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    2002年9月30日(月)

  明日は母校伊良林小学校百周年  


 大宇宙の太っかいスケ〜ルの観点からのぞむ,我々地球

のバクテリヤである人間の存在のなんと狭小であることか。

 嗚呼,嘆くことなかれ我がやさしく愛しのこころよ!

 百年経ったらみんな死ぬ……
 
 ある朝目覚めて

 春の息吹きとともに戯れ歌うなかで

 灼熱の陽はぎらぎらと波に沈み 

 秋の葉は色づいて落ちて

 踏まれて地に帰って

 そして

 死ぬ……

 やがて

 また

 新しき芽が生まれて……!?


 おっとっと,一体全体この小生は何を書いているのやら?。

あっつ,そうだ。明日は我が愛する伊良林小学校の百周年

記念行事である。

 さあ,早起きして頑張らなくッちゃ〜。朝9時から始まる学校

の記念祝典を真面目(眠らないように頑張らなくッちゃあ…

因みに,今年度の伊藤園新俳句の中学生部門での大賞受

賞作品は,『学校の匂いがぼくを眠くする』であった)に努めた

後で,夕方の祝宴に備えて4時半には集まった仲間にどんな

挨拶をしようかな〜?

 大好きなみなさんこんにちは!いよいよ本番ですね。たっ

た一回の人生において,伊良林小学校百周年という節目の

時にこのように大切な役目を仰せつかった我々は幸せもので

す。

 みなさんのご協力のお陰で,本日ただ今お互いの素晴らし

い笑顔にお会いすることができました。本当にありがたいこと

ですね,心から感謝します。

 さて,今日の私達の目的は本日ご出席の方々に,

「今日は来てよかった。とても楽しかった〜!」と,喜んでいた

だき楽しい思い出を創っていただくのが我々祝賀会に課せら

れた役目かと思います。

我々も楽しみながらよい思い出を残したいものですね。

 そしてまた最も大切なことは,本日参加した全員が奮闘努

力をした結果,半世紀後の伊良林小学校の150周年記念の

栄誉ある式典に,再び選ばれるかどうかの瀬戸際に立っている

ことをくれぐれも忘れないように奮励努力してほしいものです。

では,「ニイタカヤマノボレッ,エイエイオ〜」なんてことを言える

かな〜? わっはっはっは〜

そういえば,祝賀会では飲むまいと決心したっけ!トホホ… 

「見ていろよ,二次会めっ!」

 と,そ〜と呟くぴ〜ひょろろでございましたぞ。




    2002年9月29日(日)

    食欲・読書・芸術の秋  


     [食欲]

 最近,久し振り会う人間から「痩せたようだね」と言われる

がそんなことはない。体重は減ってないし腹なんかもズボン

を脱いだらポンポコリンなのである。デイナ〜なんかも家族だ

けの時には,まだ暑いのでハダカでフランス料理を頂いてる

のであるが,頑固さんから「狸のような腹が目障りだからズボ

ンをはけっつ!」と,注意されるくらいである。

 もっとも,最近とみに風流に目覚めたらしい小生の前髪が

”ホロホロ”っと,秋風にそよぎなびき散っていったのが

モノの哀れを知らぬ輩にはそのように見えるのかもしれない。

 昼食はソ〜メンと冷や奴でお粥を2杯たいらげたのである。

どうゆう訳か小生はお粥やビ〜ルなどの流動食が元気の源

なのである。

      [読書]

 食後,愛妻の万里ちゃんと久し振りに爽やかな初秋の中を

連れ立って図書館と美術館にいった。

 まず,返す本は1992年NHK出版の”電子王国・日本の

自叙伝”の上中下と総集編の4冊であった。

 昭和35年というから,メイドインジャパンという名は欠陥商

品として世界中に笑われていた頃の我々日本人の技術者の

先駆者の方々のご苦労談である。

 当時,トランジスタ〜テレビを開発したソニ〜を除いては、

シリコントランジスタ〜を量産しているメ〜カ〜はなかった。

 その頃,苦労に苦労を重ねて需要がないのに量産に成功

したチッソ電子(当時は新日本窒素肥料)の前田一博氏は,

海外に需要を求めて開拓しなければならなかったのである。

 つまり,世界セ〜ルス行脚であった。

第1回目は,単結晶と純高純度多結晶の両方と,スライド,

説明パンフレッドをしこたま持っての顔つなぎでした。

 すぐに翌年のセ〜ルスは頭の先から足の先までぜ〜んぶ

国産品でまとめて,ラジオはソニ〜,カメラはニコンを持って,

歩くメイドインジャパンであった。

 英国には沢山,新興の半導体やがありましたが,そこに行

くと触りよるんです。背広を……。これ,本当に日本のものか

いなって。

 目をむいて触るのです。それほど向こうは自分の国の技

術,背広に自信があった。だから,日本でもこんなに良いも

のができるのだぞと……!。

 この本は,アメリカの研究室の図書館で読んだがとてもいい

本でした。と,K・小無田様と仰るもの静かなお医者さまから

ご紹介されたのでしたが,われわれ日本人の先輩諸氏のモ

ノ創りに賭ける努力と情熱が伝わって,しがない仕立て屋で

ある私ももっと創意工夫に努力すべきで,がんばらなくっちゃ

〜と反省いたしました。

 とにかく,上記の4冊を返して今日はいつ読んでも何回読

んでも面白い「バックウォルド傑作選」を3冊と,J・L・パ〜ク

の”燃える天使”を借り,愛妻は「郭沫若」の”日本の旅”を

借りていました。

      [芸術]

 美術館の県展も今日までで結構人出も多かったようだ。

いつものように,愛妻とあれこれ感想を述べ合いながら会場

をくまなく見て廻ったが,なんとなく今年は小生の眼に胸に

頭に”ガツ〜ン”と,ショックを与えてくれるような作品が少な

かったようだ。

 ただ,写真の部の「さわやか」という題名の、7・8歳くらい

のあどけない童女の笑顔が,本当に題名の如く,陽光の下

の風のように小生に爽やかな幸せを与えてくれたような気が

して見惚れた。黙って見ていたらやはり何人かの人が立ち止

まっていたのが嬉しかった。やはり、素直と自然がいちばん

いいのだな〜と思ったのである。

 絵画の部屋に入っても,今年はなんとなく小生の琴線に触

れるような作品に出会えなかったので,ひょっとしたら小生の

感性が鈍ったのかな〜,それとも疲れているのかな〜と思い

ながら何気なく後を振り向いてビックリしたのである。

 なんとなんと,うす緑のブラウスに黒のやさしそうな曲線の

スカ〜トを身につけたご婦人。

 脚は日本人のそれらしく細からず太過ぎもせず長過ぎもせ

ず,黒に近い靴の色も落ち着いて,そしてまた全体的にスマ

〜トなシルエットとソフトな色使いのタッチなのです。

 そしてまたその上品な雰囲気はといえば,「おお,モナリザ

だ〜っ!」いいえ,よく見ますとかの有名な名画とはちょっと

違うようです。

 だって,モナリザの瞳といえば誰が何処の方角から見ても

自分を見ているように感じるそうですが,この素敵な名画のご

婦人は”ジ〜ッ”と,小生だけを見ているように感じられるので

す。 ん・ん・ん〜!?ちょっと待てよ〜っ、そうだっつ!

 「嗚呼,この美しき女性は我が生涯の心優しき伴侶である

  大好きな 万里ちゃんだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

 おお,なんという名画。嗚呼,なんという幸せ!

 と,いうところで最近睡眠不足気味であった小生の……

昼下がりの美術館において,小生の芸術の秋における白昼

夢は覚めてしまったのでございます。

 わっはっはっは〜この秋一番の笑顔,素晴らしい雰囲気!

と,思ったのはかくいう楽天奴の愛妻の万里ちゃんでござい

ましたぞ。

 わっはっはっはっは〜なんという幸せ,なんという喜び!

     わっはっはっはっはっはっはっはっは〜




    2002年9月28日(土)

   頑固さんのチンチン騒動  


 朝から愛妻が2階に下りていったところ,トイレから洗面所

にかけて血が3滴もたれていたという。

 「いったいなんでしょうね?まさか亭主の楽天が朝からヒゲ

を剃りそこなったということはないし…まだ、夢の国であっ

た由」と思いながら車庫のごみ箱を整理していたら、ナントナ

ント、頑固さんのパジャマとパンツとスリッパが捨ててあったそ

うな。

 ビックリした愛妻が頑固さんのベッドに飛んでいって,「お

父さんいったいどうしたのですか?」と尋ねたところ、

「チンチンばネズミに噛まれたとばい!」と言う。気配で起き

てきたご先祖さんもビックリして,

「あなたっ,大丈夫ですか。いったいどうしたとですか?」と

聞いたところ、

「夜中に”チカッツ”とチンチンの痛とうなって,ビックリして飛

び起きたら血の”ぽたぽた”垂れよっとさ!慌ててトイレや

風呂場に走っていったとばってん,あげん時はタオルばあて

てジ〜としとった方が良かったとばい。お前はグッスリ寝とっ

て役にも立たんしさ〜。そばってん,おいは年寄りやっけん

血も黒うなって汚れとって思うとったら真っ赤で綺麗かった

ぞ〜」と,言って威張ったそうである。

 そして,「そばってんネズミにしては噛み後の小さかとの

ありゃ〜ゴキブリやったとやろうか?ほら見てみろ!」とチン

チンを見せたそうだが,なるほど噛み傷は小さかったそうで

ある。

 聞いた小生もビックリして,「万里ちゃんも見たとねっ?」と

聞くと、「恥ずかしかったが心配だったのでチラッつと見たが

傷は小さかった」と言う。

 一体全体本当に何かに噛まれたものかどうか,何かの病気

の出血だったら大変だと考えた小生が,「いま病院の先生に

電話したら,消毒をちゃんとしとかんと後にひびくから直ぐ来

るように仰った。簡単に済むから……」とかなんとか言うのだ

が,「アロエば塗ったからもう治った。もう痛くもない」と名前の

通りの頑固なのである。

 心配で怒り心頭の小生が「早よ〜行こう」と手を引っ張るの

だが,「いま飯ば食べよろうが,後で行く!」の一点張りなの

である。もうどうにもならない頑固ものなのである。それでもま

あ,見たところ現在は平気の平左でご飯を食べているので

「そいじゃあ〜しばらく様子ば見てからよ〜」ということにした

のである。

 昼食後,「ど〜ね様子は?病院に行こうか?」と小生に,

「も〜治った。ど〜でんなかっ!」と言いながらベッドの方に

戻って何やらゴソゴソしていた頑固さんが,「あ〜っつ,犯人

の分かったっ!こいやったばい」と言いながら指先でつまん

で持ってきたのは,なんとなんと虫ピンだったのである。

 「そんのけん,いきなり”チカッ”てして痛か筈やッか〜」と

得意漫然なのである。

 小生にすれば常日頃から病院嫌いの頑固さんの上手な言

い訳かと思ったのであるが,それを見たご先祖さんが,「あ〜

ごめんなさい。昨日布団のシ〜ツば替えた時にうちが落とし

とったとかもしれん。私が悪かった。ごめんなさい,痛かった

でしょう?」と,いうことでイッケンイッケン落着したのであった

が……。果たして真相は如何なものであろうか?と疑り深い

小生は睨んでいるのである。

 と申しますのは,今から12・3年前のことであるから頑固さ

んが80才の頃の話である。

 日頃から病院嫌いの頑固さんが、それでも年に一回の原

爆健康診断には欠かさず行くのではあるが,それは診察す

る場所が病院臭くないハ〜トセンタ〜であり,元気なにこに

こした女性が沢山いて,しかもそこのお気に入りの看護婦さ

んから 「いつ見てもお若いですね〜」と,褒められるのが

楽しみなのである。わっはっはっは〜

 ところがある時,検査をした女性のお医者さんから「前立腺

とかなんとかの数字がなんとかなのでなんとかの医院にチョ

ット行ってください」と言われたので,頑固さんにしては正直

にのこのこ出掛けたところ,なんとなんとそこの医院の点滴

器に自分と同じ名前が書いてあって,いかにも気持ちの悪そ

うな黄色い液が中でブラブラ揺れていたそうです。

 まさか自分のこととは思う筈もない,生来暢気者の頑固さん

が「ほ〜珍しかですね,私と同じ人の名前の書いてあっです

ね〜」と言ったところ,看護婦さんから「それは,あなたの分で

す。はよ〜そこのベッドに寝てください」と,言われて頑固さん

が仰天したのなんのって……。

 「おいは今日は急がしかけん寝とる暇はなかです。またいつ

か暇ん時に出てきますけん」の,一言を残して”ピュ〜”と風

の如く帰ってきて我々に言った科白は以下の如くです。

 「冗〜談じゃ〜あなかぞ,あげんとこにおったら病気になっ

てしまうぞ」わっはっはっはっは〜いかがですかみなさん?

 あれ以来身長160センチ体重46キロの頑固さんは、病院

の前は遠回りして散歩している様子ですし,お陰様で92才

の現在も心身元気で小生と親子喧嘩の平和な毎日を送って

おります。

 え〜,ところでみなさん。以上のようなヒントをご考慮の上

で,我等が頑固さんのチンチンを噛んだのはネズミかゴキ

ブリか虫ピンか,果たして犯人はだれとお思いになられます

か? 

 現在当人は平気の平左でタイガ〜スの応援をしています。

     わっはっはっはっはっはっはっは〜




    2002年9月27日(金)

        悪友


 糖尿病の記録保持者で,後輩の医者から一日にビ〜ル

一本か酒一合か水割りか焼酎一杯と忠告を受けている良友

ツダちゃんと,それこそ一見謹厳実直ではあるが,実はマッ

チポンプで冷や水ぶっ掛けでむっつり助平のむっちゃんか

ら10月一日のパ〜テイの2次会の下見に行こうと誘われた。

 ところが本日は小生思うことがあって断った。

考えてみると,小生62年の生涯で好きな友に誘われて断っ

たのは初めてのことである。

 それから数刻後,諸事情があって光源寺に打ち合わせに

行っての帰り道諸般の事情があって飲みに行くことにした。

いや〜単なる飲兵衛根性と意志の弱さではありますが…。

 1軒目で,ツダちゃんがビ〜ル1本,酒1合,水割りと焼酎

一杯を飲ん「やれやれ,やっと医者のノルマを果たしたわ

い,さあ飲るか〜」と言って元気になった。

 2軒目でむっちゃんが若い頃のくせで年増のお姉さんの

(?)お尻を触り始めた。(むっちゃんは現在63才であるが、

相変わらずの年増好みである)

 3軒目で,小生がサッポロビ〜ルのアサヒ割りとかキリンと

黒ビ〜ルの6・4とか言い出したので,お互いに自制心が働

いて「も〜帰った方がよかんべ〜」と,いうことになってただ今

帰ったところである。

 我々はなんと素晴らしい仲間ではなかろうか?こんなに

いい加減というかデタラメな友達はめったにいないぞ!。

「ありがたいな〜」と思いながら,白雪姫のごとくに鼾をば,

「ガ〜,ゴ〜」 とかきながらロマンテイックな明日を夢見るの

でございました。

 おっとっと、冷蔵庫にもう一本くらいは残っていたよな〜

と,密かに望みを託すぴ〜ひょろろでございました。




    2002年9月26日(木)

   後の責任は持ちますから…


 一般的にパ〜テイというのは好きな時に行って,飲んで笑

って太平楽をぬかして”ガハハハ”と楽しいばっかりと思って

いましたが,いやはやこれは大間違いでございましたよ。ご

存知でしたかみなさん?

 いえ,これはこれは賢明なる先輩諸兄氏に大変失礼なこと

を申し上げました。これは「知らぬは楽天ばかりなり!」だった

のです。

 みんなの喜ぶお顔を見たさに一生懸命に準備をしてこられ

た方々のご苦労も知らずに62年間,小生がいかにデタラメ

な人生を送ってきたかという証拠なんでしょうね。あ〜,なん

という馬鹿な男でございましょうか。かえすがえすも反省する

次第です。

 というのも,実はこの度小生の母校である伊良林小学校が

10月1日に創立百周年の記念祝賀会を迎えることとなり,オ

ッチョコチョイの小生はビ〜ルが好きであるというのが推薦理

由で祝賀会の責任者となってしまったのです。

 いかに19か月若かったとはいえ,一年半前に当事業の発

起人となった小生が,考えてみればなんと浅薄なる思慮分

別のない若者(バカモノ)であったことであったことかと悔や

まれるのです。

 あ〜,なんという馬鹿な男でございましょうか。かえすがえす

も残念至極と反省する次第です。

 だって,好き放題にビ〜ルは飲めませんし無責任な行動は

とれないし(?)……。え〜ん、え〜ん,慟哭中なのです。

 生まれて初めて(?)真面目に熟慮中の小生は仕事どころ

ではございませんし,長崎中小企業の勉強会も今年は欠席

続きですしRクラブもニュ〜ヨ〜ククラブもお休み,大好きな

夢豊会の旅行も本当に残念ながら欠席したのです。

 え〜ん,え〜ん,でもみんなからビ〜ルが減らんのは嬉し

いが騒がしいのがいないのも寂しいと言われるのです。喜

ぶべきか悲しむべきか…?

 ところで”ビリ〜ブオアナット”小生は今朝4時に起きたの

です。と,いうのはこのような悩みがあったのです。

 現在チケットが500枚売れているのですが,一体全体どれ

だけの人が当日出席してくれるのか分からないのです。ある

人は7掛けにせろと言うしある人は8掛けにせろと言うし,ある

人は料理がある人は酒が少なかったら困る、と言って悩ませ

るのです。馬鹿馬鹿馬鹿!まあ、聞くのも馬鹿だが。

 これが同窓会や組合やクラブならある程度人数も把握でき

るのですが,いや〜,困ったもんだ。

 ……と,悩んでいたところ今朝の9時に光源寺住職である

楠会長がご来店されたのです。

 そしていわく,「今日から一日一日が大変だと思います。

あなたのおっしゃるようにチケットの売れた7掛けにして,万

一予算の追加があったら私に任せてください!」

 鈍い小生ですから最初は「ん〜?」と,首をひねったので

すが繰り返して3度も仰ったのです。

「追加料金は私が責任を持ちます」

「うわ〜っ!」と,小生は叫びたかったのですが流石に声は

出ませんでした。しかし本当に嬉しかった。安心したのです。

 「よ〜し,やってやる!」小生は心に誓ったのでした。心置

きなく頑張ろう!と…。

 いつか,小生もなにかの責任者になることがあったら,これ

くらいの覚悟を持ってことに当たろうと。一緒に組んだ仲間を

安心させるような心を持とうと。

 さ〜て,10月1日まであと4日あまり,自分のできることを

できるときにして,多くの人に喜んでいただこう。

 再び,さ〜て,小生が祝賀会当日の会場において一滴も

ビ〜ルを飲むか飲まざるか? それは,本人にも分からん

と,とつぜん楽天に舞い戻ったぴ〜ひょろろでございました。

 それにしても,光源寺の楠住職は偉いな〜と思うのです。 

   




    2002年9月25日(水)

       ありがとう


 ふと、思いついて今日を『ありがとう記念日』にすることにし

た。一体全体このぴ〜ひょろろは、一日に何回くらい「ありが

とう」という言葉を使っているかを調べるのである。なんだか

面白そうだな〜 ウッシッシッシ〜 。

 まず朝から、起こしてくれた愛妻に「ありがとう」と言ったら

”ギョッツ”としていたが何も言わなかったのが可笑しい。シメ

シメ大成功である。

 2階の食卓で家族と恵風子ツア〜ご一行様に「おはようご

ざいます、ありがとうございます」と言ったがみんなは気付か

なかったようだ。失敗である。やはり大きな声で言わないと気

付かないし驚かないようだ。

 仏様にお参りした後大きな声で「ありがとうございま〜す」

と言ったら背後でビックリしたような気配がした。ウッシッシ〜

大成功である。

 10時半の飛行機で帰る三人を見送って、ゲ〜ト入り口で

中島さんと順子と握手した後で、ふざけて恵風子の肩をチョ

ンと人差し指でつっつきながら「ありがとう」と言おうとした

ら、不覚にも涙が出そうになったので急いで後を向いて階段

を駆け降りた。

 恐るべし!「 あ り が と う 」の5文字の中には、

なにか得も言われぬ不思議な力が備わっているらしい。

努々侮るべからず。

 空港出口のドアを押さえてくれた人に、駐車場の係りの人

に、曲がり角で道を譲ってくれた人に、高速道路の料金所の

係りの人に……。

 郵便やさんに、集金人に、道路掃除をしていた人に、お客

様に、タバコ屋さんに、ペプシコ〜ラを売ってくれた人に、マ

ッチを拾ってくれた子供に、挨拶してくれた近所の人に、ご先

祖さんの知り合いに、電話を掛けてくれた人に、仕事から帰

ってきた美希子に……。

 今日は38回の「ありがとう」が出来た。繰り返して分かった

ことであるが、「ありがとう」のご挨拶は大きい声であればある

ほど相手の人はビックリするし、良い笑顔が返ってくるようで

ある。

 おかげさまで今日も一日恙無く過ごすことができた。もうす

ぐ就寝である。いつもは本を読んでいる小生に対して愛妻

が、「お疲れさまでした。お先におやすみなさい」と言うので

小生も「おやすみなさい。お疲れさまでした」と答えるのであ

るが、今夜は「おやすみなさい。お疲れさまでした、そして

ありがとう!」と言ってやろうっと!

 「ビックリすることであろうな〜」 ウッシッシッシッシ〜と、

 一人ホクソエム 楽天ぴ〜ひょろろ でございました。




    2002年9月24日(火)

     恵風子の誕生日


 今日は小生の大好きな恵風子が、無事に60才を迎えた

誕生日なのです。いま思い返してみると”あっ”という間の歳

月だったのですね。

 あなたが2才の夏、耳が痛いと泣いてくれたお陰で、ご先

祖さんは浦上の勤務先を休んで病院に行ったので、母娘と

もに原爆にあわなかったから命が助かったのですね。

 伊良林小学生の頃のあなたは、まるで金太郎さんのように

まっ赤な頬っぺの元気な少女でした。小生と違って勉強もよ

く出来る頑張りやさんで、天満屋さんをはじめ多くの友達と

いつもにこにこして遊んでいました。

 運動神経もなかなかなもので、兄妹喧嘩の時にはあなたは

憎まれ口をを素早く言ってから、家の外に裸足で逃げるのを

得意技としていました。

 ところで、あなたは桜馬場中学校からバレ〜を始めたので

したっけ?とにかく、純心高校のクラブ活動から夕方遅く帰

ってくるあなたは丸々と黒くてまるでタドンのようでしたよ。

 だって、あの当時のバレ〜部は屋外で練習していたから仕

方がなかったのですね。 
 
 高校を卒業して三菱病院の薬剤師となって勤務していた

あなたが、今の生涯の伴侶である大利君と出会ったのはい

つ頃だったのでしょうか。

 自分は夜な夜な遅くまで飲んで遊んでくる小生が、あなた

の門限には五月蝿かったというのは困ったことでしたね。

 でも自分が夜遊びしている中で、真面目な女の人がちょ

っとした油断や悪い出会いのせいで、身を持ち崩していくの

を目の当たりにしていたから大好きな妹にそんな目にあって

欲しくなかったのです。

 小生のこの馬鹿たれ習性はいまも続いており、可哀相に

小生の優希や太希子は29才、25才というのに、よほどの理

由がない限り現在も門限は10時半なのです。

 「自分の子を信用出来ないのか?」と、いろんなコトで多く

の人から忠告をされたこともありましたが、「我が家の家風で

ある」と、その度ごとに便利な言葉で切りぬけてまいりました。

 わっはっはっは〜 だって、夜が遅くなればなるほど、危険

なことに遭遇する度合いは増えると思うのです。
 
 だから、あなたが大利さんという素晴らしい人格者に恵まれ

たのも、太希子が米ちゃんという優しい夫に大切にされるの

も、ある時は五月蝿い兄貴となり、ある時は口やかましい父

ちゃんが悪役となり楯となったお陰ではないかと自画自讃し

ているのですよ。エヘン!

 え〜と、小生は一体なにを言おうとしていたんだっけ?

あっつ、そうだっ! あなたが60才になったのが感無量なの

です。

 あなたは覚えているでしょうね。ほんのちょっとした昔。

いまから32年前、我々の頑固さんが60才になって還暦を迎

えた時に、あなたは横浜から電話を掛けてきて小生にこう言

ったのです。

 「兄ちゃん、お父さんも今日から60才になったのですね。

お陰で元気に毎日を過ごしているのは本当にありがたいこと

で、これも兄ちゃんのお陰ということを私は分かってますし

心から感謝しています。ただね、お父さんも周りの人から

”若い若い”と言われるけれど、もう確かに60才なんですから

それだけは忘れんごとしてね。

    ほら、童謡にあっでしょう〜……。

♪ 村の渡しの 船頭さんは 今年60の お爺さん〜♪て、

そんのけん、兄ちゃんもお父さんにあんまり心配ば掛けんご

として、これからもいつまでも大切にしてね、お願いします」

 と、言ったあなたのあの日の心からの言葉を小生は現在も

しっかりと覚えているのですよ。”あなたが親思いの妹でよか

った”と心から嬉しかったのです。

 そしていま、あなたは32年前のお父さんの年になったので

すね。どうか、これからはいままで以上に自分を大切にして、

ご主人を大切にして、家族や思い出を大切にして、残りの人

生の最初の一日一日を大切にして素晴らしい人生を創造し

てください。


「タイム フライ ホエン ユ〜ア〜 ハ〜ビング フアン!」

「楽しい時は 早く過ぎ去ってしまう」という訳でしたっけ?

あなたと、60年もの間一緒に思い出を創ることが出来て幸せ

でした。これからも仲良くしようね!

  さあ、いまから、あなたの60才の誕生祝を……!

中島さんと順子と頑固さんとご先祖さんと万里ちゃんと優希

と美希と小生と、み〜〜〜んなで祝いに参りましょうぞ!

 大好きな恵風子 おめでと〜う

 2002年9月24日午後5時半 

        馬鹿な兄ちゃんのぴ〜ひょろろ です
 




    2002年9月23日(月)

      幸せの予感


 9月23日快晴、今日は秋分の日である。なにか良いことの

ありそうな予感がして,いつものように布団を蹴って(ウソです

)パッと飛び起きる。

 わっはっはっはっは〜 きたぞきたぞきたぞ〜

朝一番に小生の可愛いおチビちゃんの太希子から荷物が

届いたのである。ムフフフフ〜〜何かな何かな何かな〜?

 おお,おおおおおお〜,なんとなんとなんと……。

先日,「小生の日記を米ちゃんがどっさりコピ〜して持って

帰ってきたので,読んだら面白かった!」というので,

「小生も参考のために読みたい」と,言ってたら早速送って

くれたのだ。5月1日から先週までの分だから本当にドッサリ

なのである。

 紙に印刷してあるのを文章として読むのは嬉しいな〜,し

かし,よくもまあこんなに沢山愚にもつかないことをグダグダ

愚ダオダオダグダ書いたもんだ。

 一番最初の5月1日には,恵風子が尚君と順子と長崎に

来ていることが書いてある。 嬉しいな〜毎月一回位,頑固

さんやご先祖さんの顔を見に来てくれるというのは……。

 これもご主人の蜘蛛博士のご理解があればこそと,本当に

感謝感謝なのである。

 そういえば,今日もおおり医院の中島(顔と心はきれいだ

が名前は,ジマと濁って呼んでくださいね)さんと順子と長

崎入りして今頃は市中見物を楽しんでいるのです。

 そしてまた,今夜はお気に入りの店で,長崎で一番汚いが

一番新鮮な魚料理屋さんで,海老やカニやアワビやサザエ

を食べに行くのです。今頃何処をほっつき回っているのやら

?でも,長崎の秋風の中の街並みのそぞろ歩きを満喫して

くれたら嬉しいことです。

 それから,太希子の小包には頑固さんとママには池波正

太郎の”剣客商売”が三冊,ご先祖さんには嬉しいお手紙,

小生には西岸良平氏の”三丁目の夕日”が2冊も入ってい

たのです。

 毎日の電話にお手紙の中にあなたがた二人の幸せを垣間

見ることが出来て嬉しいよ。幸せなことです。

 そしてそれからも小生の幸せの予感は続いて……

ワ〜ルドユ〜モアクラブの長老がお月見饅頭をご持参で,

久し振りに元気なお顔を見せてくださった後に,おっちゃん

が古里の長与の栗をいっぱい拾ってきてくれて,がまちゃん

とミヤちゃんが「頑固さんの顔を見にきました」とにこにこ笑顔

で,頑固さんの好物の秋刀魚にモチウオに車海老にすり身

に鮭に葡萄に梨にと、そして小生にはビ〜ルをいっぱいと、

「あ〜何と嬉しく幸せなことだろう」と,思うのです。

 「あ〜,来た,来たっ!」そうです恵風子と中島さんと順子

が入って参りましたぞ〜。

「いらっしゃ〜〜い!楽しみましょうね〜」ということで,ただ

今から楽天家はケタタマシイ時間が過ぎて行くのでございま

す。

 ところでまたしても,ヤッホ〜 ヤッホ〜 ヤッホッホ〜

中島さんからカニとぼたん海老が届いたし,順子からビ〜ル

が太っかいダンボ〜ルに3箱も,800カンほども届いたぞっ。

 秋分の日の幸せな予感の幸せなよき日の一刻……!

まさか,お陀仏楽天ぴ〜ひょろろは一生のツキを使い果たし

たのでございますまいな〜 と,そ〜と頬をつねってみる小生

でございました。

  秋の陽や なにはともあれ ご機嫌さん

                ぴ〜ひょろろ 




    2002年9月22日(日)

    優希が連れてきたK君


 

 優希がボ〜イフレンドを連れてきた。何日か前から聞いて

いたので家族一同緊張気味であったが,妹の太希子の夫で

ある米ちゃんのバレ〜仲間だと聞いていたし、太希子の結

婚式にも出席してなかなか愉快な若者であったことは覚えて

いたので……であった。

 夕方から,茅ヶ崎の米ちゃんや太希子からそれとなく情報

は入ってくるし,美希子は彼女なりに一緒にバドミントンに行

ったりしてコミニケ〜ションは計ってくれていたらしく,ぞろぞ

ろと入ってきたのは嬉しかった。

 スポ〜ツマンらしく爽やかな性格らしく,ご先祖さんと愛妻

の手料理を「美味い美味い」と,ご飯をお替わりしたのはな

かなかによろしかった。ただ,流石に半煮えのハンバ〜グ

には参ったらしく,もう一度煮てもらっていたが,あれはハハ

とババの試験というか,陰謀であったかどうかは純真な小生

には分からない。

 夕食後に,当家恒例のセブンブリッジに参加してもらって

社交性と肝っ玉を試したがなかなかに感もよろしく,トップに

なって小生から49円もまきあげていったが,いずれ復讐戦を

せねばなるまい。まあ、嬉しいことだ。

 「嬉しいことだ」で思い出したが,小生は遠慮してビ〜ルを

2本しか飲まなかったのに優希は3本も飲んでいた。これは

「困ったものだ!」と思ってご両親のことを聞いたところ,なか

なかに開放的なご家族らしくてちょっぴり安心した。

 太希子の結婚式の時に、我が家のデタラメぶりは承知の上

であろうし,何年か前に太希子のバレ〜の応援にいった折,

小生のことをバレ〜や運動の現役で元気印のお母さんがご

覧になって「面白いとか,紳士的」とかなんとか仰ったそうだ

から,本物を見抜く鑑識眼もあるし,まあ小生のような馬鹿で

も裸でお付き合いを願えるご家庭のようだ……と,楽天的に

考えるのである。

 とにかく,今日は良い日であった。特に,妹二人や米ちゃ

んが応援してくれるのが嬉しい。どうか,いたらない娘では

ありますが幸せになって欲しいと願うものです。

 明日が み〜〜〜んなに 良い日で ありますように !
 
   K君 ありがとう 明日も 明るく がんばれ !




    2002年9月20日(金)
 
     大好きな真由ちゃん                  


 小生の大好きな真由ちゃんは現在青春の真っ只中にいる

のである。東京のW大学の法学部の4年生で,青春の真っ

只中であるから喜びや悩みもいっぱいあるのだが,元気も人

の10倍はあろうかというとても可愛いチャ〜ミングなお嬢さん

なのです。

 実はこの日記で,ユ〜モアクラブのトロンさんという名で

ご紹介している素敵な女性が真由ちゃんのお母さんであり,

Kという大きな幼稚園の園長先生をなさっておられ,ご主人

の理事長さんは当店が永年ご贔屓を頂戴している大切なお

客様なのです。

 その真由ちゃんは小学校の頃から小生に懐いてくれて,娘

達と遊ぶために小生宅に泊まりにきてくれたりしてトランプや

カクレンボを一緒にしたほどの仲良しこよしなのですよ。

 どんなに可愛いお嬢さんであったかということをみなさんに

分かっていただくために,……真由ちゃんが子供の頃に出

してくれた嬉しいお手紙を小生は大切にしまってあるのだが

……そのお手紙を小生の心の宝石箱から”そ〜〜”と,取り

出してみなさんにお見せしたいのです。

      ・・・      ・・・     ・・・


        謹賀新年

 おじちゃん,おめでとうございます。今年もいろいろとお世

話になると思いますが,まだまだ子供の真由をよろしくお願

いします。バドミントン試合の時には応援にわざわざきていた

だきありがとうございました。

 12月23日に団体戦、25日に個人戦があったのですが,

どちらも3位に入賞することができました。おじちゃんありがと

う。おじちゃんもお仕事頑張ってください。

そして時々,遊びにきてください。

     1995・元旦・いのしし


       ・・・     ・・・     ・・・

     おだのおじちゃん え

 お手紙ありがとうございました。

おじちゃん ゴメンナサイ。せっかくおさそいしてくださった

「アルキメデス探偵団」 行きたいんだけど,23日はバドミン

トンの試合があって行けません。残念です…。しゅ〜ん。で

も、またさそってください!

 さあ,ところで今の真由の中学校での様子をお伝えします。

真由は1年4組であ〜る。(5組まであるのだ)

 担任は,三重中学校で一番若い?女の先生であ〜る。

(20才であるぞよ) 部活は入っておらんのであ〜る。

 なぜかといえば… 三重中にはいい部活がないし,バドミ

ントンを続けたいからなのであ〜る。

(そう!見てのとおり三重中にはバドミントン部がないのだ)

 まあ〜いいとして,真由はこの頃日々がさようなら〜と終わ

る。おはよう〜とやってくるのが早く感じられるのである。

おじちゃんにも,こんな時代があったであろう。

 そう!!そのわけは,そのわけは,きっと一日一日が楽し

いからなのであろう。きっときっと……。

 さて,どうでもいいことかもしれないが真由の好きな教科,

嫌いな教科をお教えしようではないかっっっ。

 ★好きな教科 

  英語,社会,音楽,家庭科,体育

 ★きらいな教科

  数学

 ということなのであるが,あとの教科はまあ〜よいとしよう。

と,どうでもよいことをお話ししました。またお手紙書きます。

では さようなら 

                    真由より

 P・S おじちゃんの着ている洋服はいつでもステキです。

真由はそんな洋服が似合う大きなおじちゃんが大好きです。

    お仕事 がんばってっ!!

   
    ・・・     ・・・     ・・・

 と、こんなに可愛い手紙を書いてくれて小生を感激させて

いたのです。その後、福岡の高校に行きW大学に進んだ数

年間は、お母さんから情報を仕入れては「頑張れ頑張れ!

青春を頑張れ!」と、遠く離れたここ長崎の地からひそかに

応援していたのですが、昨日突然お母さんとご一緒に昔の

とおりの元気印のお顔を見せてくれたので、早速翌日デイト

したのですよね。

 中央橋で待っていた真由ちゃんは、夕日を背中にしてキラ

キラとまぶしく光っておりましたよ。おじちゃんが駆け寄って

ダッコしたら真由ちゃんも昔のように抱きついてくれてとても

嬉しかったことです。

 まるで、映画の美しいワンシ〜ンのようで、道行く人たちが

素敵なレデイと抱擁している小生を横目に見て、とても羨まし

そうでしたよ。 あなたは気付いてましたか?

 わっはっはっはっは〜 フランスか東京かあなたの故郷の

三重か……いつ、どこでかは分かりませんが、またの出逢い

にもやってみたいですね。

 オットットッツ!子煩悩であなたを大好きなお父さんに見つ

かったら、おじちゃんは大箒でぶん殴られることでしょうね。

わっはっはっはっは〜 危ない危ない!

 「ワインを飲みたい」と言うので、それらしき店を探していた

ら、神様のお導きのままに何処からともなくハッピを着たむさ

くるしい中年男のキュ〜ピッドが現れて、いずこともなく地下

の何処やらに消えてしまった。

 仕方がないので、それらしいお店に入ったら二階に通され

て、真由ちゃんと小生の青春(どさくさまぎれ)に乾杯して、臨

席の若いアミ〜ゴと仲良くなって、出逢いに感謝して乾杯し

て、いやはや面白かったね〜。あなたは美味しそうにワイン

を飲んで若い出来立てホヤホヤの友人たちと楽しそうに話し

てましたよ。

 その後、かたろう大学院(赤提灯)で、オ〜ドリ〜さんや

ベンツ氏やム〜ミン氏とご一緒に人生の一刻を愉快に過ごし

て、歌いながら仲良く手をつないでタクシ〜に乗って帰りまし

たね。

 実は、あの後面白かったのですよ〜。小生が上機嫌で歌

っているのを見て、タクシ〜の運転手さんが話し掛けてきた

のです。いろいろ話しているうちに運転手さんも気を許した

のですね。

 小生が「どうだっ、よいお嬢さんであろうが〜?」と言ったと

ころ、「はい、本当に良いお嬢さんですね〜」と言ったのは良

いのですが、その後で「私はまた、お客さんがいやらしいお

じさんかと思って心配しておりました」などと言ったのです。

 そこで小生が「バカモ〜ン!畏れ多くも、この上品ご尊顔

がいやらしいおじさんに見えるか〜っ!」と諌めたところ、

「ハイ!」と、澄ました顔でヌケヌケとぬかしたので大笑いで

あったのです。

 わっはっはっは〜 あ〜面白かった。もちろん上機嫌の小

生はたっぷり(ジャラジャラ)とチップを差し上げましたぞ。

 わっはっはっは〜 大好きな真由ちゃん

たった一回の人生、これからもいろんな人に出逢っていろん

な喜びや悩みにも出逢うことでしょうが、みんなあなたの尊敬

するお父さんやお母さんが歩んできた道です。

たった一回の人生です。良い思い出を創造してください!

 美しく若き 真由ルテルさんへ

     御陀仏楽天ぴ〜ひょろろ の おじさんより     



    2002年9月15日(日)

    みんな 楽しいかな〜                    


 朝から大好きな夢豊会のみんなが「行ってきま〜す」と,に

こにこ笑顔で出発するのを見送ってから,独りしょんぼ〜り

帰る。

 「あ〜,やれやれどっこいしょっと!」横になると腰が痛むの

で上を向いてゆっくり休む。本をゆっくり広げてゆっくり読む。

たま〜には,こんなにゆ〜くりリラックスするのも良いな〜。 

みんな,今頃なにをしているかな〜?楽しんでいるかな〜?

 夜,ちょうど良い頃をみはらかってホテルに電話してみたと

ころ「キャ〜キャ〜」笑い声がして「ちょうど悪口ば言いよった

とこばい!」と,言いながら次々に電話口に出てきた。

 小生のピンチヒッタ〜のご先祖さんはガマちゃんと上手に

漫才をしたそうで,ガマちゃんは来年からご先祖さんと組む

からと上機嫌であった。

 ま〜坊の南京玉簾も今年は衣装も揃えて張り切ってたらし

くとても上達していたそうな。おっちゃんは美佐ちゃんと別の

部屋に入ってからガンガンやりだしたらしく,あいかわらず浴

衣を着たり脱いだりしながら18番の赤い唇を歌っていた。

 それから交代交代で何回くらいも電話が掛かってきたこと

であろうか?やっと落ち着いた頃,今日夕方美希子とビデオ

ショップで借りてきた映画を二人でゆっくり観た。

 「マグノリアの花たち」 とても素敵な映画であった。

ヒロインのウイザ〜こと、あいかわらず個性的なシャ〜リ〜・

マックレ〜ンの可愛い表情と動作。それにJ・ロバ〜ト,ハ〜

バ〜ト・ロスなど。

 美希子と二人で更けゆく秋の夜をしみじみと過ごした。

久し振りに人生というものを考え,安らぎと笑いと愛の心を

見せてもらい,映画を通して娘と二人で感動を分かち合うこ

とができて本当に幸せなひとときであった。

ありがとう美希子,ありがとうございます,この映画を教えてく

ださった「平山茶道会館」の平山進先生。またゆっくりした時

間を作って次会は,”商戦テナシテイ”を見せていただきます。

 ところで,ご先祖さんは万里ちゃんは,そして大好きな仲間

達はもう寝たかな〜? おやすみなさい みなさ〜ん !




    2002年9月14日(土)
 
     夢豊会旅行前日                    


 一年に一回,夢豊会恒例の家族旅行が明日に迫ったので

あるが,先日のダンスレッスンで,まるでフライパンの上の蚤

のように,飛んだり跳ねたりゴッツンコしたりの後遺症がまだ

治らないので,「ごめんなさい。腰痛の為に今回は行けない

ので,代わりにご先祖さんをピンチヒッタ〜に出席してもらう

からよろしく頼む。敬老の日ではあるし,我が家の人間国宝

だから大切にしてくれよ!」と,豪さんに連絡していたら今日

になっていろんな電話が掛かってきた。

        『がまちゃん』

 今まで30年間近くいっぺんも休んだことのなかったとに腰

の痛かぐらいで休むなっ!わいが寝て行かるっごと,霊柩車

ば用意しとっけん!

        『ミヤちゃん』

 あいた〜,あんたが来んしゃらんやったらウチの父ちゃん

はだいと漫才ばすっとやろか?出て来んしゃい,出てきんし

ゃい!

        『つよっちゃん』

 な〜んね,あんたが来んやったらおいのイビキの目立つや

かね。そいに,我々の旅行では朝の爽やかな目覚めに号砲

一発,あんたのスカンクのごたっ臭〜か屁ば嗅ぐとが恒例や

ったとに,楽しみののうなったばい。

        『ヨ〜コちゃん』

 あら〜,そしたら迷子になる人がだ〜いもおらんとね〜。

好きな仲間の旅というのは,スケジュ〜ルどうりにいっても

いっちょん面白うなかとに〜。

        『のらくろ』

 馬鹿馬鹿馬鹿わいは死んでしまえ、馬鹿っ!

もうわいの名前ば,クリスマスプレゼントの名簿からはずして

やる!

        『おっちゃん』

 わいが来んやったら,おいの飲むとの目立つやっか!

うちんとがおいばっかり飲むていうてまた腹かくとに〜,ビ〜

ルば飲めば治っけん来いさ〜。

        『萌ちゃん』

 父ちゃんの来んば,も〜他のおじちゃん達はみ〜んな品

の悪か人ばっかりやけんイヤ〜!萌子ももう来年は6年生に

なっけん来られんごとなっかもしれんとよ〜。パパが父ちゃん

の旅費も出してやって言いよっけん早よ〜来んね〜。父ちゃ

んの好いとるクジラも買うてやって言いよっとよ!

        『ガッくん』

 父ちゃんはおいが小学校の4年生の時からビ〜ルの味ば

教えとってから,折角社会人になったけん一晩ゆっくり徹夜

で人生ば語りたかて思うとったとに,な〜んねガッパイしたば

い。チェッツ!


       ・・・       ・・・      ・・・

 などなど,この他800名余りの老若男女からありがたい助

言や叱咤激励や罵詈雑言を頂戴した次第である。あ〜あ〜

ありがたいな〜真の仲間達は…。

ご先祖さんが,ニコニコいそいそと準備しているのが嬉しい

ことである。  明日天気にな〜〜〜〜れ!

       わっはっはっはっはっは〜




    2002年9月9日(月)
 
    ダンスホ〜ルの決闘                    


 とまあ,こんな具合に1週間以上も前からこの日のダンス

のレッスンの為に神経をすり減らしていたのである。

 いまつらつらと考えてみると,好奇心旺盛でお洒落なレデ

ィのみなさん方に比べて,常日頃から大言壮語の野郎ども

のだらしないこと。あ〜情けなや,情けなやなのでございまし

たぞ。

 小生は2週間ほど前から,この日のダンス症候群的心労の

ために持病の腰が痛くなっていたので,愛妻から絶対に踊ら

ないように無理をしないようにとくれぐれも注意を受けていた

のであるが,注射と痛み止めの薬のお陰ですっかり忘れてし

まっていた。

 そしてまた晩餐会において,我が人生における最高の良

薬であり”元気印の源”であるビ〜ルを飲むにしたがって気

分は高揚して,「♪アシタもアタシの風が吹く♪」のお陀仏

楽天ぴ〜ひょろろの出鱈目精神が発揮されることとあいなっ

たのである。

 そして,そしてまたまた,当夜討ち入り覚悟の決死の参加

者と見てみれば〜,「パパンパン,パンパン!」

 装いも美しく華麗なる衣装に身を包み,期待と興奮に瞳を

輝かせたレデイ14人に対し,顔色もすぐれないというチキン

ハ〜トの野郎共総勢8人という体たらくでございましたぞ。

 そして,そしてまたまた情けないことにはその内のダンスが

いくらか出来ようかという連中は,壁の花ならぬヤモリよろしく

壁際の椅子にピッタリ座って天井を睨んだままでございました

ぞ。 

 あ〜情けなや情けなや,人間なまじっか物事を齧っている

ということは不幸なことでございますな〜。可哀相なことでござ

いますぞ。

 そのてん,”無知の知”とか申しますが,知らないということ

は素晴らしいことですね〜。”無恥の恥”と言ったらよいので

しょうか?残された5人の勇者,ダンスを知らない?か,真の

ゼントルマンは頑張りましたぞ!腕を広げて待ちかねる14人

の美女を相手に…。

 いずれが菖蒲か杜若か?いやはや,そんな余裕はござい

ませんでしたぞ。 嗚呼,アマゾネスよアラモの砦よ。ウチテ

シヤマン!

 ジルバにマンボにワルツにブル〜スにタンゴにチャッチャ

ッチャに,ん〜ともう後は忘れましたが,とにかく5人の勇者

は14人の美女を相手に踏んだり踏まれたり蹴ったり蹴飛ば

したり,いやはや汗も滴る良い男とは我々のことではないか

と思いながら愛(グッド)努めましたぞ。小生の前髪がシトド

に濡れて,あっつ,無かったっけ!。

      わっはっはっはっは〜

 戦いすんで夜が明けて、おっとっと、佐藤愛子先生ではご

ざいませんが…。翌日の腰痛と二日酔いの快適さはみなさ

んにお分けしたいくらいでございましたよ。 

 でも小生の手を握り,足を踏んだり踏まれたりのゲ〜ムで

小生がお相手を出来なかったご婦人がいらっしゃったのでは

ないかと,博愛衆に及ぼす会フエミニスト部の良心的部会長

として,一抹の不安と危惧を覚える秋の夕暮れです。

 心美しい人で,ちょっぴり寂しい人は,いつでもどこでも誰

でも,チョッピリ足を踏んでやってもいいよ〜!。

と,そ〜と呟くぴ〜ひょろろでございました。 

 あ〜〜〜〜〜〜〜っつ!それから,アベベさんとサスペン

ダ〜も来なかったぞ〜。ビビンチョのウラギリモノメ〜!

 今度会ったときに,傷心の小生に”そ〜”とやさしく,なるべ

く泡を立てないように冷たいビ〜ルをついでくださいね〜。

 じゃ〜大好きなみなさん,おやすみなさ〜い。

ダンス後遺症のぴ〜ひょろろでございました。

 みなさんに明日が良い一日でありますように!

  今宵安らかな夢でありますように!

   小生があなたの夢にあらわれませんように!

    でも 夢の中でもいい

     楽しく わっはっは〜 と

      一緒に 笑いたい

       ぴ〜ひょろろなのです

        おやすみなさい

  あなたが 大好きな ぴ〜ひょろろ なのです 




    2002年9月8日(日)
 
    匿名希望さんの返信                     


 高校2年生のとき始めてダンスホ〜ルに行った。

なにも知らないなにも出来ないおいはいま思えば壁の花で

あった。無理矢理連れてきた先輩が,絶対に断られることは

ないから申し込めと言ったので「お願いします」と言って,近

くにいたオンナに手を差し出して構えたら,”ジ〜ッ”と見て

からオンナは急いで仲間のいる方に逃げて行った。

 ショックで,先輩の手を振り切って帰った。翌日の柔道の

試合にも負けた。おいは今でもダンスはいっちょん好かん。

そんのけん,今月は欠席します。  ダンス虎馬より 




    2002年9月7日(土)
 
    チャンドラ〜の返信                     


        【喜】

 初めて彼女と出会ったのは場末のダンスホ〜ルであった。

まるで目の玉を抉り取られるようにキツイ煙草の緞子をぬっ

てギラギラと光り輝くシャワ〜の底で,のたうち咽び泣き狂い

泣くドットワンダ〜のようなテナ〜の咆哮……。まさしく一目

惚れであった。

 その怒りに燃えた虎のような瞳と血のように赤いドレスと唇

は,数え切れないほどの男を食い殺してきた者だけが持つ

それであり,それにまた彼女のすばらしい声ときたら……。

 あのような声をつくるのは,紙巻き煙草とウイスキ〜と失恋

の人生であろう。

 その夜以来,我々はいかに多くの汗を流したことであろう

か,褥とダンスホ〜ルの虚色のフロア〜の上に……。 

 嗚呼,いま思えばなんという強烈な酒と薔薇の香りに包ま

れたダイナミックな日々であったことか!

        【怒】

 しかしある日突然,オンナの眼が物憂げに閉じられたかと

思った瞬間,いきなり足に鋭い痛みを感じた。尖ったヒ〜ル

とオンナの眼光は鋭く,それ以来ボクの心は何回も何回も

傷つけられるのである。

 お〜,なんてこった〜。デリケ〜トなボクのアンヨとウブな

ハ〜トはズタズタニ引き裂かれた挙げ句,そのショックの強さ

に頭部のヘヤ〜を守るべきホワ〜ド陣は千路に乱れ散った

ではないかっ!

        【哀】

 いつの間にか謎のリンダは,ボクよりはるかに脚が長い男

とフットライトを浴びながら乱舞していたのである。一体全体

この世はなんと無常なものであろうか。

         【楽】

 …とはいっても,男はタフでなければ生きていけない。

さらば湖中の女よ,プレイバックは永遠の謎ではあろうが,

もうそろそろ長いお別れの時刻であろう。

 いま,せめてのボクの楽しみは,パリのリンダからの

(   )である。

 とまあ,そろそろ酔っ払ってきたことではあるし,以上のよう

な理由によりボクはダンスが嫌いだから欠席する。

             ウェットなフィリップ・マ〜ロウ

  ホットなエスメラルダより   




    2002年9月6日(金)
 
     のりどん の返信                     


 9月1日にJAZZクラブ「FANFAN」にて,長崎のデビュ

〜をはたしました。わずか3曲のアドリブでしたが満足できま

した(自己満足です)。

 さて,今回はダンスの実技とのこと。

学生の頃にはダンパのバックバンドをしていたので,合間に

多少踊っていました。

 先輩から、ポケットにバナナを入れて踊ると女の子にもてる

と指導されましたが,本当なのでしょうか?誰か教えてくださ

い。腰を引いて踊る男の子より。


      ・・・       ・・・       ・・・
 
 わっはっはっは〜 のりどんは面白いな〜

某国営金融公庫支店長であるのりどんは7月の講師であり,

得意のテナ〜サックスで古き良き時代の懐かしい音楽を

「♪ん・ん・ん・ん・ん〜〜〜〜〜ン〜ン〜ん〜〜♪」と頑張

って並み居る美女群を魅了したのです。まったく,あの夜は

2次会も独り勝ちでしたぞ。

 それに比べて情けないのは野暮な男性群で、先刻も常日

頃は厚顔無恥なゆ〜ったんから2回目の電話があって,「本

当に本当に真面目なダンスなの〜!」とヘッピり虫であった

のである。

 「あ〜あ〜今日もまた,ナイスガイでプレイボ〜イでジゴロ

ののりどんの一人モテモテの夜であろうか!」と,今宵また

幇間に甘んじなければならない運命にあるガバチョは,”オ

ヨヨ・オヨヨ”と独り秋の夕暮れ,出発前のひとときを嘆くので

ございましたぞ。




    2002年9月5日(木)
 
    演歌ののぶちゃんの返信                     


 チ〜クダンスの経験しかないので不安です。

チ〜クダンスも社交ダンスの一つなんでしょうか?

僕は密着型がいいですね!

 (追伸)

 研究室の引っ越しで大分くたびれました。

新しい研究室は眺めのいいところで,夜は銅座の

ネオンサインが良く見えます。

 出席です。

     ・・・       ・・・       ・・・

 演歌ののぶちゃんは,ジャズあり演歌ありギタ〜ありの風

流な大学教授で,来月は持参名画の解説評論をしてくれ

るそうです。

 楽しみですね〜 では,さよならさよならさよなら!

穏やかで奥の深い紳士であった映画評論家の淀川長治

さん。いつも笑顔を湛えておられるご様子から,モノゴトを

”良い方に良い方に…”とらえられる人だったろうと推測す

るのです。好きだったのです。

 心からご冥福をお祈り申し上げます        合掌                         




    2002年9月4日(水)
 
   G・Kitarouさんの返信                     


    『哀』 


 美しき青きドナウ(J・シュトラウス)や,交響詩「我が祖

国」(スメタナ)で知られるドナウ川やヴァルタヴァ川が

約100年ぶりに氾濫した。

 数年前に訪れたブタペストのホテルから見たライトアップさ

れたくさり橋や王宮。プラハのホテルテラスから眺めたプラハ

城・カレル橋…

 この叙情豊かなロマンあふれる世界の文化都市ブダペス

ト。プラハの一刻も早い復興を願う日々でした。

    『喜』

 7ヶ月ぶりに「モグラ叩き」解禁。18の穴を征服!!

 心地良い滝のような汗!! すばらしい。


 という返信の下の出欠欄に,病院長である

G・Kitarouさんは,ご丁寧にも出席を2本斜線で消して,

欠席を丸で囲んだあとで,その箇所に矢印のマ〜クをつ

けて【平身低頭】と書いてあるのです。

わっはっはっは〜 こりゃあ〜男性出席者が少なくなる筈だ 

 あ〜 愉快 愉快 !




    2002年9月3日(火)
 
     アベベさんの返信                     


 ワ〜ルドユ〜モアクラブ9月例会は社交ダンスで、講師は

スカ〜レットさんという、ニックネ〜ムの通り素敵な雰囲気を

もった女医さんなのです。

 返信欄には、”この1ヶ月に起こったあなたの喜怒哀楽をご

紹介ください”と記してあるので会員それぞれがいろんな情

報を書いて下さるのですが、今月は「チ〜クダンスしかした

ことがないので休みたい!」とかなんとか、日頃の大言壮

語はどこへやら男性はみ〜んなチキンハ〜トなのです。

(勿論小生もです) 今日現在出席者は女性10人男性7人

という体たらくなのです。あ〜情けなや!

 流石に、今春「未完」という句集を出版されたほどのスカ〜

レットさんは、

  ワルツまだ足裏に残る月の道

  蔦紅葉タンゴ踊る間も燃ゆる 

  コスモスに遊べる風のチャチャチャ

などの句を書いてあり、「ダンスと俳句、意外に合うでしょ!」

と堂々たるものですが、男性群はそうはいきません。では、

まず男性代表のアベベさんの登場です。


『喜』 夏休みの一日,龍頭泉で従兄妹とその子と一緒に川

遊びをしました。幼い子にしっかりと手をつかまれ,孫が出来

たらこんな気持ちかな〜と思いました。

『怒』 折角とった夏休み,妻が自分を放り出して,友人と約

束してたのについつい怒ってしまいました。わがままだったと

「反省!」(猿のように)

『哀』 夏休みの一日は,妻と二人でやっと念願の遠藤周作

記念館に行くことが出来ました。広くて青い海が悲しくなるほ

ど美しかった。

『楽』 台風が近づいてきた日に,上五島までサッカ〜の応

援に行きました。高速艇が波の上を”バッコンバッコン”して

ジェットコ〜スタ〜みたいで楽しかった。(負けおしみ?)

『★』  今までダンスを習ったことがありません。

     大変な期待と大きな不安です。 トホホ…


 いや〜わっはっは〜人が困っているのは楽しいな〜

小生も不安だけど,他人が悩んでいるのを見るのは嬉しい

な〜,ゴルフの一番で前の人がOBを打ってくれたら嬉しかっ

たな〜。駆け寄って思わず「おおっ,アミ〜ゴよ」と抱擁したく

なるほどでしたよ。

 大好きなアベベさんへ

あと2日間,眠れぬ夜を過ごしてくださいね。ご返信最後の

「トホホ…」は,多分そうであろうと推測した小生のサ〜ビスの

言葉です。 わっはっはっはっは〜 ぴ〜ひょろろだ〜  




    2002年9月2日(月)
 
       失敗談                     


 ふとしたことで、NHK長崎放送局の社員研修「シーボル

ト塾」の講師依頼を受けることとなって出発した。

 依頼書によると、”地域スタッフならびに職員の意識改革

と体質改善を目標に”と謳っているだけあって、なるほどな

るほど各界各層の立派な方々が月に一度、100人のスタッ

フさんたちに1時間程講演なさっているのである。 

 昔の小生であったら恐れおののくところであろうが、50才

の誕生日に自ら”楽天”を名付けて以来、本音・裸で生きる

ことに決めているので、まさかこの楽天野郎に立派なお話

なんぞ世間様が期待している筈はない(キッパリ!)と自覚

しているので気楽なものである。

 さ〜て、どんな話をさせていただこうかと先日来考えていた

が失敗談をすることにした。この日記にも自分史を勝手気侭

に連載しているし、(そういえば大分書いてなかった)事実や

経験に基づく話は人を感動させることであろう!などと勝手

な独り善がりは楽天が本物に近づきつつある証拠であろう!

わっはっはっはっは〜

 とまあ、そのようなシナリオで小生の62年間の失敗を思い

出してみたら呆れてしまった。

 ”あるはあるはあるは”我ながら驚いてしまった。生まれつい

てのオッチョコチョイは自覚していたつもりだがいやはやであ

る。世界中で一番失敗をしたのはエジソンであろう。という話

は聞いたことがあるが、エジソンは人が8回失敗したことを飽

かず弛まず800回の実験を続けて大発明に至ったわけだが

、小生の場合は単なる恥の連続であった。でも、可笑しい。

わっはっはっはっは〜

 小生が恥ずかしいくらいであるから、お聞きになっている人

たちは面白かったらしく喜んでニコニコしていらっしゃる方が

何人もいた。誰が何といっても世の中に人の失敗ほど楽しく

嬉しいものはないのである。小生のことを知ってたのであろう

か、クスクス笑いながら話し合ってる女性が2組もいたのであ

る。エヘン!

 話が終わってから、何日か前にお会いしただけであるが人

目惚れしてしまった井手得郎部長さんから昼食をご馳走に

なった上に過分の謝礼を頂戴して真に恐縮したのである。

 この夜、当店にお出かけいただき楽しく人生の一刻を過ご

すのであるが、井手氏のお人柄について、みなさんに是非

お話したいことがあるのですがそれは次回に譲らせていただ

きます。

 ただ、井手氏が小生の妻に仰ったたった一言だけご紹介。

「いや〜奥さん。あなたのご主人の出鱈目なこと!私はビッ

クリしましたし、みんなもビックリしたことでしょうね。講演の半

分ぐらいは”愛妻の万里ちゃん、愛妻の万里ちゃん”だった

んですから…」

 わっはっはっはっは〜

じゃ〜 大好きなみなさん おやすみなさ〜い

お陀仏楽天 J・D ガバチョ・ぴ〜ひょろろ

久々の高笑いでございましたぞ 馬鹿笑いですかな?ウン




    2002年9月1日(日)
 
     ママのお手紙(下)                     


 翌朝、かせや旅館を10時に出発しました。

仁田峠に向かって上り坂の時に車を運転する父ちゃんは、

肩に力が入って右に崖が見える時は左の方に身体を傾け、

左に崖が見える時には右の方に身体がよっているといって、

あっはっはっは〜と恵風子おばちゃんは腹を抱えて大笑い

(品が悪い…これ本当)していました。

 あとで、父ちゃんに理由を聞いたところ、高所恐怖症は

幼い頃のトラウマだといって”シクシク”と、声を出さずに泣

いていました。(これも一部本当!)

 お昼は冷やしソ〜メンを食べに、愛野の岩戸ソ〜メンを見

付けてまわり約二時間。道はきれいだけどグネグネと何本も

道がうねっており、迷ったあげくやっと1時過ぎに着きました。

 すると、なんと車が30台くらい停まっていてテ〜ブルの空

くのを50分ぐらい待ったのでしょうか?

 でも、山の中の木々の中をわたる風のテ〜ブルはとても爽

やかで、冷たい水と雰囲気はとてもすばらしかったです。

 やっと順番がきてご馳走を食べましたが、おソ〜メンの出し

汁は我が家のが美味しいと父ちゃんは言ってました。

 あ〜 おかげさまでいのちの洗濯ができました。恵風子お

ばさまには心から感謝します。

 いつか、正佳さんと太希ちゃんとみんなで行きたいです。

おじいちゃんがオセンペイを送ってとのことで、いただきもの

のモナカ(パンフレット入れてます)と一緒に召しあがってね。

 炭石石鹸はお肌ツルツルなります。(父ちゃんはいつもそう

言います…これは脚色でないある。たんに酔っ払っただけ)

 お身体を大切に、走り書きでごめんなさい。

 大好きな太希ちゃんへ

                             ママ

  梅干しと紅花酢、お福わけです。おいしいですよ。


    ・・・        ・・・        ・・・

 途中でいっぱいふざけて脚色していたが、万里ちゃんご

めんなさい。日々の忙しい生活の中でこんなに素晴らしい

手紙を太希子に送ってくれてありがとう。万里ちゃんありがと

う! 米ちゃん、太希子を頼みますよ!太希子…! 

 



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