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楽天掲示板
                             




    2002年6月18日(火)
 
        慰める     


 この日は、2時間あまりもかかって打ち込んだのに、何が原

因か分からないが”あっ”という間に消えてしまった。

 「このやろ〜〜〜〜っ!」一生懸命に探したがどうしても見

付からないのである。久し振りのことでショックで2日間パソコ


ン様の近くに立ち寄らなかったのである。

 …が、先刻ふと思い付いて数か月振りに亀っち先生に電話

してみた。「今晩は〜」と、懐かしく元気な声が流れて嬉しか

った。

 小生の失敗を聞いてくれた後で、「いや〜、自分もですね

2時間も3時間も打ち込んだ後で、保存を忘れていて何回が

っかりしたことですか!良くあることですよ」と言う言葉を聞い

て益々嬉しくなったのである。

 「人の不幸は蜜の味」とか言うが、いや〜小生の落ち込み

がすっかり治ってしまったのである。

 わっはっはっは〜 小生はまた賢くなったぞ、ウンウン。

今度誰か落ち込んでいる人を見付けたら、小生のもっと素晴

らしい失敗談を話して慰めてやることにしよう。

 じゃあ、みなさん、小生は気分も良くなったので寝ることに

する。  わっはっはっはっはっはっはっは〜〜




    2002年6月17日(月)
 
     コギト・エルゴ・スム        


 どこやらの偉い哲学者の先生は、

「 我 思う ゆえに 我 あり 」 と、仰ったそうである

が,凄いな〜と小生は思うのである。そのように深遠なことを

思えればいいんだが、たとえばいま、目を瞑って小生が思い

付くことといったら、「ウ〜ン」駄目だ〜こりゃ〜!

 雑念に邪念に妄想に…「明日の昼はソ〜メンがいいな〜」

などと思うのは、まあ可愛い方であろうって。

 考えてみると、小生は一体どんな時に”いま生きている”と

いう充実感を覚えるのであろうか?

 生きる,生きること、生き方、生き甲斐…

う〜ん、こいつは難しいぞ〜。人間としてどのような時に小

生は生きているのであろうか?

 いついかなるときに何を以って”我あり”と、自信を持って

言えるのであろうか?好きなことはいっぱい在るが、我は一

体どんなときに存在するのであろうか。

 ちなみに、小生の座右の書である1968年2月1日・第1版

第1刷・発行の学研「新世紀大辞典(小生が若い頃に求めて

唯一役に立っているモノ)」を引いてみる。

 ホモサピエンス(Homo sapiens)@人間の本質を知性、

特に理性に求める人間概念。理性的人間の意。知性人。

英知人。A「人」現世人類の学名。新人。和名ヒト。「賢い

人」の意。

 ムムム…、これは難しいぞ〜っ。何をもって”生きる”という

のかその定義さへ分からないのに…。

 人間が人間らしく人間として生きるのはいつであろうか?

常日頃から、小生の行っていること好きなことの中に、我は

ありやなしや?(まったく、小生はいま何をしているのであろう

か)

 人に喜んでもらうこと、人を驚かすこと、歌うこと、日光浴を

すること、冷たいビ〜ルを飲むこと、ホラを吹くこと、本を読む

こと、好きな人の傍にいること等などいっぱいあるな〜、難し

いな〜。

 よし、一時間沈思黙考とす〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜る。

           あ
           れ
           か
           ら
           1
            時
             間
            経
           過

 「分かった〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」

小生は開眼したのである。小生にとって生きるとはいうこと、

 「我あり」と感じる時は、ジャ〜ン「笑う時なのである」ぞ!。

わっはっはっはっは〜笑う時なのである。そしてまた、ビ〜ル

を「我飲むゆえに我あり」なのです。

 ということで、ビ〜ルも無くなったので「我なし」なのです。

わっはっはっは〜いや〜哲学は難しいのである。ところで、

 我思わない 時には 我は 存在しないのであろうか。

悪友諸兄氏は「お前は考えないで行動するし、黙っていて

もうるさいっ!」 なんぞと仰いますが、我が思っても思わな

くても、思わぬ時に思わぬ人に思われたりした時に、思わず

思ったり……恥ずかしいので止めたいと思います。

                     ワレオワルユエニワレナシ
  




    2002年6月16日(日)
 
      嬉しい休肝日        


 みなさん、大好きなみなさんは規則正しい生活を送ってま

すか?小生も日々是口実で、日がな一日好きな人と遊んだ

りホラを吹いたり笑ったりビ〜ルを飲んだりして過ごしている。

 ビ〜ルといえば、先日悪友の一人が自分はみんなと飲み

に行った時は割り勘でガンガン飲むが、家にいる時は一滴も

飲まないで、週末2日を休肝日としてキチンと守っている。

 などと、さも偉そうに言ってたが、日頃の言動から見るにあ

れは単なる吝嗇漢以外の何物でもなかろうと思うのである。

 小生もこの何十年間か、不規則正しい生活を送ってきてい

る訳だが、ビ〜ルだけはここ数十年欠かしたことがないので

ある。

 いつか川柳で見たのであるが、

 「健康に悪いのボクはみんな好き!」という句があったが、

 あれは素晴らしいな〜と、思う。

「あなたは健康で行きますか?それとも、楽しんで行きます

か 黄泉の国?」という詩もいいですね〜。

 ところで、ぐうだらな小生は月に1回とか周2回とかの中途

半端な禁酒はキッパリとしない。いや、言葉を変えて言えば

出来ないのであった。

 しかし、やる時はやる。かくいう小生は年に2・3回は絶対

に禁酒をするように心の中で誓っているのである。

(注・これは今まで誰にも言ったことはないので、みなさんも

是非内緒にしてくださいね)

 ところがである、春夏秋冬一応の区切りをつけて自分なり

に心の中で決めたその約束事の日々が崩れていくのである。

 例えばである、正月明けの中頃そろそろ休肝日にしよう

かな〜と思ってたら、結婚記念日だったらしく我が愛妻が

「あ〜ら、わが君」などと言いながら、いそいそとネグリジェ姿

でビ〜ルを持って来るではないか。(ウチテシヤマンヤマトオノコ)

 ”春は曙”という頃に決行しようかと思ってたら、小生の誕

生日だったらしく62本のビ〜ルに蝋燭をつけて娘3人とわっ

はっは〜と食卓に飾ってあるではないか。勿論娘達は自分

用の好きなケ〜キを手持ちにして…。

 そこで、久し振りに遊びも仕事も予定の無かった本日、16

日の日曜日に決行しようかと覚悟を決めておいたところ、な

んとなんとなんと…

 朝早くからドロボー米ちゃんと裏切り太希子からのプレゼン

トが届くではないか!なんでも父の日であるらしい。

箱の中には、頑固さんとご先祖さんの靴下も入っていたのが

嬉しい。ありがとう、よく気がついたね。二人とも喜んでいたよ。

 小生には、小生の大好きな紺色のジンベエさんであった。

「うひゃ〜」小生生まれて始めて、死ぬまでこんなのを着ると

は夢にも思わなかったな〜と、感慨深い思いで現在着用し

てこの日記を記しているのである。

 優希と美希子は同じく小生の大好きな深〜い紺色のパイ

プ(トレビアン)と、2・3カ月前に販売停止になった小生が大

好きな黒とイナズマのデザインの”マグナム・ドライ”をプレゼント

してくれたのであった。

 このビ〜ルは美味しいな〜。廃止を決定した責任者に呪い

あれ!(頑張って、複缶?してくださいよ。ったく!)

そしてまた、我が愛する万里ちゃんからはパジャマとパイプ

タバコのブルカムリ〜フの赤なのです。

 あ〜あ〜、これじゃ〜なかなか禁酒出来ないな〜

と、幸せに嘯くぴ〜ひょろろでございました。

 今日も楽しい一日をありがとうございました。
 
 みなさんに あっと驚く 良いことが ありますように!

 お互いに あっと驚く 良い出逢いが 創れますように!




    2002年6月15日(土)
 
      イエローカード        


 みなさんご存知のように、小生は年がら年中遊んで廻るの

に忙しいのでテレビなんか見る暇は無いのであるが、先日、

小生の中学校時代からの悪友であり心友であった、故小島

忠成氏……サッカー狂だったのでわざわざ日露戦の5月9

日(日)を彼の7回忌としたのに馬鹿な小生は忘れて行かな

かった(行きたかった。ゴメンナサイ)……の賢妻で、千葉の

ジャパンイレブン所属の弘ちゃんから電話があって、ワール

ドカップで「日本を応援しないのは非国民」との謗りを受けた

ので次のチュニジア戦を見た。

 ”サッカーが面白い”と思ったのは次の瞬間であった。

試合の最中でラフプレーがあった時に、審判が”ピ〜”と

笛を鳴らしてポケットから黄色いカードを出して選手に示す

と、それが1回目の警告となり2回目のイエローカードでその

選手はレッドカードとなって退場せねばならない、というルー

ルを知ったことである。

 これは面白い、”ウンウン”公平であるし面白いぞ〜と、賢

明なる小生は以下の2つのことを思ったので、後学の為にそ

の二つのことをみなさんにご紹介することにする。


@  本日午後、Go〜さん歯医者さんで虫歯とセカンドテ

イ〜スの手入れをしてもらった後、痛む歯をおさえながら駐

車場を曲がって10メ〜トル程行くか行かない所で、”ピ〜”

と、警告の笛が鳴ってイエローカードを提出されたのである。

 わっはっはっは〜シートベルトの一斉取り締まりをしていた

のですな〜。

 思えば、先月の25日、太希子の結婚式の朝にも涙ながら

に傷心の父親は、その身心の動揺のあまりにうっかりモ〜ニ

ング姿で運転中に警告を受けていたのですな。

 いまつらつらと考えてみると、いついかなる時にも、法と

秩序と正義を尊び礼儀作法を重んじる小生が、シートベルト

を締め忘れるなどということは今まで一度もなかったのである

が、やはり28年間育てた娘と62年間連れ添った愛しい歯

を無くす痛みには勝てなかったのでしょうな。

 運転違反常習者の話しによりますと、シートベルトの警告

2回がイエローカードで次の3回目からは、レッドカードとなって

即退場ならぬ免許証取り上げになるそうですぞ、おお恐や!

 A  いま思えば、小・中・高の学生時代に廊下を走った・

騒いだ・宿題を忘れた・授業中に寝ていた・遅刻した・教科

書を持ってこなかった・カンニングした、などという些細な理

由でいきなりチョークを投げつけたりビンタを張ったり拳骨で

殴ったりする先生はよくなかったと思うのである。

 酷い先生はわざわざ自分が履いてたスリッパ(革靴を改造

して作っていた)で殴ったり、太っかくて固い竹の節を用意し

て生徒の頭をコツンとやるのを楽しみにしていたのがいたが、

あれは教育上よくなかったな〜と思うのである。

 毎日、弱い立場にいる生徒を苛めたりしていた先生の日常

生活や生き甲斐や先生のご両親の教育法や、奥さんや子供

さん方の顔を見たいと思う楽天なのである。

 だれだって失敗するし(先生だって)、生徒も悪気があって

やったのではないのだが、運悪くというか…人生誰にだって

起こり得るじたいがあろうではないか。

 そんな時に”ピ〜”と笛を吹いて、「警告1イエローカード」

なんて言ってくれる余裕を先生が持っていたら人生が変わ

っていた生徒も沢山いたろうに…と思うのである。

 小生は学生時代も現在もよく失敗して怒られているのであ

るが、それぞれの家庭や学校や職場や社会で、このイエロー

カード制度を導入して、心ならずもそのような結果になったイ

エローカードパーソンに対して、自らを反省・自覚・更生する

機会を与えるようにしたらどんなものかな〜、と思うのである。

 サッカーのイエローカード制度を考え出した人は偉い!

座布団10枚、ビ〜ル800本を進呈したい!と思う楽天ぴ〜

ひょろろなのでございましたぞ。




    2002年6月14日(金)
 
      やさしい人        


 小生の友人にGo〜さんという気のやさしい歯医者さんが

いる。800年ほどではないがず〜と昔、何をどう間違ったか

小生に「仲人をやっとくれ」と言って、小生を吃驚させた人で

ある。

 お陰様で、結婚式ではトッピヨウシな失敗もなく努めること

が出来たし、その後の新生活でも小生を反面教師として律

儀な人柄のもとで仲睦まじい日々を過ごしている。

 …が、このGo〜さんという人物は、ひとから頼まれれば絶

対に「ノー」と言えない男気の為に大変なのであるぞ。

 自分の辛いことや苦しいことはさておいて、困っているひと

から相談を受けると一生懸命に全力を尽くすのである。

 ひとの悲しみを自分のこととして受けとめ、ひとの喜びを自

分のこととして共に分かち合うことの出来る人なのである。

 己に厳しくひとにやさしい人は大変だろな〜と思うのであ

る。まあ、しかし、のらくろ君や小生のように、他人に厳しく自

分に甘く、という性格もどうかとは思うのであるが……。

 だけど、Go〜さん、小生の尊敬する市原実先生の”人生

逆転できる・人材づくり50則”という書の中に、このような一

節があるのです。

   「期待に添えないケースもあってよし」

 他人から相談されたり依頼されたりすることは、自分が頼

られている証拠だと思っている。つまり、相談されることは、

自分が認められているということだ。

      ・・・          ・・・

 大好きなGo〜さん、頑張ってくださいね!オットットット…

「頑張る」じゃあ〜なかった。「楽しみましょうね!」でした。

 困っているひとの喜ぶ顔を思い浮かべながら、楽しみまし

ょうね。我々は、”ハのハの薬売り”なんですものね。

 とは言いながらも小生は、Go〜さんが誠実であることを、

   『 わたしは知っており

     わたしが知っていることを

        あなたも知っている 』

  わっはっはっはっは〜

  たった1回の人生で

  Go〜さんにお会いできてよかった

                  メルシ〜




    2002年6月13日(木)
 
      不毛の争い        


 小学校6年生の時級長だったむっちゃんとオチコボレの小

生は50年来の刎頚の友である。たとえて言えば、彼の謹厳

実直な性格は固いこと鉄の如しであり、小生の軟弱な言行

はトコロテンかラクテンか、であった。

 ところがこの3年ほど前に還暦を迎えた頃から彼が変身し

たのである。といっても、変な虫になったわけではないぞ。

 彼の奥さんの長年の功績によって最近とみにユ〜モア感

覚に目覚めたのである。

 つい10年ぐらい前までは、冗談を言っても「んっ!」と、西

郷隆盛大人のような太っかい目玉をグリグリッとむいて、口を

一文字に結んで「何か言ったか?んっ!」という感じであった

のがなんというか一皮剥けたのである。

 いや〜嬉しいな〜彼は大器晩成であったのだ。

半世紀も付き合ってきたからこそ知った彼の奥の深さなので

ある。お亡くなりになられた古田先生にも知って欲しかった

な〜と考える昨今なのである。

 たとえば、わっはっはっはっは〜つい先日のことである。

小生は50才位まで髪はふさふさで、朝から手入れをすろの

に小一時間も掛かるほどであった。それに比べて、ムっちゃ

んは小学校からの頭の使いすぎで前頭部が光り輝いて見え

るほどであった。なんとなく神々しい彼の様子は大仏さんを

彷彿とさせるので、小生は彼が来る度に柏手を打ってお迎え

するのが常であったぞ。

 それがどうしたことか、この2・3年小生も世の為人の為に

考えることが多かったのが原因か、小生のモットーである

 「明るい人と会えば明るくなれる。元気な人に会えば元気

になれる。心の美しい人と会えば心が美しくなれる。」が原因

かどうかは分かりませんが、「禿げと付き合えば禿げになる」

つまり、ムっちゃんが原因かどうかは分かりませんが、小生も

身心の美しさが外面からも窺われるようになったのです。

 「楽天君、君も最近光り輝くようになったね〜」

「ムムム、ムッ!」

「ひょっとしたら、僕より輝きよっとじゃ〜なかね?」

「冗談じゃあなかばい!ほら、小生の髪は一本立ちは出来ん

ごとなったばってん、ここの辺にも2本残っとっとよ、ヨレヨレの

白髪ばってん」と、眉毛の部分からメイジャーで計る。

 「ど〜れ、あんたの間隔は〜?わっはっはっは〜小生の勝

ちばいっ!」

 「だけど、君のは後の方からも乱開発の進みよるごたいよ、

ほら、鏡ば見てみんね。砂漠状態になりつつありますな〜」

 「そんばってん、鏡で並んでこげんして見たら、ホラホラ

小生の方がどうしても800本は多かばい!」

 「楽天君は自分の後の見えんけん幸せたい!なんという

楽天家であることよ、お〜楽天楽天!」

 「絶〜対に、小生の方が多か筈」

 「そげんとば、5十歩百歩て言うとばいっ」

 「違いま〜す。正確には5十本百本と言うので〜す」

   と、このような科白の続いたあとで、ムっちゃんがこう言

  ったのです。

 「もうよかさ、楽天君。不毛の議論は止そうよ!」

 「うわ〜、参った参った参った〜。一本参った〜」

   というような訳で、最近メキメキと頭発を広げてきたムっ

  ちゃんに、小生は惨敗してしまったのです。

 小生もいつかは、どら衛門氏のようにデジカメを駆使して、

ありのままの現状をみなさんに見ていただきたいのであるが、

とりあえずは、小学校時代からのご両人の毛髪の生育と乱開

発の推移を、有名人に託しますのでご想像頂ければ幸甚で

ある。

             ムっちゃん     楽天            
 
小学校6年生   フクちゃん    サクランボウ大将

 22才      リノ・バンチュラ    アラン・ドロン

 32才      杉浦 直樹      石原 祐次郎

 42才      山村 聡        リンゴ・スター

 52才       毛沢東        チャーチル

 62才       金語楼         ロッパ

  … という具合であるが、

 わっはっはっは〜 以下50年先をお楽しみに! 

  



    2002年6月12日(水)
 
        お客様        


 40年ほど前に洋服をご注文頂いたお客さまがフラリと立ち

寄られた。まだ、小生は職場で洋服を縫っていた頃のお客

様らしくて始めての出逢いで、山口勇様と仰る温厚な紳士

である。

 頑固さんと四方山話をしているうちに、昔NHKのアナウン

サーをしていらっしゃって当店のお客様であった、陶山一郎

様が4年前から奥様の故郷である長崎に帰っておられると言

う話になり、今度一杯飲ろうと言うことになり、先刻から山口

様・陶山様と頑固さんと小生の4人で楽しいひとときを過ごし

てきたのである。

 当時は頑固さんが働き盛りでNHKの指定店として出入りを

許されており、ダンデイな井上局長を始め磊落な松尾敏様

後年、「事実は小説より奇なりと…」で、お馴染みの”私の秘

密”の司会者八木治郎さんや石橋久様や楠本様や渡部様

など、懐かしくも嬉しいお名前とお顔を思い出すのである。

 そしてまた、話しが弾むに従って当店の恩人とも言うべき

いろんな方々のお名前が出てきて、その繋がりと出会いの

不思議さに今更ながらご縁に感謝するのであった。

 長大薬学部教授であられたもの静かな高取治輔先生と

お天道様みたいな笑顔の奥様、穏やかな寺田精介様と爽

やかな奥様(品の良い司葉子さんみたいであった)、誠実な

村橋宏先生とチャーミングな奥様と二人のご子息(小生は

ラサール高を知らなかった)、小生の膝の上で拙い手品に

瞳を見開いて驚いてくれた可愛いジュンコちゃん、みんなみ

んな当店の恩人であり心の宝石箱にしまってある素晴らし

い思い出だったのです。

 みんなみんな、どこかでだれかのご縁で繋がってたのです

ね。そして、知らないままに今日まで過ごしてきたのです。

 故人となられた方々に心からのご冥福を申し上げますとと

もに、現在も元気に頑張っていらっしゃる方々にも、いまさら

ながらではございますが感謝の念を申し上げます。

 4人でひとときを過ごさせて頂いたお陰で、今まで知らなか

ったご恩を知らせて頂いたのです。本当にありがとうございま

した。

 最後にお二人の言葉を一つずつ…

    『山口勇様』

 今日集まった人は4人とも素晴らしい奥さんで良かったね。

商売に限らず、人生の運不運は奥さんで決まりますからね。

小田さん、これからも親孝行を忘れないように!これが人間

としての基本ですよ。

    『陶山一郎様』

 先輩の八木治郎さんにはいろんなことを教わったが、一

番強烈で我が人生で役立ったのは、

「我々は事務やさんじゃないんだから、仕事を目の前にして

机の上でバタバタ書類を広げるな。準備は前日迄にキチン

と家で済ませておいて、当日は平然とタバコを吸っとけるくら

いの余裕を持ちなさい」という言葉です。
 
 ◎最後に当時若かった小生の目にも、いかにもダンデイに

映っていたおおらかな人柄の(今日始めて知りましたが慶応

ボーイだったそうです)井上局長様と、色白で優しかった

奥様(ご洋服を届けに行くと、いつも当時は長崎で販売され

てなかったタバコのホープをくださるので、職人達はじゃんけ

んで納品に行きたがった。後日偶然見たことだがこの奥様は

、寿司屋の出前の小僧さんや集金人さんにも心付けをやっ

ていらっしゃったのです。日本の古きよき伝統を受け継いで

こられた素敵な…)のご冥福を、心からお祈り申し上げます。

本当にありがとうございました。

 




    2002年6月11日(火)
 
      タッピ〜コ〜ル      


 太希子からの電話の後で、愛妻がなにやら嬉しそうに書

きとめているので「な〜に?」と聞いたら、いそいそと見せて

くれたのが太希子からの電話、即ちタッピ〜コ〜ルである。

 子供の時から、姉妹たちとユッピ〜・ミッピ〜と呼び合って

いた愛称を忘れないように、そしてちょっぴり離れてはいても

いつまでも深い愛情で見守っていこうとの優しい母親らしい 

思いやりの一言日記なのである。


6月1日(金) 大利のおじちゃんと恵風子おばちゃんに、結

       婚の保証人となって頂く。

2日(土) 米ちゃんのご両親に挨拶に行く。

3日(日) 米ちゃんのお母さんのお姉さんのところに挨拶に

      連れて行ってもらってお祝いを頂いたよ〜ん。

4日(月) 婚姻届を出してきた。アハッ!

5日(火) 米ちゃんも自転車(サ〜フ号)を買って、江の島ま

      で続くサイクリングロードを一緒にちょっと走ったよ

      〜ん。

6日(水) 結婚式の写真はま〜だホテルから届かんと〜?

7日(木) カステラの食べとうなったけん送って!

8日(金) ワールドカップのロシア対日本の試合で、一点先

     取した途端に「やった〜!」、終わってから「勝った

     〜勝った〜」と喜んで美希子と話していたが、突然

     「あっ!米ちゃんが帰って来た!じゃ〜また〜」と嬉

     しそうに電話を切る。  

9日(土) 皿うどんの麺ば送って〜、そいからうまかっちゃん

     ラーメンも送って〜、九州にしかなかとげなさ。

10(日)  和風スパゲッテイは、どんな味付けやったっけ?

      材料はなんやったかね〜?

11(月)  米ちゃんと職安に行ってみた。保育士のパートの

      月・水・金の5時間のあったけん一応申しこんでみ

      たけん。

12日(火) 豪先生の撮っとった結婚式のビデオば送って〜


    ・・・       ・・・       ・・・

 というような母と娘の可愛らしい会話であるが、「ウンウン、

どちらも愛しいな〜嬉しいな〜」と思うのである。

 考えてみれば、小生宅は太希子が生まれた時には家族

6人で、妹の美希子が生まれてからはず〜と7人家族でワイ

ワイガヤガヤ、その上に小生は夫婦喧嘩相談所・同級生

居候一時預かり所などのボランテイア活動の要職を依頼さ

れていた関係上、書生や秘書や用心棒の類いの出入りが

激しく、ご先祖さんなどは常に10人前ぐらいの食事の用意を

していたものである。

 だから、米ちゃんが仕事に出掛けている間中、小生に叱ら

れることなく下らんテレビの見放題であったろうが、やっぱり

笑うにしても昼寝するにしても、五月蝿い人間がいないので

寂しくなって職安に行ったのであろうか。

 それとも、”知らぬは父親ばかりなり(?)”予想外の働き者

であったのだろうか?

などと、楽天的に「わっはっはっはっは〜」と笑っていたら、

たった今電話が掛かってきた。

わっはっはっは〜、じゃ〜みなさんちょっと失礼しま〜す。

 わっはっはっは〜幸せな父親である。

この日記を見たいから、米ちゃんの今度のボ〜ナスでパソコ

ン様を購入するそうな。

 わっはっはっは〜嬉しいけど太希子や、アホなゲ〜ムなん

かするでないぞ!

 またしても心配になった親馬鹿ぴ〜ひょろろであった。




    2002年6月10日(月)
 
   のらくろ竜巻・ご存知台風
       


 あ〜やれやれ、やっとおさまったわい。

のらくろ竜巻は本日午後2時55分に、小型スポ〜ツカ〜に

乗って福岡は春日方面に迷走して行ったのである。

 とにかくもう、のらくろ野郎とご存知さんの帰ったあとの小生

は文字通り気息奄奄、息も絶え絶えなのである。一日24時

間、常識の欠片さえない二人と行動を共にしていれば身心

の休まることがなく、いかに温厚な小生も発狂寸前になろうと

いうものだ。

 『悲しみ・苦痛・嘆き・涙と同じく、悦び・歓喜・笑い・ユ〜

モアを生み出すのは、脳であり、脳だけである……

脳はまた、昼も夜も我々を苛む狂気と妄想の、あるいは不安

と恐怖の病巣でもあり……』

 なんの脈絡もございませんが、上記のヒポクラテスの言葉

を序文にして颯爽と登場するのは我等が現代のヒーロー

リンカーン・ライムその人なのです。

 アームチェアー・デテイクテイブと言ったらよいのでしょうか

、四肢麻痺の科学捜査専門家リンカーン・ライムを主人公と

するミステリー作家ジェフリー・デイーヴァの”エンプテイー・

チェアー”なのである。

 前回のボーン・コレクターやコフイン・ダンサーも面白かっ

たがこれはもう凄い!、の一言につきる。2転3転4転と、息

もつかせぬ迫力はまったく予断を許さないのである。

 のらくろ君もご存知さんも、ミステリー好きの皆さんは是非

見てくださいね。ぴ〜ひょろろ推薦です。

 推薦といえば、先日ご存知さんが小生の本棚の奥から

ベルリンゲームという本を取り出して「読んだか?」と聞いた。

覚えがなかったので「さあ〜!?」と言ったら、「馬鹿!」と

ぬかしやがった。

 なんでも、かの巨匠レン・デイトンが10何年ぶりに書いた

本格長編もので、ベルリンゲーム・メキシコセット・ロンドンマ

ッチと続く三部作だそうな、「絶対読め!」と言うので「絶対

読む」と答えて読んだら、も〜面白かったのなんの、ご存知さ

んよありがとう。本当に面白かったであるぞ。

 みなさんも(いつか、ほんわかさんの教えてくださった模倣

犯はとうとう映画になるのですね)、面白い本や酒や人や生

き方があったら是非教えてくださいね。

 え〜と、なんの話でしたっけ、あっそうだ。のらくろ竜巻のこ

とだったですね。

 今回ののらくろ君の最後の科白は、

「この本は絶対他人にやんなよ!」であった。のらくろ君は

デイック・フランシスやロバート・パーカー等、面白い本は

みな博多で買ってから小生に自慢しに持って来てくれるの

である。そして、それらが面白かったら小生は好きな人に

「是非読んでください!」と言ってやってしまうのであります。

 太っ腹なのです、エヘン!

違った、のらくろ君が太っ腹なんですね。そののらくろ君が

「絶対に他人にやるなよ、絶対に絶対だぞっ!」と無理やり

小生に約束させたのが浅田次郎の“歩兵の本領”という本な

のです。

 のらくろ君も航空自衛隊にいたので特別の思いがあるので

しょうね。(注・演習の時に大将の乗っている味方の飛行機を

撃墜して首になった。…というのは嘘だが、小生の税金を使

ってエルパソで遊んだのは本当! )

 じゃ〜、まあそういうことで、小生は今からあの気前のよい

のらくろ君が「絶対に返せ!」というほどの興味深い本を読む

ことにする。

 のらくろ竜巻のおかげで疲れているので、本日は推敲はし

ない。…とかいってるが、本当は書くのに手いっぱいなので

つらつら推考してみるに、小生いまだかって崇高なる推敲な

る行為を遂行したことはなかったのである。

 わっはっはっは〜 では、ご免!読書の時間である。




    2002年6月9日(日)
 
    幸せ太希子の電話
       


 ワールドカップの日本とロシアの試合終了とともに太希子

から電話があった。

 「わ〜い、勝った、勝った〜父ちゃん見とったね〜」の電話

である。夫の米ちゃんは10時まで残業なので一人で見てた

らしい。

 ついこの間まで、家族7人でワイワイガヤガヤして騒いで

いただけに、一人で留守番するのは寂しいだろうな〜喜び

を分かち合いたいんだな〜と、なんとなく複雑な気もするが

それはそれなりに太希子の人生の創造過程であろうと、

「嬉しいような、哀しいような!?ウ〜ン…」とビールを飲む。

最初に1点ゴールした時にも電話があって優希や美希

とハシャイデいたようだ。

 そばで酔っ払っているノラクロ野郎とかわったら、

「なんでも二人で決められるけん、嬉しか〜」と言ってたそう

な、そして、米ちゃんが太希子の意見を聞いてくれるけん

「嬉しか〜」と言ったそうな…。

 「わいのごたるやかましか親父から解放されて太希ちゃん

は幸せのごたっぞ!」と、馬鹿のらくろが言う。

 「ば〜か」と、のらくろに言いながら小生も幸せである。

電話途中で米ちゃんも帰ってきて、

 「いままで、仕事やったとですよ〜。今からテレビを見ます」

と言う。

わっはっはっは〜 ありがとう米ちゃん・太希子。

おやすみなさい。明日も良い日でありますように!




    2002年6月8日(土)
 
   ワ〜ルドユ〜モアクラブ

    平戸一泊修学旅行        


        『星のかけら』       ☆
   
   ☆            
      ご存知でしたか?    ☆
  
      私たち       
  
      みんな     ☆ 
  
      150億年前の       ☆
  
      星のかけらなんですって。
  
      だから                      ☆
  
      こんなになつかしいのですね。
 ☆
                 詩・堤  江美さん
 
                              ☆
     ・・・    ・・・    ・・・    


       長崎市八幡町6番5号
       
       ワールドユーモアクラブ

      小田 楽天 J・D・ガバチョ 行  

           ご 案 内

   第2回ワールドユーモアクラブ修学旅行

   大好きなみなさん御機嫌いかがでしょうか。
  
  今回は多数のご要望により平戸一泊ツアーに
  
  決定致しました。(アイスランドへとのご希
  
  望もありましたが、次回のお楽しみに…)

   日  時  6月22日(土)〜23日(日)
 
   集合場所  カスタムテーラーオダ
 
   時  間  10時(朝です)
 
   会  費  15,000ガバチョ


     ・・・       ・・・     ・・・
 

  ◎ 当日の行事予定
 
   1 髭ダンスによる風船割り
 
   2 パンスト大相撲
 
   3 大浴場にて男女混合騎馬戦
 
   4 男装・女装コンクール
 
  ◎ こんなお方はご遠慮ください
 
   1 朝寝、朝酒、朝湯が嫌いなお方
 
   2 アサマラの自立ができないお方
 
   3 鼾・寝言・歯軋り・夢遊病・夜尿症の特技を       
     お持ちでなおい方
 
   4 デザインの下手な刺青をいれているお方
 
  ◎ 持参するもの 
 
   1 パンパース
 
   2 耳詮、拘禁服
 
   3 鞭、長靴、蝋燭の三点セット(女性のみ)
 
   4 お灸、数珠、タムシチンキ  
 
   5 いちじく浣腸、ポリデント
 
   6 迷子札・老人手帳など身分を証明できるもの
 
   7 貯金通帳と実印
 
  ※ なお、当日のスケジュール一切は、プランナーの
  
    オードリーさんにお任せし、当社はチケット販売
   
    のみといたします。   バイロム社最高責任者
 
  ※ 返信ハガキが間に合わない方は、ファックスにて
   
    ご回答ください。(095−827−3070)

  ※ なお、当方では地元の消防団・自治会・老人会・

    ボーイスカウト・婦人会・各種ボランテイア団体・交番

    所・赤十字・精神病院・自衛隊・海上保安庁・海洋少

    年団・その他各種の関係団体の連絡と捜索犬の手配

    いはいたしております。

     また、小泉就床やODA、国家これで委員会をはじ

    めとする主な閣僚にも連絡済みです。
 
     
     ・・・    ・・・    ・・・   

   1 車を出せる心豊かな人(携帯番号を教えて…)
 
   2 乗るだけの我が儘な人
 
   3 現地集合の自分勝手な人

  ※ 当ツアーはワールドカップ主催者FIFAとの兼ね

     合いもあり、先着20名様限りとさせていただきます。
    
     なお、21人目の方から21,000ガバチョで参加でき

     ます。
    
     また、太っ腹なお方は経費不足分を補填できると

     いう特権を遠慮なく行使できます。


   ・・・     ・・・     ・・・

 というような訳で平戸ツアーを決行します。当日記フアン

のみなさまで参加ご希望の方は、大至急日本銀行長崎支

店秘密口座あてに42,000ガバチョをお振り込み下さい。

 なお、都合により参加できない方は差し入れ大歓迎です。

(期限なしデス)

 わっはっはっはっは〜 では、おやすみなさい!

この文章は、のらくろ大先生と小生の合作である。

 いま、後方でノラクロ君が酔い痴れて哄笑が聞こえます。

では、だいすきなおやすみなさい。

    ・・・      ・・・     ・・・

 ウオーッ、酔っ払えば神様じゃ

 小田! おいは、わいが大好きぞ! 

 賢弟のご存知さんも大好きだぞ!

  フニャフニャフニャ … うい〜

 アイタッタ  フンフン  バ〜カ

 我が輩はノラクロである。
 
 全世界の人々が

 おいの二日酔いを

 わかちあってくださいますように !






    2002年6月7日(金)
 
     太田先生と落語        


 みなさんは太田先生を覚えておいででしょうか?

ほれ、あの小生の中学校時代の国語の先生で、

 “七重八重 花は咲けども山吹の 

      実の一つだに なきぞ哀しき” という

 太田道灌の歌を教えて下さった先生で、先日「小田さん

梅の実が沢山なったのでちぎりにおいでなさい」という電話

を頂戴したので、シメシメと教え子が3人で出掛けて庭の掃

除を頑張ったところが、大山鳴動してネズミ1匹であった。

 …というのであろうか、

 太田八重子先生の屋敷の梅の木は七重八重に咲き茂っ

ていたが、実は少ししかなかったので哀しかった。

 (わっはっはっは〜 先生は落語が大好きなのですぞ)

 という落ちはあったが、先生とご一緒に半世紀前の子供時

代に戻って、昔懐かしい唱歌や想い出話に興じながら汗を

流したり茶碗蒸しをご馳走になったりしてとても嬉しかった。

 と、先日の日記に書いたあの太田先生なのです。現在88

才で小柄な体形なのですが、能をなさっていらっしゃるので

声も張りがあって姿勢もシャキッとしていらっしゃるのです。

 でも、ひとりでお住まいなので「なにかあったら電話してく

ださいよ」とはお願いしてあるのですが、先程新聞のテレビ

欄を見ていたら、「おっつ」あったのです。

 「もしもし、太田先生ですか〜?」

「あ〜、小田君ね」

「今日はありますよ、ご存知ですか?」

「なに、なにがあるの?」

「桂米朝ですよ。今夜8時からNHKの教育テレビで最後の

歌舞伎座独演会というので、“百年目”と“一文笛”と“阿弥

陀池”がありますよ」

「あら〜、そ〜お。ありがとう嬉しいわ〜」

「では先生楽しんでくださいね」

  と言って電話を切ってから30秒も経ったのでしょうか。

「リ〜ン・リ〜ン」

「もしもし、小田でございます」

「あ〜小田君、太田です」

「あ〜お懐かしや太田先生。その後お変わりございませんで

しょうか?わっはっはっは〜」

「も〜、小田君はあいかわらず冗談ばっかり言ってから。

あのね〜、教育テレビで昼の1時45分から円楽の“死神”の

あるのよ、知ってた?」

「わ〜、知りませんでしたありがとうございました。今日は良い

日ですね〜、先生今日も一日楽しんでくださいよ」 

「小田君も仕事を頑張ってね」

 と、励ましのお言葉で小生の一日は今から始まるのである

が、朝から大好きな人と楽しい会話を交わしたら、なにか心

に爽やかな緑の風が吹いてくるような感じがして、とても幸せ

な気分になりますね。

 今日が世界中のみなさんに穏やかでありますように!

    ・・・     ・・・    ・・・

 さてっつと、小生は今から3年振りぐらいかな〜、ビデオの

録画をしとかなくっちゃあ〜。

 だって、こんどお会いした時に太田先生から半世紀前の中

学校時代の授業のときのように、

 「小田君、あなたは予習も復習もしてなくて、あいかわらず

調子よく知ったかぶりをして話を合わせているんでしょう?

ったく、もう〜っ!」

 なんて、叱られたくありませんのでね〜。

”三つ子の魂百まで”とか言う言葉があるが、小生は62才に

して目覚めたから凄いもんだ。

 わっはっはっは〜 今日も一日笑って暮らそうっと!

     提供は 自分褒め合い運動会 でした




    2002年6月6日(木)
 
    コモっちゃんの哲学         


 コモっちゃんと言う元気印の旧友がいる。

ボ〜イスカウトのリ〜ダ〜を何10年も続けているし、とにかく

海に山に野に畑に夜の巷にと元気溌剌なのである。

 63才の今も現役でバリバリ仕事をしているし、休日には最

愛の奥さんと畑仕事で汗を流している。山の中に入る度に

なにやら怪しげな葉や蔦蔓・果実の類いを両手いっぱいに

抱えてくるのである。

 みんなの目の前でバリバリと齧ったり、てんぷらにするから

と嬉しそうに歯を剥き出したり、とにかく爽快なる野蛮人なの

である。

 20年ほど前に仲間の引っ越しを手伝った時など、冷蔵庫

を一人で300メートルも運んだのである。そしてその夜の打

ち上げでは、食材が少々古かったのか全員が腹痛や下痢

で苦しんだのに一人で舌鼓を打っていたのである。

     恐るべし、コモっちゃん!

では、そのコモっちゃんの人生哲学を皆さんにご披露する。

みなさんも、コモっちゃんのように元気になってくださいね。


@ くよくよ考えてばかりいると、ストレスがたまる。

A ストレスがたまると病気になるので考えない。

B 考えないで、汗を流す。

C 物事はなるようにしかならない。

D あきらめが肝心。


  …というのが、コモっちゃんの5段論法であるが、

とにかく、欲や色気や格好をつけないこと。現在とにもかくに

も、生きているから幸せではないか!

 というのが、彼の真骨頂であろう。

 旅行先なんかでガス中毒になった時にも、最後までヒクッ

ヒクッと虫の息でありながらもただ一人蘇生して、救助隊の

みなさんに喜んで頂けるのは彼ではないだろうか?

 そしてまた、世界最後の日まで生き延びるのは、ゴキブリと

ねずみとコモっちゃんではないだろうか、というのが巷の噂

であるが、我々もコモっちゃんを見習って頑張ろうでありませ

んか!

         エイエイ・オ〜 !
 
 本日の教訓は「考えるな!」ということでございましたぞ。




     2002年6月5日(水)
 
       楽 天 娘         


 ヤッホッホ〜〜〜!!

焼き増しができました。

な〜んと、焼き増しの写真は

明るく現像できたので Good !

みっP(美希子)、カメラマンごくろうさまでした。


 私はよねchan(夫)が仕事に行ってる時、

の〜〜んびり、のほほ〜〜ん …

としています。

 たとえば今度買った自転車

(命名・じょわらん号)に乗って図書館で、

怪盗ルパンを3冊借りてきた。(子供図書館であった)

 サイクリングしながら買い物して、家に帰ったら

お昼寝 ZZZ 。

 もそもそ起きて、夕食の準備。

それからソファ〜で読書…。

部屋の片付けもしてるヨ〜。ちょっとダケネ〜。

だって、まだキレイだも〜ん。 あはっっ!

そのうち、仏様の部屋(楽天家で太希子が棲息していた)

のごとなるとばいネ…。

 あ〜 じょわらん・じょわらん 【ここにお化けの                           絵が描いてある】

 小田家のみなさんへ   

                   たっP

    ・・・     ・・・     ・・・

 いや〜わっはっはっは〜我が娘ながら困ったもんだ

でも 結婚式からちょうど10日間目の太希子にとっては

いまが 最高に幸せな毎日なのでしょうね

まるで ママゴト遊びみたいに …

いつまでも

今日届いた上記の手紙のように

明るく楽しい日々でありますように!

一生懸命に仕事をして帰ってくる米ちゃんを

元気な笑顔で迎えて

「お疲れ様でした」と肩を叩いて

美味しいご馳走を用意しとくように!

可愛いい 太希子が いつまでも

明るく元気でありますように!

 わっはっはっは〜 幸せな父ちゃんです






     2002年6月4日(火)
 
        楽天の由来         


 「どうして”楽天”という名にしたの?」

という質問を4・5名くらいの親しい友人からされるので、

「どうしてかな〜」と思っていたら、なんでも”楽天市場”とい

う有名なナニカがあって、そこから小生の遊びの名前をつけ

たと思っていた。…と今日の友人が言うのでビックリしてしま

った。

 ♪冗談じゃ〜ね〜よ〜♪というカラオケが好きなマ〜ボウ

という名の悪友がいるが、まったく寝耳に水のお話で♪冗談

じゃ〜ね〜よ〜♪なのである。

 そもそも小生は”よく遊びよく遊べ”がモット〜なので、”相

手変われど主変わらず”の格言通り、800名余りの毛色の

変わった悪友諸兄氏と朝な夕なに遊び呆けているので、テ

レビなんかもめったなことには観る機会がないのである。

 食事時なんかにはテレビを観るんじゃないかと思われる向

きもおありかもしれませんが、食事の時には作ってくれた人

に対して「美味い美味い!」の賛辞を表するのに手いっぱい

なのです。

 ビコ〜ズ、くだらないニュースなんかを観ようものなら折角

のご馳走が不味くなってしまうというもんだ。

 それに、食卓を囲んでる人と一緒に美味い料理に舌鼓を

打ちながら、今日の朝から現在までの相手の失敗談等を聞

いて笑ったり、夢を語り合ったりホラを吹いたりしている方がど

れだけ健康に良いことか、正常な人間なら誰でも分かりそう

なものだ。

 夜は夜で毎晩2つ3っつの会合はあるし、お誘いの電話は

掛かってくるし、大好きな万里ちゃんと本棚はオイデオイデと

両手を広げて待っているし…嗚呼、なんと充実した人生であ

ることか!

 …とそんな理由で、小生がこのように毎日日記をつけるこ

とが出来るなんて小生自身が信じられない思いなのである。

 ところが、ご存知さんの「ホームページを開け!」という忠告

を迂闊にも聞いたばかりに、いきなりいっぱいEメールが送ら

れてきて困ったのであるが、お陰さまで亀っち先生とどら衛

門先生のご指導の賜物で、何とか日記をつけることとEメー

ルを送ることだけは出来るようになったのである。

 あっ、そうだ。それにホームページの見方も教えてもらった

ので、今日まで亀っち先生・どら衛門さん・TAKOYOさん・

地球やMEGUさん・伊佐早の真ちゃん・ROSEさん・刎頚

の友の岐阜の旗本退屈男のホームページはお訪ねしたこと

はあったけどただそれだけ、それが小生のパソコンの知識の

総てである。

 だから現在まで小生が出来たこと、知ったことはただそれだ

けなのです。

 ただ時々、小生の楽天日記の上に”楽天市場”なんて変な

表示が出ていたのは気がついてたが、「フ〜ン」と見るだけ

で、日記を書くのに一生懸命なのでなんの気にもしてなかっ

たのが本当である。

 いみじくも、本日我が愛妻の万里ちゃんが言ってたように、

「うちの方が、ず〜と昔から本家ですよね〜」

「そうです。小生の方がず〜と昔からの元祖なのです」

 …と以上の如く、愛妻と小生の会話のように楽天命名は

単なるモノ真似ではないのである。

 というのは話せば長いことながら(我ながら…自覚している

のである、エヘン)と、ここで半世紀前にワ〜プするのでござ

います。

    ・・・     ・・・     ・・・
 
 愛読者のみなさんはご存知のように、小生は小学校5年生

の時にサクランボウ大将のドラマと歌が大好きでございまして

ね〜。

♪ ワッハッハ〜 ワッハッハ〜

   ワッハッハ〜の  

   ハノハのハのハ〜

   笑って暮らせば〜 世の中は〜

   いつでも 楽しい天国だ〜

   今年も 来ました ハのハの薬 ♪

 
 と言う歌を聞いて以来、感受性豊かな少年期だったもので

すから、僕はこのドラマと歌の主人公のようにどんな時にも

挫けることなく”ワッハッハ〜”と笑って生きるぞ。

 「 笑って暮らせば、世の中は〜

   いつでも 楽しい天国なんだ〜 」

 よし、僕は楽しい天国で生きるぞ〜!

「僕は楽天だ〜」「楽天で生きるのである」と思ったのです。

 そして2年後の中学の2年生の時のことです。

    『人生総てオプチミストたるべし!』

 という言葉に出会って不思議に思ったのです。当時は英

語の辞書を買ってもらっただけで、新しい世界が広がったこ

とを喜んでいた時期ですから、学校の勉強そっちのけ(当然

成績は悪かった)で英語の童話や童謡や格言を自分なりに

翻訳(?)して喜んでいたのです。

 人生とは? オプチミストとは?と疑問を抱いて調べた50

年前のことを、まるで昨日のことのように思い出すのです。

 当時小生が調べた辞書では、以下の如くでした。

 『人生』 

1 人間がこの世に生を受けている期間。人の一生。

2 人間の生活     

 と記してあり、

 『オプチミスト』 とは、

楽天家。楽天主義者。のんきな人。と記してあったのです。

 当時の小田少年は「ワア〜」と叫んで喜んだのです。

 「よし、僕は絶対に人生を”わっはっは〜と笑って楽天家で

のんきに生きるぞ〜」と、決心したのです。

 それ以来、小生は何事にも正々堂々と好奇心旺盛にチャ

レンジして99パ〜セントは失敗しますが、その度毎に「心か

らの友達が出来た」と、堂々と万里ちゃんに報告して慰めて

もらったり励ましてもらったり褒めてもらったりしていたのです。

 大人になってからも尊敬する良寛さんの言葉を信じて、

「どうにかなる!」の心を愛して、絶対に悲観論者になるまい

、「カサンドラ的な予言者にはなるまい」とそれなりに頑張っ

てきたつもりでした。

 そしたら今日、愛する万里ちゃんから

「俊之さんは、昔から楽天と言ってましたから俊之さんの方が

ズ〜と早いと思います。俊之さんが本当の人間的な楽天さ

んだと思います。」

 と、愛妻が言ってくれた時の嬉しかったこと嬉しかったこと。

「うわ〜 ワッハッハッハ〜」と嬉しかったのです。

 さて、我が愛する万里ちゃんの期待を裏切らないように!

小学校5年生の「ワッハッハ〜」の笑いを忘れないように!

中学2年生の「人生総べからくオプチミストたれ!」

の我が生涯の信念を忘れることなく、楽天で生きるのです。

 お聞きするところ、偉大なる酔っ払いか哲学者の言では、

「絶対に絶対ということはありえない。人間も企業も生まれ

た以上は絶対になくなる」そうですぞ。

 楽天市場さん、どうかお仕事頑張ってくださいね!できれ

ばいつか、どんなお方がどんな発想で楽天の命名者なのか

?社長さんはどんなことが好きなのか?いつかお会いした

いですね。「う〜ん、これは面白いぞ〜っ!」

「たった一回の人生、いつかご縁があったらお会いしますか」

 小生も3日坊主の日記を一日でも長く続けるように頑張り、

一日でも長く大好きな家族と一緒に暮らしたいと思います。

今日現在のところは、自分の妻に愛され信じられている 

 お陀仏・楽天・どじゆき・俊助・ぴ〜ひょろろ居士です。

少々酔っ払いました。ワッハッハッハ〜

 では、大好きなみなさんおやすみなさい。

                ぴ〜ひょろろ で〜す




     2002年6月3日(月)
 
   自分史 (7才)  爪切り班長         


 小学校2年生の時のことです。

級長選挙の白い投票用紙を読み上げていた女生徒(憎か

らず思っていたのです)が、いきなり「小田さ〜ん」と小生の

名を呼んでくれたのです。

 まさか小生の名が出てくるとは夢にも思わず、ビックリする

やら恥ずかしいやら、消え入る思いで一生懸命に机の落書

きを見つめていたのです。(誰が入れてくれたんだろう。嬉し

いけど恥ずかしいな〜)

 結局3票入っておりましたので、光栄なことには8人ほどの

生徒の爪切り班長に任命されたのです。

 当時は風呂のある家庭は珍しく、ろくに頭などを洗ってくる

子はおりませんのでたいていの生徒はフケだらけ、髪の毛

の中はシラミのサ〜カス団が大活躍といった状態だったので

す。

 ましてや爪の先などはお構いなし、真っ黒な爪が伸び放

題という始末だったので、先生が思いついたアイデアだった

のでしょう。

 というわけで、毎朝7人の爪を検査する班長が爪を伸ばす

わけにもいかず、爪を噛むのが習慣となって62才の現在で

も深爪のおかげで、缶ビールのフタを開けるのにも苦労して

いるのでございます。

 ところで、我が人生の途上における全学校生活を通じて、

級長選挙で名前を読み上げられたのは、後にも先にもこの

時だけであった。

 トホホ…、昔は良かったな〜。




    2002年6月2日(日)

  のたりのたりのふな遊びかな

     (男と男の約束)     


ユ〜モアクラブの愉快な仲間たち13名でイカ釣りに出掛け

た。本当は希望者がもう一人いたのだが、10時集合というの

が朝の10時だと分かると、「本当に本当に朝の10時なのか

?」と繰り返し念を押したうえで、「フン!」と言って辞退した。

 わっはっはっは〜 我々ユ〜モアクラブ粋人の世界にあっ

ては、そんじょそこらの無粋な人間には窺い知れ無いような

深い叡智の世界が存在しているのである。

 目的や手段や結果に囚われることなく、“人生のひとときを

共に過ごす”というその過程が大切なのである。

 わっはっはっはっは〜 ということで、13名中7名が船酔い

薬を分け合いながらオソルオソル乗船したのである。

 ところが、心清らかなる者の集まりには神の御加護がある

のでしょうか、空は青空海は小生宅の書斎の絨毯の如くに

べた凪なのです。

 ヤッホ〜、蒼い顔をして互いの顔を見合わせていた小心者

(デリケートな神経の持ち主)のアミ〜ゴ達は段々元気にな

ってまいりまして、ワイワイガヤガヤ持ち前の饒舌と駄法螺が

回復して笑い声が出始めたのでございます。

 「ビ〜ルだビ〜ルだ、酔い止め薬だ!」誰かが一声叫んだ

かと思うや否や何時の間にか祝宴が始まっていたのです。

勿論気のよい小生も皆さんのあとについて、今日のよき日の

乾杯に加わっていたのですが…。

 小刻後気がついて見ると、海岸から100か200メートル位

の海岸べたで釣るのだと思っていた我々をよそに、太っかい

快速艇はもう小1時間も走って遥かに野母崎半島を望む沖

合いまで達していたのです。

 「モ〜いいでしょう〜」と、まるで水戸黄門さんのような科白

を仰ってエンジンを止めた船頭さんに、誰かが「イカはこん

な深いところで釣るのですか?」と聞いたところ、磊落そうな

そのお方は「いや〜今日は日が明るいので鯛とヒラメを釣る

ことにしました」と仰ったので、我々は「ハハ〜っ」と畏れ入っ

て鯛とヒラメとを釣ることにしました。

 とは言っても、流石は我等ユ〜モアクラブの面々です。

真面目に仕掛けを習って釣りに専念する方もいらっしゃいま

すが、詩歌を読む者・ハモニカを吹く者・歌を歌う者・ビール

を飲む者・昼寝をする者と皆さん三者三様なのです。

 小生は、”海にいったら泳ぐ”という長年の鉄則に従って出

立前からキチンと海水パンツを準備しておりましたので、釣り

人の邪魔のならないように心掛けながら”そ〜”と海と親しま

せていただきました。

 ところがところがですね、小生がプカリプカリ漂っているの

を羨ましそうに見ていた船頭さんのご子息がですね、小生

が水から上がって今度は”プカリプカリ”とパイプをふかして

いたところに近寄ってきてこう言うのですよ。

 「おじちゃん、も〜一回泳がんね」

「おじちゃんは疲れたからちょっと一休み」

「一休みしたらまた泳ぐと?」

「うん、泳ぐよ。僕は可愛いかね〜名前はなんて言うと?」

「あきらて言うと。小学校一年生で夏はプ〜ルに行くとばい」

「ふ〜ん、プ〜ルもよかばってんおじちゃんは海が好きばい」

「僕も海が好き。おじちゃん早よ〜泳がんね」

「あきら君が先に入らんね」

「おじちゃんが入ったら僕も入る」

「あきら君が入ったらおじちゃんも入るぞ」

「本当ね。本当に本当ね?」

「男と男の約束やっけんね、男は約束ば守らんばいかんとぞ

 っ!」

「男と男の約束ね。じゃ〜指きりゲンマン!」

 といってあきら君はゲンマンをした後で、小生に身を委ねる

べく近づいてきたので、小生は両手で彼を抱っこして船縁越

しに思いっきり高く”ポ〜ン”と放り投げたのです。

 大好きな皆さん、小生を信頼したあきら君はサンサンと降り

注ぐ陽光の下で青い空の中にどこまでも高く舞い上がって

いきましたぞ。そしてその時のあきら君はいかにも涼しげな

瞳をまん丸にして喜んでおりましたぞ。

 一瞬、その場にいた怠け者の釣り人のいくたりかが小生の

愚行に”ハッ”と息を飲む声が聞こえ…目の端に映ったかと

思った瞬間、小生も”アッ!”と息を飲んでいたのです。

 なんとなんとなんと、小生を信じて我が身を委ねた可愛い

あきら君は両手を必死にばたつかせながら沈んでいくではあ

りませんか。

 ”オ〜マイガッド!”常日頃から出鱈目を自認する小生も

流石にビックリしましたな〜。慌てて飛び込んであきら君を

助け(?)上げて立ち泳ぎをしておりましたところ、落ち着きを

取り戻したあきら君は小生の耳元にしがみつきながらこう言

ったのです。

 「おじちゃん、男と男の約束やったね!」

 もう小生は驚嘆してしまったのです。今年、小学校の一年

生になったばかりのあきら君が実際に泳げるかどうか知らな

いのが事実ですし、てっきり、プ〜ルの話を聞いた小生が勝

手に泳げると思いこんだのかもしれません。

 しかし、いかに愚か者の小生でも泳げないと知っていれば

、ましてやはじめて出会った他人の子を海に放り投げるような

ことは絶対にできないことです。

 ひょっとしたら、あきら君は小生を試したのかもしれません。

「おじちゃん、男と男の約束やったね!」あきら君の問いに

小生はこのように答えていたのです。

 「うん。男は絶対に約束を守らなくてはいかんぞ!」

 「うん、おじちゃん」

 このような会話を交わしながら、小生の首に手を回したあき

ら君と一緒に寸時船の周りを泳いだのですが、嗚呼、なんと

いう至福のひとときであったことでしょうか。小生は訳もなく

深い感動を覚えていたのです。

    ・・・     ・・・     ・・・

 このような感動を覚えながら、昨日の我が新しき若い友人

のあきら君のことを日記に打っていたところ、突如として1時

間前に電話があったのです。

 あきら君のお父さんでした。

「夜分遅く申し訳ございませんが、昨日はありがとうございま

した。昨夜はもう、あきらは興奮してしまって、おじいちゃんお

ばあちゃん・母親や妹に繰り返し繰り返し自分の冒険談を話

して聞かせるのです。本来ならば父親の自分がせねばなら

なかったことを経験させて頂いてありがとうございました。なん

だか人生感が変わったようで自信がついたようなのです。」

 というような話の後であきら君と交代してのお話しです。

「おじちゃ〜ん」

「あきら君か?面白かったね〜」

「うん、面白かった。また泳ごうね」

「うん、泳ごう」

「いつね?」

「ん〜と、また今度ね」

「おじちゃん。男と男の約束やけんね!」

「よしっ!男は約束ば破ったらいかん。ねっ!」

「そうばい、男と男の約束ばい、絶対ばい!」

「そいばってん、あきら君は格好良かったね〜」

「ほんと〜?」

「本当さ。そして小学校一年生であきら君のように深い海で

泳ぐことのできる人間はおらんぞ〜、日本一だぞ。」

「本当ね〜おじちゃん。」

「本当だ。あきら君は日本一勇気がある少年だ。喧嘩でも勉

強でも、あきら君が本当に勇気を出したら絶対に日本一だ」

「なれるやろか?」

「昨日、あきら君の勇気を試したおじちゃんが証明する。日

本一、いや世界一になれる。オリンピックに出たらおじちゃん

は応援に行くけんサインしてくれろよ、絶対ぞ!」

「うん、おじちゃん。男と男の約束やもん」

「わっはっはっはっは〜」

 と笑って電話を切ったのですが、いや〜元気な少年であっ

た。小生は過去62年間の人生において、みどころのある少

年少女をいくたび海に放り投げたことであったか…

 「人間の本質は子供の頃に海に放り投げて見れば分かる」

というのが、小生の人生哲学である。結果は二通りである。

1 小生を好きになり海が好きになるタイプ。

2 人間不信に陥るタイプ。

 いや〜 わっはっはっは〜あきら君は前者でよかった。

30年ほども前に、半年も口を聞いてくれなかった母親もいた

な〜。わっはっはっはっは〜

 あきら君頑張れ。あきら君の人生に多かれ幸!

いつか、貴君が成長した時に、小生が思春の頃に感動した

”メリメ”のマテオ・フワルコーネを読んでご覧なさい。

 では、だいすきなあきら君おやすみなさい。

   ・・・      ・・・      ・・・

 なお、ユ〜モアクラブの当日の釣果は、折角あきら君と

 小生が船の周りに鯛やヒラメを追い込んでやったのに、

 ”のりどん”が釣った10センチの”クサブ”が1匹であった。

  反省してください。

 小生の本日の至福はユ〜モアクラブの太公望諸兄姉氏

 と人生のひとときを過ごせたことと、あきら君との知己を得た

 ことであった。 幸せな ぴ〜ひょろろ でした 。
 




   2002年6月1日(土)

    心豊かに生きる 


 野焼きのあとの阿蘇の草原は黄緑色から深みを増した

青い色が入り混じった色見本のようです。

小田さんには益々お元気のことと思います。

先日阿蘇神社で国宝の刀剣を描いた版木を刷りました。

 いきさつは、戦前までは国宝の刀剣があったそうですが、

戦中戦後の混乱の中で行方が判らなくなったそうです。(祭

礼の時は拝観していたそうです)

 しかし狩野派の絵師による版木が残っており、学校の美術

の先生にもお願いしたそうですが、あまりにも細密な装飾文

様の為に刷ることができず私に刷ってもらえないかのとの話

がありました。

 一日がかりで何とか見れる形に刷りましたが刷りむらが残

り、満足いく状態ではありませんでしたので次の休みのとき

に再び刷ろうと思っています。

 父と同様「ゴマ」は擂れませんが、「国宝の刀剣を写した

版木」をすることができた充実感に浸りながら、阿蘇さんか

らいただいた神酒をを飲みました。

 阿蘇に来て明日で満3年になります。

単身阿蘇の地に来て、阿蘇さんや、阿蘇の草原の草のみを

飼料としている牛飼いの人、環境保全農業の人、阿蘇の自

然を守るボランテイアの人、木工・陶芸・写真家・400年の

歴史がある岩戸神楽の楽士等、都会のサラリーマンに無い

魅力ある人々と出合い、阿蘇の大自然の中で心豊かに誇り

を持った多用な暮らし方があることを知らされました。

 四季の移ろいを縦糸に、阿蘇神社の農耕神事や神楽を

横糸に阿蘇の暮らしは織りなされており、「日本の国は一体

どうなってしまったのか!」と思わせる事件が続発する今日、

大自然の中の農民の視点にたつことで「失った物」の本質

が浮かび上がってくるようです。

 阿蘇に来ての3年間、「出世払いでお仕立ていただいた

服」は小田さんの「期待を込めての叱咤激励」と受けとめ、

今日まで「身の丈に合った服」として身心に馴染んできまし

た。3年間「志」を持ち続けられたのも小田さんのお陰と感謝

申し上げます。

 形となった語れるものは未だありませんが、「志を高く心豊

かに生きていること」を「精神的出世」として捉え、3年を一つ

の区切りとしたいと思い残金60,000円を送りますのでお納

めください。

 今後は「衰退していく日本の中で伝統を守り誇り高く、確か

な生の手応えを感じながら心豊かに暮らしている」村人の目

で「阿蘇の自然と暮らしを」を版画に彫り込めたらと思ってい

ます。

 機会がありましたら三代目の息子、太郎の服もお願いした

いと思いますが28才なので出世払いは長期になりますよ。

小田さんの豪放磊落な笑顔にお目にかかりたいですね。

            5月31日        桑原芋吉 

   小田楽天様

   ・・・      ・・・     ・・・

 出会いというのは、なんと嬉しいことなのでしょうか。

小生は毎月1日には縁起を担いで、なるべく心豊かな人優し

い人とお会いするように計画をたてているのですが、今日は

嬉しい手紙が訪ねててくれたのです。

 小生が高校の時2年3年を担任していただき、”人間は努

力することが大切である”ということを文字通り実践して教え

てくださったのが桑原正夫先生でした。

 今でこそ、ジョギングブームであちこちで走っている人を見

かけますが、半世紀も前に走っている人を見かけることはそ

れこそ皆無だったことです。

 ところが桑原先生は自宅から学校までおよそ15キロもあっ

たのでしょうか、その道程を毎日パンツとランニングシャツ姿

で何十年間も走って通学なさったのです。

 それも宮澤賢治先生ではございませんが、雨にも風にも

夏の暑さや冬の寒さにも負けず、夏休み冬休みもなく正月や

お盆休みもなくも1年365日をご自分の信念に基づいて走り

続けられたのです。それも退職なさってからでも…。

 長崎の名物男のことは誰でも知っておりましたし、人呼んで

”韋駄天”というニックネームで愛され尊敬されていたことで

す。

 いつも授業の時には奥様手作りのカーキー色のスポーツ

シャツの上下を着用されており、小生が在校中には一度も

洋服姿を目にしたことはなかったと思うのですが、小生が父

の跡を継いで洋服屋になった時にどういう訳か新調して下さ

ったのです。

 多分、勉強やスポーツをはじめ全ての行跡に不真面目で

オチコボレだった小生に対し、「社会人になってからは頑張

れよ!」との励ましの意味があったのでしょうか。

 嗚呼、いまも目を瞑れば「歯を食いしばって頑張れ!」と

仰った韋駄天先生のお顔が目に浮かぶのです。

「先生、本当に申し訳ございませんでした」と、お亡くなりにな

られて何年も経ってから反省する”馬鹿たれ小田君”なので

す。

 話は少々長くなりましたが(毎度のことで…)、この先生の

御子息が上記の格調高い手紙を書いて下さった芋吉大兄

なのです。

 流石はお父上の血を受け継がれただけあって、コダワリの

精神旺盛なのです。万年筆のインクの色も黒々と闊達な文

字でのびのびと書いてあるのです。

「ああ、これが日本人の手紙なんだなあ」と久方ぶりに嬉しか

ったのです。古来から伝わってきた心のこもった手紙は、日

本人の精神なのです。大切なモノは全て手間暇掛かるのが

当然なのです。

 都会で仕事をなさっていらっしゃったのですが、版画の夢

忘れ難く、3年前に阿蘇の山に単身篭もって頑張っていらっ

しゃるのです。素晴らしい腕を持っていらっしゃるのです。

 そしてまた、伝統ある阿蘇神社の禰宜の阿蘇治隆さまは

20年来当店ご贔屓のお客様なのです。温厚なお人柄で常

に穏やかな微笑みを浮かべておられ、そばにいるだけで心

が落ち着くのです。

 ご縁というのは嬉しいものですね。心有る人と心有る人の

出合いはなんと幸せなことでしょうか。

 さきほどお二人に電話して喜びのお福分けを頂戴しました

。月曜日にお会いして再度、「国宝の刀剣を写した版木」を

納得のいくように刷り直すそうですが、後刻御神酒を召し上

がる際には、小生の為にも乾杯していただくようにお願いい

たしましたぞ。

 わっはっはっは〜出会いとは人生とは、なんと嬉しいことで

しょうか。いつか拝見させていただく版木が素晴らしい出来

映えでありますように!

 明日もいい出会いがありますように!

幸せいっぱいの ぴ〜ひょろろ でございます。



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