも 与えられたチャンスというか 人に頼まれて

断るのなら何の為に勉強するのかっていうの

 上手になればなるほど 人間は謙虚になるんですよ

そして 出来る範囲内で人のお役に立ちたいと願うの

が精進努力している人の本来の姿なんですよ

 勿体つけて断る奴は 一体何の為に勉強してるのかって

世の為 人の為にならないようなら

格好つけて勉強してる振りなんかするなよ

書 画 木工 料理 外国語 宛名書き 運転などなど 

小生が思いつくままに いままで勿体を付けて断わら

れた人は他にどんなのがいるかな〜

 まあいいや ”まさかの友は真の友”というから

自分がそんな人間にならないように注意しよう

あっ それから”忙しいから”と言って断る奴がいるが

あれは間違いなく嘘ですね  

”N先生”のように人に頼られる人 

忙しい人ほど 真剣に人のお役に立つ人なんですね

小生も ”N先生”のような実行力のある いざという

時に頼られるような人間になることを目的にしよう

 … ということで 大好きなみなさん

みなさんが一人で心寂しい時 話し相手が欲しい時

などに 

折角ビールがあるのに相伴する相手がいない時には

何時でも 何処でも 電話してくださいね

ビールがある時には絶対に思い出してください

まさかの友の”ぴ^ひょろろ”で〜す

 さて 今宵は誰のお呼びもない

 しかたがないから 自分のビールを飲むか

 あ〜 終わった 

 楽天や お前は偉い 本当に偉い

 わっはっはっはっは〜

 ”韋駄天先生”

 明日は奥様と参ります あ寝みなさ〜い


2001年12月7日 (金)  幸せNo.2


えらい えらい 楽天さんや お前さんは偉いぞ〜

一昨日は亀っパパと忘年会で

前後不覚で帰ってきたのに 3行も書いていた

昨夜は昨夜で 2本の指で訥々と2時間も頑張った

しかし それも フリーズとやらで消えてしまった

それなのに ああ それなのにそれなのに

いま このようにして頑張っている

お前は本当に偉いぞ〜 と

自らを鼓舞しているのは他でもございません

かの有名無実なる

『日本褒め合い運動会初代総裁』の

お陀仏楽天ぴ〜ひょろろ様でございました

 さて 一昨日に続いて幸せbQでございます


 実は”ほんわか”さんからメールを頂戴していた

のに 自分の日記に夢中で何日間もそのままで

やっと 先程気がついたのです 

どうも申し訳ございませんでした

とても 嬉しい内容で以下の3つのことが書いて

あったのです

@  91才の小生の頑固親爺(”ほんわか”さんの前で

  はいつもにこにこ笑顔)が 相変わらず寒さをものと

  もせず お洒落を楽しんでいることと思いますが

  お風邪には充分ご注意下さい との時候のお見舞い

A  先日 納品させて頂いたご主人様のご洋服を

  昨夜研究会の檀上において 大勢の方々の前でご

  着用頂いたそうですが 昨夜はご機嫌で午前様の

  お帰りだったので多分大成功だったのでしょう

  「これもスーツのお陰です ありがとうございました」 

  と記してあるのです

   もう 小生は大喜びです なんと嬉しいことでしょうか 

  普段から職人さん達には 「我々みんなが心を込めて

  縫い上げたご洋服を お客様に喜んでお召し頂き立派

  な仕事をしていただくことで 間接的に社会貢献をする」

  という” 心意気で洋服作りに励もう ”言ってますので

  みんなに”ほんわか”さんと ご主人様のことをお話し

  て喜びを分かち合ったのです 

  仕立て屋冥利に尽きる思いでございました 本当にあ

  りがとうございました

B  3番目は 先日に続いて感動した本のご紹介で

  ございました

  『あかね空』 山本一力著で 心にしみいる美しい時代

  物語だそうです

  『地球家族』 TOTO出版の写真集で 世界30ヶ国の平

  均的家族が全持ち物と一緒に撮られた本だそうです

  ”幸せ”ってなんだろう? とあらためて考えさせられま

  した と記してあるのです

   小生はこの夢日記を書き始めてから時間が無くなって

  折角買ってきた本もそのまま という状態なので

  図書館に行って訊ねてみますと

  『あかね空』 は二冊揃えてあるそうですが あと3ヶ

  月待ちということでした 流石に人気作品なのですね

  『地球家族』 は『続地球家族』が貸し出し中で

  93年発行の『地球家族』は無かったので注文してま

  いりました

  いざ みなさん

  ”明るい人と会えば明るくなれる

  心美しい人と会えば心美しくなれる” ですぞ

心美しい人の推薦する本を読んで 喜びを分かち合お

うではございませんか

最後に”ちょっぴり押し付けがましいですが”と書いて

ありましたが いえいえ そんなことはございません

 小生なんか学生時代の頃から 好きな絵画 音楽

遊び等 特に映画なんぞは自分が感動したらもう興

奮してしまって 誰彼なく誘っては映画館にまで

付いて行って切符を買うまで見届けて しっこく感想

を聞きまくったものです

ようするに 好きな人と喜びを分かち合いたいのですね

そんな 純粋な気持ちだったのですが

長年の間 ご迷惑をお掛けしてきた

関係各位様のみなさま並びに被害者同盟の方々には

この欄を借りて心から御詫びを申し上げる次第です

ところで 『かあちゃん』 は良いそうですぞ

絶対に行きましょうよ ね〜

わっはっはっはっは〜

… なんてことを 火曜日に書くつもりだっ

たのが風邪気味で書けず

翌日の水曜日の夜に書こうと思ってましたところ

なんと なんと なんと

 その日の朝に我等が”ほんわか”さんがお見えなの

です それも後から聞いたところでは 散歩に出掛け

ようとしていた”頑固親爺”と 途中でばったり出会っ

たそうです

            まさしく

    『人間は会うべき人には必ず会える

     それも 一瞬早過ぎず遅すぎない ときに』

           … なんですね 

 今年の春 小生の友人のご子息の結婚式場で

”ほんわか”さんのご主人の校長先生とお会いできな

かったら ホテル”ヴィクトリア号”にお揃いでお出かけ

頂けなかったら 頑固親爺の喜びもなかったのですね

人生は 喜びの ”たら” ”れば” なんですよね

 そして ”ほんわか”さんは手作りのパッチワークの

”キラキラ”と 美しく光るクリスマスツリー と

可愛いデザインの”鯉のぼり”の素敵な作品を

額にきちんと入れて”ほんわか”笑顔で 

お土産に持って来て

くださったのです

なんと 有り難いことでしょうか

なんと 幸せなことでしょうか

日記を書くのが遅れたおかげで

また 新しい嬉しい思い出を頂戴したのです

両親と”ほんわか”さんと愛妻の笑顔

至福のひとときに心から

感謝申し上げます

ありがとうございました

… 明日は 幸せのbRに続く 
 
      ぴ〜ひょろろなのです


2001年12月6日 (木)  フリーズ


 水曜日に 酔っぱらって

たったの三行しか書かなかったので

昨夜は 真面目に訥々と

2本の指で 2時間 必死に頑張ったのに

突然 矢印が動かなくなった

愛妻も美希も寝ている こんな真夜中に

起きているのは 泥棒と”のらくろ”君ぐらいだ

彼が言うには フリーズとか仰るものらしい

まったく 嫌な奴だ もう一寸だったのに

のらくろ君の指示で 悶々と小一時間

も〜 諦めて 蓋をしろと言うので

 さようなら

闇と空白の世界が広がる

あ〜 疲れた

今日の夜 昨夜の文章を思い出して

推敲して よしっつ !

頑張ります


2001年12月4日 (火)  幸せ3題


 あ〜幸せ 幸せ 今日は三つも良い事があった

こんなに幸せばっかり 贅沢な毎日を送って良い

ものだろうか 

”ポリアンナごっこ”のぴ〜ひょろろであった

1 朝一番に目を通した新聞の余禄である。

  「あくびが伝染するように人間の心は伝染する。

  週末ほほえみが伝染した。接触伝染もあるだろ

  うが、主として空気伝染…というか雰囲気伝染

  だ。

   バスは日の丸の小旗をつけて走り、乗客はほほえん

  でいる。道行く人々は、雲一つない小春空を見上げて

  おだやかに微笑している。

   まだ、写真でも顔を見たことがない、赤ちゃんの

  誕生がこんなに大勢の人々の心を和ませるものか、

  恥ずかしながら知らなかった。

        中略

  「ビールには枝豆/カレーライスには福神漬け/

  夕焼けには赤とんぼ/花には嵐/サンマには

  青い蜜柑の酸/アダムにはアダムにはいちじ

  くの葉…」。

   詩人・川崎洋さんは最上の組み合わせを拾い

  上げ、

  「ほほえみには ほほえみ」と締めくくっている。

       (ほほえみ には ほほえみ 「童話屋」 )            


 なんと心豊かな文章であろうか、久し振りに朝から

爽やかな一日の始まりを予感したのである。

「今日一日は 微笑みで始め微笑みで終わるぞ」

と決意した通りに良いことがあった。

 と、ところがここまで記したところで日頃の不摂

生のお陰か身体が冷えてきたのである。

どうやら風邪の引き始めらしいので,大好きな皆

様には真に申し訳無いことですが、今夜はこれで

失礼して、幸せの2と3については明日お話させて

いただきます。

いまから、今日の幸せを思い出しながらゆっくり寝

ませて頂きます。


(追)先日の風邪薬みたいな馬鹿なことは、まさか皆

さんは実行してないでしょうが、それにしてもハードボ

イルドの二つ位はどうかな〜 ?

と、思い悩むぴ〜ひょろろでございました。

                               (続く)


2001年12月3日 (月)  自分史 俊之4才


 深夜に突然起こされて、恐いサイレンが鳴り響くなか、

狼狽え怯えた人たちと一緒に防空壕に逃げて行く

のです。

 わたしは誰かの背中で訳も分からずに泣いていました。

誰がおんぶしてくれていたのでしょうか、その頃は

父も兵隊に取られていた筈で、三つ下の妹の

恵子も生まれていた筈です。

 白髪のお爺ちゃん,胡麻豆腐を作っていた

優しかったお婆ちゃん、いつも頭を撫でてくれた

油屋町のおじちゃん、”としちゃんとしちゃん”

と可愛がってくれた良子おばちゃん。

 粗い砂糖の付いたでっかいアメ玉を売っていたの

もこの頃だったのでしょうか。。

徹兄ちゃんとこっそり食べたのを覚えております。

とてもおいしかった。


2001年12月2日 (日)  愛称


  “ゴッツア島人”は、何にでも仇名を付けて楽しむ名人

である。

 ということを、なにかの本で読んで感心したことが

あるが、な〜にニックネームを付けるのだったら負

けちゃ〜いないぞ、と思うのである。

 小生も子供の頃から、森羅万障自分が好きなも

のには何でもかんでもニックネームを付けて楽しむ

のは人後に落ちなかったのである。

 ”エヘン”と、まあ威張れるようなことではないが。

とにかく、友人知人先生に親戚の叔父さん叔母さんか

ら始まって、近所の犬・猫・電信柱・ポスト・橋や町名や

山川草木から流れる雲にまで、自分が感じたまま

の仇名を付けては皆を煙にまいて楽しんでいたの

ですね〜。

 たとえば、例えばですぞ、

「赤いシャッポのカンカラカーンを右に行って、ロイド

を渡って真っ直ぐ行って、赤印の”チンチン”に乗っ

て世の果て迄行けば、哲学者が佇むであろう」 

なんて、謎謎みたいなことを授業中にメモ書きして教室

の中で回して喜んでいたが、いやはやいま考えてみる

と正しく馬鹿丸だしですね。

わっはっはっはっは〜

 翻訳しますと、「宮澤さんの電柱から右に行って,

眼鏡橋を渡ってから蛍茶屋行きの電車に乗ったら

終点で小生が待っているぞ」、というようなもんでご

ざいました。

 学生時代の頃なんぞは、今日の授業の順序はなんだ?

と聞かれたら、「イロハから123・645・ABC・昼飯食って

からドレミ・ご破算だから、オイチニ〜もマゼランも無いぞ」

なんぞと言ってたものです。

わっはっはっは〜 まあ翻訳すれば、

 今日の授業は、国語・数学・歴史(大化の改新)・

英語・音楽・算盤(余談ではあるが小生は商業校で、

珠算の前に先生が、「ご破算(?)で願いましては〜」

と言うのが可笑しくっていつも笑っていたせいか、珠

算と簿記の通知表はいつも1で、現在も商売は情け

ないことには赤鉛筆で帳面付けをしているのである)

・体育も地理も無いという暗号だったんですね。

 そして、三つ児の魂百まで”とやら困ったもので、

好きな人に仇名を付けるのはで61才の現在も治って

いないのです。、

☆  91才の頑固な鉄二親爺には「アイアンマン」の仇名。

  因みに、ゴルフではエッジから九番アイアンでチップイン

  するのが得意で、いまも昔話で威張っているのである。

☆  86才の尊母は”ご先祖さん”であるが、

  我々母子が「馬鹿息子とかご先祖さん」とか、日頃から

  呼び合っているものだから、母の通ってる整形外科の

  先生などは、小生が治療の済んだ母を車で迎えに行

  く度に、

  「ご先祖さ〜ん、お迎えが来られましたよ〜」などと

  大きな声を出すものだから、

  始めての患者さんは吃驚するし、常連(?)さん

  は”ゲラゲラ”と大笑いするのである。

☆ 愛妻は”万里ちゃ〜ん”だったり”美しい万里ちゃ

  〜ん”だったり、ある時は”パンプキンちゃん”なの

  である。(昨日掲示板にデビユ〜してましたよ)

☆  長女の優希は”ゆ〜”と呼ぶか”ラリゴ”

   (由来はごリラ)。

☆  次女の太希子は”た〜”と呼んだりパンジ〜

   (由来は頭のチンを省いた)

☆  三女は美希子は”み〜”と呼んだり”キンモ〜”

   (由来は逆読みである)

☆  小生の予定帳がぴ〜ひょろろのプランだから

  ”ぴ〜プラン”であることは、皆さんは夙にご存知

  ですよね。

☆  ところで、小生宅には乗用車と軽のワゴンが

  あるのだが、これがまた由緒ある名前なのであ

  る。 

 乗用車は何を隠そう『ロシナンテ3世号』と申すの

である。ちゃ〜んと、車の後のガラスには記してあ

るのですぞ。

 そもそもその由来と申しますのは、小生が尊敬す

るかの中世の正義の騎士”ドン・キホーテ”の愛馬

の名からきたものである。

わっはっはっは〜 一同、畏れ入ったか〜。

 訳をお聞き下さいね皆さん、長崎には風車は無かった

のが幸いでございましたが、

 とに角、最初の頃のこの車ときたら、そりゃ〜もう

血気盛んでございまして、電信柱にポストに看板に

橋と、その時の気分次第で当たるを幸いなぎ倒して

いたのですね〜。

 幸いにして、小生の運転が慎重だから良かったよ

うなもので、いや〜その鼻息の荒さといったら皆さん

にお見せしたかったものです。

気の弱い友人なんか、絶対乗ってくれませんでしたよ。

 ”軽のワゴン”は 『マリ〜・セレステ号』 と申してですね、

いや〜、これはまた恐いお話ですぞ〜

この車の命名には曰く因縁が三つもあるのですよ〜

まあ、お聞き下さい。

 一番目はですね

今から40年も昔のことですぞ、方向音痴の小生が

始めて車に乗った嬉しさで、博多に野球を見に行っ

たのですが、試合を観た後で一杯飲って何処かに

泊まったのですね。

 翌朝、何処に止めたか分からずにいやもう野球場の

周りをタクシーで何回廻ったことか。

やっと発見けた時には、嬉しいやら情けないやら

でさめざめと涙が出ましたぞ。

あの頃は、駐車禁止など無かったですからな〜。

 ニ番目はですね〜

小生はいつも、駐車禁止の魔除け(?)に車のドアや

トランクは開けたまま、鍵も付けたままでいることが

あるのですが(ボロ車だし善行を積んでいるので

盗難には遭わないと信じてる)、ある時置いた場所か

ら200メートルも離れた所に動いてたんですよ。

それもたったの3時間の間にですぞ。

恐いですね〜

 三番目の理由はと言えばですね〜

日曜日の昼から”いざ出掛けよう”としたら無いのですね〜

おまけに、車庫まで開いているのですよ。

どんなに考えても分からなくて悩んでいたら、夕方になって

悪友がのんびり乗って帰って参りましてね〜、

 朝から小生のベッドに来て「車を借りても良いか?」 

と聞いたら、小生が「う〜ん」と唸ったというのですね。

何処の世界に二日酔いで苦しんでる人間と返事の

「うん」を取り違える奴がいるか、まったく!

 以上三つの理由で小生のワゴン車は、かの魔の

バミューダ海域で乗員のいないままに航海していた

船の名前を頂戴した訳でございます。

 ところでですね、小生がニックネームを付けるのは

好きな人だけというのを”知る人ぞ知る”でですね、

選挙の時なんぞ大変ですぞ、国会議員に県知事に

市長にと”ぞろぞろぞろぞろ”門前に市をなす、とは

こんな状景をいうのでしょうな。

 みんな、小生にお友達と認めて貰って何万票か増やし

たいのでしょうな〜

でもみなさん、教えてやってくださいね。

 小生は、どうしようもない怠け者で、嘘吐きの

名人で、だらしのない酔っぱらいで、飯の後先で

意見が異なるという三枚舌で、強欲なくせに小

心な日和見者ではあるが、

「友達にはそんな人は欲しくない」 ということを。

わっはっはっはっは〜

 小生は「明るいちゃん」「楽しいちゃん」「元気ちゃん」  

「心美しいちゃん」「正直ちゃん」「親切ちゃん」

などという人と、お友達になりたいのだって,

たった一回の人生だから、

出会いを大切にしたいって !

では、みなさんお寝みなさい。

小生は今から

”ふかふか”ちゃん(布団さん)のお陰で

楽 しく

天 真爛漫な



の世界に ”ぴ〜ひょろろ〜” と …

       では   おやすみなさ〜い

               アッハッハッハ〜 グ〜


2001年12月1日 (土)  ワールド・ユーモアクラブご案内


    『星のかけら』


    ご存知でしたか?

    私たち

    みんな

 
    150億年前の

    星のかけらなんですって

    だから

    こんなになつかしいのですね 


      『魔法』    

   あなたを想うとき

   私はやさしくなります

  
   あなたを想うとき

   私は清らかになります


   あなたを想うとき

   私は美しくなります

 
   愛することは

   いちばん素敵な自分にめぐりあうための

   神様の魔法です   
   

 ヤッホ〜 大好きなワールド・ユーモアクラブの皆さん

一日一善 一日三膳 一日十笑 やってますか

上記の詩は”ぷくぷく”の堤江美氏の作品です

素晴らしいですね〜  美しいですね〜

” 生きる 愛する ” ということは

 さて 本年最後の例会のご案内です

今年も あんなことこんなこといろんなことがありました

でも 我々ユーモアクラブの面面に泣き言は無しです

わっはっはっは〜 と笑いで吹き飛ばすのです

今年一年間で1番嬉しかったこと

可笑しかったこと 幸せに思ったこと などなど

 出席者全員が三分間スピーチで

「三つの幸せ」発表会にしようではありませんか

”まだ無い” などと仰る方は

♪幸せは歩〜いてこない〜♪と申しますぞ

早速 歩くべし 探すべし 作るべし べしべしの心だ〜

元気な笑顔でわっはっは〜とお会いして

2001年最後の楽しい思い出創りをしたいものですね



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