王子とねこ   後編





 それから一週間、あの声の子のことばかりを考えていた。
考えないようにと、何度言い聞かせても、気がつけば頭の中は、あのやわらかな声でいっぱい。
何度も森に行こうとしたし、何度も姿を確かめたいと思いもした。
だけどまた、傷つけてしまうかもしれない・・・そう考えたら、怖くて近づけなかった。

 それでも、淡い期待を胸に、期日となった今日、いつもの場所へ赴く。
やはりそこには姿はなかったが、この前と同じように小さな包みが置いてあった。

「まさか・・・。」

 急いでその中を確かめると・・・そこにはちゃんと、織られた布が入っていた。

「織ってくれたんだな。」
「・・・うん。」

 返事してくれる声は、いつもどおり、優しくて澄んでいたけど・・・沈んでいて、
聞いたこっちまで、悲しくなった。

「ありがとう。」
「ううん・・・力になんかなれないのに。」
「そんなこと、ない。おれは・・・。」

 きみにやってもらえたことが、一番、嬉しい・・・なんて、
やはり簡単に口には出来なかった。

「早く、城に戻った方がいいわ。」
「ああ。また、な。」

 乱馬はこの前と同じように包みを大事にしまい、城へと帰った。




「・・・これ、どうすんだよ。」
「どうするって、ひとつひとつ見ていくしかないだろう。」
「ほんっとに、これでなんかわかんのか?」
「ほんっとに、おまえ、わからないのか?」
「わかんねぇよ。」
「これとこれ、比べて見てみろ。」
「どっちも、綺麗に織ってあるじゃねぇか。」
「そうだ。どっちも、同じように織ってある。まるで同じ。」
「どういう・・・。」
「これも、これも、そしてこれも・・・まるっきり同じなのだ。」

 親父の言いたいことを、ようやく理解する。

「どんなに似せても、やはりそれは人間のすること。それぞれに癖が出るのは当然だといえる。
 だが、どうだ? これらはすべて、同一人物のやった物。それも・・・専門の者の。」
「・・・つまり、こいつらは、誰一人として本当にやっていなかったということか。」
「これだけあるから、かえって目立ってしまったのだ。」
「ちっ・・・まるで自分でやったように言ってたのに。」
「よいではないか。これでよくわかったのだから。」

 そして、最後に、あの子の織ってくれた布を親父は手にした。

「・・・こないだも言ったろ。それ、織ってくれた子、不器用なんだ。」
「だが、心根の正しい子のようだな。
 おまえの為に、やったこともないような卑しい事をやってくれている。」
「そうなんだ。それに、控えめで思いやりに溢れてて・・・。」
「それじゃあ、その子を連れて来なさい。」
「えっ。」
「この子が、おまえの想う相手なんだろう?」
「・・・・・・。」

 返事をするのが恥ずかしい乱馬は、目を凝らさなければわからないくらい小さく頷いた。

「急には無理だろうから、明日にしよう。明日のお昼に、ここへ。」
「・・・わかった。」

 このことを話す為、急いで森へ馬を走らせた。






「王さまが、わたしに?」
「そうさ。会いたいって言ってる。」
「・・・他にも?」
「違う。きみだけだ。」
「・・・・・・。」
「だから・・・。」
「うん。」
「・・・姿を見せてくれないか?」
「・・・・・・。」

 しばらくして、この前のように、草が がさがさと音をたて揺れた。

「猫?」
「・・・乱馬、猫、嫌いなの?」
「ああ。大っ嫌いだ。」
「そう・・・。」

 音は止む。

「・・・お后さま、猫、好きだったから、乱馬も好きって思ってた。」
「おれは、駄目なんだ。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

 いつまで待っても、出てくる気配を感じられない。
 ・・・段々、苛々してくる。

「なぁ、なんで、姿、現さねぇ?」
「それは・・・わたし、あなたの好みの姿じゃないから。」
「そんなの、見なきゃわかんねぇだろ。」
「ううん。姿を見たら、幻滅してしまう。もう二度と姿を見たいなんて言わない。」
「いいから、さっさと・・・。」

 乱馬はずかずかと、草の揺れていた辺りに踏み入った。
だが、そこには、真っ白な猫が一匹たたずんでいるだけ。

「ひっ。」

 悲鳴をあげて、素早く元の場所に戻る。

「なんで、猫がっ。」
「・・・わたし、猫なの。」
「・・・は?」
「猫の姿をしているの。」
「冗談だろ?」
「本当よ。」
「だって、普通に言葉を話してるし、糸だって紡いで、布を織ることだって出来るんだ。」
「信じられないなら、それでいい。」
「そんなに、おれに姿見せるの、嫌なのか? おれのこと、嫌いなのか?」
「・・・違う。そんなことない。」
「・・・・・・。」

 それでも、姿を見せてくれるような素振はない。

「本当に、猫だというのか?」
「ええ。」
「・・・・・・。」

 信じない訳じゃない。だけど、信じたくなかった。
はじめて好きになった女の子が、実は猫だったなんて・・・冗談にしては酷すぎる。

「・・・これ、おふくろの形見で、いつか妃になる子に渡すつもりだった指輪だけど。
 もう、要らないから、きみに。」

 本当は姿を見せてくれてから、自らで彼女の指にはめるつもりだった指輪を、足元に置いた。

「そんな大切な物、受け取れない。」
「いや、いいんだ。これまでのお礼もかねて。」
「でも・・・。」
「最後に、ひとつ、聞いてもいいか?」
「・・・・・・。」
「名前、なんて言うんだ?」
「・・・あかね と言うの。」
「・・・・・・。」
「乱馬、わたしね、本当は・・・。」
「・・・さよなら、あかね。今までありがとう。」
「・・・・・・。」


 そして、乱馬は、いなくなった。







 あかねは、本当に猫の姿をしていた。だけど、元々猫だった訳ではない。
元は、ひとつ隣の国の王女だった。
だが、悪い魔法使いに騙された父親である王の身代わりとなって、
一年も前に、あかねは猫の姿に変えられていたのだ。
呪いを解くには、この呪いをかけた時に使った道具である杖で
あかねの身体に触れなければならない。
これまで、あかねの国で方々手を尽くしたが、結局未だ、
呪いをかけた魔法使いの所在すらわからなかった。
当然、どこにいるのかわからなければ、その杖を手に入れることはできない。

 皆の嘆きを聞くのが辛くなったあかねは、国を離れ、
ここでひとり、ひっそりと暮らしていたのだった。

 もうずっと、このままでいいと思ってたけど・・・。

 元の姿に戻りたいと、切実に思うようになってた。
いつだったか・・・乱馬の母に、乱馬の話を聞いてから。

 こんな姿をしているわたしに、優しく接してくれた、おきさきさま。
 ここに来ては、いろんなことを話して聞かせてくれた。
 乱馬のことも。
 いつか呪いが解けたなら、乱馬に会ってほしい、力になってほしいと言ってくれた。
 わたしも、それを望んでいた。

 そして、ようやく出逢えた乱馬は・・・やはり、おきさきさまと同じように優しかった。
 このままじゃ、乱馬の側に近づくことすら出来ない。
 だからって、このままここにいたって、どうにもならないし。
 なんとか、魔法使いの居場所がわかればいいんだけど・・・。
 やっぱり、乱馬に力を貸してもらおう。
 わたしの呪いのこと聞いてもらえたら、きっと協力してくれる。


 あかねは指輪を口にくわえ、乱馬の城に向かった。







「うーん・・・どいつにしようか・・・。」

 織ってもらった布を手元に置いて、乱馬は悩んでいた。
どれも同じ。どれを選んでも同じこと。

 こんなことなら、最初から、あかねに出逢わなければよかった。
 そうすれば、こんなに苦しまなくて済んだのに。

 目を閉じて、かき混ぜて、ひとつだけ手に取った布をくれた子にしよう。
そうやって、何度も何度もやるけど、手元に残るのは、あかねの織った布だけ。

「・・・・・・。」

 仕方なく、あかねのだけ、机の引き出しに入れた。

「・・・選ぶか。」

 散乱した布を前に、乱馬の動きはそれを境に止まってしまった。

 あかね以外を選ぶなんて出来ないことくらいわかっているのに。

 しばらく考えてみたが、やはり手は動かない。

 仕方なく、気持ちの整理をつける為、外に出た。



 乱馬が部屋を出た時、ようやくあかねが城にやって来た。
近くの窓枠に飛び乗り、そこから中をそっと覗く。

 乱馬、いないのかな・・・。

 静かに中へ降り立つと、そこには布が散乱していた。

 これ・・・って、もしかして・・・。

 布の端には女の子の名前が書いてある。

 やっぱり・・・。

 周りを見渡せば、大きなベッド。宝飾された調度品の数々。

 乱馬の部屋?

 足元にある織られた布は、綺麗でしなやか。自分が織った物とは格段に違っていた。

 おかしいな・・・。

 その自分の織った物がどんなに探しても見当たらない。

 出来が悪かったから、捨てられちゃったのかな。

 そう思っていると、廊下を誰かが歩く音が聞こえてきた。
あかねは慌てて、窓枠に飛び乗る。

「・・・いい加減、選ぶか。」

 乱馬はあかねに気がつく様子もなく、その場にどかっと腰を降ろし、
広げた布をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。

「出来るだけ、明るい子がいいな。親父が悲しみを忘れるくらい、陽気な子が。」

 目を閉じて、一枚の布を引き抜く。

「・・・こいつは、多分、ちょっと陰気だな。」

ぽいっと横に投げ、もう一度、乱馬は布をかき混ぜた。
 


「・・・・・・。」

 その様子を上から見ていたあかねは愕然としていた。
あの中に自分の織った布がなかったから。

 わたしの・・・ない・・・でも、それは当然のこと。
 乱馬に選ばれる資格なんかない。
 だって、乱馬の大嫌いな姿をしているのだから。


「さよなら、乱馬。」

 口にした言葉と一緒に、指輪が零れ落ちていった。







 外へ飛び降りた途端、あかねは身体ごと抱きかかえられる。

「ようやく見つけましたよ、王女さま。」
「え?」

 よくよく見れば、城付きの兵士だった。
ぼろぼろの姿で、今にも倒れそうな程、足元はふらついていた。

「呪いをかけた魔法使いの所在を知り、皆で押しかけたのです。
 そのどさくさに紛れ、私が杖を奪い、逃れてきました。
 今、呪いを解きますから、じっとしていてください。」
「・・・・・・。」

 身動きを取ろうにも、がっちりと身体をつかまれている為、ままならない。

「このままでいい。」
「なにをおっしゃるのです、早く元のお姿に戻り、皆を安心させてください。」
「・・・・・・。」

 頭をこつんっと叩かれた次の瞬間、身体中、ばりばりと引き裂かれるような衝撃を受けた。

「う・・・。」

 耐え切れず、その場にしゃがみこむと、違和感に襲われる。
いつもは四本の足が支えてくれるのに・・・それに、やけに地面が遠い。

 戸惑う背中越しに、一枚の布がかけられた。

「わたし・・・。」
「ようやく、これで・・・私は・・・。」

 そのまま兵士はその場にぱったりと倒れてしまった。

「ちょっと、大丈夫?」
「これは・・・お召し物です。」

 力なく差し出された包みを受け取った時、向こうから声が聞こえた。

「誰か、そこにいるのか?」

 慌てて近くの草むらに身を隠し、服を着る。

「・・・おまえは?」

 現れたのは、乱馬だった。

 さっきのあかねの声を聞き逃すはずのない乱馬は、
あかねを探すため、ちょうど外に出てきていたのだ。

「・・・・・・。」

 兵士は気を失っている様子で、乱馬は倒れた兵士を抱え、城の中へ入っていった。




 ベッドに寝かせると、兵士は意識を取り戻した。

「・・・王女さま・・・。」
「王女?」
「ええ・・・私たちの国の王女あかねさま。
 王さまの身代わりとなり、呪いを受けた・・・こころ優しい方。」
「・・・あかねが・・・。」
「さきほど、ようやく魔法使いから杖を奪い、王女さまの呪いを解くことが出来ました。
 こうしてはおられない。王女さまを連れ帰らねば・・・。」

 起き上がろうとする兵士を乱馬は制する。

「おれが探すから、安心しな。」
「しかし・・・。」
「大丈夫。おれは、あかねを知っている。」
「本当ですか?」
「ああ。」
「では、お願いいたします。」
「まかせな。」

 乱馬は兵士の世話を他の者に任せると、さっき兵士が倒れていた場所へと急いだ。

「あかね、あかね。」

 木の上や、草むらを探すが、あかねの姿はない。

「もしかしたら、あの森かも・・・。」






 森についた時、木の陰に、これまでは感じなかった人の気配を感じた。

「・・・あかね?」
「・・・・・・。」

 俯いたまま、こちらへゆっくりと静かに近づいてくる。

 手を伸ばせば触れられる程の距離になったとき、顔をあげた。

「・・・・・・。」

 乱馬は思わず、息を飲んだ。
自分で、顔が赤らんでいく・・・のが、わかる。
伏し目がちな瞳が輝いては見えなかったけど・・・それでも、惹かれてしまう美しさを感じた。

「あかね。」

 伸ばした手をすっとよける。

「・・・違います、わたしは、あかね王女の侍女です。」
「え。」

 確かに・・・声は、違っているように感じた。
 ・・・けど。

「乱馬さまですよね?」
「ああ。」
「わたしは、王女から仰せつかり、兵士を迎えに来たのです。
 助けていただき、ありがとうございました。」
「しかし、あの兵士はまだ・・・。」
「・・・では、馬車をお借りしてよろしいでしょうか。」
「それは構わないけど・・・。」
「これ以上、ご迷惑をおかけするわけには参りませんから。早々にここを発ちたいのです。」
「・・・あかねは?」
「さきほど、わたしと入れ替わりに城へ戻って行かれました。」
「・・・だったら。」

 乱馬は、侍女だと言うその子の顔を、その瞳をじっと見つめ、優しく語る。

「だったら、あかねに伝えてほしい。おれは、待っているからと。」
「・・・だけど、王女は。」
「それと・・・。」

 今度はポケットから指輪を取り出す。

「それは・・・。」
「手、出して。」

 差し出された手をそっと握る。

「・・・?」
「・・・・・・。」

 そして、乱馬は・・・その子の指にそれを通した。

「え。」
「わからないとでも?」

 乱馬は呆然としているあかねを抱きかかえて、馬に乗った。

「どうして?」
「声色を変えたって、姿を変えたって、おれはあかねを見つけ出せるさ。」





 翌日のお昼過ぎ、乱馬はあかねを連れて、王の前に現れると、
王は満面の笑顔を携えて、ふたりを迎え入れてくれた。

 あかねの指で一層輝きを増した指輪が、静かに優しい光を放つ。
まるですべてを祝福してくれるかのように。








                       =おしまい=






呟 事

と、いうことで。
そんな感じで。
記念行事だとか、お礼だとか。
やらないよりやったほうが、なんぼもましだと思う価値観を私が持っていたと。
読まれた方・・・わけわからんでしょうなぁ・・・。まとまりなくてすみませぬ。
これでも感謝の気持ちだったりしてるのです。
・・・後足で砂をかけるような行為と人は言う。     ひょう

           >>>もどる
この話の元はフランスのおとぎばなしだったりしてます。 例によって原型を留めていないですし・・・多分、限りなくマイナーな話なのでわからないとは思いますが・・・。 元は猫じゃなくてねずみで、王子は三人いて、王さまがどの王子に跡を継がせるかを決めるのに、 その王子たちの想う相手の女性に、糸を紡がせたり布を織らせたりして器用さを調べる訳なんですが、 末の王子だけ好きな人がいなくて困っていると、ねずみが力を貸してくれて、 そのねずみというのが呪いをかけられて変身してる王女で、 自分の力で呪いを解いて、王子の前にいきなり現れて、末の王子が跡を継ぐことになるっていうような話。 そんな、生涯の伴侶をひとめ見てすぐに決めるなんて・・・。 乱馬くんとあかねちゃんならあってもいいとこなんでしょうけど、なんか違う気がしたので、その辺をいじって・・・。 あと、ねずみより、やっぱり猫かなって・・・らんまだし。 そんな感じでした。相変わらず。