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楽天掲示板
                             




   2002年5月31日(金)

     結婚出来〜ん!?


 わっはっはっはっは〜 ざま〜みろってんだ テンダ〜。

いや〜、昨夜はつい興奮してもう絶対太希子のことなんか

書かないと決意したけど、あんまり面白いので皆さんにご紹

介する。

 「父ちゃ〜ん大変、結婚出来んげな〜」突然電話口から

太希子の悲鳴が上がったのである。

「おっおっおっ、何事だ〜っ?」結婚出来ぬのは嬉しいこと

である。胸を弾ませながら訳を聞いてみると、米ちゃんが明

日から仕事なので、いろんな用事を片付けた後で市役所に

行ったところ、結婚届は保証人が二人いないと出来ないと

窓口で言われたそうな…。

「わっはっはっは〜 ざま〜見ろってんだ〜テンダ〜」

 小生はもう痛快さまさまご機嫌さまさまなのである。

「だってね〜、始めて結婚すっけん知っとんもんね、ね〜」

「そうだそうだ、それは役所がいかん!」

 と言いながら小生はもう愉快千万なのである。

「当たり前だ、バ〜カ。父ちゃんを裏切るから罰が…」

 なんぞという醜い舌(3枚)心をひた隠しにして、

「誰でも、最初は始めての経験だからね〜」

 などと、訳の分からない慰めの言葉なんぞをかけた後で、

「で〜、どうすっとね〜?」

 と下司の心を隠していかにも心配そうな声で聞いたところ、

「さっき、蜘蛛博士の叔父ちゃんに電話で頼んで急いで行

きよっとばってん、時間の無かと〜」

 という返事である。ちなみに蜘蛛博士とは小生の妹の

 恵風子には勿体無いような温厚なご主人で、山北町の

 おおり医院の院長である。

「そうね、分かった分かった。も〜式は挙げとっし大丈夫やけ

ん、事故ば起こさんごとゆっくり行きなさい」

「分かった、ありがとう父ちゃん!」

 という娘の声を聞いてから、やおら蜘蛛博士に電話するの

 である。 出たのは姪の可愛い路子(蜘蛛博士と恵風子の

  次女)であった。

「な〜に?おじちゃん」

 路子は純粋な声と心の持ち主である。

「もうすぐしたら、米ちゃんと太希子が来るから印鑑を逆様に

押しとってやれよっ!」

「どうして〜?」

「役所でまた、結婚は駄目て言わるっとっじゃなかろうか?」

「いやね〜、おじちゃんは冗談ばっかり。キャハハハハ〜」

 路子は子供の頃から、笑い声がけたたましいのである。

「とにかく、蜘蛛さんと恵風子によろしく言っといてね〜」

   ・・・       ・・・      ・・・

 以上のような次第で、小生は今から茅ヶ崎市役所の年頃

の娘さんを持った担当の人に電話して、よしなにお願いし

てみようかと考えてるところなのである。

 たとえば二人の署名の文字が下手だからとか、新郎の

色が黒いからとか、花嫁の笑い方に品が無いとか…。

あっ、そうだ。どなたか茅ヶ崎市長をご存知ありませんか?

ご存知のお方は、どなたかよしなにお願い申し上げます。

   ・・・     ・・・    ・・・

        などという

 上記の話は少々正気をなくした娘の父親の戯れ言でござ

います。茅ヶ崎のみなさま、これから御地にお世話になりま

す米ちゃんと太希子をどうかよろしくお願い申し上げます。

 まだ若く、経験も浅そうございますので失礼も致しますかと

存知ますがくれぐれもよろしくお願い申し上げます。

 では米ちゃん、太希子を頼むよ!

  可愛い太希子よ、米ちゃんを大切にしてください!

   どうか しあわせに なって ください

     ありがとう、可愛い子供達よ!

      おやすみなさい 

        明日が 穏やかな 日で ありますように !

           最後の涙の ぴ〜ひょろろ なのです

      




   2002年5月30日(木)

     楽しい新婚旅行  


 ヤッホ〜!! 今、石垣島だよ〜ん!!

この絵ハガキの海でボートに乗って、海底をのぞいてきました

 まじ、スゴカ!!熱帯魚にサンゴ礁!!いじでキレイ。

海の中にジャングルがあるようでした。

 10・00からまさ(米ちゃん)の大学の先輩の案内で夜景を

見たり、夜の海を見たりしたよ〜!!

夜の海は、月の光で白くなってた。

夜の海は黒いと思っていたので、これまた目から鱗…

本当の自然てこうなんだな〜。

凄く神秘的で、人間の住む場所じゃないみたい!!

石垣島には神様のおるばい!!

 夜の2・00までドライブしました。

明日は3・30の飛行機で沖縄に行きま〜す。

                  まさよし・たっぴい

   ・・・       ・・・      ・・・

 というようなハガキが着いた翌日に、

「いま茅ヶ崎に着いたば〜い」の電話があって無事に茅ヶ崎

に着いたようです。

 茅ヶ崎に着いたと言うことは、長崎には着かんということな

のです。長崎には着かんということなのです…。

 チクショウメ〜 小生がこんなに悲しんでるのに

あの 裏切り娘め〜 も〜 絶対に 

キミのことは 書かんっ〜 と 

 憤慨しながら 娘からの 自立を

決意する 悲壮なる ぴ〜ひょろろ でございました

        プンプン もうひとつ プン !




   2002年5月29日(水)

    ニール先生の良薬  


 「小田先生はいらっしゃいますか?」と言って、乳母車の

あきらくんが優しそうなお母さんと一緒に訪ねて来てくださっ

た。勿論、喋ったのはお母さんである。あきらくんは涎をたら

してにこにこ笑ってるのである。

 「いま、新婚旅行なんですよ」と言ったら、

「では、小田先生がお帰りになってからお渡し頂けますか」

 と仰って、ビデオを渡してお帰りになられた。事情をお伺い

してみると、一年間あきらくんと一緒に太希子のビデオを撮っ

てためていたのを収録されたそうである。

「よく可愛がって頂いて有り難うございました、とお伝えくださ

い」とお帰りなられたのですが、本当になんとありがたいこと

であろうか。

 太希子が辞めて以来多くのお母さん方がお出で頂いたり、

子供さんがたから様々なお便りを頂戴しているのであるが、

本当にあり難いな〜と思うのである。先生冥利に尽きるな〜

と親である小生は感謝するのである。

 太希子は純粋なので、彼女なりに頑張ったつもりなのであ

ろうが失敗もいっぱいしたのであろうに、と反省するのであ

る。

 ちなみに、日曜日に八幡町保育園始まって以来という結

婚式を挙げてくださった友愛社会館の先生方の中で、先輩

のニール先生は以下のようなご挨拶をしてくださいました。

 「小田先生がこれから先も幸せになって頂く為に二つのこ

とを申し上げます」と仰った後で…

「一つ、”カ〜っ”とした時には一呼吸おいて話すように。

 二つ、都会の人達は上品ですから、ガハハハハと大きな

 声を出して笑わないように!」

 と言うような忠告でございましたが、いや〜

わっはっはっはっは〜 恥ずかしい恥ずかしい、もう小生は

自分のことを言われてるようで全く恥ずかしかったことです。

 いや〜、それにしてもなんという娘でありましょうか。

小生の欠点をそのまま受け継いで棲息していたのですね。

友愛社会保育園の先生方おかあさん方、本当にふつつか

な娘がいろいろとご迷惑をお掛けしたかと存じます。父親と

してお恥ずかしい限りで、心から御詫び申し上げます。

 でも、いや〜わっはっはっは〜愉快愉快愉快愉快愉快。

ねえ、太希子さんや反省してくださいよ!

とは言いながらも、そんな風に正直に忠告してくださる先輩

がいらっしゃるのだ〜ありがたいな〜、と感謝しつつも心豊

かで幸せなぴ〜ひょろろでございました。

 欠点が多く頼りない父親に多くの心優しい先輩諸兄氏や

友人が出来たように、あなたにも大いなる恵みの下に多くの

素晴らしい出逢いがありますうに!

   フレ〜フレ〜太希子  父ちゃんです 。   




   2002年5月28日(火)

    結婚式のビデオ 


 思えば太希子はなんと幸せだったのでしょうか。

土曜日に89人の方々に祝福されて、ホテルニュータンダで

式を挙げて、そしてもう翌日の日曜日には豪さんが式の様子

をビデオに撮って届けてくれたのです。

 ご先祖さんと万里ちゃんと3人でビデオであらためて拝見

すると、沢山の方々の笑顔笑顔いっぱいなのです。

 米ちゃんの水土工業の兄貴達・香焼バレーの仲間達・聖

母の騎士の兄弟達・太希子の日大高バレー部一同・高校の

クラスメート・短大のクラスメート・父ちゃんの尊敬する日浦

先生ご夫妻・テーラーオダ友人・ニューヨーククラブ・大正琴

の先生・夢豊会のおじさま方・太希子を大好きな親戚の皆さ

んなど、多くの人々の笑顔笑顔が映っているのです。

 あ〜嬉しかったな〜幸せだったな〜

体調不良で出席できなかった米ちゃんのご両親の言葉を代

読してくれたご存知さん。乾杯の音頭と共に、心からのはな

むけの挨拶をしてくれた45年来の旧友のあんこ〜。

 いろんな余興で盛り上げてくれた新郎新婦の諸先輩がた

と仲間達、”わっはっは〜の歌”を出席者全員で歌えるよう

にと、太っかい声で一生懸命にリードしてくれた夢豊会の友

人達。

 高校1年の時から宿題やカンニングを手伝ってくれ、現在

は当店の赤帳面の面倒を見てくれているガマちゃんの心の

篭もった挨拶と万歳の締め。

 ビデオに映ってるのは小学校以来の刎頚の友のムっちゃ

ん、おっちゃんの舌なめずりや飲兵衛安の握手やその他社

会人になってから、頼りにならない小生を陰に日向に助けて

くださる心優しい先輩諸兄氏の笑顔笑顔なのです。

 嬉しいな〜有り難いな〜幸せだな〜

たった一回の人生で、これほど多くの心から尊敬できる人々

にお会いできて本当に幸せでした。

 なかでも、食事をとる間もなくあっちこっちと駆けまわって

お心配りをしながらビデオを撮ってくださり、徹夜で編集して

くださった豪さんには心から感謝申し上げます。

 ご存知さんと万里ちゃんと小生と、三者三様それぞれの

方々に思いを馳せたことでございます。

 どうかどうか、米ちゃんと太希子にももっともっとよい出逢

いと、楽しい思いで創りの人生が待っていますようにと願う

次第です。

 みなさま、有り難うございました。感謝感謝の楽天です。




   2002年5月27日(月)

    太希子の新婚旅行 


 「行ってきま〜す」

 何十年も子供の頃から聞きなれた科白ですが、この朝ば

かりは違ったのですぞ。

 頑固さん・ご先祖さん・万里ちゃん・小生が見送る中を、タ

クシーで嬉々として新婚旅行に出発したのです。車庫で見

送りながら涙もろい楽天家一同は、ぽろぽろとぽろぽろと涙

がこぼれて止め処がなかったのです。

 我等が米ちゃんも「行ってきます」と、キチンと礼儀正しく

頭を垂れて挨拶してくれましたし、可愛い太希子はタクシー

の窓からいつまでも手を振っていたのです。

 「あ〜あ〜、行ってしも〜た〜〜」と溜め息ともつかぬ言葉

は誰が言ったのでしょうか。おもえば別れを惜しんだ保育

園・赤いランドセルをユッサユッサ揺すって駆けて行った小

学校・朝食もとるやとらずや必死に通った中学校・高校・短

大・そしてまた保育園(小さい頃から双六が好きでしたが)。

 わっはっはっはっは〜遊びや遠足や修学旅行などなど、

今日まで何回ぐらい彼女の元気な「行ってきます〜」を、聞

いてきたことでしょうか。

 誰がついた溜め息やら?「あ〜あ〜」とうとう行ってしまった

のです。

 そしてまた昼過ぎ保育園に偵察に行ったらしい頑固さんの

「太希ちゃんは、やっぱりおらんやったば〜い」のいかにも

悲しそうな言葉に、一同オヨヨオヨヨと泣き崩れるのでござい

ました。

 夜の九時に、沖縄の石垣島から掛かってきたなんとも嬉し

そうな太希子と米ちゃんの電話に、いかにもさり気なく答え

ながらも涙を堪える、今は6人となった楽天家でございました

ぞ。

 そしてまた、その夜はまんじりとも出来ずに枕をぬらし続け

る、オヨヨ・オヨヨのぴ〜ひょろろでございました。




   2002年5月26日(日)

  太希子、2度目の結婚式 


 わっはっはっはっは〜 

大好きなみなさん、ご機嫌いかがでございましょうか。

 さて、本日は太希子の2回目の結婚式でございます。

えっ!! なんですって、?

 いやいや、そうではございません。いや〜、気が早い人は

困りますね〜。父ちゃんがあまりにも、オヨヨ・オヨヨなので、

可哀相に思った太希子が米ちゃん(正佳君)と別れて、また

誰か他の人と結婚したのだなんて!

 いや〜そうじゃなくってですね。

お世話になった友愛社会館保育園の心優しい先生方が、

太希子のために、園の大広間で盛大な心を込めた結婚式

を開いてくださったのです。

 米ちゃん・太希子・頑固さん・ご先祖さん・父ちゃん・ママ・

勝男君・路子を招いてくださって、園を上げての素晴らしい

手作りの結婚式を開いてくださったのです。

 そしてまた式途中からノコノコと、無料入場を生き甲斐とし

ているかのノラクロ野郎めが、まるでホームレスのような服装

のまんまで平然と入ってきたのです。あ〜恥ずかしい、情け

なや。死ね死ね死ねっ、こののらくろ野郎め!

ビールをガブガブ、ご馳走をたらふく食らいやがって、この

ドロボウ猫め〜ニャロメニャロメこの〜。

 それにしてもなんと嬉しいことでしょう、なんと幸せなことで

しょう。太希子は本当に幸せだな〜と、しみじみと思うので

す。

 新郎新婦より一足遅れて入場した我々楽天家族が席に着

いて数分後に、頃合いよろしく舞台正面のカーテンが”ジャ

〜ン”と開いたかと思うと、そこにはいかにも晴れ晴れとした

米ちゃんと太希子の嬉しそうな笑顔が広がっていたのです。

 それから後は、園の先生方の心のこもった出し物が一杯続

いたのです。

1 日舞 ”ジョアラン・ジョアラン”

2 アラビアンナイト風の衣装に身を包んだ「モーニング娘」

  のフアンタステイックなダンス

3 フラダンス

4 アインダンス

5 ドジョウすくい

6 我々楽天家も出演させて頂いた”のど自慢大会”

7 最後に先生方全員が歌ってくださった「ラブ・ラブ・ラブ」



 等など、 も〜それはそれは、まるで竜宮城に来たような

嬉しく楽しいひとときでございましたよ。司会も音楽係もボー

イさんも衣装係も一人で何役もこなして、汗びっしょりで一

生懸命に演じていただく様子を見て本当に嬉しさのあまり

涙が止め処もなくこぼれたのでございます。

 本当に有り難うございました。準備も演出も本当に大変な

ご苦労であったろうと、涙がこぼれたのです。

長い間、太希子を本当に可愛がってくださって有り難うござ

いました。また、里帰りの時もよろしくお願いします。

 それから、太希子の姿を20有余年柵越しに覗きに行くの

を楽しみにしていた頑固さんが、これからも懐かしさのあまり

にお邪魔するかと存知ますがよろしくお願いします。

 そしてまた、式の終わった後で一杯飲るのを楽しみにして

いた長谷先生。実はあの後米ちゃんが小生宅の墓参りをし

たい、と嬉しいことを言ってくれたのでお約束が果たせなく

なってしまいましたことをお許しください。

 先刻、奥村先生の留守電に伝言してましたので、吉日を

お教えいただければ光栄です。よろしくお願い申し上げま

す。

 本当にみなさんのご厚情に感謝します。太希子も生涯の

想い出として、みなさまがたのことを誇りに思うことかと存じ

ます。ありがとうございました。

 みなさまがたの益々のご健勝をお祈り申し上げます。

       太希子の父ちゃんのぴ〜ひょろろです。




   2002年5月25日(土)

 太希子の結婚式(楽天家の24時間) 


 素晴らしい青空がいっぱいに広がって雲一つない良き日、

今日は大好きな太希子の結婚式である。

 では、ただ今より本日の目出度い良き日が始まって以来、

現在までの小生の行動経過を報告することにする。

   ・・・       ・・・       ・・・

午前零時  ビールの補給にご存知さんとタクシーで出発。

   1時  ちょっと、屋台で一杯。

   2時   ご存知さんとの将棋結果は3勝4敗(ご存知さ

       んが4回インチキをした)であった。

   3時  就寝。

   4時  どこかでドラ猫のラブコール。

   5時   小生の脚を踏みつけてご存知さんがオシッコ

       に行く。

   6時   太希子が勤務していた保育園(距離80メート

       ル)のニワトリが”コケコッコ〜”と夜明けを告

       げる。

   7時   ご存知さんの腹を踏みつけて小生がオシッコ

       に行く。

   8時8分800秒 起床。

   9時   3時間遅れではあるが、日課の座禅を組む。

       (ご存知さんは惰眠を貪りの真っ最中なり)

  10時   長崎駅付近で、シートベルト一斉取り締中の若

       いオマワリさんからご挨拶をされる。

  11時   太希子の結婚式を祝って、三菱造船所では

       世界最大級の豪華客船“ダイヤモンド・プリンセ

       ス号”(長さ290巾37,5メートル・11万3千

       トン)の進水式を挙行。

午後零時  太希子の結婚式を祝って、稲佐山の屋外音楽

       堂では…斜面研究会主催…人形劇団「わらべ」

       の”赤ずきんちゃん”が上演される。

         なお、このあと銀屋町の”鯱太鼓”にご存知

       さんが飛び入り出演して、その不器用さゆえに

       観客から拍手喝さいを受ける。

   1時   姪の路子とおとぼけ快男夫の勝男君が、奇妙

       な声帯笑い模写を発しながら、雲仙から登場。

   2時  ご存知さん・勝男君ビールを飲む。

   3時  のらくらと熊登場。

   4時   太希子を愛してくれる親族一同”ホテルニュー

       タンダ”に大集合。

   5時  はい、チ〜ズ!みんなニッコリ… 記念写真は、

       ” ギュっ・ギュギュギュっ〜 ” なので〜す。

   6時   ニックキよねちゃんと、裏切り者のた〜の結婚

       式が始まる。

   7時  花嫁、歯茎まで出して幸せ笑顔ガハハハハ。

   8時  オヨヨの父親、たまらず号泣…!!

   9時     「花嫁の父の挨拶」

       ”自分の幸せは考えなくてもいい

          そばにいる人の幸せを願え”

        という言葉がありますが太希子や、幸せになり

        たかったら、あなたのお母さんを見習って、夫

       である正佳君を大切にするように!

        正佳君よ、どうかお願いだから小生のようない

       い加減な夫にはくれぐれもなりませんように!

  10時  おじさんとおばさんたちの2次会20人。

  11時  太希子のコールに応じて若者40人と合流。

  12時   自宅で幸せの余韻と、オヨヨ・オヨヨ。ちなみに

       新郎新婦は朝の5時まで、悪友に引っ張りまわさ

       れたそうです。

              
  というような世にも悲しいけど嬉しい一日でございまして、

小生はただいまこの日記を書きながら、オヨヨ・オヨヨと泣きな

がら、わっはっはっは〜と空笑いしているのでございます。

      嗚呼、あの可愛かった太希子よ…

          昔は良かったな〜

 あっつ、そうだ。この科白は麻雀に負けた時使ってたっけ!

 わっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは〜 オヨヨ   




 2002年5月24日(金・下)

   小田家、恐るべし!


 こんばんは。 突然お邪魔致します。

 太希子さんの前夜祭にお邪魔した不束者のが今日はお送

 り致します。

 この日記を書いておられる方のご令嬢と、その僕である後

 輩の私が小田家の現状を報告したいと思います。

 今夜は25日にご結婚を迎えられる小田家の次女・太希子

 さんの結婚前夜祭が行われました。

 パパは終始ご機嫌のようで複雑な表情を交え、周りを囲む

 同士の方々は祝いの雰囲気を持ちつつも、大事な娘を送り

 出す父親の気持ちを大事にした、とても楽しい良い会合で

 した。

 みんなで撮った写真はギュギュギューっ!!!(肘と膝をキ

 ューっとまとめてアリのように小さくなること!)と集まった、ま

 さしく ファミリーのラブ2002年度版がつまった一枚となり、

どこを向いて も笑顔・笑顔の一枚で近くでそれを見ていた

 私は自然に涙が出てきました。

 しかしその涙を上回る笑顔。とにかく笑顔!!!

 しつこいくらい笑顔とオリジナルの歌!

 小田家にしか伝わっていない歌!!!!

 『わっははのは〜!!』×無限大。

 私の胸に浮かんだ言葉はまさしくタイトル通り。

 小田家、恐るべし・・・。

 笑顔の時も涙の時もいつでも心は前向きに。

 世界で核戦争が起きてもきっと生き残るであろう小田家。

 永遠に幸あれ。

 そして、5月25日にご結婚される太希子さんと米田さんに

 幸あれ!

 以上、小田家の家長のビールを飲んでのゲップを聞きなが

 らのリポートでした。

          小田家のファンである僕より愛を込めて!

    ・・・        ・・・       ・・・

 みなさん如何でしたか?とても楽しい代筆だったでしょう。

彼女は長女の優希が勤務している会社の後輩で、とっても

爽やかなお嬢さんで、お名前も前川さやかというくらいに爽

やか・元気・明るく・楽しく・顔も頭もよいという三拍子どころ

か800拍子も揃っているのですよ。

 そのうえ心意気がよいので、「父ちゃんは酔っ払ったから

代筆してっ!」と頼んだところ、「ハ〜イ」の快い返事で、

”ギュギュギュ〜っ”と書いてくれたのです。

 みなさ〜ん、お分かりですか〜.人から頼み事をされた時

や大好きな仲間と写真を撮る時には、心と笑顔は大〜きく

ギュ〜、身体は寄り添って肘と膝を絞って、シボッテ〜

「ギュギュギュっ〜」ですよ〜。

 元祖のさやかちゃんでした。




002年5月24日(金・上) オヨヨオヨヨ



 
  世間は 春なんですね〜

    娘の 太希子は

     明日 お嫁さん なのです 





002年5月23日(木)ほんわかさん と

              ご存知さん


 「おはようございま〜す」と、爽やかな一陣の春風とともに、

にこやかな笑顔のほんわかさんがお見えになったのです。

 こちらはといえば、二日酔いがやっと治り始めの兆しが見

えたばかりのご存知さんなのです。でも、二人で顔を合わせ

てニッコリ笑った様子はなんともいえず嬉しいことでしたよ。

 たった一回の人生で、何らかのご縁で知己になる喜びは、

あ〜〜〜、なんと嬉しいことでしょうか。自分が好きな人同士

をご紹介出来る喜び、これに勝る喜びがございましょうか。

沸沸と、沸沸と、心の奥深くで幸せをかみ締めていたことで

す。

 ”お二人が出会うべくして出会った”という話しから、前世の

ことや催眠術や”あかね空”の山本一力氏やミステリー談ま

で、もうまるで800年の知己の如くでしたよ。

 昼食に何を食べようかということになっった時に、心優しい

ほんわかさんは、ご存知さんに気を使って頂いてギョーザが

好きだと仰ってくださったので、ご存知さん推薦の中華料理

屋に出掛けました。

 ”人はご馳走”というのは本当なんですね。愛妻の万里ちゃ

んと4人のニコニコ笑顔と楽しい話題いっぱいで食べた料理

は本当に美味しかったことです。

 ”一杯のかけそば”ならぬ、一杯のチャンポンを4人で食べ

ましたよ。もっとも我々上品3人組は少しずつ遠慮がちに箸

でつまんで味わい、残りは全部、汁一滴も残さずご存知さん

がズ〜ズ〜と粗野な音高く吸ってましたが…

 いま思い出しても、本当になんと下品であったことか。そし

て最も腹が立ったのは、自分一人でビールをグビグビ飲みく

さったことです。知性と教養に満ち満ちた小生は昼間から飲

むこともあいかなわず、ただ黙々と涙と水をノムばかりでござ

いました。

 ともあれ、お忙しい中を駆けつけてくださったほんわかさん

には心から感謝申し上げます。またいつか、今日のように好

きな人同士を引き合わせるようなことが出来たら幸せなことで

す。

 現在夜の10時半です。ご存知さんは今宵も旧友と腐れ縁

を温め中なのでしょうが、また深夜帰ってくるなり、将棋盤とビ

ールを手に賢兄である小生を蹴飛ばし起こすことでしょう。い

つまでたっても上達しないヘボ将棋指しは困ったものです。

 神様、どうかほんわかさんが今日の出会いを落胆しません

ように、良い夢をご覧になられますように!

 と祈る ぴ〜ひょろろ でございました。




002年5月22日(水)来襲”ご存知さん”


 半世紀前の我が母校、伊良林小学校百周年記念事業実

行委員会会議の最中に、突然我が愚弟ご存知さんが乱入し

て大混乱に陥ったのである。

 はてさて…以下はご存知さんに、バトンタッチである。

   ・・・      ・・・      ・・・

 ご存知さんの馬鹿が代わらないので、これで終ります。

明日はじめてお会いする”ほんわかさん”への想いとか、

語れば良いのに、・・・この馬鹿愚弟め!

   ・・・     ・・・      ・・・

 昨夜、太希子と優希と美希子と愛妻の万里ちゃんと、3階

でビデオを観ました。家族5人で観る最後の名画鑑賞会かも

しれませんね。有り難う、有り難う子供たち!

 小生が40年前に見た「お熱いのがお好き」マリリンモンロ

ーとジャックレモンとトニーカーテイスと…

ギャングの親分と大富豪は誰だっけ?

 家族5人がわっはっはっはっは〜と笑いました。

 ありがとうみんな、ありがとう太希子。

 みんなで、「わっはっはっは〜」と笑うのは楽しかったね〜。

そして最後に、ジャック・レモンを好きな大富豪の科白…

 「完全な人なんていないさ」 ・・・1

そうです、人生に完璧な人間はいない。

さあみなさん、あなたも僕もきみも私もみ〜んな完璧でない。

 みんな 安心してくださいよ 小生も 完璧ではない

わっはっはっはっは〜 では おやすみなさい みなさん
   
 ほんわかさん ご存知さんは ただいま 酔っ払っている

午後十一時なのです 明日を楽しみに グッドラック!





002年5月21日(火) 災難逃れ


 学生時代からの友人である馬食君は、色こそ黒いけれど

清廉潔白、とても磊落な人柄である。

 その馬食君が先日電話を掛けてきて相談に乗ってくれとい

う。話しを聞いてみると、1カ月ほど前仲間と飲みにいった際、

一人が立ちあがった時に誤ってテーブルの上の瓶をひっくり

返し、ビールが正面に座っていた彼のズボンにこぼれてずぶ

濡れになったそうである。

 本人をはじめ、みんなビックリしておしぼりやタオルで拭い

てくれたそうだが、友人の心配そうな顔を前にするとかえって

気の毒になり「大丈夫おいは金持ちやし、もう古い洋服なの

でクリーニングに出すところだったから」と、笑ってみんなを安

心させたそうだ。

 ところがクリーニングに出しても、シミがとれるどころか益々

変色して酷くなったとの相談である。持ってきたので見てみる

となるほど大変な様子である。

 「ところで、本人には言ったとね?」と聞くと、

「馬鹿っ、そげんことば言わるんもんか、心配すいやっか!」

の返事が返ってきたのである。

 「あっはっはっは〜 わい(お前)らしかね〜」

「わいもそげんするやろが、わっはっはっは〜」

「まあ、こん災難逃れは、預かっとくけんね」

「なんか、その災難逃れって?」

「62歳にもなって災難逃れも知らんとか、この馬鹿たれが!

こいはね〜、なんか災難に出会った時に”ウジウジウジ”いつ

までも悩んだり考えこんでいたりしても、解決策にはならんや

っか。もう過ぎてしまったことやけんね。

 そんのけんね、そげん時にはもうキッパリと諦めて、良いこと

ばかり考えるんだよ。このズボンの濡れとったお陰で3次会

に行かんですんだ。もしウロウロしとったら上から看板の落ち

てきたり溝にはまったり、車にはねられて死なんですんだ。

…と、ようするに良い方に考えて良かった良かった、有り難い

ことだ。とね、いわゆる幸せゴッコだよ。わっはっはっは〜」

 「そ〜か〜!なるほど、そんのけんわいは悟りを開いたごた

っつ行動ばすんもんね」

「そうです、分かったか〜貴君も反省しなさい。喝!」というこ

とがあって1週間後に、小生が頼んでいた上手なシミ抜き屋

さんもやっぱり無理だと言うので連絡したところ、

 「そ〜か、分かった分かった。あのまま飲みに行っとったら

綺麗か女性に惚れられて、家庭紛争になっとったかも分から

んもんね、いや〜災難逃れで良かった良かった!」

 「偉い!貴君は本当に偉い!友達にも貴君の心は分かる

だろうし、神様がきっと見ているから貴君は人徳を積んだ立

派な人間になるよ!」

 「そうか、ところでこの際思い切って洋服を…」

「偉いっ貴君は偉い。益々偉い!真の人格者であるぞ!」

 というような高潔の士を友人に持って幸せな楽天

    ぴ〜ひょろろ でございました

おっと、言い忘れてましたけどこの”災難逃れ”なる言葉は、

30年前に結婚して数日後、愛妻の万里ちゃんに教えてもら

った言葉なのです。みなさん素晴らしいでしょう〜小生の

大好きな愛妻。マリアさまのようなマリコ様なのです。





002年5月20日(月)サクランボ道中


 大好きな皆さん、皆さんは覚えておいででしょうか?

小生の今月5月2日(木)の日記「サクランボ大将」を…

 あの折り小生は、頂戴した歌詞を読んで好き勝手なことを

申しておりましたが、あれは小生の不徳の至りで大間違いで

ございました。深く訂正して関係各位様には心からお詫び

申し上げます。

 実は、あと数日に控えた太希子の結婚式で、夢豊会の仲

間と一緒に当日の出席者全員にも歌って頂きたいと思って、

歌詞カードと一緒にレコードを何回も何回も確かめながら聞

き直したところ間違っていたのです。

 やっぱり人生は、真摯でなければならないのです。

「笑ってすませば」という歌詞ではなくて、「笑って過ごせば」

だったのです。

 ではどういう歌詞だったか、みなさんにサクランボ道中の

5番まですべてご紹介申し上げます。
    

     ・・・     ・・・     ・・・


      『 サクランボ道中 』


 @ アッハッハ〜の アッハッハ〜

     アッハッハ〜の ハのハのハ〜

   笑って暮らせば 世の中は  

     いつでも楽しい天国だ

   今年も来ました ハのハの薬


 A 真っ赤なほっぺた お顔はまん丸だ

     サクランボ道中の 薬屋さん

    あの子もこの子も 元気かね

    泣いてる子供にゃ ハのハの薬


      …    間奏    …

 
 B 笑って暮らすにゃ 元気が第一だ

     元気になるには アッハッハ〜のハ〜

   悲しい時にも 苦しい時も

   飲んだらケロリと ハのハの薬


 C 風に吹かれて アッハッハ〜のハのハのハ〜

     野越え山越え あの町を

    笑って通れば サクランボ道中

    アッハッハの薬は チョイトいかがです


     …     間奏    …


 D アッハッハのアッハッハ〜

      アッハッハ〜のハのハのハ〜

   笑って歩けば 青空も

      アッハッハと笑って 日本晴れ

   あしたも元気で サクランボ道中 


   ・・・    ・・・    ・・・

 以上が、昭和25年のNHKラジオドラマ「サクランボ大将」

の第2主題歌の「サクランボ道中」です。

 サトウハチロー(作詞)菊田一夫(作曲)古川緑波(歌)の

諸先生方の半世紀前の作品になるのですね。


 ところで、世の中は暗い話題ばっかりでうんざりですね。

だから、小生はむかし大好きだったこの半世紀前の元気な

歌を、太希子の結婚式にみんなに歌ってもらって彼女を鼓

舞してもらうと同時に、出席者全員にも元気になってもらい

たいとねがってこの歌をご披露したのです。


 そこでこの度、小生の可愛い太希子の結婚式を記念して、

この日記をお読み頂いているお客様の中で、先着10名様

の明るい歌・元気な詩・愉快な人生をご希望の紳士・レデイ

に申し上げます。

 ご希望の方は、当楽天日記掲示板にお申し込みください。

 日本一文字がへたくそである、と悪友諸氏が褒めてくれる

小生の書いた歌詞とともに、昔懐かしい「サクランボ道中」の

録音テープを進呈します。

 そして、だいすきな御家族や仲間と一緒に歌ってください。

笑ってください。「アッハッハッハッハ〜」 と…愉快に!

     
 太希子が勤めさせて頂いてた保育園の”O先生”は、この

歌を今から子供たちに教えてみんなで「アッハッハ〜」と、後

世に残すのだと張り切っていらっしゃいます。

 では、おやすみなさい。大好きなみなさん!

札幌のどら衛門さんは、もうそろそろ起きたのでしょうね?

       わっはっはっはっは〜 

 おはようございま〜す。 そして、おやすみなさ〜い。 

 どら衛門さんには朝の3時、楽天には夜の3時。

わっはっはっは〜 今日がみなさんに

 良い一日で ありますように !

   楽天 ぴ〜ひょろろの お願いです。 




 2002年5月19日 (日) 七重八重


 初恋(先日、創作ばっかりしなさんな!と叱られた)の章ち

ゃんから電話で、「太田先生のお屋敷の庭に、梅の実のいっ

ぱい生ったけん採りに来んね。げなよっ」との連絡があった。

 早速、小学校の時に級長であったムッちゃんと、存在感の

熊さんとオチコボレであった小生の3人組は、中学校時代の

恩師太田先生の元に馳せ参じた。

 太田先生は国語の先生でとても美しく上品であったし、8

8才の現在でも能のお師匠さんで矍鑠としていらっしゃるので

す。

 いつものようににこやかな笑顔で迎えられた我々は、早速

庭の方に向かったのでございます。

 雨上がりの青葉若葉がキラキラと輝いて、ツ〜ンと緑の息吹

きが嬉しそうに我々を歓迎してくれるのです。

「うわ〜よく繁っているな〜!」

「こりゃ〜いっぱい生っていそうだな〜」

「お〜お〜、太っかいアマナツも沢山実っとるぞ〜」

 あまりにも繁った木の枝や葉を刈るために、我々はてんで

に手袋をはめて、ハシゴや鋏やのノコギリを用意してそれぞ

れ仕事に取り掛かったのです。

 「蛇がいるぞ〜」どういう偶然だったのでしょうか。いつのま

にか小心者の小生が竹切りの役目をすることになって、熊さ

んに驚かされながらも、”せっせせっせ”と汗を流していたの

です。勿論木に登って枝葉も落としましたぞ。無我夢中で一

体どれくらいの時間がたったのでしょうか?

 「お疲れさま〜」の声に我にかえって見上げる空は、なんと

なんと青々と広がって爽やかな風が吹いているのです。

 おお、小生は剪定士としての隠れた才能も持っていたので

はないのだろうか。

 と、自分自身のあまりにも数多くのタレントに今更ながらに

感動する楽天大先生でございましたぞ。

 後刻、美味しいお茶や吉宗の茶碗蒸しをご馳走になって、

四方山話に花を咲かせて、オッホッホ・わっはっは〜と笑っ

てアマナツを山のようにお土産に頂戴して帰ったのです。

 夕食後家族に、「あ〜楽しかった、面白かった〜」と話して

いる時に、娘たちに「父ちゃんは梅の実を採りに行くと行って

たのに、ど〜して8個しか無かと〜」と、ひょいと言われて気

がついたのです。

 「しまった〜、道灌だっ!」…そうでした〜。

遥かな昔、太田先生は中学校の国語の時間に教科書の中

の、かの太田道灌の1節を小生を名指して読ませたことがあ

ったのです。

 ” 七重八重 葉は繁れども梅の木の

         実の一つだに なきぞかなしき ”

 という歌でしたっけ?

 しまった〜っ 不覚なり楽天!ヌヌヌヌヌ…

 小生 イマノイママデ 

太田道灌と太田先生が同じ姓であることを忘れていたぞ〜

しかも 太田先生のお名前は 八重子 と仰るのであった

 いや〜 お後がよろしいようで…

    座布団の

       七重の膝を八重に折った       


          ぴ〜ひょろろ でございましたぞ 

                ウメ〜〜 
   




 2002年5月18日 (土)鉄人15号


 小生には鉄人15号というニックネームのまさかの友がいる。

彼を見ていると、「本当に強い人は優しい」という格言を思う。

中途半端な人間に限って、相手に応じて態度を変えるようだ

な〜と思う。

 世の中には、権力や肩書きやお金に阿る人間があまりにも

多すぎると思う。卑怯な人間が多すぎるようだ。たった一回限

りの人生で、人はどうしてもっと堂々と自分に正直に生きない

のだろうか、と自分の嫌いな人の顔を思い浮かべる。

 …なんて、わっはっはっは〜 まさに小生は偽善者である。

しかし皆さん、本当に15号さんは凄いのですよ。優しくて・

強くて・親切で・愉快で・元気で・誠実で・実行力があって、

その他800ほどの長所を持っているのです。

 そして、いざ”鎌倉”の時には本当に駆けつけてくれる有言

実行の士なのです。相手にとっても頼りにならない中途半端

な味方より、約束事を守る立派な敵の方を尊敬することでしょ

うね。

 大好きな皆さん、いつかご縁があったらご紹介します。とっ

ても面白い人物なのです。きっとビックリなさいますよ。

 とにかく、わっはっはっは〜の笑い声が、小生の倍くらい大

きいのです。今日は氏の笑い声でお終いにしましょう。

わっはっはっはっはっは〜 わっはっはっはっはっはっは〜




  2002年5月17日 (金) 

   ハンガリーの太希子


 ハンガリーでの6日目を迎えています。今日は幼児保育園

で、昨日までの子供達と比べて年上の子供たちばかり、遊び

方も様々でした。

 4・00からはブダ城に観光!!このお城が、すっごく荘厳

(そうごん…自分の漢字に自信が無いのか、我々が読めない

のを心配してかは分からないが、兎に角仮名がふってあった

)なのだ〜!!頂上から見える景色は、これまた荘厳!!

 一つ一つの建物が芸術よ〜ん!!

途中で、地元の女性と英語でおしゃべりしたヨン。ほとんど

ゼスチャ〜だけど会話が成り立った!!その方の娘が日本

のムロランにお嫁に行ったんだって。

 言葉は、気持ちがあれば通じるってことを、様々な場面で

経験してま〜す。本当、面白いヨ〜ん。明日はどんな体験す

るのか楽しみにして寝ま〜す。GOOD・NIGHT!!

◎ こっちは日が長くて、九・00迄明るいのでついつい寝す

  ごしちゃう…

     ・・・    ・・・    ・・・

 というように、綺麗な絵ハガキに一生懸命に心情を書いた

便りなのですが、日一日と文章力が増していくのが嬉しい!

 なんて、親馬鹿なのですが…ハハハ

結婚式まであと数日を控えて、結婚後も太希子がいろんな

出会いに対して新鮮な喜びを持ち続けて欲しいと願うので

す。

 彼女の文章にあったように、

 「言葉は、気持ちがあれば通じることを様々な場面で経験し

 てま〜す」  ということは、

 「互いを思い遣る優しい心さえあれば、言葉はいらない」

 と、考えている楽天父ちゃんのことを忘れないで欲しい。

 「なまじっか、言葉があったばかりに諍いとなった」場面も見

 てきたし、沢山の失敗をしてきた父ちゃんなのです。

 考えれば考えるほどに、オヨヨ・オヨヨになるから、
 
 愚痴も止めます、お便り公開も止めます。

  オヨヨ・オヨヨ の ぴ〜ひょろろ なので〜す。







  2002年5月16日 (木) 

   ハンガリーの太希子


 みんな元気にしてる?!私は元気モリモリヨン!!

今日は5日目で〜す。研修後4・00から都心の市場でお買

い物した。イエ〜イ。活気に溢れていて楽しいお買い物でし

た。

 夕食後8・00からハンガリーの民族踊りを観に行きました。

衣装もダンスも最高でブラボー!!でした。掛け声も面白く

て、「ヒェ〜イ、ヒェ〜イ」って、ショッカーのよう…!

 帰りのバスの中からは、ハンガリー首都のブタペストの夜景

がすんごくキレイでロマンチック!!

 この絵葉書のすべての建て物にライトアップされていて、

街中もライトアップされていて、稲佐山みたい!!

 ドナウ川にも光があたって、キラキラでした。今日は早く寝ま

〜す!!おやすみなさ〜い。 たき

    ・・・      ・・・      ・・・

 小学校の(中・高も同じくだが)の作文や日記に比べて、な

んと長くまで書けるようになったのであろうかと、感慨にふけ

る、ぴ〜ひょろろでございました。明日も続くのヨ〜ン。




   2002年5月15日 (水) 

    ハンガリーの太希子


 この3月に無事、友愛社会館保育園を退職した太希子が、

5月初旬より全国の幼稚園の有志諸先生方とご一緒にハン

ガリーに研修旅行にいって参りました。

 本人は2・3日前に帰国して、あと1週間余に迫った結婚式

の準備やご出席の皆さんに召し上がって頂くようにと、一生

懸命にクッキーを焼いておりますが、先刻旅行先から出した

絵葉書が届いたのでご紹介します。

    ・・・     ・・・     ・・・

 今日は4日目で〜す。同行の方々はとても明るく年配の方

々が多いので甘えていま〜す。20代は4人なのヨ〜ン!!

(全部で30人なのだよ〜ん)そして今日は4日目で〜す。
 
 午前中、マイバ保育園に行ってきました。すごく未来的で、

理想の保育ができています。大人と子供の信頼関係の深さ

に感動して涙がボロボロ出ました。

 いままでの自分の保育の仕方も反省でき、本当に勉強にな

ります。この仕事はいくら勉強してもきりがない程、奥深い!

良かった〜ア。

 3・00過ぎから街の玩具やさんにお買い物。いじ(本当に)

安くて可愛い子供の玩具がいっぱいで、ばり(本当に)嬉しい

!明日の研修も楽しみデ〜ス。今日は1・2才だったよん。

   ・・・     ・・・    ・・・

 以上であるが、太希子の手紙はひらがなが突然カタカナに

変わったりして、ばり難しい。明日も続くのでいじ楽しみにして

してチョ〜!! 

                嬉しい ぴ〜ひょろろ だヨ〜ン。




   2002年5月14日(火)
 ほんわかさん と ご存知さん 


 「リン・リ〜ン」朝一番爽やかな電話が掛かってきたのである

。良い電話悪い電話と言ったら語弊があるが、たいていの場

合62年間の経験とベルの鳴り方によって、これは良い人から

掛かってきた嬉しい内容の電話だろう・・・くらいの感が働くの

である。

 なにしろ小生はかの無名無実な全日本ミステリー狂会の

長崎支部長であり、褐色の脳細胞の持ち主なのである。(会

員は二人でもう一人は福岡支部長ののらくろ君ですが…)

 いそいそと受話器を取った。「しまったっ!?」愚弟のご存

知さんからである。流石の小生も間違える時があるのである。

 オヨヨ・オヨヨ〜涙の楽天の運命やいかに?

次女の太希子の5月25日の結婚式出席のために、ご存知さ

んは賢妻と一緒に帰崎するのであるが、その前後のご都合

の良い日を聞いてもらって、一度是非「ほんわかさんとお会

いしたい」という嬉しい内容なのである。

 エヘン! 小生の感はこのように偉大なのである。

早速ほんわかさんに電話して御都合をお伺いしたところ、

5月23日11時頃に当店でお会いしようということになった。

 わ〜〜い、嬉しいな〜、好きなのは出会いと思い出創り。

でも、心配なことがある。

 小生と違って気品の無いご存知さんを見て、ほんわかさん

が失望落胆しないだろうか。

 そしてまた後刻、昼食を共にする予定であるが、多分フラン

ス料理かイタリヤ料理が好きそうなほんわかさんとちがって、

焼き肉・餃子・くさやの干物が大好きなご存知さんが、いつも

のようにクチャクチャ音をたてて、臭〜い息で”フワア〜”と

溜め息をつかないかどうか。

 あ〜心配だ心配だ、でも嬉しいだ嬉しいだ。

 …の お陀仏 楽天 ぴ〜ひょろろ なのだ。
 
               乞う ご期待 なのだ。




  2002年5月13日(月) ああ、カミよ!
                 


 テリトリーというのは、犬なんかが自分の領域を誇示する為

にあっちこっち行った所にオシッコなんかを残してまわるもの

だと思っていたが、のらくろ君の場合は一体どうなっているの

でしょうね。

 もう旅行などに出掛けた日には大変なのです。デパートに

パチンコ屋にホテルにと、とにかくトイレのマークさえ見付け

ると「ちょっと待って!」と言って、中に入ってウンチしてまわ

るのです。

 いつかは真の友として、なんらかの教訓を与えてやろうと思

っていたところ、昨日はちょうど小生が公園のトイレで先に入

ってパイプを吸いながら哲学をしていたところ、いきなりトン

トンとドアを叩く音がした。

 いかにも切迫した様子なので、ハハ〜ン奴さんだな〜と分

かったので、「ゴホンゴホン」と咳をして入ってますよ、の意を

知らせてやったのに、風雲急を告げているらしくまたもやトン

トントンの音。

 可笑しくってたまらなかったのを堪えて「プリーズ」と言った

が、またしてもトントントン。「サムワン・イン」と言った声でやっ

と小生だということが分かったらしく、「楽天か、楽天やろ〜早

う出ろ!」と矢の催促である。

 「も〜、小生はたった今入ったばかりなのに」と言いながら、

音を立てないようにそ〜とトイレットペーパーをポケットにしま

って、「まさかの友は真の友と言うから、今後いつでも困った

時には相談しろよ〜」という小生を突き飛ばすようにしてのら

くろ君は「馬鹿たれ、も〜」と中に入ってドアをパタンと閉めた

のです。

 さ〜もう小生は可笑しくってたまりません。まさかあののらくろ

野郎がテイッシュペーパーなど持っていよう筈がありませんか

らね。

 2・3分ほど待ってから、いかにも何気ない様子で鼻歌まじり

でトイレの周りをうろうろしていたところ、案の定しのびやかな

のらくろ君の声が聞こえてきたのです。

 「お〜いひょっとしたら、楽天か?」

「お〜、のらくろ君まだ入ってたのかい?」

「すまんばってん、カミば持たんやろうか?」

 小生はもう可笑しくって可笑しくって…

「なに、カミ?一万円札なら5・6枚持ってるが…」

「違う違う、トイレットペーパの入っとらんとさ〜」

「なに?”備えよ常に”いつもの君のモットーはどうしたの?」

「やかましかっ、早う助けてくれろ!」

「あ〜あ〜、困ったもんだ、自分に都合の良い時ばっかり。

一体全体貴君は小生のことを尊敬しているのかい?」

「尊敬しとっけん早うせろっ、足のきつかやっか!」

「それならよろしい、ドアの上から手を伸ばしなさい」

「立ち上がられんやっか〜も〜、ドアの下から頼むけん」

「注文の多い男ですな〜貴君は」

 と言いながら小生が、先ほど抜き取っておいたトイレットペ

ーパーや予備のペーパー等3個ほどを、ドアの下から入れて

やった途端。

 「あっつ!」と言う声に続いて、

「やりやがったな〜、この馬鹿たれが〜」と怒髪天を突くよう

な下品な声が聞こえて参りましたので、賢明なる小生は800

メートルも離れた丘の中腹に潜んで様子を窺っていたところ、

ズボンを引き上げながら飛び出して来たのらくろ君が憤怒の

形相で、ベンチや銅像の後や木々や植え込みの間を短い脚

で必死に走り回っているのが見えてとても楽しかったことです

ぞ。

 わっはっはっは〜 小生もうちょっとメカに強くなったら、望

遠カメラなんぞで彼の生態集なんぞを出版したいと思う。

 ”良薬は口に苦し”とか申しますが、のらくろ君もこれに懲り

て”備えよ常に”の精神を忘れないようにして欲しいものだ。

 わっはっはっは〜 友情に篤いぴ〜ひょろろであった。

 




  2002年5月12日(日) ♪らんらんらん♪ 


 ♪ らんらんらん ♪ 今日は大好きな夢豊会の仲間達と、

家族揃って西彼半島一周の日帰り旅行なのである。鼻歌で

も出ようってもんだ。

 そして、小生が乗っている800万円の乗用者(これ本当)

の運転手君は弁護士の國ちゃん(これ本当)で、助手席に

座っているのは長崎県市町村ボランテイア連絡協議会の初

代会長(これ本当)である”存在感の熊”さんで、後部座席に

悠然と鎮座しておる小生の側に控えているのは秘書を務め

る、かの馬鹿たれ(これ本当)ののらくろ君なのである。エヘ

ン!

 というように、家族一同全員が上機嫌で朝の8時30分に

市民会館横から車を連ねて出発したのである。どうしてみん

なが上機嫌なのかといえば、われ等が夢豊会25年の歴史の

中で全員が遅刻もしないで揃ったのは始めてなのである。エ

ヘン!

 美しい海が望める遠藤周作館、隣りの喫茶店の瞳の涼しい

美しい乙女よ。初めてわたる大島大橋からの素晴らしい眺め

よ。

 久し振りの海、「わ〜 きれかね〜」みんなの歓声はどこま

でも流れていったことだ。

 靴下を脱いでズボンを膝まで捲り上げて、感触を確かめな

がら一年振りに触れるちょっぴり痛い砂と、ゆらゆらとたゆ

たう優しい波の懐かしさよ。潮の香りのなんと芳しいことか。

 焼酎工場の試飲がなんと嬉しかったことか、製塩工場の試

塩がなんとしょっぱかったことか。(これは嘘)

 海岸線に沿って延々と800メートルも続く木のデッキ、”ウ

オータ・デッキステイション”の上を潮の香りいっぱいに呼吸

しながら、「きれかね〜」「嬉しかね〜」「楽しかね〜〜〜」と、

嬌声を上げる美しい奥方たち(これ本当)や愉快な仲間達は

大喜びでございましたよ。

 千畳敷の岩よ、ギザギザとまるで恐竜の背のように尖った

崖淵よ、大自然の織り成す芸術のなんと偉大であることか。

 「お〜い、釣れますか〜?」遠い向こうの岩の上では釣り

人がのんびりと糸をたれていましたよ。

 「あっつ、ビールだビールだビールだ!」そうです。どこまで

も心優しい豪さんは先週下見に来た時に酒屋さんまで調べ

てくれていたのです。「ありがたいな〜、ありがたいな〜」

 サンサンと輝く太陽の下で飲むビールのなんと美味しかっ

たことか。みんなの笑顔がなんと眩しかったことか。大好きな

仲間達と過ごす人生のひとときがなんと嬉しかったことか。

 なんと、いまの自分が幸せであったことか。

「ありがとう〜」小生は遥かな海に向かって力一杯大声で感

謝したのです。

 そして、「トンビだっ!」そうです。頭上では悠悠とトンビが

舞っていたのですよ。

 本当に感謝感謝の幸せな思い出創りの一日でした。
   




  2002年5月11日(土) もしも僕が… 


 決して驕り昂ぶっていたのではないのです。あるクラブで

”人間尊重委員長”という役目を仰せつかって、これはまた

いったい全体どんな意味で、どんな仕事をすれば良いのか

と疑問を感じたものだから、このような挨拶をしたのです。

 「自分を大切に出来ない人は他人も大切にできない。

という言葉をモノの本で読んだことがありますが、この説でい

きますと小生は62年間も人を大切にしていなかったことに

なりましょう。しかし、人に親切にすれば自分が気持ち良い

のでこれは生涯続けていくつもりです。でも、この”人間尊重

委員”という意味が具体的にどんなものかまったく分からない

ので、前・前々委員長さんのお名前を調べて現在の言葉と

行動等を参考にさせていただくつもりです」

 とこのような挨拶をさせて頂いた夜、「まあ、日頃からのモッ

トーである”できる時に、できる事を”実行して人に喜んでもら

おう!」というような気持ちで昨夜の日記を書いたのです。

 ところがなんとなんと、朝一番に義姉から「店子の整骨院

がまた意地悪して家賃を払わない」の電話を皮切りに、

夫婦喧嘩・大好きな友達でお客様の突然の入院・馬鹿息子

などの相談があいついだのです。

 あ〜あ、昔から小生の大好きな歌のように…

 ♪ もしも 僕が 神様だったら 世界中の〜 ♪

     ・・・     ・・・    ・・・

   かみさま

  不遜かも知れませんが

  弱い 人間のお願いに

  耳を おかしください


  もしも 本当にあなたがいらっしゃるのなら

  どうか かみさま

  わたしたち 弱い人間に

  試練を与えないでください


  強い人も いるかもしれませんが

  僕の知ってる人は

  みんな こころやさしく

  弱い人 ばかりなのです  
 
  
  強い人は 

  より 強くなるかもしれませんが

  弱い人は

  より 悲しくなるのです


  かみさま

  もし あなたが いらっしゃるなら

  弱い人に

  勇気を あたえてください

   



  2002年5月10日(金) ど〜んと来い! 


 わっはっはっはっは〜

♪ どらえもんは い〜な〜 のび太は い〜な〜

   仲良しこよし〜 なんでも出来る〜   ♪

 「困ってる人は みんな来い 面倒見てやる 小生が

  面倒見てやる 夢見りゃ〜叶う 願えば 叶う〜

  わっはっはっはっは〜」

 などと、ビールを飲んでご機嫌さんで世界中の紛争でも

なんでも持って来い!この楽天様がみ〜んな幸せにしてや

る。

 …と、まるでスーパーマンにでもなったような心でグッスリと

すやすやと、まるで白雪姫のような寝顔でおおやすみにな

った楽天ぴ〜ひょろさまでございました。




  2002年5月9日(木) さだ まさし氏 


 この度、小生の母校である伊良林小学校が創立百周年の

記年事業を行うことになリ、小生も発起人の一員としてちょっ

ぴりお役目を仰せつかることとなった。

 記念講演やいろんなアトラクション等が討議されたが、その

中で「さだ・まさしさんはどうだろうか?」という意見が出された

のであるが、「あの人は忙しいから駄目でしょう」とか、「ギャラ

が高いのでは?」とか、「暫くいたけど卒業していない、なる

べく母校卒業生が…」等の意見が出されて二の足を踏んで

いたのである。

 しかし小生は、さだ・まさし氏が毎年稲佐山で開くボランテイ

アのコンサートは聴きに行って感動したし、毎日新聞等の随

筆などは興味深く読ませてもらって氏の考え方には大いなる

共感をもっていた。

 ましてや、先年拝読させてもらった「精露流し」という本では

、氏が少年時代を過ごした(ゴミ箱まで弟さんと運んできた)

伊良林という街と学校にどんなに愛着を持っていたか…

という氏の想いのいくたりかは分かるつもりでいたから、そん

なこんなの意見には少々憤慨していたものであった。

 というような事情があって、本日小学校以来の友人である

内川・津田両氏と共に、さだ・まさし氏が経営しているという

”自由飛行館”にお伺いして拙筆拙文の便りをお願いしてき

たのです。

 さあて、あとは”風まかせ運まかせ”という奴で、神様とさだ・

まさし氏の範疇でしょうから、我々は出来ることをやって祈る

だけなのであります。

 だって、さだ・まさし氏などの才能ある人々は、2・3年先の

スケジュールも決まっている筈でしょうからね。

    南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏

 ということでこのあと我々は、写真を手伝ってくれる佐藤先

輩と一緒に母校の校長室に出掛けて、歴代の校長先生34

人のお写真を壁から下ろして、雑巾がけして乾拭きして新しく

写真を撮り直させていただきました。

 心なしか、久し振りに壁から下ろされた34人の校長先生方

が、嬉しそうに”にっこり”笑顔を浮かべているようでございまし

た。

 そして、我々もとても清清しい気持ちでございました。

 今日一日を感謝します。ありがとうございました。




  2002年5月8日(水) 堕落の男 


 昔は孤高の人であった。超然として誇り高く強い信念と志を

持っていた。好きな言葉は「渇しても盗泉の水は飲まず」であ

リ、口笛が巧みで「誇り高き男」のテーマソングを吹くのが常

であった。

 酒場でカラオケを乞われても一切歌うことなく、「口は飲む

為にある」と嘯いていた。

 常時、藤村詩集を持ち歩き、ランボーを諳んじ即興の歌を

謳い、バーボンと焼酎のストレートとスルメの足を愛し甘いモ

ノは一切口にしない潔癖の詩人であった。

 小生はたった一回限りの人生で、貴兄とお会い出来た僥倖

を心の中で幾度感謝したことであろうか。貴兄の如き荘厳且

つ寡黙なる哲学の徒を小生はいかに多くの人に自慢したこと

であったことか…。

 ああ、それなのにそれなのに”のらくろ君”よ、のらくろの馬

鹿たれ君よ!貴君は最近福岡の閑居しとる愚者共と交際し

出してから人面相が変わってきたぞ。

 馬鹿と結婚すれば馬鹿な子が生まれる、アホと交際すれば

アホになる、楽天を模倣すれば人格が向上する。というような

格言もあるではないか。いま一度原点に戻って小生の知性や

謙虚な性格を見習って欲しいものである。

 かのヒポクラテス先生ではなかったかい?人面が変わるの

が最も恐い病であると言ったのは。あな恐ろしや恐ろしや…

 人相どころか品性まで卑しくなってきているのだが、貴君は

自覚してないのであろうな〜。

 貴君の真の友として忠告してやるが、貴君は最近人の口を

見る癖があるぞ。なんか小生等が食べている時にはいつも、

横目で人の口を窺っているがあれは反省してくれたまえ。

 いかに腹が減って、わざわざ長崎の小生を頼ってきたから

といっても、あの横目で見る素振り、あれだけは卑しいから止

してくれ。

 貴君が着いた日に、食べたいと言ったものはみんな食べさ

せてやったではないか。一流料亭やレストランや赤提灯で…

 ゆっくり食べてくれれば良いのに、君のスポンサーではある

が、当地の地名士としての立場も分かって欲しかったものだ。

 ”ガツガツガツガツ”あれじゃ〜味も分からなかったろうね。

クジラやビフテキや寿司やキャビアや数の子や・・・・・

 大体において、どうして貴君はそんなに身体に悪いのが

好きなんだろうね〜。奢ってもらう時には値段の高いやつを、

なんてさもしい考えは止しておくれよ、情けない!

 おまけに、「痛くなったから通風の薬を!」なんて電話までし

てきて、小生は貴君にご馳走してやって薬まで分けてやって

一体全体、小生は前世で貴君に何か借りかなんかあったの

だろうか?ほんとうに…

 ところで小生は何を言いたかったのであろうか?あれ〜肝

心なことを忘れてしまったぞ。まあいい、小生はサッパリした

気質だからグダグダ多くは語らないことにする。

 とにかく先日の夜のことである。貴君がいつものようにだらし

なく酔っ払って寝てたときのことだ。

 小生はいつものように、ヒルテイの「ねむれぬよるのために」

を読んでいたのだが、眠くなったので”イザ”と入れ歯をはず

そうとしたところ、突然貴君はガバと起き上がってなんと言っ

たと思うかね。

 「わいは、一人でなんか美味かもんば食べよっとやろっ!」

と言うなり、小生の手から入れ歯をむしりとって自分の口に

入れてしまったんだよ。

 あ〜情けなや情けなや、小生はもう往年の誇り高き貴君の

勇姿を思い出して、涙涙涙がほろほろとながれて一睡も出来

なかったんだよ。

 ”良薬は口に苦し”という諺のように、貴君のまさかの友とし

て忠告させてもらうことにする。

 @ 福岡の品の悪い馬鹿友達との交際はほどどにせよ!

 A この次来た時には、豪傑歯医者さんから貴君用の予

   備の入れ歯を造ってもらっとくから、赤ちゃんの乳首代

   わりにシャブッテお寝みなさい。

 B もうもうろくするな!

         以上衷心の友 ぴ〜ひょろろ でした。




  2002年5月7日(火) ごろんごろん


 ごろんごろん は いいぞ〜

 なんにちもまえから

 綿密な計画を立てて


 まえのよるは

 こころが わくわくして

 おやすみなさ〜い


 と ぐっすりねて

 ぐ〜ぐ〜ぐ〜 

 いいゆめをみて


 あさになったら

 ひるだったりして

 ごろんごろん


 パジャマをきたまんま

 な〜んにもしない

 ごろんごろん


 おへやのいりぐちには

 ただいま 充電中 …

 ごろんごろん




  2002年5月6日(月) わたしが・棄てた・女


 外海町のそれはもう素晴らしく見晴らしの良い瀟洒な建物。

海の見える丘の上の遠藤周作館に、いろんなお客さんをご

案内したのはもう何回ぐらいになるのであろうか。

 建物の中の小生お気に入りの場所のガラス窓を通して見え

る風景はとても素敵な一幅の絵画であり、周辺でそよ風を頬

に受けながらの眺めといえばもう限りなく碧い海と空が一体と

なって至福のひとときであり、小生の好きな場所である。

 ところが小生はまともに館内を見たことがないのである。

理由は簡単なこと 小生は、遠藤周作が嫌いなのである。

 いや、”嫌いであった”…と、いうべきであろうか。少なくとも

昨日まで数十年間。

 遥かに遠い昔のある日ある時、遠藤周作の「わたしが・棄て

た・女」という本を見つけて買って読み始めた。

 小生が27・8才くらいの頃、正義感というか感受性がもっと

も強い時期であったろうか。大体にして本屋で目に止めた時

からして、「なにが、この不遜な題名が…!」と、怒りを感じて

買ったくらいだから、読むほどに不愉快になってきてとうとうゴ

ミ箱に投げ捨ててしまったのである。

 小生は曲がりなりにも自分の天職と信じて、親の期待に添う

べく高校卒業式の翌日には、東京に洋服の修行に行ったくら

いの志は持っていたので、大学に進むような若者はそれなり

の夢と信念を持つべきであるとの想いから、学究の道を極め

るどころかか弱い立場の純真な若い素人女性を哀しい目に

遭わせるなんて言語道断である、と怒り頂点に達して3分の

一も読まずに投げ捨ててしまったのである。

 嗚呼、我ながらなんという熱血漢であろうか…と、己の潔癖

感を自画自賛しながら作者の写真を眺めて見ると、「なんと

いう不潔極まりない中年男の薄ら笑い、常に第三者の目を意

識した役者であることか…」としみじみと嫌悪したのである。

 ある時は洒脱な文化人を装って美女と散策し、またある時

はバンカラ野人のオンボロレインコートを纏って、ときどきの雰

囲気を思うがままに自己演出している偽善者の仮面。

 フン、”こんな本”を書いてるくせになにを抜かすか!

と、このような最初の馬鹿な思い込みが激しかったものです

から、あれ以来30有余年本屋でも図書館でも、遠藤周作の

本を見る度に新聞等の書評を見る度に意識して遠ざかって

いたのです。

 本当は「沈黙」とか「深い河」などは一度読みたかったので

すが、「フン、有名人に阿るのは日本人の欠点である」などと

、意識して自分からやせ我慢して遠ざかっていたのです。

 ところがところが、先日姪の可愛い誠子と周作館に行った

時に偶然出会って、買ってしまったのです。これも運命なの

でしょうか?

      『わたしが・棄てた・女』 

 何十年振りに出会って、一気に読ませていただきました。

いや〜、素晴らしかった。感動しました。

小生が青春の真っ只中にあった頃、憤ったのはあれは一体

なんだったのでしょうか?

 でも、いま思えばあの時はあれで良かったのかな〜と、思う

のです。今だから分かる何かがあるのかもしれません。これも

おおいなる…お計らいかもしれません。

   ・・・     ・・・     ・・・

 その最後の声の意味をミツはよくわからない。

だが、風にふかれた子供の口もとに赤くはれていたデキモノ

が、彼女の胸をしめつけてくる。

だれかが不幸せなのは悲しい。

地上の誰かが辛がっているのは悲しい。

       (わたしが・棄てた・女)本文より

   ・・・     ・・・      ・・・

 考えて見ると、小生の人生62年の間に、小生はどれほど多

くの読みかけの本を放り出したのでしょうか。もうちょっと、もう

ちょっとだけ進んだら新しい展開が新しい人生が開けたかも

しれないのに…

 第一印象で小生はどれだけ多くの友人をなくしたのでしょう

か、もうちょっと、もうちょっとだけ進んだら新しい展開と生涯

の友を知り得たかもしれないのに…

 遠藤周作先生、小生はおっちょこちょいの小生を反省しま

す。もうちょっと読み進んでいたらもうちょっと違った展開があ

ったかもしれません。

 でも、今日このようなかたちで先生にお会いできたのも、

おおいなる…お計らいなのかもしれませんね。  

 いま考えて見たら、ひょっとしたら先生があまりにも格好良く

颯爽と野暮ったい雰囲気が、小生には羨ましかったのかもし

れませんね。

 明日からは、読み始めた本は最後まで読むことにします。そ

して、人と出会った時には、もう一日だけ我慢して付き合って

みます。きっと新しい何かが生まれるかもしれませんものね。

 小生のモットーは「開けたビールは飲み乾すことです」

       わっはっはっはっは〜


 でも周作先生、ひょっとしたら、小生にとって62才の今日

だからこそ、お会い出来たことが幸せだったのかもしれません

ね。有り難うございました。明日「沈黙」を拝読させていただき

ます。

      ありがとうございました 

 ミツさんのように純粋に生きることができれば

          と 願う

       ぴ〜ひょろろ です






  2002年5月5日(日) 地獄の業火?


 今日は日本中が嬉しい5月5日の子供の日である。

我が家でも当年92才の頑固さんも、87才のご先祖さんも

62才の小生も57才の愛妻も、長女の優希も次女の太希子も

(エ〜ンエ〜ン、今月25日がにっくき結婚式で、現在最後の

保育研修でハンガリー旅行中である)三女の美希子もみ〜ん

な子供の日なのである。

 我が家ではいくつになっても、み〜んなみ〜んな子供なの

である。ちなみに先夜も小生が例会があって出掛けたのであ

るが、「10時半を過ぎてもまだ帰らん!」と言って頑固さんが

怒っていたので、い合わせた姪や甥っ子達が驚いていたそう

である。わっはっはっはっは〜楽天62才の洟垂れ小僧なの

です。

 端午の節句、昔は良かったな〜、子供の日は風呂屋がタダ

だったので、学校がえりにはみんなでタオルを持って4・5軒

ハシゴして回って、みんな顔真っ赤で茹でタコみたいにふら

ふらしながら家に帰ってぶっ倒れた記憶がある。いま考え

て見ると大人が偉かったのか時代が良かったのかは分からな

いが、現代の我々大人も子供たちにそれくらいの遊ぶ喜びと

いうか、思い出創りをさせるくらいの余裕を持って接してやり

たいものだが…

 休日ばっかり多くしても、今まで海・山・川・野原や地域社会

の中で友達と喧嘩したり仲直りしながら、仲間作りや遊ぶこと

を知らなかった子供達が、いきなり友達作りや思いで創りが

出来るのであろうか?

 可愛そうな競争社会環境下の子供たちよ。教育界のお偉

いさん方、どうにかならないものでしょうか〜。考えて見ると、

勉強しなくても今日までなんとか棲息できた小生はつくずく幸

せものであるな〜と、思うのです。。

 ところで例の如く唐突に話しは変わるのですが、我が家も

ご先祖さんと一緒に温泉に行こう、ということになり飯盛町

(ご先祖さん生誕の地である)の”御湯神指しベストパワーラ

ンド”という温泉風呂屋さんに行った。

 三ちゃんと小生はサウナ風呂に、恵風子と誠子はおばあち

ゃんと一緒に風呂に入ったのであったが、いや〜ビックリしま

したぞ〜ここのサウナ風呂は!

 小生も今日まで800回くらいの経験はあるが、ここのサウナ

はとにかく凄いのです。なんでも日本で初めての方式だそう

で、まるで雪国のカマクラを太っかくしたようなドーム型をして

いているのです。

 そして入る時には係りのお姉さんから、莚で作ったまるで

秘密結社”クークラックスクラン”みたいなフード付きの制服

(?)を着せられて、狭い入り口から背を屈めて奥の方に連れ

ていかれて指示された場所に横たわらせられるのです。

 そしてそのドームの中央部分には、太っかい松の木が”ゴウ

ゴウ”と音立てて燃えているのがいかにも神秘的なのですよ。

 そしてまた熱いのなんのって、普通のサウナの温度は90度

位だそうですがここは120度だそうで、だから水で浸したタオ

ルを口に当ててやっと息をしている状態なのです。

 一番最初にまず10分間入って、それから20分間程休息し

てまた10分間入って休息、というのを3回繰り返すのだそうで

すが、もう小生は肝っ玉が小さい上に閉所恐怖症なものです

から、いったいどうなることやら心配心配で時間が来るのが長

いこと長いこと。

 おまけに、目の前2メートルくらいの所でゴウゴウと音立てて

いる火がまるで地獄の業火のように思えてきて、思わず南無

阿弥陀仏南無阿弥陀仏、と一心不乱に唱えるくらいの心地

でございましたぞ。

 まるで、棺桶に入れられて焼かれているような思いがいたし

ましてな〜、昨日今日過ぎし日の悪行なんぞが色々と思い出

されまして、「お助けください〜、もう悪いことは致しませ〜ん」

と、反省しきりのひとときでございましたぞ。

 ところがところがですな〜、人間というのは何十億年も昔に

我々の祖先が感じた暗黒に対する恐れと、火に対する愛情

と畏敬の念がいつのまにか沸沸と蘇えってくるのですな〜。

 独り静かに”チロチロ”と燃え続ける炎を見、パチパチと弾け

る松の木の音と芳しい香りの中で、知らず知らずいつの間に

か夢心地、桃源郷の世界に入っていたのです。

あれはまさに、静かに眠れる人類の本能だったのでしょうか。

 嗚呼、なんという至福のひとときであったことか!三ちゃん

も小生もいつの間にか心身ともに充実し、穏やかで安らかな

笑顔を湛えていたのです。

 感動した我々は早速に恵風子と誠子に薦めたところ、彼女

らも一刻後、身も心も美しく輝く素肌と笑顔でニコニコと10才

ほど若返って出てきたのです。目出度し目出度し!

 後刻、当館の社長さんからお伺いしたところでは、総工費

3億円の中の2億円を、かの有名且つ薬石霊験あらたかなる

『麦飯石』購入に使ったそうで、そのお陰でいろんな病気疾

病の予防治療効果を発揮して、世の為人の為に役立ってる

そうでございます。

 ”百聞は一見に如かず”とか申しますので、みなさんも是非

お出かけくださいね、健康と若さと美貌とボケ防止の為に!

 わっはっはっは〜 ところで、皆さんご存知でしょうか?

   かの「ダンテ」でしたっけ、「神曲」でしたっけ? 

  「コノモンニハイルモノハスベテノノゾミヲステヨ!」

わっはっはっは〜 地獄は凄く熱いからご注意くださいね!

 でも、あとのビールが美味しいから嬉しいですよ !

しかし、飲み過ぎたら駄目。小生は二日酔いになりましたぞ。

         わっはっはっは〜

   では、グッドナイト !  大好きなみなさんへ

  日本初めての 麦飯石 サウナ風呂の ご紹介です




  2002年5月4日(土) エビのオペ


 それはもう汚いのは長崎一、いや日本一汚いかもしれませ

ん。しかし、その日に獲れたての魚ばかりですからもう新鮮さ

と美味しさは日本一なのです。

 朝釣ったばかりの魚やサザエ・ウニ・アワビ・エビ・カニなど

の太っかくて生きたのを、海賊料理で太っかい皿に”デン”と

出すものですから、初めての人はとても箸を付けることが出来

ないのです。

 都会から来た上品な奥様などは、もう一瞬にして色青ざめ

てしまわれるのです。だって不気味なオコゼやアラカブや

ヒラメや得体の知れない深海魚が、”ギロッ”と目の前で睨ん

でいるのですからね。わっはっはっは〜

 でも、東京や大阪の食通のお客様は違うんですよね。いつ

かも、大阪の通のお客様御夫婦をお連れしたところ本当に喜

んで頂いたことです。だってこのご夫婦は仲間達と一緒に飛

行機で、旬の美味しい食べ物を求めて飛び回ってるというく

らいの食通だったのです。

 この店は一見のお客様と店主の気に入らないお客さんは

お断り、というのが嬉しいのですがいつも繁盛しているのです

 さて、今夜は前以って予約してあったので、楽天一族のお

客様で貸し切りなのですよ。

 恵風子さんと娘の誠子、そしてその心優しい御婿さんの

三ちゃん。それに愛妻万里ちゃんと娘の優希と小生の6人で

貸し切りなのです。

 まず、生ワサビとたっぷりのウニから始まって、35センチもあ

る太っかい伊勢エビが6匹にアワビにサザエにオコゼに箱河

豚と、次々に出てくる珍味に初めての三ちゃんはびっくり仰

天でした。

 しかし、よく食べましたしよく飲みましたな〜、三ちゃんも小

生も… わっはっはっは〜 大満足 大満足 !

 でもみなさん、流石は我等が三ちゃんは見事でございまし

たぞ。伊勢エビの頭の部分の味噌をとるのが上手のなんの

って、見れば見る程惚れ惚れするくらいのメス捌きで…

 オットット〜、実は小生の姪の誠子の婿殿である三ちゃんは

何を隠そう、名前を三枝宏伊と申すれっきとした脳外科医で

ございましてな〜、この6月1日から誠子の父親の”おおり医

院”の近くで”三枝医院”を開業致しますので、神奈川県

山北町のみなさまには”ズイとズズイ〜”とご贔屓の程よろしく

御願い奉り候〜〜〜。

 三ちゃんという御仁はですね、身内が身内を褒めるのもな

んでございますがとにかく温厚で心優しい若者でございまし

てな〜、結婚以来5年にもなるお嫁さんの誠子は、これまで

にたった一回しか叱られたことがないというのですから驚きで

すな〜。

 そしてその一回も、仲の良い誠子・路子・順子の3人姉妹

があの悪名の評判高い”ご存知さん”に騙されて、焼き鳥と一

緒にニンニク焼きを腹いっぱい食べて帰って、流石の三ちゃ

んも「百年の恋が冷めた」と言ったとかどうとかで、足柄山の

金太郎さんもびっくりしたとかどうとか…のたった一回こっきり

なのだそうです。

 その上、育ちが良いというのか人柄が良いというのか、長幼

の序というのを心得ておりまして、それは立派なものでござい

ます。

 タバコも嗜みますが、感心なことに真にさり気なく場を外して

喫煙する様子が如何にも品が良うございましてな〜。

いやはや、身贔屓な馬鹿な叔父でございますが、とにかく

三ちゃんをよろしくお願いしま〜す。

 ね〜長崎は銅座の”かのこ”のママさ〜ん、この間小生と

2人でお邪魔して、たらふく飲んで歌って笑ったのがこの三ち

ゃんなので〜す。歌も上手かったし気の良い若者だったでし

ょう?また今度来ますのでよろしくお願いしますよ〜。

 あっそうだ、あと勝男君と尚君も一緒にお邪魔しますので

よろしくお願いしますよ。

 あっそうだ、多分”よねちゃん”も来ますね。

ではみなさん、おやすみなさい〜!

 良い夢見ましようね〜、 ぴ〜ひょろろで〜す。 




  2002年5月3日(金) 頑固さんの心意気


犯人は誰だ?不届きものは誰だ!不心得ものはどやつだ〜

 いや〜いったい誰の心掛けが悪いのでしょうね〜!?

今日は京華園で、頑固さんの92才の誕生日を祝う目出度い

祝賀会なので、一族郎党が集まる予定だというのに、朝から

雨と風、最後には雷まで総動員して大騒ぎするという忙し

く大変な一日であった。

 姪の誠子が優しい旦那さんの三枝宏伊君と一緒に、3時

20分に大村空港に到着予定なので、几帳面な小生は1時間

も前から待機していたところ、なんとなんとなんと、バケツをひ

っくり返したような風雨の為に飛行機は滑走路で2度も着陸

トライした挙げ句に熊本空港で待機中とのこと。

 一方、愚妹の恵風子といえば、昨日から姪の順子と旦那の

鷹揚な金子尚明君と一緒に、五島列島の福江市観光に出か

けていたが、先程電話があって豪雨の為に船が桟橋に着か

無いというのである。

 小生は小生でまた、出迎えの大村空港で傘を三本も持って

立ったリ座ったり、いったリ来たりの落ち着かない動作で腰が

痛くなる始末である。

 そしてまた、本日の会場予約をした小生の三男の弟というの

が、次男の”ご存知さん”とは少々違った気質の几帳面人間

(?)なので、もう我々は篠つく雨の中で、熊本と福江と大村と

連絡総本部である長崎の万里ちゃんを通して大童の身心労働

であった。

 後で聞いて見れば、三チャンと誠子などの乗客一同は熊

本空港の飛行機の中から一歩も出られず、携帯電話も一回

使ったきりで禁止されたそうだし、座席に座ったまま、トイレに

も並んで順番待ちで煙草も吸えず、いつ長崎に出発するか

の情報も知らされず本当に疲れたそうです。

 いま思えば本当に、携帯電話なるものがあったから良かっ

たようなものの、雨風が小止みになったからよかったようなも

のの、♪ 雨はふるふる人馬は濡れる ♪〜

あ〜〜〜危機一髪の7時の大集合でございましたぞ。

 その上にまた偶然電話してきたかの憎っくき”のらくろ野郎”

奴が、我々の災難を知って正に「他人の不幸は蜜の味」とば

かり、面白がってあっちこっちに情報を飛ばして混乱させるも

のだからいやはや大変な目に遭った。

 これ以上三男が猛り狂って災難を呼んだら大変なことであ

ったわい。  

 しかし、誰かさんの行状が悪かったように誰かさんの行状も

良かったらしく、お陰様で7時頃には全員が”ハアハア”と息

も絶え絶えではございますが、なんとか現地集合ができたの

でございます。

 ということで、やっと始まったお祝いなのですが、

大好きなみなさ〜ん、我等が長老

 小田・頑固之助・鉄二・92才の挨拶が素晴らしかったので

すよ。おそらく何日か前に考えていたのでしょうか、それとも

今日のハプニングで思いついたのでしょうか。次のような挨拶

だったのです。

   …      …     …     …


 みなさん、今日はそれぞれに忙しい中を私の為に集まって

頂いてありがとうございました。毎年毎年みなさんにこのよう

に心のこもったお祝いをして頂いて、父としておじいちゃんと

して本当に有り難いことだと感謝します。

 でも考えてみると私も、みなさんがお忙しい中を毎年毎年

このように集まって頂くのは心苦しく恐縮なので、次回からは

一年に一回ではなく十年に一回集まるようにしたらどうでしょ

うか。

 幸いにして私はまだまだ元気なので、十年に一回としても、

あと2・3回は誕生日を迎えるつもりでおりますので、みなさんも

健康に注意して長生きしてください。 わっはっはっはっは〜 

   
   …        …         …

 いや〜 みなさん 大好きなみなさん 聞きましたか ?

これは 本当に 本当のお話なのです

 92才の誕生日をみんなから祝ってもらって ケーキの

92本のローソクを吹き消して ♪ハッピーバースデー♪の歌を

歌ってもらったあとで 話した言葉なのです

いや〜 参った参った 元気な頑固さんには脱帽です

 突然考えたのか 前から用意してたのかは知りませんが

素晴らしい心意気ですよね〜 素晴らしい父だと尊敬します

ところで 我等が 頑固さんは 125才までは元気で生きて

最後の明治の心意気を示してやる というのが口癖ですが

その頃 いったい 小生は 棲息しているのでしょうか ?

 恵風子さんや ご存知さんや 万一の時には

よろしくお願い申し上げますと 頭を垂れる

 ぴ〜ひょろろ でございました

では 父ちゃん 大好きなみなさん おやすみなさい ! 



 2002年5月2日(木) サクランボ大将


 ♪ アッハッハ〜 の アッハッハ〜 

    アッハッハ〜 の ハのハのハ〜

   笑ってすませば 世の中は

   いつでも 楽しい天国だ

   今年も来ました ハのハの薬   ♪

   …        …        …

 大好きなみなさん、みなさんは上記の歌をご存知ですか?

昭和25年にラジオドラマ「サクランボ大将」の第2主題歌で

「サクランボ道中」という歌で、サトウハチロ‐(作詞)菊田一

夫(作曲)で、古川緑波が歌っていたのです。

 丁度今から半世紀の昔、当時は勿論テレビはございません

ので学校から帰って遊びつかれた後で、夕食中団欒のひと

ときにこのラジオを聞くのが毎日の楽しみだったものです。

 小生が10才で小学校の5年生の時でしたが、純情な楽天

少年はこの物語に物凄く感銘を受けていたのです。詳しい内

容は忘れましたが、

 「明るく元気に親切に生きていけば人生なんとかなる!」

というようなストーリーだったと覚えているのです。

 当時喜劇団の「笑いの王國」ボードビリアンとして、漫談や

声帯模写や映画出演などで子供たちに大人気の古川緑波、

映画「君の名は」で一世を風靡した菊田一夫、それに敗戦の

痛手を癒す歌として全国民に愛された「りんごの歌」や「小さ

い秋見つけた」詩集「おかあさん」で楽天少年の心をつかん

で離さなかったサトウハチロー。

 サトウハチローサトウハチローサトウハチローサトウハチロー

嗚呼、あなたは純真な少年の心を虜にしてしまったのです。

 以来50年間、少年はあなたの豪快な笑いの髭面に憧れ、

詩を暗誦し歌を歌いながら、あなたのように天真爛漫に天衣

無縫に生きたいと願って過ごしてきたのです。
 
 辛い時悲しい時、嬉しい時楽しい時、小生はこの50年間

にいく度歌ってきたことでしょうか。いつでもどこでも歌ってき

たものだから、親兄弟や古い友人知人たちをはじめ娘たち

や甥姪などの親戚中すべてが、”楽天の歌”として覚えてく

れていてくれてるのです。家族ぐるみのいろんなパーテイで

妻や娘達と一緒に「ワッハッハ〜」と合唱していたのです。

 ああそれなのにそれなのに、今年の初めにサトウハチロー

の妹さんの佐藤愛子著「血脈」を読んで愕然となったのです

。以前から、下らぬことは何でも知っている”のらくろ”から言

われ続けていたのであるが、サトウハチロー陶酔症候群にか

かってる小生は信じることができず、「馬鹿たれ、君は間違っ

ている。この純粋な顔を見ろ詩を見ろ、この歌を聞け!」と

信じてきたのです。

 そして、丁度50回目の誕生日を迎えた翌日に、その懐か

しいレコードと緑波の歌声とサトウハチローの歌詞に再会し

たのです。なんと言う奇遇でしょうか。

 大瀬戸町で”音浴博物館”を開いている友人”E・T氏”が

小生を喜ばそうと、”かたろう大学院”に持って来てくれたの

です。そして、その歌を聞き歌詞(丁寧に5番まで書いてきて

くれた)を読んだ時に小生は絶句してしまったのであります。

 嗚呼 嗚呼 嗚呼 オヨヨ・オヨヨ・オヨヨ なのです。

なんとなんと、小生はこの50年間みんなの前で信じ切って

間違ったままに覚えて、このように歌ってきたのです。

  ♪ アッハッハ〜の アッハッハ〜

     アッハッハ〜の ハのハのハ〜

     笑って暮らせば 世の中は

     アッハッハ〜と 笑って楽しいな

     今年も来ました ハのハの薬  ♪


 さて、みなさんお分かりでしょうか?一番最初にご紹介した

歌詞と小生の歌詞の違っている箇所と、その微妙な意味の

相違が…

 問題は3行目と4行目に有るのです。小生は50年間

   ♪ 笑って暮らせば 世の中は

     アッハッハ〜と 笑って楽しいな ♪

            …と、信じて生きてきたのですが。

 サトウハチロー先生は、

   ♪ 笑ってすませば 世の中は

     いつでも楽しい 天国だ〜  ♪

        …と、笑って楽しんで生きてこられたのです。 

 いや〜参った参った参りました。

”サトウハチロー大先生には敵わないわい”と、白旗を掲げ

ながらも、今度もう一度「血脈」を読み返してやる!

 そしてもう一度「おかあさん」などの詩集や、「小さい秋見

つけた」などの歌詞もいっぱい読んで、

 「人生勉強やり直しだ〜」と、

      絶叫する ぴ〜ひょろろ でございました。

◎ 「サクランボ道中」の歌詞を5番までご覧になりたい

   方はご連絡ください。




 2002年5月1日(水) 尊父の誕生日


 大好きなみなさんにご報告申し上げます。

実は小生の尊父である明治43年5月1日生まれの小田鉄二

さんこと”頑固さんが、目出度く92才の誕生日を迎えられた

のでございます。

 そしてそのお祝いに、我が愚妹の恵風子と娘の順子とボラ

ンテイアの尚昭君がお祝いに駆けつけてくれたのでございま

す。

 いや〜 わっはっはっは〜 楽しかった有り難かった!

あなたがたが訪ねて来た時に、我等が頑固さんが一心不乱

に洋服の裁ち合わせをしているところを見て頂くことができま

した。あなたがたもびっくりするし、頑固さんも得意万面でござ

いました。

 坂本竜馬の像を訪ね、山に登りながらみんな楽しみました

ね。雨上がりの新緑の息吹きの中で。いろんな思い出を創る

ことができましたね。

 坂本竜馬の銅像を訪ねて、大いなる息も絶え絶えなる散策

のあとで、私たちはいろんなことを話しましたね…。

おじいちゃんは例の如く時間が遅いのを心配して、おばあち

ゃんは例の如く「楽しかったかい?」と、喜んでくれましたね。

 その後で、日本一汚い、しかし日本一美味しい魚料理の

店にみんなで出かけましたね、

 恵風子と尚昭君と順子と愛妻と長女の優希と三女の美希

子と小生の合計7人なのでございます。

「いや〜 美味しかった」と尚昭君が言ってくれてよかった。

恵風子も順子もニコニコ顔であった。

 ところで、先刻約束したことですが、尚君、大好きな尚君。

今日から小生のことを、「父ちゃん」と呼んでくれたら嬉しい

な〜と、思う楽天です。

では順子を幸せにしてください!何か困ったら電話しろ!

 できる時に 出来ることを! それがモット‐です。

では、おやすみなさい …

 あれ〜ところで、 なんの話だっけ!

とにかく、尊敬する小生の父。

小田鉄二・頑固・鉄人さまの誕生日を

心からお祈り申し上げます

 お陀仏・楽天・(親不孝も孝行の内)ぴ〜ひょろろでした。



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