(あっ、これ、夢だ)
全体的にぼやけた世界。灰色の、でも不思議なほど明るく感じる世界。
その向こうに立つ影。
(あなた、だれ?)
逆光のせいで『彼』が誰だか解らない。でも。
(でも、あなたを知ってる。そう、わたしはあなたをしってる)
『彼』が近づいてくる。
影を見る限り、『彼』が歩いているようには見えない、自分も歩いていない。しかし二人の距離は確実に縮まって。

「シンジ」
現実では絶対に口に出来ない言葉。でもここではそう呼ぶのが自然。
そして。
「レイ、けっこん、しよ?」
いつか見た、あの笑顔で、『彼』がそう口にした瞬間。


どてん、と来た。


目に映るのは見知った天井、視線を移せば横にはベット。
「うううー」
とりあえず、うなってみる。
次いで。
「にへへー」
にゃっと、だらしなく笑う。
(結婚結婚結婚けっこんケッコンケッコンけっこん)
脳味噌は既にお花畑、パワーマックスでひまわり乱舞といった感じだ。
右へ左へごろごろごろごろ、座布団クッションテーブル座椅子、器用に避けつつ転がり回る。
5分位はそうしていたのだが、急に止まると人が変わったかのように真剣な顔になる。
キリッと口を結び、瞑目すること三十秒。少なからぬ心の揺れを無理矢理押さえ込み、意志力を振り絞って口を開く。
「・・・シ・・・ン・・・・・・」
そこまで口にしたところでジュッという音と共に赤くなって沈黙、手近なクッションを引き寄せそこにバフンと顔を突っ込んでくうぅぅっと一分半、興奮さめやらぬままに顔を起こし、夢の中の言葉に返事を
「うん」
で、再びキャーッと転がろうとしたその瞬間。
「レイ?」
どっきーん。
夏、真っ盛りなお花畑に季節はずれの吹雪。

凍り付いた体を無理矢理動かし、部屋の入り口の様子をうかがい・・・・・・。
「なあああ!? お、お母さん?」
二度びっくり、いつでもキリッとして颯爽という言葉がこれほど似合う人はいない、美女というより美人、といった彼女が・・・・・・。
「ゆめ?」
かと思った
「お、お母さん!?」
頬を薄く紅に染め、左手にもじもじと「の」を書く赤木リツコ30歳、独身。
キビキビと動き、てきぱきと物事をかたずけてゆく凛々しい義母の、意外なまでに可愛らしい姿。
「なに? お母さん」
「・・・あ、・・・あ・・・のね」
口を開けば赤くなり、赤くなったら口を閉じ。あのねを五回十回とくり返す。
いくら可愛いといえ二十回もあのねをくり返されればいい加減飽きるわけで、焦れたレイが口を開こうとした瞬間。
「・・・お・・・おかあさ・・・ん・・・ね、結・・・婚・・・し、しようとお・・・もうの」
と、来た。

























お母さんの結婚

Made byAlk


























(そう言えば)
この所、ポロッとそんなことを口にすることがあったように思う。結婚したらどうする、とか、お父さんは欲しいか、とか。
正直言えばお父さんに対する憧れはある。しかし。
(お兄ちゃんが、いてくれれば)
再びキャアーッとなりかけるのをこらえてお母さんの方を見る。こらえているとはいえいましも理性の手を離しそうではあったが。

で、だ。
(なじぇ?)
となる。
応接間のソファに座る自分、右手にはお母さん、お母さんの正面に碇シンジ、通称お兄ちゃん。自分の正面にはなぜか。
(髭眼鏡?)
長身痩躯の中年、ではなくナイスミドルでも無ければおっさんとも呼べぬ摩訶不思議な雰囲気を持つ男、碇ゲンドウ、シンジの父。
(似てないのに似てるんだよね)
長身痩躯以外に共通点無く、言われなければ絶対親子だと思えぬ二人なれど、二人の纏う雰囲気は意外に近い。

(と、そーじゃなくてー)
正面の髭眼鏡をそっと盗み見る。そっとだ、あくまでもそっと。下手に目をあわせようなら夢見が悪くなることは必至だ。
(やっぱ趣味、悪かったんだ)
酷いこと考えるが何しろプロレス見てる最中に両手を胸の前で組んで「ほうっ」っと熱いため息をつく人である。
そう考えるレイもプロレスの中継は欠かさず見てるのだが。
(お父さんと言うより組長よね。ま、今時こんな貫禄のあるお父さんもそうはいないと思うけど)

目の前の髭眼鏡をちらちら見ながら考える、考える、考える。
(そうするとお兄ちゃんはホントにお兄ちゃんで、で、朝起こしに来てくれたりなんかして、でぇ、「レイ、朝だよ」にこ、でぇぇ、「んーあとごふんー」、でぇぇぇ、「しょうがないなもう、そんな悪い子にはこうだぞ」ちゅ)
「なあんて、なんてなんてなんてぇーーー!! は!?」
「レイ・・・お義母さんが結婚するの、反対?」
気が付いて隣を見ればうつむき加減の母の姿。心なしか肩が落ち、一回り小さくなったようにも見える。
(お母さん・・・)
いつもいつもレイを優先させてきた母。
どんなに辛くとも、レイの前では笑顔を絶やさなかった母。
(そう! そうよね!!)

(お母さんが好きになったんだからそれで良いのよ!)
(お母さんが選んだんだから信じてあげれば良いのよ!)
(お母さんは幸せになって良いのよ!)
ばーんと机に手を衝いて胸を張り、高らかに宣言を
「お母さんは幸せになっても良いのよ! いえ、むしろ成るべきなのよ!! おめでとうお母さん、おめでとう!!」

突然の娘の行動に、さすがの天才赤木リツコも僅か思考が止まりはしたものの、瞬き一つ、二つで再起動。
呆然と愛娘を見つめる瞳から溢れる雫。
拭っても拭っても尽きることのないそれは、まるで煌めく宝石のようで。
(・・・あっ)
レイもまた、その宝石のように煌めく滴を溢れさせていた。

満ち足りた、穏やかな空気の中、母娘は見つめ合う。もどかしい、その心の内を表す為の言葉を探しながら。
「ありがと、ありがとレイ」
瞬きの度にこぼれ落ちる滴、涙に僅かに溶け、崩れた薄化粧さえ美しい義母の顔。
言葉にしたい、この思いを。開かれる口はしかし言葉を導くことは出来ない。この言葉は今の想いにふさわしいのかどうか判らないから。

だから。
だから。

「ごめんなさい、・・・ごめんなさいレイ。こんな時、こんな時なんていったらいいのか、どんな顔したらいいのかお義母さん、・・・お義母さん判らないの」
謝罪の言葉。どうにかするべきなのに、どうすればいいか判らない時に使う言葉。
レイは考える。違うのだから、今は謝罪の時ではないのだから。今は、今は喜びの時なのだから、だから言葉を紡ぐ、とどいて、私の心!! と。
涙でぐちゃぐちゃになった顔に、精一杯の笑顔を乗せて。

「・・・なんで、なんで謝るのお母さん。嬉しいんでしょう? ・・・私は嬉しいわ、だって・・・お母さんが自分の幸せ見つけたんだもの、だから笑って、嬉しいときは笑うものだって、笑うんだって、教えてくれたのお母さんじゃない!!」
「レイ!!」
見つめ合う母と娘、血より濃いものは確かにある。そう思える瞬間。

「良かったな、シンジ」
(この人、こんな顔も出来るんだ)
普段は他者を圧するような気配を発散している男の穏やかな笑顔。
(やっぱりお兄ちゃんのお父さんなんだ・・・でも、「よかったな、シンジ」って?)
奇妙な不安。たった今、手に入れた幸せが何か、不吉な物のような気がしてくる。
(なに、なんなの?)

「レイ」
高校に入ってから急速に伸び始めた身長、それに合わせるようにどこか落ち着きの無かったボーイソプラノも、深みと落ち着きのあるテノールへと変わった。
(あああ、ダメダメダメ!!)
声変わりの前はあんなに頼りなくて、面倒見てあげる、そう思えたのに今はその声を聞くだけでとたんに落ち着きを無くし、まともに言葉も交わせない。
(何か、ナニカ言わなきゃ)
思考だけが空回りしてなにも浮かんでこない。


「ありがと、リツコさんとの結婚、許してくれて」


(ナニカ、なにか言わなきゃ、なにか、ナニカ、なに・・・・・・、なに?)
いま、くうきをふるわせたおとはなに?
いま、きこえたこえはなに?
(「ありがと、リツコさんとの結婚、許してくれて」それって)
その言葉の意味するところは。

(そんなのって、そんなのって、そんなのって!!)
どうすればいいのか解らない、突然暗闇に放り出されたようで、ぐるぐると世界が回り出す。
何も考えられない、否、何も考えたくないのだ。
世界の揺れはますます激しく、ぐらぐらぐらぐらと揺れ動き。


どてん、と来た。


目に映るのは見知った天井、視線を移すと横にはベット。


「ううう?」
とりあえず、唸ってみる。
「ふうう」
ほっと一息、したところで
「レイ?」
どっきーん。

で、だ。
(まさか)
隣には母。
(マサカ)
母の前には髭眼鏡。
(真逆)
その隣にお兄ちゃん。

(まさか、そんな)
不安が、押さえきれない。押さえきれないけれど。
(そんなの、私じゃないもの)
不安に、恐怖に縛られて一歩も動かないのは綾波レイではないと。

踏み出してみる、一歩を。
「お母さん、結婚、するの?」
言葉を交わして。
「レイは、どう、思う?」
分かり合うために。
「相手は?」
そうやって、一生懸命、一生懸命、歩いてきたのだから。
「ゲンドウさんよ」
良いことだけじゃなかった、すれ違いもあった、それでも一緒に生きてきた親子だから。

「一緒に、がんばっていこうね、お父さん」
一緒にがんばってきた人が選んだ人だから。
「レイ!!」
「ありがとう、レイ君」
「ホントに、お兄ちゃんだねレイ」

「これからもよろしくね、お母さん、お父さん、お兄ちゃん」

 Alkさんから50万HIT企画SS「リツコおかあさんでGO〜」を頂きました(^▽^)ありがとうございます

 レイちゃんの視点で語られるリツコさんの結婚、まさか相手が髭とは(笑)でもシンジ君と兄妹になるから嬉しいですね(^^)

 レイちゃんに結婚する事を報告するリツコさんは科学者の顔ではなく純粋な一人の女性ですね。

 レイちゃんの十四歳の性格を見事に描写した文章、なんと作者のAlkさんはSSを書くのは初めてだそうです。素晴らしいSSをここの投稿してくれるなんて嬉しいですね(^^)

 無事にシンジ君と兄妹になれたレイちゃん、これからどんな生活が始まるのでしょうね。可愛いレイちゃん萌え〜と感想を送りましょうね。

 「jun16 Factory」はリツコおかあさん推奨HPです(爆)。

 とっても素敵なSSをくださったAlkさんに皆さん感想を送りましょう。

 皆さんの感想が作者の力になります!一言でもよいから感想を書きましょう!!


SSroom-2

投稿:お母さんの結婚