21世紀に入って,ルネサンス合唱曲を作曲された時代の発音で歌うことがおおくなってきました.これは古楽器をつかってルネサンス・バロックの音楽を演奏するのとおなじように,その時代の音をもう一度ひびかせ,その音楽がもっていた本来の味わいを引きだすというねらいによるものです.
それによって,作詞の意図がはじめてわかることがあります.下にあるのはダウランド作曲の Come againe (帰っておいで) の1番の歌詞です.
原詞 | いまのつづり | もとの発音 | いまの発音 |
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Come againe: | Come again: | アゲーン | アゲン |
sweet loue doth now enuite, | sweet love does now invite, | インヴァイト | インヴァイト |
thy graces that refraine, | thy graces that refrain, | リフレーン | リフレイン |
to do me due delight | to do me due delight | ディライト | ディライト |
to see, to heare, to touch, to kisse,to die, | to see, to hear, to touch, to kiss,to die | ダイ | ダイ |
with thee againe in sweetest sympathie. | with thee again in sweetest sympathy | スィンパサイ | スィンパシー |
原詞 | いまのつづり | もとの発音 | いまの発音 |
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Say daintie Nimphs and speake | Say dainty nymphs and speak | スペーク | スピーク |
Shall wee play barly breake | Shall we play barley-break | ブレーク | ブレイク |
文字 | いまの発音 | もとの発音 |
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oi, oy | オワ | 鼻にひびかせてウェ |
r | のどをゴロゴロならす (“のどちんこ”をふるわせる) | (俗にいう)まき舌 (舌先をふるわせる) |
en, an, em, am | 鼻にひびかせながらアーとオーの中間の音 | 最後にン(n, m)をつける いまの発音よりもアーンに近い |
on, om | 鼻にひびかせながらオー | 最後にン(n, m)をつける |
un, in, um, im | 鼻にひびかせながらアーとエーの中間の音 | 最後にン(n, m)をつける |
アクサン(アクセント)のない語尾のe | あいまいなウ | 歌では,あいまいなエ |
たとえば,“bois” “boys”(森・木)は,いまの発音は “ボワ” ですが,もとの発音は “ブウェ” です.“haut bois”(高い木)はもとの発音で “オーブウェ” です.これが “オーボエ”(高音の木の楽器)という名前になりました.
フランス語ではいまの発音でも韻がくずれることはありません(たぶん).しかし,べつのところで,ちがいがあらわれます.ジャヌカンの “Le chant des oyseaulx”(鳥の歌)は,いま式だと,早口のところでたいへん発音しにくいところがありますが,ルネサンス式だとそれぼどむずかしくありません.また,鳥の鳴き声をまねたところで,それらしい音になります.
ルネサンス時代のドイツ語の発音の規則はいまとおなじです.ただし “r” は歴史的な流れからかんがえて “舞台ドイツ語” 式の(俗にいう)まき舌のほうがよいでしょう(とくに南ドイツやいまのオーストリア・スイスあたりでつくられた曲を歌うとき).じっさいのところは,方言によって,いろいろな “r” の発音があったようですし,舞台ドイツ語そのものが19世紀のおわりに “決められた” あたらしいものなので,ルネサンス時代の発音にあてはめることはできません.
イタリア語については,くわしい情報がみつかりませんが,いまの規則で発音してよさそうです.
意外かもしれませんが,“ルネサンス時代のラテン語の発音” というものはありません.なぜなら,国や地域によって発音がまちまちだったからです.たとえば,ドイツ語が話されるところではドイツ式,フランス語が話されるところではフランス式の発音がありました.それでいて,たがいに会話が通じたそうです.
ふつう,宗教曲でつかわれる “教会ラテン語” の発音はイタリア式です.カトリック教会の中心がイタリアだったからです.ふつうはそれでかまわないでしょう.しかし,フランドル地方(いまのベルギーのフランデレン地方)の作曲家,デュファイ,オケゲム,ジョスカン,ラッススなどの作品は,できればフランス風の発音で歌うほうがよいと思います(イタリア式の発音とまったくちがう強烈なひびきがあります) .
ラテン語の地域別の発音については
http://www.mab.jpn.org/lib/exp/pron/med_latin.html
がおすすめです.