想いが届くまで   最終章





「乱馬。起きて。」

「・・・うーん。」

「今日は忙しいんだから。早く起きなきゃ。」

「・・・・・・。」

 あかねに身体を起こされ、半ば無理やり目を開ける。

「今日はこれを着るようにって、おじさまから。」

「・・・これ、堅苦しくて肩こるんだよな。」

 ぶつくさ言いながらも、袖を通す。


「もう、着替えた?」

「ああ。」

「それじゃあ、顔洗って・・・それが済んだら。」

「ん?」

 あかねを見て、なにか違和感を感じた。

「え? なに? どうかした?」

「・・・いや、なんでもねぇ。」

 なんか顔色悪いような気がするんだけど・・・気のせいかな。

「時間がないわ。急いで、乱馬。」

「ああ。」

 気になりながらも、あかねを残し、おれは部屋を出た。






「よいな? 決して粗相のないように。」

「・・・さっきから、何回も聞いてる。わかってるよ。」

「わしだって、顔というものがある。そのくらい、わかってくれるな?」

「わかってるって。ただし、絶対におれはっ。」

「結論は後でいい。とにかく、行くぞ。」

「・・・・・・。」

 馬車を降りたところで、屋敷からの使いが早馬に乗ってやってきた。

「旦那さま、乱馬さま、大変ですっ! あかねさまが倒れましたっ。」

「えっ!」

 朝の嫌な予感はこれだったのか・・・。

「乱馬さまの部屋をお掃除なさっておられるときに、急に倒れられまして・・・。」

「それで、今は?」

「奥さまがつきっきりで、看病されてらっしゃいます。」

「どうして急に。」

「多分、過労かと思われます。このところのあかねさまといったら、
 寝る間も惜しんで、メイドの勉強をされておいでになりましたから。」

「慣れねぇこと、すっから。」

 おれは、使いの乗ってきた早馬に跨る。

「ら、乱馬。」

「わりーけど、今日の話はなかったことにしてくれ、親父。」

「ここまで来て、なにを言い出すっ。お相手はお待ちかねだぞっ。」

「大事な家族が大変なんだ。見合いなんかやってる場合じゃねぇだろっ。」

「待て、乱馬っ。」

「んじゃなっ。」

 足で馬を蹴り、あかねの元へ急いだ。






 馬を降り、そのままあかねの部屋に走りこむ。

「乱馬!」

「あかねは? あかねは大丈夫なのか?」

「え、ええ。今さっき、お医者さまに来てもらったのですが、どうやら過労のようです。」

「そっか・・・。」

 眠っているあかねの顔を見て、ほっとしたのもつかの間。

「乱馬、あなた、お見合いは?」

「・・・・・・。」

「ああ、なんということでしょう。」

「仕方ねぇだろっ! あかねが倒れたんだ。」

「そういう問題ではありません。お父さんのことを少しは考えなさい。」

「・・・そんなこと言ったって。」

 もう済んでしまったことは仕方がない。

「あなた、あかねちゃんのこと、みてなさい。母さん、今からあちらさまの家に行ってきますから。」

「そもそも、おれは、見合いする気なんか。」

「約束は約束です。どんな理由があったにせよ、それを違えてしまったのはこちらなのです。」

「・・・悪かったな。」

「お父さんが戻ったら、覚悟なさい。」

「・・・・・・。」

 そう言い残し、おふくろは部屋を出ていった。



「ごめんなさい。」

「・・・え?」

 急にあかねが口を開いた。

「なんだ、起きてたのか?」

「わたしが・・・よりによって、こんな日に倒れたりなんかするから。」

「あっ、あかねは、悪くねぇっ! それどころか、逆に感謝してぇくれーだっ!」

 後悔なんかみじんもなかった。

「でも。」

「昨日も言っただろ。結婚する気なんかねぇって。あのまま見合いさせられてたら、
 親父たちはどんどん勝手に話を進めてたさ。」

「だけど、相手の人に会ってみなきゃ、わかんないよ。」

「会ったって、おれの気持ちは・・・。」

「・・・そんなのわかんないよ。」

「いいや、わかるさ。おれの気持ちだからな。おれが一番よくわかってる。」

 それでもあかねは申し訳なさそうな瞳を向ける。

「そんな瞳、すんな。」

「だって。」

「そんな顔させるために、帰ってきたわけじゃねぇんだから。」

「・・・・・・。」

「誰のせいでもねぇ。こうなるように出来てたんだ。おれは神様に感謝する。」

「乱馬。」

「そんなことより、ゆっくり休め。でねぇと、誰がおれを明日、起こしてくれんだ? ん?」

「・・・うん。」

 あかねはゆっくりと瞳を閉じた。

「おやすみ。」

「うん。おやすみ・・・。」

「・・・・・・。」

「乱馬。」

「ん?」

「・・・昔、よくやってくれてたよね?」

「え?」

「おやすみのキス。」

「ああ、そうだな。」

「してくれる?」

「は?」

「だから、おやすみのキス、してくれる?」

「なっ、なななにを言い出すっ!」

「嫌?」

「い、嫌なわけっ。」

「じゃあ、ね?」

「・・・・・・お、おやすみ、あかね。」

「うん。」

 真っ赤な顔を、目を閉じているあかねに見られずに済んでよかったと思いながら、
やわらかな頬にそっと唇をよせた。





 あかねから寝息が聞こえてきて、安心したおれは部屋をそっと出る。
そこにちょうど、親父たちが戻って来た。

「あかねちゃんは?」

「今、眠ってる。」

「そう、よかった。」

「・・・乱馬。」

「わ、わかってるよ、悪かったな。」

「明日、お相手のお嬢さんがこの家に来ることになった。」

「え。」

「もう、逃げられないわよ。」

「べ、別に逃げちゃいねぇ。おれはただ。」

「これ以上、わしの顔を潰さんでくれ。」

「いいわね?」

「・・・・・・。」

 当然気乗りはしなかった。
だけど、要ははっきり断ってしまえばいいんだ。
一言、おれには好きな女がいて、結婚は出来ないと、そう言えば。





「乱馬さま、乱馬さま・・・起きてください。」

「ん・・・?」

「さあ、今日は大切な日です。急いでください。」

「あれ? あかねは?」

「あかねさまは、まだお休みになられておられます。」

「そうか・・・まだ。」

 今日一日、顔が見れねぇのかと思い、寂しい気持ちになりながら、
用意されていた服を手に取る。

 こんな日だから、あかねに起こしてもらいたかったのに。
あかねの顔見て、決意を新たにしたかったのに。



 食堂に行っても、やはりあかねの姿はなかった。

「早く、ご飯食べちゃいなさいね。」

「ああ。」

 席に着き、パンをかじる。

「済ませたら、応接室にお父さんがいるから、行きなさい。」

「・・・・・・。」

 食べ終えたおれは、仕方なく、重い腰を上げた。





「お前はここで待っておるのだぞ。」

「・・・・・・。」

「逃げたりしちゃだめよ?」

「逃げねぇよっ。」

 苛々として落ち着かない気持ちを、うろうろと部屋を歩き回ることで紛らしながら、
扉が開かれるのを待った。

 しばらくすると、外で声がかかる。

「入りますよ?」

「・・・ああ。」

 扉の開く音の後に、人の気配。

 だけど、おれは背を向けたまま、窓の外を見つめていた。

 こころは決まっていた。絶対に揺らがない。

 振り返りざまに、顔も見ずに、ひとこと。

 結婚する気はない。

 そう言おう。


「それじゃあ、挨拶ね?」

「は、はい・・・あの、はじめまして・・・。」

「・・・・・・。」

 くるっと振り返る。

「わ、わたし、あかねと申しますっ。」

「は?」

「え?」

「あかね?」

「乱馬?」

「なっ、なんであかねがっ!」

「乱馬、どうして?」

 きょとんとしているところで、親父たちが口を開いた。

「お前たちのこと、気付いていないとでも思っていたのか?」

「え? だって、昨日はっ。」

「あちらには最初から、この話はなかったことにしてもらうつもりでおったのだ。」

「けど、そんなこと、ひとことも。」

「お前の気持ちを確かめたかったのだ。」

「どこまで、あかねちゃんのこと、本気で考えているのかってことをね。」

「え・・・。」

「まさか、あかねちゃんが倒れるなんて思ってなかったから、それは予想外だったけど、
 結果的にあなたの気持ちをはっきり知ることが出来て、よかったわ。」

「お、おれは・・・。」

 あかねを見ると、恥ずかしそうに俯いていた。

「おれはいいけど、でも、あかねはっ。」

「あかねちゃん、乱馬のこと、ずっと昔から好きよね?」

「・・・はい。」

 静かに頷きながら答える。

「えっ!!」

「なんだ、気付かんかったのか?」

「あかねちゃんも・・・もしかして、乱馬の気持ち知らなかったの?」

「え・・・乱馬、わたしのこと好きだったの?」

「・・・昔から。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 お互いに顔が赤らむ。

「ふたりそろって今まで気付かなかっただなんて・・・。」

「鈍感なことは知っておったが、ここまで鈍感だったとはな。」

「んなこと言ったって、あかねはおれに対して、
 特別な態度なんか一度だってとったことなかったし。」

「そんなことない! わたし、乱馬のそばにいる時、
 すごく意識して、緊張してた。
 優しくしてくれて、嬉しかったんだから。
 だけど、乱馬は、誰にでも優しくて・・・。
 乱馬だって、わたしのこと、全然意識してくれてなかったじゃない。」

「おれはいつだって、意識してたっ! いつだって。」

「・・・本当?」

「嘘ついてどうなるって話だ。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「嬉しい。」

 急に微笑んで、こちらを見る。

「お、おれだって。」

 その姿をもっと近くで見たくて、あかねの身体を抱き寄せた。

「・・・おれと、一緒に生きてくれる?」

「うん。喜んで。」

「よく、言った、乱馬。」

「どんなにこの日を待っていたことでしょう。」

「・・・し、心配かけたな。」

「おじさま、おばさま・・・これからも、あの・・・。」

「うんうん、よろしくね、あかねちゃん。」

 親父たちは、本当に嬉しそうに笑っている。

「あかねちゃんが乱馬と一緒になってくれるなんて、本当に夢のようだわ。」

「嫁に出すのと、嫁をもらうのと、いっぺんに味わえて・・・わしらは幸せものだ。」

「ええ。本当に。」

「これからまた、あかねちゃんを娘として、一緒に暮らしていける。」

「これからは、本当に娘としてね。」

「・・・おじさま、おばさま・・・ありがとうございます。」

「本当に、おめでとう。」

「・・・ああ。」

 祝福の言葉に、おれは照れながらも、それでも、おれはあかねの身体を離さなかった。






 昼食の時間、おれの隣にはあかねの姿があった。

「あかねちゃんが一番、乱馬の相手として向いてると思うって、
 母さん、前にも言ったでしょ?」

「それは。」

「それは、そのまんまの意味よ。母さん、ずっと前から、あなたたちがお互いに
 想い合ってるって、わかってたから。
 だから、あかねちゃんがメイドになるって言ったときも、乱馬付きにさせたの。」

「え。」

「さあ、お祈りをして、神様に感謝しよう。」

「・・・はい。」

 今日ばかりは、あかねと出逢えたことを、こころの底から感謝せずにはいられなかった。

「・・・それじゃあ、いただきます。」

「いただきます。」

「ねえ、乱馬。」

「ん?」

「これからも、乱馬のそばにいて、お世話していい?」

「またメイドに戻るとか言うなよ?」

「ううん、そういうことじゃなくって。」

「・・・当たり前だろ。おれのそばにはあかねしか・・・。」

「え?」

「つ、続きは後でだっ。冷めるから、早く食うぞっ。」

 聞き耳を立てている、親父たちの前で、さすがに

 おれのそばにいれるのはあかねだけだ

 なんて、言えなかった。

 だけど・・・後できちんと言うからと、
机の下から腕を伸ばし、こっそりとあかねの手を握り締めた。










                     =おしまい=







呟 事

ここを開設したときに書いた、「そばにいて」というのがあるのですが、
それとこれと、どっちを書こうかと、当時悩んでいたのを今でも覚えています。
結局、「そばにいて」を書いたわけなのですが、その後、同じメイド物だったのもあって、
書こう書こうと思いながらも、結局今まで書きませんでした。
だけど、開設二年目。ちょうど節目で記念的。
時期的にも、そろそろいいかなという感じでありましたので、思い切って書いちゃいました。
書いてみて・・・今だったからここまで書けたような気がしてます。
あの頃書いてたら、話が全然ってほどに違っています、間違いなく。
というのも、これには当時書いた下書きが存在するわけで・・・。

そんなわけで、じ、実はその当時の下書きバージョンで書いてみた、
別の話が存在しております。
エンディングがふたつあると、そういうことです。
割と最初の方での、乱馬くんとあかねちゃんのやりとりの中に、
リンクが隠されておったりしてますので、興味のある方は探してやってくださいませ。

相変わらずこんな感じですが、これからもどうぞよろしくです・・・ひょうでした。

>>>読んでくれてありがとさんです。