濡れないように





 今日に限って、持たなかった傘。

「天気予報の嘘つき。」

 わたしは寄り道していた店で足止め。
道行く人が雨に濡れながら走っていく様を見て、結構ひどく降っていることが解かる。
雨に濡れることは、そんなに嫌いなことじゃないけど、
買った物が濡れてしまうのは嫌だったし、なにより、着ている制服を濡らしたくなかった。

「やっぱり、やみそうにないなぁ。」

 西の空は暗く、真っ黒い雲がどんどんこちらに近づいてきている。



 さっき、家に電話をしたら、乱馬が迎えに来てくれるらしい。
わざわざだったら悪いから、傘を買うと言ったんだけど。

「待ってろ。」

 と、ひと言だけ言われ、電話は切られてしまった。

 すごく意外。
乱馬がわたしを迎えにくるなんて。
面倒くさがりだから、こんなことしてくれるような性格じゃないし、
なにより、こんなに雨が降ってるというのに。

 ・・・でも、せっかくだし。
わたしのこと、守ってくれようとしてくれてるのかもしれない・・・っていうと、
おおげさなんだろうけど・・・だけど、すごく嬉しい。
乱馬が来たら、なんて言おう、なに話そう。
ああどうしよう、どきどきして、手が痺れてきた。
普段と違う状況が気持ちを昂ぶらせる。
乱馬を待つことがこんなに楽しいなんて。

 店の中をぐるぐる歩きながら、乱馬とふたりで帰る道のりのことを考えていた。


 しばらくして、入口へ戻ると、ちょうど乱馬が来たらしく、
きょろきょろとわたしを探していた。

「乱馬。」

 わたしの声に気付き、乱馬はこちらに歩み寄る。

「ごめんね。」
「ん。」

 手に持っていた、わたしの傘を手渡された。

「ありがとう。」

 お礼の言葉もそこそこに、乱馬は自分の差してきた傘を素早く開き、
すたすたと雨の中を歩いていく。

「待ってよ。」

 わたしは慌てて後を追う。

「乱馬。」

 声をかけるけど、雨の音が邪魔をして、乱馬には届かない。
おさげが揺れている、後姿しか見せてくれない。

 普段なら並んで歩けるのに、傘が邪魔でそれは叶わないから、
さっきまで、嬉しく思えていた雨が、急に憎たらしくなった。

 ・・・ひょっとして怒ってるのかな。
本当は迎えになんか来たくなかったのに、
お父さんたちにたきつけられて、無理に来てくれたのかもしれない。
そう考えると、電話での応対も冷たかったような気がしてくる。

 せめて振り向いて、なにか言ってくれたらいいのに。


「あかね。」

 突然乱馬は振り向いて、わたしの顔を覗き込んできた。

「な、なに?」

 さっき思ったこと、声にしてた?

 目をそらしながら、口を押える。

「乗るか?」
「え?」

 顔をあげたら、目の前はバス停。ちょうどバスが来たところ。

 なんだ、そっか。

 安心したような、だけど・・・ちょっとだけがっかりしたような複雑な気分。

「どうする?」

 普段なら乗らなくてもいいくらいの距離だから使わないけど、
さっきからどんどん雨脚は強くなっているし、
それに、このまま歩いてたら、ますます乱馬の機嫌が悪くなるかもしれない。

「乗る。」

 わたしたちは人の流れに沿い、乗り口のドアの前まで来る。
急いで傘をたたもうとしていると、乱馬が傘をわたしの方に傾けていた。

「なにしてるのっ。」

 慌てて乱馬の手にある傘の持ち手を握る。

「乱馬、先に乗りなよ。」

 わたしは濡れるだけだけど、乱馬はそれだけじゃ済まないんだから。
だけど、乱馬は頑なに手に持った傘を離さない。

「早く乗れよ。後ろに迷惑だろ。」

 仕方なく、傘をたたみ、乗り込む。
すぐそこの席について、後ろから来る乱馬を待った。

「・・・だから言ったのに。」

 予想通り、後から乗り込んできた乱馬の姿は変わっていた。
窓の外の景色が見えない程、激しく降る雨。
ほんの一瞬でも、乱馬の身体を変化させるには充分すぎた。

 気休めにしかならないだろうけど、ポケットからハンカチを取り出し、乱馬に渡す。
肩から胸にかけて、服の色が濃く変色し、前髪から水滴が落ちていた。

「ごめんね。」

 謝ると、乱馬は悔しそうに唇を噛み、ちっと舌打ちする。

 こんなことなら、無理矢理にでも傘を奪い取って、乱馬を先に乗せるんだった。
そしたら、乱馬の機嫌を損ねることもなかったのに。

「・・・本当に、ごめんね。」

 謝ることしか出来ないから、何度も何度も、
せめて少しでも乱馬の気が晴れたらと思い、わたしは謝り続ける。
許してくれるとは到底思えないけど。

「おれ、かっこ、悪いよな。」

 だけど、いきなり、照れたように笑いながら、乱馬は口を開いた。

「これじゃ、ざまないぜ。」
「そんなこと。」
「他の男が普通に出来ること、おれが出来ないの、ムカツクから。」
「え。」
「こんなことで、あかねを我慢させたくなんかない。」
「・・・乱馬。」
「あ、降りるぞ。」
「うん。」

 すぐに目的の停留所に着いて、先に乱馬はバスを降りる。
そして、傘を広げて、わたしが降りてくるのを待っていてくれる。

 こちらに傘を傾けて。










                         =おしまい=




呟 言(半分以上は謝罪)

56000番を踏んでくださったえりさまからのキリリク小説。
リクエスト内容は・・というと、
「現在の乱馬×あかねで雨をテーマ」に ってことだったのです。
こんなんじゃねぇよ と、お怒りになられる気持ちはごもっとも。
意味がわかんねぇよ・・・全く、その通りです。
果たしてお気持ちにこたえているんだろうか・・・いや、いまい(反語)
リクを受けて書く度に後悔するくせに、
リクを受けると嬉しくて、つい受けて書いてしまう私を許したってください。
ここの管理人さん、確実にリクしてくださる方の期待を裏切ってます。悪い意味で。
それでもいいって言われる方が・・・リクしてくださるといいんですが(そんな人はいない)
なにしろすみません、嗚呼すみません。

これって、優男なんじゃ・・・って気がしなくはないですが、
これが色ってことで(色というよか癖だろうと思われる)。

えりさま、キリリク、ありがとうございました! (去り際は綺麗に)

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