携帯電話を買ったので (後編)





 あがりこんだ彼女はあかねに差し出されたお茶をすすり、自家製の梅干をほおばる。

「おいしい〜! 乱馬さん、あかねさんの自慢ばっかりするわけ、わかったわ。」
「え?」
「あ。」

 彼女はきちんと正座をすると、あかねに深々とお辞儀をした。

「はじめまして、私、その、みるっていう名前で働いてる・・・おかまなんです。
 本名、猛(たける)っていうんです、きゃ〜、恥ずかしいっ。」
「え、えぇー!!」
「乱馬さんには、その、私たちおかまのお手本として、お店の方に手伝いに
 来てもらってるんです。 あかねさんには絶対秘密って言われてたんですけど、
 もう、言っちゃえ〜。」
「そ、・・・そうなんですか。」
「あ、ちゃんとバイト料も払ってるし。」

そういえば、乱馬、臨時収入とかいって、服買ってくれたり、
アクセサリー買ってくれたり・・・ あれって、これだったんだ。
だから、仕事って言ったんだ。なのに、わたしったら・・・

「でもー、乱馬さんの女としてのお手本って、あかねさんなんですねぇ。」
「えっ?」
「素顔でこんなに綺麗な人、今まで見たことないですもの。こういうのもなんですけど、
 私たちって女の人にときめいたり、褒めたりとかしないんですよ〜、
 でも・・・あかねさんっていいですよ〜。」
「そ、そうですか?」
「本当、いい奥さん持って、乱馬さん幸せだわ〜。」

 そう言われてあかねは乱馬を見る。
乱馬は本当に幸せそうな顔で眠っているように見える。

「そんな。」
「ううん、こんなに優しくしてくれた方、今までいませんでした。
 お客さんを送って帰ると、すごい剣幕で追い返されたり、
 浮気相手だと勘違いされたり、もう、さんざんなんですよ。
 なのに、心配してくれるし、家にはあげてくれるし、こんな時間なのに・・・
 乱馬さんのこと、信頼してるんですねぇ。」
「い、いえ、最初はあなたのこと、浮気相手だって思ったんです! でも、でも・・・
 だったとしても、わたしにしかできないことをするのが、乱馬のためになるから・・・。」

 突然、猛の表情が変わった。
あかねに抱きつこうと手を伸ばす。

「ああ、あかねさん、私が乱馬だったならよかったのに〜、
 もっと早くにあなたに出会っていたなら、私は〜。」
「え、えっ?」

 猛があかねに覆いかぶさろうとした瞬間、あかねは腕を強く引かれ、
気がつくと乱馬の腕の中にいた。

「こ〜ら、猛! てめー、何してやがんだ!
 いつも言ってるだろーが、あかねは一生おれだけなの!」
「ら、乱馬?」
「ちぃっ、目を覚ましたかっ、勘がいいんだからっ!」
「人の女に手出すなんてなぁ。」
「きぃ〜〜っ、あかねさんみたいないい女、独り占めなんて、許せな〜い!
 乱馬、ずるいー!」
「うるせー、何といわれようが、ぜってー他には渡さねぇ。もう、てめー帰れ。」
「乱馬のケチー! なによぅ、帰るわよぅ。」
「あ、ごめんなさいね、何のお構いもしませんで。
 ほら、乱馬、手、どけて。猛さん、見送らなきゃ。」
「いやだ、おれはあかねを死んでも離さねー。」
「もうっ。」
「いいんです、あかねさん。それより、今度ぜひお店に来てくださいv 大歓迎ですよ。」
「えぇ、乱馬の様子を見に行きますね。」
「絶対ですよ! それじゃあ、おやすみなさい。」
「おやすみなさい、気をつけて。」
「ったく、油断も隙もねえ。あんだけあかねはおれのだっつってんのに・・・。」

相当酔っ払ってるはずなんだけど、どうして私の危機はわかったのかしら?
本当猛さんのいうとおり勘がいいのかしら。

「あかね。」
「なあに?」
「大丈夫だったか? なんか変なことされたりしなかったか?」
「うん。何もされてなんかないよ?」
「よかった。」

 そういうと、乱馬はあかねの唇に自分の唇を押し付けた。

乱馬ってば、お酒くさーい・・・・・・でも、いやじゃない。

 そしてしばらくすると、乱馬はあかねに抱かれ眠ってしまった。

「すー、かー。」

 気持ちよさそうな寝息が聞こえる。

「乱馬の、ばか。疑っちゃったわよ。もう、こんなことしちゃだめなんだからね。」

 あかねは乱馬を抱きしめるとそのまま眠りについた。





 次の日。

「ん・・・・・あったま、いってー。」

 乱馬は頭痛で目が覚めた。といっても目は開かない。

「目覚まし、鳴ったか?」

 手探りで時計を探す。

「にしても・・・何だかやけに暖かいなぁ・・・枕もやけに柔らかいような・・・。」

 乱馬が身を起こそうとすると、首に手が巻きついていた。

「ん?」

 乱馬は開かない瞳を無理にこじ開けると、下にあかねがいた!

「なっ!!」

 乱馬は飛び起きようとも思ったが、とりあえずそのままここに身を置くことにした。

「なんでなんで、なんでこんなシチュエーションなんだっ!? おれは昨日何したんだっ、
 このひどい頭痛からして飲みすぎたのはわかっけど・・・う〜ん・・・・・・。」

 考えても思考回路は寝起きということもあって全然働かない。
おまけに頭痛はひどくなる。
あかねの身体は柔らかい・・・柔らかい・・・
それでも仕事にいかなきゃならない、ひとまず・・・そぉっとあかねから身体を離す。
本当はもっとくっついていたいけど、起きなくては。
乱馬はあかねを起こさないように、静かに身支度を整えると家を後にした。





 夕方。
昨日のことを聞こうと、乱馬は猛のいる店に向かっていた。
あかねには少しだけ遅くなると連絡をした。
あかねの態度がいつもより少しよそよそしかったのも気になっていた。

おれ、あかねに何かしたんじゃ・・・。

 不安な気持ちが頭の中をよぎっていく。

「こんちわー、乱馬だけど、猛いるか?」
「あ、乱馬。」
「あのさー、昨日のことだけど。」
「うんうん、ちゃんと呼んである。」
「は?」

 乱馬が猛の見る方向をみると、若草色のワンピースを着たあかねがちょこんと座っていた。
乱馬に気が付き、立ち上がる。

「な、ど、ど、どーしてあかねがっ。」

 乱馬は動揺を隠しきれない。
さては猛が・・・乱馬は猛を睨みつける。

「そんなに恐い顔で見ないでよぉ〜、仕方ないでしょ、
 乱馬が昨日あれだけ酔っ払ってたんだもの。」
「だだだだ、だからってなぁ。」
「乱馬。」

 急に名前を呼ばれて乱馬は身体が硬直した。

「ねぇ、乱・・・。」
「ごめんなさい、ごめんなさいー、あの、おれ、でも、だからっ。」

 乱馬は何を言っているのかわからない。

「乱馬?」
「それが、その、バイト代いいし、だからっておれは店に出てるんじゃなくって、
 奥でこいつらに女らしい仕草とか、態度とかそういうのを教えたりして、
 ほら、おれって女になれるだろ?だから、実際男が女になった時、
 どう変わるかとか、そういうのを・・・。」
「うん、わかってるよ。」
「だからな、おれは・・・へ?」
「ねぇ、猛さんたちが、みんなで飲みましょって、あっちに座ろ?」
「う、うん。」

 あかねが乱馬をうながす。

「猛さん、昨日はどうもありがとうございました。」
「いいえ、そんなぁ、こちらこそ、あんなに遅くにおじゃましちゃって〜。」

 周りのみんなが何々、どうしたの?と興味深げにみるにたずねる。

「昨日、乱馬を家まで送ったじゃない?それでね、あかねさんに会ったわけなんだけど、
 私のこと家にあげてくれて、お茶と自家製の梅干までごちそうしてくれたのよ!」

 えー、嘘ー、信じらんなぁいと周りにいるおかまさんたちは口々に驚きの声をあげる。

「もー、勝手に男、家にあげちゃダメっていっつもいってっだろー。」
「だって、女の人って思ったんだもん。」

さらに猛は、話を続ける。

「それでね、どうしてこんなに優しくしてくれるのかって、乱馬のこと信頼してるんだなって
 聞いたらね、[最初は浮気相手だっって思ったけど、そうだったとしてもわたしにしか
 できないことをするのが、乱馬のためになるから・・・]ですってーっ!!」
「きゃぁぁぁ〜〜!!」

 あっちこっちから感嘆の悲鳴があがる。みんなうっとりと、猛の言った言葉に酔いしれる。

「そんなこと、言ったの?」
「や、やだぁ・・・・・・猛さんったら。」
「それで、私、つい男の本性がでちゃって、あかねさんに、」
「抱きつこうとされちゃって・・・ね。」
「なにぃ?」

 乱馬は焦った。ひょっとしてあかねの態度がよそよそしかったのは、猛と・・・

「でもね、そうしたら酔っ払ってたはずの乱馬が、急に起き上がって、」
「[あかねは一生おれだけなの]」

 猛が乱馬の声色を真似て言った瞬間、またまた周りから悲鳴があがる。

「覚えてないでしょ?」

そんなことおれ、言ったのか・・・あかねがよそよそしかったのは照れてたからか。
なんだ、そっか。

「結婚っていいのね・・・。」

 誰かがぼそっといった一言に、みんなは共感する。
乱馬はすかさず口をはさんだ。

「っていうか、あかねが最高。」
「ら、乱馬・・・。」

 みんな、うんうんと頷いていた。
そうして結局乱馬があかねの話しでのろけまくり、お店が開店する夜十時にふたりは家路についた。

「すっかり遅くなっちゃったな。でも、楽しかったな?」
「うん、なんかみんな苦労してるんだね。
 これからも、乱馬、みんなのために協力しなきゃね。」
「だな〜。でも、今度からは一緒に行こうな。」
「え、うん。」
「・・・1人でいっちゃダメだからな。外見は女だけど、中身はみんな男なんだから。」
「うん、わかった。」
「でも、今日はすっごく、かわいいから許すよ。」

 そういうと乱馬はあかねを抱き寄せた。

「ど、どうしたの?乱馬・・・今日ちょっと変? やけに褒めるし・・・。」
「・・・・・・浮気してるって思ってたんだろ?」
「だって、女の人に見えたから・・・。」
「ごめんな、ちゃんと言ってなかったから。」
「ううん、こっそりプレゼント、わたしにあげたかったんだよね?」
「くぅ〜、本当っ、あかねは、かわいいな。」

 乱馬はあかねを強く抱きしめる。

「なんでも、わかっちゃってるんだな。」
「・・・・・だって、わたし、乱馬のこと、なんだって知りたい。」
「うん、おれもあかねのこと、全部知りたい。」
「・・・・・なんか、その言葉・・・やらしい。」
「あ、ばれたか。」
「もうっ。」

 顔を赤くしながら、教えてあげてもいいけどな・・・あかねは乱馬の耳元で囁いた。



                                      =おしまい=




呟 言 2
終わった(安堵) にしても、難しいです・・・。
そんなつもりじゃなかったのに・・・と、読んでくださった方、
こんな作品でも楽しんでいただけたら嬉しいです。おそまつさまでした。   ひょう

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