ちいさい自由   最終章     乱馬的観点





「わたし、ここを出る。」

 意を決したように、あかねは口を開いた。

「は? なんだって?」
「ここを出て行く。」
「急に何言い出すかと思えば・・・何のまねだ?」
「冗談なんかじゃない。わたしは、本気。」

 あかねの瞳は真剣そのもの。その輝きが・・・胸を刺す。

「出てどうするんだ?」
「城に戻る。」
「・・・伯爵と、あいつと結婚するとでも?」
「そうよ。」
「どうしてだ? あんなに嫌がってたじゃねぇか。死のうとまでしていたのに。」
「気が変わったの。」
「嘘、言うな。あかねはあいつを好きにはなれない。」
「なによ、その言い草! まるでわたしが乱馬のこと好きみたいじゃない!」
「違うのか?」
「違うわよ。乱馬のことなんか。」
「・・・そうか・・・。だったら、止めやしないさ。」

 ゆっくりと、背を向けた。
これ以上、あかねを見ていたら・・・無理矢理にでも引き止めてしまいそうだったから。

「勝手にどこにでも行きな。その代わり、二度とおれの前には面、見せんな。」
「わかった。」

 後ろで扉の閉まる音がした。



 昨日見た、悪夢の通りになった。

   「わたし、ここを出て行く。」

 さっきのあかねの姿が、頭の中と視覚とで だぶって見える。

   「こんな暮らし、もう沢山。ここには、わたしの望む自由などなかった。」
   「・・・・・・。」

 戸惑うおれのことなど一向に構う様子もなく、あかねは一方的に、決別の言葉を言い放つ。

   「乱馬と一緒にいるくらいなら、あの伯爵と結婚する。その方が幸せだもの。」
   「・・・・・・。」

 本気で言っているのか?
 ・・・だけど、そうかもしれない。
 こんなところで、貧しく生きていくことは、
 これまで王女として生活してきた あかねにとって、到底 無理な事なんだ。
 それに・・・おれはあかねを自由にすると言っておきながら、
 何一つ、選ばせてないんじゃないか?
 着る物だって、勝手に用意した物を着せているし、
 用事のあるとき以外は部屋から出ないようにしているし・・・。

   「さよなら。」
   「・・・・・・。」

 待て。待ってくれ。
 せめてこの国から逃れられたら、あかねを自由にすることが出来ると思うんだ。
 どうやって生きていくか、選ばせることが出来るって、そう思うから。
 だから、もうちょっとだけ。
 そしたら、おれの元を離れて構わないから・・・。



 こんな想いに駆られていたから、悪夢を見たのだろうか。
 こうなることを、先に予測していたとでも?

 そんなはずはない、そんなことあるものか。

「・・・まだ、あきらめやしないさ。」

 自分に言い聞かせるように呟いて、部屋に散らかった書類と、
引き出しからあかねの着てきた服を取り出し抱え、外に出た。
そうしてすぐに、手下を数人集め、これからの話をてっとりばやく済ませる。

「うすうす気がついていることと思うが、準備が整い次第、ここを出る。」
「すでに、準備をはじめております。」
「そうか。それでその後、伯爵の動きは?」
「へい。今の所、屋敷から盗み出したことは、見つかっておりません。」
「ここへも、あれ以来、捜索隊すら来る気配はありません。」
「今現在、王女の城、及び周辺の捜索に力を入れている様子です。」
「・・・よし。見張りを交代しながら、準備を進めてくれ。出来るだけ早くだ。
 明け方までには、ここを出発し、明日には隣国へ逃れる。」
「へいっ。」

 皆それぞれに準備を始めた頃、おれはひとり、見張り場へと急いだ。



 その途中・・・ひそひそと話す声が耳に入ってきた。
直感で不穏なものを感じたおれは、静かにその声の方に近づく。

「これで、邪魔者がいなくなる。ようやく頭の近くにいくチャンスだよ。」

 調理場の女が手下のひとりと話していた。

 邪魔者・・・あかねのことか。

 耳をそばだてる。

「本当に、あの王女、好きにしていいんだな?」
「ああ。ここを出て、街に着いたら、好きなようにしな。」
「初めてあの王女を見たときから、手に入れたいと思ってたんだ。頭の女と知り諦めていたが。」
「万事、街に着くまでは上手いことやるんだよ。」
「ああ、わかってるさ。紳士的にだろ?」
「今、頭に捨てられて傷ついているからね。ああいう女は優しくしてやれば、
 すぐにいいなりになるのさ。」
「そうして、城に・・・・・・。」
「いいかい? これはあたしの考えた作戦なんだから、
 城から身代金代わりにふんだくる金は 七、三だからね?」
「ああ。俺はあの王女と遊んで暮らせるだけの金が手に入ればそれでいい。」

「すべては、今夜に。」

 かっと熱くなる気持ちを抑え、その場を静かに立ち去った。





 見張りの焚いてる火の中に、忌々しい物すべてを放り込む。
紙が燃えて灰になり消えていくように、この気持ちも無くなってしまえばいいのに。

「・・・・・・。」

 一緒に持ってきた、あかねを城から連れ出した時に着ていた服。
これを燃やしてしまえば、着る物のないあかねは城に戻らないかもしれない・・・って。

「まるで、子供みたいだな。」

 そんなわけないのに・・・それでも、ちょっとでも、ほんのちょっとでも長く、
あかねをここに留まらせていたいと、そう思って・・・燃え盛る炎の中にすべてを放った。




 不要な物を捨て、すっきりしたはずなのに、胸の中は未だ もやもやしていた。
原因はわかっている。さっきの話だ。
だけど、それがあかねの望んだことならば、その邪魔をすることは出来ない。
あいつらがどんな策略を練っていようが、あかねが選んだこと。

「・・・・・・。」

 そうは言っても、簡単に諦められるわけがない。
危険だとわかっている所に、どうしてあかねを行かせられる?



 一旦部屋に戻ると、あかねは変わらない様子で静かに眠っていた。

「・・・・・・。」

 その姿に・・・どきどきしてる自分が、やっぱりちゃんといる。


 髪に触れたくて手を伸ばしたけど、手を引いた。

 幾度となく触れていたけど、今はもう、あの頃の気持ちとは違う。
だけど、あかねのことを守りたいって気持ちだけは、未だ消えない。
理由は解からないけど、この王女の笑顔を絶やしてはならないと、こころは決めていた。

「・・・おれは、あかねを誰にも渡せない。」

 寝顔に固めた意思を呟いた後、
あかねをここから連れ出すと言っていた手下の男と話をつける為、一足先に外へ出た。



 すでに馬に乗り、あかねが来るのを待っている様子の男は、
おれの姿を見るや否や、慌てた様子で馬を降りた。

「頭。」
「・・・どういうつもりだ?」
「い、いえ、頭があの王女を捨てたと聞いたので。」
「ほぅ。それで、お前があかねを連れていくのか?」
「・・・へい。」
「残念だが、おれはあかねを捨てたりなどしていない。」
「え。」
「誰が言ったのか、そんなくだらないことを追求するつもりはないが・・・これでもまだ、
 あかねを連れ出すというのなら、おれにも考えがある。」

 睨みつけた途端、男の表情は強張り固まってしまった。

「わかったなら、さっさと、持ち場に戻れ。」
「・・・へい。」

 首を傾げながら、男は馬を引き、その場を立ち去る。
そして代わりにおれが、あかねが来るのを待つことにした。





 目を閉じて、外壁にもたれかかり、しばらくの間 じっと待っていると、
上の方から・・・声が聞こえてきた。

 どうやら、その時がきたようだ。

 足元に置いていた灯りを拾い、上へ掲げる。

 すぐ近くに降ろされたロープを伝って、あかねが上から降りてきた。

 灯りで顔を照らす。 

「で? どこ行く気だ?」
「・・・え?」

 驚いたというよりは、怯えた・・・そんな表情をしてみせる。

「どうして、乱馬が?」
「・・・ったく、様子がおかしいから来てみれば・・・。」
「いいでしょ、もう、乱馬には関係ない。」
「・・・本当にここを離れるのか?」
「そうよ。ここを出て、街で暮らすの。」
「そんなこと、出来る訳ねぇだろ・・・世間知らずの王女さまに!」

 酷い目に遭ってからじゃ遅いんだぞ?

 おれは、あかねの身体から自由を奪う。

「ら、乱馬?」
「あかねみてぇな隙だらけなやつは・・・。」

 そして、無理矢理、自らの口であかねの口を塞いだ。

「んーっ!」

 目は開けなかった。
 開けなくとも、あかねがどんな表情をしているかなんて、想像は容易に出来る。
 嫌悪、拒絶・・・おれだって、こんな形で、くちづけしたくなかった。

 一時して、あかねと触れ合っている頬が濡れていく感覚に気付いた。

 ゆっくりと目を開け、あかねを見る。

 ・・・泣いて、いた。

 瞳を閉じたまま、止めどなく流れる涙が頬を伝っている。


 塞いでいた口をそっと離す。

「・・・こういう目に遭うんだぞ。」
「・・・・・・。」

 あかねの開かれた瞳から涙がきらきらと輝いては零れていく。

「好きでもねぇ、男に、無理矢理・・・こういうことされたりするんだぞ。」
「・・・・・・。」
「それでも、あかねは、ここを出ていくのか?」
「・・・・・・。」

 大きく頷くその様から、強い決意が見てとれた。
 けど、そこは簡単には譲れない。
 ここで譲ったら、あかねは行ってしまう。

「無理だ。あかねに出来るはずがねぇ。」
「無理なんかじゃない。助けてくれる人だって、いる。」
「・・・ここに来るはずだった男のことか?」
「え?」
「ああ、そうか・・・あかね、そいつのことが好きだったんだな?
 だから、急に出て行くことにしたんだ・・・。」
「そ、それは違う。」
「・・・面見たくないのは、おれじゃなくて、あかねの方だったんだな。」
「そうじゃない!」
「だったら、どうして、急におれの元を離れるようなことするんだよ。」
「それは、乱馬が、わたしのこと、利用するために連れ出したから。」
「あかねの勝手な思い込みだろっ!」
「違う、他の・・・女の人が言ってた。」
「・・・おれのこと、信じてはくれないのか?」
「・・・だったら、どうして、乱馬はわたしを連れ出したのよ。」
「わかんねぇよ・・・ただ、あの時は、そうするのが、当たり前だって思ったんだ。
 あかねを、あの場所から連れ出すことが、救い出すことになるって。
 おれは、今だって、そうしてよかったって思ってる。」

 あかねにとって、おれの気持ちがかえって、負担となり、圧力になっていたとしたら、
自由どころか、縛り付けていることになるけど、
一緒にいて見せてくれた表情に、嘘はなかったと、信じてる。

「あかねは?」
「え?」
「だったら、あかねはどうして、おれについてきたんだ?
 おれに命、どうしてくれたんだ?」
「・・・乱馬が、わたしに自由を感じさせてくれるって思った。
 ううん、本当はあの時、誰だってよかったの。わたしを連れ出してくれるのなら。
 だけど今は、乱馬でよかったって思ってる。」
「だったら・・・。」
「わたしには何もない。この国を出てしまえば、もう、王女じゃなくなる。それでもいいの?」
「当たり前だろ? 最初から、おれはあかねに王女であることを望んでなどいない。」
「ただの女になるのよ? 地位も財産もないし、それに、今まで甘えて育ってるから、
 何も出来ない。それでも・・・そんなでも、いいの?」
「ああ。」
「でも。」
「おれにとって、あかねはただの女じゃないから。」

 見つめた瞳は、ちゃんと輝いてくれていた。

「あかねの方こそ、いいのかよ? これから先、どんな目に遭うか知れないんだ。
 危険な目に遭って、命、落とすことになるかもしれない。それでも、いいのか?」
「わたしは乱馬に命を捧げる・・・そう、最初に言ったわ。
 この言葉は嘘なんかじゃないから。」
「・・・あかね。」

 気持ちを信じて、差し出す手。

「一緒に、来てくれるか?」

 応えるように、あかねの手は差し出された。

「一緒にいてくれる?」

 返事の代わりに、強く握り締めた。

 これから一緒に、どんなにちいさくとも自由を感じて生きていきたいと、そう思いながら。










                           =おしまい=







呟 事

だらだらと、失礼しました。
正直なところ・・・これだけ長々書いているのに、
全然まとまっていないので、読むの大変だと思います。
重ねてお詫びします。すみません。

何が言いたかったのかって辺りは、あかねちゃんの方に書いてたりしてます。
もっともっと、甘く切なくを書きたかった・・・と、書いてみて思うので、
まだまだ・・・どうしようもない中世は書かれていくかと思います。
お付き合いできる方・・・が、果たしておられるのか?って話ですが、
なにせ私はこんななので(汗)
そばにいて 以上の物を・・・書きたいなと。
ええもう、ぶっちゃけ、私の中であれが一番さ。未だに。

そんなこんなで、読んでくださった方に感謝と陳謝と。   ひょう

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