感謝していたいから 『誰にでもできる簡単料理』 『365日の献立』 本屋に並ぶ色々な料理の本。 いつもどれにしようか悩んでしまう。 「この本、もう持ってるし・・・。」 『簡単に作れるおべんとう』 ふっ と、視界に入ってきた おべんとうの本。 そういえば、おべんとうなんて今まで一度も作ったことなかったけど、 作ったら・・・・・乱馬、喜んでくれそうな気がする。 結局、おべんとうの本を手に取り、レジに向かった。 帰り道、かすみおねえちゃんの所に立ち寄って、このことを話してみる。 「乱馬にね、おべんとう作ってみようかなって思ってるんだけど。」 「今まで作ってなかったの?」 「うん。」 「じゃあ、きっとすごく喜ぶわよ。」 「そ、そうかな?」 「がんばんなさいね。」 「うん、ありがとう。」 かすみおねえちゃんに励まされ、俄然やる気がわく。 うきうきした気持ちで家路に着いた。 帰って早速、さっき買ったおべんとうの本をぱらぱらとめくる。 今、冷蔵庫の中にあるもので出来るのは・・・・・・これと、これ、それに・・・・・・ 乱馬の喜ぶ顔が頭の中に浮かんでくる。 晩ごはんの支度をしながら、明日のおべんとうの下ごしらえもする。 ごはんの支度が出来た頃、乱馬が帰って来た。 「ただいま。」 「おかえりなさい。」 台所から声をあげ、返事をする。 急いでおべんとうの材料を冷蔵庫の中に隠した時、ちょうど台所に入ってきた。 「ただいま。」 「おかえり。」 「あ、いい匂い。」 「すぐ、テーブルに並べるから、ちょっと待っててね。」 「わかった。」 よかった、ばれてない。 「手伝おうか?」 いつもはお願いするけど、冷蔵庫を開けられたら、折角の計画が台無し。 「疲れたでしょ? 座ってて。」 「え・・・うん。」 そうして、乱馬が手を洗ってる間に食事を並べた。 「いただきます。」 食卓について、いつものように食事をする。 「ん? あかね、どうかした?」 「え?」 「おれの顔、なんかついてるか?」 「ううん、なんにも。」 「そう。」 「どうして?」 「いや、あかねがおれのこと、じっと見てたような気がして。」 明日、乱馬の驚く顔を想像して、ついまじまじと顔を見ていたみたい。 ばれちゃったら元も子もないから、上手く誤魔化さなくっちゃ。 「そんなこと、ないよ。あ・・・ね、おいしい?」 「ああ、おいしいよ。 あかね、本当、料理上手くなったよな。」 「え。」 躊躇しながら、思い切って聞いてみる。 「毎日、食べたい?」 「あたりまえだろ。」 さらっと望んでる言葉を言ってくれた乱馬に、ますますおべんとう作りへの意欲は増した。 乱馬がお風呂に入ってるうちに、後片付けと一緒に、途中までだった下ごしらえを最後まで済ませた。 後は、明日。 知らず知らずにもれる鼻歌に、乱馬は気がつき声をかける。 「なんか、いいこと、あったの?」 「え、ううん。別に・・・・・どうして?」 「んー、すげぇ楽しそうだから。」 「そうかな?」 口元が綻ぶとこまでは隠せなくて、乱馬は目聡くつっこみを入れてきた。 「な、隠さねぇで言えよ。」 「隠してなんかないよ。」 「嘘つけ。」 「・・・明日になったら、わかるから。」 「なんだよ、それ。」 「いいから、ね?」 これ以上話してると、言っちゃいそうだったから、乱馬の横をすり抜ける。 「わたしも、お風呂入ってくるね。」 そう言い残し、お風呂場に向かった。 翌朝、いつもより早めにかけた目覚しより、先に目が覚めて、ひと安心。 乱馬に気付かれないように、隣を気遣いながらそおっと布団を抜け出す。 冷たい水で顔を洗って、寝室に戻る。 乱馬はぐっすり眠ってる様子。 布団を掛け直し、エプロンを身に纏いながら足早に台所に向かった。 炊き立てのご飯をボウルに入れ冷まして、 卵を割って泡立てて、よく熱したフライパンに流して・・・その合間に朝ごはんの支度。 手際よく、順調に、ことは運んだ。 用意しておいた大きなおべんとう箱いっぱい、色とりどりのおかずがきれいに並べられていく。 最後にふたをして、風呂敷に包み、出来上がった。 テーブルに朝ごはんを並べて、おべんとうは戸棚の中にこっそり隠す。 時計を見たら、いつも乱馬を起こす時間。 すごく思い通りに進んだ作業に満足しながら、寝室に向かう。 ドアを開けたら、乱馬は すでに起きていた。 「あ、乱馬、おはよ。」 「ん。」 「珍しいのね? 起きてるなんて。」 「ん。」 いつもわたしが起こしてやっと起きるのに・・・。 いつもより早く起きてたの、ばれてないよね? お弁当のこと、知らないよね? せっかく、秘密にしてたこと。 どうか、気付いてませんようにって、祈る。 乱馬を見たら、こっちに背中を向けたまま、髪を梳かしておさげを結っていた。 「あ、乱馬。わたしが。」 いつものわたしの仕事。 最初の頃は全然上手く出来なくて、結局、乱馬が自分でやってたけど、 何度も何度も練習して、そう、お料理と一緒。 いつの間にか、ちゃんと出来るようになっていた。 乱馬のおさげを編むのは、わたしの日課。 髪に手をかけようとしたら・・・。 「いい。」 強い口調の拒否。 差し出した手を思わず引っ込めた。 機嫌、悪い? どうして? 「朝ごはん、出来てるから・・・。」 声は震える。 怖くて、聞けない理由に怯えてしまう。 わたし、乱馬の気に入らないこと、しちゃったのかな? でも、おべんとう見たら、きっと喜んでくれる。 そうやって自分の気持ちを奮い立たせ、朝食の用意を済ませた。 乱馬は やっぱり機嫌が悪いらしく、何も言わず終始無言。 黙々とごはんを食べる。 その様子に、だんだんと、やっぱり気持ちは沈んでくる。 どうして? 何に怒ってるの? でも、聞いたところで きっと 別に ってしか言われない気がする。 そうしたら、言い合いになって・・・喧嘩になってしまいそう。 そうなったら いやだから、喉もとまで出かかってた声を ぐっ と抑えた。 食べ終わった乱馬は、出掛ける支度を済ませ、玄関に向かう。 隠しておいた風呂敷包みを手に取り、後ろに隠して 乱馬の後に続いた。 「いってきます。」 「あ、待って、乱馬。」 「なに?」 勢いよく、包みを差し出す。 「はい、おべんとう!」 乱馬は目をぱちくりさせた。 びっくりしてる? 驚いた? 「え・・・これ、あかねが作ったのか?」 「あ、当たり前でしょっ!」 「そっか・・・だから・・・。」 「え?」 ぶつぶつ言ってる乱馬の言葉がわからない。 「はい。」 乱馬の手を取り、手の上におべんとうを乗せた。 「頑張ったんだから。」 「・・・・・・。」 包みをじっと見つめてる、その表情はどこか険しい。 「嬉しくないの?」 「・・・せっかくだから持ってくけど・・・もう二度と作るなよ。」 「え?」 「遅刻するから、もう行く。 いってきます。」 耳を疑った。 嘘だって思いたかったから。 だけど、何度も乱馬の言葉が頭の中で繰り返される。 もう二度と作るなよ。 それって、食べたくないってことだよね? わたしの料理、いやだってこと。 外で食べた方が おいしいに決まってる。 お昼くらいは、解放されたいよね? おいしいって言って食べてくれてたの、演技してくれてたんだ。 乱馬の無理に気付かないなんて、わたし・・・まだ全然駄目だね。 目の前の扉は、重い音を発しながら閉じられた。 その日いちにち、乱馬の言葉が胸をちくちく刺して、なにをする気にもなれなかった。 気がついけば、夕方。 「あ・・・晩ごはん。」 わかない食欲と意欲では、食事を用意する気になどなれない。 「いっか。もう作らなくったって。だって、おいしくないんだもん。」 わたしの味覚、おかしかったんだ。 だから、本当はすっごくまずかったのに、 わたしの味覚で作ってて、わたしがおいしく食べてるの見て、気、遣ってくれてたんだよね。 すごく申し訳ない気持ちに駆られる。 乱馬が帰ってきたら、ちゃんと話して、謝って、もう二度と料理はしない、そう言おうと決めた。 いつもの時間、乱馬は帰ってくる。 「ただいま。」 「・・・おかえりなさい。」 泣いて腫らした目を見せるのが嫌で、俯いたまま、乱馬を出迎えた。 「・・・・・泣いてたのか?」 「そ、そんなことない。」 そう言いながらも顔を上げようとしないわたしの態度に、乱馬は、やっぱり優しい言葉をかけてくれる。 「朝のことだけど、悪かったな。」 「なにが?」 出そうになる涙を必死に堪え、わたしは返事をした。 優しくなんかしてくれなくていい。 じゃないと、わたし、また、勘違いしてしまうから。 「おいしかったよ、お弁当。」 「無理しないで。はっきり言って。」 「え?」 「本当は、すごくまずいんだよね・・・ごめんなさい。気が付かなくて。」 「いや、あかね。」 「もう、二度と作ったりしない。乱馬に無理なんかさせたりしないから。」 「そうじゃない、違うんだ。」 「違わない。」 涙が溢れ出し、頬を伝い流れていく。 「な、泣くなっ。」 「だって、だって、わたし。」 乱馬は急に背中を向ける。 泣いてる顔、見たくないんだよね・・・。 乱馬のこと どんどん追い詰めてる気がして、慌てて涙を拭う。 「もう、泣かないから、だから、乱馬。」 「ごめん。」 「謝らないで。」 乱馬の背中に身を寄せ、脇から腕を入れ抱きしめた。 胸の方に回した手を乱馬はそっと握ってくれる。 「朝・・・起きたらさ、あかね、隣にいなくて、おれ・・・。」 「・・・うん。」 「本当はな、あかねがいつも起きる少し前に目、覚めてんだ。 隣で、気持ちよさそうに眠ってる顔見て、今日も一日、頑張ろうって気になるんだ。」 「乱馬。」 「なのにさ、べんとう作ってて・・・。」 「いや、だった?」 「せっかく、一緒にいれる時間、もったいないだろ?」 「でも・・・。」 「そりゃあな、正直言うと、ありがたいよ。 あかねの料理、おいしいっていうのは嘘じゃないし。」 「じゃあ、どうして・・・。」 「これに慣れたら、それが当たり前って思う・・・自分への戒めみたいなもんかな。」 「戒め?」 「うん。おれだけの為にあかねが作ってくれる、料理を、ずっとずっと感謝していたいんだ。 なのに、もったいないだろ? おべんとうまで食べたら。」 本当に? 本当のこと、言ってくれてるの? 乱馬の顔は見えないけど、手にこもる力が増してる。 信じれる。 わたし、乱馬の言葉、信じる。 「わかった?」 「うん。」 乱馬の背中に顔を押し付けた。 「で、晩飯は?」 「・・・ない。」 「・・・・・・作ってくれるよな?」 「買物、行ってないから・・・。」 「いいよ、なんだって。あかねの作るのなら。」 「遅くなるけど、いいの?」 「待たされた方が、もっと、ずっと、おいしいから。」 「じゃあ、手伝ってね。」 わたしは乱馬の身体を離れ、水道をひねった。 =おしまい= 呟 言 ここの管理人さん、本当、あかねちゃんの料理に拘ってるわよねぇ(汗) ・・・って感じで。 だって、あかねちゃんの手料理、絶対おいしいと思うのです。 はいはい、わかったって聞き流してくださいませ。 未来的なのを久々書いてみたものの・・・相変わらず、あまい感じもなく。 一応、起承転結おちなつもりは出してみつつ。 前半のいちゃいちゃ加減が伝わったらいいなと・・・。 ひょう