「さっさと来なさいよバカシンジィ」

(ったく、しけた面しちゃってさ)

疲れた顔でとろとろと歩く少年を急かすため、その手を掴んでぐいっと引っ張ろうとして、

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!

アスカは、少年のその繊細な容姿に似合わぬゴツゴツとした右手の感触に飛び上がった。








































幸せの年輪

Made byAlk







































「一体どうしたのよ、アスカ。今日一日機嫌悪かったじゃない」

不機嫌さを隠そうともしない友人の姿にやや苦笑しつつ、洞木ヒカリはアスカに尋ねた。

ある種のそれを除いては、感情の発露を素直に他人にぶつけることが出来る友人を、少しだけ羨ましいと思いながら。

「どーしたっていうかねー」

友人の手前やや感情を納めた物の、その表情からは未だ不機嫌さがありありと感じられる。

一見自分たちからは凄く大人に見えて、その実意外と子供っぽい彼女の視線の先にいる少年を確認して、ヒカリは問う。

「また、碇くんとケンカしたの?」

素直になれない少女に、半分呆れながら。

アスカに言わせればヒカリは素直なの?となるのだが。

唇を尖らせ、抗議の視線を飛ばすアスカをいなしつつも、問いかけるような視線はアスカから外れることはない。

しばらくの間そうやって視殺戦を繰り広げていたが、こういった戦いは、よほどの海千山千のやり手でもない限り、やましい物がある方が負けると決まっている。

案の定というか、先に視線を外したのはやはりアスカであった。

ふーっと似合わぬ疲れたような溜息を吐いて負けを認めると、アスカはのろのろと事の成り行きをヒカリに告白し始めた。

「今日出るのちょっと遅かったんだけど、アイツもたくさと歩いてやがったのよ。んで、まあちょっとアタマきて、引っ張ってやったんだけどねー」

ぎゅっと眉を寄せ、不機嫌さを露わにするアスカを促す。

「ん、ああ、そしたらさ、アイツの手、やけにゴツゴツしててさ、それでちょっとびっくりしちゃって、て、何よヒカリ、その目は」

半眼でこちらを見つめるヒカリに気づき、アスカは抗議を上げる。しかし、ヒカリは胡乱な物を見る目つきをやめようとはしない。

「当たり前でしょ?ケンカしたかと思って聞いてみれば、いきなり惚気られたのよ?」

惚気られた私の身にもなってよね、と言う意味を言外に含ませ、アスカの抗議を叩き返すヒカリ。

まあ、鈍感少年を相手にやきもきとした日々を送っているというのに、同じ様な悩みを持っていると思っていた友人からいきなり惚気られた、と思ったのだ、無理もない。

いくら親友といえる間柄でも、そこは恋する乙女、友人の裏切りには容赦できるはずもなし。

しかし、一応は真剣に悩んでいるつもりのアスカにしてみれば、惚気てる、などと言われて黙っていられるはずもなく。

「誰が惚気てるってのよ!!」

となるわけだが。

一応現在は全ての授業が終わった放課後。

当然人の耳も多いわけで。

そんな中惚気がどうのなどと言った話を怒鳴れば当然クラス中の視線を集めることになる。

思わず顔を赤くして俯くヒカリ。

しかし、彼女の相方は常人ではない。

ギラリとしたアスカの視線が教室を一周すれば、離れていく視線、視線、視線。

(はぁ、凄いわね、アスカ)

ちらりと辺りを見渡せば、雪崩を打って教室を出るクラスメート達。

普通ならあんな対応をされればいったんは視線を外しつつも、チラチラと様子をうかがう物だがそんな様子を見せる物は一人も居ない、表面だけを見るなら放課後の寂れた教室だ。

若干一名、首を絞められている少年のことは速やかに記憶から消去する。

首を絞めているジャージの少年のことはやや苦い思いでいるしかなかったが。

そうじゃなくて、と軽く頭を振り、苦い思いだけは追い出し、アスカへの尋問を再開する。

「まあ、それは良いとして、アスカは碇くんと手、良く繋いだりしてるじゃない、何でいきなりそんな事言うの?」

「だ、だから惚気てるんじゃないって言ってるでしょ!」

小声で怒鳴るアスカ、意外に器用である。

「まあ、確かに良く引っ張ったりするけど・・・・・・」

そう言って考えこむアスカ。

繋ぐ、と言う言葉を使わない辺りが彼女の可愛らしさなのかしら、などと思いつつ、自分は隣を歩くのだって目一杯の勇気が居るのに、などとヒカリは理不尽な思いを抱く。

「そう言えば」

「なに?」

「右手を握ったのって、初めてかも・・・・・・」

意外と言えば実に意外な彼女の言葉に、脳裏の人物評価メモの惣流・アスカ・ラングレーの欄に実は古風?との評価を加えながら、右手と左手の違いを確かめるべく自らの両手を見比べ。

「!!」

「どったの?ヒカリ」

再び胡乱な物を見る目でアスカを見るヒカリ。

「ねえアスカ、ちょっと両手のひら出してくれない?」

その視線に引きずられたかの様に、おどおどと出された手のひら。

その白く、シミ一つない手のひらをじっくりと検分して行くにつれ、ヒカリの目がだんだんときつくなって行く。

「ねえアスカ」

絶対零度を体現したかのようなその視線と、奈落の底から響いてきたかのような声は、アスカの挙動を恐るべき圧力で封じ込める。

(こ、このプレッシャーは、参号機を乗っ取ったバルディエル、いやゼルエルクラスか!!)

かつてまみえし暴虐の使徒たちと同等以上の迫力に、ダラダラと冷や汗を流す以外に何もさせてもらえないアスカ。

しかも、プレッシャーは時間の経過と共に減るどころかますますその圧力を高めていく。

「アスカ、確か今も碇くんと同居しているのよね?」

(怖い!!)

怖い。そうかつて刃を交えた九体の白いエヴァ、それと戦ったときに感じた底知れぬ恐怖。

それと同質の物を目の前の少女から感じる。

「そ、そうだけど」

辛うじて言葉を紡ぐことに成功した自分の舌に感謝する。

自分の体の一部にこれ程感謝したことはかつて無かったことだ。

しかし、このプレッシャーは。

恐怖に震えながらも、アスカは自分の中の冷静な部分をかき集めて情報を整理し、推論する。

なぜ、目の前の少女がこれ程のプレッシャーを身につけているのか。

確かに気は強いが本質は優しくたおやかな彼女が、何故これ程のプレッシャーを発しうるのか?

「アスカは、家事とかやってる?」

「うう!」

動揺は完璧に抑えて見せた、そう思いこむアスカであったが、その目が一瞬泳いだのを、その口からこぼれた呻きを、ヒカリは見逃してはいなかった。

人物評価の以外と古風?にハテナマークを加えつつ重ねて問う。

「やってないのね?」

「そ、それは」

とっさに吐こうとした嘘も、そのプレッシャーの前には音にすらさせてもらえない。

(いいえ、違うわね)

そう、これはプレッシャーなどではない。

これは、これは。

(これは、後ろめたさ・・・・・・)

鏡を前にした猿は、鏡に映る己の姿を敵と思いこみ、攻撃するという。

(これは、それと同じ、ね)

洞木家の食卓を一人で切り盛りし、学校帰りにスーパーに寄り、食材を買ってゆく彼女を後目に遊び回る自分への。

そして何より、自分たちの家を切り盛りしていながら、自分たちがそれを当然としているために、ろくなねぎらいも得ることのない一人の少年にたいする。

自分の中に溜まっていたそれらの後ろめたさが、今改めてヒカリを鏡として映し出されているにすぎない。

ヒカリは、そんな自己批判の嵐に翻弄されるアスカをしっかりと見つめ、そして、差し出されたままになっているその白い手をぎゅっと握りしめる。

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

アスカの手を握りこむヒカリの手は

(ひいいいい、ざらざらしてるー、ごつごつしてるうー)

慌てて手を引っ込めようとするアスカだが、しっかりと握られた手は簡単にはほどけない。

しかも振りほどこうとすると、抵抗するためかますますゴツゴツが押しつけられてくる。

(ひえええええええ)

半ばパニックになりかけたアスカだったが。

(!?)

ヒカリの、暖かく、穏やかで優しい笑顔が、その混乱を一気に醒ましていった。

笑顔のまま、握っていた手を離してアスカの前に差し出す。

「ね、さわってみて」

促され、おっかなびっくりでその手を撫でさすってゆく。

十四と言う年齢の割には不自然な程ざらざらした手。

そして、右手の親指、中指と薬指の付け根、小指の先、左手の人差し指の側面にある堅いこぶ。

柔らかく、すべやかであって良いはずの少女の手に刻まれたそれ。

「酷いでしょ」

「そ、その」

とまどうアスカを余所に、穏やかな顔のまま言葉を繋ぐ。

「手がざらざらしてるのはね、洗剤のせいなの。お姉ちゃんも、ノゾミも皮膚が凄く弱いから洗剤とか手に付けられないの。だから洗い物は全部私がやっているんだけど、私もあまり皮膚、丈夫じゃないから、こんなになっちゃうんだ。

手のこぶは包丁とか、鍋を持つときにできるタコ。右手の小指の先が堅くなっているのはここで味見してるから。熱いまま食べるスープとかは煮詰まったり、冷えたりしたときに味、変わっちゃうでしょ?

だから、煮えてる時に味見したりするんだけど、時間がないときなんかね、ここでやっちゃうんだ。やっぱり熱い物に突っ込んじゃうとね、その時は良くても何度も繰り返すとこうなっちゃうのよ。

碇くんも、右手の薬指が堅くなってきたって笑ってたわ」

どうしてこんな風に笑えるんだろう、目の前の少女の屈託のない、それどころか本当に嬉しそうな笑顔を見て、アスカは何故か、不思議な感動にとらわれていた。

「これはね。これは幸せの年輪なの」

その時見せた彼女の笑顔は、とても綺麗で、とても暖かくて

「おいしいって言う一言、ごちそうさまって言う一言が、この手の皺の一つ一つを、タコの一つ一つを作ってるの。だからね、どんなにざらざらしていても私はこの手が好き。タコに覆われていても、いえ、だからこそ私はこの手を誇りに思う」

それは、その笑顔は、記憶の底に眠る愛する人の優しかった頃の姿に似て

「ママ」

心の底から、言葉がこぼれ落ちた。

「あああああ、ち、ちがうのよ!!」

一瞬の間の後、自分が何を口走ったのかを把握したアスカは、顔を真っ赤にして自分の言葉を否定する。

しかして綸言汗の如し、何気ない一言でも、口にした以上言葉は言葉。

取り消すことなど出来はしない、結果。

「だ、だからそのなんていうかその。そう! ヒカリがママみたいって言うかママって感じがするって言うか、ああああううぅ」

早口で誤魔化そうとすればするほどにどつぼにはまっていくことになる。

「な、ななななにをいうのよあすか」

十分以上の美少女が二人、見つめ合って顔を赤らめているのは、かなり怪しかった。



(アスカの手、綺麗だったな)

シミ一つない手に対するコンプレックスが無いわけではない。

いや、正直に言えば大きくある。

自分の手に対するコンプレックスは、想い人と未だに手を繋ぐことが出来ない事の一因になっていることは間違いない。

それでも




『うまい、うまいでいいんちょ』




この手が無ければ、想い人への一歩を踏み出すことは出来なかった。

「だから、私はこの手が好き」

「洞木さん」

「きゃ、あ、綾波さん?」

にへらっとした所へいきなり声をかけられ、慌てて振り向いた先にいたのは綾波レイ。

以前は鉄仮面少女などとも呼ばれていたが、今では表情を表すようになり、ヒカリにとっても大切な友人となった少女がいた。

「な、なに?綾波さん」

まあ、友人となっていても、その微表情ぶりには引く時があるのだが。

「無理にとは言わないけど、引用するときでも、一言声をかけてくれると嬉しい」

「へ?」

な、何を言ってるの? と声をかけようとしたところへ。

「じゃ、さよなら」

機先を制されひるんだ瞬間きびすを返して歩み去る。

「な、何だったのかしら?」

とまどうように呟くがしかし、彼女の思考は既に今日の夕飯へと向かっていた。




「ただいま」

突然絞められて痛む首をさすりながら家の扉を開けたシンジを出迎えたのは、肉の焼ける香ばしい香りだった。

(あれ?)

自分以外に食事を用意する人間が居ないと思っていた少年が、台所で見たのは嬉しそうに料理をしている。

「アスカ?」

おたま片手にもって焼き肉相手に奮戦していた少女はその声にばっと振り返り、一瞬の間の後その顔を真っ赤に染める。

手に持つおたまをずびしっ!とシンジに向けるアスカ。シンジに焼けた油や肉汁がかからなかったのは奇跡と言っていいだろう。

興奮のあまりおたまを向けたまま口をぱくぱくさせるアスカと、その後ろにある物を交互に見、とりあえずの現状を把握したシンジ。

「あの、夕飯、作ってくれてるの?」

ちょっと上目使いで、口調に不審そうな物が滲んでいるのは今までの少年の扱われ方からすれば当然であったが、張りつめたアスカを暴発させるには十分だった。

「な、なによ悪いっての!?」

(逆切れ無いでよ)

そう思うシンジであったがその言葉は飲み込んだ、こういう状態のアスカになにか言うことは状況を悪化させるだけでなく、危険であると知っていたから。

何より彼女の右手にあるおたまがあり、その背後に焼き物を乗せたフライパンがある状態では。それに、誰かに作ってもらう温かい食事を、久しく食べていなかったから。

「ありがとう、アスカ。でも焼き肉ならおたまより木製のターナーか菜箸を使った方がいいよ」

代わりにそう言うことにした。

なにより、嬉しさこそ、彼の本心だったから」

「一緒につくろ? アスカ、あまり料理とかしたこと無いでしょ? それに一緒にやった方が、楽しいと思うから」







あとがき



好きな人に、おいしいって言ってもらえること。ごちそうさまって言ってもらえること。料理を作った人にとって、これ以上の喜びはありません。

もしもあなたが、料理をしたことがない、包丁を持ったこともないそう言うならまず、小さな果物ナイフを買ってくることをおすすめします。

初めての相手は片手に乗るくらいの果物。林檎や、梨がおすすめです。苦労に苦労を重ね、手のあちこちを切りながら、いびつに切れた果物ひとかけ。恋人はもちろん、親、兄弟、姉妹、子供、祖父母など好きな人、大切な人と分かち合う感激それを体験すれば、毎日とはいかずとも、時には料理がしたくなりますよ。

手先が不器用? 大丈夫、見た目がいびつでもおいしければOK!味音痴? もしそうならアスカちゃんとシンジ君のように二人三脚での料理はいかが?

もしあなたに社会人の恋人が居るのなら。恋人が疲れた、もうダメって言うとき、ぱぱっと料理を披露してみては?

市販の物にちょっと手を加えただけの物でも人に作ってもらうのは嬉しい物、それが自分の恋人ならなおさらです。俺は男だから? なに言ってるんですか。

だからこそですよ。そう言うとき、自然に見せる気配りは、ポイント高いですよ?ま、そうやっても彼女に振られることはあるんですけど、ね。そうそう、作った後のゴミ捨て、洗い物は忘れずに。

それから、もしあなたに毎日の食事を作ってくれる人が居るのなら。出来る限り、その人と食卓を共にしましょう。その人は、貴方のために自分の時間を削ってまで、食事を用意してくれているのですからそして、料理はなるべく残さずに。

食後はありがとう、ごちそうさまおいしかったよを忘れずに。それから素直な感想も、甘い、辛い、酸っぱい、苦い、本音の勝負も大切です時には、食事の支度や、後片づけを手伝ったり、肩代わりしてあげましょうね


 AlkさんからSSを頂きました(^▽^)ありがとうございます

 普段気にしていなかったシンジ君の手、触ってみると家事の為にゴツゴツ、アスカちゃんこれにはびっくり。それをヒカリちゃんに話したら・・・ヒカリちゃん当然怒りますね(^^;)

 同じ主婦(主夫)だからわかる家事の手、アスカちゃんたまには手伝わないといけないですね。

 何も言わないシンジ君はアスカちゃんが『美味しい』と言ってくれれば満足なんでしょうね。でもこの先はアスカちゃんや二人で作っていくんでしょうね(ミサトさんは不参加でしょう^^;)

 家事に目覚めたアスカちゃんの焼肉を食べたい!と感想を送りましょうね。

 とっても素敵なSSをくださったAlkさんに皆さん感想を送りましょう。

 皆さんの感想が作者の力になります!一言でもよいから感想を書きましょう!!


SSroom-2

投稿:幸せの年輪