Merry Christmas For...

「めっりーくりすまーす♪」
 妙に明るい声が暗い路地裏に響き渡る。
 場違いな明るさだけど、私は平気。これから起きる「何か」はとても物騒な予感だけど、お姉ちゃんがいるから平気。
 程なくしてインターホンから不機嫌そうな男の人の声がした。
『……なんだ、サンタがくるようなところじぇねえぞ。とっとと帰りな』
「私たち、この近くの教会のものです。もうじき聖誕祭なので近くをボランティアで回っていまーす」
 男の人の声をまるっきり無視して、ぱちんとウインク。
『あいにく俺は無宗教なんだ。でもまぁ、姐さんだけなら相手してやってもいいぜ』
 お姉ちゃんの姿を確認したんだろう。なんだか一気に嫌な大人な感じが強くなった。
「それは扉を開けてくれたら……ですわよ♪」
 お姉ちゃん、一歩も引かない。私が後ろでちょこっと震えたのをお姉ちゃんは見逃さなかった。インターホンが切れたのを確認して、お姉ちゃんは私の頭をぽんと軽くたたいてくれた。
 がちゃ。
「メリークリスマース♪」
 すかさずおおきな袋から取り出したリースを男の人の首にかける。男の人はかなり泡を食った感じだったけど、何の害もないリースだったのにほっとしたみたい。じろじろとお姉ちゃんを値踏みするみたいに見て、にやにやしている。ふとその視線が私を見た。嫌な目つき。
「なんだ……ガキ付かよ」
「ふふっ、お気に召しませんこと? サンタから恵まれないあなたに天使の笑顔をプレゼント」
 それ以上は見せません、とばかりにさっとお姉ちゃんは私の前に立ってくれた。
「まぁいいや。ガキは置いて、姐さん入りな」
「残念ながら、サンタは忙しいの」
 一気にお姉ちゃんの声の気温が下がった。
「ふざけてないで……」
「ええ、真面目に行きましょうか」
 ぶわっとリースが綺麗な緑色の光を発して……あっという間に男の人をぐるぐる巻きにしてしまった。
「ぐっぐわっ……うげっ」
 首も、きゅっと締まっているみたい。
「お休みなさーい。あ、それからね、最近この界隈じゃサンタの格好をした強盗が多発しているみたいよー。ほいほいドアを開けるなんて無用心ねぇ」
 ふわりと今度はかわいい白い花飾りをたくさんつけた女の子が男の人の鼻先をちょんとつついていった。途端にそれまでもがいていた男の人はぐーっと寝入ってしまった。眠り花の精霊さんは楽しそうに笑いながら消えていった。
「ホント無用心よねぇ。くーちゃんも気をつけなさいね」
 きっとお兄ちゃんたちがいたら、こう言うよね。
『一番物騒なのは、目の前にいるサンタだと思うがね……』
 私のかわりにリースに宿っていた精霊さんが私の耳元でぽつりとつぶやいていった。

 近くの商店街の、ちょっとした休憩所で一休み。ベンチに腰を下ろした私を置いてお姉ちゃんはどこかへ行って……しばらくして暖かいココアの入ったコップを持ってきた。
「ありがとう」
 ほこほこした湯気を上げるココアはとても美味しい。暖かさが体中に染みる感じ。
 横にどっかりと座ったお姉ちゃんの手の中のものをちらりと覗き見……鼻を突くのはオトナな香り。たぶん「紅茶入りブランデー」を飲んでいるんだろう。
「やれやれ。聖なるサンタさんを悪用してるようで気が引けるわねぇ」
「でも摘発率高いよね。この格好」
 この格好……サンタさんの格好。用意してくれたのは紫楓お兄ちゃん。モデル業をやっているお兄ちゃんは、お姉ちゃんが注文してから3時間後には私の分もきっちりそろえてくれた。仕事関係の人から借りたって言っていたけど、お姉ちゃんのは、男の人がみたらどきってするぐらいスリットが入っている。ほんとにどんな筋から借りてきたのかな。
 私のは普通のミニスカートなサンタさん。ちょっぴり恥ずかしい。
「くーちゃんもその筋の人が見たらときめき対象だな」
 ちらりと意味ありげに紫楓お兄ちゃんが竜お兄ちゃんを見てたけど、なんだろうね。
「まぁね。このシーズン管理局も「歳末取り締まり強化月間」でいつもより報奨金ちょっぴりアップするし、みんな年末年始で気分が浮き足立ってるから余計に犯罪も起きやすいし、犯人側もやっぱり油断するし……」
 ごっくんと、紫焔お兄ちゃんが見たら卒倒するような飲み終え方。
 さっと足を組みかえる仕草に、通りがかった人の動きが一瞬ぎくっとしたものになった。仕方ないよね。お姉ちゃんってば、堂々としすぎ。智夜お兄ちゃんが心配するよ……。
「今日だけで7人……トータル報奨金12万3500クレジット。あと一人捕まえたら今日は切り上げようか。帰って宿題もしなきゃいけないしね」
 ぽんぽんと頭をたたく。もちろんお姉ちゃんじゃなくて、私の。
「泥棒ーーーーーっ」
 おばさんの声が、というか、絶叫じみたものが人ごみから突然上がった。
 その人ごみを掻き分けて男の人がどかどか走ってくる。手にはけばけばしい柄のバックを持っている。どう見ても男の人が持つバックじゃないよね。
「お姉ちゃん」
「うん。8人目」
 すっと手を差し伸べるようにかざす。ふわっと風が流れ、無数の蔦が男の人を絡め取る。
 そのまま豪快な音を立てて男の人はお姉ちゃんの足元に転がり込んだ。男の人はもがきながら何とか上を見上げる。途端にえへらと顔が崩れる。
 むぎゅっとお姉ちゃんが容赦なく顔を踏み潰した。どうやら見ちゃいけないもの見ちゃったみたい。
「引ったくりの現行犯。ハンターとしてあなたを捕縛します。犯罪人に与えられる権利については管理局にて説明を受けてください。なお不当捕縛だと主張する場合は……私を倒してからにしてくださらない?」
 にっこり天使の笑顔で死神の裁可って奴かも。
 追いついたおばさんが呼吸を整えるのを確認して、お姉ちゃんは現行犯逮捕の手続きを始めた。おばさんに犯人と取られたバックの確認とを証言してもらうと、その内容を記録し、ぴっぴっぴっと手際よく電話をかける。
 現行犯で捕まえた人やパンドラボックスで捕獲した人は管理局まで連行して、言い方はちょっと悪いけど「換金」してもらわないといけない。ボックスに登録できるのは一度につき一人。現行犯だってお姉ちゃんみたいにぐるぐる巻きに捕獲しっぱなしって訳にいかないしね。
 とはいえいちいちこちらから引き渡しに行くのが面倒となれば、別のサービスを使う。
「おっ、王樹さん、いつもご贔屓にー」
「ごめんね。今日何回も呼びつけちゃって」
「いやいや。姐さんなら私事でも呼んでほしいっすよ」
 犯罪人引取りサービス屋さん。責任持ってターゲットさんたちを管理局まで運んでくれるサービス。料金は様々だけど、お姉ちゃんが使っているのは固定料金+報酬の5%ってというところ。お姉ちゃん、その店のお得意さんなんだってさ。私もオーナーのおじさんは知ってるくらいのご贔屓のお店だもん。
「はい、この時期特に多いですから、気をつけてくださいね」
 私がおばさんにバックを返している横で、お姉ちゃんたちは犯人の引渡しをやっている。おばさんは何度も何度も頭を下げながら人ごみに消えていった。お礼にって飴玉もらっちゃった。
「毎度どーも。あ、くーちゃん、さっきそこでもらったんだわ。よかったらどーぞ。たぶん粗品だと思うけどね」
 今度はお兄さんから。手にすっぽり収まるぐらいの、可愛いラッピングをした箱。緑色のラッピングはこのシーズンどこでも見かける「クリスマスプレゼント」って感じだ。
「あら、私にはないの?」
「えー、姐さんフリーじゃないもん」
「くーちゃんが狙いなの? 竜君に伝えておくわね」
「いやいやいや、あのぼんに伝えられたら身が持ちませんって。もういじめないでくださいよー」
 お兄さんはけらけら笑いながら、でもしっかりと犯人を引きずって車に戻っていった。見た目は軽薄そうなお兄さんでも、絶対に中身はハンターをやれるほどの「強い」人なんだよね。引き取り屋さんって。
「軽薄って……せめてアイドル系って言ってあげなさいよ」
「だって智夜お兄ちゃんみたいに落ち着いたお兄ちゃんのほうがいいもん」
 お姉ちゃんが今一番仲良しのお友達さんは、私にも優しい。ホントのお兄ちゃんになれる日がくるといいなって思ってる。正確には「義理の従兄のお兄ちゃん」?
 お姉ちゃんは仕方ないなぁって感じで笑う。帰ろうか、とその口が開きかけたとき……。
 
 ぴっ。

『王樹! そこにサンタはいるかっっっ』
 素っ頓狂に大きな声が耳いっぱいに響いた。紫焔お兄ちゃん特製の「チップ」からの通信。声の主は静お兄ちゃんだ。
 同じ大きさで聞いたはずのお姉ちゃんは……周りの人が別の意味でぎくっとするほどの冷たい目になっている。怖いよぅ。
「いるわよー……私とくーちゃん含めてざっと視界に42人。人形も含めたら57人?」
『あああああっ、すまんっ、えーとえーと……怪しいサンタっ』
「その判断基準を私に委ねるの? だったら視界に入る全てのサンタどころかサンタ候補のお父様方まで捕まえて、クリスマス本番に子供たちに地獄を見せてあげるけど」
 怒ってる怒ってる。
『あーもー、茶化さないでくれ』
「だったらまともに話しなさいよっ」
『もう……いくら切羽詰っているからって落ち着いてくださいよ。姉さん、聞こえますか?』
 あ、竜お兄ちゃんだ。
「はーいはいはい。くーちゃんならおとなしくココア飲んでるわよー。あと2時間ぐらいしたら可愛いサンタがお土産持って帰ってくるからねー」
『はっはい、楽しみにしてます。いや、そうじゃなくて、えと、楽しみですけど……あー、姉さんっ、サンタの格好したボマーが現れたんですっ』
 ざわっと、お姉ちゃんの目が「ハンター」のそれになった。
「最初っから、その一言を言えばいいでしょ……で、特徴は? サンタってだけ?」
『はい。S地区のモール一帯を爆破するって……爆破予定時刻のは3時。いま2時だから……』
「一時間。無理難題を吹っかけるわね。大体火気類探査なら紫焔とか、炎の精霊を使う人間が……」
 そこまで言いかけて、はぁっと大きくため息。
 紫焔お兄ちゃんは歳末なのでモデル業のほうが忙しい。爆弾とかが得意な紫楓お兄ちゃんはクリスマスシーズンだから大量掛け持ちデート中。
 ボマー、つまり爆弾を使う愉快犯はやっぱりその犯罪に手を染めるだけあって魔導使いや探査機を掻い潜って犯罪を成功させる。
 お姉ちゃんも私も大地の精霊とお友達だから、炎に関連することはちょっと苦手。
「他のハンターに任せたいところだけと……やっぱり見過ごせないものねぇ……仕方ない」
 お姉ちゃんにコップを渡す。お姉ちゃんは足早にコップをスタンドに返却した。
「静お兄ちゃん、竜お兄ちゃん、爆弾の形とかの情報ないの?」
『ああ、それか。厄介だけど……プレゼントボックスだとさ』
『サイズはちょうど指輪が入っているようなサイズ。わかるよね?』
 私たちの会話を聞いていてお姉ちゃんはますます顔を曇らせた。
「街中のカップルを襲ってプレゼント強奪する羽目になりそう……」
 ぱんぱんとスカートの埃を払うと……たぶんほこりなんてついてないから、ちょっとした気分転換なんだろう。
 すっと、まるでオペラ歌手のように手を広げ、天を仰ぐ。
「行け……っ!」
 竜巻のように無数の蔦が広がって空を駆け巡る。半透明で翡翠のように輝くそれは、ちょっとしたクリスマスイルミネーションみたいでとても綺麗。通りがかりの人たちがちょっとびっくりしたみたいだけど、魔導使いがコノ程度の騒ぎを起こすのなんて日常茶飯事だもん。ちょっと驚いただけで、あとは綺麗に広がる緑の虹に感嘆の声を上げている。
「・・・・・」
 お姉ちゃんはじっと彫刻のように動かない。
「……って、できるわけないでしょーーーーっがっ」
 ぶうっと頬を膨らませて、だだっこみたい。でも額の汗の量がジョークでないことを語っている。
「このシーズン、彼氏から彼女、彼女から彼氏、彼氏から彼氏、彼女から彼女っ、一体全体いくつのプレゼントが転がってると思うのよ! 紫焔のバカーーーーーっっ」
 あ、最終的にそこに責任転嫁なんだ。きっと宇宙のどこか(確かコロニーのどこかで撮影って言ってた)で紫焔お兄ちゃんが震え上がっているだろうな。
「……くーちゃん」
 言わなくてもわかる。お姉ちゃん一人では難しいから、私の力も使うんだね。
 そっとお姉ちゃんと手をつなぐ。
「さて問題、電池の直列と並列、同じボルトならどちらのほうが豆電球を明るくできるでしょうか」
「直列! って、たぶんそれ、小学部のレベルじゃ……」
「抵抗の計算とかとかを含むと小学部レベルをあっさり超えるわよ。オームの法則とか。魔導に関係するとは思えないけどね」
 くすくす笑いながらもう一方の私の手を取る。並列つなぎみたい。
 意識を集中させると、お姉ちゃんが私の力を形にしてくれた今度は翡翠色の蔦に小さなエメラルドの木の実が生った。
 うわぁっという歓声が上がった。それにつられていつの間にか閉じていた目を少しずつ開くと……蔦の渦はぼんやりとだけどクリスマスツリーを形作っている。お姉ちゃんはどこまでも演出家だ。
「……ダメか」
 演出効果とは逆に魔導の効果は発揮されなかった。私たちとことん火気類探査には弱いもんね。
「自然と火の気を避けるのが植物だもの。大地のもので火を好むのって……金属よねぇ。針金を使う探査って、余計に難しいのよねー……こんなところだと特に」
 うっ、通りすがりの通行人の皆さんを貫きながら探査したら大量殺人だよぅ……。
「マグマを放出するわけにも」
 だんだん話が物騒な方向にそれてるよ……。
「お姉ちゃん。時間あとどれくらいなの?」
「うーん……あははー、10分きったみたいー」
 チップからはまだ発見の報告は入らない。お兄ちゃんたちもこっちに向かっているっいってるけど……二人とも水の精霊を使役するから、やっぱり火は苦手。探査にかけてはお姉ちゃんより上手なんだろうけど……やっぱりやっぱり、
「この場にいない人間を責めても無駄だけど……紫焔はともかく紫楓はどうしてくれよう」
 あーあ……紫楓お兄ちゃん、帰ってきたら一気に天国から地獄だね……。
「他のハンターも見つけてないみたいだし……っていうか、大半がクリスマスデート?」
 はぁっと帽子を取って頭をぐしゃぐしゃ。
「仕方ない。発見が無理なら爆発を最小限に抑えるか。蔦を伸ばしたままにしておけば、爆発と同時にふさいじゃえ……察知能力はくーちゃんと植物の防衛本能の相乗効果で上げられるだろうし……」
 探査の蔦から防御の蔦へ。
「……問題は爆弾そのものを人間が持っていたら……か」
 お姉ちゃんの表情が翳る。威力の程度はどうあれ、怪我は免れない。あるいは……。
「どれだけ素早く爆発を抑えられるか。勝負どころね……」
 ぱちんと私に向かってウィンクしてくれたけど……それって、私の力を当てにしているってことなのかな。
「もっちろーん。くーちゃんの回復魔導は天下一だけもの。ま、無理はしないでね」
 うー……さすがに爆弾の被害者はどうかなー……肉片からの再生ってまだやったことないけど(お兄ちゃんたちでもそこまでの無茶はしないし)

 あと、5分。

「ところでくーちゃんはクリスマスどうするの」
「お父さんがケーキ買ってきてくれるよ」
「デートのご予定はないわけ」
「いない人とデートはできないよ」

 3分。

「お姉ちゃんこそ、本番当日はどうするの?」
「スクールの友達と小宴会。日が落ちたら現地解散自由行動」
「で?」
「くーちゃんといっしょ。クリスマスだからって特別何かってわけじゃないでしょ。母さんがケーキ買ってくるから、シャンパンで乾杯」
 智夜お兄ちゃん……それでいーのかっっ。

 1分。

「ところでくーちゃん、さっき何かもらってなかった?」
「?」
 一瞬何のことやらって感じだったけど、思い出した。
「回収屋のお兄ちゃんからもらった奴だね。何だろ」
 ポケットから取り出した瞬間、ざわっと精霊たちが騒いだ。私自身の中で、恐怖だけが形になって体中を支配する。
「……っ」
 じわりと凍えるほどに寒い「恐怖」の感情は痛みとなって私の心を貫く。死神の鎌の一撃のように容赦のないもの。
「くーちゃん!」
 矢よりも鋭い研ぎ澄まされた呼びかけの声は、でも、何より暖かいものだった。 恐る恐る目を開けると、ぷかぷかと綺麗な銀色のボールが浮かんでいた。

 0分。爆発はどこからも聞こえてこない。

「……ね、くーちゃんが一番なのよ」
 優しく、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。まだ少し震えている私の背中を優しくなでてくれる。
「自分を守る方法を知らないから、誰かを呼び覚ます力。決して恥ずかしいことじゃない。それは私たち兄弟に力を与えてくれることと同じだから」
 そう。私は他人を回復することしかできない。魔導使いの誰もが持っている自己回復能力がない。攻撃・防御といった普通の魔導使いができることができない。
 だから自分の身に危険が迫ったとき、一番近くにいる誰か……特に血縁者の魔導使いの力を一瞬だけ、時として潜在能力以上のものを引き出して自分を守ろうとすることがある。
 相手の能力を考えない、エゴに満ちた力だよね……。
 ぐっと息を詰まらせた私を、お姉ちゃんはさらに力いっぱい抱きしめてくれた。
「負担なんかじゃないよ。一瞬だもの。眠っている力を引き出して、使わせる。ま、今回は……」
 つんと銀色の球体を突く。
「金属を高純度で物質化。ハイスコア更新ってとこかしら。銀の精霊に感謝しないとね」
 爆発しようにも酸素と結合できないんじゃ爆発できない。紫焔お兄ちゃんが昔教えてくれた。
「で、もっとも反応のいい人間が着いたみたいね」
 きょとんとする私の頭をもう一度なでなで。
「くーちゃぁぁぁぁぁああああんっ!!!!」
 うわ、恥ずかしい。ものすごい大音響。ああいうことを真顔でできるのは、もう一人の竜お兄ちゃんだな……。
 どおぉぉぉぉんっ。氷の柱が目の前に降り注ぐ。そのちょっと前にひらりと着地した人間……竜お兄ちゃん。
「お見事」
「姐さぁぁぁぁん、今の『くーちゃんメッセージ』何」
「くーちゃんの防衛本能に妙な名前をつけないの。ほら、これよ。くーちゃんが持っていたの、ボマーの贈り物」
 銀色のボールを見て首をかしげる竜お兄ちゃんの後ろから、お姉ちゃんがぎゅっと抱きしめる。たぶん正確には「スリーバーホールドを決めている」だと思うけど。
「大通りで氷柱移動使うんじゃない。回りが寒いでしょうがっ」
「ぐえっ、だって俺静の旦那みたいに瞬間移動使えないし、旦那は大通りだと人にぶつかるから転移できないし、てか、他人を転移させられないし、俺ガキだから乗り物使えないし」
「兄さんと……あ、ダメね。この時期この時間じゃラッシュに巻き込まれるか」
「だっかっらっ、非常手段ということで……」
 ひょいひょいっとお兄ちゃんが指を動かすと、空に架かっていた氷の虹が消える。
「やれやれ……ま、無事だったからいいけど……ボマーのほうは?」
「静兄さんが見つけました。人間の探査なら早いものですよ」
 ……ほんわかモード(紫楓お兄ちゃん命名)に戻ったみたい。戻った……と言うのかな、竜お兄ちゃんの場合……。
「そ。今回は被害も出てないし、この銀をそのまま証拠品としてつけちゃいましょ。額が上がるわよー」
 ほくほく顔のお姉ちゃんは銀色のボールを竜お兄ちゃんに渡すと静お兄ちゃんのところに向かわせた。

 んーっと背伸びをするお姉ちゃん。
「つっかれたー……最後の最後に大仕事だったわ」
「うん。とんでもないクリスマスプレゼントだったね」
「どんなプレゼントだったんですか?」
 うわっと。後ろから男の人の声がした。聞き覚えのある優しい声。
「智夜お兄ちゃん!」
「こんにちは、玖央ちゃん」
 真っ白なコートに身を包んだちょっと若すぎる紳士といえばぴったり。紳士というとおじさんっぽいから。お姉ちゃんより一つ上。なのに落ち着きの程は静お兄ちゃんよりありそう。的確さと希望的観測を含めて表現するなら「お姉ちゃんの未来の旦那様」
「ジャスト、待ち合わせどおりですね」
 お姉ちゃんは近くの時計を見ながら苦笑している。
「待ち合わせ?」
「そ。クリスマス当日はお互いスケジュールが合わないから、今日済ませちゃおうって」
「そっか。じゃ私先に帰るね」
「「どうして」」
 間髪をいれず、二人から突っ込まれてしまった。
「だってデートなんじゃ……」
「クリスマスは家族と過ごすものよ? 今日だって同じ」
 二人の視線がちょっとだけ交差して、私の手を片方ずつ掴んだ。
「大切な妹と、大切な友人と、一緒にのんびりケーキを食べる。これ以上楽しいことはないでしょ?」
「そういうことです。僕には弟しかいませんからね、玖央ちゃんと一緒に時間をすごすというのは結構楽しいんですよ。大切な友人の妹君だからなおさらね」

 世界中のどんな恋人たちよりあっさりとして、それでいて深い絆のある二人の笑顔に、私も思わず笑ってしまった。
 優しい姉と兄(予定)に挟まれて、とても心が暖かくなった冬のある日の出来事。




 後日。
 私にプレゼントボックスを渡した回収屋のお兄ちゃんが、私のお兄ちゃんたちにたくさんプレゼントをもらったらしいけど、それはまた別のお話。

あとがき。
05年クリスマスTOP絵、「袋の中身が気になる」発言が多発。絵を描いている最中も「こんなんかもねー」という話の種はできていたのですが……。適当に作ると起承転結のない無味乾燥話ができるものです。(そもそも存在しないという話もあり)