転呪(てんじゅ)の術 





「乱馬に呪い?」
「ハッピーがかけたらしいね、あかねも様子見に行くか?」
「っていうか、家でしょ?」
「あ、そあるね。」

 あかねは近くの商店街にお使いにきていた。
たまたま出会った珊璞と慌てて天道家に向かう。


 道場に行くと、そこには右京と小太刀がいた。
どうやら八宝斉に呼ばれたらしい。

 乱馬はその八宝斉を縛り上げ、詰め寄っていた。

「おれに何の呪いかけたんだよ?」

 こころなし乱馬の顔色が悪いように感じられる。

「乱馬にかけた呪いは・・・12時間後に死に至るという禁断技・・・。」
「じっ、じじい、てめー!!」
「まさか本当にかかるなんて思わんかったんじゃ。」

 乱馬は八宝斉をさかさ吊りにする。

「いいから、早く解きやがれ。」
「それがのー・・・。」
「まさかまた、解き方も知らねーのにかけたって訳じゃ・・・。」
「・・・・・・知らん。」

 相変わらずの八宝斉に全員が苛立つ。

「こーの、くそじじい!」

 乱馬は腹いせに、サンドバッグのように八宝斉を殴る。
さすがに耐えかねた八宝斉は慌てて口を開いた。

「お、思い出したからやめちくり〜!」

 乱馬の手が止まる。

「本当だな、適当なことぬかしたら・・・。」
「キスじゃ。」
「はぁ?」
「呪いをとくには、女の子にキスしてもらうんじゃ。」

 それを聞いた珊璞、右京、小太刀は一斉に目の色を変えて乱馬に襲いかかる。

「うちが呪いといたる」
「乱馬ー、キスするよろし」
「おーほっほっほっほ・・・私が乱馬様をお救いいたしますわ」

 乱馬は3人に押さえ込まれながらも必死に抵抗する。

「じ、じじい、てめぇ、最初から知っててこいつら呼んだんだな?!」
「でへへへー、おもしろくなってきたのー。」
「・・・・・・ばっかみたい。」

 あかねはその場から立ち去ろうとしていた。

「おお、もう一つ忘れとった。」

 八宝斉の言葉に一同、動きを止める。

「キスしたものに転呪するんじゃった。転呪、即ち乱馬の代わりに死ぬということじゃ。
 浄化という術の使える者でなければ、呪いはとけん。浄化が使えるかどうかは、キスして
 みないとわからんがのう。」

 さっきまでもめていた3人が慌てて乱馬から離れる。

「お、おばーちゃんに他の解き方ないか聞いてくるね、再見!」
「うちも家の秘伝書調べてくるわ、あとでな!」
「私も家宝を見てまいります、おさらば!」

 蜘蛛の子を散らすように去って行った。



「なんじゃなんじゃ、意外とみんな冷たいのう、乱馬よ。」
「うっせーよ、だいたいなぁ、もとはと言えば・・・。」

 乱馬の前にあかねが現れる。正直びびった。

「あ・・・あかねっっ! 聞いて・・・た?」

どうか聞かれていませんようにって、祈る。

「乱馬。」
「な、何だよ・・・・・・。」
「・・・・・・いいよ。」

 そういうとあかねは顔をつきだし、瞳を閉じていた。

「いっ・・・!!」

 乱馬は焦る。
無防備なあかねが目の前にいて、キスしていいと言っている。
え、いいの? そう言いそうになる乱馬。
無意識にあかねの肩に手を添える。
あかねが乱馬の手をぎゅっと握りしめた。

「いやじゃいやじゃ、あかねちゃん、死んじゃいやじゃー!!」

 八宝斉の声ではっと我にかえる。
 そ、そうだった、転呪したら、あかねが死ぬんだ。あかねが・・・死ぬ?  冗談じゃねぇ!

「ほ、他の奴ならともかくなー、あかねとだけはできねぇよ!」

 そう言い放つと乱馬はあかねの手をふりほどき、距離をおく。




わたしとだけは嫌なの?

 胸の奥がずきっと鈍く痛む。

「おれが、あかねとキス? 冗談だろ、んなことできっか!」

 あかねは乱馬の腕を掴んだ。

「なんで? わたしのこと嫌い?」

 あかねの瞳が少しだけ潤む。

「あー、もういいから、おれのことは放っておいてくれ。」

 そういってあかねの手を振り払った瞬間、あかねの瞳から大粒の涙が一粒こぼれた。
腕の間から見えたあかねの悲しげな表情。

「・・・・そうだよね、嫌だよね、嫌いな女となんかキスできないよね。
 わかった、ごめん、気づかなくって・・・。」

 そういう頃にはあかねの瞳は涙で溢れていた。
乱馬はあかねの瞳を見れず、うつむく。

 あかねには乱馬のその様子が、自分を拒絶したと映る。
いたたまれないあかねは道場を出て行った。

こんなに嫌われていたなんて・・・好かれてはないって思ってたけど、
わたしだけは、わたしとだけは嫌なんだって・・・。


「あーあ、泣かして。」
「うるせー。」

どうせ、おれはもうすぐ死ぬんだし、あかねに嫌われてた方が、おれも諦めつくし・・・

そしてそのまま時は過ぎ・・・・・・。

「後15分か・・・乱馬、頼みがある。」
「何だよ、じじい、真面目な顔して。」
「女になって、最後にその胸に抱いておくれ〜。」

バキッ

八宝斉はぐるぐる巻きのまま、蹴り飛ばされた。道場の天井を破って飛んで行く。

「もう、帰ってくんなよ! おれがいねーからってあかねにだけはちょっかいだすんじゃ、」
「乱馬。」

 急に名前を呼ばれて乱馬は驚く。
振り返るとそこには、見知らぬ少女が立っていた。

「?」

 髪が長く、化粧をしていて、とてもきれいな女の子だった。

「乱馬・・・キス、してあげる。」
「え゛!」

 乱馬は固まる。

「黙ってて・・・。」

 少女の顔が乱馬に近づく・・・。

 乱馬は、はっとした。あかねだ。

「おめー、何のつもりだ。」
「・・・え?」

 乱馬は髪を引っ張った。するりと、長い髪のウイッグは外れる。

「あっ。」
「ばればれなんだよ、変装すんなら、もちっとなー。」
「・・・あーあ、失敗しちゃった。上手くいくと思ったんだけどな。」

 あかねは乱れた髪を手櫛で梳かす。

「ったくよー、おめー何のつもりなんだよ、何でここまですんだよ?
 あかねに呪い移るんだぞ?死ぬんだぞ?」
「乱馬に、死んでほしくないから。」

 乱馬の胸が鳴る。

「だけど、あかねが死んじゃうんだぞ!?死ぬんだぞ?」
「わたしはいいの。乱馬に生きててほしい・・・。」

 あかねは真摯な眼差しで乱馬をみつめる。その瞳に恐怖はない。

「キス・・・していい?」

 あかねは乱馬に問う。

「・・・・・・。」

 こんな場合じゃなかったら、あかねに迷わずキスしているだろう。
だけど、だけど・・・。

「だめだっ、やっぱ、できねー!」

 乱馬は顔をそらした。

「えっ」

 あかねは青ざめる。

「そ、そうだよね、見かけ変えたら、わたしじゃないと思ってしてくれるかなって思ったけど、
 見かけ変えてもわたしはわたしだもんね。」

 涙声で一気に話す。


乱馬の拒絶が・・・痛かった。


「あかねだけは死なすわけにはいかねーから!!」

 突然叫んだ乱馬にあかねは驚く。その声に、その言葉に。

「え!?」

 乱馬はさっきとはうって変わって小さな声であかねに話す。

「あかねに転呪はできねー。あかねを死なすことはできねー。
 あかねに・・・生きてほしいから、だから。」
「乱馬・・・・・・。」
「おれ、あかねがいなかったら生きてっても意味ねーよ。だから・・・
 あっち、行けよ。最後くらいおれに格好つけさせろよな。」

 乱馬に後悔はなかった。乱馬はあかねに背を向けて立つ。

 あかねの気配が向こうへ移動して行くのがわかる。

これで、いいんだ。これが、いいんだ・・・

「わたしだって、乱馬が生きてなきゃ、生きてる意味なんて見出せないよ!」

 突然、背後から駆け寄られ、抱きしめられ乱馬はバランスを崩す。
顔が強引に引き寄せられたと思ったら、唇に柔らかく暖かい感触。

「・・・・・・。」

 そっと目を開けるとあかねがいた。

やばい!キスしてる?

 乱馬は慌てて唇を離す。

 あかねの身体の力は抜けていた。首が前に傾く。手に力もなく、自力で立ってもいない・・・。

「あ、あかね、あかね!!」

 身体を何度も揺さぶりながら、何度も何度もその名を呼ぶ。

「嘘だろ・・・嘘だ・・・。」

 乱馬の目には熱いものがこみあげていた。
あかねを抱きしめたまま、へたへたと床に座り込むと、生き返ってほしいと願い、あかねと唇を重ねる。
ひょっとしたら、おれに呪いが戻るかもしれない!

「・・・・・・ん。」

 あかねが声をあげた。

「あかね?」

 聞き間違いではないのか? 乱馬は確認する。

「・・・ん、ん・・・。」

 あかねの身体に力が戻っていくのがわかる。

「あかね。」

 あかねがゆっくりと瞳を開けた。

「ん・・?乱馬? あれ、泣いてるの?」
「ば、馬鹿やろー、おれが泣くわけねーだろぉがっ。」
「でも・・・。」

 いいかけてあかねは止めた。

そんなことどうでもよかったから。
乱馬がわたしを大切に思ってくれいることがわかったから・・・。

「あんまり無茶しちゃ駄目だぞ、心配かけちゃ駄目なんだからな。」
「う、うん。わかった。」

 乱馬はあかねを優しく抱いた。
生きているのを確認しているかのように。








                          =おしまい=


呟 言

転呪と浄化・・・この話しが何に影響されて作られたか解る方がいたら、
私の名の由来もきっとわかると思います。
ちなみにひょう、前は雹と名乗っていたり。
とある漫画なんですけど、知っている方いらっしゃるかしら?
多分いないとは思いますけど。               ひょう


>>>もどる