ちいさい自由   最終章     あかね的観点






重い沈黙を、わたしは打ち破った。

「わたし、ここを出る。」

躊躇いなく、すんなりと言えた言葉に、自分自身少し驚いたけど、もう後戻りは出来ない。

「は? なんだって?」
「ここを出て行く。」
「急に何言い出すかと思えば・・・何のまねだ?」
「冗談なんかじゃない。わたしは、本気。」
「出てどうするんだ?」
「城に戻る。」
「・・・伯爵と、あいつと結婚するとでも?」
「そうよ。」
「どうしてだ? あんなに嫌がってたじゃねぇか。死のうとまでしていたのに。」
「気が変わったの。」
「嘘、言うな。あかねはあいつを好きにはなれない。」
「なによ、その言い草! まるでわたしが乱馬のこと好きみたいじゃない!」
「違うのか?」
「違うわよ。乱馬のことなんか。」
「・・・そうか・・・。だったら、止めやしないさ。」
「・・・・・・。」
「勝手にどこにでも行きな。その代わり、二度とおれの前には面、見せんな。」

そう言うと乱馬は、背中を向けた。

「わかった。」

引き止めてもくれないんだ。
やっぱり、乱馬はわたしのことなんか好きじゃなかった。
わかってたけど、乱馬の拒絶はやっぱり痛かった。




本当は城に戻る気なんてなかった。でも、他に行くあてなどなく・・・。
気がつけば、わたしはふらふらと、食堂に向かっていた。

「あら? あんた、頭の元に戻らなくってもいいのかい?」

受け取った食事をその場で食べていたわたしに気付いた女の一人が話しかけてきた。

「もう、関係ないから。」
「ふーん・・・ここ、出て行くつもりなんだね?」
「・・・ええ。」
「あては?」
「・・・・・・。」
「ないのか・・・そうかい。だったら、あたしが世話してやってもいいよ。」
「え?」
「なぁに、心配することなんかないさ。売り飛ばしたりしやしないから。」

そう言って、女はけらけらと笑う。

「あんた、城に戻る気はないんだろう?」
「・・・はい。」
「だったら、街に逃れなよ。家を借りて、そこで生活していきゃいいんだ。」
「街へ・・・。」

街で? わたしが? たったひとりで? そんなこと、出来る?

「当面の面倒は、あたしが見てあげるから。」
「そんな。」
「いいって。どうせあんたの城から、頭はたんまり頂いてるんだ。」

・・・やっぱり、乱馬、わたしを利用してたんだ。
まるで違うように言ってたのに・・・危くまた、騙されるところだった。

「それに、あんたが仕事を見つけるまでの間さ。」
「・・・・・・。」
「嫌なら別にいいんだよ。」
「・・・いえ・・・お願いします。」
「そうかい? それじゃあ、今夜すぐにでも・・・夜が更けたら、身支度して、ここに来るんだね。」
「はい。」


 見知らぬ街でたったひとりで暮らすなんて、
 そんなこと、想像すらしたことがなかったから、
 本当のこと言うと・・・まだ、迷ってる。

 だけど、だからと言って、ここにいることは出来ないし。
 それに、助けてくれるって言ってくれてる。
 わたしが乱馬の元を離れること、喜んでるだろうから、力 貸してくれるはず。

 きっと、大丈夫。



 部屋に戻った時、乱馬の姿はなく、机に散乱していた書類もすべてなくなっていた。

 今のうちに・・・・・・。

 乱馬がもし戻って来ても顔を合わせなくても済むように、部屋の奥に進む。
そして、ここに連れ去られてきた時の服に着替えようとした。

「あれ・・・おかしいな・・・確か、ここに入れておいたのに。」

 辺りを探してみるけど、着てきた物は見当たらない。
どこにやったのかと、乱馬に聞けばわかるのだろうけど、そんなことできるはずもなく。

 仕方ない・・・。

 この格好を捨てたら、乱馬のこと忘れようって、そう決めてただけに・・・未練が残る。
だけど、本当はこの格好を捨てたくなんかない自分がいた。
まだ、乱馬のこと好きでいたいって想いがあることを、感じずにはいられなかった。


 ほんのちょっとの間だったけど、わたしを自由にしてくれた乱馬。
 なにも考えずに眠ることが出来た、幸せな夜。
 許されるなら、大切にしたかった、この想い。
 だけど、もう叶うことはない。


 ・・・夜中まで時間はあるし、明日には発つと言ってたから、
 ここには一時、戻ってこないだろうから。

 ベッドに横になり、目を閉じたら、あったかくて、心地好くて・・・すぐに眠ってしまった。






 目が覚めた時、辺りはすでに暗くなっていた。慌てて起き上がり、窓の外を見る。
一番輝く星が、まだ東の空にあった。

 よかった。まだ、真夜中じゃない。

 部屋には相変わらず気配はなく、やはり乱馬はここには戻ってきていない様だった。

 どうか、乱馬に気付かれませんように・・・。

 小さく十字を切り、そっと部屋を後にした。







「こっちよ。」

 食堂にいる女の人のひとりが、わたしを外に連れ出してくれることになっていた。
わたしは促されるままに、廊下を歩く。

「ここから、外に出られるから。」

 窓の外から、下に向かってロープが垂らしてあった。

「下に、あんたのこと気に入ったって言う男が待ってるから、一緒に逃げな。」
「え・・・。」
「あんただけで、無事抜け出せるわけないだろう?」
「でも。」
「なぁに、心配は要らない。気の利く、頭のいい男さ。この辺は夜になると、物騒だからね。
 あんたみたいなお姫様が一人歩きできるよう場所じゃないんだ。」
「・・・・・・わかった。」
「それじゃあ、行きな。」
「うん、色々、ありがとう。」
「礼には及ばないよ。」

 わたしはロープを握りしめ、そのまま、夜空に向かって飛び出した。
するすると、下に向かって降りていく。

 下には人影。ランプの灯りが見えている。

 着地と共に、わたしの顔が照らされた。
眩しくて、薄目になるわたしの顔をまじまじと見る、男の気配。
わたしも、出来るだけ、目を見開いた。



「で? どこ行く気だ?」
「・・・え?」

 目の前にいたのは、乱馬だった。

「どうして、乱馬が?」
「・・・ったく、様子がおかしいから来てみれば・・・。」
「いいでしょ、もう、乱馬には関係ない。」
「・・・本当にここを離れるのか?」
「そうよ。ここを出て、街で暮らすの。」
「そんなこと、出来る訳ねぇだろ・・・世間知らずの王女さまに!」

 乱馬は、わたしの両手首を掴み、外壁に身体を押し付ける。

「ら、乱馬?」
「あかねみてぇな隙だらけなやつは・・・。」

 顔がわたしに近づいてきて、わたしは乱馬に口を塞がれた・・・乱馬の唇で。

「んーっ!」

 突然のことに、わたしの思考は混乱する。
押さえつけられた手では、抵抗することが出来ない。
いつの間にか、流れ出していた涙が頬を伝っていた。
乱馬はそれに気がついたらしく、口をゆっくりと離す。

「・・・こういう目に遭うんだぞ。」
「・・・・・・。」
「好きでもねぇ、男に、無理矢理・・・こういうことされたりするんだぞ。」
「・・・・・・。」
「それでも、あかねは、ここを出ていくのか?」

 わたしは乱馬の瞳を見つめ、ひとつ、大きく頷いてみせた。

「無理だ。あかねに出来るはずがねぇ。」
「無理なんかじゃない。助けてくれる人だって、いる。」
「・・・ここに来るはずだった男のことか?」
「え?」
「ああ、そうか・・・あかね、そいつのことが好きだったんだな?
 だから、急に出て行くことにしたんだ・・・。」
「そ、それは違う。」
「・・・面見たくないのは、おれじゃなくて、あかねの方だったんだな。」
「そうじゃない!」
「だったら、どうして、急におれの元を離れるようなことするんだよ。」
「それは、乱馬が、わたしのこと、利用するために連れ出したから。」
「あかねの勝手な思い込みだろっ!」
「違う、他の・・・女の人が言ってた。」
「・・・おれのこと、信じてはくれないのか?」

 急に乱馬が真顔になった。
 というよりも、わたしの目に映る乱馬の姿が変わったのだ。
 ずっと見守ってくれてた強い瞳。
 喧嘩した時から、見えてなかっただけ。
 変わりなく、輝いていたのに。

「・・・だったら、どうして、乱馬はわたしを連れ出したの?」
「わかんねぇよ。」

 なによ、それ・・・答えになってない。

 言いたい言葉を飲み込んだ間に、乱馬は話を続ける。

「ただ、あの時は、そうするのが当たり前だって思ったんだ。
 あかねを、あの場所から連れ出すことが、救い出すことになるって。
 おれは今だって、そうしてよかったって思ってる。」
「・・・・・・。」
「あかねは?」
「え?」
「あかねはどうして、おれについてきたんだ? なんでおれなんかに、命くれたんだ?」
「・・・乱馬が、わたしに自由を感じさせてくれるって思った。
 ううん、本当はあの時、誰だってよかったの。わたしを連れ出してくれるのなら。
 だけど今は、乱馬でよかったって思ってる。」
「だったら・・・。」

 乱馬を制して、話を続ける。

「わたしには何もない。この国を出てしまえば、もう、王女じゃなくなる。それでもいいの?」
「当たり前だろ? 最初から、おれはあかねに王女であることを望んでなどいない。」
「ただの女になるのよ? 地位も財産もないし、それに、今まで甘えて育ってるから、
 何も出来ない。それでも・・・そんなでも、いいの?」
「ああ。」
「でも。」
「おれにとって、あかねはただの女じゃないから。」

 そう言って、乱馬は少しだけ微笑む。

「あかねの方こそ、いいのかよ? これから先、どんな目に遭うか知れないんだ。
 危険な目に遭って、命、落とすことになるかもしれない。それでも、いいのか?」
「わたしは乱馬に命を捧げる・・・そう、最初に言ったわ。
 この言葉は嘘なんかじゃないから。」
「・・・あかね。」


 自分の生き方を自分で決めることが出来た。
 わたしの自由で選んだ道は、乱馬とともに生き抜くこと。
 わたしの意志で選ぶことのできた、ちいさい自由。
 だから、この先どんな目に遭ったって、決して後悔などしない。
 わたしには、乱馬がいる。
 わたしが選んだ、そして、わたしを選んでくれた、乱馬がいるから。


「一緒に、来てくれるか?」

 差し出された手。

「一緒にいてくれる?」

 その手にそっと触れてみる。

 もう離さないからって、そう言ってくれるように、強く、だけど優しく握られた。











                           =おしまい=








呟 事

長々長々・・・と、失礼しました。
長かったのですが、隠し時代から捜索してくださったり、
続き待ってたのって方に、ほんのちょっとでも楽しい気分を
味わってもらえたら救われますし、幸いだなって思います。

自由は何をしても許されるってことじゃなくて、自分自身が選択できるけど、
それを選んだことにちゃんと責任が伴うってことだと思うのでした。
だから自由を得るのはすごく難しいし、決められた中をその通りに生きてく方が
はるかに楽で生きやすいような気がします。
でも、自分はこの世にたったひとりしかいないし、
感情すべてを理解できるのは他ならない自分なんだから、
その自分が嬉しい、楽しいって思える生き方は、
やっぱり求める自由の中にあるのかもしれないとか、
書いてみて色々考えてしまいました。
・・・こういう風に思う時間を得られたことが、一番の収穫でした(笑)

最後に・・・長々とお付き合いありがとうございました。   ひょう

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