遠くからでも見つめていたい 「けんかしたの?」 「え?」 ・・・また、聞かれた。 というのも昨日から、あかねはおれを置いて先に学校へ行っていた。 「知らないうちに、傷つけたんじゃないの?」 「・・・・・・。」 正直言うと、昨日、置いてかれたとき、 なんかしたかな? って、思ってた。 けど、学校におれが行くと、あかねは至って普通で、 帰りは一緒だったし、話だって普通にしてたし、本当に思い当たるふしが、なにひとつ、ない。 いや、ひょっとしたら、あかねの気に障るようなことが、 おれにしてみたら、気にも留めないようなことが、あったのかもしれない。 そう考えていくと、思い当たらないわけじゃない。 だけど、そういうことは日常茶飯事で、例えばおれが他の女にからまれたりするのも、 あかねに対してついてしまう悪態も、ほぼ日課みたいなもんだから、 昔みたいにあかねが気にするとは到底思えなかった。 今日もひとり、校門をくぐる。 「お、けんかでもしたのか?」 「・・・・・・。」 さすがに、段々面倒くさくなってきた。 「なあ、あれって・・・。」 「え。」 指差す方向を見てみると、そこには教室の窓から校庭を見ている、あかねの姿があった。 「あかねだな。」 「なに、やってんだろうな?」 「さあ。」 興味ないとばかりに、ぶっきらぼうな返事をしたけど、 本当はすごく気になって気になって、仕方ない。 遠すぎて、その表情までは窺えないが、あかねの隣には他の女子も数人いる様子。 「誰か、見てるみたいだな。」 「・・・・・・。」 どうやら誰かを見ているらしい。 ・・・誰、見てんだろ? 「おまえら、付き合ってんじゃなかったのか?」 「・・・別に。」 「なんだ、そうだったのか。」 「・・・・・・。」 自らの返事に、気分は沈む。 おれは、あかねと付き合ってる・・・と思ってた。 だけど、それはおれの勘違いだったらしい。 「で、誰なんだろうな。」 「知るかよ。」 「いじらしいよな。ああやって、見つめてるなんて。」 結局おれは、今の今まであかねの気持ちに全く気付かず、我慢させてたってことか。 「でも、天道ならどんな男でもその気になれば付き合えるだろうにな。」 「ふん。あかねの本性知らねぇからそんなこと言えんだよ。」 「ああそうだな、おまえは天道のことなんでも知ってるもんな。」 「うるせぇな。」 そうやってる間も、あかねは窓の側から離れようとはしない。 今、ここにいるやつかもしれねぇな。 辺りを見渡すけど、ちょうど通学時間の校庭は賑っていて、 誰かを特定することなど到底出来ない。 別に誰だって構わねぇんだよな。 事実はただひとつ。 ちゃんと、他に・・・というか、最初からおれのことなど見てなんかなく、 この学校にいる、どこかの誰かに、密かに想いを抱いていたということ。 普段はおれが隣にいるせいで、あかねは気持ちを表せなかったんだ。 あかねはおれが現れる前からずっと、他の誰かを見つめてたのだろう。 なのに突然、許婚だといい、その隣を独占した。 おれのいない隙にしか、あかねは本当の気持ちを表すことができなかったにも関わらず、 気付くことなく、あまつさえ彼氏面までしていた。 悪いことしてたなって思う気持ちと、 あかねがおれのこと、好きじゃなかったという事実を受け入れようとする気持ちと、 受け入れられない気持ちと・・・とにかく、胸の中がもやもやして、 吐きそうなくらい気持ち悪かった。 ただ、出来る限りはあかねの邪魔をしないように形を潜めようとこころに誓った。 教室に入ると、やっぱりあかねはいつもどおり、おれに優しく微笑みかける。 「おはよう、乱馬。ごめんね、先に行って。」 「別に。」 「怒ってるの?」 「・・・・・・。」 「乱馬?」 「どうしようが、おめーの勝手だ。」 「え。」 「いちいち、謝んな。面倒くせぇ。」 あかねに怒ってるというよりも、整理のつかない自分の気持ちに苛々していた。 「な、なによ! そんな言い方しなくったっていいでしょ。」 口を尖らせながら怒る表情をじっと見つめる。 「・・・・・・。」 そんな簡単に諦められっかよ。 だったら最初っから、好きになるなと拒絶してくれればよかったんだ。 「・・・乱馬?」 あかねを無視し、おれは自分の席に着いた。 「乱馬、帰ろ?」 放課後になり、かばんを手に席を立ったおれに、あかねは朝と同じ、 なんの屈託もない笑顔で声をかけてきた。 「・・・おれ、よってくとこあるから、先帰れ。」 「どこ、行くの? わたしも一緒に。」 「どこ行こうが、おれの勝手だろ。いちいち、ついてくんな。」 あかねの身体が小さく震えた。 胸の奥が半端じゃなく痛んで、ぐっと胸元を掴む。 あかねにあたったって、どうにもならないことくらいわかってる。 だけど、どうすることもできなかった。 それから、おれはひとり、無意味に時間潰し、帰宅した。 「ただいま。」 「おかえり、乱馬・・・遅かったね?」 「ああ。」 「あのね、晩ご飯、わたし・・・。」 「食ってきたから、いらねぇ。」 「どこ、行ってたの?」 「言う必要ねぇだろ。」 「・・・・・・。」 あかねが推測するところには、行ってない。 だけど、そう思わせることができればよかったから、それ以上答えなかった。 「・・・あ、あの、乱馬。」 「なんだよ。」 「明日、黒いチャイナ服着て、学校に来てくれる?」 「・・・なんで。」 「お願い。」 すごく切実そうなあかねの姿に、おれはしぶしぶだけど聞くことにした。 朝、目が覚めて起きていくと、今日もあかねはすでに玄関で靴を履いていた。 「あ、乱馬。おはよう。」 「ああ。」 「昨日のお願い、絶対だからね。」 「わかってるよ。」 「約束、破らないでね。じゃあ、先、行ってるから。」 「・・・・・・。」 なんのつもりなんだろうか。 ああもう、わけわかんねぇ。 あかねがおれになにをさせたいのか、なにを望んでいるのか・・・。 おれの気持ちを知ってて、もてあそんでいるんだろうか。 あかねにそんな器用な真似が出来ないことは、一番よくわかってるつもりなのに、 くだらない考えが次から次に浮かんでくる。 そうやって沸いてくる考えを何度も打ち消しながら、頼まれたとおり、 黒のチャイナ服を着て、学校へと向かう。 「あれ? 早乙女?」 「ん? ああ、おはよう。」 「おはようって、なんだよ、その格好!」 「なんか変か?」 「違うよ。制服かと思って、びっくりした。」 「え。」 言われてみれば、確かに学生服みたいだ。 ひょっとして、あかねは・・・おれに学生服に似たこれを着せることで、 その想う誰かの隣にいるような雰囲気を味わおうとしてる? 疑似体験ってやつか。身代わりなんて、馬鹿みたいだな、おれ。 わざわざこんなことしなくったって、あかねさえその気になりゃ・・・。 でも、それでもいいや・・・。 それであかねの気持ちがちょっとでもおれに向くんなら。 校庭に入ると・・・やっぱり、あかねは教室の窓から外を見ていた。 おれは出来るだけ、あかねの方は見ないように歩く。 「なんだ、お前等、まだ喧嘩中か?」 「・・・・・・。」 喧嘩くらいだったらどんなによかったか。 教室に入ると・・・なぜか、あかねが・・・すごく嬉しそうに笑っていた。 「乱馬。」 「な、なんだよ。」 その笑顔に、やっぱり胸はどきどきし始める。 「えへへ・・・ちゃんと、わかったの。」 「・・・なにが?」 「乱馬のこと。」 「は?」 なに言ってんだ? 「遠目で見ても、わかったの。乱馬だって。」 「・・・おれ、見てたの?」 「うん。」 「な、なんで?」 「みんなからね、乱馬が遠目で見てもすぐわかるのは、 チャイナ服着てるからだって言われて、くやしかったの。 わたしだって、好きな人くらい、ちゃんと見つけられるって、 みんなに言いたくてそれで。」 「・・・・・・。」 思わず、くっだらねぇなって言いそうになった。 「あ・・・今、馬鹿馬鹿しいって思ったでしょ。」 「・・・・・・。」 「遠くから見てて、わかったときって嬉しくって楽しいんだから。」 わっかんねぇなぁ・・・って、笑顔を眺めながら思ったけど、 あかねが楽しいんなら、それでいい。 「おれも・・・やってみっかな。」 「え。」 「ま、結果は目に見えてるけどな。」 あかねの横を通り過ぎながら、赤く染まっていく耳元にそう呟いた。 =おしまい= 呟 言 何が言いたかったかというとですね・・・ 私が中学生くらいのときの話なんですけどね、 普段は黒板の文字すらはっきりとは見えないような目の悪い友達が、 教室の窓から校庭を見て、そこを歩いている好きな人はわかる・・・という、 不思議なことをやってのけたわけです。 そんときに、恋する力ってすごいなぁと思ったわけなのです。 で? で・・・って話ですよね、本当。 でも、プラトニックラブってこんなんですぜ、実際。 (いやどうだろう・・・でも、私の中ではこれは純精神的恋愛。) ひょう