無には還らない 今、思えば・・・・・なんであの時気づいてやれなかったんだろう。 「おめー、聞いたか?」 「なに?」 「良牙んとこ、子供、出来たらしくってな。」 「う、うん。」 「なかなか、自分の時間ってのが持てなくなって大変だって言ってたけど、 やっぱり、忙しいもんなのかな。」 「・・・・・乱馬、自分の時間、欲しいよね?」 「ん、ああ。そりゃあな。」 自分の時間っていうよりは、 あかねとふたりでいる時間ってのを、まだまだ大切にしたいってことなんだけど。 「そうだよね、自由になれる時間って必要だよね・・・。」 何となく、言葉に元気がないような気がして、あかねの顔を覗き込む。 「あれ? あかね、おめー顔、赤いぞ?」 「え・・・う、うん」 「何だよ、熱あんのか?」 そう言って、おでこに手をあてる。ちこっと、熱い。 「微熱なんだけど。」 「風邪か? 早く治せよな。」 「うん・・・。」 あかねのこころに出来てたひび、見えてなかった。 「おめでとう! 乱馬くん。」 「え?」 ねえちゃんたちから受ける、突然の祝いの言葉に戸惑う。 何だよ? 「もうっ、しらばっくれてー。」 「そりゃあ、照れるわよね。」 「え・・・。」 「今更 恥ずかしがったって遅いわよ。」 「事実は事実だものね。」 「あかねのこと、大切にしてよね! これまで以上に!」 もしかして・・・いや、多分。 「あ、ああ、子供だろ?」 「十二週目に入ったって言ってたわね。」 「安定期に入ったばっかりだから、本当に気をつけてあげてね。」 「はい。」 ・・・知らなかった。 言われてみたら、思い当たる節だらけだった。 食欲ないって言って、最近ちゃんとご飯、食べてなかったし、 微熱・・・あれは風邪のせいなんかじゃなかったんだ。 だけど、どうして? なんでおれに言わないんだ? なんで話してくれないんだ? もしかして、おれを驚かせようとしてる? なんだ、そっか。 相変わらず、かわいいとこあんじゃねぇか。 そうは思ったけど、やっぱりちゃんと事実を知りたいから、台所にいたあかねに、確認をとる。 あかねは驚いた表情。 あ、やっぱり? 「驚かせようとしてた?」 あかねの表情が曇っていく・・・ように見える。 どうして? 「・・・・・・十六週・・・五ヶ月目入ってから言おうと思ってたの。」 「は?」 「堕ろせって言われたら嫌だから、堕胎できなくなってからって。」 な、何を言いやがるんだ。 「おれが、んなこと、言う訳ねーだろ!!」 当然、怒る。 当たり前だろ、何だよそれ! 全然、おめー、かわいくねぇよっ! 「・・・・・・。」 あかねはしばらく黙り込んでいた。 何か、真剣に考えてるようだったけど、頭に血がのぼっていたおれは、 そんなあかねの様子に まどろっこしいものを感じて いらいら する。 黙って言葉を待っていると、あかねは口を開いた。 「わたし、乱馬にさよなら言うね。」 「・・・・・え?」 唐突に切り出された別れ話。 何、言い出すんだよ・・・。 「どうして?」 「乱馬に負担かけたくないから。」 「どういうつもりだ。」 あかねの真っ直ぐな瞳がおれを見つめる。 「わたしひとりで、育ててくから。」 あんたになんか、頼らなくったって、ちゃんと育てていけるから。 そういう風に言われてるみたいに感じて、怒りが腹ん中から、込上げてきた。 「・・・・・早い話、おれにはおめーらを養っていくだけの、経済的能力がないって言いたいんだな?」 「ち、違う!」 「父親になる資格なんかねーって、そう言いたいんだ。」 「そうじゃない。」 「あ、もしかして、おれの子じゃねーのか? そうなのか?」 「馬鹿っ!! そんな訳ないでしょ!!」 「じゃあ、なんなんだよ・・・わけわかんねーよ。おめーの考えてっこと。」 「・・・・・・。」 むかついてた。 一番最初に、おれに話さなかったことに。 妊娠したことを。 おれの子を身篭ったことを。 そんなにおれは頼りがい、ねぇか? こころ、許したから・・・からだ、許したんじゃなかったのかよ? あかねは、そのまま黙ってしまい、何を言っても、答えてはくれなかった。 正確には、瞳に涙を溜めてる、その姿に、それ以上何も言えなかった。 自分の部屋にひとり、戻る・・・が、やっぱり、落ち着かない。 あかねの本心、確かめたい。 足はあかねの部屋に向かう。ドアをたたくが、返事はない。 勇気を出して、扉を開けた・・・が、あかねの姿はなかった。 「どこ、いったんだ?」 部屋の中に入ると、そこかしこに散乱していた、妊娠に関する、本。 机の上にあったそれを一冊手にとり、ぱらぱらとめくる。 そこにはチェックが入ってたり、付箋が貼ってあったりしてて、 ちゃんと、勉強してんだな・・・ それが解かるほどに、何も知らずにいた、自分自身が責められる。 「はじめて聞くような言葉ばっかりだ。」 あかねのチェックが入っているところに目を通していく。 ・妊娠中毒症・・・胎児も母体も命が危険にさらされる場合もある怖い病気。 ・帝王切開・・・母体に麻酔をかけて、おなかを切り、赤ちゃんを取り出す。 会陰切開、流産、早産・・・。 怖くなった・・・・というのが正直な感想。 あかねの身体にメスを入れられるのを想像しただけで、気分は悪くなる。 これを読んだ、当事者であるあかねの気持ちを考えると居た堪れなくなった。 あかねは、おれのこと、お腹にいる子供のこと、そして自分のことを考えてる。 だけど、おれは? あかねに辛くあたって、責めて・・・自分のことばっかりじゃねーか。 あかねに見限られるのは当然だ。 それに、・・・・・おれは、ここまで真剣に考えたか? もっと簡単に、単純に、子供が出来たって聞いたら、 抱きしめて、「やったな。おれの子、産んでくれよな」って、 そう言うつもりだったんじゃねーか? あかねがこんなに苦しむことを予想してなんかなかった。 あかねが危険な目に遭うかもしれないなんて、考えてもみなかった。 あかねが傷つくなんて思いもよらなかった。 自分の浅はかさが憎たらしい。 自責の念に苛まれながら、本を元の場所に戻す。 ・・・と、手帳のようなものが目に入った。 母子手帳だ。 手にとり、中を覗き見る。 母親の名前の欄にあかねの名前が書いてあったけど、 父親の欄におれの名前は書いてなかった・・・。 やっぱり、痛かった。 わかってるさ、簡単じゃないことくらい。 だけど、どうしておれに頼らないんだ? ひとりでどうにかできると、本当に思っているのか? ふたりで話し合いたくて、気持ち、確かめたくて、あかねを探す。 洗面所にいた。 つわりの症状が出てたみたいで・・・精神的なもんも、あんだよな。 さっきの本に書いてあった。 おれじゃ、あかねのこころは癒せないかな? 「大丈夫・・・か?」 背中をさする。 「・・・・・・うん。」 真っ青な顔で、こっちを見る。 全然、大丈夫なんかじゃないくせに。 「つわり、だよな?」 「うん。」 「ひどいのか? 飯、やっぱ食えねーのか?」 「ううん、安定期に入って、ちょっと落ち着いてきてるの。」 「そっか。」 ほっとする。 それが、あかねにも伝わったみたいで・・・。 「心配してくれてるんだ、ありがと。」 やさしい顔で微笑んでくれた。 久しぶりに、あかねの笑顔、見たような気がした。 いとおしくて、身体を抱き寄せる。 力を入れないように、気遣いながら・・・。 「あたりまえだろ? おめーだけの身体じゃねぇんだから。」 「・・・・・無理、しなくてもいいんだよ?」 まだ、そんなこと、言うのか? どうして・・・どうしてそんな悲しいこと、言うんだ? おれじゃ、駄目か? 「無理なんかしてねーよ。」 「・・・・・乱馬には、自由に生きていってほしいから。」 「はぁ?」 「乱馬、まだ若いし、将来とか未来とかあるし。 まだ、遊びたいと思うし、楽しんで生きていってほしいの。 乱馬の人生、こんな所で決めさせる訳にはいかないから。」 あかねから身体を離す。 おれは無言でその場を立ち去る。 「乱馬っ。」 後ろで名前を呼ばれたけど、その声が涙に震えてるのはわかってたけど、振り返れなかった。 おれは馬鹿だ。 本当に大馬鹿野郎だ。 ここまでおれを想ってくれてる、あかねの気持ちが見えなかったなんて。 おれが放った軽い言葉。 それを気にして、あかねは悩んでいたんだ。 どうして、安心させるような言葉をかけてやれなかったんだ・・・。 己を呪う。 だけど、気付いた。 たった今だけど、遅くなんかない。 おれは、おれのやり方であかねを守る。 翌日、仕事から帰ってきたおれは、あかねの目の前に、真新しい一冊の手帳をさしだす。 父子手帳。 「父子・・・手帳?」 「今日、役所行ってもらってきた。おれは、父親になるんだからな。」 「乱馬。」 「正直、今までおれは、すげー単純に考えてた。 子供が出来たんなら産めばいいって。 だけど、そんな簡単なことなんかじゃないんだよな。 辛いこと、いっぱいあるし、きついことに出遭うと思う。 でもな、ふたりだったら乗り越えられるって、そう思ったんだ。」 「・・・・・うん。乱馬と一緒だったら、出来る。」 「ふたりで、頑張ろうな?」 「うん、頑張る。」 嬉しそうなあかねが、そこにいて、おれは、もっともっと嬉しくなる。 「今、どのくらいなの?」 お腹に耳をあてる。 「ま、まだこのくらいでっ。」 あかねは親指と人差し指を開いてみせる。 ちっこいな・・・。 「心音だって、もうちょっとしないと聞こえないし。」 「でも、ちゃんと、ここにいるんだよな?」 「・・・・・・うん。」 「確か、声は わかるんだよな?」 「うん。」 「無理、すんなよ。」 「え?」 「おれは・・・。」 お腹に向かって話し掛ける。 「ちゃんと、元気に産まれてこいよ。だけど、もし、 もし、おまえと、あかねと、どっちか選べって言われたら おまえには悪いけど、あかねを選ぶからな。」 「・・・・・・。」 「いいな、だから、母さんに無茶させんな。苦しいときは、自分で何とかしろ。」 あかねは笑い出す。 「もう、乱馬、無茶苦茶言って・・・そんなこと、出来る訳ないでしょっ!」 「いや、おれの子だ、絶対に出来る。あかね、苦しめるようなことは絶対にしない。」 「乱馬・・・。」 「だから、おめーは無理、すんなよ。」 「うん。」 「おめーと、こいつ、おれがちゃんと守るから。」 「うん。」 一度作り出した生命は、消すことなんかできない。 絶対無には還らない。 1+1=2にならないように、 1−1=0にはならない。 簡単に産みだせないように、簡単に捨てられない。 だから、尊いんだ。 「母子手帳、ちゃんとおれの名前、書いとけよ。」 あかねは返事の代わりに、優しく静かに微笑んだ。 =おしまい= 呟 言 飛鳥さまから受けましたキリリク小説でした。 「妊娠物」・・・想像妊娠でもよいとのことだったのですが、逃げれませんでした(汗) 難産でした。未経験なもので・・・。 実は今までに一度も、この手の妄想したことがありませんでした・・・。 資料も何もない状態からのスタートだったので、予想以上に時間がかかってしまって(汗汗) ごめんなさいですっ。 ひとつ言っておきたいことがあります。 乱馬くんの言った言葉、「おまえとあかねだったらあかねを選ぶ・・・」 この言葉は、これを書くために調べ回ったサイトさまで見つけ、 どうしても、乱馬くんに言わせたくて、言葉自体は変えましたが、 言葉の持つニュアンスを使わせてもらいました・・・。 ごめんなさいっ! 本当にごめんなさい。同人屋最後の一線、微妙に越えてしまいました(謝) ただ、この言葉がすごく素敵だと思ったので・・・。 きっと、これを読んでくださる方々もそう思うのでは・・・と思いました。 でも、それを私が生み出した言葉と思われ、その上、この言葉、素敵ですねっ なんて言われた日には、私のこころが痛みますので、正直に自己申告いたしますです・・・。 そのくらい、追い詰められていたことをご理解頂ければ幸いです・・・。 ひょう