膝の上 「こんにちわー。」 乱馬とあかねの元に、のどかが遊びにやってきた。 遊びにというよりは、あかねに料理を教えにやってきたのだけれど。 「おばさま!どうぞ、あがってください。」 「おじゃまします。」 乱馬とあかねは結婚した。 ふたりで生活をはじめて、かれこれ3ヶ月。 かすみとなびきも結婚し、天道家をでていた。 早雲はかすみと一緒に暮らしていて、玄馬とのどかもまたあの元の家に住んでいる。 実質天道家にいるのは、乱馬とあかね、ふたりだった。 それでも何かと用事を作っては皆、ふたりの様子を見に来ていた。 ふたりの仲は相変わらずのようで、別段進展している素振もなく、 家が広いせいもあってか、部屋も別々に暮らしていた。 「乱馬は?」 「部屋で寝てるみたいですけど。」 「そう、それじゃあ、始めようか?」 「はい。」 一週間に一回、のどかはあかねに料理の指導に来ていた。 あかねはのどかのいうことを素直に聞き、細かくメモを取り、努力している。 その甲斐あってか、日に日に上達していた。 あかねは人参を切る。 「あかねちゃん、だいぶ、上達してるわねぇ。」 「えへへ、そうですかー?」 あかねと、のどかが台所にいると、乱馬がやってきた。 「あかねー、腹減ったー・・・あ、おふくろ!来てたんだー。」 「あら、乱馬。」 「あ、待ってて、今、作ってるから。」 「何作ってんだ?」 「炒飯と、餃子よ。」 「・・・聞くと美味そうだけど、出来るのかよ?」 「・・・・・だから習うんでしょ!」 「食う方の身にもなれって。」 「何よぅ。」 「おふくろ、頼むから・・・ちゃんと教えてやってくれよな。」 「大丈夫、あかねちゃんは・・・あら?」 「ん?どうかした?」 「乱馬、ほら、ここ。」 のどかが指をさした乱馬の服。 肩のところが少しほつれかけていた。 「あらあら、ちょっと脱ぎなさい、母さんが縫ってあげるから。」 「え・・・、いいよ、このくらい自分で出来るから。」 「いいから。あかねちゃん、お裁縫箱どこ?」 「あ、もってきます。」 あかねは慌てて裁縫箱を手に取り、のどかに渡す。 のどかは手際よく、ちゃかちゃかと縫いだした。 「へぇ・・・おふくろ、やっぱり上手いよなぁ。」 「やだわ、この子ったら。そんなに褒めるものでもないわよ。」 「いや・・・どっかの不器用女とは大違いだなって。」 あかねは反論できなかった。 のどかの裁縫の上手さもそうなのだが、その前に乱馬の服のほつれに気がつかなかった、 自分が・・・すごく悔しかった。 「おい、あかね?」 反応がないのを気にした乱馬はあかねに話し掛ける。 「え?」 「今更、不器用気にしてたって、どうにもなんねーぞ。」 「わるかったわね。」 料理はのどかに教わっているのもあって、少しずつ上達してきた。 第一、やってて楽しかった。 嫌だと思うのは作ったものを食べて苦しむ乱馬を見るとき。 でもそれは、次は美味しいって言わせたいと思う、心のばねになっていた。 だけど裁縫は大の苦手。 やっていて楽しいことは何一つない。 指は針で刺すから血だらけになるし、 布地は何度も何度もやり直しをするからぼろぼろになっていくし・・・ これだけはむいていない、そう自覚していた。 だから裁縫だけは乱馬がしてくれていた。 だけど、こうも目の前で見せつけられたら・・・。 「はい、出来上がり。」 「さんきゅ!」 乱馬はのどかから服を受け取るとさっと羽織る。 「さすがだね。」 あかねのこころを乱馬の声が蝕んでいく。 「それじゃあ、あかねちゃん、お料理再開しようね。」 「はい。」 さっきよりも元気もやる気もなくなる。 のどかと同じようにしているつもりだったが、 こころ、ここにあらずは、料理の出来にも影響してしまった。 「な、何だよこれは・・・。」 焦げの混じった見るからに苦そうな炒飯に、皮は破け、中身の飛び出した餃子。 その横にのどかが作った同じ物が並ぶ。 「おふくろがいてくれて助かったぜ。」 乱馬はのどかの作った料理に手をつける。 当然といっちゃぁ当然なのだが、その態度にやはりあかねは傷つく。 敵わない、敵うわけない・・・。 乱馬はあかねの目の前でのどかの作った料理をたいらげると、立ち上がる。 「これは食わなくていいよな?」 ひどい言葉。 そんなの言われた方の身にもなってよ。 「そうね。」 精一杯の強がりは、負担になっていく。 「乱馬、そんなこというもんじゃありません!あかねちゃんはねぇ。」 「いいんです、おばさま!わたしは、いいんです。」 「でも・・・。」 「全然気にしてませんから。」 「そうそう、こいつ鈍いからこのくらいで傷ついたりしねーよ、なぁ?」 乱馬にはどうしてこう、気持ち、伝わらないんだろう・・・ 伝わってるって思うのはわたしだけ? 「それじゃあ、そろそろ帰るわね。」 「え、もう帰んの? まだいいじゃん。」 「そうですよ、おばさま。」 「いいえ、ふたりの邪魔は出来ないから。」 「全然邪魔じゃねーよ。大体なんで一緒に住まねーのか、それが不思議だよな。」 また、あかねの心が悲鳴をあげる。 乱馬はわたしとふたりきりは嫌なんだよね。 そうだよね、別段、何か変わったこともないし、 わたしを女として意識してくれてないし・・・・・・。 こんなんなら、結婚なんてするもんじゃなかったのかな? 許婚同士だった頃の方がまだよかったのかも。 玄関先までのどかを見送ると、ふいに屋根から猫が降ってくる。 乱馬の顔にしがみつく猫・・・。 「うぎゃ〜〜〜!!」 乱馬は叫ぶ!! 走り回るが、しがみついた猫はなかなか離れない!! そうして、猫化する、乱馬。 乱馬は我を失い暴れ回る。 庭先の木々を折り、地面へと叩きつける。 「乱馬!」 あかねがその名を呼びながら近づく・・・・・と、乱馬はジャンプ。 いつものように膝に据わられると思いしゃがみこむ・・・。 あれ? いつものふにゅって感触がない。 恐る恐るその瞳を開くと・・・ 目の前に、おばさまの膝で、丸まって、 気持ちよさそうに、ふくふくしてる・・・・・・乱馬がいた。 「あらあら、乱馬ったら急にどうしたのかしら? さっきまであんなに元気よく走り回っていたのに。」 乱馬だけの場所だった、わたしの膝の上。 わたしだけが乱馬をおさえられるっていう優越感。 一気に砕け散るこころ。 乱馬がこっちをちらっと見る。 だけど、ぷいっと目をそらし、おばさまの膝に頭を摺り寄せる。 どうして? どうしてわたしじゃないの? なんでおばさまなの? おばさまにやきもちなんて、なんて嫌な女なんだろう。 乱馬にとってすごく大切な存在なのに、 わたしはそれさえ疎ましいと思う。 こんなんじゃ、乱馬、わたしから離れていくのは当然よね。 「甘えたかったのね、この子・・・。」 のどかは乱馬の頭を撫でる。 いいなぁ・・・。 羨ましいっていう感情。 わたしには甘えられる母親はいない。 やっと甘えられる相手が見つかったのに、 その相手は・・・ わたしに甘えるのも、わたしが甘えるのも拒否している。 もうだめ。 これ以上は・・・これ以上見ていたら・・・。 あかねは乱馬たちを横目に家の中へ走りこむ。 散らかった台所を黙々と片付け始める。 蛇口をひねり、水を出すと、あかねの瞳からも同じように・・・流れ出す。 わたしじゃだめ。 わたしじゃなくてもいい。 乱馬に必要なのは、わたしなんかじゃない。 「乱馬!!」 急に大きな声が響き渡った。 あかねは慌ててエプロンで顔を拭う。 振り返ると、乱馬があかねに抱きついてきた! 「!!」 「ふに〜。」 乱馬は猫化したまま。 「な、何よ。」 乱馬はあかねの膝の上に乗っかる。 身体をすりよせ、甘える。 「乱馬!・・・あかねちゃん、大丈夫?」 のどかが慌てて台所へやって来た。 「え、えぇ。」 「甘えてたかと思ってたら、また急に暴れ出したのよ。」 「そうなんですか?」 「やっぱり、あかねちゃんじゃないとだめね。」 「え。」 「あかねちゃんの姿が見えなくなった途端だもの。」 「・・・・・・。」 「乱馬はあかねちゃんが、本当、大好きなのね、母さん安心したわ。」 「おばさま・・・。」 「あかねちゃん、これからも乱馬のことお願いね。」 わたし、なんて嫌な女だったんだろう。 自分のことばっかり考えてた。 乱馬が好き・・・ ただそれだけで、周りのことなんかどうでもよかった。 乱馬さえそばにいてくれたら、それでいいと思ってた。 だけど、わたしは乱馬が大切に思ってる人達を 同じように大切に思わなければならなかったの・・・ 忘れてた、とっても大事なこと。 「おばさま、ごめんなさい、わたし・・・。」 「ん?どうかしたの?」 「わたし・・・。」 そうしていると、乱馬が元に戻る。 「ん・・・。」 膝の上の乱馬は慌てた。 「あ、あああ・・・。」 「気がついた?」 わたわたと膝から降り、のどかの背中に隠れる。 「ご、ごめん。」 「いいわよ、いつものことじゃない。」 「本当、ごめん。」 「どうして、そんなに謝るの?」 「だって・・・。」 「・・・いいの、いいから謝らないで。」 わたしだけの乱馬の場所が嬉しいから、だから・・・。 それに謝らなければいけないのはわたしの方。 くだらないやきもち、やいてしまったわたしの方なんだから。 「それじゃあ、母さん帰るわね。」 「あ、うん。気をつけてな。」 「また、お願いします。」 「ええ、じゃあね。」 のどかが立ち去る。 台所にふたり。 結局おばさまに謝れなかった・・・。 でも言えないわよね、おばさまにやきもちなんて。 「悪かったな、料理、食わなくて。」 「え?」 「・・・・・おめー、泣いてっから。」 涙の跡・・・そうか、これ見て乱馬、必死に謝ってたんだ。 その勘違いがすごく嬉しい。 「気にしてなんかないよ?」 「いや、気にしてる。おれにはわかる。」 「出来ないほうがおかしいんだよ、おばさまに教えてもらってるのに、出来ないほうが・・・。」 「そ、そんなことはない!!」 「うぅん、今に始まったことじゃないけど、でもわたしは。」 「最初っからなんだって上手に出来るやつなんてそうはいねーよ! そんなんだったら、おれはあかねを好きになってない!」 「なんなのよ、それ・・・。」 なんかひっかかる乱馬の言い草。 「い、いや、だからだなー。」 「なによ。」 「だから、おれがついてなきゃだめだって、そう思えたから・・・ あかねが出来ない分、おれがフォローしてやりてえってそう思ったから、 だからおれはあかねのことが気になって、それで・・・。」 「・・・・・・。」 「誰だって苦手なことがあったほうがかわいいし。」 「乱馬も猫化するとかわいいもんね。」 「ば、ばか、あれはっ。」 「最初、おばさまの膝にいたのよ?」 「え?」 「猫化して、おばさまの膝に乗ってたの。」 「・・・・・どおりで。」 「ん?」 「あ、いや。」 「何よ?」 「・・・落ち着かなかったんだ。」 「覚えてるの?」 「いや、相変わらず記憶はねーけど、最初にいたところは、 好きなんだけど、落ち着かなくって、それで、次にいたところが、 安心できて、暖かくって、大好きな感覚だったんだ・・・。」 「やだ。」 「あかねじゃねーと、だめってことだな。」 「そんなのわかんないよ? おばさまのほうが何だって出来るし、 それに、細かいことにもすぐ気がつくし、優しいし。」 「あかねにはあかねだけの、いいところあるだろ!」 「・・・・・・。」 「おれにさえ、わかればいいんだ、あかねの魅力は。」 「・・・・・・。」 「他の奴の目になんか映らなくっていい、おれにさえ見えてたらそれでいいから。」 「・・・・・・。」 「駄目?」 「駄目・・・じゃない。」 おばさまに、乱馬を産んでくれてありがとう、って 今度会ったら、伝えたい・・・そう思った。 =おしまい= 呟 言 女の方の永遠のテーマ。嫁、姑問題ですな(笑) 私はまだ結婚しておらんのでわかりませんが、 ご主人のお母様がのどかさんみたいな人ばっかりなら、きっと苦労しないのかなぁ・・・ お嫁さんとしてのあかねちゃんのやきもちがちょっとでも出ていたらいいなぁ・・・なんて思います。 今回記述と一緒に考えて作ったお話です。 何となく乱馬くんの性格が原作に近いと私は思ったんですけどね。 読んでくださった方、いらしたらありがとさんです。 ひょう