あてつけ





 雨はそんなに嫌いじゃない。

 夜中に、ベッドに入って聞く雨音は、
ひんやりしてる部屋の空気と一緒に、心地好い眠りに誘ってくれるもの。

 だけど、終業時間間際に降り出す雨は大嫌い。



 同じ所に帰るんだから、隣にいてくれたっていいじゃない。

 朝、学校に来る時に雨が降ってなかったなら、乱馬は絶対、傘を持ってはいかない。
午後からどんなに大雨になると予報が出ていようとも、
それで何度も帰る時に雨が降っていて、傘がなくて困ろうとも、乱馬は傘を持ち歩かない。

 理由は簡単。邪魔だから。

 乱馬の性格からして、そんな面倒くさいことしないって、よくわかってる。

 わかってるけど・・・。


 それはいつの頃からか、いつもの情景になっていた。
乱馬を玄関で待つ・・・女の子たちの姿。雨が降れば現れる。
最初は仕方ないことと思っていたけど、
最近は、これがしたくて、乱馬はわざと傘を持ってこないんじゃないかって、そう思えた。

「悪いな。」

 そう言う乱馬の口調は、申し訳なさそうには聞こえない。むしろ、こういう状況を楽しんでるよう。

 女の子たちは、乱馬の周りを取り囲み、ひとりずつ順番に、乱馬と一緒に傘の中に入る。
女の子の傘を持って、一緒に並んで歩いて・・・る後ろ姿を、わたしは黙って見てるだけ。
傘を持つ乱馬の腕、掴まれてる様子も、何か話して笑ってるのも。

 持ち手を手が痛くなるくらい、強く握っても悔しい気持ちは消えない。

 わたしだって、隣にいたい。身体に触れたい。笑い合いたい。

 雨のおかげで、はっきりと姿が見えないだけ、
雨の音のおかげで、はっきりと会話が聞こえてこないだけ、落ち着くはずのわたしの気持ち。
だけど、どんどん不安は増していく・・・すぐそこにいるのに、わからないから。

 分かれ道がくる度に、乱馬の隣は変わっていく。変わらないのは、乱馬と、後ろを歩くわたしだけ。



 曲がり角にきて、ようやく乱馬とふたりきり。だけど、家はもう、すぐそこ。
他の子のときは持ってくれる傘も、わたしの時は持ってくれない。
出来るだけ手を伸ばして、わたしは傘を持ち上げる。
隣にだって、いてくれない。乱馬はわたしの後ろ側。

 振り返って、傘を持つように言いたいけど、
わたしが立ち止まったら、乱馬は傘に顔をぶつけてしまうだろう。

 そんなに嫌がられてるのかな。なにも言ってくれないし。

「・・・・・・。」

 なんでもいいから、話、したい。
だけどこんな時に限って、普段でてくる、どうでもいいような話すら思い浮かばない。
その代わり、言いたいけど言えないことが頭の中をよぎっては消えていく。

 どうして、傘 持ってくれないの?
 どうして、なにも話してくれないの?
 どうして、笑ってくれないの?
 どうして、どうして、どうして・・・・・・。

 こんなこと言ったら、かわいくないやきもち、妬くなって、そう乱馬は言うだろう。
うざったい女だなって、そう乱馬は思うだろう。
乱馬に嫌な女だと思われるのは辛い。
だから、口には出せない。


玄関の前に来て、立ち止まる。もう後ろを振り返っても、大丈夫。
わたしは扉に手をかけながら、乱馬の方を向こうとした。

 そのほんの一瞬ともいえる時間の間に、伸ばしている腕と身体の隙間に回された乱馬の腕。
胸元を少し圧迫してる。

 傘を持つ手の力が抜け、ふわりと宙を舞う。
それでも、わたしは動けなかった。腕を降ろせず、扉の取っ手にかけた手も動かせない。

「・・・・・・。」

 なにか言おうとするけれど、声さえも出てこない。
もう片方の腕も、同じようにわたしの身体に回される。
ぎゅうっと感じる力に、はっとして、乱馬の腕を掴んだ。

「な、なにするのよっ!」

 離れようと もがくように、身体を動かす。
だけど、乱馬は黙ったまま、わたしのことなど気にしていない様子。
後ろから抱きしめられている格好だから、どんな顔してるのか、わからない。

 もしかしたら、半笑いで・・・からかってるのかも。
 嫉妬してるわたしに気付いて、それで、わたしがこうされたら、機嫌が直るとでも思って・・・。
 それで、こんなこと。

 冗談じゃない。わたしは・・・。

 だけど、胸がどきどきして、息が苦しい。
回されている腕に、鼓動が伝わってるんじゃないかって、そう思うと、
余計に意識して、無理に胸を圧迫している腕から逃れようとした。

「離して、乱馬っ。」

 力任せに腕を掴んで、引っ張る。全く、緩まない力。

 後ろで雨音が変わらず聞こえる。
さっきまで嫌でたまらなかった音が好きな音に変わっていた。


 しばらくして、乱馬は回していた腕をゆっくりとほどく。
わたしも掴んでいた手を離した。

「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

 結局、なんのつもりだったのか聞けないまま、わたしは玄関の扉を開ける。
さっと、わたしの隣をすり抜けて、乱馬は中へ入っていった。

「・・・なんなのよ。」

 なんだかすっきりしない気持ちで、さっき落とした傘を拾い、わたしも中に入る。

「ただいま・・・!」

 入ったところに乱馬が立っていて、今度は正面から抱きしめられた。
さっきと同じように、腕に力が入っている。

「乱馬?」

 懸命に顔を動かして、どうにか乱馬の顔を見上げることが出来た。
確かめた表情は・・・これまで一度も見たことないくらい、真っ赤で、
視線は一点を見据えたまま、動かない。

「・・・わかる・・・だろ?」

 普通だったら聞こえない声も、この距離だからちゃんと聞こえる。

「なにが?」

 本当は乱馬がこうする理由、わたしはわかってる。
だけど、乱馬の口から・・・乱馬の言葉で・・・乱馬の声でその理由を聞きたいから、
わざと鈍いふりをした。

「だ、だから・・・。」

 言葉の代わりに、抱きしめる力が強くなる・・・ほんのちょっとだけ。

「なんのつもり?」

 それでも、わたしはわからないふりを続ける。

「あかねが・・・。」
「え?」
「こないだ、傘に、他の・・・奴、いれただろ。」
「・・・はぁ?」

 てっきり、仲直りしたいからって言われると思っていたから、拍子抜けしてしまう。

「しらばっくれんな。」

 だけど、声は大真面目。
まるでわたしのことを責めているよう。
記憶の糸を手繰りよせるように、懸命に数日前の雨の日の情景を思い出した。

 確かにそう言われてみると・・・この前、同じクラスの男子に頼まれて、
途中まで傘の中にいれたような・・・。

「なんで、あんなこと、したんだよ。」
「なんでって・・・断る理由なんてないから。」
「あるだろ。」
「・・・・・・。」

 ・・・やきもち?

 だとしても、だったら乱馬は?
 わたしの目の前で、女の子の傘に一緒に入ってる、乱馬はどうなの?

「ないわよ。」

 さっきの情景を思い出すだけで、ずきずきする胸の痛みから解放されたくて、
できるだけ、冷静に、そう答えた。

「あるだろ。」

 それでも、乱馬は口調を強めて、もう一度言う。

 自分のことは棚にあげて・・・。

「わたしが誰を傘の中に入れたって、どうだっていいでしょ。」
「よくない。」
「乱馬には。」
「関係ある。」
「・・・だったら、自分のやってることはなんなの?
 わたしがやったように、乱馬だってやってるじゃない。」

 それに、わたしは一回だけだけど、乱馬はいつもじゃない・・・。

 まだまだ言いたいことがあるけど、乱馬は話を遮る。

「だから。」
「・・・・・・。」
「だから、こ、こうやって・・・。」
「・・・・・・。」

 震えてる声が、胸に響く。

「惜しくなったの?」
「そんなんじゃねぇ。」
「だったら。」
「ああもう、黙れ。」

 なによって思ったけど・・・乱馬は相変わらず真っ赤な顔で、わたしの身体を強く抱きすくめた。



 それから、また、同じような雨の日。だけど、もう同じじゃない。
乱馬を傘に入れようとする女の子たちの隣をすり抜けて、わたしは乱馬を傘の中に誘う。

「入りたかったら、入れば。」

 それは素直な言葉じゃないけれど、乱馬はちゃんと応えてくれる。

「仕方ねぇな。そんなに言うなら、入ってやる。」

 相変わらず、傘を持ってはくれなかったりするし、話もしてくれなかったりする。
どうしてって思うような、気に入らないこともあるけれど、
それでも、わたしはこれからも乱馬のそばにいて、こうやって与えてくれる温もりを感じていたい。

「あんまり、くっつかないでよね。」
「くっついとかなきゃ、濡れちゃうだろ。」

 少しずつ、本当に少しずつだけど、変わっていく乱馬との関係が、
もどかしくも、くすぐったいくらい幸せに感じた。









                         =おしまい=




呟 言

いーやーっ!!(絶叫風に)
「なんなの、なんなのよこれ?」
キリリクにこたえるべく、書いてみたんですが、全くもって意味不明。
訳わからんちんだったので、失礼だってことでやめときました。
でもせっかく書いたから置いておこうと・・・。

一応、あてつけ を書きたかったんです。
全然書けてませんけど・・・表題にしちゃってるけど・・・。
ちなみに あてつけ については、精神で説明してたりしています。

>>>もどる