ひとりじめ 台所からいい匂い。 それと一緒に流れてくる鼻歌。 なにか作っているらしく、かちゃかちゃと食器の触れ合う音がする。 感じる優越感。 口にする瞬間を想像しただけで嬉しくなる。 当然落ち着かなくて、台所の入り口を何度もうろうろ。 ちょうど冷蔵庫を開けてる隙に、開かれている本を覗き見た。 「?」 聞いたこともないような名前。 ちょっとだけ不安になる。 ざっと作り方を見てみても、相当手間がかかりそう。 別にこんな手の込んだようなもの作らなくったっていいのに。 いつもの、あれで充分なのに。 あれ? なんか今日、特別な日だったっけ? なんだったかな・・・。 いつの間にか、おれの存在に気付いていたあかねは、こっちを見ながら口を開いた。 「それね、頼まれて作ってるの。」 「・・・ふーん。」 さっきまでの気持ちよさがあっという間に消え去る。 なーんだっていうのと、がっかりしたのと・・・それと・・・。 「ちょうどよかった。卵、足りてる。」 開けていた冷蔵庫から取り出してテーブルに乗せる。 「次は・・・。」 本に目を向けたとき、無言でそれをひとつ手の中に入れた。 「とりあえず、卵を割るのね・・・あれ?」 冷蔵庫をもう一度開き、その中を確かめては首をかしげる。 「おかしいなぁ。むっつ、置いてなかったっけ?」 「さあな。」 「ちゃんと足りてるって思ったのに。」 「足りねぇんなら、作れねぇよな。」 「・・・・・・。」 諦めると思いきや、あかねはおれをじっと見つめた。 「な、なんだよ。」 「乱馬・・・悪いんだけど、卵、買ってきてくれる?」 「・・・・・・。」 「お願い。」 上目使いでお願いされたおれは、仕方なく、手の中に隠していた卵を差し出す。 「え?」 「・・・・・・。」 「・・・子供みたいなことしないでよ。」 受け取った卵をボウルの中へと割り入れながら、呆れたような声で言う。 確かに料理、上手になったけど・・・だからって、頼まれて作るなんて・・・ あんま、調子に乗んなよな。 言ってやろうかと思ったけど、おれのことなんか、まるで無視。 その姿に言葉を失う。 真剣に作り方を目で追い、手を動かす姿に、しばらくは、 我を忘れて見とれていたけど。 ふと視界に入ってきた、テーブルの上のふるわれた粉。 結局、おれのためじゃねぇんだよな。 苛々した気持ちで、思うがままに、それをひっくり返した。 あたり一面、真っ白な粉が霧のように舞い上がる。 視界がはっきりした頃、粉まみれになったあかねが姿を現した。 「どうして、こんなことするの?」 思いっきり低い声。 予想を超えた展開。 泣きそうな顔しながら、怒ってた。 その姿が胸を締め付ける。 他人のため、一生懸命になる姿が許せなかった。 ただ、そんだけだったのに。 こんな顔させてしまったことへの後悔が襲いかかる。 「・・・・・・。」 あかねは無言で再び小麦粉を取り出し、ふるいにかけた。 自分以外の誰かのためになにかするなんて許せなかった。 ましてや、初めて作るものを、誰かに渡してしまうなんて。 だけど、邪魔に入ろうと台所へ入ろうとする度、 顔を上げてきつく睨んでくる。 そんな顔されては、さすがに中には入れなかった。 「乱馬。」 どうやら出来上がったらしく、あかねはおれを呼びにやって来た。 「味見、してくれる?」 テーブルの上に、綺麗に出来上がったそれが乗っている。 言われなくともそのつもりだったおれは、狙ったように、 その真ん中にフォークを突き立てた。 「ああっ!」 なんてことするのと、そういう顔であかねはおれを見るけど、 今更、元には戻せない。 ざくざくと、わざとらしくフォークを動かす。 「ちゃんと、火は通ってるみたいだな。」 そう言いながら、ひとくち。 ・・・うん、おいしい。 「・・・乱馬・・・。」 あっけにとられるあかねをよそに、嬉しさが込み上げてくる。 また、ひとつ、あかねの新しい味に出逢えた。 「なんてこと、するの・・・。」 粉まみれのあかねは、恨めしそうな瞳を向ける。 「あかねの初めては、おれが全部、もらう。」 他のやつには絶対渡さねぇ。 「え・・・あ、あの・・・。」 あかねは、なぜか頬を赤らめ、瞳をそらした。 「おれ以外に食わせようとなんかすんな。」 戸惑う姿を無視して話を続ける。 「そんなこと、してないよ。」 焦ったように返事をする。 「してるだろ。現に今だって。」 「乱馬の分・・・こっち。」 指差されてよく見たら、ひとり分だけちゃんと別に用意され、 皿の上に乗っていた。 「え。」 「だから・・・味見してって、言ったの、こっちなの。」 なんだ、そうだったのか。 罪悪感が沸きあがろうとした・・・だけどそれに勝る気持ちがあった。 「もう一回作るから、卵、買って来て。」 逆らえず、財布を手に取り、外に出る。 にやけた顔を必死に隠しながら。 =おしまい= 呟 言 いたずらっ子乱馬くんというか・・・いたずらしすぎなんですけど。 かまってほしかったのよ、そうなのよ。 というか、私の妄想はあかねちゃんの料理はおいしいということが大前提だったりするので、 そこら辺がなんだかなぁって話なわけなんでしょうけどね、本当にね。 で、あかねちゃんが一体何を作ったのか・・・そこいら辺はご想像にお任せって感じで。(馬鹿ですな。) なんとなく、甘い物を想像していただけたらなとか。 いえ、別にどんなものだっていいんですけど、ただ私的にはって話です。 というか、そんなことどうだっていいことなのでした。 ひょう