きみをしりたい  最終章





「それじゃあ、おやすみ。」

 夜の帳がおりた、城内。
部屋を出ようとドアの方へ歩き出したら、袖をぐっと掴まれた。

「一緒に、寝よ?」
「えぇっ。」

 しんとした部屋に動揺のあまり裏返った声が響き渡る。

「な、何を言い出すんだ。」
「・・・だめ?」
「だめじゃないけど、でも、おれみたいな下仕えとなんか。」
「そんなこと、気にしなくっていいから。」
「・・・・・・。」

 想いと一緒に振りほどこうとした手・・・やはり、そう簡単には解き放せなかった。





 隣に身を横たえる。
広いベッドにも関わらず、すぐそこにあかねがいた。
離れようとして少し動いたら、あかねは腕を引き寄せる。

「あ、あかね?」
「こうしてていい?」
「え。」
「落ち着くの。」
「・・・・・・うん。」

 腕を組まれて強く握られた手は、柔らかくって暖かだった。



 無理しながら生きてるんだな。
だからおれのこと、本当に受け入れてくれてる。
普通に話せる相手が側にいてくれるってこと、肩の力の抜ける相手がここにいるってことが、嬉しいんだよな?
甘えたいけど、甘えられない・・・。
裕福に生まれても、物に満たされて生きていても、それは、何の役にも立っていない。

 むしろ、それは、あかねを締め付けてる。

 おれはあかねを自由にさせたい。
許されるというならば、あかねのために、おれはいきたい。




 熱くなっていく気持ちを、心地好さそうな寝息が、現実に引き戻した。

「・・・・・・。」

 そっと掴まれている腕を抜き、少しずつあかねから離れる。
起きないことを祈りながら。
そうやって、ベッドから出て傍らに座った。


 ここを出よう。
男としてあかねに受け入れてもらわなけりゃ、らちがあかねぇ。



 そう決心して、さよならを・・・と思い、立ち上がって、あかねを見た。
麗しい寝顔・・・唇の紅さが目に付いてちらちらする。
気付けば、身体は引き寄せられてた。
あかねの顔が、近づく。



「私、男の人苦手だし、嫌いだし、一緒にいたくなんかないの。」
「結婚相手候補の侯爵があかねに無理に迫ったことがあったの。」

 昼間の話が頭を過ぎった。


 ・・・もし、おれがあかねだったら?
見知らぬ好きでもない輩に、くちづけされたらどう思う?
一方的な愛、一方的な気持ちを、おれはあかねに受け入れさせようとしているんだ。


 近づけていた顔を離す。


そこにある荷物を持ち、部屋を後にした。






 ひっそりと静まり返った裏庭をそっと抜ける。
闇夜が姿を隠してくれた。
城門までやって来た時、それまでの音のない静寂の世界が唐突に打ち破られた。

「らんま。」


 驚いて振り返るとそこには・・・・・・。





 親父がいた。


「なっ、なんだ、親父かよっ。威かすな。」

 あかねに見つかった・・・と思っていたから、親父の存在に安堵し、胸を押え、深呼吸を一回する。

「探したぞ。」
「・・・・・・また縁談の話だろ。」
「うむ。」

 いつだってそうだけど、こうやって旅先でおれを探し出しては、無理矢理、国に帰らされる。
どうせ断るってわかっててもだ。


「ったく、しつけーよな。」
「まぁ、いいから、よく聞け、らんまよ。」
「んだよ。」
「今回は話が早い。おまえの縁談の相手は、ここの城の王女、あかねちゃんだ。」
「え?」
「明日、顔合わせすることになっているからな。」

 じゃあ・・・今、あかねの父親が探しに行ってる、結婚相手って、おれ?

「今日はもう遅い。」

 そう言って、親父は城から少し離れた森の中を指差した。火があるらしく、ほのかに明るい。

「あそこで野宿だ。」
「ああ。」


 焚火で沸かしていた、お湯を頭から浴びる。
身体が男に変化した。
用意してあった、本来の自分の姿に合う服を着る。

「あかねちゃんには、もう会ったのか?」
「・・・・・・。」

 聞こえないふりをして、大木の木の根に腰を下ろす。

「おまえ、もしや?」
「もう、寝る。」

 図星を指されて赤くなっていく顔をそむけた。

 ああそうだ。
おれはあかねに逢い、あかねを知り、あかねを好きになった。
できることなら・・・・・・。

 そのまま横になり、木の根に抱かれながら、夜を明かした。









 早朝、馬の嘶く声で目を覚ます。
身体を起こし、二、三度伸びをした。
消えそうになってる火に、薪をくべ、朝餉用にと湯を沸かす。
今だに眠る親父をよそ目に、近くの川へ。


 冷たく澄んだ水で顔を洗う。



 ・・・何者かの気配を感じ、顔を上げた。

馬に乗った・・・・・あかねだった。
こっちに気付き、表情のわかるくらいまで近づくと、馬を降りて歩み寄ってくる。


 ば、ばれた? そんな訳、ないよな。

 心中穏やかでは なくなる。

 すぐ側まで来て、口を開いた。

「あ、あの、すみません・・・。」

 あかねは視線を上げないまま、消えそうな位のか細い声を出す。
事情を知るだけに、その態度は痛々しく見えた。

「わたしくらいの、年恰好の、女の子、知りませんか?」

 本当は男と話をするのも嫌で嫌でたまらないんだろうな。
なのに、おれを探すために、無理して・・・・・・。

「顔上げてくれないと、どんくらいの年か、わかんねぇ。」

 意地悪だな・・・って、わかってる。
だけど、あかねの顔、よく見たいから。

「・・・・・・。」

 唇を噛み締め、顔を上げる。敵意に満ちた瞳。
おれには、その中にある、怯えがわかるから。

 だめだ・・・堪えられねぇ。

「知らねぇな。」

 ぷいっと、あかねに背を向けた。


「・・・リボン?」

 えっ?

 慌てておさげ髪の先を触ると、女の姿の時にしていた、大きなリボン。

 しまった・・・外すの忘れてた。
どうみたって、男のおれには似合わねぇ。


「らんま?」
「だ、誰だよ、そいつは。」
「おさげ髪だし、このリボン、らんま・・・よね?」

 優しい口調。


 これ以上、真実を隠せない。もう嘘はたくさんだ。

「よく、見とけ。」

 川に入り、水を身体に浴びる。
身体に合わない大きな服を引きずりながら、あかねの前に立った。

「これが、おれだ。本当は男で、呪いでこんな体質なんだ。」

 あわよくばなんて考えた、自分への罰。
嘘をついてあかねを騙した自分への制裁。
これでやっと、こころに決着がつく。

 あかねはおれを選ばない。


「らんま、なのね?」
「ああ。」
「突然いなくなったから、心配してたの。」
「・・・・・・へ?」
「旅立つなら、ひとこと言ってくれたらよかったのに。」


 拍子抜け。

 い、いや、待て。

「おれ、あかねのこと騙してたんだぞ? 本当は男なんだぞ?」
「うん。」
「おめーの大っ嫌いな男なんだぞっ?」

 あかねは黙って頷く。

 わかってねぇって。

 野宿していた場所に連れていく。
沸いたお湯を手に取り、それをかぶった。

「これがおれの、本当の姿だ。」

 わかってるよって、いう真っ直ぐな瞳。それがおれを焦らせる。

「あかねのこと、試してたんだ。おれは本当は王子で、名前だって乱馬って言うんだ。
 結婚相手を探して旅して、おれに見合った女、探し回る、そんな嫌な男だぞ。
 わざと、女の姿で近づいて、あかねを試してたんだからなっ!」
 
 捲し立てるように、べらべらと一気に話す。

「わたし、乱馬に、見合ってる?」
「それ以上だ、おれにあかねは勿体ねぇ。」
「そう、かな?」
「そうだよ。おれはあかねのこと、知れば知る程、惹かれてく。
 偽りのおれは、その分どんどんきつくなるんだ。
 だから、黙って城を出た。これ以上、おめーに関わると、おれはどうにもならなくなる。
 もう、おれに構うな。おれに近づくな。」
「どうして?」
「どうしてって・・・。」

 ・・・・・・調子狂うな。

「おれ、男だぞ?」
「うん。」
「いや、だから、男・・・だぞ?」
「うん。」
「おめー、男嫌いなんだろ?」
「大丈夫みたい。」
「みたいって・・・え?」
「だってね、こうやって、お話出来てるし、それにね、乱馬、わたしにキス、しなかったもん。」
「!!・・・おっ・・・起きてたのか!」

 ば、ばれてた!

「やっぱり、夢じゃなかったんだ。」
「え・・・。」

 ・・・・・・おれの馬鹿。

 顔がひりひりしてくる。

「今朝ね、お父さまとお母さまに聞いたの。乱馬、本当に十五回、結婚断ってるのね。」
「・・・目に見えるもんだけじゃ、わかんねぇからな。」
「それを聞いてね、会ってみたい、お話、してみたいなって、思ったの。」
「ど、どうだよ、話、してみて。」
「わたし、乱馬のこと、もっとしりたい。」

 あかねの真摯な瞳。

「これから、ずっと、一緒にいてね。」

 めぐり逢った ふたつのこころ。
 わかり合えた ふたりのおもい。

 ようやく ひとつになる。


 手を引いて、城に向かう。
男の姿ではじめて触れる、あかねの手。

「・・・・・・ずっとだからな。」
「うん。」

 つないだ手をあかねは強く握り返してくれた。






 




                         =おしまい=


呟 事

ひいた割にはの、そんな感じですみませんです。
更に言うなら、長々と続きまして(汗)
途中で何故か書けなくなってしまって・・・。
いろんな意味でおつかれさまでござんした。
・・・・・だからって、もう書かないなんてこともなく、
(反省しろよなと言われることも重々承知)
今後もこのジャンル、何の予告もなく、突発的に発生です。
だって私が好きなんだもんなぁ(馬鹿)

お付き合いありがとうございました(御礼)   ひょう

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