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    2002年8月31日(土)
 
     ママのお手紙(上)                     


 ”キャッツ・キャッツ・キャッツ”と、まるで17・8歳のお

嬢さんのような嬌声を上げて逃げまわるのである。

“キャッツ・キャッツ・キャッツ”と、まるで水戸黄門に出て

くる悪代官のような顔で追いまわすのである。

 わっはっはっは〜 実はですね、昨夜も書いたようにママ

の小学生のような可愛い日記(娘曰く)が見付からなかったの

で、とうとう太希子に電話を掛けてフアックスで送ってもらった

のですが、ちょうど届いた時に先に愛妻がいて先に見つけ

たものですから鬼ごっこになったわけなのです。

 いや〜わっはっはっは〜よっぽどお尻でも撫でてやろうか

と思ったのですが、”ハッ”とお客さんがいることに気付いて

ですね〜、やはり小生ぐらい修業を積んだら視線を感じるわ

けなんですよ。それに、真っ昼間だったんですよね〜。

 わっはっはっは〜ということで、3ヶ月前に嫁にやった可愛

い娘へ可愛いママからのお便りです。

   ・・・        ・・・       ・・・

 暑中お見舞い申し上げます

その後お元気ですか

16日に恵風子おばさまとおばあちゃんと主人と4人で、雲

仙に行く途中に話題の森山図書館に寄りました

田舎なので道行く人が少なくて迷いながらやっと着いて見

学してきました。噂の通りとても素晴らしい図書館でしたよ

雲仙に着いたのは5時頃で、竹松(愛妻の実家)のような家

庭的な旅館でしたよ。

 お風呂に入って6時30分ぐらいに食事をとってから、雲仙

湯煙という夜市で4人でお散歩をながら、スタンプラリ〜に

参加し15軒のホテルを訪ねて、ぺたぺたとスタンプを押して

もらいました。

 途中おばあちゃんは恵風子おばさまと休憩しましたが、そ

れでも40分くらいは歩いてとても楽しそうでした。

 商品引換所に行く途中に「星空ミニツア〜」の空席のバス

の親切な運転手さんが声を掛けてくださったのでバスに乗り

ました。

 進行途中、ビ〜ルで上機嫌な主人はまるで自分のバス

のように次々と道行く人を800人(この数字は小生の脚色)

も誘って、おばあちゃんやおばちゃんの場所にも寄って乗

せたあと、約20分ぐらいバスに揺られて宝原高原に着きま

した。

 幸運にも星の見えて喜んでいる人や、日頃の素行が悪く

てブツブツ言ってる人(またまた脚色)など、沢山のお客様

が帰りのバスを待っていました。

 ママ達は最終バスだったので望遠鏡もゆっくり観ることが

でき、雲も流れていったので、キラキラと輝いている星をゆっ

くり眺めることができました。

 「わあ〜、こんなに美しい星が、こんなに沢山輝いているの

か〜」とびっくりしました。

 旅館に帰ったのが10時半ぐらいで、父ちゃんはビ〜ルを

飲みながらクダラン(済みません脚色です)本を読んでいま

したが、ママはおばあちゃんと早く寝ました。

 夜中3時くらいだったのかな?おばあちゃんとトイレに行っ

て帰ってくると、恵風子おばちゃんは父ちゃんの鼾で寝られ

ないといって歯ぎしり(ゴメンナサイKです)していました。

 ママが入れ替えわって父ちゃんの横に寝ましたが、やっぱ

り眠れなかったので、ママは3人の足の方に枕を持っていっ

て逆さまになっていたら、いつの間にか眠っていました。

                              続く




    2002年8月30日(金)
 
  何処に行ったの?ママのお便り                      


 「テエヘンダ・テエヘンダ〜親分テエヘンダ〜」と、駆けこ

んでくるのは銭形平次の一の子分、ガラッ八の科白と決まっ

ておりますがとにかく我が家も大変なのでございます。

 と申しますのは、大体においてママの可愛いお便りをみな

さんに読んで頂きたくて、前しょうとして太希子のお手紙を書

かせていただいたのに、「ない、ない、ない!」のでございま

す。

 ”何がって?”言わずとしれた愛妻万里ちゃんのお便りが

ないのです。太希子と作戦を組んでこっそりコピ〜して送って

もらったのに!昨夜太希子の手紙を書いてる時には絶対在

った筈なのに、それがないのです。

 まさか、あの善良な万里ちゃんがいかにシャイだからと言っ

てこっそり手紙を隠す筈はなく…いやいや、不思議だなあ〜

2階からは美希子の「父ちゃん早う寝らんばよ〜!」の屋内

 電話がかかってくるし、(これは、多分万里ちゃんが言わせ

ているのではなかろうか?と、小生は睨んでいるのでござい

ますが…)小生は非常に焦っているのでございます。だって、

もうかれこれ40分近く探しているのですもの…

 ということで”オ〜・マイ・ガッド!”諦めの良い小生は潔く

兜を脱ぎ下着も脱いで風呂に入って寝ることにいたします。

 「よ〜し、見ておれっつ!明日は5時から見つけるのだから

!」と覚悟を決める、絶対に今宵ばかりは怠け者の嘘吐きで

はないぴ〜ひょろろでございますので、絶対に信用してくだ

さいと叫ぶ狼熟年でございました。

 ソレニシテモドコニイッタンダロウ?ブツブツブツ… 




    2002年8月29日(木)
 
   おじいちゃん・おばあちゃん

   父ちゃんママ・ゆっP・みっP                      


 一日中一生懸命仕事して、電車にゆられて帰って来た

米ctanからは、汗と雨といろんな人の匂いがプ〜ン〜〜!

まあ、それでも父ちゃんの汗の臭いには敵わないけど…

すぐに洗濯機へポイのポイのポイっ!

 夕食を温めなおしてほかほかご飯を食べながら、今日おじ

いちゃんやおばあちゃんや父ちゃんの匂いのしたことや、ゆ

っPみっPと(優希・美希)会えた気がした話をすると、「ママ

は?ママはないと!?」と、米chan。ママはどこで登場する

のかな〜?と、二人でワクワク。

 しか〜〜〜〜〜し、すっかり暗くなりもう寝る時間。「ママは

明日かな〜」と、思いながら買ってきた化粧水を”パシャッツ  
パシャッツ”…。

 「米cha〜n、ママの匂いを見つけたよ〜」と、両手から化

粧水がこぼれないように上品に”バタバタ”走って、米chan

の顔にも”バシャバシャッ”…。

 「オ〜ッ、よかったね〜」と、米Chanもニッコリ。たっぷり化

粧水と乳液をつけて、ママの匂いに包まれて幸せ〜〜。

 明日はどんな匂いと誰に会えるのかな〜?と、毎日楽しく

寝てま〜す。

 「あっっ、ところでたきちゃんはどんな匂い?」

   ・・・      ・・・      ・・・       ・・・ 

 と、いうのが小生の可愛い太希子の手紙であったが、そう

ですね〜あなたはどんな匂いだったのかな〜?

 生まれたばかりの”ムニュウ〜”としたお猿さんの香り、ホカ

ホカオシッコの香り、紅葉ウンチの香り、アイスクリ〜ムの香り

、そしてそしてそして青いよだれかけ・赤い風船・ランドセル・

ブランコ・駆けっこの後の赤い頬っぺ・青い空と海と白い砂・

”エ〜ン”と泣いたときの涙・あなたの日課であった家族みん

なの揃えたお靴の匂い、バレ〜部で一生懸命流した汗と涙

とモップ・チ〜ムが勝った時の笑顔。

 そんな風に、みんなの喜んでいる笑顔を見るのが、あなた

の好きな喜びであり、それがあなたの匂いでしたよ可愛い太

希子や。

 そして最後に、父ちゃんが最も忘れられないのはあの思い

出のあの日あの時のあなたのあの匂いですよ。あの日あなた

は朝から、昨夜父ちゃんのお土産である餃子を美味しそうに

食べました。あれが手始めだったのですね、ああっ!

 そして、その日一日あなたが食べたものはといえば、焼き

芋・ラッキョウ・クサヤの干物・カボチャ・納豆・焼き肉・はじき

豆・秋刀魚・お新香・うなぎの頭・それからなんでしたっけ?

 父ちゃんはもう忘れてしまいましたが、あなたはいつもつま

み食いが上手でおばあちゃんやママの目を盗んで、梅干し

や天婦羅を料理の合間に”チョイチョイ”と口にはこんでいま

したからそんなものも食したのでしょうね、多分!

 …ということで、あなたが小学校6年生だったのでしょうか?

あなたの匂いはとても個性的且つ強烈でございましたよ。”飛

ぶ鳥を落とす勢い”という諺がありますが、まさしくあなたの匂

いは飛んでいる蝿を”ハエ〜”と落としました。そして、ゴキブ

リも…。

 どうかあなたを大好きな父親の忠告をいま心を空しゅうして

お聞きください。新婚間もないのだからどうか、あなたの強烈

な匂いをくれぐれも夫の米ctanには知られないようにしてくだ

さい。少なくとも5年間ぐらいは耐えに耐えてください。

 やがて、全知全能の大いなる神の恩恵と心優しき時の経

過により、あなたの米ctanは慢性蓄膿症かヘモグロビン欠乏

症かなんか知りませんが、あなたの匂いに慣れてしまうことで

ありましょう。

 それがあなたの育ちの良さを知らしめる唯一の手段であり

、由緒ある当楽天家の名誉を守る術である。

 我が愛する娘太希子や、どうかあなたの上品なママを真似

て頑張ってください。

 結婚して30年経ったのが原因か、はたまた小生のことを

”ヘ”とも思わなくなったのが結果であるのかは知る由もなく…

 わっはっはっは〜 人生とは深遠且つ神聖なものなり。

可愛い太希子や、耐えに耐えろや!家風や思想や志など、

いろんな異論(ウン・ウン上手いぞ)は気にせずともよろしい。

 とにかく、あなたの素晴らしいママを見習って頑張ってくだ

さい。

 では、さらばじゃ〜、明日はママの可愛い手紙である。

わっはっはっはっは〜 今日もご機嫌、ビ〜ルが美味い!

 お陀仏楽天J・Dガバチョ・ピ〜ヒョロロ居士でございました。

なぜか、どんそん小生の名前が長くなってくるのが嬉しい! 




    2002年8月28日(水)
 
   おじいちゃん・おばあちゃん

   父ちゃんママ・ゆっP・みっP                      


 お元気ですか〜?私はとっても元気だヨ〜ン!

毎日のお昼寝もマンガも馬鹿なT・Vもキチンと守ってま

〜す。いつもの生活習慣が健康の秘訣!! エヘッ!

 今日は雨降り、雨の匂いって面白かね〜。だから、今日

は匂い探しの話しをするね。

 この間町を歩いていると、どこからか父ちゃんのパイプの

匂いがホンワカ漂ってきた。正体を突き止めようと歩いてい

たら、ドンジャラドンジャラのパチンコ店が見えてきた。

 ”あれれ〜”ここから急におじいちゃんの匂いに変身!!

懐かしいボンタン飴と勝利のアイスのお土産を思い出しな

がら歩いていると、いつの間にか裏道へ来てたみたい。

 ”ジャ〜ジャ〜”ってゴマを炒る音とともにおばあちゃんの

匂いがしてきた。

 ふと、視線を感じて振りかえるとそこには(やす「美希子の

ボーイフレンド」に会うときみたいにお洒落して笑顔の)みき

ちゃんが! 「みっP〜」と、声をかけると、それは壁に貼ら

れた広告ポスターのモデル。

 おじいちゃんとおばあちゃんと父ちゃんとみっPが、近くに

いるような不思議なほんわか気分で曲がり角へ…。

 すると「ハイッ、ハイッ」というゆっPの元気な声がしてきた。

「ウッソ〜」と思いながら大きな窓からのぞいてみると、リズム

にのって身体を動かす軍団がいてそこはスポ〜ツジム。

 ポニ〜するゆっPはいなかったけど、ゆっPを見たような気

がしてルンルン♪

 「あっつ、買い物ば忘れとった。お肌が乾燥するので化粧

水ば買わんばっ!」慌ててひき返し買い物をして、夕食を作

りながらつまみ食いをしながら米chanの帰りを待つ。

            以下 アシタ の オヨヨなのです

  ・・・      ・・・      ・・・

 え〜と、大好きなみなさん。わっはっはっはっは〜…

上記は勿論裏切り太希子の手紙なのです。”長幼の序”に

したがって、母親である万里ちゃんの方から先に書かせて

頂くべきかどうか…と、ビ〜ル一本飲む時間悩みましたが、

ここは一応可愛いタンゴロリンの昔懐かしい夢か現かの報

告を先にすることにしました。


 だって、保育園から帰って来た時にも、今朝見た夢を語っ

てくれる時にも、彼女の物語は最後の最後まで神秘的で愛

らしくて聞くものの心をワクワクさせてくれたのです。小生の

可愛い太希子は本当の童女だったのです。

 そして、いまも… …

小生は涙の父ちゃんなのです。可愛い太希子や!




    2002年8月27日(火)
 
       雲仙旅行                 


 子供の頃にはサザエさんが大好きで、「たきちゃんも大人

になったらサザエさんのように父ちゃんやママと一緒に住み

たい!」と言ってたくせに、裏切り太希子めが!

 結婚して神奈川県の茅ヶ崎に行ってしまったので、子離れ

のできない小生は「オヨヨ・オヨヨ」と、サッポロジャイアンツ

を抱きしめて泣くばかりである。

 幸いにして夫の米ちゃんは色こそ黒いが(関係ございませ

んが)優しくしてくれるらしく、毎日を結婚前のように、アホな

テレビや漫画や昼寝、そして米ちゃんの休日には一緒にサ

〜フィンと、規則正しい生活をしているようである。花嫁の父

としては真に喜ぶべきことである。

 話しは変わるが、先日妹の恵風子が足柄山からやってき

て、ご先祖さんと愛妻を雲仙一泊旅行に招待してくれたので

ある。

 奉仕の精神旺盛なる小生は無報酬で運転手としての任務

を頂戴し、長時間にわたって3人のサ〜ビスにあい務めたの

であったが…。あ〜疲れたわい!

 それにしても、「楽天や、あなたが一番の孝行息子です」

とか、「兄ちゃん、お疲れさまでした。ビ〜ルをど〜ぞ〜!」

とか、「あなた〜ん、お背中をお流ししましょうか?」なんぞと、

だ〜れも言わんかったのは一体全体どういう訳であろうか。

”親しき仲にも礼儀あり”を忘れるなんて困ったものだ。プン

プン!

 夕食後、親孝行の小生は、いつもの日課であるご先祖さ

んの肩を、タントンタントントンとおよそ800回余り叩いてか

ら4人揃って雲仙旅館街の散策にでかけた。

 (注) みなさんの中には、「92歳の頑固さんはどうしたの

だろうか?」という当然至極なご質問をお持ちの方もいらっ

しゃるかもしれませんが、頑固さんは頑固に健在なのであ

ります。車酔いが嫌いな頑固さんはいついかなる時にも旅

行が嫌いで、「家が一番良か。」と言って、娘達と留守番し

ながら阪神タイガ〜スを応援しながらストレスを楽しんでい

るのです。…ということで、浴衣とゲタ姿の我々はとみれば、

 例の如く恵風子と愛妻はペチャクチャキョロキョロしておっ

たが、寡黙なる小生は87歳のご先祖さんの手を温めながら

やさしく道案内するのであった。そして心の中で「ああ、我な

がら親孝行であることよ!」と、自画自讃するのでございまし

た。そしてまたこころなしか、すれ違う老若男女すべてが小

生の善行をたたえているかのようでございましたぞ。

   雲仙の湯けむり夜市の母の手や

      往きかうひとみなよき笑顔かな
       
 なお、この雲仙旅行の様子を愛妻が太希子に書いてやっ

たらしく、「父ちゃん、旅行は面白かったげなね〜。ママから

手紙ば貰ろうたとばってん、まるで小学生の日記のごと可愛

かとよ〜」と喜んでたので、万里ちゃんには内緒でコピ〜をと

って送ってもらいました。

 読んでみると、なるほど我が愛妻ながら可愛いので、こっ

そりみなさんにも明日ご紹介させていただきます。

わっはっはっは〜 可愛い妻がいる小生は幸せ者である。

 明日も みんなに いい日で ありますように ! 




    2002年8月26日(月)
 
       アべべさん                 


 「ヤッホ〜いや〜大好きなみなさん、お元気でしょうか?」

という小生の挨拶も度々となればお恥ずかしい限りでござい

まが、ここはいま一度踏ん張ってキッパリと言い訳は止しまし

ょう。…ということで、「エヘン!」…話題をそらす。

 え〜と、大好きなみなさん何を隠しましょう、実は本日”か

たろう大学院”で勉強した帰りに気の合った方々とご一緒に

二次会に行った訳でございます。

 そしたらその場所でですね〜、トロンさんが小生のことを、

「北村西望先生に似てる」と審美眼のおぼゆるままに正直に

仰ったのです。…と、その言葉を受けて、かの温厚誠実・謹

厳実直・和敬静寂なアベベさんが「うん・うんよ〜く似てる」

と、認めてくださったのですぞ。

 当地域ナンバー1の銀行の部長さんであるアべべさんが、

小生のことを畏れ多くも北村西望先生に似ていると言って保

証人となって下さったのです。”ヤッホ〜” 小生は気分がよく

て嬉しくてビ〜ルが美味しかったことです。

 と、ところがまたまた嬉しかったのですぞ。小生尊敬すると

ころの先述のインテリ紳士のアベベさんが小生の「楽天日記

を見ている」と言ってくれたのです。

 「ヤッホッホ〜」酔いと喜びは千路に乱れて「ヤッホッホ〜」

「でも、最近怠けてしまってですね〜」と言った小生に対して

氏は優しく次のように仰ったのです。

 ところで知る人ぞ知る、みなさんご存知の如く、小生の清

濁併せ呑む、但し”3秒たったら忘れる、寝たら忘れる”の人

生哲学ゆへに「一筆御願いできましょうか?」の懇願に対し

てアベベさんはいとも容易く以下の言葉を書いてくれたの

です。

1 楽天さんの文章には愛の心があるから大好きです。HP

  楽しみに見ています。

2 いつもいつも緊張ばかりでは人の心の襞にはふれられま

  せん。時にはずる休みも大切なことです。

3 ガバチョさんに洋服を作ってもらいたいので、今度お邪

  魔します。男のスーツは鎧・カブト?…

 と、アベベさんが書いてくれたところで、「カブトという漢字

は?」とかなんとか外野席も含めての論争が始まってしまっ

たのですが、結局帰ってきて辞書を開いたらアベベさんの

言うとうり、”甲”という文字で良かったのですね。もっとも、

”兜”と言う漢字もありましたが…

 ともあれ、アベベさんの称賛の言葉にいい気持ちになって 
帰ってきてこの日記をつけています。嬉しいアべべさん、

小生またこの楽天日記を楽しみながら続けることにします。

 それにしても、”褒める”ということは大切なことだな〜と、

実感した次第です。

 小生が提唱したところの、かの有名無実なる

”日本褒め合い運動会”の初代総裁には、アベベさんこそ

相応しいのではないか、いまこそ本当に行動を起こすべき

時期が到来したのではなかろうかと思うのです。

アベベさん、ご一緒に幸せと喜びの種まき運動を如何!?

 明日がアベベさんに良い日でありますように!

お互いの二日酔いがほどほどでありますように!

明日も日記をつけることができますように!

わっはっはっは〜 うん・うん気分は上々

わっはっはっは〜

 久し振り上機嫌の ぴ〜ひょろろ であった。




    2002年8月14日(水)
 
   楽天家恒例(高齢)の海水浴                 


 いや〜 わっはっはっはっはっは〜

大好きなみなさんお久し振りでございましたが、その後お変

わりございませんでしょうか?

ビ〜ルを飲みすぎてお腹が出ましたか?今年も夏痩せに失

敗しましたか?いや〜お懐かしい限りでございます。ハイ!

 いや〜長い間のご無沙汰を心からお詫び申し上げます。

この季節になりますといつも、半世紀も昔のご先祖さんの口

癖である「夏休みの宿題は?日記は?」とか、「継続は力なり

」とか「三つ子の魂百まで」とかの言葉が思い出されまして、

もう本当に身につまされるのです。

 62歳になった現在、いや〜「親の意見となすびの花は…」

なんぞの諺を思い出して臍を噛むのです。いや、現在進行

形なのであります。…が、が、が、もういいでしょう!というこ

とで…

 さ〜て、暗い話や自分に都合の悪い話は止めて”パ〜”と

明るく行きましょう!というので、今日は先月の7月28日に

続いて今年2回目の楽天家族恒例の海水浴のお話をいたし

ましょう。

 先月は太希子が結婚後2月振りに帰ってきたので、太希子

が生まれて以来ず〜と続けてきたように、妻と娘3人の計5人

で高浜海水浴場に行く予定であったが、米ちゃん(婿)の家

庭の事情で太希子が参加できなくなったので、これまた恒例

の如く存在感の熊さんと出掛けたのであった。

 さ〜て、今日は何処に行こうかと車に乗ろうとしたところに

(我が家は走りながら目的地を決定する家風なのである)、

ちょうどお客様が見えてちょっと遅くなったら、優希はサッサ

とアスレチックに出掛けてしまった。(あ〜あ〜昔は優柔不断

で可愛かったのに〜!)

 美希子は美希子でサッサとボ〜イフレンドと出掛けてしまっ

たのである。(あ〜あ〜、あんなに甘えっ子だったのに〜!)

 仕方がないので「エ〜ン・エ〜ン」 と、泣きながら愛妻と二

人で出掛けようかとも思ったが、いくらおしどり夫婦で恋愛中

とはいへ、62歳と58歳の今日、結婚以来こんなに年を食ら

ってから二人だけで海に行ったことはなかったのでちょっぴ

り照れくさくなって「母ちゃんも行かんね〜」と声を掛けたとこ

ろ、好奇心旺盛的デベソ根性精神のご先祖さんが「行く・行

く」と、ついてきてくれたので助かったのである。

 昔は多かった茂木の海水浴場も夕方とあっては閑散として

いたよ。犬を連れた子供が二人波打ち際を声立てて走り廻っ

ていたよ。

 ご先祖さんは砂浜に座り、嬉しそうに「茂木は懐かしいね〜」

と遠い海を眺めながら追憶にひたっていたよ。

 ママはいつものようにスカ〜トの裾をめくって、可愛い大根

足で”チョ,チョ,チョ”とひとりで波打ち際で戯れたり、いつも

のようにきれいな貝殻や白い石を拾っていましたよ。

 ああ、そうだ。美希子や、父ちゃんたちを見捨てて行ったあ

なたのボ〜イフレンドは”白い石”君だったんだね。父ちゃん

は夕日のあまりの眩しさに一人涙ぐんでいたんですよ。

 いつまでも、子離れの出来ない小生であった。でも、優しく

明るく元気なご先祖さんがいて幸せだな〜と、人知れず涙を

ぬぐうぴ〜ひょろろでした。

 ところで、この頃高校野球に熱中していた頑固さんでした

が流石に腹が減ったらしく、我々が帰った時に「だ〜いもお

らんでなんばしよったとか?!」と怒っていたのが男らしかっ

たですよ。

 可愛い娘達よ、久し振りに夏休みの宿題を思い出した

お陀仏楽天 ぴ〜ひょろろ J・Dガバチョ 父ちゃんでした。

 でも、考えてみますと、ご先祖さん87歳父ちゃん62歳マ

マ58歳の合計207歳で、平均年令の69歳という海水浴を

ギネスブックに申し込んでみようかと思っている昨今です。

 わっはっはっは〜 大好きな娘達よ。

来年は、もうちょっとばかり平均年令を下げるべくご協力を

御願いしますと、心の中でソ〜と呟くぴ〜ひょろろでございま

したぞ。わっはっはっは〜




    2002年7月16日(火)
 
        川遊び                 


 白い入道雲がモクモクと湧いてきたかと思うと、あっという

間に夏がやってきた。ヤッホ〜待ちに待ったる青春の夏であ

る。

 昼食後の日課であるご先祖さんの散策、中島川の鯉と鳩

との語らいを終えて帰ってきてからこう言うのである。

「楽天や、中島川で子供達が水遊びをしていたよ!」

「んっ、なになに?」好奇心旺盛なる小生はすっ飛んで行っ

たのである。

 なるほどなるほど、小学一年生くらいであろうか?可愛い

女の子が二人、ジ〜パンとスカ〜トをはいたシャツ姿のまま

で、浅瀬から腰くらいの深さのところまで“チャッポ〜ン“と

飛び降りて遊んでいるではないか。その度に鯉さんたちが

右往左往して逃げまわっているのである。

 いや〜、わっはっはっはっはっは〜愉快愉快!

半世紀前の小生たちは山・川・野原・路地裏などの何処で

でも遊び良く見かけた光景であるが、いや〜このような子供

達を見るのは久し振りである。

 「いや〜元気元気、嬉しいな〜]と、にこにこして眺めてい

たら向こうから日傘をさした上品な奥様がやって来て、小生

の目を辿って子供達を見つけて一瞬“ギョッ”とした顔をし

ながらも素知らぬ顔をして通り過ぎようとしたので、「いや〜

嬉しいですね〜」と声を掛けたら、にっこり笑って「本当です

ね〜」と言いながらも複雑(ウンウン)な顔をして通り過ぎてい

ったのである。

 わっはっはっはっは〜愉快愉快!

その時の、小生らの会話がどのように聞こえたのかは分から

ないが、それからの子供たちの動作がなんとなくぎこちなく

なったのである。

 ん、ん?あっそうか、な〜るほど。小生は永遠のトムソ〜ヤ

症候群人間であるから、子供たちの心がすぐに察しられた

のである。

 ね〜大好きなみなさん、心純粋で冒険心に富んだみなさ

んは覚えがあるでしょう?子供たちは、”アレハダメコレモダ

メ”が口癖の頭の固いダメダメおじさんから怒られないかと思

って心配したのですよね。

 わっはっはっは〜そこで小生は大声でこう叫んだのです。

「お〜い、気持ちがいいか〜楽しいか〜」と、子供たちは

小生を見上げてにっこり笑ってこう言ったのです。

 「う〜ん楽しか〜、面白か〜!」

そして、前よりいっそう元気に”ジャッポ〜ン・ジャッポ〜ン”

と水の中に飛び込んだのです。

 「頑張れよ〜!]わっはっはっはっは〜の小生の笑い声に

答えて、子供たちも大声でこう言って笑ったのです。

「ん〜、頑張る〜!」だって。

 あ〜可笑しかったな〜「ん〜頑張る〜!]だって。

わっはっはっは〜、でも考えてみると、いまの子供たちは可

哀相だなあと思うのです。

 雨降りには水たまりに足をやるのが子供の本能であるし、

カンカンがあれば蹴飛ばすのが元気な証拠であるし、水を

見たら懐かしくなるのは、何億年も昔からエイエイとして流れ

ている祖先の血の繋がりであるからそれが当然なのである。

 そのように大切な子供の冒険心をないがしろにするような

”アレダメコレダメ”の親や先生や大人は子供を生む資格も

教育する資格もないのである。

 今日の子供たちは、ひょっとしたら足を怪我するかもしれな

いし、家に帰ってからお母さんに叱られるかもしれない。

しかし、子供たちは経験と失敗から学んでいくのである。

 先刻出会った大好きな冒険好きな若い友人達よ。どうか、

今日の楽しく面白い経験を糧として大きく成長しておくれ!

あなたがたが大人になった時に、くれぐれもアレダメコレダメ

人間にならないように、多くの人と出会っていろんな経験をし

て心の広い人間になって欲しい、既製品人間になりませんよ

うに!

 と、心から願うぴ〜ひょろろおじさんでございましたぞ。
 




    2002年7月15日(月)
 
        台風                 


 先日からみんなが「台風が来る、台風が来る」と言って

騒いでいたが、小生はみなさんご存知の如く新聞テレビは

大嫌い人間であるからなにも知らなかったのである。

 「来る・来る・来る!」と言って騒いでいたが結局長崎には

来んかったらしい。

”小生宅には来たぞ〜”、かののらくろ台風が…

 のらくろ台風の特長はビ〜ルを山ほど飲むことであり、ナイ

ル川のようなオシッコをすることである。

 そしてこれは内緒であるが、数刻後に山ほど通風の薬を

飲むという情けない体たらくなのである。ああ、情けなや情け

なや!

 傍若無人・無銭飲食・付和雷同・朝令暮改・支離滅裂など

等、彼を褒め称える言葉は山ほどあるが小生は言うまいっ!

 何故と仰るか?紳士淑女よ武士よ!

ビコ〜ズ、現在は小生は嘘を吐きたくないからである!

のらくろが帰って小生は睡眠不足と食いすぎや飲みすぎで、

もうフラフラなのである。では、寝ることにする!

 オットットット〜その前に、奴さんに隠しておいた冷えた美

味しいビ〜ルを飲まなくッちゃ〜!まったく、のらくろときたら

油断も隙もないいんだから〜

 わっはっはっはっは〜

ではみなさん、明日が平穏無事でありますように!




    2002年7月14日(日)
 
       ハトポッポ                 


 小生の尊敬する87才のご先祖さんは足の裏と腰が痛い

のであるが、毎日我が家の炊事洗濯をしてくれるのです。

 そして、気のおもむくままに中島川周辺を杖をたよりに散歩

するのが日課なのです。

 「♪ポッポッポ〜 ハトポッポ〜♪」と、歌いながら機嫌良く

出掛けるのです。そしてご先祖さんの手にはいつもしっかり

と、鳩ポッポようの煎り豆と鯉に食べさせるパンくずを持って

いるのです。

 半年ほど前には腰痛で入院していたので、「大丈夫かな

〜」と心配はするのですが、自分の心もとなく思った時には

「万里子さん、お願い!」と言って、愛妻の手を借りて一緒

に出掛けるので「母ちゃん行ってらっっしゃ〜い!」と、にこ

にこ笑って見送るのも孝行のうちと思っているのである。

 あれはいつのことだったのでしょうか?

帰ってきたご先祖さんが「楽天や、不思議なことがあって

ね〜、鯉にパンくずばやりよったらいつの間にか電線にい

っぱい鳩の留まってウチ(私)ば見とっとよ。あれは10羽以

上おったよ、不思議かね〜」と、言うので思わず吹き出してし

まったのです。

 わっはっはっはっは〜「あのね〜母ちゃん、そいは母ちゃ

んが鯉にやいよるパンくずが欲しかったとやかね〜」と申し

ましたところ、「そいは鳩さんに悪かことばしたね〜」と言って

翌日から豆を煎って持って行くようになったのです。

 小生のご先祖さんの手料理は美味しいのですぞ。鳩さん

もさぞかし喜んでいることでしょうね。

 ご先祖さんが散歩から帰ってきて、鯉さんと鳩ポッポの様子

を聞くのが楽しみです。ご先祖さんはニコニコして話します。

 頑固さんも愛妻も小生も、ご先祖さんの散歩に行くのが楽

しみで帰ってくるのが楽しみです。

 鯉さんも鳩さんも含めてすべてのことに感謝します。

ありがとうございます。

 明日が皆さんに笑顔の多い日でありますように!




    2002年7月13日(土)
 
      ご愛顧を賜わる                 


 15年前に、のらくろ君の紹介で洋服を作ってくださった

福岡の下田様ご夫妻が、その後当店のご洋服をお気に召し

て頂いたらしく、お蔭様でず〜とご愛顧を頂戴しているので

すが、今日はその仮縫いにお見えになられたのです。

 いつもながら、遠〜い福岡からわざわざ何時間も掛けてお

出で頂くのであるから本当に商売冥利に尽きるのです。あ

りがたいお客様なのです。

 ところでこの下田さんというお方はとても仲の良いご夫婦

でございまして、ご主人は温厚実直でユ〜モアのセンスに

富んだ紳士であり、奥様は明眸皓歯で若き日のジュ〜ン・ア

リスンを彷彿とさせるのです。

 仮縫いが済んでから、長崎一(のらくろが言った)の中華料

理屋や当店の応接室で、頑固さんやのらくろ君や熊五郎君

や愛妻とみ〜んなで楽しいひとときを過ごしたのですが、その

時の会話の内容は以下の通りです。

@ お見合いをなさったお嬢さんが、先方(助教授)はとて

も良い人柄で当方を気に入って下さっているのに、お嬢さん

が煮え切らないのに業を煮やして思わず「この一両日にハッ

キリしなさい!」

A 2か月後、海外旅行の準備をしているお嬢さんに向かっ

て「ケジメも付けてないのに行ったら駄目っ!」

B ご主人の方が先にお帰りになって、奥様が後から帰宅さ

れた時のことです「私の顔を見た途端に食卓に座るんです

からも〜、私は魔法使いではありませんよ!」

C 「天婦羅を揚げているそばから、箸を伸ばして食べてし

まうんですからも〜」

D のらくろ君の話しによると、奥様の実家は広大な土地を

持っており、奥様は日曜度ごとにお母さまのお見舞いに出か

られていらっしゃるそうです。

 お母さまは、何年か前に新築の家を建てられた弟さん御

家族とご一緒に住んでいらっしゃるそうですが、その下の土

地で、昔奥様が幼少の頃を過ごした62年前に建てた立派な

生家を、さる料亭が譲ってもらって営業しているそうです。

 「楽天さん、今度絶対にあなたの奥さんと熊五郎さんと一

緒にこんば良かんですよ。私の育った懐かしい家も見てもら

いたいし、料理も絶対美味しかとですけんね」               
 
…というような奥様のお話しの後の一言ずつです。

      『ご主人』

 「天婦羅は熱かうちが旨かもんね〜。そいから、あんたは

その料理屋の仲居さんに雇うてもろうたら良かくさ。接待の

上手やっけんくさ!(博多弁?)」

      『お嬢さん』

 テレビで”パラサイトシングル”のニュ〜スを一緒に見ていた

両親に、「ウチも結婚せろ結婚せろって責めらるっけん、も〜

パラサイトシングルばやめてマンションを買って独立しようか

しら!」  

      『小生』

 「のらくろ君や、奥様が福岡に出てくるようにとせっかく仰っ

てくださるんだから、貴君も福岡で同級生の中村か誰か騙か

して注文の1着ぐらい取っとけ!そしたら楽しみのあいやっ

か〜」

 … というような楽しい会話のひとときを過ごしたのでござ

いますが、翌日のことでございます。”リ〜ン・リ〜ン”といか

にも音の良い電話が掛かったのでございます。

 「もしもし、楽天さんですか?昨日はお世話になりました。

あれから実家に帰っていろんな話しをしていたら、弟が

”そんなら、僕が洋服ば作ろうか?”って言いましたので、絶

対に来て下さいよ!」

 わっはっはっは〜 なんたることだ わっはっはっは〜

”瓢箪から駒”とはまさしくこのことであろうか!?

流石に”育ちが良い”と言うのでしょうか、”良家の出”の人

々はスマ〜トだな〜と感心したのでございます。

 なんでも言ってみるものだ。なんでもやってみるもんだ。

の、意を強くしたお陀仏楽天ぴ〜ひょろろでございました。

 ちなみに、世界中に何億の人間が住んいるのか知りませ

んが、のらくろ君を褒めて下さるのはこの素敵な奥様ただ

一人なのです。

 そしてまた、欠点だらけの小生の何処を気に入って頂いた

のかは存知ませんが、尊敬する下田様ご夫妻のご愛顧を頂

戴するころは小田楽天にとって身に余る光栄でございます。

 ありがとうございます。これからも、のらくろと熊五郎とぴ〜

ひょろろのオチコボレ3人組をよろしくお願い申し上げます。
 




    2002年7月12日(金)
 
     夢豊会誌復刊               


 福岡ののらくろ君が、久し振りにやる気を出して「夢豊会

誌を出す」というので、彼の気が変わらないうちにと“それっ

つ!”とばかり原稿を送ったところ、明日の例会に合わせて

版下を持ってきた。

 彼の特長である興奮状態にあるらしく、ハアハア息を弾ま

せているので急いでプリンテイングセンタ〜に連れて行った

ところ、係りのお嬢さんにコピ〜機の操作を教えてもらいな

がら必死に頑張っているのである。

 小生が機械音痴であることは衆人の認めていることではあ

るし、のらくろ君も一切頼りにしてないので♪ハハ、のんきだ

ね〜♪と気楽なものである。

 冷房のよ〜く効いた事務所のソフア〜にゆっくり座って、の

らくろ君の仕事を監督しているうちにいつの間にかウトウトと

眠ってしまったのである。

 最近、仕事以外のことで(いつものことであるが)疲れてい

たのでしょうか、もう本当にグッスリと天国に行ってたのです。

ア〜〜、気持ちの良かったぁ〜。

 ふと目が覚めて時計を見上げると、ナントナント2時間も経

っているではないか。

 そしてまたのらくろ君はとみれば、先刻と同じ姿勢同じ態度

でブツブツ呟きながら作業しているのである。

 「原稿の一枚足らん」・「一枚多すぎる」・「おかしかおかしか

なんか分からんばってんおかしか?」・「畜生畜生!」…

 ブツブツブツブツ、“ふあ〜”やっと終わった〜。

「こげん難しかとは久し振りやったばいっ!」

 どうやら、この2時間数十分はのらくろ君にとっては

”困難な白昼夢”であったらしい。小生にとっては、まさしく心

安らげる「簡単(邯鄲)の夢」であったわい!

わっはっはっはっは〜  わっはっはっはっは〜

 なおこの後駐車場において、駐車券を紛失したのらくろ君

は駐車場のおじさんからのキツ〜イ叱責が待っていようとは

夢にも思っておりませんでしたぞ。 わっはっはっは〜

 さて、明日ののらくろ君の運命や如何に!?

現在、掛けつけてきた熊五郎君と一緒に、必死に製本作業

中なのでございます。

 頑張れよ、のらくろ君に熊五郎君のオチコボレ二人組よ!

わっはっはっは〜 わっはっはっは〜

 嬉しいな〜5年振りの夢豊会誌、投稿した人は喜ぶぞ〜。

 『第25巻第3号通巻175号 』 に乞うご期待なのです!




    2002年7月11日(木)
 
     頑固さんの心意気           


 自らを八幡町のダンデイと称する小生の頑固さんが、2・3

年前から洋服を新調しなくなったのである。

 「父ちゃん、こいは良か色よ〜柄も良かし作らんね」と、薦

めても「いや〜、もうあと何年生きっか分からんとにどげんす

っか。止めとく!」

 と言って首を縦に振らなかった頑固さんが、先日なにを

思ったのか、「こいは良か柄ね〜」と、盛夏用の服地を褒め

ていたので「本当ね〜こん生地は軽かごたっし、作ってみれ

ば〜」とさり気なく勧めたところ「よ〜し作ってみるか〜」と言

ったのでビックリしてしまった。

 表に出て日の光で見たリ、肩に掛けてみたりしながら至極

ご満悦の様子である。

 しばらくして「そんかわり条件のあっとぞ〜」と言い出した

ので「なんね、一体!」と聞いたところ、「縫い代ばいっぱい

付けとけよ」とのご命令である。

 どういう訳かと問い質したところ、いや〜わっはっはっは〜

の大笑いであった。

 常日頃は120才まで生きるというのが口癖のくせに、ここ

暫く作らなかったのは、自分に万一のことがあった時に形見

に着てくれる人がいないのを心配していたらしいのである。

 それが先日から、可愛い孫娘の路子の旦那さんの勝男君

と会う度ごとに親しみを増して、「路子も良か婿さんで良かっ

た良かった」と言ってたのであるが、ナントナントその勝男君

の体型が自分に近いことから思いついた発想らしい。

 いや〜、勝男君ありがとう。我が家の大切な人間国宝の

頑固さんに将来なにかあった時には、よろしくお願いします

ね。いま制作中であるが、久々の八幡町のダンデイ復活で

ある。

 ♪ 青い背広で〜 心も軽く〜 ♪

お洒落なブレザ〜上下を着た92才の嬉しそうな顔が目に

浮かぶのである。

 ありがとう勝男君路子、わっはっはっはっはっはっは〜




    2002年7月10日(水)
 
       なにごとも           


 ある日ある時のある情景と思し召し下さい。

音浴博物館のE・T氏がふと言ったのです。

 レコ〜ドを5,000枚8,000枚と集め始めた時には大

変な苦労でしたが、50,000枚80,000枚となったら

もう 「あっつ!」という間に100,000枚突破しましたよ。

 それもこの何か月の間にですよ…

「我ながら、ビックリしました!」と感慨深そうに振り返っ

たのです。

 …と、その言葉を受けて某銀行部長の温厚なアベベ

氏がポツリと、こう言ったのです。

 「お金も同じですよ…!」の言葉に、居合わせた仲間

が一瞬、「…ん、ん、んんん?」と、息を飲んで顔を見合

わせたのですが、「な〜るほどね〜」と、全員が納得した

のでございます。

 そうですよね〜みなさん。考えてみればお金という奴は、

1年365日を我々のように漠然と過ごしていても貯まるわ

けがないのです。やはり、何事にも目的意識がいるのですよね。


「絶対にお金を貯める!」という確固たる信念のない人間

にお金が貯まるわけがないのです。

 ”世の為人の為”等など、人格者にふさわしい高尚なる

目的意識を持っている人物や、”今月今夜”の間貫一とか、

クリスマスキャロルのスクル〜ジ爺さんみたいにですね。

 そして、ある程度お金が溜まるというか、金持ちになると

次々にいろんな人や情報が集まってきてますます金持ちに

なる、というような仕組みになっているのでしょうね。

 アハハハハハ…

(ナニニツケテモ中途半端人間の自嘲なのでございますぞ)

 何事も目的を完遂するのは、己自身との闘いであり継続

する努力であり吝嗇漢精神である。それだけが己の道を全

うし、人生の意義を追求するものの・・・

 ”レレレ〜?オヨヨのオヨヨ〜”…ナンダナンダナンダ?

またしても、意味もなく難しい言葉を無理して使い始め

たところをみると、「はは〜ん」小生少々酩酊し始めたよう

でござるぞ。

 わっはっはっはっは〜でも、止す時には止す。飲む時

には飲む。…というけじめが男には大切であるから…

なにしろ、小生は天下の”小田引水”大先生なのである。

新しいビ〜ルを持ってきましたぞ〜わっはっはっは〜。

 ところで、突然カズちゃんを思い出した。

彼は知る人ぞ知る”ちびっこ創作村”のオ〜ナ〜である。

2・30年前から青空の下で、そしてまた大自然の中で、

多くの人々と”共に人生のひとときを過ごしたい”という発想

から、自分の広い土地を解放していろんな人に喜ばれてい

るのであるが、ある時五右衛門風呂を集め始めたのである。

その彼がいみじくも述べた言の葉をどうかお聞き召されい。

 「あのね〜楽天さんみんなに喜んでもらおうと思って五右

衛門風呂ば探して何年経ったて思いますか?もう何十年

ですよ。

 最初の10年20年は”集めたい集めたい”の願いばっか

りでアッチ行ったりコッチ行ったりして、頭ば下げて廻った

とですばってんあんまり効果の無かったとですよ。

 ところがある日突然変わったとですね〜。

ボクの噂ば聞いて、五島や島原やもう何処からでも『要らん

か〜要らんか〜?』て、問い合わせのあっとですよね〜。

 もう要らんとですばってん。いや〜人間言い続けること

がどげん大切かて言うことのよ〜分かりましたばい!」

   ・・・     ・・・     ・・・

 という逸話を聞いて賢明なる(酔っ払ってるけど)小生

は、”ハッタっ〜!”と、閃いたのでござるぞ。

 自分の信念・想い・哲学(偉そうに言ってお許しください)

理想などは、絶対に言い続け為し続けるべきであること

を…!

    ・・・       ・・・      ・・・

 ということで、酔っ払ってはいるが賢明なる小生は

「続けないといかんのである。人間続けないといかんのであ

る。いかんながら方言が多いのが欠点なのはいかんである

が、小生は、否賢明なる読者はは続けないといかんのであ

る。
   
 酔っ払ったら、”クドイ〜”と言われるのが小生の真骨頂で

あるが、誰にも知られざる小生の真骨頂(素顔)をお見せしよ

うではないか!。

   ・・・     ・・・      ・・・

 心の 美しい人が 好きです

 優しい 人が 好きです

 なかじっか 図体が

 太く 生まれたせいで

 生意気そうに 見えるけど

 本当は 生意気なんです

  あれ…? 

 酔っ払っちゃった〜

 本当は 生意気そうだけど

 ちょっぴりシャイなのです

  あれ〜…?

 なにを言いたかったのかな〜

 あっつ! そうだっつ!

 ボクは 心の美しか人が好きだ って !

 ボクは 優しい人が好きだって !

 言いたかったのです

 残りの 人生 最初の 一日を

 正直に 親切に 愉快に 

 生きたいって!

 良い人と 会いたいって!

 『 この想いを、続けなくては 』

 と想ったのです。
 
 …では 

 ”グッド ナイト”

 大好きなみなさん

 おやすみなさい〜
 
 わっはっはっはっはっは〜




    2002年7月9日(火)
 
      答えとお詫び           


 いや〜 わっはっはっは〜

「大好きなみなさんおはようございま〜す。昨夜はグッスリお

寝みでございましたか〜」…トサリゲナクトウジョウ…

 「昨日のアンパンマンさんの返信ハガキの謎はお解けにな

りましたでしょうか?えっ、解けた!いや〜凄いそれは凄い!

是非小生にも教えてください。

 いや〜実はですね〜恥ずかしながら、小生の場合はです

ね〜、アンパンマンさんの住所を間違って書いていたのです

よ。

 それで、郵便局から戻ってきていたのだそうです。そこで

小生の愛妻が宛て名を書き直すついでに、往信返信双方

の間違いをパソコン様で打ち直して投函していたそうなんで

す。

 いや〜可笑しいですね〜わっはっはっは〜〜〜」

 「なに?可笑しくない…!?」

「スミマセンスミマセンスミマセンスミマセン」…と謝る楽天でございまし

た。

 「それにしても、なにか新しい答えを考え出した人がいらっ

しゃいましたら是非ご伝授くださいね」

 わっはっはっは〜 え〜と、お詫びの印に小生が今日生ま

れて始めて、パソコン教室に行って習ってきた成果をお見

せしますのでお許しくださいね。


   お陀仏楽天

   お陀仏楽天

   お陀仏楽天

   トホホ…  畜生め〜、 この下の線が取れない!

 
    どんなに 「あっ 取れたっ !」

   名前も

   あと3つの書き方を習ったのに !

   もう 出来ない !

 楕円形や 色や 枠の移動も 習ったのに 出来たのに
  
 もう 出来ない ! オヨヨオヨヨ〜

   の ぴ〜ひょろろ でございました 。

 亀ッち先生もどら衛門さんもみ〜んな偉いっ!

        小生は もう 寝ます 泣き寝入りです。

             オヨヨオヨヨ です 。 




    2002年7月8日(月)
 
    返信ハガキの不思議           


 ワ〜ルドユ〜モアクラブの7月例会案内に往復ハガキを

出したが、印刷間違いで返信欄に小生の”ゴチャゴチャ”

した文章が書いてあったので、愛妻に頼んで余白にお詫び

をこのように書いて出してもらった。

 「印刷ミスしました。みなさん、フワックスで返信をお願いしま

す。…ミス小田です。」

 と、書いて出したので大部分の方からフワックスで送られて

きたのであったが、なんとなんと流石はユ〜モアクラブの猛

者揃いである。4人の方からはそれぞれ違った4つの方法で

ハガキで返信が届いたのである。

 さて、ここでナゾナゾ…。この4人の方々はどのような方法

でハガキに返信を書くことが出来たか?頭の体操と思って

10分間で答えを見つけてください。10分考えても答えが分

からない方は下の方をご覧ください。

 でも、なるべく自分で考えてくださいね。ハイ



   ・・・     ・・・     ・・・




@ スカ〜レットさん 小生のゴチャゴチャの余白に書いた。

A GoーBeさん 自分の宛て名を消して小生の住所と名前

           を書き直した。

B のぶちゃん  小生の宛て名はそのままで、返信欄の面

           が表になるようにしてハガキを2枚くっ付け

           た。(流石に柔軟なる教授!)

C アンパンマンさん 普通の返信用ハガキの返信欄に

              ごく普通の方法で書いてあった。

 さて、ここからもう一度チャレンジしてください。

アンパンマンさんは、どうしてこのようなことが出来たか?

 小生も一晩考えてやっと分かったのである。大好きなみな

さんも一晩お考えください。

 ちょっと古いですが、答えは「あッと、驚くタメゴロウ。明日の

こころだ〜〜〜 わっはっはっはっは〜」




    2002年7月7日(日)
 
      美希子の心           


 「ただいま〜」と、背筋をシャンと伸ばして颯爽とレデイの

美希子が帰って来たのである。キラキラと輝く瞳でとても嬉し

そうなのです。

 「あのね〜ボ〜ナスの出たとさ。ね〜父ちゃんは何が良か

?」と聞くのである。

 「良かったね〜そしてありがとう、そいばってん父ちゃんは

何でも持っとるけんね〜良かばい父の日や誕生日にもいっ

ぱい貰っとっけん」

 「だ〜め、何か言わんば駄目。折角、美希ちゃんがボ〜ナ

スば貰うたとやっけん何か言わんば駄目!そいから相談の

あっとばってん、おじいちゃんは何が良かろうか?最近はゴ

ルフも行かんしね〜。そいからおばあちゃんは何が良かろう

か?おばあちゃんはお金ばやったちゃ〜使わんもんね〜」と

言って可愛い美希子は”ホ〜”と溜め息をついたのである。

 嗚呼、なんという可愛い美希子であることか。

小学生の頃に、赤いほっぺたでランドセルを”ユッサユッサ”

とせ背中で揺すりながら、「父ちゃん、あのしゃあのしゃ〜百

点やったとばい!」と、誇らしげに帰ってきた姿がまるで昨日

のように思い出されるのです。

 可愛い美希子や、あなたはこれまでにどれほど多くの幸せ

を私達に与えてくれたのでしょうか。ありがとうありがとう美希

子や!

 というような会話があってから、「父ちゃんは恵風子からいっ

ぱいビ〜ルば贈ってもらったけん」と謙虚な小生に対して、

 「恵風子おばちゃんのはゆっくり飲まんね。美希ちゃんはち

がうビ〜ルば買うてやっけん!」という薦め上手の美希子に

負けて、ビ〜ルを10本と小生の好きな漫画家の単行本を16

冊もプレゼントしてもらったのです。

 ああ、なんという親孝行な美希子であることか!

その夜、ママと相談して決めたそうですが、おじいちゃん・お

ばあちゃんにはママや優希や父ちゃんや一緒に、家族ぐる

みで何処かの夕食会に招待してくれるそうでね。

 美希子や、あなたがこのように感謝の心を持ち優しいのは

どうしてだか父ちゃんは知っているのですよ。

 だってねえ、あなたは末の娘として全ての人から可愛がら

れてきたんですよね。おじいちゃんおばあちゃんは、父ちゃ

んがあなたを叱るたびに怒っていたし、ママはいつもあなた

の味方だったし、まあそういうことですね。

 そして、父ちゃんが一番に嬉しく感心するのはあなた方3

人娘の仲が良いことですよ。そして、それは長女の優希の

お陰であり太希姉ちゃんのお陰であることを、あなたは”キチ

ン”と知っているのがあなたの素晴らしい長所だと思うのです

よ。

 どうかいつまでも、いまあなたが持っている”感謝の心”を

忘れないように!…と、父ちゃんは思うのです。

 大好きな美希子が心身ともに”すくすく”と育って、笑顔と

礼儀と感謝の心を持ちつづけていることを感謝します。

ありがとうございました。

     美希子や ありがとう!




    2002年7月6日(土)
 
      おしどり虚無僧           


 長崎伝習所の「わが町の達人・名人さがし塾」に、特技の

欄に ”虚無僧尺八 松林 清風・歌子”と登録してあり、そ

の説明のコ〜ナ〜にはこのように記してあるのです。

   ・・・     ・・・     ・・・

 尺八の中でも禅行として吹くのが虚無僧曲です。夫婦で

虚無僧行脚をするのは松林清風・歌子さんご夫婦くらいで

しょう。清風さんは他に民謡を、歌子さんは琴と胡弓も教え

て頂けます。

 ご夫婦とも笑顔の明るい人格者で、その仲睦まじいご様子

はまさに比翼連理のお手本みたいな人生の達人名人で、

御夫婦でボランテイア三昧の毎日を楽しんでいらっしゃいま

す。楽しい教えが期待できますよ。

   ・・・      ・・・     ・・・

 …とご紹介してあるのですが、今日昼食後に久し振りに掲

示板を開けると、なんとなんと清風・歌子ご夫妻からのご案内

が昨日入っていたのですね。(ひょっとしたら、メ〜ルも頂戴

したのかもしれませんが、小生あっちこっちからウイルスが入

って消すのが面倒臭いのでこの一月くらい開けてないのです

。どなたか出した方がいらっしゃったらゴメンナサイ。もうチョ

ットして心と時間の余裕が出来てから開けます。また800分

の1なんて表示が出たりしてわっはっはっはっは〜)    

   ・・・       ・・・       ・・・     

 「親子がやすらぐスペ〜ス完成」というタイトルで、”夫婦で

奏でる胡弓と琴と笛のひととき”が午後2時からありますので

「楽天さん、お暇なら来てね!」と書いてあったのです。

 「お〜危ないところであったわいっ」 ウンウンウンウン よしっ!

と、お客様に仮縫い時間の変更をお願いしたところ快くOK

の返事、よしっ!やり掛けの仕事を職人と打ち合わせて、

「そ〜れ」と、駆けつけましたぞ。

 まあ、小生が気付くのが遅れたおかげでやっとこどっこいの

時間らしく、受付で「もうすぐ終わりますが」と言われて気の

毒そうにプログラムを頂戴しました。急いで会場の部屋に入

ったとこ気の良さそうな善男善女がいっぱい笑っていらっしゃ

いましたよ。

 ちょうど、曲が終わったところらしく静風氏が例の笑顔で面

白可笑しく話していたのです。うんうん、いやいや中々のエ

ンタ〜テナ〜でございましたよ。

 にこやかな笑顔と巧みな話術の調和に、わっはっはっは〜

と小生がいきなり笑い出したものですから、前の人なんかビッ

クリして振り返っていらっしゃいましたぞ。

 結局小生が楽しめたのは、第4部の民謡のひとときと第5

部のみんなで歌おうでしたがとても素晴らしかったことです。

 歌子さんが弾く妙なる音色の胡弓に会わせて、静風氏の

哀愁をおびた切々たる歌声の「刈干切歌」と「愛八の追分」。

おお、筝だ。いや簫だった。…の昔懐かしい「蘇州夜曲」…

 嗚呼、なんという至福の一刻であったことか!

ほんの30分間ほどでしたが、”ジ〜〜”と、目を閉じて心を

空っぽにしたまま、美しい音の流れに身を委ねる…

 ”幸せだな〜” 本当に心穏やか心静かな満ち足りる安

らぎの世界だったのです。人間は一日に10分でもいいから

幽玄のときを持つべきだな〜、心が洗われるような感動を持

ちたいな〜と思いました。

 静風・歌子師にこのような感動を与えて頂いたことを感謝し

ます、ありがとうございました。おっとっと、それから音楽会の

終わった後のご挨拶の中で、

 「あちらにいらっしゃるのが、カスタムテ〜ラ〜オダの楽天

さんです」と、みなさんに突然ご紹介頂いたのでシャイな小

生は”カ〜”と、恥ずかしかったことです。でも大兄のご好意

はありがたかったことです。

わっはっはっはっは〜これは、照れ笑いでございます。

 最後に本日のプログラムを記させていただきます。

    ・・・    ・・・    ・・・

第1部  胡弓と尺八で讃美歌

        「いつくしみ深き」 
 
          「神ともにいまして」

            「ウエルナ〜の野ばら」

第2部  胡弓愛好会の合奏

        1 簫

        2 月の砂漠

第3部  静風と歌子  胡弓と中国21絃筝

     1 胡弓と尺八    「敖包相会」

     2 21絃筝と尺八  「竹田の子守り歌」

     3 21絃筝と尺八 モンゴル民謡 「遥かなる草原」 
                
     4 21絃筝と簫    「彩雲追月」
   
第4部   民謡のひととき

         1 「刈干切唄」

         2 愛八の 「追分」

第4部  みんなで唄おう

    1 おなじみ 「蘇州夜曲」 一緒に口ずさんで下さい    
   ・・・      ・・・      ・・・

 以上でしたが、いまこのようにして打ちながら非常に残念で

す。胡弓と尺八の讃美歌を聞いてみたかった。「簫」というの

がどんな曲なのか、21絃筝とはどんなものか、モンゴル民謡

の「遥かなる草原」という曲は絶対聞いたことがある筈だが、

次回是非お聞かせください。

 最後になりましたが、今後益々静風・歌子師のご活躍をお

祈り申し上げます。ありがとうございました。
 




    2002年7月5日(金)
 
       M先生           


 「お〜い楽天君、家内から許しの出たけん洋服ば作りに

来っけん!」と、いうような電話があってM先生がご来店なさ

ったのは1ヶ月前のことであった。

  M先生は、父親の頑固さん時代からのお客様で、もうかれ

これ40年近くもご贔屓になっているのである。

 一応、現役を退かれたというような形なので最近はスポ〜ツ

シャツ姿などが多いのであるが、それにしても「家内から許し

の出た…」などという言葉は始めてだったので、思わず「そう

ですか、奥様からお許しが出ましたか、良かったですね〜わ

っはっはっは〜」と笑ってしまったのである。

 「バ〜カ、そんげん笑うなよ。いろいろ大変かとぞ〜」と苦笑

いはなさっておられたが、久し振りのことではあるしご満足そ

うな笑顔で生地を選んでおられたのが嬉しかった。

 でも、現役時代には”奥様の許可”などという言葉は一度も

聞いたことがなかったし、現在のお二人だけの仲睦まじい様子

を知っているだけに可笑しかったのである。

 引退後、主導権を奥様に委ねるのは家庭円満の秘訣でそ

れは結構なのであるが、気になったのは「イヤダ・イヤダ」の

言葉をここ1・2年前から連発されるのである。

 我々6・7人、先生の本当のフアンや教え子が年に1・2回

集まって一杯飲りながら、ワイワイガヤガヤ楽しいひとときを

過ごすのであるが、「先生、こいは旨かですよ」と勧めると

「イヤダ・イヤダ!」ビ〜ルを注ごうとすれば「イヤダ、もう酒

にする!」とまるで子供のように、「イヤダ・イヤダ」の連発な

ので、みんな「わっはっは〜わっはっは〜」の大笑いである。

 「先生はやっと反抗期に入ったごたっですね〜」とか、

「まさか子供帰りしよっとじゃ〜なかとでしょうね?」と冷やかす

のであるが、本人は結構駄々をこねるのが嬉しいらしく「おいは

今成長期ぞ〜」などとご満悦なのである。

 幼い頃から勤勉努力の人で、立派な仕事をなさってこられ

た人生の大先輩なのであるが、年令等に拘りなく本心からご

好誼くださるのである。

 ”どうしてこんなに好きなのかな〜?”と、いつか考えたこと

があったが小生なりに出た結論は以下の3っつであった。

@  「絶対に人の悪口を言わないのである」何十年もお付き

  合いさせて頂いてるなかで、ただの一回も他人の悪口を

  聞いたことはないのである。口惜しいことや悲しいこともあ

  ったろうに、と思うのであるが…。強い人だなあ、と尊敬する

  のである。

   いまに始まったことではないが、マスコミを賑わせる次

  元の低い政治家達の誹謗中傷合戦や責任転嫁を見るに

  つけ、偉大であったと思うのである。 

A  「常に弱者の立場でありたい」 というのが先生の信念

  であったが、これは正しく実行してこられたな〜と思う。

  人から頼まれれば断ることが出来ないタイプなので、保証

  かぶれの達人であるから現在も大変なのである。(あっつそ

  うか、だから「許可が出た」という科白に結びつくのか。

  わっはっはっはっは〜)

B  「心に思ったことを言う」自分に正直に生きているが故

  に、心に思うことを包み隠さずにそのまま口にしてしまうの

  である。

  これは先生を尊敬する小生にとっては素晴らしい長所

  だと思うのであるが、立場の異なる人たちには多くの誤解

  を招いたりして物議を醸す原因ともなるのである。

   あの一言、言わなきゃ良いのに〜困ったものだ。…と、

  いうことがママあるのでフアンとしては心配なのである。


 …と、いうように素晴らしいM先生は今月の15日に”徹子

の部屋”の録画撮りの予定だそうな。1時間の間、「イヤダ・

イヤダ」と駄々をこねたり、「心に思った余計な一言(?)」を

言ったリして黒柳徹子さんを困らせないように!

 フアンとしては心配なことです。どうか、大人しく大人であっ

てください!と、祈るばかりです。

 困ったもんだ!? わっはっはっはっは〜 




    2002年7月4日(木)
 
      嬉しい恵風子           


 早朝から”リン・リ〜ン”と電話が鳴ったのである。

不思議なもので、「ん?こりゃ〜いいぞ〜!」というような幸せ

の予感は必ず当たるのである。

 これは小生が得も言われぬ神通力を秘めているのかもしれ

ないし、”ウンウン”、ひょとしたら良い電話だったから小生の

気分も良くなったのかもしれないが、まあそんな些細なことは

どうでもよろしい。

 とにかく好きな人からの良い電話というものは絶対に分か

る。…と言うのが小生の信念であり願望であり結論なのであ

る。

 「兄ちゃんビ〜ル届いた?」と言うのが第一声であった。

「なんか、何か送ったとか〜?」

「うん、ビ〜ルばちょっと送っとったけん」

「そうか、恵風子よ。兄ちゃんは嬉しいぞ!子供の頃にあな

たがお腹を空かせていた時に兄ちゃんはどれだけ自分の

お八つを分けてやったか…おおおおおお、恵風子や…

兄ちゃんは嬉しいぞ〜、あなたの心を待っているよ」

 とにこにこ笑顔で受話器を置きながら、

「それにしても、ご存知の馬鹿たれが!兄ちゃんがどれだけ

君の成育を願って、小生の皿から芋やらイワシやらを貴君に

こっそり分かち与えたかっ!この忘恩の徒が…」

 などと、呟きながら玄関先でチェシャ猫のような顔をして待

っていたところ、届いた届いた届きましたぞ〜皆さん。

 ビ〜ル大瓶が6箱です。ヤッホ〜ヤッホ〜ヤッホッホ〜
          
「ありがとう、ありがとう、ありがとう恵風子や!」
 
 …と感謝しながら、いまから恵風子の感謝に報いるために

、辛いけどこの日記の中断止むを得ないことをお詫び申し

上げます。

 じゃあ、飲むぞ〜「ん〜〜ま〜〜い〜〜!」

 そう言う訳で、今宵は大好きな恵風子の好意に甘えて”ガ

ッポ・ガッポ”で〜す。明日、大好きな皆様に二日酔いのお

福分けがありますように…

 わっはっはっはっは〜 じゃあ、大好きなみなさん

おやすみなさい〜  わっはっはっはっはっはっはっは〜

 なお、本日の日記のテ〜マである『嬉しい恵風子』は、

妹の恵風子に何か嬉しいことがあったのか?だから、ビ〜ルを

送ってくれたのか。送ってもらった小生が恵風子の心に感激し

たのか、ただ単にビ〜ルが嬉しかったのかそれは永遠の謎で

ある。わっはっはっは〜




    2002年7月3日(水)
 
       学生さん           


 先月、社会勉強とやらで当店に来て、小生にくだらない質

問をされて、ウンザリして帰ったはずのS大学の学生さんが

二人、性懲りもなくノコノコとやって来た。

 市原先生の前以ってのご説明によると、なんでも八幡町商

店街の活性化とか栄枯盛衰を調べたい、とかなんとか言うこ

とであったが、なんのことはない小生が帰り際に言った言葉

 「将来の日本ば背負って立つ若いもんは根性を入れて勉

強せろっ!喉の渇いた時にはビ〜ルば飲みに来い!」が、

原因でビ〜ルが飲みたくなったか、最近あまり怒られたことが

ない若者が、小生の拳骨を食らいたさにやって来たかと思っ

たらまあまあの勉強意欲であった。

 二人の持って来た当町内の昔の地図を調べてみると、な

んとまあ、小生が12才で50年前の昔には何十軒もあった商

店が、現在たったの14軒しか残っていなかったのである。

 何が原因であろうか?学生さんのいろんな貴重な意見を

聞きながら小生も深く反省したのである。

 …とは言っても先刻彼等に質問された如く、当店も小生に

後継者がいるわけではなし、「どうするのですか?」の残酷な

質問に答えるすべもなく、グ〜〜とビ〜ルを飲んで「オヨヨ・

オヨヨ」と、心の中で泣き崩れるぴ〜ひょろろでございました。

 さて、彼ら二人が「絶対に帰った後で読んでくれ」と言って

書いてくれたコメントを読むことにします。

    ・・・     ・・・     ・・・

        時津 崇志君

 この町に来て、一番に思ったことは雰囲気が悪いなぁと思

いました。この町を良くするためには、この町のみんながもう

少しイベントなどといったことを集まり考えた方がいいと思い

ました。オダさんの話を聞いて未来に自信を持ちました。

 私はがんばって教師になって、よい子を作ろうと思いました

。よい子と言っても、ただ勉強のできる子じゃなくて、人の気

持ちを考えられるような人を作っていきたいと思いました。

 オダさんと話しが出来てよかったです。将来、オダさんの

ような人間になりたいなと思いました。


        後田 智徳君


 オダさんは本当に自分の親父にそっくりでオダさんに会え

たことで、なんか2番目のお父さんの感じがしました。

 八幡町っていうのは、市原先生と来るまではぜんぜん通っ

たこともなかったし、どんなみせがあるかは分かりませんでし

た。でも、実際こんな形で八幡町に会えたことや、オダさんに

出会えたことはなにか不思議な感じがします。

 自分はこの前オダのところへ来た時に、いま隣りにいる

時津や他のみんなに“将来お前はオダさんのようになる”

って言われました。

 自分はオダのようになれたら最高です。

   ・・・     ・・・     ・・・

 上の文章は原文のままです。大学2年生ですから最も感

受性や正義感の強い頃ですよね。時津君は爽やかな笑顔

でサッカーの好きな好青年であるし、後田君はといえば、

元ツッパリ少年の面影をとどめた元気印なのである。

 わっはっはっはっは〜オダ・オダなんて純粋な子供達に

呼んでもらったら嬉しいな〜、と思うのである。

だって、世界の三菱・ソニー・ロスチャイルド・マクドナルド・

オダ…なんて、 彼等にとって小生は先生でもなく、単なる

おじさんでもなかった、1種の… … なのであろうか?

 小生は、いや、いかに三枚舌の小生でも、このように純粋

な心の若者等に好きになられたことを光栄に思います。

 ありがとう、本当にありがとう、時津君と後田君。

小生は、純粋な心のあなたがた二人に褒めて頂いたことを

忘れることなく明日一日、多くの人を褒めて喜んで頂きます。

 あなたがた二人に、多くの友達ができますように !

今日は、あなたがたとお会いした喜びと感動を胸にグッスリ

寝ます。

 あなたがたの人生において多くのよい出逢いがありますよう

に! そして、困った時には俺んとこに来い!

 わっはっはっはっはっは〜 おやすみなさい〜〜

      大好きな 子供達よ 




    2002年7月2日(火)
 
      好き嫌い           


 今日の昼食会でいかにも温厚そうな紳士と隣席となった。

どちらからともなく食べ物の好き嫌いの話しとなり、小生が

小学校4年生の時に、一夏を頑固さんの故郷である五島の

奈留(当時は、奈留島村と呼ばれていた)で過ごした時の話

をしたのである。

 頑固さんの実家ではイワシの製造を生業としており、漁を

したイワシを削り節や炒子にする為、でっかいプールみたい

な入れ物にお湯を入れて煮ていたのであるが、ある日オッ

チョコチョイの小生はその中に落っこちてしまったのである。

 「あっちっちっち〜!」熱いのなんのって、そしてまた臭いの

なんのって、10日間位は臭いが消えなかったのである。

 そしてまたその当時の食事ときたら、三度が三度カンコロ

芋とイワシだったのである。


 「ですから何十年経った現在でも、芋を見ると胸焼けがす

るし、魚を見るとプールに落っこちた生臭い思い出に辟易す

るのですよ」といったところ件の紳士は、「な〜るほどですね

〜、子供時代の思い出は消えませんものね〜」と、しみじみ

と仰るのである。

 その、いかにもさにありなんという様子に興味を惹かれた

小生が「ご主人の嫌いなものは何でしょうか?」とお聞きした

ところ、キョロキョロっと周りを見まわして、なんとなんとこう

仰ったのですよ。

 「鯛です」思わず小生は聞き返しましてな〜、

「なんですか、何と仰いましたか?」

「いや〜、鯛なのですよ楽天さん。私は鯛に食傷しましてね

〜、困ったものです」

「 なんと、なんと、なんと…!?」

 いかに豪胆なる小生もこの答えにはびっくりしてしまいまし

てな〜。いや〜、世の中は広いもんだ。小生のようにイワシ

が嫌いな貧乏人もいれば、鯛に食傷する御仁もいらっしゃる

とは、世の中にはまだまだ未知なる可能性を秘めた大いなる

世界が広がっているんだな〜と驚嘆したのですぞ。

 ところがですぞ〜皆さん。わっはっはっはっは〜

まあお話しは最後まで聞くものですなあ〜。

 なんでもこの紳士は、去年から当地長崎の由緒ある神社

の宮司としてお見えになられたお方だったのです。

 さる地方の由緒ある神社のご子息として成育なさったそう

ですが、やんごとない高貴なお育ちの方々にもそれなりの

悩みがあるものでございますぞ。

 「わっはっはっはっは〜失望するなかれ庶民!」

ふうてんの寅さんだったら、このように言うのでしょうな〜。

 話しによりますと、神社には大祭・中祭・小祭というのが

一年365日のうちに200日近くもあるそうですぞ。

そして、いつもそのお供えものはお神酒と鯛なのだそうです。

 そこで子供達の食卓にはいつも、鯛が供えられた最初の

日は刺身、2日目が焼き魚、3日目が味噌漬と決まっていた

そうですぞ。 

 いや〜可笑しい、わっはっはっは〜。これではいくらなんで

もいかに美味しい魚の王様といっても飽きるわけですよね。

 そしてですね〜大変なのですよ皆さん。神社では毎日古

いお米を食べるそうですよ、新米を食べれるのは一年に一回

11月のある1日だけだそうなんですよ〜。

 我々は庶民で良かったですね〜みなさん。

ところで、ちょっと思いついたことがあったものですから質問

をしてみたのです。

 「え〜、ところでお酒はお飲みになるのですか?」と、

答えは以下の如くでございしたぞ。

 「宮司としていろんな勉強をせねばなりません。最近はパ

ソコンも含めて様々な分野の勉強もいたしております。でも

残念ながら、酒だけは努力しても駄目でしたね。父も祖父も

飲みませんでしたからこれは血統なのでしょうね」と、仰った

後で上品に「ははは」とお笑いになられたのです。

 ね〜みなさん、小生のわっはっはっは〜や太希子のガハ

ハハ〜に比べてなんと上品なことでしょうか。

 ところで小生は、一つ質問をしたかったのですがあまりにも

シャイな為に出来ませんでした。しかし、次の機会には是非

質問したいと思っているのです。

 それは、

「毎日毎日、子供の頃から鯛ばかり食卓に出されて本当に

辛かったことでしょうね。小生もイワシばかりで大変だったから

悩みはよく分かります。…ところで、え〜と、あの〜、お神酒

はどうなっているのでしょうか?馬鹿な男でございますが、

何かお手伝いが出来ることがあったらと考えまして…」

 わっはっはっは〜 ちなみに、宮司さんの好きな魚はメザ

シだそうです。とっても穏やかな笑顔のお人柄の紳士でござ

いました。

いい出会いに感謝します。明日も良い日でありますように!




    2002年7月1日(月)
 
        邯 鄲     


 ”コケコッコ〜” と ニワトリの鳴き声がしたので 

 ”ふぅわあ〜” と 欠伸をしながら目覚めたところ

 ” な〜んだ ” 飯が炊けたと言うではないか …

 ” ふ〜ん” 一炊の夢か〜 !?

  と 起きあがったら

 ” なんと なんと ”

 鏡に向かった 小生の髭は まっ白である

  どうやら 小生は 廬生にはあらず

 夢半ばで 目覚めてしまったらしいな〜

 物事は かんたんでは ないのである

 でも 目覚めてしまったものは 仕方あるめ〜

  ” ふぅわあ 〜”   

 と欠伸まじりの 溜め息をもらしながら

 小生は 気をとりなおして

  楽天的な 夢を 見るべ〜

 と 思うのであった 
 
 では みなさん 寝るべ〜

  と そっと 呟く

 お陀仏 楽天 簡単 ぴ〜ひょろろ居士 であった

  ・・・ はてさて

 いまから見る夢は どんな 夢 かいの〜

 わっはっはっはっは〜

  久方ぶりの 馬鹿笑いであったぞ ウンウン!



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