管理人の音楽プロフィール

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名前 布袋 厚(ほていあつし) 長崎市在住 (布袋寅泰とは関係ありません)
中世・ルネサンス・バロックなど古楽が好き,とくにルネサンス時代の世俗曲を歌うのが好き
現代譜ではなく作曲当時の原譜を見て歌うのが趣味
カウンターテナー=アルトが得意
楽器の実用レベルの演奏はできない

1966年
(小1)
幼稚園児にまじって毎週土曜日の午後ヤマハ音楽教室に通う
1968-1970年
(小3−小5)
バイオリンをならう
ファーストポジションの終わりごろやめる
2年間で楽譜の読み方や音感の基礎ができたので,意義はとても大きい
1969-1971年
(小4−小6)
“みんなのうた” “歌はともだち”にでてくる児童合唱の曲,ヨーロッパの曲をきいて感動する
当時の“みんなのうた”はいまと内容がまったくちがっていた
1971年11月
(小6)
長崎市小学校音楽会に合唱で出演(長崎市公会堂)
6年生の大部分が参加,総勢100名余
1971年11月下旬
(小6)
“みんなのうた”で“小さな木の実”が流れているとき,突然,合唱団に入りたいという,電撃のような衝動にかられる
1971年11月30日
(小6)
木の十字架少年合唱団公演を鑑賞
1971年12月4日
(小6)
長崎児童合唱団に入る
(いまの長崎児童合唱団やNHK長崎児童合唱団とは無関係)
1972年2月27日
(小6)
長崎県少年合唱団定期演奏会を鑑賞
(いまの長崎少年少女合唱団)
1972年6月ごろ
(中1)
長崎児童合唱団解散
わずか半年の体験だったが,生涯忘れられない思い出となった
1972-1974年
(中1-3)
当時の長崎では珍しかった校内合唱コンクールで情熱をもやす(指揮や伴奏をしたわけではないが)
並行して,ヴィヴァルディの合奏協奏曲 “四季”にハマり,スコアを見ながら,いっしょに声を合わせる(このときのファルセット発声が30年後の男声アルトにつながる.首席バイオリンや通奏低音は全曲ほとんど覚えるほどで,また,知らず知らずのうちに楽典の知識や和声の感覚がついた)
1973年はじめ
(中1の3学期)
変声期をむかえる
少なくとも1972年11月末までボーイソプラノが出ていたことは鮮明に記憶している
1973年9月には低音でおちついていた
1975年3月26日?
(中学校卒業の春)
長崎東西南北高校交歓音楽会を鑑賞
長崎東高校音楽部の演奏で,ルネサンス合唱曲にはじめてふれ,ひきつけられる
1975-1976年
(高1-2)
芸術科目で音楽を選択
NHK-FMの “バロック音楽の楽しみ” をきくようになり,ルネサンス・バロックの世界にふかく入りこむ
1976-1977年
(高2-3)
長崎南高校でコーラス部に片足つっこむ(部員にはなっていない) おもにテノール担当
長崎東西南北高校交歓音楽会(1977.3.26? 長崎市公会堂)
長崎県高等学校連合音楽会(1977.5.28 佐世保市民会館)
長崎合唱祭(1977.6.26 長崎市公会堂)
に出演
1978年4月
(大1)
長崎大学ロマンツアー合唱団に入る
練習日程がハードすぎて,ひと月でやめる
1986年12月11日“500人の第九”に出演(長崎市公会堂)
2000-2003年バッハ・ラモー・ヘンデルの鍵盤曲を古典調律でMIDIデータ・MP3音源にしてWEB公開(現在は消滅)
2003年8月2日長年の夢であったルネサンス合唱曲を歌うために Musica Antiqua Nagasaki に入る
アルト(カウンターテナー)に転向
2004-2008年ルネサンス合唱曲などをひとり多重録音してWEB公開
2012-2015年ルネサンス合唱曲などをボーカロイドにより音声データにする
動画化してニコニコ動画で公開 2019年4月YouTubeに移植完了
2019年10年ほど参加できてなかった Musica Antiqua Nagasaki に復帰
ひとり多重録音の音声を動画化しYouTubeで公開(進行中)
あたらしいボーカロイド動画作品を制作再開
2020年Musica Antiqua Nagasaki から離れ,YouTubeでの活動に重心をうつす
現在ルネサンス世俗曲に特化した少人数混声アンサンブルを構想中.長崎市内でときどき集まって合唱を録音し,YouTubeで公開するだけのゆるい活動を考えている.いっしょにやってもよいというかたがおられましたらご連絡ください.
hoteia●fsinet.or.jp ●を@にかえてください.

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