これは何だ?
 これは武器。
 正確に言えば、右から、アークスコルピオン、神獣のナタ、雪国のクイーン、妖刀・幻王丸……トップクラスの破壊力を持つものが規則正しくずらりと並んでいる。
 勿論、自分は武器屋などではない。
 但し自分を作り出した人間はそれを生業とするらしい。
 だからこそ自分も作られた……というのは一種の皮肉になるのだろうか?
 下らない。
 とはいえだ、年に一度ぐらい……世間一般的には創造主の片割れには感謝を捧げるべきなのだという。
 もっともこの情報を最初にくれた奴が奴なだけに信用ならない情報でもある。
 あった。事実。
 目の前にあるものがその証拠。はてそうなったのは何故だったか。

F-Day

 風に銀色の髪が揺れ……ない。彼の髪は短く刈り揃えられて、よほど酷い寝方でもしない限り崩れることは無い。
 実際のところ、僅かな乱れも気になるので、毎朝のセットには事欠かない。幸い最新型の整髪料は頼めばすぐに飛んでくる環境にある。ちゃっかりモニター扱いにされているらしいことを最近知ったが、どうでもいい。
 今朝も届けられた新しい整髪料を片手に、銀髪の青年は音も無くある場所を目指していた。雰囲気からすれば「どかどか」と足音高く進んでいそうだが、彼のポリシーに合わないらしい。
 そういう歩き方をするから、創造主からは暗殺者みたいで怖いなどといわれたが、小気味よい。それでこそ自分が作られた意義がある。
 ・・・待て。
 思わず自問自答。
 自分が作られたのはあくまでその人間の役に立つため、だったハズだが……?
「反抗期が来たのね、オメデトー。赤飯いる?」
「いらん」
 かいつまんでそのような心境を秘書の女に話したら、訳の分からないことを返された。
 今度もまた、訳の分からないことを言われるのだろうか。
「ハリネズミみたいな頭専用じゃなくて、私みたいな天使の羽根の如きふんわり感をだすための整髪料だから」
 どのツラ下げて「天使」だ。
 どうもこの女を見ていると毒を吐きたくなる。誰のせいだろう。
 もっとも口にしたところで更に強い毒を吐くに違いない。不毛な言い争いを避けるため、そのまま踵を返そうとして、呼び止められる。
「来週は父の日よ。微塵もアナタを生み出すのに供与していない、まぁ、あえて言うなら自身の欲望をより形にするために作られたってだけなんだけど、それでもアナタにとっては一応「生みの親?」なわけだし、ささやかでも一応相応にそれなりにそれなりのことをしてみたら?」
 遠まわしすぎてよく分からない嫌味だが、とりあえず「父の日」という単語だけが耳に残った。それ以外は遥かジュライカの大河にでも流すことにする。
 自分はここにある。最近は何のために「ある」のか忘れがちだが、それでもまぁ、「相手」がいて初めて自我を認識できた。
 その「相手」に聞くことはすなわち……敵情視察である。


 侵入は簡単にできた。目的の人物にも簡単に出会えた。
 そいつに接触することに関しては、GPSなどよりも的確なため、詩的にいえば「魂において双子のようなものたちの共鳴」であり、夢の無い言い方をすれば「オリジナルとコピーの共鳴」だ。
 なお犯罪的にいえば「ストーカーの執念」というものらしい。つい先日、フードを被った人間がそんなことを言っていた。
 共鳴は、酷く歪んだ、耳障りな音を立てているようだ。カウンターでなにやら飲みながら、青年はまるで自分に気づいていない。ブツブツと……小さいながらもえらくドスの利いた声で何事かを呟いている。
「聞きたいことがある」
「うぉわっ!」
 ただ声をかけただけなのに、ビーストに遭遇したような声をあげられて少々不機嫌になる。生半可なビーストよりも危険な生物であることには目を瞑る。
「シード?! きっ、貴様、どうしてここに?!」
 剣を構える男に対して、自分の剣を投げて寄越す。
「今日は戦いにきたわけじゃない」
「信じられるか」
「ファーザーにも命令されていない」
「誰が、んな与太話……」
「ノーマにも言われていない」
「まぁ、座れや」
 ころりと態度を改め、青年……ジェスターは席を譲る。大企業の一秘書にすぎない彼女が一体彼らに何をしたのかはバー・アンジェラの美しいオーナーだけが知っているとか知らないとか。
 酒を勧められとりあえず適当に選ぶ。
「で、何の用だ」
「父の日とは何だ」
 ギィン!
 一瞬の閃光ののち、刃と刃が交差する。
「てめ、武器を他にも隠し持っていやがるじゃねーか」
「貴様こそ、一応は敵意のないことを示した人間に対して迷うことなく刃を向けたな?」
 ぎりぎりぎり。
 歯軋りの音なのか、刃が擦れ合う音なのかは図りかねるが、とりあえずバーテンダーはとっくに逃亡している。
「あの女から聞いた。来週は父の日だと。しかしそれ以外の情報は分からない。感謝を示すといわれても、どうすればいいのかわからない」
 生まれたて? 故の無垢さが、常に人の心を融解するものではなく、現にジェスターの表情はどんどん曇っていった。
「お前には養父がいたはずだ。彼には何をしていた」
 その言葉に、ジェスターの相好が崩れる。さすがはコピー、その辺りのツボは捉えているようだ。
「……ラウルは育ての親だけど、父親って感じじゃなかった……だから特別父の日に何かをするってことはしなかった。それでも……誕生日とかには肩たたき券あげたっけ」
 さすがに砂漠の惑星ロザでは容易に花は手に入らない。おまけに決して裕福とはいえない環境。少年に思いつく精一杯にラウルは毎年涙を流していたという。
「まあ、でかくなってからも同じ手段を使ったらさすがに呆れられたけどな」
「いつまでその方法で逃れたんだ」
「去年」
 ……深くは突っ込まないことにして、言葉を待つ。
「でもお前の親って、一応あのヴァルコグだろ? あのがめついオッサンに生半可な贈り物なんて鼻で笑われるだけだと思うぞ」
「物ばかりが贈り物ではない……と、何かで読んだ」
 それがノーマが面白半分で置いていった子供向け情操教育絵本、「賢者の贈り物」だったことは企業秘密らしい。
「一理あるな……だったら行動で示すか。ほれ」
 渡されたのはフルチューンされたアークスコルピオン。
「俺にはゼノンDR−3があるしな……くっくっくっ……」
 オリジナルのくせに、コピーと同じような嗤い方だ。本末転倒のような気もするが、本気でそう思ったのだから仕方が無い。
「そいつで何をするかぐらいは考えろ。俺だって熟慮に熟慮を重ねた結果なんだからさ」
 短い別れの言葉を残してジェスターは去っていった。しばらくしてゼノンDR−3独特の銃声が何発も船内に響き渡る。
 ナニカのビョーキなのだろうか……彼らしくない一抹の不安を解消すべく、もう少しマシな人間の選定に向かう。

 ビィィィン。
 矢がしなる音が頬のすぐ脇で起きる。
 視線をギリギリ動かせば、此方を睨めつける女戦士の顔が入り込む。
「敵地に単独で乗り込んできた勇気は褒めよう。だが蛮勇は寿命を縮めるだけと知れ」
 ギリギリギリ……再び弓を引き絞る音が響き渡るが、それがぴたりと止む。目の前に突きつけられたのは彼女の妹が笑っている写真。
「最新の彼女の情報だ」
 ばっと写真を奪い取ると、それを豊かな胸の間(彼女の仲間である少女・キサラが言うところの「ドラ○もんバスト」)にしまいこむ。
「何用だ。手短に話せ」
「父の日とはなんだ。ジュライカにもそのような風習があるのか?」
 わざわざ敵地のど真ん中にまで来て何を聞くのかと……ブルカカの戦士、ルルカは多少呆れながらも、真剣な面持ちのシードの表情に、うむと力強く頷く。元来真面目な彼女にしてみれば、嘘偽りの無い真っ直ぐな態度にほだされた感もある。
「他の星ではどのようなものか知らないが……ブルカカでは年に一度、「父親を越える儀式の日」、略して「父の日」がある」
 正式名称が多少穏やかでないのはこの際聞き逃すことにする。
「一年間鍛え上げた己の腕を父に披露する……つまり父と全力で戦うのだ。勿論生死をかけるのだからこの儀式に参加できるのは村で一組だけだ。死を目前にして初めて父の偉大さと子の成長を知る、感動の儀式だ」
 ぐっと力こぶまでできるほどの力強い握りこぶしに、シードは全てを知る。
「つまりお前も経験者ということか」
「当然だ。この儀式を超えずして村一番の戦士など名乗れるものか」
「父親は?」
 くくっ……彼女らしからぬ昏い笑いに、付き合いは戦場だけのシードでさえそれが「希少な光景」であることを感じ取ったのか、ぎくりと小さく身体を強張らせる。
「答えはコレに聞くといい」
 ぽん、と手渡されたのは、神獣のナタだ。
 ささっと奇妙な仕種をして、ルルカは去っていった。それが「死地へ向かう戦士を励ます祈り」であることなど、知る由も無い。

 もう少しまともな感性の人間はいないものか………甲板に出てみると、一人の少女が星空を見ていた。
 そういえば彼女には「父親」がすぐ側にいる。境遇的に自分に近いのだからまだいい発想をもらえるかもしれない。
 ゆっくり近づくと……案の定回し蹴りが飛んできた。
 それを軽く片手で受け流し、もう片方の手でさっと……ゼラードで毎日行列ができる饅頭屋の「ふっくら饅頭(一個500ゼーン)」を差し出す。
「何? まさかあんたもウチのクルーになりたいの? あいにくだけどキレて俺様モードに突入する銀河のヤンキーは間に合っているわよ」
 もぐもぐと饅頭を食べながらでもはっきり啖呵をきれるところは賞賛に値する。思わずぱちぱちと乾いた拍手をしてしまったシードに、ども、とお礼を言うキサラ。
 いっそあの腹の底が深すぎてそのうちペダンを貫くのではなかろうかという秘書のそばより、気ままに銀河を翔ける身のほうが安全なような気もしたが、とりあえず当初の目的を告げる。
「父の……日」
 どよーんと……今までの二人とは違う反応にシードはおや、と首を傾げる。
「この前ね、船室をちょっと掃除してたの。そしたらすっごくかっこいい男の人の写真が出てきてね、もう、そりゃシアワセハッピー絶好調だったわよ。写真、ちょっと古かったから、いまならナイスミドルの素敵オジサマになってて、あわよくばゼグラムみたいな酒臭い親父を追放してその人をクルーに引き込みたいって思ったわよ思いましたわよ」
 息継ぎなし。やはり女は怖いとシードは軽くたじろぐ。その間にもキサラは息継ぎなしで言葉を紡ぐ。
「で、パパにこの人だーれ? お友達? だったら今すぐ連絡とって、この格好絶対カタギじゃないから海賊の仲間になってくれるはずよ、そしたらゼグラム船から降ろそうよって相談したら……」
 素人目にも分かる、オーラの上昇ぶり。シードは身の危険を感じて一、二歩下がる。
「『こりゃワシじゃ、そーか、かっこいいか。キサラは見る目があるのぅ』……じゃないわよ、あんのクソ親父ぃぃぃぃ!!!!!!」
 サンシャインLv4発動。ありえない出力レベルに慌ててシールドを張る。
「と、いうわけで私の父の日はこれで決定。あんたも決定!」
 べしっと投げつけられたのは、雪国のクイーン。
 どかどかと同じ短剣を握り締めて、少女は去っていった。
 段々と、父の日が飲み込めてきたような気がしたシードは、最後の確認に向かう。

 再びバーに戻ると、幸い目的の人間が飲んでいた。
 今度は攻撃される前に、どんっと目の前に年代物の海賊の酒を置く。
「気が利くじゃねーか、ボーヤ」
「お前に対する施しは必要経費で落とせる」
 ケッと毒づく男の態度など歯牙にもかけず、目の前に座る。
「何の用だ。今は何もしてねぇ。お前たちに有益なことどころか無益なことさえな」
「知っている」
 再び大きな舌打ち。シードにしてみれば彼らの動きなど彼が部屋で飼っている金魚並に手に取るように分かる。ちなみに金魚自体もまた情操教育の一環と称してノーマが置いていったものだ。多分祭で釣ったはいいが世話が面倒だったのだろう。
「釣った男にエサをやらない主義」
 とかなんとか謎の言葉が水槽に張ってあったが即刻剥がした。怖かったから。
 それをなんとなく思い出したがゆるく首を振って吹き飛ばすと、
「父の日というものが世の中にあるらしい。具体的に何をするのかが分からない」
「はぁ? んなもん、父親に……」
 ごくりと、手にしていた酒を飲み干し……しばしの間。
「何で俺に聞く? 他の面倒見のいいクルーに……」
「調査によれば、スパイまがいの破壊行為・策動を得意としながらも、根が純情生真面目熱血漢でそこを使えば利用価値がある、世に言う「ツンデレ親父」という報告が……」
 ぶふぁっ! と噴霧器のように酒が吹き上がったが、神速の盾がそれを防ぐ。
「色々訂正しておけ、その報告書」
「分かった」
 意外と素直に忠告を受けるシードに、肩透かしを食う。だが次の瞬間、
「父の日が一番理解できると思ったのだが……親父だから」
 どがしゃーーーん。
 机が天井まで飛ぶ。降ってくる瓦礫を全て盾を傘のように掲げて防ぐ。
「くっ……くくくっ、分かったよ、おにーさんが優しく父の日を教えてやろう」
「無理があるぞ」
「るせっ、黙れ! 心が若いうちはいつでも青春時代だ」
 投げつけられたものをとっさに受け取ると……妖刀・幻王丸の妖しい煌きがバーの薄暗い灯の下にも冴え渡る。
「そいつをくれてやる。せいぜい親孝行しろよ、ボーヤ」
 瓦礫を踏み砕きながら、ゼグラムは去っていった。


 というわけで。
 右から、アークスコルピオン、神獣のナタ、雪国のクイーン、妖刀・幻王丸……トップクラスの破壊力を持つものが規則正しくずらりと並んでいる。
 父の日の情報収集に行ったのに、何故か収集家垂涎の武器ばかりが集まってしまった。
 父の日とは一体なんなのだろう。
 少ない情報をもう一度整理する。

 銃を片手に消えたジェスター。
 父を越えるために心身を鍛え上げたルルカ。
 予想外の成長(?)を遂げた父に驚いたキサラ。
 親孝行しろと刀を寄越したゼグラム。

「なるほど」
 にやりと、端正な顔が愉悦に歪む。
 ほどなくして、社長室からこの世のものとは思えない絶叫と、あの世に引きずり込まれるような「をほほほほっ」という哄笑が響き渡り、とりあえずダイトロン社では「父の日セール」を見送ったらしい。


「父の日……懐かしいなぁ……昔チエが「おとうちゃん、これあげるー」いうて、肩たたき券くれたわ。使いきれへんで、ほれ、今でも持ってるさかい。今となってはお守り代わりやわ」
「私も先日、ポカッチョ博士にペダンの温泉一泊旅行券をプレゼントしてきました。あんな笑顔を見られるとは……感動しました」
 硝煙の上がる甲板で、でこぼこコンビは暢気にお茶とオイルを啜っていた。

 聞く相手を選ぶこともまた、情報戦の基本。



〜あとがき〜
ある方には遠く及ばないある人への愛(抽象的杉)
ぜひ彼の話をとあったので、イメージ崩し覚悟切腹上等で作ってみました。
押しに弱いO型ですから。
……またも一部設定が影響受けまくリングです。妖刀・幻王丸あたりで切腹しときます。
時系列とか全く無視。ギャグの基本です。
さらに関西系海賊の方言もでたらめです。管理人は長崎語しかわからんとです。