雪 一片(ひとひら)





「きゃっ!」

 わたしたちは、家族みんなでスキーに来ていた。

 後から乱馬を追ってきた、シャンプーと右京が乱馬に付きまとっていて、
本当は一緒にいたいけど・・・近くでべたべたしてるの見たくなかったわたしは、
少し離れたところでひとり滑っていたんだけど・・・。

「乱馬ー!」
「危ねぇから、近づくなって。」

 目の前に出てきた乱馬たちの姿に、気をとられてしまったわたしは、
出来ていた窪みに引っかかり、転んでしまった。

・・・馬鹿みたい。

 立ち上がる気力すらなく、その場にしゃがみこんだまま、スキー板を外す。
その姿が、自分から見て・・・心底惨めに思えた。


「どじだな・・・大丈夫か?」
「え?」

 顔を上げたら、乱馬がそこにいて、手が差し出されていた。
その手を掴む。

「へ、平気・・・痛っ。」

 立ち上がろうとしたら、足首に激痛が走った。

「・・・おめー、足・・・。」
「・・・・・・。」

 どうやら、足を捻ったらしい。

「ほら、肩。」
「う・・・うん。」

 促され、わたしは乱馬の肩に腕を回す。
乱馬もわたしの肩に腕を回してくれた。
膝を下げて、背を合わせてくれてる乱馬の顔がいつもよりも、ずっと近くで恥ずかしい・・・。

「ごめんね。」
「今にはじまったことじゃねぇだろ。」
「うん。」

 ぶっきらぼうだけど、優しい言葉に、わたしは足の痛みを忘れる。
それに、転んだわたしのことにすぐに気がついて、そばに来てくれた、その態度が嬉しかった。

「とりあえず、湿布かなんか貼ってもらわねぇとな。」

 スキー場の一角に設置してある、医務室のようなところに、わたしと乱馬は向かう。
そこには大きなストーブがあって、ドアを開けると中から暖かい空気が流れてきた。
ストーブの周りに置いてある椅子に何人か、同じように怪我した子たちがいて、
その奥にある机の前に先生がひとり座っていた。

「すみません。こいつ、足首捻っちゃったみたいで、診てもらえますか?」
「それじゃ、ここに座ってください。」

 椅子に座り、痛む足首を先生はてきぱきと手慣れた様子で調べる。

「軽い捻挫のようですね。湿布を貼っておきますが、帰ったらちゃんと病院の方に行って下さい。
 あくまでも、仮処置ですからね。それから、
 痛みがとれるまでは、無理に動かそうとせず安静にしていてください。」
「はい。」

せっかくなのに・・・残念。

「ね、乱馬。」
「あー?」
「・・・わたし、ここにいるから、乱馬、滑っておいでよ。」
「いいよ、別に。」
「せっかく来たのに、もったいないじゃない。」
「・・・・・・。」

 乱馬は急に黙り込み、わたしの顔を見る。

「どうか、したの?」

気に触るようなこと、言っちゃったかな。

「おれは・・・。」

 話し出そうとした乱馬の元に、置いてきた二人が慌てた様子で駆け込んで来た。

「まだか、乱馬?」
「・・・あかねちゃん、足。」
「捻挫しちゃったみたいなの。」
「それじゃ、スキーは無理やね。」
「うん・・・。」


「すみませーん、怪我しちゃったみたいで。」

 ドアが開いて冷たい空気が部屋に流れこんできた。
わたしたちの視界に、怪我をして運び込まれた女の人とその彼氏が入る。
しっかりと抱っこされてて・・・憧れて、羨ましいって思った。
そう思う気持ちは皆同じらしく、わたしも二人も見惚れていた。


「あかね、ほっとく訳にもいかねぇから、おれはここに残るよ。」

 乱馬の言葉に、はっとする。

「い、いいってば。それに、ほら。ここ、暖かいし。」
「関係ねぇだろ。」
「わたしのことは、いいの。」
「そうね、乱馬。あかねのことは放っておいて、せっかく来たから滑るね。」
「あかねちゃんも、こう言うてくれとる訳やし。」
「だから、おれは。」
「気をつけてね。」

 話を聞く耳を持たない素振を無理にして、乱馬たちを外に追い出した。





「乱馬ー、私、足捻ったみたい。医務室連れてくね。」
「ったく、しゃーねぇな。」




「すみません。」

 ドアが開いて、乱馬の姿が見えた。
ストーブの前で黙って椅子に座ってたわたしは、途端に嬉しくなる。
ああは言ったけど、本当はひとりだけここに取り残されてる疎外感に押しつぶされそうだった。
治療を受けてるカップルの仲むつまじい様子がちらついて、余計に寂しく感じてたから。

「乱馬、どうかしたの?」

 乱馬の姿に唖然とした。その腕の中に、他の女の子の姿があったから。

わたしのことは抱っこしてくれなかったのに?

 乱馬の特別になれない、自分が悲しく思えた。


「ったく、今度はシャンプーだぜ。」

 乱馬はシャンプーの身体を降ろし、先生の前に座らせ、雪にまみれた身体を叩きながら、こっちに来た。

「大変だね。」

 ストーブを見たまま、返事をする。

「本当だぜ。こんなんじゃ、おれの身体いくつあったって足りやしねぇよ。」

 乱馬が手をかざした時、今度は右京がドアから顔を覗かせた。

「乱ちゃん、はよ滑ろうや。」
「・・・いいよ、もう。なんか嫌な予感するし。」
「そんなん気のせいやって。」
「行ってきなよ。」
「え?」
「シャンプーのことは、わたしがいるから大丈夫。」
「・・・・・・。」

 隣にいてほしくなかったから・・・わたしは乱馬に行くように促した。




「乱ちゃーん!」
「・・・やっぱりかよ・・・。」


 再び乱馬の姿。きっとその腕には・・・・・・やっぱり。

 ずしりと、胸に重りがかかる。


「お疲れさま。」
「全くもって勘弁してほしいぜ。ったく、おれをなんだと思ってやがるんだ、あいつら。」
「・・・・・・。」

 あいつらに、わたしは入ってないんだなって思ったら、何も言えなくなる。

「乱馬に抱っこされたいんだよ。」
「はぁ?」
「・・・なんでもない。」

乱馬にしてみたら、すっごく馬鹿らしくてどうだっていいことなんだよね。
でも、抱っこなんて、きっとこんな時じゃないとしてもらえないと思うし。

 わたしは意を決し、お願いすることにした。

「あの、乱馬。」
「ん?」
「えと、部屋に戻りたいんだけど・・・。」

 乱馬を見つめる。

わかってくれるかな?

「わかった。連れてくよ。」
「ありがとう。」

よかった。

「ほら。」
「え。」

 乱馬は肩を貸す動作を見せる。

「あ、あのね、その、だから・・・。」
「どうかしたか?」

 その表情は白々しさなどなく、至って普通。当然だろって、そう言ってる。

「ううん、何でもない。」

 抱っこしてって言ったら、きっと・・・拒絶されそうな気がしたから・・・だから、言わない。

「あ、乱馬、わたし先に連れてけ。」

 隣の椅子に座っていたシャンプーが、もたついていたわたしたちに話し掛ける。

「いいか? あかね?」
「うん。」

 わたしは椅子に座りなおした。

「悪いな。」
「ううん。」

 乱馬はシャンプーを抱きかかえ、そのまま部屋を出ていった。
わたしはその後姿を、羨ましい気持ちでじっと見つめていた。





 乱馬が戻って来た時、わたしはまともにその姿を確認できなかった。

見るのが怖い。

「待たせたな。行くか?」
「うん。」

 乱馬が肩に腕を回す。わたしは当然のように、腕を背中に回した。
びっこを引いて、足に負担をかけないように歩こうとするけど、
乱馬に委ねられない身体の重さに、その足は痛み、身体は安定しない。

「・・・っ。」
「痛むのか?」
「・・・・・・。」

 小さく頷くけど、乱馬は肩を引き寄せようとするだけ。

どうして、抱っこしてくれないの?
そんなに嫌?
・・・頼んだら、わたしが頼んだらしてくれる?

「・・・乱馬。」
「どうかしたか?」
「お願いが、あるの。」
「なんだよ。」
「・・・抱っこ。」
「え。」
「抱っこしてほしい。」
「・・・・・・。」

 乱馬は立ち止まる。わたしも必然的に足は止まる。

「なっ、なに言い出すんだっ!」
「・・・・・・。」
「ば、ば、馬鹿言うなよ。おめー、自分の体重とかわかってんのかよ。
 肩貸すだけでも、相当負担かかってんのに、この上、抱っこだ? おれを潰す気か。」
「・・・冗談よ。冗談に決まってるでしょ。ちょっと言ってみただけ。」
「お、脅かすなよ。」

 わかってたけど、乱馬の拒絶は痛かった。


 だけど、少し歩いた先でわたしの足はあまりの痛みに動かせなくなる。

「お、おい・・・。」
「・・・・・・。」

 仕方なく、医務室に戻り、もう一度よく見てもらうことにした。

「うーん・・・ここでは応急処置しかできないから・・・。
 これだけ痛むってことは、ひょっとしたら骨にひびが入っているのかもしれない。
 一応、当て木をしておきますが、絶対無理に動かしたりしないようにね。」
「わかりました。」

 足首を固定され、わたしはベッドから降りる。
乱馬は当然のように、わたしに肩を貸す。

「あ、そんなんじゃ駄目ですよ。足を動かさなくていいように、抱きかかえるとか、おんぶするとか・・・。」
「え。」

 乱馬の動きが止まる。

「いいんです、わたし、重いから、乱馬、わたしのこと抱っこできないんです。」
「それなら、僕が部屋まで抱きかかえて行こう。」
「え。」

 お医者さんはよく見たら、まだ若くて身体もがっちりしていた。

「こんなことしてるけど、スノボとか診療の合間にやっててね。
 体力には自信あるし、 女の子抱きかかえるくらいのことは出来るから。」
「でも、わたし、重いですから。」
「見た感じ、そんなことなさそうだけど?」
「・・・じゃあ、お願いします。」

 そう言って、わたしがお医者さんに身体を預けようとしていたら、乱馬が横から割り込み入る。

「おれが連れて行きますから。」

 乱馬はわたしの身体を抱きかかえた。

「い、いいよ。重いから、降ろして。」
「お世話になりました。」

じたばたもがくわたしを抱えたまま、乱馬はお医者さんに一礼し、医務室を後にした。

「・・・重いんでしょ? 無理しなくていいから。」
「・・・んなこと、ねぇよ。」
「だったら、どうして抱っこしてくれなかったの?」
「そ、それは・・・だから。」
「やっぱり、嫌だった?」
「そうじゃなくって、あかねを抱きかかえたら・・・離れたくなくなるから。」
「・・・・・・。」

真っ直ぐ前を向いたままの乱馬の表情はここから窺い知ることは出来ないけど、
でも、その言葉の真意を、わたしは容易に想像できた。

「だったら、離れなくっていいじゃない。」

わたしの言ったひとことに、乱馬は顔を赤らめる。

「それって・・・どういう・・・。」
「え? なぁに? 聞こえない。」

わざと聞こえないふりをする。

さっきまで、すごく不安でたまらなかったんだから。
ちょっとくらい、乱馬に意地悪したかった。

「あ・・・いや、うん。そだな。帰るまでは、このままな。」
「うん。」

乱馬の掌に力が入るのを感じながら、わたしも乱馬の首に回した腕に力を込めた。
出来る限り近くに感じていたいから。
触れる身体も、その奥の気持ちも。







                             =おしまい=





呟 言

いや、すんません。
なんでこんなん書いたのか・・・て、書いといてなんなんですが。
原型は相当昔にあったんですが、文字化してみたら・・・本当に乱馬くんったら意地悪ー。
傷つけてごめんね、あかねちゃんって気持ちでいっぱいだけど、
私のあかねちゃんに望むこと・・・ということで。
きつい・・・きつい感じですなぁ。
相変わらずつっぱしって行きそうな自分にちと嫌気を覚えつつ。
こんなもんよね、そう、そんなもん。        ひょう


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