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    2003年3月31日(月)

     頑固さんの平凡


 実は,本当は今日は4月5日なのである。3月は友人の

子息子女の結婚式が週末毎に待ち構えていて,あっち

行ったりこっち行ったりしている間に,法事も同じ日に2

つも重なったりしている日もあってドタバタやっている或

る日,大好きなお客様で友人がお亡くなりになられて,

弔辞を仰せつかるなどと本当に3面6臂の忙しさであった。

孫悟空なら分身の術でも使うのであろうが,あいにくと小

生は3本以上足らぬので無駄なことはしない。

以上、日記が遅れていることの言い訳である。

 さてその後我等が頑固さんは平静にお戻りになられて、

10年一日の生活に復帰しておられる。現在椅子に座って

読書中の本は,先日ご存知さんから送ってきた齋藤一人

先生の 「連戦連勝」 である。

 小生もご存知さんから薦められて,本屋さんに注文してあ

ったのが届いたので,先日一気に読んだが凄かった。小生

が63歳の誕生日を迎えての今の時期に 「読みなさい!」

と,大いなるもののお計らいであろう。熟読し出来ることを

1つずつ実行したいと思う。

 さて頑固さんは退院後,薬は3日だけ飲んで後は止めて

しまった。自分で治すそうだ。流石は頑固さん、気力回復

である。この調子で100歳まで元気印で小田家の旗頭とし

てお手本を示して欲しい。

 ただ,昔に比べて頑固さん分担の仕事が減ったのが不

満のようだが,これは小生の不徳の至りである。折角,頑

固さんの生き甲斐である,モット〜の1番目が 「仕事をす

ること」 なのに……。

 しかし,「馬鹿息子も孝行の内」 の評判を頂戴し自ら認

めるくらいの馬鹿息子の小生だ。頑固親父の口癖である

「死ぬまで職人!」 の望みを叶えるべく……心の篭もった

洋服創りに…精進したい!

 神様,仏様,親父が元気になってありがとうございました。

 おお,おお,今も,店先を掃除しております。感謝です!
 
                 



    2003年3月30日(日)

      頑固さんの思ひ


 いま改めて頑固さんのメモランダムを見てみると誰かが

”出席簿” と書いている。成る程,いいえて妙なり出席簿。

小田ファミリ〜の心を一つにした寄せ書きであり,病院へ

の出席簿であり,日記帖であり、宝玉の箱であったのだ。

 先日それらの寄せ書きをいくつか抜粋したが,頑固さん

の日記は1つだけだったので、多分生まれて初めてか,子

供時代以来80年振りくらいに記したはずであろう日記を

記念に掲載しとくことにする。

    ・・・          ・・・   

     3月17日 (月)

 恵子はかへる 何もできない 心さびしい思ひ

 砂辺せんせいがお出で頂いた

 和利来た


     3月22日 (土)

 「小生が退院後に食べたい物と

 したいコトを書いてくださいと

 置いて帰って翌日見たら,ポツ

 リと下記のように書いてあった。」

   スシ     歩くこと


     3月23日 (日)

 楽天が言ふ 退院したら何をしたいかと言われた

 第一番は50年育てた店に会ひたい

 隅から隅へ 毎日目にかけてきた大事な店

 私と同体である

 金魚よ 植木よ もう一寸がんばっとけ━━

 
     3月24日 (月)

 富江の川元さんが来て頂いた

 病気してゐることを教へなかったから

 八幡町のほうにはもう行かないと笑ってゐた

 午前中に川元さん。 まり子さん来てくれた。

 みきちゃんが会社かへりに来てくれるので

 ばあちゃんと楽天はよいと思ってゐたら
    
 二人共来てくれた

 優ちゃんも来てくれたやはりうれしい楽しい……………

  
    3月27日 (木)

 昼食はうどんのたき込み 肉も入ってゐた

 多かったが頑張って食べた。

 便所に行った。出た出た━━

 20振りに便が出た 

 私の心配してゐた便

 これで大丈夫だダイジョウブ

 身も体も軽くなった。

 いつ退院しても心配はない


    3月28日

 18日間の入院 家族とも初めて分かれた

 生活さみしく 悲しかったが 今思へば

 人生の勉強 人の痛さを知った

 いつまでもあると思ふな親と金

 ないと思ふな 運と災難


  ………以上が,頑固さんの日記である。自分で辿って

いきながら,しんみりと……の思いであった。

お疲れ様,父ちゃん。そして,ありがとう!


     2003年3月29日(土)

      頑固さんの復活


 今日は頑固さんが待ちに待ったる退院の日である。朝

九時半に病院から電話があって,今日はご退院ですが何

時になさいますか?と聞かれたので,何時頃がよろしいの

ですか?と反対に問い返したところ,「昼ご飯でも済ませて

からでも良いですよ〜」 と言われたので,うっかりお願いし

ますと答えて仕事を続けていた。

 11時丁度 ”ジャジャジャ〜ン” と電話が鳴った。

受話器を耳に当てると頑固さんである。 「ばかも〜〜ん,

今まで毎日一生懸命に来てくれたとが,何にもならんやろ

うが……早く迎えに来んか〜!」 し,しまった〜!

 そうだ,そうでした。頑固さんはこの日を一日千秋の思い

で待っており,昨日の夜からこの一瞬を楽しみにしていた

のだ〜! 頑固さん雷の復活だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!

 泡を食った小生はすたこらすたこら,愛車 「マリ〜・セレ

スト号」 を駆って病院へすっ飛んで行って,へいこらへい

こらと頑固さんのご機嫌を取り結んだことだ。

 さて,我が家に帰ってやっぱり落ち着いたのであろう。頑

固さんはゆったりと自分の椅子に座って非常に満足げで

あった。鉢の雑草も金魚もご近所の人々もみんな頑固さん

を待っていたのです。

 久し振りにみんな揃った夕食では,頑固さんは満足そう

に家族みんなにお礼を言ってました。やっぱり夕餉の一

刻,食卓というのは1人でも欠けていれば寂しいのですね。

 ましてや,我等が小田家の長老の偉大なる頑固さんにお

いては……! 神様、仏様、ありがとうございました。
  



     2003年3月28日(金)

     頑固さんの破顔一笑


 12日に入院して以来今日まで、頑固さんの周りには日

記に記してきたように生まれて初めての波乱万丈の大冒険

があったのです。

 そして、いよいよ今日の日を迎えたのだ。実は数日前か

ら主治医におおよその退院日を聞いていたのであるが、

万一ずれるようなことがあったらそれこそ失望した頑固さん

の憤慨と絶望のハリケ〜ンで収拾のつかないことを恐れて

黙っていた。

 そして先刻再確認したところ、入院時には8,4しかなか

った血液中のヘモグロビンが現在は10,1になってるから、

無理をしないように自宅療養しながら通院するなら退院も

O・Kとの許可を得たのだ。

 「わ〜い!」 頑固さんの喜ぶ顔を想像すると飛び上がる

ように嬉しい……! しかし、そんな思いを押さえて何食わ

ぬ顔で病室に入った。悪戯好きな小生の顔は多分、いまや

チェシャ猫ソコノケであろうって!

 テレビを観ていた頑固さんは小生を見て顔を上げたが、

小生は素知らぬ振りしてメモランダムの日記のペ〜ジの日

付けをどんどん増やしていったのだ。

 「何ば書きよっとかお前は〜、4月の10日、11日て…!

オイはそげん長くまでおらんぞっ、もう帰る!」 いや、頑

固さんがビックリしたの憤慨したのって……。

 とうとう我慢が出来なくて小生も,あっはっはっはっは〜

と吹き出したので,やっと頑固さんも小生が意地悪をして

いたのに気付いて 「このバ〜カが〜!」 と,ニッコリした。

 いや,本当に嬉しそうにニッコリしてくれたのです。頑固さ

んにとっては92歳と10カ月にもなって初めて経験する,本

当に辛い日々の連続だったのですね。

 「本当はいつ出らるっとか?」 と聞くので 「明日ばい」

と答えたら 「こんバ〜カが〜」 と,言いながら心から嬉

しそうにしている。こんなに嬉しそうな頑固さんの顔を見る

のは久し振り,いや初めてなのかもしれない。小生も幸せ

である。

 考えてみると,ひょっとしたら小生は生まれて初めて,頑

固さんがこんなに心から喜ぶようなことを言ったのかもしれ

ない。 わっはっはっは〜小生は親孝行者なんだ〜!!

 ところで,退院に際して必要だからと言ったら,頑固さん

がフザケテ署名してくれたのが以下の書類である。

       「 誓約書 」

 私は退院に際して以下のことを約束しますので早く出し

てください。

1 長年連れ添った妻をこれまで以上に大切にします。食

  事の時も,味が薄いとか,お汁がヌルイとか煩く言わな

  いように注意します。

2 パチンコで勝った時には,これまで通りみんなに分け

  前をあげます。

3 小生が会合で遅くなった時も,今までのようにパジャマ

  でうろうろして 「楽天はまだ帰ってこんか?」 と言い

  ません。

     平成15年3月28日    小田 頑固

 

 後で話したところでは,署名は自分ではなく小生の名を

書くつもりであったが,小田と書いたらうっかりして自分の

名を書いたそうだ。呆けるどころか,油断出来ない。ウンウン
                
 わっはっはっは〜 終わり良ければ すべて良し !
 



    2003年3月27日(木)

   頑固さんのメモランダム(左)

   3月24日 (月)

 最近、コナミ(アスレチックジム)に行ってなかったので、

仕事が終わってから走って行って急いでひと汗ながした。

今日は父ちゃんの誕生日なので急いで行ったら 「さっき、

美希ちゃんも来たよ!」 とおじいちゃんに言われた。

 「今日は雨の降っていたね」 と言ったら、 「全然気付か

なかった。早く退院して外ば散歩したか〜!今日は父ちゃ

んの誕生日だから早く帰りなさい」 と急かされて慌ただし

かった。 それでは、また……。ラジャ〜!

                       優希

  3月24日 (月) 

 俊之の63歳の誕生日です。おじいちゃんがいないので、

5人で誕生祝いをしていなり寿司を作って食べます。万里

子さん、ありがとう、とても美味しかったです。

                       ご先祖 

   3月25日 (火)

 みき子マン参上 !!   

 今日は風がとても冷たいです。おじいちゃんのところに来

る途中、中島川に梅の花が咲いていました。紅梅がとても

きれいでした。桜の花ももうすぐ満開かな〜。

 明日は、やっくん (白石君) と杉浦先生と3人で中華

料理を食べに行きます。 楽しみだけど緊張するなあ。わ

くわくドキドキです。今度、2人でおじいちゃんに会いに来

ますね!         みきんこ

   3月27日 (木)

 白石 泰久

 通称 やっくん です。

 覚えてね!

   3月28日 (金)

 今朝11時頃に行くと野球を観てあり、 「こんにちは」 と

新聞を渡すと、 

 「お〜、新聞の欲しかったとよ。ここは楽でよか〜!あん

たも急がしかとやっけん毎日来んでよかよ。誰か1人来れ

ばよかとやけん、優ちゃんか美希ちゃんがどうせ夜に来て

くれるだろうけん、楽天にも来んでよかて言うとって!」

 などとご機嫌で 「夕べは大きな鯵の塩焼きが出て美味し

いのでムシャムシャ食べた。トイレにも2回行ってスッキリし

た。もうすぐ昼ご飯が出るけど見ていかんね!」 などと、言

われたが、買い物もあったし昼ご飯は見ないで帰りました。

 とてもお元気そうで顔色もよく安心する。それから、明日

来る時には補聴器の電池を持って来てと頼まれる。

                   万里子




     2003年3月26日(水)

   頑固さんのメモランダム(右)


   3月15日(土) 

 恵風子おばちゃん、おばあちゃん、美紀子の3人でお

じいちゃんに会いにきました。昨日よりずっと元気そうでと

っても安心したよ。早く退院しておいしい魚をいっぱい食

べようね。        ( 魚の絵 )  みき子

   3月15日(土)

 マ〜リン (優希のダ〜リン) と一緒に来る。

昨日より顔色が良くて良かった。(にこにこ笑顔) 優希

 今日はおじいちゃんの夕食の分まで僕は食べるつもり、

ルンルン……!お肉があるかな〜? 早くお家に帰ってき

て、パチンコに行ったり野球を観たりしようね……!

 たっPi (太希子) も早く元気になってね〜て、メ〜ルが

来てたヨン! 

    ま〜りん ∩ ゆっPi        政行

   3月21日 (金)

 3時30分に母と万里子病院に来たところ、少し前に松尾

お茶やさんがお見舞いに来てくださったそうです。朝から

は優希も来て 「おじいちゃん元気で……」 と言って出掛

けたとのこと。

 お父さんのお話しでは、ご飯も味噌汁も熱くしてくれるか

美味しいが、退屈でたまらんから早く退院したいとのこと。

 美希子のお友達の白石君が、3月26日に薬学会がある

ので教授と一緒に長崎に来るそうで、何処がいいかき代

様にお願いして福寿を頼んでもらいました。

 今日昼前にご存知さんから電話があって、5月の連休に

帰って来て一緒に親子でゴルフに行きたいので、しっかり

養生しとくようにお父さんに伝えとってくださいと仰ってま

した。

 昨日の夕方、弘文兄さんがお見舞いに来てくださった帰

りに美希ちゃんと一緒に権兵衛に寄ってご馳走してくださ

ったそうです。

 お父さんに、相撲は15日間あることを教えていただく。

伊勢町の川野ガラスの奥様が、最近お父さんの散歩姿を

見ないと仰って心配しておられました。
 

               





    2003年3月25日(火)

      頑固さんの科白


 入院して10日以上も経って、食事もだんだんと普通食に

近付くにつれて頑固さんの精神状態もだんだんと普通脳

に近付いてきたらしいのが顔の表情や言葉に表れて可笑

しい。

@ 看護婦さんはよく働くとぞ。よ〜また、夜の夜中から朝

早くからと、あんげん働くてオイは初めて知った。偉かぞ!

A 久し振りに風呂に入ったばってん、看護婦さんのよ〜

洗うてくれて、本当に気持ちの良かった。この間も1番風呂

やったし、オイだけ親切にしてもらいよっごたっぞ。ありがた

か!

B お前が持ってきたこの本 (デイック・フランシスの

烈風) は最初のゴチャゴチャしとっていかん。やっぱりこっ

ち(リ〜ダ〜スダイジェスト別冊のスパイになったおばあちゃ

ん)の方が面白か。

C 退院したら、中島川の側ば走ってまわるぞ。

D テレビのコマ〜シャルは食べ物ばっかりやけん好かん。

帰ったら刺身ば食ぶっけん、よ〜覚えとけよ!

E 退屈でたまらんけん、1回家に帰ってから、また痛くな

った時には来るけんて先生に言うてきてみろ!

F ご飯のおかずはいつも6種類以上あっとぞ。そんのけん

腹1杯になっとばってん、残したら病気の治っとらんて言わ

れたら困るけん頑張って全部食ぶっとさ。

G 我ながら、よ〜頑張ったばい!腹は立て立て! (いつ

から?の質問に) ず〜と最初からさ。大体、ど〜でんなか

とに病院にいれてから……!

H こいは女用のパジャマぞ、多分。前の開いてなかけ

んチンチンの出んとぞ! はははは……。

I 「ご飯のヌルかとは好かん」 て言うたら、看護婦さん

がオイだけご飯もお汁もチ〜ンしてくれるけん旨かとぞ!

オイだけ特別待遇ぞ! はははは……。

 耳が遠いのも良かったり悪かったりで、頑固さんが絶食

中には、隣りのベッドの見舞い客がお八つを食べるのが

聞こえないのを感謝していた小生でしたが、元気になっ

て大声をだす頑固さんにはトホホ…と肝の縮む思いの小

心者。

 しかし何よりも元気が一番、最近は笑いも出て、見舞

いの家族をホ〜とさせる頑固さんでございましたぞ。



    2003年3月24日(月)

     63回目の誕生日


 今日は小生63回目の誕生日である。病院で頑固さんに

「おいも、馬鹿ばっかりで成長はなかばってん63歳になっ

たばい」 と言ったら 「仕方なかやっか、バアチャンと

里子さんがご馳走ば作って待っといやろけん、早く帰って

やれ!」 と慰められた(?)。

 台所に入ると小生の好物、いなり寿司と海苔とアサリ貝の

味噌汁の匂いがぷ〜んとして、ご先祖さんと愛妻がいそい

そと手料理を作っているのがとても嬉しい。

 優希と美希子が厳選のパイプをプレゼントしてくれ、太希

子からは下記の可愛い手紙 (子供の頃から変わらないイ

ラスト入り) と一緒に大小の珍しい葉巻が20本も送ってき

た。

 お誕生日お目でとうございます!!

 大好きなと父ちゃんと少し離れたけど、

 これからもず〜と頼りにしています。

 友達が多いので付き合いも自然と多くなってしまうけど、
 
 身体にはくれぐれも気をつけてネ。

 「愛する万里ちゃん (ママ)」 と仲良しで、ワッハッハ〜

 の父ちゃんでいてください。

                    たき

 最近 ”たき” のお腹が急に大きくなり私も父親になる

のだなあ、と実感してきました。父ちゃんもそろそろ

”暢爺” になる準備をしてください!!ヨロシク!!

お願いします !!    2003.3.24.   よね

 
  という文面と共に、米ちゃんと太希子が 「まめ」 という

お猿のような赤ちゃんを中にして手をつないでいる漫画が

描いてある。

 う〜〜〜〜〜〜ん! 至らない子供で夫で父親だけど、

いつまでも嬉しいな〜 「しっかりしなくっちゃ〜」 と今年も

反省のぴ〜ひょろろでございました。
 




    2003年3月23日(日)

      頑固さんの孫


 頑固さんには10人の孫がいる。みんな女である。昔は

可愛い女の子であったが、いまは成長して最愛の旦那と

幸せに暮らしたり、素敵なレデイになってツンとすましてい

る。いや、怒ったらいかん。遺憾である。あっはっはっは

可愛いということだ

 そのうちの3人、横浜在住で恵風子の娘たち3人から入

院中の頑固さん宛てに手紙が届いた。昨日のご存知さん

の口直しである。ご覧いただきたい。

     ・・・       ・・・

だんだん暖かくなってきましたね、おじいちゃん。

九十九島せんぺいをありがとう!

きのう、近所のス〜パ〜で九州店をやっていて、生チャン

ポンを売っていたので買いました。

美味しかったし、なつかしかったです。

おじいちゃんはご飯食べれるようになりましたか?

早く元気になってくださいね!!!

         ( 猫の絵が描いてあって ) 誠子

      ・・・        ・・・

     おじいちゃんへ

少し 食べれるように なったと 聞きましたが、

元気になりましたか?

入院も あと少しですね、

退院したら おばあちゃんも 皆も 大喜びです。

早く 帰ってこれるといいですね

私も おじいちゃんに会いたいです、

九十九島せんぺいはありがとうございました。

いつも お土産を 頂いて とても うれしいです。

                     路子

おばあちゃんも 元気ですか?

早く暖かい春が来ますように  (得意の笑顔マ〜クが…)

          ・・・         ・・・

     おじいちゃん

少し食べれるようになったと聞きました。

早く退院出来るといいですね。

早く顔が見たいです。

先日はおせんぺいをありがとうございました。

                     順子


退院したら、退院祝いしに行かないと

いけませんね、こりゃ。

おせんべいあいしくいただいております。

                     尚昭

       ・・・         ・・・

 以上は行や句読点も含めて3人娘の原文のままである。

小生の可愛い3人の姪っ子たち、本当に赤ちゃんの頃から

可愛いかった。勿論現在も進行形である。(娘たちは過去

形に厳しいのだ!)

 誠子と路子は、お父さんのクモ博士が聖路加病院に勤

務している時に生まれた双子で、何か感じることのあって

命名された由。順子もまた、何らかの思惑があって命名さ

れたことであろう。 (一応何か書いとかんと見つかった時

の順子がコワイ!)

 誠子の分かりやすく元気で大きな斜め字 (単なる雑で

はないと思うが…)や、路子のおじいちゃんが読み易いよ

うに空間を開けてくれた字 (単なる癖ではないと思うが…)

や、順子の愛情の篭もった夫婦合作の手紙 (単にデシャ

バッタのではないと思いたいが…) のお見舞いと激励に

は感動した。正直言ってご存知さんも見習って欲しいもの

である。

 それにしても、尚昭くんの 「こりゃ」 という科白に、何と

なく徒ならぬ異な気配を感じるのは彼のヌ〜ボ〜とした風

貌に起因するものであろうか!?  こりゃ、大変だ! 
 



    2003年3月22日(土)

    頑固さんの悪筆次男坊


 さてさて、やっと食事は出たものの、日頃から1日24時

間熟睡の時以外には布団の中でも手をさすったり脚を伸

ばしたりと運動に余念のない頑固さんのことだから退屈で

しようがない。であるから、テレビは入院中の最良の友らし

くいつもイヤホ〜ンを耳にはめている。

 それでも病屋には有線テレビがないので阪神タイガ〜ス

のオ〜プン戦が見れないのが残念のようだ。その頑固さん

の心を分かっているので、三人息子の次男で小生の愚弟

に当たる千葉在住のご存知さんからしょっちゅうファックス

が入る。

 「何がって?」 勿論、阪神タイガ〜スに関する情報だ。

1軍2軍3軍の選手や監督、コ〜チや球団社長や社長秘

書を含む総ての阪神関係者の年齢、性別、血液型、身長、

体重、足の文数、握力、視力、聴力、筋力、チン力、腹筋、

出目金、陰金、田虫、水虫、泣き虫、茶碗蒸、蒸し焼き、

焼き芋等の好きな食べ物から好みの女性……あるいは男

性……の虫歯にホクロに笑窪に疣にいぼ痔に鼻血に莞爾

に雁字搦めに4の字固めにブッチャ〜に森クミコさんに入

道雲に海水浴に宿題に一夜漬けにサクラ咲くに花見に長

崎風流人会に奇人変人クラブに4月馬鹿に3枚舌……。

 と、思いつく限りの出鱈目な情報を際限もなく送って

くるので大変だ。送る方は目についたのをチョコチョコっ

と送信するだけでよいが、受ける方は毎日毎日延々と

流れてくる白い紙を眺めながら溜め息をついているのが

現状だ。

 先月なんか、トイレットペ〜パ〜は1巻しか使わなかった

のにファックス用紙は3巻もなくなっていたぞ。ゴミ収拾で

市の方にも迷惑を掛けるし、なによりも資源の無駄である。

反省するべし!

 反省で思い出したが、貴君の文章はありゃ〜何だ!クダ

ラン情報はゴチャゴチャゴチャゴチャ、それこそシュマロマ

ンのン〜コみたいに堆く塒を巻いているというのに……!

 貴君の頑固さんに対する愛情はあのように薄っぺらなも

のであったか!? 字数にしてたったの10文字。しかも、

たったの1行オンリ〜〜〜〜〜!字数を制限された公募の

キャッチフレ〜ズではあるまいし……ったく!

   「 早い回復を祈念します。 」

 たった、これだけなのです。頑固さんから56年間育てても

らった感謝の気持ちを10文字に要約した偉大なるご存知さ

んなのです。大恩ある父親に対してのお見舞いの手紙は、

上記のような文面なのです。如何ですかみなさん?

 あ〜情けなや、情けなや!56まで育てしや!

そしてまた、その字の下手なこと。稚拙なこと!チンパン

ジ〜でも、もうちょっと格調高い筆運びに……!?

 早稲田大学の法学部では ”書きとり” の授業はなかっ

たのかな〜 と思う昨今です。ご存知さん反省してください

ね! 




    2003年3月21日(金)

      頑固さんの笑顔


 出たっ、出た出た出た〜っ、出たのです。なにがって?

いや〜、あれ、それ、これでも幽霊でもない、頑固さんの

笑顔なのです。そうです、待ちに待ったる我等が頑固さん

の満面の笑顔なのです。

 どうして出たのかって?話せば長いことながら……1週

間あまり……ですか?しかし、我等が頑固さんにとっては

巌窟王にも匹敵するような忍従の日夜であったのだ。

 耐え難きを耐え忍び難きを忍び、常日頃勝手気侭な頑

固さんにとっては畏れ多くも先の大戦は往年の2等兵時

代を思い出させるような試練の連続であった。

 何日か前のことであったがテレビを見ていた頑固さんが

いきなり振り返って、「テレビのコマ〜ッシャルは食べ物

ばっかりで、若い女のこがキャラキャラしてオイば馬鹿にし

ごたとっけん好かん!腹の減った者に思い遣りのなかご

たる製品はのは絶対に買うたらいかん!

 遺言状にも書いておくばってん、子々孫々にも食べん

ように言うとけ!」 と怒りを爆発させたくらいであったぞ。

 ……以上の如く、文通り喉から手が出そうな思いで待っ

ていた食事、食事、その食事が出たのであった〜。

 あ〜、美味しそう〜。メニュ〜はと見てみれば〜

 『 3分粥半流動系 』 と書いてござゐましたぞ。 

わっはっはっは〜 いや、美味しそうに食べてゐました

ですな〜 頑固さん。おめでとうございました。

食べる頑固さんもニコニコ、みている

ご先祖さんも小生も大ニコニコでござゐました。

 ところが、頑固さんの日記を書ゐたお陰で、ゐの字が

癖になってしまったわ胃。わっはっはっは〜ゴキゲンダ〜





    2003年3月20日(木)

      頑固さんの日記


 7時に目覚める いい天気なり

 背伸びしたくなる様な気になって気も心も

 元気だ 昨日まで何を考へてゐたのか

 馬鹿らしく思へる 病気には 負けないぞ

 勝つんだ、 家族が待ってゐる 私が必要だ

 早くかへって 今までの楽しい家族生活を

 するんだ 皆しばらく待って 元気でかへって

 かへって来るぞ 大いばりで


       ・・・      ・・・

 上記の文章が、頑固さんの3月20日の日記である。文章

も行間も句読点も含めて頑固さんの書いたそっくりそのまま。

異なるのはパソコンの字が画一的であるのに対して、我等

が頑固さんのそれが個性豊かな伸び伸びとした正調金釘

流であることぐらいであろうか……。 ウンウン

 それにしても、あ〜驚いた。我が親父ながら、なんという

個性豊かな人間であろうか!?

 なにが、 「いい天気だ」 ……であろうか!

 「身も心も元気だ」 ……昨日、検査を嫌がってゴネテい

たのはいったい誰だというのだ?ひょっとしたら呆けたので

はないかと心配した我々を他所にトボけていたのでないの

か?まったく、も〜!

 しかし 「昨日まで……」 については大いなる反省の跡

が見受けられるし、以下の 「病気には……」 から最後ま

での文には頑固さんの真骨頂が滲み出ていて、頑固さん

元気回復の片鱗がうかがわれて嬉しい。

 ど〜ぞ、大威張りで堂々と帰ってください!我々頑固

ファミリ〜一同首を長くしてお待ち申しあげます。

 ちなみに、巷間言われるところの

 「 オダが通れば道理引っ込む 」 や

 「 昨日のことは覚えていない 」 や

 「 都合の悪いことは聞こえない 」 などの格言は、

 頑固さんが語源である。



     2003年3月19日(水)

   頑固さんのメモランダム (下)


 昨日(18日)にはキチンと頑固さんに話して、このメモラ

ンダムにも以下の如く書いていたのに……。

 明日の朝19日に、父ちゃんの胃が良くなっているかどう

かを検査する為に2回目の検査をします。その検査で先生

が 「良い!」 と仰ったら、重湯が出て少しずつお粥にな

ってくるそうですから頑張ってください! 

   嗚呼、それなのにそれなのに……!?

 愛妻が部屋に入ったところ、ちょうど頑固さんが今から検

査ですと説得されているところで、主治医に噛みついてい

たそうです。

 「あんたたちは、今日は退院て言うとったでしょうが!?

嘘ばっかり言うて、万里子さん早くオイば連れて帰ってくれ

んね。も〜帰りたか、死んでもよかけんこげん地獄のごた

っとこにはおりとうなかっ!」

 小生が書いたメモを見なかったのか、小生や看護婦さん

が前日から言ったことを耳の遠い頑固さんが聞こえなかっ

たのか、聞こえたが一晩寝てる間に忘れてしまったのか?

とにかく、大変な剣幕でご立腹だったそうな……。

 ビックリするやら、先生や看護婦さんに気の毒やらでどう

にもできずに愛妻が立ち竦んでいたところ、流石に先生

は慣れたもので(?)「では、お願いします」 と言ってサッ

サと立ち去ったので愛妻がレントゲン室に連れて行ったそ

うな。

 実は、小生は愛妻が教えてくれなかったのでこの件は知

らなかった。愛妻は小生とちがって余計なことや、人が聞

いて楽しくないようなことは話さないのです。とても優しい

性格なのです。エヘン!

 ……というような伏線があって、明日の頑固さんの日記

に突入するのだ。  




    2003年3月18日(火)

   頑固さんのメモランダム (上)


 耳の遠い頑固さんの筆談用と気分転換のための落書き

や日記用にと考えて大学ノ〜トを病室に置いている。見舞

いに行った家族の誰かが、その時々の感想や伝達事項等

も書くようにしているのであるが、ペ〜ジをめくって他の人

のを読むのもなかなか面白い。

 パラパラと捲ったところ、つい15日に来て昨日帰ったば

かりの恵風子が書いた筆談用のメモが目に入った。耳の

遠い頑固さんが面倒臭がって補聴器を外しているので、

苦労している様子がうかがわれて可笑しい。頑固さんが言

ったことに対しての断片的な返事である。

〇 ごはんは、もう少しがまん!

〇 注射で胃の中をよくしているので

〇 この点滴がそうです

〇 新聞は毎日がよい?

〇 スポ〜ツ

〇 お腹がすくのは調子が良くなってきた証拠よ

〇 外のトイレに行こうか?

〇 また、手を動かして痛が

〇 4つ

〇 手をあまり動かさないように

〇 藤田こうちゃん

〇 3、17 恵子は今日横浜へ

〇 早く自宅へ帰りたいと

〇 今日、替え上着を作ったお客様がいたよ、お父さんの

  知り合いだそうよ

〇 点滴で胃がずいぶん良くなってるよ

〇 あんまり憤がい  怒りなさんな …のこと

〇 あと、2,3日したら、検査をしてもらうから、退院の方で

   話しをしますので

〇 4月13日はゴルフです。8組、ご存知も来るよ。退院し

   たらゴルフに行こうね。

〇 欲しいものあったら電話してね

〇 テレビのつけ方 赤い印をテレビに向けて押す。ちょ

   っと時間のかかるから

〇 先生に話しを聞きました。水曜日朝に検査です。

〇 良くなったらおかゆになります。

〇 来た人は テレビのつけ方を毎回父に教えて !

〇 また くるね

〇 いい子でね


        ・・・        ・・・

   ふわ〜〜〜〜〜〜涙が出てしまった。

 妹の恵風子の筆談を辿っているうちに涙が ほろほろ 

と こぼれてとまらなくなった。ありがたいな〜 うれしいな〜

こんな妹でよかった。こんな家族でよかった。考えてみると

みんなふだんもこんな優しい心で言ってるのだろうな〜、

書いているのであろうな〜、時々はこんなにして反芻しな

ければ、 ありがとう 頑固さん ありがとう みんな!

 しかし、恵風子のバカタレメが 自分の父親に

 『 いい子でね 』  なんて !  ほろほろほろ …

     ・・・           ・・・

          まったく   

 この 「メモランダム」 は、我が家の思い出創りの宝石箱

である。頑固さんが退院するまでに、一体どれくらい家族

それぞれの想いや願いがつめられることであろうか!?

 我等が絆の宝石箱。お互いに、いつまでもこの優しい

心を大切にして、我々がどんなにお互いを大切にして生

きてきたかを子々孫々に伝えたいと思う。

幸せだな〜〜ありがとう、頑固さん! 




    2003年3月17日(月)

    頑固さんへの手紙


 頑固さんご生誕以来在92年10カ月初体験入院トカナン

トカだけど ”頑固で元気” のニュ〜スは瞬く間に太陽系

を駆け巡り関係各位の有識者から800通余りのお見舞い

の手紙を頂戴した。

 (注)頑固さん顔見知りの近郷近在のファンの方々からは 

「最近、お顔が見えならんごたっけど元気にしとんなっとで

しょうね?」 等のご挨拶を頂戴するのであるが、頑固さん

の 「みっともなかけん絶対に言うな!」 の厳命を守って、

その時々の気分や相手のレベルに合わせて 「ユリシ〜ズ

にはまって読書三昧である」 とか「宇野千代さんが愛した

徳島の桜の樹の開花の準備に…とか 「札幌のどら衛門さ

ん宅にスキ〜に」 とか 「ブッシュさんのお仕置き」 とか

言ってお茶を濁しているので、まさか入院しているなどとは

誰も思っていないのだ。

        ・・・        ・・・

 おじいちゃん、体調はどうですか?!

 入院していると電話で聞いてビックリしました。

 入院生活はたいくつでしょう?!

 歩くのが大好きなおじいちゃんのことですから、

 ウズウズしているのでは……?

 でも、早く治すためにも、先生や家族の言うことを

 聞いてネ。

 大好きなおじいちゃん (ここにハ〜トのマ〜クがある)


  茅ヶ崎では 「椿かつり」 があってます。

  桜の開花は3月28日のようです。

   中通りのダンデイへ

                 まさよし

                  たきこ

          現在7ヶ月のひい孫 より
              
       ・・・          ・・・ 

 わっはっはっは〜 流石は太希子である。頑固家に生ま

れ育って29年、見事におじいちゃんの深層心理が分かっ

ていることだ。お分かりでしょうか、みなさん!?

       わっはっはっは〜




     2003年3月16日(日)

     頑固さんの憂鬱


 小生が顔を出したのが丁度検診の時間だったらしく、看

護婦さんから 「熱はないですか、頭は痛くないですか、

便は出ましたか?」 の質問に頑固さんが 「あなた達のよ

うに言うても、食べる物も食べさせんで、出るモノの出る筈

のなかでしたい!」 と答えているところに出くわして、可

笑しいやら気の毒やらで笑いを堪えるのに大変であった。

 そしてまた、ご先祖さんの顔を見るなり 「お前が、このパ

ジャマば着て布団ば被って寝とけ!オイは帰っけん」 の

名科白には噴き出してしまった。

 そして続けるのである。 「お前が何年か前に腰の痛くて

入院しとった時には、本当に医者の許可ば貰って帰ったと

か?」 と……。

 わっはっはっは〜そういえばいま思い出したが、一昨日

郵便局の切り替えがあったので書類を持っていったところ、

珍しく文句一つ言わずに唯々諾々と従ってくれたが、あれ

は退院許可願いと勘違いしていたそうで、大笑いであった。

余程家に帰りたいらしい。

 考えてみると、洋服屋の弟子奉公の若い頃や軍隊時代

はいざしらず、この半世紀を勝手気侭に生きてきた頑固さ

んにとっては、束縛されるのが地獄の責め苦なのであろう。

 でももうちょっとの辛抱だから、お医者さんや看護婦さん

にしっかり診て頂いて元の元気な顔身体で、また颯爽たる

自称”八幡町のダンデイ” で帰ってきて欲しいと心の底か

ら願うぴ〜ひょろろでございました。 





    2003年3月15日(土)

    頑固さんのお洒落


 前にも書いたような気がするし、当店にご来店のお客様

は夙にご存知のことだが、当店の応接椅子の上の方には

頑固さんが米寿を迎えた時に小生の善友彊っちゃんから

頂戴した額縁が飾ってある。そしてその色紙には以下のよ

うに記してある。

       家訓

   1 仕事をすること

   2 趣味を持つこと

   3 お洒落をすること

          小田 鉄二 訓

 とあるのだが、頑固さんの本名の如く鉄のような精神は

例え病院に入って食事を貰えぬ環境に置かれてもいささ

かの衰えもないのだ。正しく92歳のアイアンマンである。

 看護婦さんがベッドに縛り付けられている頑固さんの気

分転換と運動を兼ねて、点滴機を持ってやるから廊下を散

歩しようと言っても頑として応じない。

 こんな情けない格好でいるところを人に見られたくないと

言う。ご飯も持って来ない上に風呂にも入らせんのは言語

道断であると憤慨する。綺麗な下着を持ってこい、パジャ

マを持ってこいとウルサイのであるが、今日は髭が伸びた

ので 「夕方美希ちゃんが来る時にカミソリを持たせて欲し

い」 と宣う。

 美希子が会社から帰ってきたのでカミソリを持たせてやっ

たが、案の定今日も帰りが遅い。家族全員が8時過ぎまで

美希子の帰りを待っての食事中に 「今日も手を握って放

さんやったか?」と聞いたところ 「おじいちゃんの髭を剃

ってきた」 と言う。

 思いがけない返事に一同、あははは、ハハハ、アハハハ

オホホ (愛妻は上品なのだ) わっはっはっはっは〜の大

爆笑で、美希子も 「お疲れさま〜」 とか 「偉いぞ!」

などと褒められたのが満更でもなさそうに照れているのが   

また可愛く、大笑いであった。

 小生には 「早く食事ば出すように先生に言ってこい!」

などと、ブツブツブツブツ不平不満の連続であるが、流石

に孫娘には甘えてみたいらしい。当家の娘達もまた愛妻の

血を引いて気立てが良いのが嬉しい。

 マ〜なにはともあれ、腹が減って憤懣遣る方なしではある

が、お洒落を忘れぬ頑固さんは偉大なものだ。逆境にも鉄

の如く強いところを示してくれて、馬鹿息子としては有り難

い限りである。




    2003年3月14日(金)

     頑固さんの憤慨


 病院に行くと頑固さんが憤慨しているのである。 

「こんな所にいたらにオイは本当に病気になってしまうぞ。

もう胸も痛くはないし、どうもなかけん早く帰ろうで、ご飯も

持ってこん!」 と、頑固さんが憤慨しているのである。

 「あのね〜、昨日カメラで検査したら胃の中の傷ついてる

そうだから、1週間位絶食して胃が治るのを待たんばいか

んとげなよ」

 「バカじゃ〜なかとか、も〜本人が治ったて言うとに……」

「自分の腹の中の分かる筈はなかろうが〜」 の小生に、

「い〜や、おいは分かると、自分の腹ぐらい分からんでど

げんするか」 
 
 とかなんとか屁理屈をこねる頑固さんに、1週間経ったら

胃も良くなるやろうけん我慢せんば!と言い含めて宥める

のは大変でしたぞ。

 しかし、ご先祖さんに愛妻に小生が入れ代わり立ち代わ

り、会社が終わってからは優希と美希子がそれぞれに見舞

ってくれたので頑固さんのご機嫌も少しは治ったそうだ。

 美希子の帰りが遅かったので心配していたら、美希子の

手を握った頑固さんがなかなか放そうとしなかったそうな。

生まれて初めての入院で流石の頑固さんも心細かったの

であろう。

 なんだかジ〜ンとする思いで、全員が口数少ない夕食

であった。やはり団欒には家族1人でも欠けていたら寂し

いし、ましてや耳は遠くても五月蝿い頑固さんのいない晩

餐は味気ないということをしみじみと感じたのである。



    2003年3月13日(木)

    頑固さん家族の結束


 朝から病院に行くと、生まれて初めて胃と十二指腸をカ

メラ撮影された頑固さんは流石にグッタリしている。点滴の

チュ〜ブを腕に射されたままでベッドに寝ている頑固さん

は不機嫌だ。

 なにしろ92才と10か月の頑固さんの人生においては、

入院どころか病院に見舞いに行くのでも嫌がっていたくら

いなのだ。陰気くさい所や年寄りの中にいたら自分まで病

気になってしまうと抜かすのである。

 「もう、治ったから帰る!」 と、お構いなしに腕を振りま

わすのでいつの間にかチュ〜ブも折れ曲がって点滴も

止まっている。

 「帰っていいかどうか先生に検査の結果を聞いてくる」 と

宥めすかして寝てもらって、主治医のK先生にお話しを聞

いてビックリ仰天である。小生の人生でこんなに驚いたこと

はなかった。まさに晴天の霹靂だ。

 カメラで検査したところでは、胃に潰瘍ができてそこから

出血していたそうだが、K先生の経験では8,9割方は良

性であろう。はっきりしたところはその潰瘍の組織をとって

検査しなければならないが、今のところは胃に傷ができて

いるのでその部分の回復を1週間ほど待たねばならない。

 そしてその間、食事がとれないので、栄養補給の為一日

中点滴を続けなければならない、と言うのである。そこまで

はよかった、よかったのである。小生も 「ハイハイ」 と

神妙に聞いていたのだが次の言葉を聞いて飛び上がっ

て驚いた。

 若い人はある程度病気にかかった時点で諦めて治療に

専念するそうだが、お年寄りは我慢することができ難く、ま

してや一日中ベッドに縛り付けられて点滴に固定されるこ

とに強いストレスを感じて往往にして呆けることがある、と言

うのだ。
 
 狭い部屋の中で一日中拘束される息苦しさに我慢でき

ずにチュ〜ブを引きちぎって廊下を徘徊したり、場所構

わずオシッコをしたりと、そんな例が多いというのである。

 もう、小生は本当にビックリ魂消たっのである。つい1週

間前、小生に伯父と叔父の違いを教えてくれた偉大なる

父親の頑固さんが、尊敬する頑固さんが呆けるなんて……

小生は絶句してしてしまった。

 小刻後、気持ちを落ち着けて病室に戻り、なんとか頑固

さんを宥めて病院に泊まってもらうように頼んでの帰り道は

本当にトボトボとしていたことだ。

 生まれてから一度も入院したことのない頑固さんが、この

歳になって一日中拘束された挙げ句に食事ももらえないで

我慢できるであろうか……?

 万が一腫瘍が悪性だったら……!?頑固さんが痛い目

や苦しい目にあったらどうしよう……。そして、本当に本当

に呆けるようなことがあったら……!? 小生はトボトボと

家路を辿ったのである。

 でも、なんとかなる! 小生は家族みんなの顔を見る時

には覚悟を決めていて、夕食後には落ち着いて話すこと

ができたようだ。

 88才の母のご先祖さんも、愛妻の万里ちゃんも、娘の

優希も美希子も小生の話しを静かに聞いてくれた。そして、

みんなで約束したのである。

 わたしたちの大切な頑固さんを絶対に呆け老人にはしな

い!お爺ちゃんの尊厳と名誉のために、みんなで力を合

わせて頑張ろう! と、いうことを……!

 
     ・・・          ・・・

 実はこの日記は、3月23日(日)に記しているのである。

上記の日記を書いた日から我等家族一同は、頑固さんが

ストレスを感じないように、退屈をしないようにとセッセと顔

を出すように心掛けたし、太希子は手紙を何通も、恵風子

はお見舞いに、蜘蛛博士やご存知さんは電話を、誠子と

路子と順子や彼女のダ〜リン方はファックスを、とみんな

みんないろんな形で応援してくれたのだ。

 お陰で、頑固さんは初体験も克服してケロリ……。一皮も

二皮も剥けて益々の鉄人で元気もりもりとなった。

先程ご先祖さんと病院に行ったところ、丁度久保君も優希

と美希子と小生宅の墓参りの帰りに見舞いに寄ってくれて

いたが有り難いことだ。

 小生も一時はお先真っ暗で、どんな文章を書けばよいか

迷っておったが、これでやっと与太話が書けるというもの。

 わっはっはっは〜 終わりよければすべてよし !



    2003年3月12日(水)

     頑固さんの入院 


 4,5日前から風邪気味らしく自分の部屋のベッドで野

球やゴルフや相撲を観ていた頑固さんが、左の胸が痛い

というので 「嫌だ嫌だ」 と渋るのをなんとかナダメすかし

て、自宅前の砂辺先生に診察していただき、多分肋間神

経痛だと思うが、まあ一両日様子をみましょうと仰ったのが

昨日のことであった。

 先生に診てもらって安心したのか元気になった頑固さん、

今日もプロ野球のオ〜プン戦で贔屓の阪神を応援してい

たのであるが夕方の4時頃腹を立てて店に下りてきた。

 「大丈夫ね?」 の小生の問いに、

「大丈夫もなんもあんもんか〜、まったく!あげん下手糞バ

ンドばすっけん負けてしもうたやっか、折角8連勝やったと

に!」

 頑固さんは小生が物心がついた頃からの猛烈な阪神フ

アンなのである。小生衛星テレビは観ないので分からない

が、どういう訳か何処かの番組で、何年も前の阪神が勝っ

てる試合だけを写しているのがあって、それを頑固さんは

毎日毎日飽きずに眺めてはご満悦なのだ。

 ところが先日はその番組が巨人戦ばかり写していたらし

く……それも阪神の負けるのが多かったらしい……カンカ

ンに怒って愛妻にテレビ局の電話番号を調べさせている。

 小生は、去年も春先のシ〜ズンオフの今頃にはこんなコ

トを言ってたなあ〜、と頑固さんのワンパタ〜ンの行動を

思い出して可笑しいのだが本人は真剣である。

 「もしもし、私はもうすぐ93歳になるお爺ちゃんですが、

この間からあなたの局のテレビは巨人ばっかり放映しとる

が、あいはオカシイのではないですか、もうちょっと公平に

せんばいかんですよ!」 などと憤慨した挙げ句、何やら

意見を求められたのかどうか……?

 「たとえば阪神なんかは良かて思いますばってん!」 等

と助言したのが取り入れられたのかどうかは分からぬが、


その後しばらくは阪神戦が続いたのに喜んで、 「やっぱ

り、おいの意見ば取り入れたばい!」 うんうん「公平公平」

と頷きながらご満足なさるという、それくらいに猛烈な阪神

タイガ〜スフアンなのである。

 半時間ほど経った頃であろうか、何となく静かになったな

あ、と思っている頃に外出先から帰ってきた愛妻がビックリ

した声を出した。

 「まあ、お父さん!顔色が悪いですよ」 ビックリして頑固

さんの顔色を窺うとなるほど元気がない。

「父ちゃん、どうしたと!?」

「う〜ん」 と何となく元気がない。

「お父さん、どうしたのですか!?」

 聞いてみると、先ほど少しばかり便に血が混じっていたと

いう。

「どうして言わんやったとねっ!」 砂辺先生宅に走って行

くと先生もビックリなさった様子で早速入院の手続きをして

くださった。

 もうなんともない、とか治ったとか言う頑固さんを宥めすか

しながら病院に行くと、直ぐにいろんな検査が始まった。今

晩と明朝は絶食で明日胃カメラを飲まねばならないと言わ

れる。

 なんとなく蒼ざめている頑固さんの様子を見ながら、

わ〜こりゃ〜大変だ。

 旅行嫌いで、40年ほど前に長崎県の洋服商組合の理

事長をしていた時に、嫌嫌ながら全国大会に出掛けた時

以外には他所の屋根の下で寝たことがなく、ましてや92年

と10ヶ月入院などしたことがなく、それに2食も抜くなんて

初めての経験である。

 コリャ〜、大変だ〜……!
    




    2003年3月11日(火)

       悪い奴


 久し振りに近所の奥さん3人+愛妻1人+小生1人の

合計5人でぞろぞろ歩いた。小生は1年振りだったので散

々冷やかされたが、汗をかくのは楽しかったし、楽しい人か

ら冷や汗をかかせられるのもこれまた楽しいので、ラッキ〜

ラッキ〜と感謝しながら歩いた。勿論笑ってもらえるのも含

めて……。わっはっはっは〜

 ところで、この夜の話題に登ったのが自殺したという校長

先生のことであった。なんでも民間 (銀行) から転職した

57才の笑顔のよい人だったそうだが、本人も志を持ち頑

張ったことであろうし、教育委員会もそれなりに評価しての

人選であったろうに、1年もたたないのに自殺にまで追い

込まれるとはなんともはや……である。

 本人も苦しんだであろうが、残されたご家族の悲しみ憤

懣はいかばかりかと推察するのである。そしてまたいつもニ

ュ〜スを聞く度に思うことであるが、このように大の大人が

自殺に追い込まれるような学校で、子供たちがイジメにあっ

ていたのを知らなかったという先生方の談話である。

 今回はたまたまよそからきた校長先生であったが、子供た

ちのイジメも知らないでどんな授業が出来るのかな〜、人

が好きでないのにどうして教育関係の仕事についたのか

な〜、一体誰が悪いのだ!個人か、それに阿る奴か、そ

んなのを生み出す土壌か!? 悲しいな〜と思いながら家

に着いたら美希子が風呂に入っていたので、待つ間ぼん

やりテレビを眺めていたらビックリしてしまった。小生はテレ

ビドラマをみるのは子供達が小さい頃に一緒に見た 

「大草原の小さな家」 以来であったが、とにかく凄い。

 NHKの 「風子のラ〜メン」 の最終回であったが、流石

に市原悦子さんである。凄い演技に加えて脇役も良かった

し、原作もシナリオも監督もみんな良かった。日本のドラマ

でこんなに引き込まれたのは初めてだ。

 前回を観てないので分からないところもあるが、ヒロインの

夫がお金を借りたのが原因でヤクザな人間に殺されてしま

う。ヤクザはしばらく刑務所に入ってたが、やがて出所する

前にヒロイン宛てに 「更生したのでお詫びがしたい」 の

手紙を寄越す。

 「なにか人のお役に立ちたい、困っている人を助けたい」

が口癖のこころ優しいヒロインなのであるが、こと自分のこと

となったら誰しも怖い、ましてやヤクザが何を考えて自分に

近付いてくるのか分からないので熱が出るほどに怯えてし

まう。

 それを心配した元刑事のお爺ちゃんがヒロインを慰めて

言う言葉である。

 あのね、風子さん。私は永い間刑事をやっていろんな人

間を見てきた。私は人間が好きだし困っている人を助けた

いと思って刑事になった。お陰で多くの良い人間に会うこ

とができた。

 しかし、世の中にはどうしようもない悪い人間がいる。人

が困っているのを見ても平気などころか、弱い人間を見付

けてまわって、彼等を足蹴にして食い物にしている鬼畜生

のような人間が確かに存在しているのだ。

 私はこの世の中には2つの人間しか存在しないと思う!

風子さん、それは 「良い人間か、悪い人間か」 ということ

だ。この世には 「善と悪」 しか存在しないんだよ。

 心の良い人、善人には計り知れないような絶対的な悪と

いうのが実際にいて、そやつらは善人の常識を越えた残

忍な罠を仕掛けて、なにも知らない犠牲者を陥れるために

待ち構えているのだ。やつらは違う世界の生き物なんだ!

 以上のような忠告や子供たちの心配を背に風子はヤクザ

と対決する。

 牙を隠したヤクザは初めのうちは念仏を唱えたりして

風子を懐柔するのであったが、次第にその残忍な本性を

現わし、とうとう出刃包丁を手にしたところで風子の怒りが

爆発してスリコギと自分自身の爪を武器に飛びかかって

いく。 

 バカヤロッ! この鬼畜生奴、この野郎、この野郎、この

野郎っ! いったい私が今日までどんな気持ちで生きてき

たと思っているのかっ! 

 私はね、ウチの人が死んだのも、子供達が哀しんでいる

のも、お前が刑務所に入ったのだって、みんなこの私が悪

かったと思って自分を責め続けてきたのだぞ!毎日毎日!

 苦しくって苦しくって、モウどうしようもなく苦しくって、

夏の熱い日にはもういっそ、このまま焼け死んでしまいた

い、寒い冬の日にはこのまま雪に埋まって死んでしまいた

いと何回思ったことか!どんなに苦しかったことか!

 それをなんだい、お前は!何でもかんでも人のせいにし

やがって……!
 
 畜生、バカ野郎っ!お前なんぞに人の気持ちが分かるか、

この野郎、この野郎、この鬼畜生〜〜〜〜〜〜!!

 というようなドラマだったが、だんだんと盛り上がる過程と

最後の迫力が凄かったことだ。それに小生には判らない

が、多分映画と違ってテレビ画面では難しいのであろうが、

格闘の時に風子の爪の引っ掻き傷がヤクザの頬にアッツと

い間についた場面は上手かったなあ。ウンウン!

 ところで小生にも昔5年ほど悪い奴 (意地?) との経験

があるが、その時は辛かったなあ〜。いま思い出しても腹が

立つが、心の醜い奴とそ奴に阿る卑怯者たち……。

 奴さんらと会う時にはいつも左手首には数珠、右手には

自分で名付けた丸い「我慢石」というのを握りしめていたも

のだ。

 いま思えばよく我慢したものだが、危機一髪の際には小

生いつも心の中で、小生にはいまの自分に育ててくれた

親がいる、理解してくれる妻がいる、信じてくれる子供たち

がいる、まさかの友がいる、と心の中で南無阿弥陀仏を唱

えたものだ。

 小生は図体だけは大きいから子供の頃から喧嘩しても

負けっぱなしということはなかったし、卑怯なことはしなか

ったつもりなので負けても平気であったが、時々喧嘩した

後で仲直りできない人間がいてあの後味の悪さはいま思

い出して嫌なものである。

 勿論、子供の頃から我が侭であったから、喧嘩の原因は

小生が悪かった場合が大半であろうが、それにしてもガキ

の頃から半世紀近くたって、いまもってバカのアホのとご好

誼いただく”まさかの友”が、多かれ少なかれ何らかの形で

喧嘩した後で仲直りしてできた友人であるのは僥倖である。

まさしく、小生はツイテいる……。

 それにしても、いつの時代でも絶対に悪い奴はいた。先

程の元刑事の科白ではないが、世の中にはどうしようもな

い悪い奴というのはいる。

 人を貶めようとする奴、暴力や態度や言葉で傷つける奴、

そしてそれらに阿る奴というのは絶対にいる。小生の

知る限りでも、なにかトラブルがあった場合には心の優しい

人は反省したり自分を責め過ぎたりして落ち込んだりする

のであるが、悪い奴はそんな時に人を責める。どんなことが

あっても相手が悪いと言う。そんな奴が絶対にいる。

 実はいま、小生の知ってる心優しい人がそれで悩んでい

るのですが、小生は言うのです。あなたには今まであなたが

築いてきた優しい心がある。生き方がある。友達がいる。

それに、なんの役にも立たないかもしれないが、誰がなん

と言っても楽天がついている。小生が分かっていると……。

 世の中には実際に我々には及びもつかない 「悪い奴」

がいる。だから我々は、あれは 「悪い奴」 と割り切って

生きていこうよって! 自分を責めても無駄だって!

 大好きなみなさんも、絶対に自分ばっかり責めないでく

ださいね。絶対に 「悪い奴」 がいるのを忘れないでね!

 愉快な人に会えば愉快になれる

 心美しい人といれば心美しくなれる

 ああ それから 絶対に 良い人も いますからね !

 わっはっはっは〜    
  
 



    2003年3月10日(月)

        歩く


 小生は毎日、夕食後に歩くのを日課としている。夕食後

の満ちたりた気分で、愛する妻と一緒に夜風に吹かれな

がら、四季折々の草花や町の佇まいなどをを眺めながら、

心に浮かんだヨシナシゴトを話しながら歩くのは正に至福

のひとときである。

 と、ここまで書いて、次ぎはどんな与太を飛ばそうかと

考えたところで、何となくピ〜ンと閃くモノがあって日記の

前のペ〜ジを繰ってみたらあった〜。

 わっはっはっは〜やっぱり、あった。なんともはや、我な

がらシラバクレタことを抜かしておるではないか。2月9日

に同じようなことを書いておるではないか〜!!

 ふんっ、なにが日課だ!毎日続けるから日課というので、

1年に1回なんぞは年課というのであろうが、それでもそん

な日本語があるかどうかアヤシイもんだ。ったく! と、自分

自身に憤慨する真面目なぴ〜ひょろろでございましたぞ。

 しかし、当日の日記を再度読み返してみて、公平公正に

判断したところでは、小生のやる気は充分であったように

思われるぞ。みなさんはどうご判断なされるや?

 小生はあくまでも婦唱夫随という奴で、歩き慣れている愛

妻の3歩ぐらい後からヨタヨタとついていく予定であったが、

ただ平凡な一日本人としてマラソンを 「日本頑張れ、

日本頑張れ!」 と応援してから、しかる後あなた方が

仰るところの重厚な腰を上げる予定であったろうと推察さ

れるのである。 エヘン!

 ああそれなのに、それなのに……!文章から推察される

限りにおいては、愛妻は小生を見捨てて娘たちと一緒に

アスレチックか何処かにいって遊び惚けているではない

かっ!

 嗚呼、一つ屋根の下で一つ釜の飯を食べて、愛し愛さ

れる楽天家族としては断じて許すまじ出来事ではない

かっ!? ましてや、愛妻は忘れたのかどうか、かっては

一つ布団の中で〜〜〜〜!!

 その夜、妻と娘たちに裏切られて傷心の小生は、さめざ

めと涙を流したことであろう。さめざめと麦酒を召し上がっ

たことであろう。だって、これほどまでに立派な言い訳は

滅多にないことである。

 え〜〜〜と、なんだっけ、いったい小生は何を言いたか

ったのか? そうだっ、結局今夜は愛妻と2人方を寄せ合

って歩いたのだ。

 明日っ? はいっ、明日も歩く予定である。 だって、

日課と言うくらいであるから……! エヘン!



    2003年3月9日(日)

       拙速 


 辞書で拙速という漢字をひいたら 「下手だが、仕上げ

が早いこと」 と出てきた。いや〜 わっはっはっは〜小生

の場合は拙速以下である。

 先日、姪の歩に頼まれて身元保証書の保証人となり、そ

の日のうちに印鑑証明書を取り寄せて手早い仕事……

我ながら感心しつつ……で送ったのであるが、なんとなん

と、印鑑が突いてなかったといって送り返してきた。

 なるほど、届いた封筒を開けてみると確かに押してない。

歩の奴、今度は失敗されないように白い紙を貼って 「ここ

へ印鑑をお願いします」 とキチンと矢印で場所を教えて

いる。

 わっはっはっは〜 おじさんの権威も形無しである。おま

けに頑固さんに指摘されたように、情けなくも恥ずかしくも

本人との続柄には堂々とデッカイ字で ”叔父” と書いて

るのだ。

 書類をチェックする人が目の前にいれば、小生得意の

わっはっはっは〜 で煙にまくこともできるが、書類ではそ

うもいかんのでキチンと 伯父 という字に書き直した。

92才の頑固さんに62才になって教えて貰ったのだ。小生

の無知は別として頑固さんは凄いと思う。自分の親父を尊

敬する小生も凄い! ウンウン

 ところで印鑑がない。今度こそ拙速ではなく、将棋の谷

川さんを見習って巧速(?)の寄せを見せてやりたいので

あるが印鑑が見付からない。う〜む、困った問題である。

 愛妻の万里ちゃんは小学校の頃から仲の良かった友達

の雅子ちゃん (数年前に亡くなったが…) のお母さんの

お見舞いに大村に出掛けているのだ。こりゃ〜困った。

 先程からあちらこちら探して、やっとそれらしいのを見付

けたのであるが、どうも自信がない。

 このラインとこの線が本当に同一のモノか? もっとよく

見ろっ! と誰かに大きな声を出されたら、スミマセ〜ン、

そ〜いえば、この辺りがチョットだけ違うような〜 とかなんと

か後退りしながら、ナメクジになってとけてしまいたいような

心境になるのだ。とにかく小生には子供の頃から、これが

絶対だ!と言いきる自信がないのである。困ったものだ。

 これはおそらく学校時代に、時間割を間違って教科書を

忘れたり、違うペ〜ジの宿題をしたり、集合場所を勘違いし

て変な場所で待っていたり、時計が狂っていた為に遅刻し

たり、早く弁当を食べたり帰ったりした時などに、そんなほ

んの些細なことで先生に厳しく叱られ過ぎたのが後遺症と

なって残っているのであろう。天国の先生方も (ヨカッタラ)

反省して欲しいのであるが……!

 というような事情で、我ながら情けないことではあるが、

万が一また印鑑が違っていたら申し訳ないから、というより

伯父の沽券に関わるから、歩や、万里ちゃんが帰ってくる

まで、もうチョットだけ待ってくれ!

 心の中でそ〜と呟くぴ〜ひょろろ伯父さんであった
 




    2003年3月8日(土)

   (続) 空白の12日間





     2003年3月7日(金)

     空白の12日間


 ”ウォンテッド”なのである。”我が人生に空白の時あり”

なのである。2002年の6月19日から30日までの12日

間が消息不明なのである。

”誰が?” って、勿論小生だ!わっはっはっはっは〜

 実はこのパソコン様の調子が悪く、電源を入れてから

画面が現れるまで5分間、文字を入れてから出てくるま

で30秒かかるのを騙し騙しというのか耐えに耐えて、こ

の1週間程頑張っていたのである。

 ところが昨日の午後、気のよい友人であるサバちゃ

んが、名人達人の熟長である”かずちゃん”と一緒にひょ

っこり訪れてくれた。わ〜い、助かったぞ〜〜い!

 ところでこの名人達人熟というのは、いつかも話したよ

うに (話してなかったっけ?) 長崎市役所が市民と行

政のまちつくりを目的として、昭和61年から長崎伝習所

というのをを実地しているのであるが、去年からかずちゃ

ん(入枝氏と申す)の提案で始まった活新しい動である。

 そして、サバちゃん(田川氏と申す)がその行動隊長

であり小生は怠け者である。エヘン!

 そもそも、昨今は誰が悪いのか (小生を鶏頭に…牛尾

でもよい…小泉さんでもよい……とにかくどんな理由がある

にせよ、いつの時代でも負うべきは大人であり、子供たち

はその犠牲者であると思う) は別として、家庭の核家族

化が進み、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に暮らす

機会が少なくなり、生活様式も変わりつつある。

 そこで、「人の交流・コミニケ〜ションを通して長崎の町を

もっと元気にしたい。」 そして 「私たちが子供たちに今、

何ができるか。」 という想いを抱く、ちょっぴり年とった仲

間達が集まって始めたのである。

 具体的には、昔ながらの遊び・分化・生活の知恵や技能

を子供たちに伝承する活動の輪を拡げようというものです。

大人たちの知恵を子供たちに授ける働きは、大人の側にも

「自分を取り戻し、心豊かな時間を過ごせる」 ことになる、

とかずちゃんは考えたのです。


 わ〜〜 疲れた。入枝氏の真摯な想いを伝えるのに今

日は終始した。はてさて、小生はいったい何を言いたかっ

たのやら?

 こりゃ〜 長くなりそうだぞ〜〜!   ( 続く )
 



    2003年3月6日(木)

       寂父?  


 千葉のご存知さんから電話がかかってきて,娘の歩が転

職するが,社長から 「保証人はなるべく人格高潔の紳士

が望ましい」 と,言われたらしいので”大いに結構”と快

諾した。いまどき小生みたいに仁,義、礼、智、信を弁えた

ゼントルマンはそうはいない。道徳紳士の歩く見本である。

 最近,モラルの欠如が甚だしいが,日本全国の小学校の

校門脇に,二ノ宮尊徳さんの銅像と並べて小生の銅像を

据えて置いたらどうかと思う。いわゆる志を持った日本人の

使用前と使用後というので子供たちの参考になるのでは

ないか。

 さて,早速送ってきたので愛妻に印鑑証明をとってもら

い,弘法大師なみの達筆でさらさらっと署名して近所の

ポストに投函して帰ると頑固さんが待っている。

 「お前はどっちの字を書いたか?」 と,さきほど小生が

字の練習の為にメモ紙に書いていた ”叔父と叔父” を手

に詰問するのである。

 「どっちでも,良かやかね〜」 面倒くさいので上の空で

答えたところ, 「馬鹿が,そ〜やろ〜て思とった!」 と,

いかにも得意そうである。

 頑固さんの言うには、両親の兄姉か弟妹によって叔父か

伯父になるらしい。小生翻訳モノのミステリ〜を読み始め

て何十年となるが、男爵や公爵、伯爵や伯父、叔父などの

漢字は面倒くさいので、深い意味も考えずに斜め読みし

ていたので初めて耳にするのだ。

 ドレドレ〜本当かいな〜、と辞書を引いてみると、なるほ

ど〜なのである。 「伯父は父母の兄弟で兄の場合をさし、

弟の場合は叔父と書く」 とちゃ〜んと書いてあるのだ。言

われてみれば、聞いたような覚えがあるようなないよう

な……!?

 育ちが良いと言うべきか馬鹿と言えば良いのか、社会通

念上非常識に満ち溢れている小生にとっては日常茶飯

事のサル常識だ。それでも孝子の鏡と評判の楽天先生

であるから、立てるべき時にはキチンと親を立てる。

 「伯父と叔父の違いは初めて知ったとばってん、やっぱ

り父ちゃんは物識りばい」 と正直に感想を述べると、頑固

さんは満悦至極。

「どうして、おいはこげん何でも覚えとっとやろうか自分で

も不思議かばい!」 自画自讃は頑固さんの得意とすると

ころなのだ。

 「こん調子でいけば、120歳どころか125歳ぐらいは、

おいは頭の良かまんまかもしれんね〜、はっはっは〜」

ご機嫌の92歳と10ヶ月の頑固さんであった。

 ところで小生いま考えてみると、さきほどの署名に叔父の

「叔」 のつもりで 「寂」 と書いたような気がしてきた。

まったく我ながら情けない話しで、歩の奴分かってくれれ

ば良いが、まさか 「寂父」 のままで出しはしなかったろう

な〜!? 寂しいおじさんの巻であった。 トホホ

 





    2003年3月5日(水)

     (続)景況調査表


 とにかく,いろんな項目が書いてあるのだが,たとえば

こんな項目がある。

 (1)の売上高について,(イ)1月から3月の売上高は昨

年の1月から3月に比べてどうですか? 

@20%増加したA10%増加したB10%未満増加した

C10%未満減少したD20パーセント未満減少した

 の設問に対しては,(3月分というが今日はまだ3月4日

であるとは思うが…) それなりに記入できるのだが,次の

(ロ)4月から6月の売り上げ高は昨年の4月から6月に比

べてどうですか。

 @20%増加する A10〜19%増加する B10%未満

増加する C10%未満減少する D10%以上減少する

の設問には参ってしまった。

 小生もダラシナイ人間ではあるがそれなりにマントヒヒな

みの責任感は持っているから,家族や職人さんの為にも

頑張って少しでも売り上げを上げたいという願いは持って

いる。

 しかし,このようなご時世であるから大変である。我々の

商いは社会全体の景気がよくなって,お客様の懐が温かく

ならないことには御鉢は回ってこないのである。昔の童謡

のように,朝早く起き日が暮れるまで働いて

 ♪ しばしもやすまず槌うつ響き
 
   飛び散る火花よ はしる湯玉

   ふいごの風さえ 息をもつかず

   仕事に精出す 村の鍛冶屋

  
   あるじは名高いはたらき者よ

   早起き早寝の 病知らず

   なが年きたえた 自慢の腕で

   うちだすすきくわ 心こもる  ♪

 昔の文部省唱歌 「村の鍛冶屋」 さんのように,自分の

天職に誇りを持って真剣に励むことが人間の生き甲斐であ

り,まわりもそれなりに評価していた。

 社会情勢が変わったといえばそれまでであるが,一つ屋

根の下で聞くおじいちゃんおばあちゃんの笑い声や,子

供のわらべ歌や、赤ちゃんの泣き声やお母さんの子守り

歌やおとぎばなしの世界は一体全体何処に行ってしまっ

たんだろう。

 これで良いのか日本! 最近こんな思いが強かったもの

だから,自分の計画性や甲斐性無しは棚に置いてこんな

ことを書いてしまった。

 我々庶民は,それなりに一生懸命頑張って3月5日の今

日一日を生きることで精一杯。今月末ははるかな未来なの

であるが,それを4月,5月,6月のことなんて……

 小生は占い師や予想やではなくお偉い (ここまでは思っ

ただけで書いてない) 「首相や総裁と違い小人には明日

のことは分からない」 と記した。

 (5)の借入金の欄には、よほど 「まだ,公的資金の順番

がまわって来ない!」 と書きたかったが書かなかった。

 ただ最後の余白に、自由に書いてくださいとあったので

次ぎのように記した。

「絶対に誰かが泣いてる激安屋」

「高くとも近所で買えと爺ちゃんが」 等の川柳にあるように 

志を持たない政治家,民の竈を知ろうともせぬ官僚,もの

作りをしたことのない人、善の心のない人間に 「人やもの

を大切にする心」 が宿る筈はあるまい。

 「幸せはあかごの泣き声ジジババの笑い声」 ですぞ。

私たちの子孫に、温かい家庭や小店のおばちゃんや、市

場のお兄ちゃんやお百姓さんや漁師さんのいない祖国を

残したままで良いのか,日本人!

 と記したのであるが,いや〜係りの人はビックリなさったで

しょうね。ごめんなさい,あなたが悪いのではないのです。

なんだか,……な文章や数字を見ると腹が立ってくるので

す。男の更年期障害でしょうか, ごめんなさい! ウンウン 



    2003年3月4日(火)

     景況調査表


 もうどれくらいなるのであろうか,この零細も零細,細々

仕立て屋に金融公庫から,畏れ多くも”景気調査表”なる

シロモノが送ってくるのである。いつも帳面をつけている愛

妻が書いているが,今日は忙しいので小生に出番がまわ

ってきた。

 そういえば過日ふと思ったことであるが,どうして我が家

にこのアンケ〜トが送られてくるようになったのであろうか。

ときおり,このアンケ〜トを元にしたらしい全国の景況をまと

めた情報紙が送られてくるのであるが,拝見したところ我

等が洋服業界の欄にはいつも傘が描いてあり,激しい雨

が降ってるのである。いわゆる”キャット∩ドッグなのだ。

 ひょっとしたら,小生のお陰で雨が降ってるのではあるま

いな〜,全国のファッション業界に小生はご迷惑をお掛け

してるのであるまいな〜,と反省したのである。 

 反省というと,学校時代のこともお詫びせねばなるまい。

小,中,高校の合計9年間,小生がいるばかりに試験のク

ラス平均点が上がらないという、クラス全員 (のらくろ君は

除く )の努力を蔑ろにしていた真犯人は小生であった。

ご存知なかった方々には深くお詫びする次第である。

まあ,担任にはそのつど職員室で拳骨を頂戴していたの

で許されたい。

 そしてまたこれは周知の事実であるが、マラソン大会や

全学年参加の掃除コンク〜ルなどで,みなさまの手となり

足となるどころか,バケツの水や椅子机をひっくり返したり

して大騒動,みなさまの手と足と口に余計な仕事まで増や

してご迷惑をお掛けしたことも併せてお詫びする。

 この他枚挙に遑がないことではあるが,あれもこれも

み〜んな,邪気のない少年のホンのちょとした悪戯心であ

った。現在62歳分別盛りの小生が,いまこのように男らしく

詫びているのであるから笑って済まそうではないか!?

 わっはっはっはっは〜 

 ところが,ところがであるぞ,笑っているどころの話しでは

ないのである。

 実は,みなさんご存知のように ”知る人ぞ知る” 小生

他人の悪口なんぞには 「耳を貸すを辞さず」 というくらい

清廉潔白温情な性格ではあるが,半世紀あまりも経って当

時の同級生や関係者が呆け始めたので,この侭では真実

が日の目を見ることなく終わるのではないか……正義が…

…ん,ん,ん〜っと危惧したので,いまここに告白すること

にする。

 単刀直入,率直に一言で申し上げれば,

「あれは,み〜〜〜〜〜んな,のらくろ野郎が悪かった!」

本当のことを申し上げれば,み〜んなのらくろ野郎の仕業

であり示唆であり,小生は単に気の弱い傀儡だった。とに

かく,あれもこれもみ〜〜んな奴さんが悪かったのである。

 しかし 「誘惑に負けない勇気と強い意志」 の標語から

いけば,小生にも若干悪ところもあったかもしれない。

 ”キッパリッ!” わ〜 男らしいっ!

ところで,小生は何を言いたかったのでしょうね? (続く)




    2003年3月3日(月)

       雛祭り 


  ♪ あかりをつけましょ ぼんぼりに

    あかりをあげましょ もものはな

    5にんばやしの ふえたいこ

    きょうはたのしい ひなまつり ♪


 大好きなみなさん,みなさんは雛祭りをなさいましたか?  

いま小生の店では,愛妻と美希子が雛人形を片付けてい

るところなのです。 ”お疲れさまでした” と言いながらお

人形さんたちのほこりを落としながら箱に収めているので

す。また来年お会いしましょうね,と話しかけながら……。

 小生のところでは,娘たちが生まれてから毎年,心優し

い愛妻が娘たちの無事な成長を祈って,毎年2月の3日か

ら1ヶ月間,雛人形を店の丸ウインド〜に飾るのが慣わしな

のです。そして,道行く人たちが目を留めて楽しんでくださ

るのを喜びとしているのです。

 今年はとくに,福岡の下田様から頂戴した8鉢の桜草が,

赤,ピンク,白と色鮮やかに咲いているのを,ウインド〜の

雛人形さんたちを丸く取り囲むように飾ったところ,とても

愛らしくファンタステイック,道行く人が足を休めて眺めてく

れるのですよ。

 おじいちゃんやおばあちゃんが,むかし懐かしそうに話し

ているのを見かけたり,学校帰りの女生徒さんが嬉しそうに

肩寄せ合ってヒソヒソとささやく姿を見せてもらったり,みど

り児が ”あ〜,あ〜” と片言で,涎いっぱいの手で,懸命

に人形を差しながら,なにやら母親にうったえている様子を

目の当たりにするのは,本当にありがたく涙がこぼれそうに

幸せな気持ちになるのです。

 いまようやく,お人形さんたちは箱の中でおやすみになり

ましたよ。今年もお疲れさまでした、来年の2月にまたお会

いしましょうね。

 美希子に 「お疲れさま〜,今年もキチンと3日に片付け

ることができて良かったね!」 と小生が労ったところ,

「だって,今日の内に片付けんばお嫁さんに行かれんごと

なったら大変やっけんね!」 の返事が返って参りました

ぞ。 わっはっはっは〜 この科白も毎年恒例なのです。

 ありがとう,ナンモカンモありがとう ! ウンウン
 




    2003年3月2日(日)

     嬉しい優希の日


 今日は30年前に ”オギャア” と誕生して,我が家に喜

びを運んでくれた可愛い娘,優希の嬉しい日である。いや,

優希だけではない。家族みんなが嬉しいから朝からソワソ

ワしながらにこにこ笑顔なのだ。

 一年前,太希子の結婚式で出会って交際していた久保

政行くんのご家族と,我が家の顔合わせをかねた食事会

なのである。晴れて両家から認められるとあって優希の足音

が弾んでいる。

 11時50分に車で到着した久保家のみなさんと一緒に

町内の山川荘まで歩いて5分,緊張のあまり空元気の鼻歌

が出たのが我ながら可笑しい。北帰行である。出たものは

仕方がないので頑張って歌い続けたが,久保家のみなさ

んビックリしたろう。わっはっはっは〜 バカの先制パンチ、

裸のお付き合いである。

 久保家は野武士の風格のあるお父さんに若々しく爽やか

な笑顔のお母さん、弟さんの伸二くんと奥さんの未緒さん

と生まれて3ヶ月の可愛いあかちゃんの来夢くん、それに

妹さんの美和子さんの総勢7名であるが,みんな明るいの

ですぐに打ち解けることができた。政行くんの性格がいい

筈だ。ウンウン!

 頑固さんとご先祖さんもニコニコ笑顔である。よかった,よ

かった,いい人たちでよかった。優希をよろしくお願いしま

す。これからの永いお付き合いをよろしくお願いします。

 優希や、ご主人を大切にして,お父さんお母さんを大切

にして,ご家族のみなさんを大切にして,幸せになってくだ

さい。

 


     2003年3月1日(土)

       春が来た


 おはようございます。大好きなみなさんお目覚めですか?

なんとなんと,小生は今日は朝の4時に目覚めてラジオ体

操を20年振りにして,コ〜ヒを美味しくいただいてご機嫌な

一刻のです。

 南串山在住,尊敬する馬場健先生の教えを一年振りに

実行できたのです。先生はこう教えてくださったのです。

 楽天さん,人間の血の中には何億年も前から,大宇宙の

リズムのなかでお天道さまとともに起きて,暗くなったら寝る

という習慣が営々として流れているのです。ですから,でき

るだけ午前零時を中心にして生活するのが心身の健康に

よいのです。

 はいっ!と元気よく返事して心では分かっているのです

が,宵っ張りの習慣は相変わらず変わりませんでしたが,実

は昨夜はとうとう8時にはぶっ倒れて寝てしまったのです。

 と申しますのは,先月の18日にアミ〜ゴのシシャモ君が

持ってきてくれた 「ホ〜ブロア〜シリ〜ズ」 が面白かった

のなんの,とうとう一昨日の27日まで掛かって毎晩1冊ず

つ読んでしまったのです。

 他にもいろんな仕事はあるし,読まねばならない本はある

しで,いや〜大変な10日間でした。睡眠不足で体力が弱

ったのか10年振りに花粉症まで出てきて大変でしたぞ。

 目はショカショカで洟はダラダラ,おまけに ”ハックショ

ン,ハックション” と我ながら煩いの忙しいのなんのっ

て……。

 いっそ,同好の志なんぞを募って,太っかく大日本花

粉症愛好会なんぞを作って,一同に会してチャンピオン

大会でもやったら面白いだろうな〜,と思ったことです。

 順番に舞台に上がってもらって、誰が一番情けない

格好をしているか!? 「モノの哀れ」が「いと可笑しい」

なんて……。 わっはっはっは〜

 とにかく,あんなに根を詰めたのは久し振りであった。

中学生時代に夢中になった吉川英治の「宮本武蔵」,30

歳頃のサマセットモ〜ムの「人間の絆」,司馬遼太郎の

「坂の上の雲」などであろうか。

 どんなに重い本でも,ゆっくり時間を掛けても少しずつ理

解していくのは平気であるが,長編小説みたいに何巻も先

に控えているのは小生みたいな人間は強迫観念に駆られ

ていけない。

 読書はも〜と楽しまなくっちゃ〜,ということは分かってい

るのだが,読破後の征服感もこれまた堪らないので……。

 と,アレヤコレヤで日記が遅れてしまったが、今日から弥

生3月の嬉しい春到来である。心機一転がんばろ〜!

遅れた分はこっそり埋めていこ〜! と,物事を楽天的に

考えるぴ〜ひょろろでございました。

 が,果たして「果報は寝て待て」か「早起きは三文の得」

の何れが真実なりや!?奇怪にも,朝4時に起きた楽天に

如何なる出会いが待っているのであろうか?

 運命は如何に〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?

などと力まないで,のんびりいきましょうね。 うんうん!
 




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