「起きなさいよ、バカシンジ!」

「――いだっ!?」

 誰かの声と、顔に受けた衝撃で目が覚めた。

「…なんだ、アスカじゃないか」

 まだぼけっとした頭で目を開けると、見慣れた顔の女の子が、腰に手を当てて僕を見下ろしている。

「なんだとはなによ!? せっかく可愛い幼馴染が起こしにきてるってのに!」

 僕のいつも通りの言葉に、アスカもいつも通りの言葉で返してきた。

「わかったよ…だからもう少し寝かせ――」

「いい加減起きろーーーーっ!」

 そしてこれもいつも通り、怒ったアスカによって布団を剥がされ、僕は渋々ベッドから起き上がることになった。






そらの短編:その1

曇りのち雪ところにより晴れ

written by そら@雪月風花






「さむっ」

 エレベーターを降り、玄関を出ると、外は強い風が吹いていた。

 ふと、頬に何か突き刺さった気がして頬を触ってみたけれど、別になんともなかった。

「ほら。さっさと行くわよ」

 前を歩くアスカが振り返る。アスカは女の子だからもちろん女子制服…つまりスカートを履いている。

「アスカ…寒くない?」

「寒いに決まってるじゃない」

 当り前とでも言うようにアスカが答える。

 いや、そういう意味で聞いたんじゃなくて、そんなに足出して平気なのか、と聞こうとしたんだけど…。

「ん? ああ。慣れよ慣れ。寒いからって男子みたいにズボン穿くわけにもいかないでしょ?」

 僕の視線に気づいたアスカがそう付け加える。さすが幼馴染。小さい頃から一緒にいるだけあり、アスカには僕の考えていることが分かるみたいだ。

「そんなことより、少しは急ぎなさいよ。アンタのせいで遅れそうだってのに」

「ま、まってよ」

 少し歩くスピードを上げたアスカに追いつくために、慌てて走って追いかけ、横に並ぶ。

 アスカの歩くスピードに合わせてスピードを落としたけれど、それでも競歩のようなスピードに、一段と風が体をうちつける。

 ブルッと一度身震いして、すぐにコートのボタンをいくつか留めてからポケットに手を突っ込む。

「…アンタ、あのぼろぼろのマフラーは?」

 ちらっと横目で僕を見るアスカ。よく見ると頬が赤くなっている。寒さのせいだろうか。

「捨てたよ。さすがにあれだけぼろぼろだとマフラーの意味ないしね」

「そ、そう…」

「?」

 何故かアスカはそれだけ聞くと、学校に着くまで話しかけてこなかった。

 ときより何か呟いていたけど、もしかして、アスカはあのマフラーに何か思い入れがあったんだろうか。




「やっと終わったわ〜〜」

 トウジは授業が終わると同時に机に突っ伏した。

「もうあかん…頭動かされへん…。初っ端から数学なんて聞いてへんわ」

「トウジはずっと寝てたじゃないか…」

 ケンスケは呆れたように肩を竦める。

「ところで昨日の番組みたかい?」

「手品のやつか?」

「それそれ。凄かったよなー」

「そうか? 胡散臭かったわー」

「ああいう番組は疑ってかからず、素直な心で見て楽しむもんなんだよ。なあシンジ?」

「そうだね」

 そんな二人と話しながら、ふと視界にアスカの姿が入ったので目で追うと、アスカはレイと何か話しているようだった。


「レイって、手先器用よね?」

「分からないけれど、一応手芸部だから器用か不器用かで言われたら、器用な方だとは思う」

「手芸部ってことは、編み物なんかもしたりするのよね?」

「ええ。ちょうど今日の部活で編み物をやることになっているわ」

「ほんと!? だったら――」



「シンジはどう思う?」

「えっ?」

 突然名前を呼ばれて視線を戻す。

「あの何のトランプを持っているか当てる手品だよ。トウジはイカサマだと譲らないんだよ」

「裏でどのトランプを選ぶか打ち合わせたに違いないわ」

「うーん…僕は――」


 トウジ、ケンスケと話しながら、僕は時々アスカと綾波の方を見た。

 いつものあまり表情の読めない顔の綾波に対して、少し楽しそうなアスカが印象的だった。




「やっと終わったわ〜〜〜」

 今日最後の授業を終えたトウジの最初の一言は、やっぱりいつもと同じだった。

「ほんじゃ、わいは用事があるさかい先に帰らせてもらうわ」

「僕も駅前のショップに行かないくちゃいけないんだ」

「うん。また明日」

「じゃあな〜」

「さよならさん」

 一足先に教室を出ていくトウジとケンスケ。

 鞄に教科書を詰め込みながら外を見ると、空はどんよりと曇り、今にも雪が降りそうだ。風が強いせいで窓ガラスもガタガタと揺れ、それを見て朝の寒さを思い出す。

「シンジ」

 声の聞こえた方を向くと、アスカが鞄を持って教室の出入口に立っていた。傍には綾波もいる。

「ちょーっとレイの部活見学していくから先に帰ってて」

「うん。分かった」

「じゃ、じゃあね!」

「碇君。また明日」

「うん。また明日」

「そ、それじゃ行くわよ」

「ええ」

 綾波が挨拶を終えたところで、アスカは綾波を連れて教室を出ていった。

 アスカと綾波が見えなくなってから、再び窓の外を見る。ちょうどトウジとケンスケが昇降口から出て来たところのようで、二人は強い風に体を縮こまらせながら校門目掛けて走って行く。

「さて、僕もそろそろ帰るか」

 自分に言い聞かせるように呟き、鞄を持つと、まだ少し生徒の残る教室を後にした。




「シ〜ンジっ」

「うわっ!」

 昇降口で靴を履き替え、いざ極寒の地へ足を踏み出そうとしたとき、突然後ろから抱きつかれた。

 後ろから首に腕を回して抱きつかれているので、少し苦しい。

「今日は一人なんだ」

「マ、マナか。あれ、今日部活は?」

「休み。そういうシンジは、一人でどうしたの?」

「トウジとケンスケは何か用事があるって先に帰った。アスカは手芸部を見学だって」

「手芸部? あ、レイの部活ね」

「と、ところで。そろそろ離れてほしいんだけど…」

「あ、ごめんごめん。苦しかったよね」

 マナは僕から離れると、隣に立った。

「とりあえず、歩きながら話そっか」

「うん」

 頷いてから、僕はゆっくりと昇降口の扉を開く。

「「さむっ」」

 二人同時に同じ言葉を呟いたので、少し可笑しくなって僕とマナはお互いを見て少し笑った。


 風が収まった頃合いを見て、僕とマナは学校の昇降口を出た。

「手芸部見学ね〜…アスカってよく手芸部にはお邪魔するの?」

「よく、ではないけど、時々」

「ふーん…」

 帰り道を並んで歩きながら、マナは顎に手をあてて何か考えるようなそぶりを見せる。

「どうしたの?」

「ん、ちょっとね…なるほど、そういうことかぁ」

 何か納得したらしく、マナは数回うんうんと頷く。

「ん、あれ。シンジその手袋」

「これ?」

 鞄を持った手をそのまま胸のあたりまで持ち上げる。

 僕の手を包む手袋は先日捨てたマフラー同様ぼろぼろで、元々は全ての指を包むはずのものが、第二間接先より先がなくなって指が出てしまっている。

 正直これもマフラーを捨てる時に一緒に捨てようか悩んだけど、結局捨てずに取っていた。

 けれど…

「それ、手袋の意味あるの?」

「ない…かも」

 残っている手の甲の部分でさえ隙間があき、風が容赦なく入ってくる。手袋として役に立っているとは正直思えない。

 …捨てるべきかもしれない。

「物を大切にするのはいいことだけど、もうちょっと見た目気にした方がいいかも」

「う、うん。そうだね。新しいの買うことにするよ。ちょうどマフラーもないことだし」

「それはだめっ!」

 マナが顔を近づけて力強く否定する。

「え…?」

「いいから、ダメなものはだめっ。いい?」

「あ、う、うん…」

 いつも笑ってるマナからは想像もできないくらい真剣な表情に、僕は反射的に頷いてしまった。

 でも、どうしてだめなのだろう…?

「理由はすぐに分かるから、もう少し待ってあげて」

「わかった」

 頷く僕に、マナはいつもの笑顔で答えてくれた。

「…うーん。そうなると私も綾波さんにお世話になるしかないかなぁ…」

「どうして?」

「え? …あ。こっちの話こっちの話」

 慌てたように、マナが両手を顔の前で振る。

「ふーん…。あ、そういえば昨日何のテレビ見た?」

 疑問が残るけど、あまり詮索するのも悪いので話を変えることにする。

「…ホント、シンジは鈍感なんだから。普通ならバレてもおかしくないのに…」

「マナ?」

「え? あー。昨日の番組ね。たしか…」

 マナが答えようとしたとき、ふいに視界に白い物が映った。

「雪だ…」

 空を見上げると、綿のような白い雪が視界いっぱいに降り注いでいた。

「道理で今日は寒いわけだ」

 ちらりと隣を見ると、マナも同様に空を見上げていた。

「今年も、あと少しで終わりだね」

 今日は12月15日。あと1ヶ月もせずに新年を迎える。

「うん…あ、今年はクリスマスどうするんだろう?」

「いつも通り、みんなで集まってパーティするんじゃないかな?」

「去年はどこでやったんだっけ?」

「綾波さんの家。ほら、酔ったアスカとトウジが夫婦漫才を始めて…」

「ああ。あれは面白かったよね」

 去年のクリスマスパーティのことを思い出して笑みがこぼれる。

 今年も楽しいクリスマスになればいいと思う。

「クリスマスといえば…今年はプレゼントどうしようかな」

 クリスマスパーティでは、各自プレゼントを持ち寄ることになっている。

 今年は何を持っていこう。

「マナはもうプレゼントは決めた?」

「うん。さっき決まった」

「さっき?」

 今までのやりとりで、何かプレゼントになるヒントでもあっただろうか?

「教えてほしい?」

 マナが少し意地悪そうな顔をする。

「…出来れば」

「ふふーん。…ないしょっ」

 そう言うとマナは走り出し、少し前の住宅街の交差点で立ち止まりこちらに振り向く。

「それじゃ、また明日ね。シンジ」

「うん。また明日」

 マナは笑顔で手を振りながら角を曲がって走り去った。

 マナが見えなくなるまで見送ったあと、僕はマナとは別の道を歩き始める。

「プレゼント…どうしようか」

 もうすぐやってくるクリスマスに思いを馳せながら、プレゼントは何が良いか考える。

 空からは雪がまだ降っていたけれど、あまり寒さは感じなかった。


コメント

 こんにちは、そらです。
 久しぶりにエヴァSSを書いてみました。
 久しぶりのエヴァSS、しかもいつもは長編を書いていて短編なんてほぼ初めてでしたが、いかがでしたでしょうか?
 短編ということで、設定などそういったものは全てなし。ほのぼのとした、なんてことはない日常を書きました。
 
 感想等あればよろしくお願いします。


 そらさんからSSを頂きました(^▽^)ありがとうございます〜

 クリスマス間近の寒い日にシンジ君がいつも巻いていたマフラーが無いのに気付くアスカちゃん、流石毎日見ています(笑)

 シンジ君の為に手芸部へ見学に行くアスカちゃんに手伝うレイちゃん。そしてマナちゃんもアスカちゃんの目的を察して協力してくれていますね。

 とっても素敵なSSをくださったそらさんへ感想を送りましょう。

 そらさんのHPはこちら!「雪月風花

  皆さんの感想が作者の力になります!一言でもよいから感想を書きましょう!!


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投稿:曇りのち雪ところにより晴れ