魔 弾





「それじゃ、いってきます。」

 玄関を出て行くあかねの後姿を見送る。
いつからこんな風になってしまったのか、閉まる扉を睨みつけながら考えた。

 どうやら二週間くらい前、あかねとの約束をつい忘れてしまったことが原因らしい。

 一緒に出掛けることが当たり前のようになってた。
だからというわけではないけど、油断してたのも正直あった。
はっと思い出したとき、すでに夕方近くて、あかねはきちんとよそいきに着替え、
むっとしてベッドに座っていた。

 そのとき相当謝って、あかねも気にしてないと言って許してくれてたようだったから、安心していたけど。

 そんなにたいした用事でもなかったのに・・・とそのことを思い返しては、
そのときの自分が憎らしくなる。

 なんでその時に限って、あかねのことを忘れてしまったのかと。


 学校では、ひとり出掛けたはずのあかねが見知らぬ男と歩いていただとか、
聞きたくもない噂が飛び交う。

 あかねは肯定も否定もせず、ただ黙っていた。

 その態度が余計に気持ちを苛立たせる。
そして、何度も後悔する。
どうして、あかねを放っておいたのだと。


「ただいま。」

 夕闇に染まる頃、あかねはひとり、帰ってきた。
 
「おなかすいちゃったー。」

 手を洗ったあかねは、おれの隣に座る。

「どこ、行ってたんだ?」

「別に・・・どこだっていいでしょ。」

「じゃあ、誰と?」

「誰とだっていいじゃない。」

「なんで隠す?」

「別に、隠してなんか・・・わざわざ言うほどのことでもないから。」

 確かにそうかもしれない。
そもそも、おれたちの関係は、恋人同士ではないのだから。
あかねがどこで誰と会っていようと、おれが干渉することじゃない。

「ひょっとして、乱馬・・・気になるの?」

「気になる・・・。」

「え。」

 あかねは驚いた表情でおれを見る。

「わけ、ねぇだろ。おめーがどこでどうしてようと、関係ねぇ。」

 ひとこと余計な自分が、恨めしい。

「だったら、聞かないでよ。」

 あかねはおれから目をそらし、晩飯を食べ始めた。

 同じように、晩飯に箸をつけるけど、食欲などわくわけがない。
頭の中では、あかねが見知らぬ男と仲良く話す、そんな様子が巡る。

 あかねが選んだものやことを認めなきゃとは思うけど。

 おれ以外が選ばれるなんて、許せない。


 次の日曜日、この間出掛けたときに買ったらしい、
真新しい服に身を包み、嬉しそうに玄関に立つ。
唇にのせられている赤みのせいで、普段より余計、かわいく見える。

「それじゃあ、行ってきます。」

 なにも言えず、ただ黙って見送るおれ。

 なにやってんだ。

 腕を掴んで、無理やり引っ張って、あかねのこと好きなように連れ出したい。

 どうすりゃいい? 誘えばのってきてくれるのか?

 おれ以外の誰かのために、おしゃれなんかしないでくれ。


 喉の奥から今にも出そうな言葉。
いざとなると、出てはこない。

 このままいけば、どう転んだって、あかねはどこかの誰かにとられてしまう。
だからって、はっきり言われたところで諦められるわけがない。
おれにはあかねしかいないのだから。



 日が暮れる少し前、玄関は開く。

「ただいまー。」

 とたとたと走り、迎えに出た。

「お、おかえり。」

「うん、ただいま。」

「あ、あの・・・さ。」

「え?」

「あの・・・その・・・。」

「なあに?」

 ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら、大きな瞳がおれの顔を覗きこむ。

「・・・来週、一緒に、で、出掛けないか?」

 何度も息吸って、過呼吸になるんじゃないかってくらい、くらくらしながら、
それでもようやく口に出せた言葉。

「うーん・・・どうしようかな。乱馬、忘れちゃうから。」

 やっぱり、あれ、根にもたれてたのか・・・内心、ほっとして嬉しくなった。

「もう、忘れたりなんかしない。」

 いつもだったら、だったらそんとき、ちゃんと言えよって言っちゃうところだけど。

「今度忘れたら、本当に他の男の人についてっちゃうからね。」

「え。」

 どきりとするよな、笑みを浮かべながら、あかねは横を通り過ぎた。


 あかね以外のことを考えることが出来ないように、自分自身に魔弾を打ち込もう。

 二度と同じ過ちを繰り返さないように。

 そして、あかねに、こんな想いさせないように。










感 想

一応、言っときますけど、こんな歌じゃありません。
あくまでも、私のイメージですって、一体何度説明するんだってくらい、説明してますが。

魔弾の射手というオペラもありますけど、それとも関係ないです。
と、思います。多分。私が受けた印象的には。
外すことのない魔弾という意味合い的には、合ってるとも思いますけど。
ちなみに魔弾っていうのは、悪魔の作った弾ということです。
絶対に外れることがないらしいです。         ひょう

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