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    2003年2月19日(水)

  海の男 ホ〜ンブロワ〜 (中)


 流石は本好きの仲間,手紙を出した翌日には素敵な奥

様が届けてくれた。なんでも、シシャモ先生はちゃ〜んと

準備してくれてたそうだが,勤務の都合で持ってくるのが

遅れたらしい。いやはやありがたいことである。

 はてさて,小生は初めて耳と目にする本なので,心とき

めきながら包装を開いてみると全部で10巻。ホ〜ンブロ

ワ〜・シリ〜ズとして1937年に発行以来されて以来,主

人公がやがては艦長総督となって勤務した,大英帝国海

軍を舞台に,フランススペインなどとの死闘を書いた,血

沸き肉躍る大冒険活劇物語であった。                 

 かのチャ〜チル首相も愛読したそうであるが,う〜ん懐

かしいな〜。中学生頃に小松崎茂や萩原健一(?)の

ペン画に憧れて,コ〜リン,トンボ,地球印等の3H鉛筆

で、カリカリ真似していた頃が……。

 ところで,このこの物語で活躍する主人公のホレイショ・

ホ〜ンブロワ〜の舞台背景とその年譜である。

 1776年7月4日 薬剤師兼医師の子として生まれる。

この日,アメリカ13州独立宣言。この前,安永3年に杉田

玄白ら「解体新書」出版。

 1789年  フランス革命勃発。

 1792年  父の急死で孤児となりる。親類の世話で東イ

ンド会社の船の士官見習いを志望するが,年齢不足で達

せず。 (フランスとの戦争必死。イギリス国王ジョ〜ジ3世

,議会に陸海軍増強を認めるメッセ〜ジを出す。ルイ16

世の私刑執行。2月,フランス政府宣戦布告。)

 1796年  ナポレオン第一次イタリア遠征。英国オラン

ダよりセイロン島を獲得。

 1799年  生涯の友となるウイリアム・ブッシュと会う。

高田屋嘉兵衛,エトロフ航路を開く。

 1800年  ナポレオン第2次イタリア遠征,オ〜ストリア

征伐。英国マルタ島を占領。

 1804年  ナポレオン皇帝となる。ロシア使節レザノフ

長崎に来航。

 1806年  ナポレオンの大陸封鎖令。仏対プロシア・ロ

シア戦争。神聖ロ〜マ帝国滅亡。

 ……などと,以上の時代背景の中で主人公の活躍が続

くのであるが,小生も大変であったぞ!  続く
 
 




    2003年2月18日(火)

  海の男 ホ〜ンブロワ (上)


 小生には藤田紘一という愉快な友人がいる。のらくろ君

の800倍誠実である。普段はコ〜チャンと呼んで親しくご

好誼を賜わっているが、先日の「ま〜だだ会」発足の際に

は、学習院からシシャモという愛称を拝命して悲喜交々の

顔をしていた。

 その折、のらくろ君等と愛読書が話題となって、小生が

セシル・スコット・フオレスタ〜のホ〜ンブロワシリ〜ズを、

まだ読んでないのを知った2人は、小生のことを散々に揶

揄していたが、どちらかといえば紳士度に勝るシシャモ君

が箸袋の裏に、今度 「シシャモがホ〜ンブロア〜を咥えて

きます」と一筆認めてくれたので楽しみしていたが、なかな

か腰が重いので以下の如き催促状を出した。

 なお、文面始めの”歌”は先年、親孝行のシシャモ君が

自家出版した歌集 「つはぶき」 から抜粋した彼のご尊

母,藤田梅子さんの作品である。

       ・・・             ・・・

   膨らみし莟を日々に眺めつつ

   出逢いにに似たるときめき覚ゆ

 上記は小生の友人のご尊母で素敵な歌人、藤田梅子

さまの歌で不肖ぴ〜ひょろろの最も好きな作品です。

この歌を口にする度に、森羅万象、いろんな出逢いの度に

 人間に生まれてよかったな〜、いい出逢いに恵まれてよ

かったな〜、幸せだな〜と思うのです。それほどに趣深く

味わいのある作品なのです。

 世界中の人々が、このように素直で心美しく日々を感謝

の心で生きれば、平和な世界が実現して、私たちの周り

至る処には、子供達のさざめく笑い声に満ち溢れることで

しょう。

(注)「ここに,シシャモ君の署名の箸袋のコピ〜を貼った」


 さて上記の作品は,小生の悪友で素晴らしい感性を持つ

粋人藤田紘一氏の作品です。

 この作品を目にするたびに,ビ〜ルと再会する度ごとに,

ホ〜ンブロア〜との出逢いはホ〜んまにあるのかいな〜,

と憂慮する昨今です。

 世界中の人々が二日酔いの中で頭を抱え込んでいても

(伴侶の冷ややかな目も含めて),全てを感謝の心で受け

止めて前夜の約束を思い出すならば,私達の周り至る処

では酔っ払いの馬鹿笑いで満ち溢れることでしょう。考え

るだけでも喉渇く思いがいたします。

 尚,貴兄に認めていただいた念書元本の箸袋は,証拠

物件として,ホ〜ンブロア〜御持参当日まで責任持ってお

預かりさせていただきます。

 ただし,利息は一日にビ〜ル一本として勘定し、現在2月

14日付けで32本となっておりますので,善処の程よろしく

お願い申し上げます。

 ♪ 春は名のみの風の寒さや ♪

 昔懐かしく美しい旋律と詩の 「早春賦」 ,いまちょうど

そんな季節なのですね。素敵なお母さまと美しい奥様がお

風邪を召されませんように,貴兄の二日酔いが酷くありませ

ように衷心よりお祈り申し上げます。

 
 尊敬するシシャモこと 藤田紘一大兄

                 足下

 貴兄とバッカスの神の忠実な僕

                おだ佛楽天ぴ〜ひょろろ拝

                 (続く)  




    2003年2月17日(月)

     まさかの友 (8)


 お〜い、アンコ〜君よ。先日はありがとう。貴兄口癖の

「2月逃げ月」 の忙しいなかで、早朝一番に駆け付けて

くれてありがとう。

 14文の偏平足が運んできてくれた貴兄の丸い顔と太鼓

腹を目にしたときは正直言って嬉しかったなあ。 「できる、

できない」 ではないんだねえ。貴兄は益々素晴らしい人

格者になりつつあるぞ。 うんうん!

 考えてみれば貴兄は、45年前に名門長崎商業で出会

ってから今日までの永い間、学生時代から社会人となって

からもオチコボレ人間継続中 (…は力なり) である小生

の面倒を見続けてきてくれたわけだ。(思うのであるが、小

生は前世でよほど徳を積んできたか、貴兄が偉大なる借り

を小生に残していたのか?)

 持つべきものは真の友…まさかの友は真の友…男の連

れションは真の友情(スイスの諺?)…というが、貴兄は正

しく 「まさかの友」 の認識を新たに、小生は深い感動を

覚えたのである。

 なにを隠そう、小生の見目麗しき愛妻の万里ちゃんは、

貴兄の後姿に両手を合わせて伏し拝んでいたんだぞ。貴

兄もご存知のように、小生知る人ぞ知る謙虚人間(知らん

人のことは知らん)であるから今日まで口を閉ざしていた

が、いまこそその秘密を貴兄に告白するものである。

 いつか小生、命ある内に宝くじの1等に当たる予定であ

るが、そのときには是非貴兄と一緒に喜びを分かち合おう

という綿密な計画を立てているのである。

 であるから、その時期到来した暁にも先日の電話の如く

「あのさ〜、アンコ〜君。ちょこっと話しのあっとばってん」

とさり気なく同じ科白で始めるから、絶対に来てくれよっ!

それが今世でお世話になっている小生の心ばかりのお礼

と言ったら良いのか、ささやかな感謝の気持ちである。

 いやいや、お礼にはオヨバナイってことよ……。とにかく

楽しみにしとけよっ!小生から電話を貰えなかった奴や、

また、嫌な用事ば頼まれるのじゃ〜なかろうか?などと心

配して愛想のない返事の奴は絶対に呼ばんつもりだ。

 わっはっはっはっは〜 ざま〜みろっ、愉快愉快!

 「余裕が出来たら」 とか 「時間のあったら」 とか

「たら、たら」 という奴が当てに出来るものか。時間があっ

たら小生は長崎港の海の水を笊で干してやるってんだ。

 わっはっはっは〜貴君の奥さん、最近とみに美しくなった

ね〜。  わっはっはっは〜  わいは好きぞ〜!

    ところで、話しは変わるばってん……

 「あのさ〜、アンコ〜君さ〜」 わっはっはっは〜 

  おいは わいが 好きぞ〜 わっはっはっは〜





    2003年2月16日(日)

     まさかの友 (7)


    (F タイプ)

 そういえば 「だれかいないかな〜」 と考えたときに、

ついでに1人2人思い出す顔もありますが、あの人には言っ

てもどうせ無駄ですから止めときましょうね。自分が悲しい

思いを繰り返すだけですからね! うんうん……。

 一目で百年の知己になれる人もいれば

 百年会っていても ただの顔見知りで終わる

 それも いいのですよね

 まさか どころか

 まっさかさま になったら たいへんですから

 ねっ !?

 うん うん 

                  ( 続く )



    2003年2月15日(土)

     まさかの友 (6)


     ( E タイプ)

 「ほ〜、それは大変やったね〜。そいでどげんなったと

か〜……」 などと、一応の悔やみは言ったりするが、結

局は自分の興味本位に根掘り葉掘り聞き出して、悩める

小生の貴重な時間を浪費させた挙げ句……

 「そんなら、後で考えとくけん」 とか 「もう一寸して電

話すっけん」 など、他人事と思って無責任な返事をし

たその足でパチンコ屋やサウナ風呂に行ったりして上機

嫌、悩みなんかどこ吹く風の脳天気で 「ゴ〜ゴ〜」 

と太っかい鼾をかいてぐっすりお寝みになられる幸せな

御方。

 この人物は根は悪くはない(ンンン……?)井戸端会議

的血液型の持ち主であるが、一度親の顔を見たいものだ。

 このタイプの御仁は、手前の嬶ちゃんとの寝物語なら未

だしも、わざわざ同窓会名簿を捲ってまで、

 「おいっ、わいんとこに楽天が来んやったか?」 とか  

「いま、楽天のとこに行くなよ。店の掃除ばさせらるッぞ!」

「とうとう、万里ちゃんに逃げられたごたっぞ〜」 などと、

無責任なお節介屋に多いのが特徴である。

 そんな人がいますよね〜、あっちこっちに……。

あっ、いま思い浮かべたでしょう〜 あ・な・た……!?

本当にいますよね、そんな人。

 ナントカさん、ナントカちゃん、それに井戸端会議(男がい

るのを10年前に初めて知った) のなんとか先生

のことを……。

  フランス語でなんというのか知らないけど、エスキモ〜の

言葉は分からないけど、ブッシュマンの人たちにはお会い

したことはない……好きです……けど、まあ、人生そんな

ものでしょう ! フランス語で肩をすくめて言う言葉を知っ

ていますけど、少々ヨッパッッテいるので忘れました。

 「・・ ・・・・・ ・ ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・ ・・・」

 これは、エスペラント語ではありませんよ。

 大好きな あなた へ ……

こんな言葉が日常茶飯事に使えたら嬉しいですね。

本当にヨッパラっちゃった。

おやすみなさい、大好きなみなさん。

ボクは万里ちゃんが大好きであります。

 何を言いたいのか、書いてたのかは、忘れたが、

         とに角   続こう




    2003年2月14日(金)

     まさかの友 (5)


     ( D タイプ )

 「他ならぬ貴君のことだから、何とかしてやりたいのはやま

やまだけど、この件ばかりはもう力が及ばない」 とかなんと

か……。

 アレを頼めば 「アレだけは無理だ」。コレをお願いすれ

ば 「コレばっかりは勘弁してくれ」 とかなんとか逃げるの

が上手で、その場の状況に応じた言い訳800余りを即座

に捻り出す事の出来る才能の持ち主である。

 「たった一人の血を分けた親父の初めての遺言で……」

「女房の母親の連れ合いの3男が自民党の幹事長と……」 

「前首相や元首相等、品悪い老醜共がいつまでも日本…」

「糖尿病の孫が花粉症を併発して……」 などともう、訳の

分からん言い訳を平気で乱発して相手を煙に巻くのだ。

 このタイプは一見色白でスマ〜トなインテリやヒステリ〜

タイプに見かけられ、他人のお願いなんぞはク〜ルに断る

ことが出来るという自己管理能力に秀でた人物に多い。

 ただここで、注意しとかねばならないことは「ク〜ル」とか

「自己管理に秀でた」 とかは単なる言葉の文であって、

冷淡とか「ヒトノコトナンカシッタコッチャナイ」の精神旺盛

なる持ち主のことなり。

 このタイプは、ふだんから友達と物事を突き詰めて話し合

って本音で喧嘩したり、悪い時には謝ったり、喜び悲しみを

分かち合った経験に乏しいので、自己の限界が自分自身

にも判ってないので、いつ爆発するか分からない危険性を

伴なうので注意を要す。

 話してる途中で突然、鉛筆を持っている手がワナワナと

震えだしたり、コメカミに青筋が現れた場合には頼み事どこ

ろではあるまい。脱兎の如く立ち去るのが賢明である。命あ

っての物種というものだ。

 また、概して話しの途中で一方的に電話を切るという特

技を有し、どういう訳か半年一年は消息不明となる傾向に

あるようだ。勿論、年賀状も来ぬ。

 このタイプは自分のことは遥かなる忘却の彼方、棚の上

の隅っこに置いて話すことができる。一見文化人的爬虫類

型人種に多い。

                 ( 続く )





    2003年2月13日(木)

     まさかの友 (4)


     ( C タイプ )

 電話で事情を話して、訪ねていって掛けてドアを開け

るのもそこそこに、待ちかねておったぞ〜とばかりに大

声で怒鳴りつけるのである。

 「そんのけん、いつも言いよっやろうがっ、この馬鹿が!

大体において、いつも言いよっごと……」 

 などと、常日頃の小生の言動はおろか、40年前の学生

時代の宿題や給食のことなどまで持ち出してきて、クドクド

ねちねちやり始める仇討ちタイプの陰険居士型。

 当方としては最後にはひょっとしたら昔の誼で何とかして

くれるかもしれない!? という儚い下心があるのでグ〜と


我慢に我慢を堪えて頭を下げて俯いているばかりである。

 このタイプは一見豪放磊落型40パ〜セントとヒットラ〜型

60パ〜セントに分類されるが、とにかく喋りだしたらきりが

ないのでどうしようもない。耐え難きをを耐えるほかに道は

ないので、砂嵐に出会った時のダチョウを思い出して、た

だただ砂の中に頭を突っ込んで危険が去るのを待つほか

はない。勿論、唾なんぞも飛んでくるが、大願成就の前の

ならぬ堪忍、するが堪忍である。

 このタイプは、やたらにこめかみがヒクヒクと痙攣するのが

特徴で、唇が極端に薄かったり極端に厚かったりするので

分かり易い。ただ生来の気分やなので勝負はゲタを履くま

で分からないが、とに角ひょっとしたらひょっとすることもあ

るから一応頑張ってみること。

 ただ、借金の場合のこつとしては、絶対に食事前には行

かないことが肝要である。このタイプは腹が減ってる時には

絶対に不機嫌そのものであるから、食後爪楊枝をセセッて

る時がタイミングとしては最高かもしれない。

 ただ、腹が減ってくると少しずつ不機嫌になるので、タイ

ミングを計ってデザ〜トを用意しとくのも一案かもしれない。
               
                    ( 続く )         




    

2003年2月12日(水)

     まさかの友 (3)



       ( B タイプ )

 早速訪ねてきてくれて 「その件に関しては現在ボクには

なんの力もない。しかし、なんとか出来ないものだろうか」

 と自分のことのように精いっぱい相談に乗ってくれ、出来

るだけの智恵と力と時間を貸して全面的に応援してくれる

気の好いお芋さんという型の人物。

 喉仏が突き出るように痩身で鼻毛がノゾイテいたりと、い

ろんな体型や様々な特徴があるが、総じて田舎紳士風で

気の優しい人に多い。

 まあ貴君の友人名簿の中に、マハトマ・ガンジ〜さんとか

西郷隆盛大人に似たご尊顔の人達が掲載されていたら貴

君はもう幸せものだ。心を大きく持って、ビ〜ルでも引っ掛

けてシェスタが済んだころには、問題は多分どうにかなっ

ているかなっていないかであろう。それ以上を望むのは贅

沢というものである。罰が当たるぞ、ったく!

 昨今の政治家のように目先の私利私欲に目が眩んでの

仕事ではなく、西郷先生は身を挺して世の為人の為天下

国家の為に生きて、死んだのであるから……。貴君も少し

は反省してください。  

 ともかく例外もあるが、概してこの方々の奥さんは美人で

本人は恐妻家に多く見られ、その精力の強さに辟易してい

るのが一般的である。





    2003年2月11日(火)

     まさかの友 (2)


       ( A タイプ )

 「ちょっと、話しのあっとばってん」などと電話した時に、

「よし、分かった。皆まで言うな!」 と、できるできないは

別として、おっとリ刀で駆け付けてくれる頼もしいドン・キホ

〜テ型である。

 このタイプは常日頃走り出してから考えるのが特長なの

で、交差点で停止した時などに、キョロキョロ辺りを見回し

ながら、 「あれっ、俺は何処へ行くんだっけ?」 などと考

えこんでいる姿を、我々は時折見掛けるのである。

 このタイプは金銭的には淡白なので、すぐにお金は貸し

てくれるが翌日になって、 「大変だ〜」 などと駆け込ん

できて、 「支払いのあるのを忘れていた。半分だけでい

いから戻してくれっ!」 などと息を弾ませる行動派のオッ

チョコチョイで、愛すべき人物が多い。

               ( 続く )





    2003年2月10日(月)

     まさかの友 (1)


 「まさかの友は真の友」 という諺がある。とにかく小生は

この世に62歳と10カ月棲息してきたのであるが、それゆえ

の知恵であろうか、とにかくいろんなTPOにおいて、その

時々の相手の性格を分析するのが小生の癖である。という

より趣味と言った方が早いかもしれない。

 例えばことある時に、この人間はあのタイプだから話して

も時間の無駄だとか、彼には声を掛けてみようとか、いろん

な場面に遭遇した時に……喜び悩みを問わず……常日

頃の相手の言動を参考にして、相談する目安とするので

ある。

 例えば、あるときのそれは @力 Aお金 B時間 C知

恵の有無などであろう。しかし、それらの条件をすべて持っ

ている人と持っていない人も含めて、最終的に小生の判断

材料になるのはその人の心である。言葉を変えて言えばや

る気である。優しい心とやる気のない人間にどんなことを

頼んでも時間の無駄というものだ。

 この場合、常日頃の小生の言動が相手にどう捉えられて

いるか?などの些細なことは、棚の上の隅っこに置いとこう

ではないか。

 いざ鎌倉! という時に、小生はどのようなタイプの諸兄

姉にご相談を持ちかけるかということを披露して、今後のお

付き合いの参考にしていただきたいと思うものである。

                         (続く)




    2003年2月9日(日)

       歩く


 愛妻は夕食後、1時間ほど町内のご婦人方と一緒に歩く

のを日課にしている。小生も日課にしている。もっとも去年

はたった1回しか歩け(か)なかったから、これを日課と呼べ

るかどうか分からないが……。 わっはっはっは〜

 奥さん方の話しを黙って聞いていれば面白い。国際情

勢に始まってみのもんたの推薦食品、近辺の夫婦喧嘩の

原因から収拾へと多彩にわたっているので面白い。

 今日は待ちに待ったるゴロンゴロンの日曜日であるが、

「天気がいいので昼間に歩きましょうか?」 と言う愛妻に

誘われて久し振り2人で歩いたら 「あ〜気持ちよかった」

。この調子であったら去年の記録を破ることであろう。

 などと日記に書こうと思いながら、テレビでマラソンを応

援してグズグズしていたら、優希と美希子から電話が掛か

ってきて愛妻はフイットネスに行ってしまった。

 あ〜あ〜 父親は孤独だな〜。今年もウォ〜キングの記

録更新は前途多難である。




    2003年2月8日(土)

     ミュ〜レ (5)


 と、長々と何日間にもわたって (本人も何を記したか忘

れたくらいに) 書いたように八百連勝無敗を誇ってきたの

で今日までAの鉄則にはふれることがなかった。

 ところがである、先日M重工業研究室主任のY氏に教え

ながらミュ〜レをして負けた。ビックリしてもう一度してまた

負けた。再度、チャレンジ (ボクって謙虚) してまた負

けたのである。

 「シェ〜〜!?」 である。ビックリしてしまった。本当に

Y氏がミュ〜レを今まで知らなかったのは間違いないのだ

が……。 どうしてどうしてどうして、小生は負けたのっ! 

と、理由を聞いてもう飛び上がってビックリした。

 ナントナントナント、Y氏は始めて出会ったのにこのゲ〜

ムの進路のポイントと、コマの動きが3通りあることと、それ

ともう一つ (我ながら馬鹿としながら忘れてしまった。

バカバカ…)の重要な三つの鍵を説明してくれたのである。

 「ヒョエ〜〜」 小生、30年もこのゲ〜ムをしていたのに、

指摘された3つの重要なキ〜ポイントのことはなんにも気が

付かなかったのだ〜!口惜しいのである。なんというバカ

であろうかこの小生は〜〜〜! と、久し振りに己を省みた

のである。

 それにしても1を聞いて10を知る。頭の良い人がいるな

〜と脱帽した。口惜しかったのでニムゲ〜ムを教えながら

「心の中では、負けないぞっ!」 勝負したが、こちらの方

はポイントがやや複雑なので勝った。あ〜〜よかった。

「次回またやりましょう!」 と約束したので次回が心配だ。

 なおミュ〜レに関してはこの数日後、J銀行電算部長の

アベベさんと長大教授のム〜ミンさんに負けそうになった。

世の中には頭の良い人がいるものだなあ! と、ぴ〜ひょ

ろろは深く溜め息をついたのである。

 小生のゲ〜ムに関するAのル〜ルは”負けた人とは絶対

にしない”が原則であったが、面白いもので勝てば勝った、

負ければ負けたでやめられないことを久し振りに思い出し

た。

 若い頃、麻雀で 「もう1回、もう1回!」 の科白で嫌がら

れたことを思い出したぜ、ベイビ〜!なんでも奥が深いのだ

なあ……。次回は仇をとれるように研究するぞっ!

            ああ、疲れた! おしまい
 

 あっ、そうだっ! 絶対に負けないゲ〜ムを発見したぞ。

むかし、3人の娘たち相手にセブンブリッジを教えていた時

に、泣き出した娘を臨機応変に応援した要領でル〜ルを

変えればよいのだ。なにしろゲ〜ムを知らない人ばかり選

んでいるのだから……。

 まんいち相手が、先日(さっきは)はこのコマは

「進めないと言ったでしょう!?」 などと言い掛かりをつ

けてきた場合には、あれは平日(昼の)のル〜ルで、祝

祭日と雨の日と夜はこんなル〜ルになるの!

 とかなんとか、 姑息なぴ〜ひょろろでございました。 
 




     2003年2月7日(金)

     ミュ〜レ (4)


 A (負けた相手とは2度としない)

 ただひたすらにゲ〜ムを知らない人を見付けては、その

ル〜ルを懇切丁寧に理解し難く(肝要なり)教えること。

態度や言葉使いには注意していつでも何処でも指導者

の役を演じ続けて、常に”勝つ”ことに徹底する。

 ビギナ〜の立場から見て、「お師匠さんには絶対に適わ

ない。一選手である自分が、コ〜チであり偉大なる指導者

の楽天師匠に絶対に勝つ筈がない」 と、最初からそれ

となくコンプレックスを植えつけ負け癖をつけさせる。

 人間というものは単純であるから、最初出会ったときに

「がんっ!」 とハッタリをカマして、尊敬の念を得てしま

えば容易なことでは崩れんものだ。とくに子供たちは純

粋だから効果的である。

 これは内緒であるが、小生の知り合いに学校教師をして

いる某というのがおる。某はこのハッタリの典型的な見本で

本人は泳げないのに水泳のコ〜チをしている。3つの時、

泳ぎを教えようとした我武者羅親父に海に放り込まれて

以来、水恐怖症になって膝より深い場所には絶対に近付

かない。風呂にもアクロバットのような格好で入っとる。そ

んな情けない奴がどういう風にコ〜チになれたのか!?

 あまり不思議なので先日こっそり見に行ったところ、なん

とプ〜ル際から5メ〜トルも離れてへッピリ腰で立ってる。

 それでも生徒たちには、一人前に腕を組んだり大声で

指図したりして威張っておる。そしてまた、生徒たちはな

んにも知らないものだから可哀相に唯々諾々と従っとる。

 「お〜い」 と声をかけたところ、某の奴一瞬顔色が蒼ざ

めたと思ったらバタバタと走ってきおった。どうやら小生の

ことだからバラされかねないと狼狽えたのであろう。

 小生の手を引っ張って生徒たちの見えないところ、校舎

の陰辺りで必死になって拝むのである。可哀相になったの

で事情を教えたら黙っといてやる、と言ったらポツリポツリ

洩らしたのが以下の話しである。

 なんでも、その学校の水泳部は県でも万年ビリッケツで弱

かったそうだが、ある時理事長が交代した時に、どこがどう

なったものか突然某に白羽の矢が突き刺さって、水泳部の

コ〜チに任命されたそうな。

 さあ、慌てたのは某である。泳ぎどころか水にも入ったこ

とがないくらいであるから、悩みに悩んだ挙げ句いっそのこ

と首を吊ろうか入水しようか、と考えたくらいである。

 それでも生来の小心モノが幸いしたのかどうか?死ぬ

にも死ねなかった某はそれこそ死に物狂いで学術書を繙

いて勉強し始めたと言う。

 大体に於いて頭は悪くないし、泳げない者の弱みでそれ

こそ藁をも掴む勢いで、水泳関係の専門書やオリンピックの

ビデオを800回も焦りまくって見ている内に、いつの間にか

基本に忠実な泳法が理解出来てきたと言う。

 少なくとも水の上での筆記試験であったら誰にも負けない

だけの学力と自信だけはついたそうである。それも、なまじ

っか泳げる人間たちとは違って癖のない正しい理論である。

 そこで自信をもって生徒たちと対峙していたところ、ある日

突然虚を突かれるような質問をされて動転した。勿論実戦

経験がないから無理もないのだが……。

 分からないから頭に血が上ってしまった。興奮し逆上した

某は思わず怒鳴ってしまったそうな。

 「馬鹿も〜ん、ザゼ〜ン!」 ちなみに某は幼少の頃か

ら、我武者羅親父に永年その言葉で矯正されて育ってき

たのである。(ひょっとしたら角を矯められたのかも…?)

 さあ、ビックリしたのは生徒たちである。泳げる人間であれ

ば至極当然なことを聞いたのに、日頃温厚な先生がいきな

り青筋立てて怒ったのであるから……。

 しかしだんだん時間がたつうちに、生徒の中に座禅とい

う言葉の意味の分かるものがいて、一人座り二人座りしてい

る内にいつの間にかみんな目を閉じてしまった。

 さて、驚いたのは今度は某である。やり場のない怒りを爆

発させて、一体どう納めたらよかろうかと思案していたら自

然に治まってしまったのである。

 「ウヒョ〜〜」 喜んだ某は抜き足差し足、自分の机に戻

ってカバンの中から、かねて隠しおいたる専門書をヒモドイ

テ難局を切り抜けたそうな。

 それ以来子供たちは某先生に偉大なる尊敬の念を持っ

て接し、水泳部は県内連戦連勝、破竹の勢いで止まるとこ

ろを知らぬと言う。

 それ以来 「ザゼ〜ン」 なる有り難い仇名を頂戴した

某先生はコト有るごとに堂々とカンニングしておったが、

巷の噂では手塩にかけた子供達の中から、近いうちにオリ

ンピック選手が出そうだ、とかどうとか……。

 可哀相にプ〜ル際の座禅のために、膝が黒ずんでいるオ

リンピック選手誕生か?

 まあそんなこんなで名を上げた某であるが、まったく幸不

幸は何処でどう変化するか分からんのが人生面白いな〜。

なまじっか泳げなかったのが幸いして、素晴らしい名コ〜チ

が誕生したのだ。

 今春の新入生からマラソン選手でも育ててみようかなどと

嘯いておるが、あの小心者のノミの金玉野郎めが図太くな

ったものだわい。

 よく言うではないか 「名選手必ずしも名監督ならず」と。

格言の如く、現役時代優秀な成績を残した監督が自分の

ありあまる才能と経験でどれほど角を矯めて牛を殺したこ

とか!?

 竹中半兵衛も諸葛孔明も、こと現場のチャンバラでは腕

に覚えのある剣士ではなかったのである。

 ところで、小生は何を言いたかったのだ〜?

そうだっ!負けたらその人とは絶対にゲ〜ムをしない!と

いうのが小生の綿密な作戦で、いまだにミュ〜レは負けた

コトがないというのを言いたかったのである。

                 ( 続く )
 


    2003年2月6日(木)

     ミュ〜レ (3)



 「敵を知り己を知れば百戦危うからず」 の格言がある。

   (楽天流ゲ〜ムの必勝法)

 @ (ル〜ルを知らない人とする)

 敵地では戦わないこと。つまり、同じ土俵には上がらない

ということである。敵が熟知したゲ〜ムで戦ったら、頭がよく

て冷静な人間に適うわけがないので、ただもうひたすらに

球技人口の少なく相手がル〜ルを知らないゲ〜ムを求め

て探索の道を進むべし。繙くべし、なのである。

 小生なんぞ外国人の友達ができたり、留学生なんぞが

遊びにきた時には必ず百人1首でもてなすことにしている

のであるが、現在まで800連勝中である。

 同じように連珠は80連勝であるが、折角出したついでに

囲碁を教えてやろうと思って迂闊に勝負したところ、ケンブ

リッジ大学の教授に負けたことがあるのでみなさんも注意

されたい。最近は結構外国でも囲碁将棋が流行っている

らしく油断大敵だ。

 対策としては、まずさり気なくレコレは知ってますか〜?

と質問して、敵が知っているような素振りを見せた場合に

は、お茶と羊羹なんぞを出しながらソレトナク話題を変える

ことが肝要である。

 とに角、これらは非常に確率の高いゲ〜ムである上に、

日本文化に興味のある人には尊敬の眼差しでみられるか

ら得をすること請け合いである。みなさんも試してみたらよ

ろしい。小生なんか次回は花札を教えてやって小遣いを

稼ごうかと考えておる。

 と、まあ以上のような綿密(姑息ともいうが)作戦であるか

ら、日本人相手の時にはドミノやボヘミアンル〜ツ (これ

は小生が命名したので、本当は何と呼ばれているのやら

分からん。エヘン!) やチェスやドラウト、アゴン、ル〜ド

ゲ〜ム、ハルマ〜などが面白い。

 しかし、何によらず ”1を聞いて十を知る” ような礼儀

を弁えない人間は何処の世界にもいるので、なるべく

ル〜ルを教えてやった時の1回きりにしておくのが勝率を

高める秘訣であろう。

 その点インデイアン語でニム(撮む)という言葉が語源で

ある”ニムゲ〜ム”は、少々頭が良くても10回20回したぐ

らいではポイントを掴めないから愉快である。

 これは余談であるが今から40年前、ご存知さんが丁度

反抗期であった高校生の頃、夏休みに北海道旅行に連れ

ていったのであるが、その折青函連絡船の中で自衛隊の

人に習ったのがこのニムゲ〜ムの変形であった。

 これまた余談の余談であるが、帰りに後楽園球場で国鉄

スワロ〜ズの金田投手を応援しにいったのであるが、ご存

知さんの余りにもミスボラシイ人相風体に上野の旅館で断

られたのである。

 嗚呼、百年一日の如く、山より高く海より深い賢兄のご恩

を愚弟は覚えているのであろうか

                ( 続く )




    2003年2月5日(水)

     ミュ〜レ (2)


 小生のゲ〜ムはあくまでも趣味の世界であるから、自己

満足さえ満たすことができればよい。であるから、オリンピ

ックのように薬を使ってまで勝負に拘る必要はない。勿論、

拘ってもよろしい。

 拘わるのはよいが、サッカ〜や野球選手のように審判の

目を盗んでシャツを引っ張ったり、デッドボ〜ルを演じて大

袈裟に痛いふりをする必要もない。勿論、してもよい。

 そしてまた競輪、競馬、パチンコ、麻雀などのようにお金

を賭けることもないのでインチキまでする人は少ない。勿論

、そんな人はもいる。 いつだって何処だってそんな人は

常に存在する。

 他人を騙すどころか小生はいつか、トランプで自分占い

をしながら平気で自分の都合のいいように札を繰っている

のを見たことがある。奴さんなんかそれこそ自分を騙してい

る訳であろう。いい性格である。

 ちなみに、小生もその類いに分類される。わっはっはっ

は〜 それでは、また明日に続く……。


      ・・・         ・・・

 なにしろ、日記が大分遅れているのである。大変だ〜!




    2003年2月4日(火)

       ミュ〜レ (1)


 大好きなみなさん、みなさんはミュ〜レをご存知か?

なにっ、知らん!いかん、いかん、それは遺憾な事である。

 ミュ〜レとは、3000年以上も前から伝わるエジプトのゲ

〜ムであり、白と黒に分かれて、それぞれコマを9個ずつ

持って白から始める。

 という具合に、仲の良い二人が和気藹々として遊ぶゲ〜

ムなのである。……とはいっても落語の 「笠碁」 や、川

柳の 「碁敵は憎しも憎し懐かしや」 にあるように少々仲

が悪くっても構わないようだ。

 ただ小生鑑みるにこのミュ〜レというゲ〜ムはエジプト

が発祥地であるだけに、インチキをしたとか、しなかったと

かで首を刎ねたり民族抗争や戦争勃発などは日常茶飯

事ではなかったかと睨んでおるぞ。

 負けた時にも潔く 「インシュア〜ラ」 とかなんとか、

神の思し召しの侭に!などと達観できればミサイルの飛

び交う事も無かろうにと思うのであるが、困ったもんじゃ!

 ところで、このミュ〜レなるゲ〜ムに出会ったのは今から

30年ぐらい前のことであるが、みなさんご存知の如く小生

生まれついての好奇心旺盛人間である。

 下手の横好きとやらで何にでも興味を示して一齧りする

のであるがにみんな下手糞だ。

 そしてこれは余談で、小生若い頃は麻雀もやっていたの

であるが30回に1回勝てば良い方であったぞ。とにかくい

まこの歳になって分かるのであるが、いわゆる「自分の手

に惚れる」 という奴で、人の手の内なんか気にしたことは

なかったから勝つ道理がない。

 振りこんだ後で自分の手を開いては 「ね〜、見てっ!

こんな手を頑張っていたんですよ、凄いでしょう?」などと

やってたから馬鹿にされる筈だ。

 そしてまたズルイ奴に限って煽て上手で 「凄〜い!」

などと言うのをいい気になって、また振り込んだりしていた

からまったく馬鹿のサンプルである。

 このように愚かな失敗学習が長年続いた後で、馬鹿

は馬鹿なりにゲ〜ムに勝つ為に次のような鉄則をつくって

絶対に守ることとした。

                         (続く)




    2003年2月3日(月)

       節分


 毎年の恒例行事なので愛妻に 「節分に行こうか?」 と

言ったら、「毎年恒例だから」 と言い訳しながら、熊さん

とのらくろ君がノコノコついてきた。

 ったく、も〜!新婚31年目の若夫婦の邪魔ばっかりしお

って……。我が家が娘3人だけで、息子をつくる暇のなか

った筈だ。

 神社に行ったら焚き火がボウボウと燃えている。あっちに

もこっちにも知った人が火に当たって、赤鬼みたいな顔をし

ている。 「久し振り〜」 とか 「こんばんわ〜」 の声が

飛び交ってみんなにこにこしている。温かいということは良

いことだな〜。みんな幸せそうだ。

 我が家は今年も愛妻持参の、去年一年間我が家を守っ

てくれたお守りお札と、正月のしめ縄を燃やしたのである

が、小生が持ってきた仕事関係の道具は 「なまこ」 であ

った。

 「なまこ」 とは、仕立て屋が裁断や補正時にチャコを引

く時に使用する 「なまこ」 のようなカ〜ブのある木製の裁

断道具である。

 何らかのご縁で当店に来てくれて、頑固さんと小生が永

年使わせて貰って、洋服作りに役立ってくれた世界中にた

った一つしかない大切な宝ものの 「なまこ」 なのである。

永年のご恩に 「ご苦労様でした。ありがとうございました」 

と、しみじみと感謝しながら手を合わせながら火の中に納

めるのである。

 ところで、一体この 「なまこ」 は、いつ、何処で、誰が

作って、どのような経過を辿って我が家に来てくれたので

あろうか?と、考えるのである。

 まだ頑固さんが若くて元気で、バリバリ裁断をしていた頃

から、一体どれくらいのお客様の洋服生地を裁断するのに

役立ってくれたのであろうか。

 この「なまこ」 を作ってくれた職人さんは元気かな〜?

この 「なまこ」 を使って、洋服を作らせて頂いたお客様

はお元気かな〜? と思うのである。 

 それにしても、ね〜みなさん。焚き火に手をかざしている

時には、どうしてみんな幸せそうに見えるのでしょうか!

世界中のみ〜〜んなが幸せになれればいいのにな〜!

ボウボウと燃える焚き火の向こう側には幸せがいっぱい!

そんな風にあれば い〜のにな〜

焚き火の煙は なんとなく

涙を さそうのです




    2003年2月2日(日)

      壮行会

 宮田学童君は今年24才になる心身健康な若者である。

両親は歯科医の宮田豪・啓子夫妻であるから、がっ君は

子供の頃から中島川清掃や施設の子供達とのキャンプや

古切手フェステイバル等において、我々と行動を共にして

楽しい思い出をいっぱい創ってきた仲間である。

 小学校の頃は色が白くて目鼻立ちがはっきりしているの

でよく女の子と間違われた。自分の父にはパパと言うのだ

が、小生のことを 「父ちゃん、父ちゃん!」 と呼んでくれ

て海でも山でもキャンプや寝る時にもまとわりついて本当に

五月蝿かった。いや、可愛かったのだ!

 いつまでも幼稚で下手な駄洒落ばっかり、中学高校の運

動会の仮装行列ではいつも女子高から制服を借りて来て

ポ〜ズをとっていた。将来はどんなになるかと心配させたも

のだが、岐阜の何処やらの”鄙びた大学”を卒業後、地

元で2年間、好きな福祉(心が優しいのである)の仕事に

就いていたが、この度本人の希望で武者修行に行くことと

なった。

 「がっ君が行くぞ〜!」 というので我々夢豊会の面々で

壮行会をした。鄙びた焼きとり屋である。乾杯の後で、鄙び

たオジさん達から固い挨拶やら酔っ払い特有のクドイ説教

をされて迷惑そうであったが、熊五郎会長から本当の寸志

を貰ってニッコリした。

 最近たくわえた、薄くまばらなドジョウ髭がプルルンと震え

て嬉しそうであった。 「成長したな〜!」 と思ったのはジョ

ッキ〜一杯のビ〜ルを最後までチビチビやってニコニコし

ていたことだ。

 昔は、と言っても24才の昔であるから、彼が小学校5,6

年生頃から、我々の誰か不届き者がフザケテ、親父に内緒

でジョッキ〜を回してやってたので、中高頃には結構強くな

っていた筈だが……。

 なんでも本人の弁によると、大学から社会人へと耐乏生

活を送っているうちに、酒が弱くなって飲めなくなってしま

ったそうである。いや〜、わっはっはっは〜愉快愉快、

オッチョコチョイのがっ君にはおそらく天の配剤であろう!

 さて、本人のお礼の挨拶である。

 「今日はお忙しいところを大好きなみなさんに集まっても

らって有り難うございました。私はみなさんの為に、岐阜に

行ってもう一度福祉の勉強をしてきます。何年先になるか

分かりませんが戻ってきますので、それまでは絶対に呆け

んようにしとってください。

 私が戻ってきた時には、のらくろのオジちゃんはいつでも

呆けても大丈夫です。お酒の好きな内山のオジちゃんに

はビ〜ルば点滴に入れてやりますし、三浦のオジちゃんに

はバアチャン等と混浴できるようなシステム作りをしますの

で、それまで死なんようにしとってください!」

 いや〜 わっはっはっは〜 

あの甘えんぼ〜のがっ君が、結構な口を叩くようになったも

のだ。わっはっはっは〜 頑張れ がっ君 !




    2003年2月1日(土)

     頑固さんの読書


 「あ〜、面白かった。読みおけのあったばい!」 と言い

ながら頑固さんが本を置いた。顔は満足そうに 「どうだっ」

とばかりに小生を見てニッコリしている。

 凄いな〜! と我が親父ながら尊敬する。去年の12月

3日に、「面白いけん読んでみんね」 と、ステイ〜ブン・ハ

ンタ〜の 「最も危険な場所」 を渡したところ、閑を見つけ

て2年にわたって読みふけっていたが、とうとう読み終えた

らしい。

 「こっちの方は筋の簡単かけんね〜」 と、藤沢周平の

「たそがれ清兵衛短編集」 を指差す。チェ〜サ〜代わり

にしていたのである。

 読書が好きで92才と9カ月で、眼鏡もかけずにシャンと

してこの長編ミステリ〜を読んだのは世界記録ではないか

と小生は思うのである。どなたかギネスブックに問い合せ

して頂けないものでしょうかね〜? わっはっはっは〜

 いつまでたっても頑固さんには適わないな〜、とシャッポ

を脱ぎっぱなしのぴ〜ひょろろでございましたぞ。






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