すーすーす   後 編





 台所であかねの湯飲みにお白湯を入れていると、
かすみおねえちゃんが行ってた買物から戻ってきた。

「あかね、どうかしたの?」
「風邪引いて、熱があって・・・。」
「まあ・・・そうなの。だったらおかゆ、作らなきゃね。
晩御飯の用意が済むまで、あかねのこと、お願いね。」
「はい。」

 薬を持って、あかねの部屋に戻る。
身体を支え起こそうとする腕を掴まれた。

「・・・・・・。」

 口を開けて、声を出そうとしてるけど、何を言ってるか、わからない。

「声、出ねぇのか?」

 力なく頷く。

 さっき 自分が取った態度を、心底後悔した。
もっと、やんわりした言い方すればよかったってそう思う。
風邪のせいもあるんだろうけど、八割方、おれと口聞くの嫌がってる気がした。

 じっと、目を見る。
あかねも、じっと、おれを見つめた。


「・・・・・喉、渇いたんだな?」

 大きく一度、頷いた。

「待ってろ。」



 その後も、あかねがおれを見る度に何故か あかねが何を欲しているか、不思議とわかった。
あかねのこと、なんでもわかる気がして、優越感みたいなものに こころ満たされていった。






 夜になって、かすみおねえちゃんが部屋に入ってきた。

「あかね、大丈夫?」

 手にはお盆。その上には小さな土鍋を乗せていた。
言っていた、おかゆを作ってもってきたようだ。

 あかねの身体を支え起こす。

「少しでいいから食べて、お薬、飲みなさいね。」

 あかねはお盆を受け取り、膝の上に置いた。

「乱馬くんも、ご飯食べてきたら? 私、ここにいるから。」
「あ・・・そうします。」



 居間にいき、いつもの席に腰を降ろす。

「いただきます。」


いつもどおりの飯だけど、ただひとつ違うのは隣に座るあかねがいないこと。
埋まらない空間。
あかねじゃないと、埋められない、空。


 急いで飯を済ませてあかねの部屋に行く。

「ちゃんと飯、食ったか?」

 しゃべれないあかねの代わりにかすみおねえちゃんが返事をする。

「少しだけど、ちゃんと食べたのよね。薬だって、飲んだし。」
「・・・・・・。」

 赤い顔のまま、首を動かす。

「そっか。」
「・・・・・・。」

 安心してるおれの顔を、あかねは焦点の合わない瞳で見つめた。

ついさっきまで、あかねがなにを言いたいのかわかってたのに、わからない。

「なんだよ。」

 いらいらした気持ちが声になってた。

 あかねの悲しそうな眼差し。
だけど、それは・・・わからないから ではなかった。
近くに置いていた、ノートにゆっくりとなにかを書き、こちらに向けた。


  もう来ないで。


「なっ、なんだと!」

 虚ろだけど真っ直ぐな瞳。

「・・・・・・。」

 耐え切れなくて背中を向けた。

「あーそうかい、わかったよ。んだよ、散々世話させといて。」

 ドアを乱雑に開閉して部屋を出た。



本当はわかってる。
うつさないようにって、気を遣ってくれてることくらい。
でも、なんだかそれが、やけによそよそしくって、
すごく、他人行儀な気がして、疎外されたみたいで、
こんな時だから、そばにいてやりたいって、おれは思うけど。
あかねは、こんな時には・・・そばにいてほしくないのか?





「あかね、もう大丈夫みたい。声も出てるし、熱も引いてるわ。」

 翌朝、かすみおねえちゃんが、落ち着かないおれを見透かして、あかねのことを教えてくれた。

「あかねに薬、持っていってくれる?」
「え・・・。」


「はい。」
 有無を言わさず、お白湯の入った湯のみと薬を手渡された。


 そわそわしながら、ドアを開ける。

「大丈夫か?」

 あかねは上半身だけ起こしていたが、おれの顔を見るなり布団に潜り込む。

「な、なぁに?」

まだちょっと、がらがらした声。

「なぁに? じゃねぇよ・・・薬。」
「そこに置いといて。」
「・・・んだよ、訳わかんねぇ。」

 あかねのかぶっている布団を剥いだ。

「あっ、駄目っ。近づかないで!」
「なんで?」
「・・・・・・。」
「ちゃんと言えよ。」

 あかねは身体を起こし、仕方なさそうに、話し出した。

「だって、お風呂入ってないし、熱、出てたから、顔とか髪とかべたべたしてて。」

・・・くっっだらねぇ。

「そんなん気にすっかよ。」
「乱馬が気にしなくったって、わたしが気になるの。」
「おれの前で格好つけんなよな。」

無理されてるみたいで、やだなって思ったから。

「・・・でもね、やっぱり・・・乱馬だから、気を張っていたいの。」
「おれの前では。」
「気、抜けないんじゃなくて、抜きたくない。乱馬の前では、きれいでいたい。」
「・・・別にいつもと大して変わりゃしねぇよ。」
「え。」
「んだよ。」

遠まわしに、褒めてるんだけど・・・な。

「・・・風邪、うつしたくなかったし。」
「おれにうつして、あかねが楽になるんなら。」
「ううん、楽になんかならない。乱馬が苦しむのがもっと辛いもん。」
「そんときゃ、あかねが献身的に看病してくれたらいいさ。」
「え・・・。」
「ただし、おかゆは作んなよ。」
「なによ、それっ。」

 ぶすくれた表情が生き生きしてみえて、途端、嬉しくなる。

「な、ここ、いていいか?」
「・・・いてくれるの?」

 ベッドの枕もとに背をつけ、床に座る。
顔を見ないようにと、一応、気遣う。

「病み上がりなんだから、ちゃんと寝てろよ?」
「うん。」

 あかねは、おさげを掴んだ。

「こ、こら、なにすんだよっ!」
「・・・ひとりにしちゃ、やだからね?」
「わかったから、離せ。」
「やだ。」
「・・・・・・。」
「いや?」
「別に。」

 体温なんか伝わるはずないけど、あかねの温もり、ちゃんと伝わってくる。

やっぱり、隣にあかねがいないと、
おれの隣には、あかねがいないと、

いつの間にか、あかねは静かな寝息をたてて眠っていた。

掴んだ温もりはそのままで。











                              =おしまい=

呟 言

なるとっちさまにして頂いたキリリクを元に書かせて頂いた物の続き。
ううーんって首傾げられそうな気がしなくはないような、
それでいてどことなく、ありがちな感じもしつつ・・・。
あかねちゃんの微妙に揺れる乙女心のようなものをちょいだしつつ。
出てるかどうかは相変わらず謎。相変わらずよね、本当本当。

いつも隣にいるあかねちゃんがいなくって、
乱馬くんの隣がすーすーするって感じを・・・って、方言思っきりタイトルにしちゃいました。
実際、文中に入れようかと思ったくらいの話だったりで。
というか的確な標準語がわからなかったというのが、本当のところ。
寝息みたく聞こえるし、なんとなくだからいいか・・・いいの? いいの!
ってことで、盗っ人なみにとんずら。。。ごめんなさいでしたっ!    ひょう

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