楽天掲示板へ
                           



    2002年11月30日(土)

       田代洋子さん


 細面の顔にはちまきをキリリと締めて、オカッパ髪を後にな

びかせて颯爽と走るのであった。すらりと伸びた肢体はまる

でカモシカを思わせて、走った後には膝に手をやって”ハア

ハア”と大きく呼吸するのであったが、その美しい顔が紅潮し

ているのを横目でソ〜と窺いながら楽天少年はひとり密かに

”ホ〜”と溜め息をつくのでございましたぞ。

 田代洋子さんは、小学校6年生のときの同級生で、勉強も

できるし運動神経も抜群だったので、運動会ではいつもリレ

〜の選手として出場していたのであるが、シャイな小生はみ

んなの後方でつま先立ってハラハラドキドキと胸を高鳴らせ

ながら応援していたのです。

 そして、いまから15年ほど前に同窓会を開こうという時にな

ってはじめて、彼女が小学校卒業後何処かに引っ越していっ

て行方不明だということを知ったのです。そこで、やっぱり彼

女のファンだったらしい物好きな閑人と二人で、噂をタズネタ

ズネテ……諫早のどこかのお寺とか?……ぐるぐる探し回っ

たがとうとう見付からなかったという曰くがあるのです。

 そして ”ジャ〜ン” 昨夜突然、「法事で長崎にきたので、

是非小生に会いたい」 という電話があったのですぞ〜。

 ウッシッシッシ〜、やっぱり田代さんも小生に会いたかった

のでアッタノカ〜?! ということで、相思相愛(?)ではある

が運命の悪戯で結ばれることができなかった美貌の二人

は、奇しくも半世紀振りに出会うことになったのであった〜。

ジャン・ジャ〜ン!

 さあ大変ですぞ、半世紀振りの美男美女の再会なのです。

洋子さん、綺麗かな〜?変わってないだろうな〜?たった1

回の人生における50年振りの使用前の顔と使用後の顔の

お見合いなのですぞ。ハッケヨ〜イノコッタ〜ッ!

小生はいそいそとお化粧に励むのでございます。

 残り少ない髪の毛を梳って、鼻毛よ〜し、入れ歯よ〜し、口

臭よ〜し、靴の臭いよ〜しでオ〜デコロンをザンブリッ!

鏡の前で “に〜” と、笑った。失敗だった、まるで上機嫌の

禿ゲ鷹である。わっはっはっはっは〜

 ということで、時間近くなったので店の前を行ったり来たりし

ながら気障にパイプをふかしていたところ、”来たっ、来まし

たよっ!” 素敵なレデイがやって参りましたぞ。

 とその瞬間、どちらからともなく顔を見合わせたかと思うと、

「洋子ちゃん?」 「小田さん?」 と、思わず声を出し合って

肩を抱き合い、ではなかった。おっとっと、手を握りしめてい

たのです。

 この後2時間ほど、50年の積もる話しに花を咲かせたりロ

マンチックに昼食にチャンポンを食べに行ったりして(フラン

ス料理が良かったかな〜?)ひとときを楽しく過ごしたのです。

 でも今振りかえってみると、洋子ちゃんは幸せそうな笑顔だ

ったな〜。川アに住んでいるということだが、ご主人がいい人

なんだろうな〜と思ったのです。

 「品良く齢を重ねた」と、いう雰囲気でございましたぞ。

いや〜良かった良かった!50年の歳月も小生の夢を打ち

砕くことなく良かった良かった!初恋の夢が、イメ〜ジが壊れ

なくて良かった。

 ところで、洋子ちゃんは小生のことをなんと思ったかな〜?

イメ〜ジ大丈夫かな〜? 幻滅しなっかただろうな〜と心配

のぴ〜ひょろろでございましたが、当店のウインド〜には、か

の永遠なる洋子ちゃんが持ってきてくれたピンク色のシクラ

メンが色鮮やかに咲いているのです。

ありがとう、初恋の人よ!




    2002年11月29日(金)

      Dear とうちゃん  


 昨日、太希子の嬉しい手紙を見つけて書かせてもらったば

かりなのに、今日もまた嬉しい手紙が届いた。1日1回は母親

と電話して”ゲラゲラ”と、傍にいても聞こえる程の太っかい

笑い声を立てているのだが、手紙はまた手紙で嬉しいもので

ある。先日、風邪気味だったので早く寝んだのを聞いて、お

見舞いの本を送ってくれたのである。

      Dear とうちゃん 

 とうちゃん、カゼは大丈夫?どこから、うつったとやろうか?

 「楽〇とテツは、カゼひかんっ!」 て、チエが言いよったご

たるけど……!!

 早く治るように”カゼ薬”を送りま〜す。病気の時にしかゆっ

くり休まれんやろうけん、慌てずのんびり治さんね、あはっ!

私はこれから歯医者さんに行ってきます。赤ちゃんから取ら

れるらしくて、カルシュウム不足で歯のボロボロかけよっヨ〜

〜! とうちゃんより、早く子供に入れ歯の手品ばせんばカ

モ……?なんてね〜!でも、カルシウムには気をつけます。

 あっっ、年末ジャンボは買った? 早めに買うより今回は最

終日に買う予定!! だって、当たり番号に〇〇〇〇〇1と

かないやろ〜。だけん、後から買った方がよかよネ〜。

 最近、いじで天気の良かけんいつも散歩ばしとる。それで、

目についたお店に入っては米ちゃんの知らんうちに料理の

研究ばしよるとよ。エヘッ! 食べ過ぎて具合が悪い時には

「つわりが……」 て、ごまかしたり……エヘヘ……

   それじゃ〜 またね〜 シ〜ユ〜〜〜

                 たんごろりん


 と、このような文面である。幼稚な太希子の笑顔が浮かん

できて楽しいのであるが、いやはや、打つのは難しいのです

ぞ。 めたらやたらに、 「あはっ」 とか 「エヘッ」 とか

の言葉が出てきて、それが途中からひらがなやカタカナに

変わったり、矢印で新しい言葉が挿入されたりしてとても忙

しいのである。

 それにまた、突然横棒線が伸びたり猫の足跡みたいのや

汗が”タラリタラリ”と、流れていたり、ハ〜トが描いてあった

り「バイバイ〜」手を振っていたり彼女お得意のイラストが

描いてあったりと、もうまるで象形文字か幼稚園生のお手紙

みたいなのである。

 小生思うのであるが、この手紙をパソコンの教材用として販

売したら大儲け出来ないものかな〜?と、それくらい難解な

のであるぞ。 エヘっっ …… (小生横線が出来ないので

点線で誤魔化してあるが、この後太希子風に汗を”たらり”と

2滴垂らしたいのである) わっはっはっは〜

 あっ、そうだ! 思い出した。 そういえば、この手紙を見て

愛妻が 「ブッ〜」 と、吹き出したので

「どうしたとね?」 と、聞いたところ

「オッホッホ〜 ああ、可笑しい」 と思い出し笑いしながら昨

日の太希子の電話を教えてくれたのです。

 なんでも、太希子はもうつわりが終わったらしくお腹が減る

そうです。それで、散歩の途中にある喫茶店などに我慢が

出来なくなって入り、自らを料理の勉強などと言いくるめな

がらパクパクやってるそうです。そして、米ちゃんにはつわり

などと言って誤魔化しているそうですが、わっはっはっは〜

それで、文面の最後の方の意味がとけた訳です。

 本人の科白によれば、「太希ちゃんは1日に500円ぐらい無

駄をしてるみたい!」と、ママに言ったそうで、預金通帳が〇

〇円あったのに〇〇円になってしまったそうですぞ。 あっ、

これ、米ちゃんには内緒ですぞ!わっはっはっは〜

 だから、宝くじなんて思いついたのかな〜、長崎では買っ

たこともなかったのに……。しかし、相変わらず独り合点で意

味不明なことを書いているようである。最後に〇〇〇1が出

ないとはどういう意味かな?宝くじの仕組みは分かっている

のやら。まあ、最後の日に買うと言うのは先日の自転車で味

しめたのは分かるけど……。わっはっはっは〜

 でも、とにかく甘い父親とすれば、長崎にいれば賑やかな

彼女には友達800人もいたのに、はじめて父のもとを離れて

見知らぬ土地の茅ヶ崎に嫁いでいった彼女が不憫(二人に

とってはいらぬお世話でしょうが)でしょうがないのです。

 米ちゃんも東京の人間ですし、太希子もはじめての地です

ぐには友達も出来ないと思いますので、茅ヶ崎のみなさ〜ん

小生の可愛い太希子をよろしくお願いしま〜す。

 ……ひとり、散歩してる娘を想って涙ぐむ哀れな

 ぴ〜ひょろろでございました。




    2002年11月28日(木)

    太希子のおはなしなあに  


 今年の春に結婚した太希子からの手紙がひょっこり出てき

た。いつ頃届いたものやら小生は見ていなかったようだが、

いつまでも幼稚な文面が可笑しいやら嬉しいやらである。

    『 大好きなとうちゃん 』

 お待たせしました〜、私の予習が終わったので送ります。

いや〜本当におもしろい!!テツのいじける姿は誰かさんに

そっくりで……。アハハ。特に始めの頃のスト〜リ〜は読み

やすいね。

 本といえば、なんと 「今日のおはなしなあに?!」 の本

を古本屋で見つけたので買ってもらったよん。4冊全部!

嬉しいことに、昔とうちゃんに読んでもらった本と同じ古さの

本だよん。

 米ちゃん(夫)に 「この本はね〜、小さい頃の思い出のつ

まった宝物よ」 と、とうちゃんとママが読んでくれていたこと

を話すと、 「そしたら今度はオレが読みたい」 と言ってくれ

て、毎晩の日課にしてくれました。本を読みなれない米ちゃ

んは、額に汗を浮かべながら読んでくれます。

 時々声を変えながら読むんだけど、途中で声が入れ替わっ

ていたりしておもしろい!!女のこの声や可愛いリスなどの

動物の声は“オカマ”みたいであもしろい!!

 そして、「おしまい」 と言われないと、終わったかどうか分

からないところがおもしろい、テンポがおもしろい。という訳

で、寝る前の本で益々目が覚めてしまう私!

 昔も今もこの年になってよ、エヘッ!寝る前に本を読んでも

らえるなんて、あ〜幸せかね〜〜。今日のお話しはどんな物

語かなあ? またね〜〜〜


 と書いてあって、最後に彼女得意の可愛いイラストが描い

てあり、バイバ〜イ と、手を振っているのです。 

米ちゃんもよか婿さんで、太希子に優しくしてくれるらしく、父

親としては ”ホ〜” と、安堵の吐息なのです。ありがとう!




    2002年11月27日(水)

         掃除


 心を磨く刀を磨く、自分を磨く鏡を磨くとか言うが、今朝は

起床後何をしようかと思った時に、ふとこの言葉を思い出して

ワ〜ドロ〜ブの整理整頓をすることにした。 洋服をハンガ〜

から降ろしてブラッシングして、雑巾を絞って6時半から8時

半までみっちり2時間かかって拭き掃除をした。

 台所から上がってきた愛妻や娘達がビックリしていたが、な

〜にビックリしているのはこの本人が1番である。でも、人が

ビックリしてくれたら嬉しいので益々励みがつくのが小生の

特長なのである。みなさんも、気まぐれB型の小生みたいな

タイプが近くにいらっしゃったら褒めて育ててくださいね。お

だてに乗りやすいですからね〜。わっはっはっは〜

 あらためて考えてみると、この掃除をしたのはいつだったろ

うか、たしかオ〜ストラリアかどこかでオリンピックがあってた

みたいだから、かれこれ……?……わっはっはっは〜

 しかし、気持ちが良いな〜。「心を磨く、自分を磨く」 か。

今日は、なにか良いことがありそうな気がするぞ〜うんうん!

 




    2002年11月26日(火)

        ギックリ腰


 大好きなみなさん、みなさんはギックリ腰はご存知でござる

か? 自分のことを自慢するのもなんでござるが、かくいう小

生はこの道30年のベテランなのでござる。エヘン!

 と、威張れるようなことではないが、とにかくこの西洋で言う

ところの”魔女の一撃”とやらは困ったモノで、場所や時間を

問うことなしにいつ何時現れいでやるか分からないのが怖い

代物なのである。

 動くに動けず「アタタ・アタタっ!」と腰を押さえて立ち竦ん

でいる様は、見ている分には非常に滑稽であるが、本人にと

っては油汗を流すほどの地獄の苦しみなのである。ところが、

これがまた何時の間にか治ってしまうところが不思議なのであ

る。

 世に言うところの『失恋とギックリ腰は歳月が癒してくれる』

等という格言があるかどうか、本当かどうかも知らないが、ま

あ何事も実体験が学問の近道であろう。わっはっはっは〜

 あっ、そうだっ!「学問に近道なし」 という言葉を耳にした

ことがあるが、あれは〜間違いでございまして〜絶対にある

のでありま〜す。とにかく、ギックリ腰もしたことがなくって人

類の叡智や人生哲学や人間工学(ドサクサ紛れ)が語れる

と申せましょうか。

 それ、「百聞は一見に如かず」 とか 「百見は一行に如か

ず」 とか 「百行は一ックリ腰に如かず」 とかの諺がござい

ますでしょう?ご経験のないお方は是非お試しください。

 人の痛みの分からないような人非人になりたくないお方や、

21世紀に生きる1ホモサピエンスとして、多くの仲間達と共に

喜怒哀楽を分かち合いたいという考えをお持ちの方々のご

参加を心からお待ち申しあげます。

 ところで、先刻小生の大切な美希子が往復葉書きの印刷

を手伝ってくれている途中で、突然腰を押さえて海老になっ

てしまったのであります。初めての経験なので本人は

 「イタタイタタ」 と言うばかりでなにも分からなかったのです

が……、小生はその様子を見ながら非常に感慨深い思いをし

ていたのです。

 ほんのちょっぴりの時の流れの中で、ヨチヨチと歩いてきて

「とおちゃんだっこ〜」 と甘えていたあの可愛い美希子が、

何時の間にかギックリ腰をするような歳になったのか、この娘

もいつかは40肩を経験するのであろうか、白髪も生えるので

あろうか? 嗚呼、無常なり……!

 などと考えながら、子離れの出来ないぴ〜ひょろろは、オヨ

ヨ・オヨヨと泣き崩れるのでございましたぞ。みなさんも、ど〜

かギックリ腰になんかならないようにご注意くださいね!




    2002年11月25日(月)

        美少年


 美少年と記したので、自分のことを書くのではないかとみな

さんはお思いになったかもしれないが、それは早合点という

ものである。曾て、いくら紅顔ではあったとはいへ、この歳に

なって美少年とは自から言えるものではない。まあ、人がなん

と呼んでくれようとそれは勝手ではあるが……。

 美少年とは、博多駅商店街にある気のおけないカクウチ

(立ち飲み屋)屋で、小生は博多の街を訪れる度に植木等の

ス〜ダラ節ではないが、♪ちょいと一杯のつもりで〜♪立ち

寄らせてもらうのである。

 さて、話しは変わりますが、昨日ご先祖さんの御籤が悪か

ったので親孝行の小生はゲンなおしにと福岡に出掛けた

のである。 そして、御籤をひいたのであるがナントナント、大

宰府の天満宮では50円で3枚(のらくろ君のサ〜ビス)もきま

したぞ。

  東風吹かば匂いおこせよ梅の花

         あるじなしとて春な忘れそ

 と、いう菅原道真公の御歌が書いてあって、そしてまた出て

きた運勢は大吉で「運気は非常に良いものがあり、とくに名

声運や事業運などの強い兆しです。周囲の注目を一身に集

めることになるでしょう。それだけに、はしゃぎすぎたり、調子

に乗り過ぎたりしないよう心掛ける事が大切です」とありました

ぞ。

 わっはっはっは〜 してやったり〜、と小生は大いに喜んで

気分上々でのらくろ君について行ったところ、なんとなんと先

述の美少年に3回も連れていかれたのです。1回目は菅原

道真公に乾杯。2回目は良い本に出会ったため、3回目はの

らくろ君の長小便のお陰で、汽車に乗り遅れたというのがそ

の理由なのである。

 わっはっはっは〜 流石に3回目は美少年のお兄さん方も

ビックリしておったが……! でも、小生も初めてであったぞ、

1晩で3回も同じ店に行くなんて、これもハシゴになるのであ

ろうか?わっはっはっは〜 あ〜面白かった楽しかった、愉快

愉快愉快だったね〜のらくろ君、ありがとう! 

 でも、やっぱり我々ははしゃぎ過ぎたし、調子に乗り過ぎた

ね。折角の良い運勢も台無しになりませんように!


 「追記」 …… と、いうところでサ〜っと終わりたいところで

はあるが、先日この日記を見てくださるさる美貌のお方から

「楽天さんは、いつ仕事をするのですか?」 と、聞かれたの

が小心者の小生には少々応えましたので「実は、今日は仮

縫いを済ませてから天満宮さんに出掛けたのでございます」

などとまた、言い訳をするのがクヨクヨウジウジして人の目ば

かり気にして大成出来ぬ小心者と言われる所以なのかな〜

と、また爪を噛むぴ〜ひょろろでございました。




    2002年11月24日(日)

        幸せ者


 ”小春日和とはこんなもんだ〜” と、誇示するかのように雲

一つない青空が高く高くたか〜く広がっているのです。

 今日は、小生の可愛い姪っこの路子が、恵風子と一緒に

一昨日から遊びに来てくれており、頑固さん(92才)とご先

祖さん(88才)の長寿と健康を感謝して諏訪神社へ家族み

んなでお参りに来ているのです。

 みなさんご存知のごとく、我が楽天ファミリ〜は非常に賑や

でございまして、我々がワイワイガヤガヤと歩いていると道ゆく

人たちがビックリして振りかえるくらいに大声で笑っているの

です。

 さて、全員でお参りしたあとで200円のお御籤をひいて、家

族を代表してご先祖さんに開けて貰ったところナントナントナ

ント、「消えかかりし燈火の少し明るくなるが如し」という卦が出

てきて一同大笑いでございましたぞ。

 丁度、通り合わせた宮城外科の豪傑院長が「今日はまたま

た大勢で奇人変人クラブね?」と言うのでご夫婦に見て頂い

たところ、流石は粋人わっはっはっは〜と大笑いして言うこと

にゃ〜、「後吉だから、おばあちゃんは長生きしとれば良かこ

とのあっとばい!そいに、”婚姻は良し”て書いてあっけん良

かったね〜」の名応答に一同神前で大笑いをしたことでござ

いました。

 この後、茶屋でお団子やおはぎを買って公園のベンチで

分け合ったり、動物園でリスやウサギや小鳥達を眺めたりして

92才から25才まで童心にかえってワイワイガヤガヤ、連れ立

ってそぞろ歩きを楽しみながら物産展に出掛けてタラフク味

見をしてまわったりして本当に嬉しい一日でした。

 頑固さんとご先祖さんの幸せそうな笑顔や、しょっちゅう来

てくれる恵風子と路子の優しい心を見せてもらうにつけ、

われら楽天家族は本当に幸せなんだな〜、と心から感謝す

るのです。

  今日も楽しい一日をありがとうございました。




    2002年11月23日(土)

        りり〜さん


 この春までユ〜モアクラブ会員であり、退職後故郷の鹿児

島に帰って新しい仕事に就いておられるリリ〜さんが8カ月

振りにお顔を見せていただいた。

 ご主人のハレ〜さんが、ハレ〜・ダビッドソン長崎大会にご

出席のために同行なさったのである。そしてまたハレ〜さん

は、今春作って頂いたマオカラ〜のブレザ〜を始めてご着用

なさったと仰って堂々のお披露目来崎なのである。久し振り

にお会いするリリ〜さんは益々美しく、ハレ〜さんの着こなし

も上手でとてもお似合いで嬉しかったことです。頑固さんも万

里ちゃんもニコニコニッコリ、はいチ〜ズと記念写真を撮らせ

て頂きましたぞ。

 さて、それから我らが例会場のかたろう大学院の迎賓館に

お二人の歓迎会に出掛けたのですが、もうオ〜ドリ〜にベン

ツさんは首を長くして待っておりましたし、三々五々と集まっ

てくるワ〜ルドユ〜モアクラブの懐かしい面々が揃う度にリリ

〜さんはニコニコしておられました。
 
 結局、先の4人に加えてユ〜タン・ブリンナ〜・ダイアナ・ト

ロン・喰海・ム〜ミン・ルル〜・ガバチョ(小生)の12名で、

ワッハッハ〜オッホッホ〜と大爆笑のケタタマシイ一夜を過

ごしたわけでございます。みんな仲良しこよしなのですよ。

 でも、考えてみますと小生が120才生きるとして、人生の半

ば以上を過ぎてから、このように素晴らしいアミ〜ゴにお会い

できるということは本当に幸せなことです。

 リリ〜さんの後任所長として長崎に来られたルル〜さんの

仰るには、沖縄の言葉で「イチャリバチョウデ〜」というのは、

今日会ったら兄弟だよ!という意味だそうです。

 大好きなみなさ〜ん、ご存知でしたか〜?

  まだあったことのないひとも

    今日あえるひとも

 いつかあえるかもしれないひとも

  ………みんな友達………    
 
        そして

    イチャリバチョウデ〜

 忘れないでね〜 わっはっはっは〜

 リリ〜さん みなさん ありがとうございました〜

  感謝感謝のぴ〜ひょろろでございました




    2002年11月22日(金)

        ぼのぼの


 小生,子供の頃から「勉強はいっちょんせんで,漫画ばっ

かり読んでから,こん子は一体どげんなっとやろか?」とご先

祖さんを嘆かしたものだが,62才の現在でも漫画が大好き

で白髭で禿げで,こんな子になったのである。エヘン!

 そしてまた,こんな子にも娘が3人出来てみんな漫画好き

で,仲良く廻し読みするのである。勿論愛妻の万里ちゃんも

一緒なのである。エヘンエヘン!

 漫画本を読んだことがない人はいないだろうが,それでも

還暦を過ぎていい年をした男がどんな本を読むのだろうか?

と奇異に感じられる方もいらっしゃるかもしれないので,今回

は小生の大好きな愛読書……何回読み返しても心がぼのぼ

のと温かくなる……”ぼのぼの”を紹介させて頂くことにする。

 ぼのぼの第17巻である。

作者の「いがらしみきお」氏は1955年1月13日宮城県生ま

れ。5才の時,神の啓示により漫画家になろうと決意。24才

でデビュ〜。88年に講談社漫画賞、98年に小学館漫画賞

を受賞している。神の啓示はまさしくホンモノであった。

 先ず,表紙カバ〜裏面に次のように書いてある。



  『 許して忘れる 』


    許して忘れる

    許して忘れる


    腹が立つことが

    あっても    

    許して忘れるのです

    
    一度やってみて

    ください


    ・・・      ・・・     ・・・

  『今回登場する主なキャラクタ〜』


       (ぼのぼの)

    「見ている」 というのがぼ

    のぼのの基本的な姿勢で

    ある。 そういう子は消極

    的と言われるかもしれない

    が, 別にいいと思う。


      (シマリスくん)

    シマリスくんには, おに

    いさんがいたのである。

    親の勝手に巻き込まれる

    子供というのは可愛そう

    だが, シマリスくんなら

    平気さ。


     (アライグマくん)

    アライグマくんについて

    「いじめ」 の問題を指摘

    されたことがあります。

    うん, アライグマくん,

    いじめはよくない。 いじ

    めはやめろ。

   
     (スナドリネコさん)

    誰かに見られてるという

    のは変なものです。 ただ

    見られているだけなのに,

    なんであんなにイヤな気

    持ちになるんでしょう。


     (ショ〜ねえちゃん)

    ショ〜ねえちゃんも親の

    勝手に巻き込まれます。

    誰かの『勝手』が一番嫌

    いなのです。 


   (シマリスくんのおにいさん) 

    これがシマリスくんのお

    にいさんなのです。 あ

    たりまえなほど, 最近は

    変なヤツあつかいされる

    みたいですが。

  
    (シマリスくんのおとうさん)

    これが勝手な親です。 ひ

    どい親です。 シマリスパ

    パ、 勝手はよくない。 勝

    手はやめろ。


       (名人ジョボ)  

    名人です。 名人は 「いじ

    め」 や 「勝手」 や,不条

    理の中から生まれるもの

    です。だから我々は,名

    人を見ると感動し,畏敬し

    ます。


     ・・・      ・・・     ・・・   

  (シマリスくんのおにいさん)

あらいぐまさん, 乱暴はいけません。

腹が立つことがあっても, 許して忘れるのです。   

昨日あった嫌なことを忘れずに今日も生きていると、

自分がどんどん古びていくような気持ちになりませんか?

許して忘れるのです。

一度やってみてください……

      と言いながら 「がくっ」 と倒れて

      「ぐ〜 ぐ〜」 と寝てしまう

  (シマリスくん)

すごく,疲れてたのねえ。

   (ぼのぼの)

うん。

許して忘れるのか〜〜〜

ふ〜ん,

ボクたちもちょっとやってみようよ。

   (アライグマくん)

あ〜?

何を 許して 忘れるんだよ?

   (ぼのぼの)

とにかく、なんでもいいから許して忘れるんだよ。

        何か思案中のアライグマくんを中心に   

        ぼのぼのくんと ショ〜ねえちゃんと

        シマリスくんが立っているだけの

        無言のシ〜ンが3齣続いた後

        3匹がアライグマくんに近寄って

        「ぽんぽん ぽんぽん」 と肩を叩いたり 

        手を握ったりする 

   (アライグマくん)

「うがが」 

なんで、あまえらみんな

オレのところにくるんだあ。

        と 3匹を蹴飛ばす

   (シマリスくんのおにいさん)

じゃあ、そろそろ帰るよ

みんなどうもありがとう。

   (ショ〜ねえちゃん)

待てよ、お前。

ウチのおとうさんのことをうらんでないのか?

お前とお前の母親を捨てたんだぞ。

それとも、それも、

許して忘れたっていうのかよ。

    (シマリスくんのおにいさん)    

うん

    (アライグマくん)

こいつっ〜〜〜

「ば〜ん」         

         と ぶん殴って

えらいぞ 

もっと、やさしく

ほめろ!

         シマリスくんのおにいさん

         オヨヨ…と ひっくり返る

          そして          

         最後にシマリスくんだけ

         見送ることにしたのだ

         シマリスくんは

         おにいさんが

         何をしに来たか聞こうと思って

         お兄さんの方を見たら

         (腕を組んで、端然としている

          兄の様子が2齣続いて) 

          ああ もういいんだな

          と 思ったそうだ 

          (そして最後に離れた木の陰から身勝手な

           シマリスクんのお父さんが見ていて)

うむ        と頷いて 終わりなのです 


    ・・・       ・・・       ・・・

 どうでしたか みなさん 如何でしょうか? この本の素晴

らしさがお分かりになられたでしょうか? ひょっとしたら難し

かったかもしれませんね でも もしよかったら 是非一度お

読み頂ければ嬉しいです

心が 爽やかになること請け合いです

 いまこのようにして 科白を追っかけているだけでも 

この本の 素敵な絵と科白が嬉しいのですよ

こんな 素晴らしい本の作者にいつかお会い出来たら

嬉しいな〜 いつか何処かでお会い出来たら幸せだな〜

 と 想うだけで嬉しい ぴ〜ひょろろ なのです 




    2002年11月21日(木)

     のらくろ君のらくろ記


 「あなたのようにしっかりした人が,どうしてそんなに優し

くなれるの」と,ベテイ・メイフイ〜ルドに訊かれてフイリップ

・マ〜ロウ(主人公の市立探偵)が答える。

@ 「しっかりしていなかったら,生きてはいけない。

    優しくなれなかったら,生きていく資格がない」

                   (清水 俊二訳

A 「強くなければ男は生きてはいけない。

    しかし,優しいところもなければ男じゃない」

    (結婚式のスピ〜チでしばしば引用される迷解釈)     

B 「タフでなくては生きてはいけない。

    優しくなければ生きていられない」       

C 「女の情けにほだされてたんじゃ,

    この稼業(しょうばい)はやってけねえんだ。

   けどよ,

   惚れた女に情けひとつもかけてやれねえようじゃ,

    男を張ってる甲斐がねえってもんさ」

             (広沢虎造風浪花節的解釈)

 ハ〜ドボイルド・ミステリ〜フアンならご存知の、レイモンド・

チャンドラ〜著「プレイバック」の中で交わされるフイリップ・マ

〜ロウの有名な台詞ですが,一人歩きしてしまって様々に勝

手な解釈がなされている。

 @は,作品の内容からしても名訳とされている清水俊二さ

んで,神聖にして冒さざるべきものと言われているが、果たし

てどうだか。

 Aは,一人歩きの最たるもので,何処で聞きかじったのか、

作品を読んでもいないお方が結婚式のスピ〜チでしばしば

引用されるもの。ハ〜ドボイルドの私立探偵さんの言動が,

結婚式のスピ〜チに引用されるとはなんとも笑止千万である。

Bは,独断ながら編集子が最も適訳であると断言できる,名

キャッチコピ〜。

Cは、長谷川伸さんか虎造か,日本人の琴線に触れる浪花

節的な言いまわし(異訳)にすればこうなる。


 男はロマンで生きているところもあるが,清濁併せ呑まなく

ては世間を渡っていけない。でも,寛容という心の優しさや

救いがあるからこそ,なんとか生きていけるのだ。

                 (編集子の勝手な解釈)

    ・・・      ・・・     ・・・

 以上が,小生の悪友であり「日本ケナシ合い運動」の総裁

である”のらくろ君”の文章である。彼は,毎月1回発行して

いる我等が夢豊会ニュ〜スの辛口編集長であり,役得を笠

に着て人の文章を勝手に変えてしまう悪癖を持っているので

ある。いや,生き甲斐であろうか,まったく困ったものだ!と

いうのが巷の噂なのである。

 折角,心を込めて”世のため人のために……を,しよう!”

と,書いてても彼の食事前の気分次第では,【…するな!】

となってしまうのであります。あ〜困ったもんだ。

今夜あたり,深夜に電話が掛からねばよいが……。

       ああ   のらくろ君よ

 優しくなければ 生きる価値も ない のである




    2002年11月20日(水)

     第1回 I・T勉強会 


 二月前、商工会議所か何処かの主催でパソコンの勉強会

があるという通知が来た。5回(?)くらい継続の申込書が入

ってた。どうしよう、難しいだろうな〜?と迷っていたら、店に

いた友人が「行くべし!」と言ったので思い切って出掛けた。

 時間前に会場に入ったところ、20人位の人達が画面を見

たまま、キ〜ボ〜ドも見ないでトレ〜ニングをしていた。帰ろう

かな〜と思った。…が、我慢だっ!と、小生は指をポキポ鳴

らして心を静めた。

 瞑想の後、ふとイメ〜ジトレ〜ニングをしようと思い立って、

みんなの真似をして画面を向いたままで手を動かしたら突き

指をした。痛かったので再び自分の世界に入ることにした。

 若い女の先生が入ってきて授業が始まった。「分からない

ところは何でも聞いて下さい」というので、安心して後を振り

返ったら責任者らしい人がニコニコしていたので更に安心し

た。横には若い女の人もついていたので更に更に安心した。

 授業が始まって暫くしてから、分からないところがあったの

で手を挙げて最初の質問をしたら、責任者(以下、紙面の都

合上彼と呼ぶ)がニコニコしてもみ手をしながら駆けてきた。

とても親切に教えてくれたのでとても嬉しかった。

2回目の質問をしたらニコニコしていたがユックリ来た。

3回目は、顔がこわばっていた。

4回目は、後向きで手を振り回して、やっと彼を発見した。

5回目は、後向きに立ち上がって何回も両手を振り回した。

6回目は、大声を出したら、やっと彼が発見してくれた。

  もう、休憩時間である。彼は向こうの方で先生と若い女

 性と3人で深刻な顔で会議をしているようだ。難しい問題

 らしく、まだ顔がこわばっている。小生も後向きの姿勢が多

 かったので首がこわばってしまった。広い所はそこしかなか

 ったので、壇上でラジオ体操をする。授業再開である。

質問再開  したら女性が来た。彼は何やら忙しそうに書類

       の中に頭を埋めて書きものに夢中である。

8回目は、 操作してあげましょうか?というのでソウサシテモラウ。

9回目は、 後向きの大声両手振りでやっと彼女に発見さる。

10回目は、振り向いたら、♪そこには〜ただ風があるだけ♪  

11回目は、仕方がないので、壇上の先生を見たら卒倒した。
 
 救急車で運ばれて行ったので、授業は早めに終わるとのこ

とである。これで,第1回目のI・T教室が無事に終了。

 小生も,やれば出来るということであろう。2回目が楽しみ

である。 さて,今日の晩ご飯は何であろうか? うんうん !   




    2002年11月19日(火)

        見送り


 ついこの間、来たばかりだというのにもう帰っていく米ちゃ

んと太希子なのです。タイムフライホエンユア〜ハビンファン

なのですね人生は!本当に「楽しいときは早く行ってしまう」

のですね。

 米ちゃんが会社の人にお土産を買っている時に、太希子

と二人きりになったのであるが、彼女の目を見るのがチョッ

ピリ恥ずかしかったので売店の方を向いたままで、「なにか

家に帰ってから食べるものでも買ってやろうか?」と聞いたら

「うん」と頷いたので一緒に選んだ。

 あれやこれや選ぶのであったが、小生がたまに万里ちゃん

の買い物に付き合って買うときと分量が違うのでビックリした

のである。なんといっても我が家は今でも6人家族、太希子

は二人家族なのである。

 普段から騒々しい楽天家7人家族の中で育って、3人姉

妹の次女で、一番ドンガラリンであった娘が……

 フ〜ン、米ちゃんが会社に行ってる間は一人で待ってい

るのか〜と、嫁に行ったら当然のことなのにいつまでも子

離れ出来ないバカタレぴ〜ひょろろなのです。

 ”よしよし”と細い目を益々細くして、かまぼこを買ってやっ

てから10メ〜トルほど歩いたところで「モシ、モ〜シ〜」と、

店員さんが追いかけてきた。何だろう?と振り返ったところ、

 「は〜い、品物をお忘れですよ」と言う。なんとなんと、あ

れやこれや見てまわっていたのでうっかりしたらしい。

 「わっはっはっは〜太希子のバカタレが〜しっかりせんと駄

目ぞ〜」と、小生は普段は優しい父親ではあっても、やはりキ

チンとすべき時にはキチンとさせねばと思って、父親らしく威

厳のある声を出して娘に注意しておりましたところ、

「あの〜、お金も頂いてないのですが〜」と、店員さんは真

に気の毒そうであった。 

 というような楽しい思い出を残して、二人は帰っていったの

です。わっはっはっは〜 どうか お元気で !



    2002年11月18日(月)

       どんぶり飯


 米ちゃんは友人の結婚式に出席中なので太希子は我々と

お留守番である。久し振りに家族7人で、万里ちゃん手作り

のばら寿司を食べようとしてたら優希のボ〜イフレンドK君が

やって来た。米ちゃんのピンチヒ〜ッタ〜であるが、K君も同

じバレ〜チ〜ムの先輩だけあって体格も同じくらい大きく性格

も明るい、但し色の黒さでは米ちゃんの勝ちであるわっはっ

はっは〜。

 さてそのK君であるが、先ず始めにばら寿司を大皿一杯食

べた後で、僕は猫舌ですので、もしよかったらそこの残ってる

のを頂けますか?と言うのである。

 そういえば先刻から見ていると、スペアリブを取るのにわざ

わざ手を伸ばして遠くの皿から取っていたので、厚かましい

奴だな〜大きいのを選んで取ってると思っていたら、なんだ

そういう訳だったのか〜わっはっはっは〜。

 ところがである、優希がいそいそと持ってきたのを見ると、

なんとなんとなんと昼食の残りがどんぶり一杯残っているの

を平気で受けとって「いただきま〜す」と、あらためて食べ始

めたのである。それも、旨そうにパクパクと……!

 いや〜わっはっはっは〜流石に若い、いや〜若いというの

は良いことである。そしてまた、食べるということは心身の健

康のバロメ〜タ〜なのである。K君は健康なのであろう。

 小生も若い頃は人がビックリするくらい食べていたものだ

が、懐かしいな〜あの頃が!最近は身体を動かすことはし

ないで3枚舌ばかり使っているので、ついつい舌の回転を

滑らかにする為にビ〜ルばっかり呑んで、いやはや我なが

ら困ったものだ。

 この後セブンブリッジをしたが、みんなのど肝を抜いたど

んぶり飯君の一人勝ちであった。いつか今度小生も、太田

先生か何処かのお手伝いに行って身体を動かした時には

どんぶり飯を食うことにする。うわ〜考えただけでも懐かしく

って嬉しいな〜。ウンウンウンウン……

 “よしっ!” どんぶり飯を食うのが今後の小生の生き甲斐

とする。と、このように崇高な目標設定をしたぴ〜ひょろで

ございました。いつか何処か誰かの前でどんぶり飯を”がつ

がつがつ”と食らってビックリさせてやるのである。

                乞うご期待!
 




    2002年11月17日(日)

       楽天外交団


 今日は、小生が名門長崎商業で一緒だった中村和郎君が

作ってくれたブレザ〜2着の納品と、15年来のお客様である

下田様が弟さんの洋服ご注文をご紹介してくださるとのこと

で福岡出張の日である。小生や小生の仲間が、なにかことを

起こそうと綿密な計画を立てていると、必ずやなにかハプニ

ングがあるのだが今回もそうであった。

 そもそも、朝からデベソで物見遊山が好きなご先祖さんが

「私も行きたい!」と言い出したのがその発端であった。つま

り、これで我らがカスタムテ〜ラ〜オダの外交出張員は総勢

5人となった。

 まず前述のご先祖さん(車窓から木々の紅葉を眺めては

「綺麗かね〜、来て良かった〜!」の連発なのである)と愛妻

と熊さんと途中から合流するのらくろ君と小生の5人なのであ

る。

 まず始めに、休憩所で我が愛車ロシナンテ丗号が緑色の

泡を吹き出しているのを発見した。高速道路を降りるべく料

金所に行ったら切符がなくなっていた。どうなるのかと思って

いたら、係り員も一緒になって車のあっちこっちを真剣に探し

てくれたのはいいが、結局始末書を書かされた。途中で、フ

ザケ混じりのいい加減な電話を入れていたお陰で、中村君

が葬式に行けなくなってしまった。

 ゴメンナサイゴメンナサイ中村君!この場をお借りして心か

らお詫びします。大体においてこのようなトラブルが起こるの

は、いつもいつもみ〜んなあのいい加減なのらくろ野郎が悪

いのです。おっと、この時点ではまだ合流していなかったん

だっけ!?あっはっはっは〜。

 でも中村君、貴君には同窓会や洋服注文の折りに会って

いたが、貴君の奥さんとは結婚式以来40年振りにお会いし

たのだったが相変わらず初々しく美しかったことです。小生

は嬉しかったよ、あなたが優しいから奥さんが美しいから、今

日のお二人の笑顔があるのですね。

 寿司や奥さん手作りの料理は美味しかったし、心配りが本

当に嬉しかったよ。特にサラダが美味しかった、あれは絶品

だったぞ。後で聞いたところでは、小生のご先祖さんのこと

を「お若いし、とても綺麗だ!」と褒めてくれたそうだが、不肖

の子としてはとても嬉しい。今度是非長崎にお連れしてくだ

さい。この日の楽天ツア〜の為にわざわざパンジ〜を植えて

いてくれてたそうで、とても美しいかったことです。花も奥さ

んの心も……。

 この後、中村君宅を辞してのらくろ君の案内で、とりあえず

たったの1回失敗しただけで無事下田様のお宅に到着し

たのである。

 温厚な下田様ご夫妻も遅刻した上に、まさかご先祖さん

同伴には流石に驚かれたことと思うが、快く歓迎してくださっ

たのは本当に有り難いことであった。

 素晴らしい花や草木に囲まれたお住まいで、美味しいお

茶にお菓子に積もるお話しのご接待にと、我らが天真爛漫

なるご先祖さんは「まあ〜、ほ〜、あれ〜」とかの驚嘆の声を

出しっぱなしでございましたぞ。

 そして、「オダさんのお店の店先で咲かせて飾ってくださ

い!」と仰って桜草を16鉢もくださったのです。実は去年

も、ご主人の洋服を注文にお出かけ頂いた時にもわざわざ

持ってきて頂いたのですが……!

 なんとなんと、本当に申し訳なく情けないことには、み〜

んな失敗してしまったのです。それで、今年は念入りに手入

れをしておくから取りに来るように!と仰ったので、今日はお

伺いしたような次第なのです。今後は毎朝水をやるだけで

来年の正月には花が開くそうです。なんと有り難いことでしょ

うか、本当に勿体無く有り難いことだ、とご先祖さんではご

ざいませんが、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」の心なの

です。

 さて、いよいよ弟さんのお住まいに出発です。半時間ほど

も街中を走ったのでしょうか、なんだか緑が多くなったな〜

と思っていたところ、いきなり太っかいお屋敷が目の前に

現れたのです。そして、そこが弟さんのお住まいだそうです。

 「どひゃ〜」と声を上げる熊五郎さんでございました。いや、

「あっ!」と驚く熊五郎でしたっけ?とにかく、石の階段を登

る前にのらくろ君にメジャ〜を渡して、石の門柱を計って貰

ったところ(お客様より先にゴメンナサイ)、なんとなんと高

さが3メ〜トル巾が1,5メ〜トルもございましたぞ。

 さて、いかにも磊落そうな笑顔の弟さんやお母さま(下田

様の奥様に似てとても品がよいのですよ)やご家族のみな

さまにご挨拶させて頂いた後で、みなさんのご意見をお伺

いしながら慎重にお好きな生地を選んでいただきました。

これならお似合いの良い服が出来そうです。「心を込めて仕

立てなくては!」の強い思いでございました。

 さて、お屋敷に隣接したところに昔風の趣深い料亭がある

のですが、採寸が終わってから下田様が「さあ、出掛けましょ

う!」と仰ったのでついて行ったところがその場所だったの

です。

 何年も前から、「一度福岡にお出でなさいよ!美味しいとこ

ろにお連れしますから」と、嬉しいお誘いを頂いていたのが

この場所だったのですね。そしてこの料亭こそ、下田様の

奥様が子供時代を過ごされた屋敷であり、何年か前にこの

料亭にお譲りしたそうなのです。そして、この料亭はこの建

築構造の優雅な作りを上手に活かして、玄関先から広い

庭や廊下や部屋の佇まいに、と深い趣向を凝らしてあるの

です。

 我々お招きを頂戴した(飛び入り参加のご先祖さんも含

めて)ドタバタ楽天ツア〜はあちらこちらと見とれては「ワ〜」

とか「オ〜」とかの感嘆の声があがるのみでございましたよ。

 さて、それからがまた山海の珍見が出て来るわ出て来るわ

……。そしてまた、心優しい下田様と奥様の掛け合い漫才

の面白いこと面白いこと!本当に楽しく美味しいひとときで

ございました。

 我々、オチコボレ3人組みの中では最も責任感の強い熊

さんは、帰りの運転があるのでご馳走をパクパク、のらくろ

君は好きな熱燗をグ〜イグイ、ご先祖さんは「これは何やろ

うか?美味しい美味しい!」愛妻の万里ちゃんは「おっほ

っほ〜のパ〜クパク」かくいう小生は、ビ〜ルをガ〜ブガブ

なのです。

 と、まあこのようにして、世にも幸せな星の下に生まれて、

運の良い出会いに恵まれた楽天ツア〜ご一行様は、いろん

な方々のお世話になりながら今日も棲息するのでございま

した。

 お腹も一杯になって、笑いくたびれて、「ありがとうござい

ました、そしてサヨウナラサヨウナラおやすみなさい!」と、

ご挨拶して別れたのはもういつの間にか8時になっており

ました。

 帰りの車の中で外を見ていたご先祖さんがポツリと、

「星の綺麗かね〜」と言った後で、

「みんな良くしてっくださっとね〜、お客様にも友達にも

恵まれて楽天は幸せものばい!」の後を受けて万里ちゃん

「本当ですね〜、良い方ばかりにお会いできて嬉しいで

すね〜」 の後を受けて熊さん

「………!」とこのように、感無量の時の熊さんは寡黙な

のです。そして最後に小生、

「わっはっはっは〜あ〜面白かった楽しかった。お陰さ

んで今日も人の褌で親孝行が出来たばい、わっはっは〜」


 いろんな 

 モノや コトや ヒトや

 いまあること 

 すべて

 み〜んなに 

 感謝する ぴひょろろ

 で ございました

 ありがとうございます

 そして おやすみなさい

 明日が

 み〜んなに

 優しく ありますように !




    2002年11月16日(土)

        お魚さん


 もう35年近くもご贔屓を頂戴している外海町のH様のお嬢

さま……結婚なさって可愛い3人のお母さんなのです……か

らお電話を頂戴したのは朝の11時であった。

 お話しによると、ご主人のお父さまとお兄さまが洋服を仕立

てたいので6時に自宅に来てほしいということである。ご主人

のお身内の方々とは結婚式ではお会いしたが、ご注文を頂

くのは初めてなので小生は飛び上がって喜んだのであるが、

次の科白を聞いて青くなってしまった。

 「義父は魚釣りの名人で、小生に食べさせるために釣り立

ての魚を料理して待っているから晩ご飯は食べてこないよう

に!」とのことである。

 「どひゃ〜」参った参った参った。ご注文はありがたいのだ

が、お魚さんとは参った参った!義父さんのご好意は真にあ

りがたいのが「どひゃ〜」なのである。

 小生の魚嫌いを知っている福岡ののらくろ君に電話したと

ころ「わっはっはっは〜」と、大笑いして喜んでいる。

 「この罰当たり者奴が、何処の世界に洋服を作ってくださっ

た上に旨い魚を食わせてくれる人がいるか!感謝感謝であ

りがたくご馳走になって来い!そして、あとで感想ば電話しろ

よっ!わっはっはっは〜」と、人のことだと思って大喜びなの

である。

 ということで、小生は「常々から、男は4度飯を平然と食らう

ことが出来るような太っ腹を持たんといかん!」というのらくろ

語録や「いつ何処で何を出されても《旨い、旨い!》と齧り付

けるような肝っ玉を持たんといかん!」などのご存知さん語録

を頭に思い浮かべながら、念仏を唱えながら出立したので

ある。

 さて、小生小心者の習性とはいいながら玄関先でいつも

のように“クンクン”と鼻でチェックしたのであるが臭わない。

つまり、生臭くないのである。う〜ん、先ずは一安心……。

 ご案内されるままに応接間に通されて、お義父さんとお義

兄さんの生地を見て頂いたり採寸したりしたのであったが、そ

の間も小生のペチャンコ鼻の穴は全面開放で異常事態をチ

ェックするのであった。

 “クンクンクン、クンクンクン”生臭くな〜しニオイな〜し。よ〜

しっ!という小生の採寸が終わるのを待ちかねるようにして、ニ

コニコ笑顔の奥様が襖を開けたと思った途端”ジャ〜ン”……!

 隣りの部屋の広いテ〜ブルの上には色とりどりのご馳走が

並んでおり、そしてその中央には魚魚魚いろんなお魚さんの

料理がズラリと勢揃いしていたのです。

 「ああっつ!」 その一瞬、悲鳴にもならない悲鳴を押さえる

ことが出来たかどうか?今もこのように慌てふためいて意味

不明の文章を書くくらいに狼狽した楽天でございましたが、

「ナントナントなんと!」生臭い臭いがないのであります。

 「ややや〜〜〜〜っ?」

 小刻後、勧めらるるままに勧められたる敵に向かって恐る

恐る箸を伸ばして”ツンツンツン”とばかりに躊躇いキズをつ

けたかと思った瞬間、目を瞑って南無三「エイヤッ!」裂帛の

掛け声とともに口に放り込んで呑み込みましたるところの天

下の大豪傑はお陀仏楽天之助でございましたが〜〜〜!

 「ナントナントなんと〜!」摩訶不思議なことにはみなさん、

これが美味しいのでございますな〜。わっはっはっはっは〜。

 一口食べては「旨い!」二口食べては「旨い!」結局大皿

一杯食べてしまいまして、後で聞いてみますと小生がこの味

の良い酢ヌタで頂戴しのはヤノウオという刺身だったそうです。

 この他にも、ブリ・鯛・黒鯛の刺身や黒鯛・甘鯛の煮付け

等を本当に生まれて初めて(小学校4年生の時に鰯の食べ

過ぎで魚に食傷して以来?)腹一杯ご馳走になったのです。

 ご主人もはじめは小生の精一杯の褒め言葉の「あんまり

生臭くありませんね〜」にはビックリしておられたようですが、

ご馳走になってしまった後で、小生が本当は魚嫌いであった

ことを知って、わっはっはっは〜と大笑いなさっておられまし

たぞ。

 そしてご主人の仰るには、魚は鮮度と料理法で美味しくも

生臭くにもなるそうで、今日小生がご馳走になったのは、今

朝釣り上げてから直ぐにコロシを入れた魚ばかりだったそう

です。

 だから旨かったのか〜だから生臭くなかったのか〜、とい

たく感心した小生は、帰宅してからのらくろ君にこう言って忠

告したのです。「貴君もこれからは食わず嫌いや好き嫌いは

止しましょうね!」 わっはっはっは〜

 と、電話口で豪快に笑いながらも、ふとお魚さんとの次の出

会いが如何なるモノであろうかと憂惧するぴ〜ひょろでござ

いました。 みなさんも 好き嫌いは 止しましょうね !

     ・・・       ・・・      ・・・

 (付記)

 恥ずかしいので上記の文章で終わっていたのですが、翌日

見直したところ何らかの不手際があったらしく今日の文章がホ

〜ムペ〜ジに載ってないのである。これも大いなる計らいであ

ろうかと、未来の歴史学者や50年後の自分史編集資料として

掲載することにした。

 実は、臭いがしないので平気であったと書いていたが、本

当のところは仕事をしている間中、小心者の小生は隣室が

気になっていていたので大失敗をしてしまったのである。

 採寸が終わった後で、ご主人が長年愛用してきた洋服を

持ってこられて「最近肥えたものですから小さくなってしまっ

たのですが、これは出せましょうか?」と仰ったものだから、

お借りした新品のカミソリで裏地をといていたところ、”なんと

なんと”驚くなかれ流石のオッチョコチョイの小生も初めての

経験であるが“スパッツ!”と右手のカミソリで自分の右手の

中指を削いでしまったのである。

 血がポタポタ出てきて小生もビックリしたが、ご家族中がビッ

クリして大騒動になった。救急ばんそうこうを14・5枚(本当)

使って、テイッシュペ〜パ〜を山ほど、タオル一枚を使って

やっと半時間ほど経っておさまったのである。

 いやはや、恥ずかしいのなんのって!丁度その日は義兄

さんの39才の誕生日とあって、3ヶ月の赤ちゃんを筆頭にお

孫さん4人の3家族、合計10人がバ〜スデ〜ケ〜キを前にし

たまま小生の指の血が止まるのをジ〜と待ってくださったの

であったが、後でみなさんと一緒にハッピ〜バ〜スデ〜を

歌いながら小生の額からは冷や汗がふき出ておりましたぞ。

 ああ、いま思い出しても恥ずかしいのであるが、これが本日

最後の失敗であった。これで ほんとうに おしまいです。

 みなさんも くれぐれも ご注意くださいね !

           




    2002年11月15日(金)

       鼻で食べる


 日本人はお洒落な民族であるから、衣食住の全てにおい

てもその地方独特の趣を大切にしてきたと思う。特に食文化

ではそれが顕著であり、〈目で食べる〉という言葉で表される

ように、家の佇まいや玄関先に始まり、部屋の雰囲気作りや

食器、食べ物の色や形など人が持つ五感のうち特にメデル(

目で愛する…これは小生の勝手な解釈の言葉であるが、太

希子はおそらく小生の目の中に入れても痛くない可愛い孫を

生んでくれることであろう。わっはっはっは〜)ことを大切にし

ているようだ。

 ところで、小生はみなさんご存知の如く小心者であるから、

食膳に出てきた全てにおいて初めてのモノはおっかなビッ

クリのへっぴり腰なのである。

 だから、異様な色や形や臭いを発するモノは、人が食べる

のを確かめた後で恐る恐る手にとって先ず鼻に持っていっ

て臭いを嗅ぐのである。

 こんな臆病者であるから、異国の異な臭いを発するモノ異

な形をしたモノなどは全て、得体の知れないものであるから

”ハハッ!”と最敬礼をしてお詫び申しあげるのである。

 勿論、いつか申したようにお魚さんにも幼児体験の後遺症

が残っているので苦手なのである。タコ烏賊アワビ海老サザ

エなどは好きなのだが、鱗の生えたのは女性以外は全て「ゴ

メンナサイゴメンナサイ」と、ひたすらお詫び申しあげるのが

小生の処世術なのである。

 まったく、赤提灯なんぞでクサヤの干物なんぞを「クチャク

チャ」と、音を立てて咀嚼している人を見たときには、”ゾ〜”

と取り肌が立つのである。いや、凄い人だな〜と尊敬するの

である。しかし、こころなしか横目で盗みしたところその御仁

のこめかみが”ヒクヒク”と脈打ってるような気がしてやっぱり

怖いのである。

 だが、ときおり高級料理店などで、上品な紳士淑女が箸や

フォ〜クの先で、”ちょんちょん”と敵をつついた後で恐る恐

る鼻で匂いを嗅いでいるような人を見かけた時には、「お〜、

マイアミ〜ゴ〜」と、駆け寄って抱擁したくなるのであるがみ

なさんはそんな経験はございませんか?

 そしてまた時々考えることだが、日頃から申しあげてるよう

に小生来世はトンビに生まれ変わりたいのであるが、トンビさ

んの食ベモノは何だろうかな〜と思っては慄然とする昨今な

のである。

 趣好を変えなくっちゃ、酒肴を変えなくちゃ〜!と、若干焦

り気味のぴ〜ひょろろでございましたぞ。




    2002年11月14日(木)

        のん爺


 米ちゃんと太希子の為に、我らが頑固さんは1ヵ月も前から

パチンコで稼いでお金を貯めていてくれたのである。そして、

二人をにこにこ笑顔で迎えた頑固さんの開口1番「行くぞ〜

〜!」の声で、我ら楽天家族一同8人はぞろぞろとワイワイガ

ヤガヤとケタタマシク出発したのである。「何処ヘ?」勿論、お

二人さん所望の中華料理屋さんにである。

 いや、嬉しいの楽しいの美味いのなんのって、米ちゃんと

太希子が食べたのなんのって、笑ったのなんのって!

みんなわっはっは〜おッホッホ〜ゲラゲラゲラでしたぞ。
 
小刻後帰宅、我が家歓迎の儀式であるセブンブリッジをした

後で、さて来年6月に生まれる子供にはそれぞれなんと呼ん

でもらおうか、という話題になって一同喧喧諤諤侃侃諤諤の

議論騒然となったのである。

 純粋な愛妻は「わたしはおばあちゃんと呼んでもらうのが

一番嬉しい」という一言で心素直なのだが、3枚舌でハッタリ

屋の小生は、どう呼んでもらえば格好良いであろうか?の邪

念いっぱいだから大変だ。

 お爺様はまるで小生が爺ちゃんみたいだし(まあ、爺ちゃん

ではあるが、フン!)、おじ〜ちゃんは響きは良いのだが個性

がないような気がするし、じ〜ちゃんはやっぱり爺ちゃんみた

いだし、ジイはまるで大久保彦左衛門みたいだし、パパは…

だし〜だし〜だし〜……!

 いっそのこと外来語でグランドフアザ〜・グランパ・いやいや

もっと凝ったところで、アウゥス・パッポス・グランペ〜ル・ア

ブエ〜ロ・ノンノ・グロ〜スファ〜タァなどと呼んでもらおうか

と思ったが、いやいや可愛い初孫が舌を噛んだら大変だと

考え直したのである。

 それから小半時あまり、周囲のみんなが雑念を言い交わし

ている間、小生は熟考の渕に深く沈んだのである。そして、

ふと閃いたことがあったのであった。

 「そうだ、小生は日本人である。日本人らしく小生らしく単純

明快に行こう!」と、キッパリと自らに命名したのは、「暢気者

の爺ちゃん」を省略したところの、ジャ〜ン!「のん爺」であっ

た。

 みんなに発表してみると意外や意外、外野内野を問わず大

賛成なのである。「ふ〜ん、小生の深い読みをみんなも分か

ってくれたのか!うんうん、嬉しいな〜」と思ったのではある

が、本当に理解しているかどうかを試すべくふざけてみんな

に問うてみたのである。

 「のん爺の”のん”はな〜んだ?」すると、やっぱり洞察力の

なかったみんなは異口同音でこのように答えたのであります。

「のん爺のの〜んは、呑兵衛の”の〜ん”」で〜すと、トホホ…。

 というようなわけで、小生の呼び名は決まってしまったのであ

る。その後、小生が「ところで米ちゃん、子供の名前は決まった

とね?」と聞いたところ「男か女かも分からんけん、ま〜だ決め

とりまシェ〜ん!」という長崎弁が返ってきたのでございます。

 オヨヨ・オヨヨ ということで、のん爺は可愛い赤ちゃんの誕生

を楽しみに待っているのである。「早く会いたいな〜」と、一日

千秋も深まりゆくのでございましたぞ。わっはっはっはっは〜

 嬉しいな〜の ぴ〜ひょろろ ぴ〜ひょろろ なのです




    2002年11月13日(水)

       たきこきた


 大好きなみなさ〜ん、お元気ですか〜?

今日はなんの日かご存知ですか〜?そうで〜す、知る人ぞ

知る、小生の大好きな太希子が米ちゃんの友人の結婚式の

為に長崎に帰ってくるので〜す。そして今小生は飛行場に

♪ランランラン♪と、鼻歌まじりで迎えにいってる最中なので

〜す。

 ♪太希子が来〜た 太希子が来〜た どこに来〜た

  山に来〜た 里に来〜た 家に来〜〜〜〜〜た〜♪

わっはっはっは〜 と上機嫌なのであります。太希子来た、

太希子来た、太希子来た、と歌っている時にハッと気付いた

のです。 

 中学2年の時に転校してきて以来、小生の知ったかぶり競

争のライバルとして、6年前に亡くなるまで終生我が人生最

高の悪友・親友としてご交誼を頂戴した小島忠茂君のことを

……!心からご冥福を祈ります。

 ところで小島君よ、「タキコキタ」は回文になっているではな

いか!”きみとぼく”二人で競争して創りあったあの回文では

ないかい?え〜と、なんだっけな〜?むかし、競争して諳ん

じたあれらは……?

 ながきよのとおのねぶりのみなめざめ

       なみのりぶねのおとのよきかな

 むらくさのなはしらぬらしはなくさの

       なはしらぬらしはなのさくらむ

 わっはっはっは〜 ”むらくさ”の真ん中辺がどうもおかしい

が、どうしても思い出せないのである。こんな時にきみがいた

ら、「ふん!」と鼻でせせら笑って偉そうに教えてくれるので

あろうが……ついでに、”ながきよ”の方も、濁点とかいろいろ

イチャモンなど……わっはっはっは〜、まあ聞いてくれよ!

「たきこきた 嗚呼 はっはっはっはっは 呼嗚 たきこきた」

まあ、きみがいなくなってからはこれくらいが小生の精一杯の

作品なのである。きみが生きていたら笑い飛ばされることであ

ろうな〜、口惜しいがきみがいないのが残念である。

 では、太希子を迎えに一路大村空港へ、

 「たきこきた」嬉しい日である。




    2002年11月12日(火)

     猫と犬と雷さんのご縁


 ガラガラガラ”ピカッ!”と、そこら中が一瞬真昼のように光

ったかと思ったら、いきなり大粒の雨がドシャドシャッと降って

きた。それもなみの雨ではない。まるで、特別注文の小錦の

風呂桶をひっくり返したような勢いなのである。文字通り、猫と

犬と雷さんが天空で鬼ごっこをしているかのようである。

 夜の9時、はじめての方々との会合を終えて玄関先に出て

きた時のことで、その場に居合わせたのはご75・6才前後で

あろうか品の良いご婦人と、70才くらいの紳士と小生の三人

で思わず顔を見合わせたのである。

 「ま〜、大変なお天気ですこと」

「これはヒドイですね〜」

「本当にビックリしました」などと口にしながら、それぞれに雨

脚をうかがうのであるが一向に止む気配がない。

 「う〜ん、これは困まった!」などとしばらく様子を見ていた

が、猫さん犬さん雷さんたちは益々鬼ごっこに興をおぼえて

いるらしく、止むどころか新たに参加してる仲間もいるではな

いか……。

 「まったく、もう〜!」 気まぐれお天気さんに諦めてしまった

小生が「お住まいはどちらですか?」と尋ねてみると、なんと

お二方とも小生の住まいの近くではないか。「よしっ!」横殴り

の雨の中、覚悟を決めて30メ〜トルほど離れた場所に止め

ていた車を持ってきてお二人に乗って頂いたのである。

 というようなことで、3人のドライブが始まったのであるが、

”なんとなんとなんと”いろいろとお話ししているうちに、お二

人とも小生がお手伝いしているボランテイアのご協力者であ

るばかりか、大先輩であったことが分かったのである。

 「いや〜、奇遇ですね〜」と言いながら、車中で楽しい一刻

を過ごしたのであったが、本当に人生とは不思議なものであ

るあることを改めて感じ入ったのである。

 20人位のボランテイア関係者の初めての顔合わせであっ

たが、もし、猫と犬と雷さんの悪戯がなかったらそのまま別れ

てしまったことであろう。ひょっとしたら、直接お話しすることも

なく終わってしまったのかもしれない。出会いとは、人生とは

不思議だな〜面白いな〜、と改めて知らされたのです。

 『人間は会うべき人には必ず会える。それも一瞬早過ぎず、

遅過ぎないときに……』 という言葉の意味を実感したので

す。感謝のぴ〜ひょろろでございました。




    2002年11月11日(月)

       このたびは


 豪放磊落な先輩であった。仕事も良くしたが、飲む打つ買

うも盛大であった。「猪鹿蝶で一杯やるか!」という電話を貰

ったので、花札でもやるのだろうか?と指定された友人と連

れ立って出掛けたら、猪と鹿と鴨の肉と珍しい日本酒が用意

してあった。

 とにかく、人をビックリさせたり笑わせたりするのが好きな人

であった。今でこそ、スナックなんぞで飲み放題3,000円も

珍しくないが、景気の良い頃に手頃の値段でタップリ遊べる

気風の良いママさんを見付けては若い衆を引き連れて行く

のである。

 豪快である一面非常に面倒見がよく、義理人情には特

に気を使ってみんなの世話を焼いてくれた。好きな人が亡

くなったお通夜の席などでは、身内の顔を見るのが辛いと

下を向いたままで涙を流す泣き虫でもあった。

 そのくせ照れ屋なので、我々にはにはお悔やみを言う時

には、「この度は……」とだけハッキリ言った後は「白足袋・

黒足袋・股旅・一人旅二人旅三人旅……」と、口の中でモ

ゴモゴと呟くだけで良ろしい!といって、みんなを笑わせる

のであった。
 
 いま、その先輩のなきがらの前でご焼香をあげながら、小

生は在りし日の愉快な思い出を辿りながら、下を向いて呟い

ているのである。「この度は、白足袋・黒足袋・股旅・一人旅

二人旅三人旅」……と。

 あの賑やかなことが大好きだった先輩は、いま黄泉の国に

旅立ちながら、もう新しい仲間を見つけたであろうか?

 二人旅3人旅4人旅と愉快な仲間達と一緒に、ワイワイガ

ヤガヤわっはっは〜と周りや関係各位(?)に迷惑をかけな

がら天国への道を闊歩しているのであろうか、それともそこら

へんに座り込んで良からぬ謀に興じているのではなかろうか

と思うのである。

 ひょっとしたら、一足先に旅立っておられた懐かしい方々

と再会して、邂逅の盃でも交わしているのではなかろうか?

……振り仰ぐと、先輩の遺影が”ニヤリ”と笑ったような気が

するのである。

 ありがとうございました。小生もおっつけ参りますので、天国

ではいつものように面白い処を見つけていて下さい。また、

いつものように「良く来たな〜!」と、褒めてやってください。

先輩を好きだったぴ〜ひょろろです。




    2002年11月10日(日)

       おさらい会


 今日は琴城流大正琴「かすみ会」20回記念のおさらい会

であった。のらくろ君と共に朝6時半に起床、7時50分の送

迎バスに間に合うように眠い目をこすりながら走る。熊は8時

に昭和町から乗車し、諫早干拓で有名な高来町の「いこいの

村長崎」に10時到着である。

 プログラムを見たら12時半開演とある。どひゃ〜、あと2時

間半待ちぼうけなのである。そして到着してプログラムを見た

後で、毎年の待機時間の長さを思い出すぴ〜ひょろろとその

仲間達であった。

 さて、我々無口会は7番目の出場で曲目は「思い出のアル

バム」と「聖者の行進」であり、案の定本番に弱い小生は失敗

した。わっはっはっは〜 小生幼少の砌から学校の先生方や

ご先祖さんに言われてたように集中心が欠如しているのであ

る。わっはっはっはっは〜

 さて、本番では失敗したが小生の面目をほどこすのは宴会

の余興なのである。一昨日、鉄人15号から教えて貰ったば

かりの「これこれ節」を熊とのらくろ君と3人で元美女103人の

前で披露したのである。みんなあっはっは〜オッホッホ〜と喜

んでくれましたぞ。我々も一仕事終えて、してやったりと自己

満足の極みであったのであった。

 ちょっぴりエッチな余興ではあったが、歌って実演した後で

オシッコにいったところ入門希望者がトイレの入り口で門前市

をなしていた。わっはっはっは〜、あ〜可笑しい。「一番の歌

詞は良いけど2番のは品が悪かった」と言いながら2番の歌

詞を聞きたがるのである。

 結局、大村・諫早・小長井・小浜・島原地方の入門希望者

が15名入門を乞うたのである。みなさん、大正琴では大先輩

のベテランなのであるが、余興では小生のお弟子さんになっ

てくれたのであった。

 わっはっはっは〜 面白いな〜 人生は ……!

「これだから人間稼業はやめられない」のである。 楽しい

こと、面白いこと、笑うことすべて燎原の火の如く燃え盛るべ

し!巷に笑いを撒き散らすべし!

わっはっはっは〜 

 今日も良いことをしたぴ〜ひょろろなのであった。




    2002年11月9日(土)

  ユ〜モアクラブ11月例会案内


 年を取っても美しい女性には共通点があると思うのですね。

それは神の姿そのままで、神様の心に従って生きている人だ

と思うのです。結論からいえば我欲のない人です。素直に生

きる人です。

 こういう人は年を取ってもとにかく美しいことだね。そういう女


性の美しさと言うものを知って、女性は美しく生きてほしいと

思うのです。

         神道 「見えないものの力」 葉室ョ昭著 


     ・・・         ・・・        ・・・

 日時   11月18日(月) 6・30時 

 場所   かたろう大学院 『青春の学堂』

 テ〜マ  『アベベの青春の門』

 講師      アベベ先生

     ・・・        ・・・         ・・・

 上記の如く、今月はわれらがユ〜モアクラブ一番のゼント

ルマンであるミスタ〜アベベ講師をお招きして、氏の目や経

験を通した少年時代の冒険・女性の美しさ・素晴らしき出会

い・偉大なる人生・大宇宙の神秘などについてお話しいただ

きます。乞うご期待!

     ・・・        ・・・        ・・・

   秋深しガバチョは何をしとるのか? 喝 ! 

 大好きなみなさん、長いご無沙汰をお許しください。私の怠

慢で皆様にはご心配をおかけしたことを深くお詫び申しあげ

ます。上記の句は、我らがブリンナ〜高僧に先日ご叱責いた

だいたときの句でございます。さらに、高僧からは今後のミド

ルネームにと「反省」の戒名を頂戴いたし、今月から早速使

わさせて頂いております。これをもってお許しください。

 さて、1ヵ月の間、「貧乏暇なしなのかね?」・「たった1回返

事を忘れただけなのに…イヤ!」・「逆境に負けるな!」・「豪

華客船で世界一周に行ってたの?」・「死んだのかと思って

た」などのありがたくも涙ぐましいお便りに感謝します。

 また、当クラブで最も美しいと自他共にお認めのAさん(特

に名を秘す)は綿の花、Bさん(同)はビール、Cさん(同)は

キャビア、Xさん(同)は詩集、Yさん(同)はタコ焼き、(時間

の都合上、以下省略させて頂き謹んで〇〇〇…)などをお土

産に出掛けて頂き真に感謝感激雨霰で心から感謝申しあげ

ます。

 また、特に鹿児島のリリーさんは、ガバチョの顔を半年も見

なかったので「寂しかった、悲しかった、是非二人だけでお会

いしたい」と仰って(ここまで嘘、以下本当)ご主人(ハーレー

ダビッドソン大会に出席のため)とご一緒に来崎されます。

 11月23日(土・6時半)リリーさん(芸名林ユリ子)の歓迎会

を開きたいと思いますので、心美しい人・笑顔の良い人・思

い出を大切になされる人・時間の都合のつく人のご参加をお

待ちしております。

 嬉しい 楽しい 元気 美味しい わっはっはっは〜

     ・・・      ・・・      ・・・

 というようなお便りを出させて頂きましたが、果たして……?

わっはっはっはっは〜 では、大好きなみなさん

 お〜や〜す〜み〜な〜さ〜い お会いしましょうね〜〜

   いつか 大好きな みなさんと みんなで

     おあいできる 日を 夢 みて !




    2002年11月8日(金)

        激論 


 秋も深まったある夜、赤提灯で飲んでいたのである。カウン

タ〜の隣りには、真面目そうなサラリ〜マン風の二人連れが

ハシャイデいたがふと気がつくと討論になっていたのである。

 「届けるに決まってるだろうが!」

「本当に、本当にお前だったら届けるか?」

 「当たり前だっ、あれは結構高いんだぞ」

「警察にはどう言う風に言うんだ?」

 「どう言う風にって、大きさや形をキチンと説明するさ」

「警察から会社の女の子に『カツラが見付かりました』と、電話

が掛かってきたらどうするんだ?」

 「バカ、自宅の住所を教えとくさ!」

 なんだか面白そうな話題なので耳をそばだてていたところ、

なんとなんと『カツラをひったくりに遭ったらどうするか?』

ということであった。いろんな状況を想定しながら思わずニ

ヤ〜と笑ったのだが、なんとなく気配で分かったらしく、より

素面に近い方がさり気なく合図をして話題を変えてしまった。

 わっはっはっは〜 だから赤提灯は面白い、だから酔っ払

いの問答は面白いのである。カラオケの煩いところではこん

な問答で盛り上がることが少ない。

 『お隣りさんの口論は面白い』という格言があるかないか知

らんが、とにかく他人の不幸は蜜の味である。それにしても、

昔は本当の大虎になった奴がいて手をやいたもんだが、最

近は上手に飲むというのか上手に遊ぶというのか、のらくろ

君みたいなヘベレケが少なくなったな〜。あれはあれで、よそ

様の席だったら楽しめたものだが……。

 とにかく小生の酔っ払い人生において、最も面白かったの

は町内のあの仲良しオジさん二人に違いあるまい。小生が血

気盛んな頃だから30年も昔になるのかな〜。

 夜毎夜毎の近所の酒屋の立ち飲み仲間で、相手が来るの

を待ちかねているくせに、顔を見ればお互いニンマリする


くせに、よくもまあ、まるで酒の肴代わりのように喧嘩の種を見

つけるものだと周りの者は感心したものだ。

 長崎では山川ドンク(蛙)という言葉の意味は、相手の言う

ことになんでも反対するつむじ曲がりのことであるが、とにかく

その日の町内の出来事から始まって、テレビのニュ〜ス・戦

争に選挙・天気予報・宗教・野球・プロレス・相撲に政治等と

お互いの反対意見や揚げ足取りの技の応酬は見事なもので

あったが……。

 なかでも知る人ぞ知る、我が町内の歴史に残る逸話は牛馬

の闘いであった。文字通り牛と馬の闘いのことであるが、つま

りどっちが強いかというのがお二人の意見の焦点なのであっ

た。

 一方が「馬力というのは強さの原点である」と馬を贔屓すれ

ば片方は「赤ちゃんでも涎を沢山出すのが元気な証拠」と、

この勝負はその日で終わらず、帰ってはまた翌晩は新しい知

識を仕入れてきて双方譲らず延々と1週間も続いたであろうか、

聞いている人たちが飽きてそっぽを向くまで続いたのである。

 そしてその、我等が町内の飲兵衛仲間の安らぎの場であり

情報源でもあった菊政商店は、95年もの永い間歴史の流れの

中で、周辺の人々の喜びや悲しみを眺めてきたのですが残念

ながら8月末をもって店を閉じてしまったのです。

 なんと悲しいこと、寂しいことか。

もう菊政の大将にも優しいおかみさんの笑顔にも会うことが少な

くなったのです。いまはもう11月、我が町周辺の愉快な酔っ払

いさんもいつの間にやらいなくなってしまった。

激論を聞かなくなって久しい。日本の文化だったのに……!

  晩秋の

  もの想う一刻

  このビ〜ルの

  美味しい一杯を

  昔懐かしく

  激論好きだった

  愉快なる

  飲兵衛仲間の

  先輩諸兄氏に 

  捧げます

  グイッツ !

  想い出を

  いっぱい

  ありがとうございました




    2002年11月7日(木)

     今日のお話 なあに 


 小生は自分の娘たちのことを、赤ちゃんの時から成人した

現在も尚、優希のことを「ゆ〜」・太希子のことを「た〜」・

美希子のことを「み〜」と、呼んでいるのである。

 なんだか変だ!と思う人もいるかもしれないが、な〜に構い

はしない。愛情を込めて呼んでいるかどうかは、小生のオクタ

〜ブあがった声を聞けば分かるのである。小生が呼ぶ時には

常に”可愛い”という枕詞が付いていて、ただそれが口から言

葉としてでていないだけで、愛情込めて呼んでいるのは娘た


ちが分かっていてくれるのである。

 さて、その可愛いみ〜が久し振りに風邪を引いてダウン、食

事する気力もないのである。2日間休んでお勤め先の先生に

もご迷惑をお掛けしているのである。

 昨夜も会議が済んで帰ったところまだグッタリしていた

「み〜、大丈夫か?」

「ん〜、大分いいみたい」とはいうもののまだ熱があるようだ。

「お話してやろ〜か?」と言ったら嬉しそうに頷くので、久し振

りに子供たちが小さい頃から読んでやってた《今日のお話な

〜に》という童話集を読んでやったらおとなしく目をつぶった

ままで聞いている。

 考えてみると、ほんの10年ぐらい前まで寝る前に毎晩読ん

でやってたのである。「可愛かったな〜」 思い出すと堪らなく

なって、昔お馴染みの小生の創作童話をお話しすることにし

た。

 ちなみに、この童話の主人公は”小リスのみ〜”なのであ

り、お話しは常に「むかしむか〜し、可愛い小リスのみ〜ちゃ

んがいました。ある日、み〜ちゃんは……」と始まるのであっ

たが、その日にあった出来事や時々の童話やテレビやマン

ガの中に、み〜ちゃんが登場して冒険活躍する物語なので

あった。

 小生の話を熱っぽい目で聞いていたみ〜であったが、いつ

の間にかグッスリ眠ってしまっていた。「ありがとう、大好きな

み〜。いつまでも父ちゃんの元気で可愛い娘であってくださ

いね〜!」と、そっと寝顔に向かって囁く、子離れの出来ない

ぴ〜ひょろろでございましたぞ。

 翌日は元気になってお勤めにも出かけたようだが……

いや〜良かった、良かった、良かった、良かったのである。





    2002年11月6日(水)

      若い友人たち 


 私達の美しい街、長崎の空はどこまでも青く広がって、豚さ

んの親子みたいな白い雲が二つ三つ楽しそうに鬼ゴッコをし

ているようでございます。

 今日は久し振りの上天気でお日様もご機嫌ポカポカなので

すよ。「どうしてかな〜?」と、みなさんはお思いでしょうが、

それは今日が伊良林小学校の総合学習で良い子たちが、

「ちびっこ創作村」訪問の日だからなのです。

 この村の村長さんはいつかもみなさんにご紹介したと思い

ますが、小生のIさんという友人がお母さんの家を建てようと

山の中に土地を買っていたのですが、残念ながらお亡くなり

になられたので、優しかったお母さんの思い出を生かすよう

にと広大な土地をみんなの為に解放しているのです。

 先日、学校から「子供たちと遊びませんか?」という連絡が

あったので、今日は小生も「嬉しいな〜」と、朝早くから準備

体操をしてゲ〜トから広場にかけてロ〜プに結んだ71枚の

黄色いハンカチを飾って待っていたのです。

 10時半を過ぎた頃でしょうか、遥か遠くの方でかすかな声

が聞こえていたかと思う間もなく、ワイワイガヤガヤと元気な歓

声と一緒に色とりどりのリュックを背負った可愛い子供たちが

ぞろぞろぞろぞろとゲ〜トをくぐってやって来ましたよ。

 来た来た来た来たっ!「おはようございま〜す」と、みんな

元気元気元気なのです。

さあ、それからが大変でしたよ。1年生から6年生まで全部で

79名の可愛いお友達は……

 焚き火を熾したり・崖をロ〜プでよじ登ったり・のこぎりギリ

ギリ・かなづちトントン・一輪車乗り・輪ッカ廻し・ログハウス図

書館の見学・花を摘んだり茅で手を切ったり・山道を降りて棚

田や沼の見学・カマキリや沢蟹を捕まえる・アメンボウやメダ

カの観察・記念碑に学校名を記してレンゲの種蒔きをしたり

稲刈り体験をしたりと、そりゃ〜もう大喜びで瞳がキラキラと輝

いておりました。

 かなずちトントンのこぎりギリギリ組は木のブロ〜チや竹とん

ぼやブンブンを創ってましたが、竹の箸と箱に脚が付いたよう

な作品を両手に持っていた高橋沙奈ちゃんに「そいは何?」

と聞いたら「何か分からん」と答えてくれましたが、とてもご満

足そうでしたよ。わっはっはっは〜

 傑作だったのは稲刈りに夢中になってた田中としひろ君

で、左手に稲穂右手に鎌を握って上手に刈っておりました

が、時々根っこから泥ごと引っこ抜いていて、村長さんから

「そいは持って帰って家で植えたら良かばい!」と言われて

嬉しそうにしていた様子です。なお、この後田中君は「五右

衛門風呂に入りたい!」と希望しておりましたが、着替えも入

る時間もなかったのでとても残念そうでしたよ。でも、「来て良

かった〜」と、何回も申しておりました。

 また、広場で遊んでいた若い友人達にインデイアンレスリン

グを教えたところ、なんとなんと田中武(たける)君はたちまち

そのコツを会得してしまい12人抜きをしてしまったのです。目

の涼しい少年でしたが、運動神経抜群なのでしょうね。

 さあ、いよいよお別れの時間となってみんなとサヨウナラの

時がやってまいりました。お互いに「ありがとうございました」と

「サヨウナラ!」の言葉を繰り返し繰り返しお別れをしたのです

よ。

 小生は、だんだん小さくなっていく大好きな子供達の後姿

を見送りながら、ふと思い出した言葉がございました。それは

《じゃりン子チエ》第52巻の花井拳骨先生の科白なのです。


   子供はええなぁ 

   これから

   なんにでも

   なれるんやから


    

 どうか 子供たちみんなが

      元気でのびのびと育って欲しい

      と 願う ぴ〜ひょろろ でございました

     




    2002年11月5日(火)

   カラン カラ〜ン と 1等賞  


 “ りん り〜ん ” と、電話のベルが鳴ったのである。

 と、その瞬間小生には分かるのである。「何がって?ほれ、

勿論嬉しい電話であることがですよ〜。だってほら、やっ

ぱり太希子の弾んだ声が聞こえるではありませんか。ねっ!」

 なにっ?受話器を耳に当ててからニッコリしたって。そうで

したっけ?まあ、どうでもよろしい。5秒や10秒の誤差をゴチ

ャゴチャ気にしなくてもよろしい。余り些細なことを気にしてい

たら幸せになれませんよ〜。

 『幸せと思った時が幸せ』 『幸せと思った人が幸せ』と、い

うではありませんか。ですから、早く笑ったものが幸せなので

ある。わっはっはっは〜 と、ねっつ!?

 ということで嬉しそうな太希子の声が、茅ヶ崎から大きく弾ん

で来るのである。

「あのね〜、面白かったとよ〜」

「そうか、そうか」

「今度12月に美希ちゃんが来るた〜い」

「うん、うんっ」

「そんのけん米ちゃんと毛布ば買いに行ったとさ〜。そしたら

抽選会のありよって太希ちゃんはね〜、1等賞に当たったと

ば〜い!」

「ひゃ〜、本当か?」

「うん、本当の話。いきなり”コロンコロ〜ン”て金の玉の出て

くるとやもん、も〜米ちゃんもうちも〜ビックリしてしもうた」

「ほ〜、そりゃ〜ビックリしたやろ。そいで賞品は何やったと

ね」

「そいがさ〜、何段もギアのある上等の折りたたみ式自転車

やったとよ」

「うわあ〜、そりゃ〜豪勢な話ばい。良かったね〜」

「うん、もうビックリたとばってん、傍にいた係りの人がもっと

ビックリしなっってさ〜、慌ててあっちこっち鐘ば探してまわっ

てから“カラ〜ンカラ〜ン”て鐘ば鳴らしなったとさ〜」

「うん、うん、そして?」

「そしたらさ、今までどこにおんなったとやろか?て思うごと、

あっちこっちからいっぱい人の集まってきてさ、もうビックリし

て声も出んやった〜!」

「わっはっはっは〜、そりゃ〜可笑しかったね〜」

「う〜ん、本当ばい。いろんな人のいっぱい寄って来てさ〜『

こんげん運のよか人ば間近で始めて見た』とか、自転車に触

る人のおったりして商店街ば出るまでも〜大変やった。スタ

〜のごたったとばいっ!」

「わっはっはっは〜、そりゃ〜面白かったね〜」と小生も非常

に嬉しかったのです。

 でもまあ、父親の贔屓目で見たてますとですな〜、若いカッ

プルの米ちゃんの方は鄙びた田舎のハリ〜・ベラフォンテ、

太希子の方は女プロレスになったシャリ〜マクレ〜ンに見え

ないこともないのですぞ。わっはっはっは〜 さぞかし、人が

人を呼んで、人だかりをつくって賑わったことだろうと思うので

す。

 彼女はこれで一生のツキを使い果たしたのではないか、と

心配しておりましたがな〜にそんな事はありません。

 いま思えば、訳の分からぬ頑固親父(何を隠そう、恥ずかし

ながら小生のことです)を3年もかかって説得した、あなたがた

二人の努力を認めて下さった神様のホンの手始めのプレゼ

ントかもしれません。「これから先もいろんな事にも協力し合っ

て頑張って欲しい」と、いまはただひたすらに猛反省でエ〜

ルをおくるぴ〜ひょろろでございました。

 あっ、そうだ!太希子はこんなことも言ってましたよ。

なんでも、その商店街に初めて進出した大型ス〜パ〜の売り

出しだったそうですが、11月1日が売り出し最初の日で彼女

達が行ったのは丁度最後の日の午後4時頃だったそうです。

 そして、賞品も2等3等は出ていたそうですがまだ1等賞は

出ていなかったそうです。ですから、ミステリ〜フアンの彼女

の推理では「初日から1等賞のなくなってしまったら、だ〜いも

福引きの楽しみののうなるやろ〜」ということで主催者側は、

最後の日の終わり近くなってから1等の金の玉を入れたので

はないか?というのが彼女の結論なのです。

 「だ〜て、玉の出てきた時に触ったら、今まで誰かがシッカリ

握りしめとったごと熱かったとやも〜ん!」と、彼女は言ったの

ですが、はてさて……?

小生の娘の科白ですからね〜、こればっかりは……?

でもまあ、一度お試しになられるのが一番かと!

 わっはっはっはっは〜 幸せな楽天一家でした。 




    2002年11月4日(月)

    ” うわ〜 5002 ”   


 さきほど何気なく数字を見ると「うわ〜っ!」なんと、なんと

この日記をご欄になってくださった方が5002となっているの

である。いや〜、我ながらおどろき桃の木山椒の木である。

 思い出してみるといつ頃であったろうか?突然ご存知さん

から電話があって、1000か2000だったか忘れたが「ゲッ

トしたから、何か呉れ!」と言うのである。

 やれやれ、いつまでたってもさもしい根性は治らないとみえ

る。「馬鹿者!」と、一喝してやったのである。

 ガキの頃から楽天兄ちゃんの人の良さに甘えつづけて56

年間、小生の顔を見る度に「オカズやお八つやお小遣いを

ねだり続けてどうするのだ。もうすぐ還暦を迎えようとするのに

チョットは成長しなさい!」と諭してやったのである。 

 「大体この三日坊主の兄ちゃんが、こんなに長期間日記を

書き続けたことだけでも本人がビックリしているのに、何と言う

ことを抜かすのだ!何かお祝いでもお届けしてこの楽天先生

とともに、歓びを分かち合いたい!などという発想は浮かば

ないのかっ?!」と、こんこんと諭したのである。

 そしてまた、”古来ゆかしい日本語を大切にする会”の一員

として、昨今の訳の分からぬカタカナ言葉を軽々しく使う風潮

が気に入らんのである。なにが「ゲットしただ、まったく!」

 と、いうような事情もございますので、今回目出度く5000

という数字を射当てられた幸運且つ心優しく思慮分別のある

御仁は、……小生にとっては生まれて始めての驚異的な記

録でもございますので……上記の文章をいま一度お読み返し

の上、しかるべきご配慮を賜わりますれば真に幸甚かと存ず

る次第でございます。ハイ。

 では、今後も、悪運といのちある限り性懲りもなく頑張ります

ので(具体的に何か?とおっしゃられても困りますが)よろし

くお願い申し上げます。

 わっはっはっは〜 と

上機嫌のお陀仏楽天ぴ〜ひょろろでございました  



    2002年11月3日(日)

    おめでとうございます     


 姪の恵理ちゃんの結婚式に出掛けた。出掛ける寸前になっ

て相変わらずの準備不足でバタバタ、おまけにいつものよう

にタキシ〜ドのスタッドはどこかテ〜ブルの下に転がりこん

で隠れん坊ゴッコ、イヤハヤであった。

 美希子が会場まで車で送ってくれたのでなんとか間に合っ

たが、受付は片付けられていて誰もいない。ひょいと式場入り

口の方を窺ったところ、新郎新婦を挟んで両家のご両親が居

並び来賓の方々にお迎えをしているのであったが、その列が

いまやまさに3人を残して途切れんとしているのである。

 「おっと、どっこい!」そこは楽天先生歴戦百年の兵でござ

います。さり気な〜く殿に近付いていって、ひときわ大きな声

で「おめでとうございま〜す」と堂々の入場であったが、流石

に正直者ではあるし着物姿の愛妻はうろたえていたようです

ぞ。わっはっはっは〜 あ〜、面白かった。小生の人生は常

にオチコボレ寸前であるな〜と思うのである。

 ところで、新郎の入口泰之君はなかなかの好男子で、理恵

ちゃんも幸せになれそうだな〜と、伯父ちゃんは一安心であ

ったぞ。式の方も滞りなく進んで乾杯の発声となったのである

が、 いかにも磊落そうな紳士が出てきて「一言……」と始ま

ったのである。

 小生思うに、結婚式ではこの乾杯という奴がなによりの曲者

でございましてな〜。乾杯の前の一言が、一言で終わった例

はいまだかってないのである。酷いのになると、「やれ終わっ

たかな〜」と、ひと安心させた隙をうかがってまたクドクド仕切

り直すのがいたりして油断出来ないのである。

 だから、小生は常々肩や腕の疲労を極力避けるために、挨

拶してる人の目と態度で判断して、素早くグラスを取り上げる

のであったが今回はいつもと違っておりましたな。

 件の平山順一郎という紳士は、「先ず一言だけ、新郎新婦

に人生の先達として……」と、前置きをされたあとで「新郎は

新婦のご両親を大切に、新婦は新郎のご両親を大切にしてく

ださい。それが夫婦円満家庭円満の秘訣だと心得ております



 つきましては、私事で真に申し訳ないのでございますが、私

はこの乾杯という言葉があまり好きでございません。ですから

『おめでとうございます』という言葉でお二人をお祝いしたいと

思いますのでよろしくお願いします。では『おめでとうございま

す!』」と締められたのです。

 いや〜、小生はご挨拶の短さもさることながらその内容の

簡潔明瞭さにビックリしてしまいまして、グラスを取り上げて飲

み干すのに遅れを取ってしまいましたぞ。

 後刻、ご挨拶に参りましたところ、氏は92才のお母様と奥様

のお母様とご一緒に同じ屋敷内にお暮らしとのこととお伺い

して、さもありなんと氏の温厚な笑顔に納得したことでござい

ました。

 さて、目出度く結婚式から帰ってきてご機嫌の楽天先生が

、ご祝儀を渡すのを忘れたことを思い出すのにたいした時間

はかかりませんでしたぞ。

 わっはっはっは〜、みなさんもご注意くださいね!




    2002年11月2日(土)

       大浦お慶     


 みなさん、みなさんは大浦お慶をご存知でしょうか?

「なに、ご存知ない?」

「それはいかん、まったくいかん。遺憾ですな〜まったく!」

 ……とは言うものの、小生も昨夜までは地元長崎の女傑で

あるというぐらいで、おぼろげに名前ぐらいしか知らなかった

のです。

 ところが昨夜「大浦お慶の魅力を語る会」というシンポジウ

ムで、長崎総合科学大学の市原実先生が司会をなさって、

いろんな人のお話を聴いてビックリしたのです。

 まずはじめに、この度、長崎商人伝「大浦お慶の生涯」を出

版された小川内清孝氏が”私がお慶本を書いた理由”という

講演がありました。

 お慶は20代で上海に密航し,当時の日本人の誰もが考え

なかった製茶輸出事業を思いつく。苦労の末、日本茶を初め

て海外に輸出。これが幕末から明治初期にかけて起こった

日本茶ブ〜ムの先駆けとなり、九州の製茶産業を育成し、貿

易商として巨万の冨を手に入れた。

 ”豪商”と呼ばれるようになったお慶は、豊富な財力を生か

して、坂本龍馬をはじめ大隈重信,松方正義ら幕末の志士

達を陰ながら援助し、維新の夜明けを演出したと伝えられる。

 幕末維新という時代の激浪を見事に乗り越えた彼女の生涯

を、時代背景と周囲を取り巻いた人物像を織りまぜながら、お

慶自身が商人として生涯追い求めた「商法の道」に迫る。

 と、いうのがお慶の人物像であるが、 あれだけの偉大な仕

事を成し遂げながら、どうしてお慶が評価されなかったかとい

う原因について小生なりの理解では、

 当時の余りにも破天荒な女傑振りが、江戸時代の講談本

で男を手玉に取る女として”面白おかしく”描かれていたマイ

ナスイメ〜ジがあったが、それは平成2年に本間恭子氏によ

って払拭されたが、子孫がいなかったのも一因ではなかろう

かということであった。

 次に、

1 深堀道子さんが「お慶さんを主役にした大河ドラマを絶対

  に実現させたい」との熱い思い。

2 お慶の伯母せきの嫁ぎ先である竹谷家の孫であった竹谷

  政枝さんが、お慶が写真をとるのをお爺ちゃの膝の上で

  見ていた話。

3 なぜ、遠山事件でお慶が困っていた時に世話になってた

  人々は助けなかったか?という質問を、元気印のレデイ。

4 「慶茶」ブランドについて、現代のお慶さんそっくりの静岡

  の素敵な石川味知子さんが、不思議なご縁で長崎に来て

  お慶の墓に参ってみなさんにお会い出来たのが、「導か

  れている」と思うこと。

5 PAN FIRED 釜入り茶製品化発表 茶乃芽園のまだ若

  い江口亜由実さんが、苦難に出会っている現在、お慶さ

  んのご苦労を偲びながら頑張りますの挨拶。

6 (社)日本茶業中央会顧問の高野實氏が「なんでも、お手

  伝いします」の言葉。

    ・・・      ・・・      ・・・

 この後、長崎大学熱帯医学の溝田勉教授のにこやかな名

司会で懇親会が開かれ、和気藹々の雰囲気の中に出席した

60名全員、銘銘が名迷なスピ〜チを楽しんだことです。

 ”ナイスガイ”小川内清孝さんが迫った「大浦お慶の生涯」

は絶対に面白い。発行所は株式会社商業界です。必見!

 最後に、本文99頁のお慶の科白です。

「何かよう分からんばってん、こん人たちは、新しか世の中ば

つくんなるとげな。よか、うちも女傑と呼ばれるお慶たい。

 好きなだけお金はだしまっしょ。どげん新しか世になるとや

ら、ゆっくり見物ばさせてもらいますけん」

 最後の最後に小生の科白です。

「どっかに、お慶さんのごたっ人のおらんかな〜? 日本!」

  




    2002年11月1日(金)

 いまのお爺ちゃんと明日のお爺ちゃん     


 天気予報では雨だったそうだが、久し振りの快晴である。

頑固さん(いまのお爺ちゃん)は、毎月1日恒例である「諏

訪神社にお参りに行ってくっけん!」と言って元気に出掛け

て行った。

 つい先日、ご存知さんと3人で長い階段を登った時にはき

つそうにしていたので、よほど後からこっそりつけて行こうかと

思ったが、朝から喧嘩した時には相変わらず元気に頑固だ

ったし、50メ〜トルほど見送っていたら近所の人となにやら

大声で笑っていたので大丈夫であろう。

 それに第一、考えてみれば留守番がいないではないか。ご

先祖さんは日課の町内散策、愛妻はこれまた毎月1日恒例

の小田家(まだ誰も入ってない)・石原家(ご先祖さんのご先

祖さん)・辻田家(愛妻の義兄のご両親)のお墓掃除のハシ

ゴに出掛けているのである。

 わっはっは〜 世にいうところは”三ちゃん商い”であるが、

当楽天家は92才・87才・62才・58才のヨレヨレ四輪馬車

なのである。

 それでも、我々が元気に仲良く喧嘩しながら暮らしてい

るのを見て三人の娘達も明るく育ってくれたのは嬉しいこ

とだ。これも両親や愛妻が信心深いせいであろうか、本当

にありがたいことである。

 ところで先程、久し振りに掲示板を見たら、ああら嬉しや

懐かしや!ほんわかさんからのお便りである。実は昨日、

頑固さんがほんわかさんのことを、「ほら、あの綺麗か人の

今頃来ならんね!」と突然思い出して言うので大変だった

のですよ。

 愛妻と二人で「だれね〜?」とか「どんなお方ですか?」と聞

いても、「ほら、あれ、その……」とかで、「いつか洋服ば作っ

てくれなった人」とは言うのですが、ご主人のことは覚えてい

ないらしく大変でございましたよ。近いうちに是非ご主人様と

ご一緒にお顔を見せてくださいね。パッチワ〜ク用の布地も

チョッピリ揃いましたのでお待ちしてま〜〜〜〜す。

 それから、そうなのです。ほんわかさんが掲示板で仰って頂

いたように、喜びのお言葉を頂戴いたしましたように、なんとな

んと小生は姿形だけではなく本当のお爺ちゃんになりそうな

んですよ。

 自分の結婚式の時も子供が誕生したときにも、実感が湧かな

いというのか(?)どことなくポカ〜ンンとしたところがありま

したが、今回ばかりは何といえば良いのやら…… 。

 とにかく、仰せの如く何はともあれ「ご自愛しますっ!」とは

申しましても、なにをどのようにご自愛すれば良いのやら初

めてのことでサッパリ分かりませんので、具体的にご教授くだ

されば幸甚です。わっはっはっは〜

 でも、妊娠2ヶ月の太希子には「 ご自愛しなさいっ!」

と、現在の父親としての権威と、明日のお爺ちゃんとしての

威厳をかけて申しわたしております。

 でも、とにかく美しい音楽を聴き・本を読み・美しいモノを見

て・美しい人に会って・人に親切にして美しい思い出をつくり

なさいと申しております。

 今月の13日には、米ちゃんの友人の結婚式出席の為に

太希子も一緒に帰崎して、18日まで滞在してくれるそうなの

で、家族一同楽しみに待っているところなのですが、 

 ほんわかさんの美しいお顔と心は、孫の胎教によろしかろう

と存じますので是非とも……!

 おっと、それから札幌のどら衛門さんの”花や野草”の写真

のコレクションも娘に見せなくっちゃ〜。みなさんも、小生の掲

示板に掲載してくれてますので是非ご覧になってくださいね。

 太希子は、米ちゃんが冬のボ〜ナスでパソコン様を買って

くれるそうで、それから小生の日記を自分で読むのを楽しみに

しているようです。ですからいまは米ちゃんが印刷して持って

きてくれるのを楽しみに待っているのです。

 ところで大好きなみなさん……

  『 ”待つ” 』 というのは良い言葉ですね〜!

 遥かに遠い昔から 多くの人をへて 伝わってきた

 嬉しく 懐かしい 響きが あるのですよね〜 

 待つ・待つ・待つ・楽しみに待つ、子を待つ・孫を待つ!

人を待つ・喜びを待つ・幸せを待つ・じ〜〜と、耐えて待つ!

待つことがあるから 歓びも 大きいのでしょうね 

では お互いに 幸せな 明日を 待ちましょうね

  トンビも 舞って 待って いるのでしょうか ?

 あと7ヶ月あまり 母も子も 無事でありますように と

  良いお爺ちゃんになれるかな〜 と

 チョッピリ 心配な ぴ〜ひょろろ でした




日記一覧へ