呪いの対価

「へーくしっ」
 ……汚い。とりあえず制裁を加える。
「お前さぁ、ヒトがクシャミしたんだから「風邪?」とかいたわりの言葉をかける優しさはないわけ?」
「あいにく、限られた資源は大切に使う主義だからな。オレの優しさは希少価値が高いから、お前なんぞに使ってられねーよ」
「いやーん、セレイさんってば、地球に優しいヒトっ」
 ミウの歓声に手を上げて応える。
「ここ、地球じゃねーし」
 ぱちんと何かを弾くようにオレは指を動かした。どこからともなく現れた氷塊がテイルの額にヒットする。

 何の因果か、見知らぬ異世界を救う旅に出発する羽目になってから、結構経つ。
 それまでは普通のぢょしこーせーだったが……とはいえ、そっちのほうもあまり自覚はない。今の生活の方が性に合っているかもな……とにかく、救世の戦士とやらを演じている。やれやれ。
 級友たちと異世界で日々モンスター退治をしながら、ここの世界を維持しているハズの女神の力のかけらを回収して回っている。
 旅の途中ではスケベ王子にはらわたが煮え繰り返るような所業に及ばれたり、インフルエンザレベルの風邪を患ったりで、中々いらぬ刺激に溢れた日常を過ごしている。

 というわけで、退屈はしていない。
 特にこいつらを見ているだけでも、高校にいたときから退屈じゃなかった。

 四月に初めて四人揃った時から、ずっと。

 それまではミウとしか面識が……というか、ミウとは中学校からのお付き合いだ。
「………」
 オレの足元では、先程の戦いで 睡眠の魔法をかけられた男が眠っている。というわけでこの無言はホントの無言。
 起こすのも面倒だから、起きるまではオレたちも休憩してる。
 こいつ……リトのことだって、「一年F組に、すっげー顔のいい男がいる」って噂だけ知ってた。今なら断言できるぞ。「二年B組に、すっげー「いい」性格をした男がいる」……ま、「今」じゃねーか。
 確かに無防備に眠りこけている顔は、一幅の絵画だ。中身さえ知らなきゃ、
「リトって、いい男だよね」
 ……とまぁ、オレの隣でリト鑑賞しているミウと同意見を素直に述べただろう。
「性格が顔の造りになって現れないんだから、相当なキツネだけどな」
 その台詞になにやら二人がオレの視界の端っこでみょーに神妙な顔付きで頷いているようだが無視しよう。
 ミウと一緒に頷きあっている男……元の名前は竜槍。でもこの発音はこちらの世界では相当違和感のある響きとなり、自己紹介のたびに「発音しにくい」だの「変な名前」だのしなくてもいい説明をする煩わしさを避けるため、「テイル」という偽名を用いている。
 元々は半分フランス人のリトが適当に作ってやった名前で、由来は当然フランス語なのだが、
「そいや、テイルって、英語でしっぽっていう意味じゃなかった?」
 と、ごく最近ミウがつぶやいて、リトがほんの少し……ミウたちから言わせれば変化なし……笑ったのを見て、オレは確信犯であったことを知ったよ。
 テイルもまた、典型的な「体育会系爽やか熱血好青年」なのだが……中身が知れれば間違っても惚れることはない。
「きゃあぅっ」
 オレの使い魔ちび竜・ラクルが妙に懐いているのもコイツ。
 なんでそんなに懐いているんだって前に聞いたら、
『あのねー、ボクのおもちゃなのー』
 ……というわけで、オレの深層心理ではテイルのことを「おもちゃ」と思っていることが判明。深く納得。

 その日だって、少なくとも退屈じゃなかった。
 いらぬ苦労は買ってまでする必要はない……が、今振り返るとアレは買ってでも一度は体験しておくべき経験だったな。

「へーくしっ」
 またテイルが豪快なクシャミ。
「ぃえーい、こんちくしょうっ」
 ……ずずっとハナをすすり上げる。やれやれ、花粉症か? 鼻炎か? どちらしろ、オレには関係ない。煩いだけだ。
「きゃあぁぁう、あぅ」
 ラクルが悲鳴を上げている。……何々……。
『つばがかかったのー。汚いぃぃぃっ』
「ラクル、遠慮しなくていいから、やっちゃいなさい」
 オレの言葉に反応して、ラクルが口をかぱっと空け、一斉放射。竜の炎はなかなか豪快にテイルを燃やした。
「……セレイさんや。並の人間だったら死ぬべ?」
「並じゃねぇからいいだろ。ウェルダン希望」
 これだけの騒動を起こしても、リトは起きない。魔法の睡眠、おそるべし。そろそろエスナでもかけたろかな。
「さっきからクシャミ連発して、うるさいよ。風邪だったら伝染さないでね。私、あんたから何一つ有益なものもらったことないわー」
「この俺の溢れてこぼれ落ちそうな、アルキメデスもびっくりの愛情を」
「いらん」
 べしっとデコピン。にべもねぇな。テイルもこれじゃ苦労するわな。
「愛が痛い……いや、真面目な話、なんかさっきからむずむずしてさぁ……止められない、止まらない……へ……へ……へーーーーーくしっ!!!!」

 ………。

 ま、世の中、突然高校生が異世界に飛ぶような時代だ。
 こんなこともあるよな。

 豪快に大笑いをするミウの声に、さすがにリトも目を覚ました。なんて強力な目覚まし時計とかいう突っ込みも、目の前で起きているボケには霞む。
「………」
 起きぬけだから寝ぼけているというわけでもない。こいつはいつだってあまり口の筋肉を使いやしない。
『……L'imbecile est sorti quelque part ?(単細胞はどこに消えた)……?』
 あ、なんか謎の言語を呟いてる。たぶんフランス語だろう。こちらの世界の言語は当然オレたちの世界のものとは異なるが、意識して使えば英語も日本語も使い放題。
「……せめて英語で言って欲しいんだけどな。ギャグは相手に伝わらないと成立しねーんだぞ?」
「………」
 じっとオレを見上げてくる美青年。中身さえ知らなけりゃ卒倒モノの「憂いのこもった困惑気味の貴公子」なんだけどな。
「そこにいるだろ」
 回りの人間は不気味がるが、こいつの言わんとしていることのおおよその見当はつく。雰囲気とか状況で推し量れるだろ? こいつほど目で物言う男も珍しいとオレは思うけどな。
 リトが視線を送った先には、腹を抱えて七転八倒しているミウと……水滴のようなカタチをしたモンスター……絵に描いたような……スライム。
「……単細胞……」
 頭を抱えて呟く様は、亡国の王子様レベルの美しい苦悩っぷり。足りないのはその姿に黄色い悲鳴を上げてくれる普通のぢょしこーせーだけだ。

「ぴぃぃぃぃぃっ」
「ぶわははははははっっっ」「きゃあぁぁぁぁうっ」
 まだ笑っている一匹の二匹の前には、つぶらな瞳のスライムが一匹。必死に抗弁するかのようにぴょんぴょん跳びはねている。
「すげーな、テイル。お前ダーウィンに勝ったぞ。多細胞生物が、単細胞生物に進化したんだからな」
「……退化だろう……」
 真理をついた的確な突っ込みは取り敢えず裏拳で封じる。ちっ、あっさり躱しやがった。
「ぴぃぃぃぃっ」
「悪い。オレ、スライム語は勉強してないわ。英語と古語で精一杯」
「ぴぃぃぃぃぃぃぃぃっ」
 実はさっきから魔法でこいつの言葉は全て聞いている。魔力と、神様やら精霊やらが納得して力を貸してくれるほどの文章構成力があれば、何でもアリという便利な世界だしな。
 ま、そのことを悟っているのだろう。オレに向かって必死に何かを訴えてくるのもそのためだ。
「ぴぃぃぃぃ、ぴぃぃぃぃっ」
「ミウ、お湯が沸いてるぞ」
「やだなぁ、私、やかんなんて火にかけてないよぅ」
 涙をこぼしながらまだ笑っている。
「………」
 いい加減この状況に疲れてきたのか、リトがこちらを見る。はいはい。
「すぐには元に戻せないよ。原因が分かんねぇし。というわけで、ラクル、そいつ連れてきて」
「きゃあうっ」
 嬉しそうにスライムを鷲掴み。いつも掴まれてばかりだから、余計に嬉しいんだろう。 その姿にミウが再び爆発したように笑い出した。
 ……ホント、報われないな、テイル。

 というわけで探査開始。
『……世界の力の根源……原初の海より生まれ出ずる、そは全ての始まり、いやさきにあるもの……いやはての一つより戻り、一つに還る道標を我に示せ……』
 力が……心の奥底から沸き立つようなそれを手繰り寄せて……一気に解放する!
 ふわりとオレのちょっと自慢の長い黒髪が舞い上がる。風圧に耐え兼ねて、束ねていた紐が、吹き飛んだ。ひらひら舞い降りてきたそいつを作り主がぱしっとキャッチ。オレに手渡す。
「Merci bien,Monsieur」
「Je vous en prie」
「……あんたら、どーして平気な顔してフランス語講座を開講できるの?」
「N〇Kフランス語会話のおかげ。簡単な挨拶ぐらいだけどな」
 リトと同じクラスになってからは、たまに眺めてたアノ番組、ああいうの見ると英語が簡単だってわかるよな。なんだよ、机の性別って。
「さてと、んじゃ説明するけど、聞く気、もしくは治す気あるか?」
「聞く気はあるけど、治す気はないよ」
「了解」
「ぴぃぃぃぃっ」
 ラクルとスライムが元気に遊んでいる。ああ、心和む光景だわ。
『何生温かい目で見守ってんだよ! この極悪外道地獄の支配者ぁぁぁっ』
 ……ばんっ。
 目に見えない大きなエネルギーがオレの掌から生じて、スライムを彼方に飛ばした。
「……悪い、ラクル、回収してきて。手に持つのがだるいなら、蹴飛ばしながら持ってきてもいいよ」
「きゃあぁぁうっ」
 ぱたぱたぱた……ラクルを見送って……ちょっと辺りが静かになった。
 ふうっと深呼吸。
「さてと、真面目な話といくか。本人不在だけど問題ないし」
 髪の毛束ねようとして、止めた。ゴムと違ってちょっと手間がかかるしな。さっすがにちょっと疲れたよ。連発して魔法使うもんじゃねぇな。特にさっきの探査の魔法は効いた。
「単刀直入。あれは呪い」
「うわ、奇特な呪いだね」
「………」
 リト、たまには腹の底から笑え。遠慮せずにな。
「でもいつの間にかかったの? 最近そんなことできるよな怪しい魔法使いと戦ってないし」
 目の前で呪いの儀式を繰り広げられたわけでもないのに呪いが完成しているのはさぞ不思議な光景なのだろう。
「遠くからでも呪いをかけるのは可能だけど、今回別物だよ。たまたまかかっただけさ」
「呪いって道端のタバコの吸い殻みたいに落ちてるものなの?」
「せめてウイルス並に空気中に飛んでいるの? ぐらいのたとえにしろよ。そっちの方が似てるし」
「えー、飛散してるの?」
「こんな世界だからさ、制御できなかった魔力の残滓が飛び回っているみたいだな。普通あそこまで影響が出るほど吸い込むことはないけど……風邪と一緒で、抵抗力が低いときには感染するってことさ」
 やたらくしゃみをしていたのも、そのせいだろうと今なら分かる。体内に入った異物を吐き出す、生理現象だ。まさか魔力のかけらも同等の扱いとはね。
「……物騒……」
 ミウ、我が身がスライムになったらとか考えて、顔が引きつっている。スライムならいいだろ。突然ゾンビとか目も当てられないようなグロテスクモンスターになるよりは。
「当然そんな『ある一つの魔法や呪いの破片』に過ぎないから、解呪も風邪薬の服用レベルで容易……だとよかったんだけどな」
 ちょうどラクルがサッカーボールを運んできた。
「さすがサッカー部主将。自らサッカーボールになるとはご立派だ」
「ぴぃぃぃぃっ(んなことで立派になりたくねぇぇぇっ)」
「いいじゃん。ボールは友達とかいう格言もあるし。自らその友達になる。サッカーの神様と呼ばれた選手すらできない芸当、実践できてよかったな」
「……セレイ、あんたリトの無言を読み取るだけじゃなくて、スライム語まで習得してたの……?」
 ミウ……中学校以来の友人を、化け物見るような目で見るな。侘しいから。
「あのな……魔法使ったに決まってるだろ。何ならお前にもかけてやろうか。ただし解読するたびに魔力を使うから、ちょっと疲れる」
「いや」
 ……にべもない・パート2。スライムが少しへこんだように見えたが、気のせいだろう。
「……解呪できるのか?」
 テノールボイスの突っ込みに、オレは仕種で応える。
「ありゃ。救世の3人と一匹かぁ。様にならないね」
「だな」
 スライム、本格的にへこんでいる。
「大体、普通はその姿形を変容させるような呪いのかけらに感染することなんて、めったにねえぞ。確率聞きたいか?」
 先程の探査の魔法で解析できた全て……その内容にオレは心底大笑いしたんだからな。そいつを堪えるのにかなり腹筋使ったぞ。こんちくしょう。
「ぴぃ(よろしくお願いします、先生!)」
「よろしい。約一千万分の一」
「?????」
 数学嫌いの人間一人と一匹の動きが止まる。
「……アルファベット26文字中5文字を選んで暗号を作成する。重複可。これを一発で当てる確率」
「ご名答」
 ますます混乱を始めた一匹と一人はさておいて、だ。
「とにかく、めったに起きない現象ってこった。しかしねぇ……」
 確かにテイルの魔法抵抗力はオレたちのなかで一番低い。が、それを補う気合と根性があるのも事実。
 なんでこんなレアな呪いの残滓に感染したんだか……。あらゆる意味でレア。一千万分の一でも足りなかったかな。確率なんて実は適当。それくらいレアだって伝えたかったんだけどな。
「ぴぃぃ………」
 スライムで哀愁漂わせても、あんまり様にならねぇぞ。
「ね、セレイ、本気の話、呪い解けるの、解けないの?」
「冗談抜きで、解けないね」
 ひょいっと肩をすくめて応対。
「そっかぁ……」
 ひょいっとスライムを持ち上げるミウ。
「……元がテイルだと思うとちょっと引くけど……スライムって、かあいいよね」
 ぷるるるるるん。どう反応していいのか困っているスライムが哀れだ(笑)
 オレはしみじみとスライムを眺めているミウの手からそいつを取り上げると、精一杯優しい笑顔で語りかけた。
 後日ミウが言うには『悪魔が新鮮な魂を見つけた喜びを邪神に報告しているような笑顔』だったらしいけどな。
「安心しろ。オレはお前がどんな姿になっても、お前を忠実な下僕として大切にしてやるぞ」
「ぴぃぃぃっ」
 ぽんっとミウに向かってスライムを投げ付けてやった。
「大切に育てれば、キングスライムぐらいにはなるかもよ? メタルキングになったら喜んで倒させてもらうから、うまく育てろよ」
「何のゲームよ、それぇぇぇ。私、スライムブリーダーになんかならないよう」
 きゅっと……スライムを抱き締めている。おやおや。『元』をすっかり忘れてないか、お前。スライムが妙に嬉しそうだ。素直な奴。
「そんな冗談言ってないで、元に戻そうよー。私は込み入った魔法かけるの苦手だけど、リトと二人でならできるでしょ?」
「そだな……んじゃ真面目に相談してみるから、スライムとラクルの面倒みてろ」
 ちょいちょいとリトを手招きして、一人と二匹から一距離置く。

「………」
 あ、やはしバレバレか。
「気づいてた?」
「ああ」
 軽く口の端を上げて笑う。こ憎たらしいほど様になっているが、僅かにしか変化していないので、見逃す確率が高い『貴公子の笑顔』だ。
「原因は変わらないけど、感染から発病にいたるメカニズムは……ま、お笑いレベルだな」
「お前じゃ解呪できない。事実だな」
「そして真実だろ? さあて……どうしてくれようか」
「放っておけ。そのうち解決する」
「かもな」
 素っ気ない物言いだが、二人のことを心配しているのが感じ取れる。テイルは小学校以来友人、ミウはオレと一緒で自分のことを夢見がちな視線で見ない女だから気疲れしない……前にそんなこと言ってたな、こいつ。
 とりあえず事の成り行きを見守るため、一人と二匹の元に戻る。

「セレイー、相談、まとまった?」
「おう、ばっちりだ。現状維持。というわけで次の町なり洞窟なり塔なり目指してれっつごー」
「待て待て待て待て待て。それじゃ解決になってないよ」
 ぴょんぴょんと足元でスライムが跳ねている。自己顕示欲の強いスライムだね、まったく。
「戦力がガタオチなのがネックだけど、テイルの存在が消えたわけじゃないから封印も解けるし、問題なし」
「大ありでしょうがっ。そりゃリトもセレイも剣が使えるし、魔法もばっちりだけど、単純な物理攻撃が一番強いのテイルじゃないっ。魔法が効かない敵とかだと二人とも苦戦しがちでしょ!? それに一番丈夫で図体もでかいんだから盾にもなるしっ」
 跳ねていたスライムを素早くキャッチすると、きゅっと抱き締める。ホントこいつ、かわいいものには目がないなぁ……『元』のこと、本気で忘れてないか? それともそれがお前の深層心理……かもな。
 にしても……戦力のことしか言っていないあたり、さらりと残酷だねぃ。
「いや、でも別に困らないよ。ミウの援護とオレとリトの直接近接攻撃。スライムはスライムなりの戦い方が……」
「ぴぃぃぃっだけじゃ、話できないもん!」
「それも別に解読できるようにしてやるよって……」
「こいつと普通に会話しても疲れるのに、魔力まで消費するなんて嫌! 普通でいたいのっ」
 あ、微妙にスライムが傷ついている。
「普通がいいの。普通にこいつのお馬鹿っぷりを見たいの。むやみやたらと相手していて疲れても、いざとなったらこいつにおぶってもらうもん。大っきい分だけ利用しなきゃ資源の無駄遣いでしょ」
 オレはリトと顔を見合わせた。
 リトはちょっとだけむず痒そうに笑って……オレも釣られて笑っちまった。
「分かった分かった。んじゃミウ、昔っから一番効果的な解呪の方法教えるわ」
 きょとん……オレのセリフにスライムもミウも似たような表情で固まった。スライム独特のぽけらっとした、うつろな表情だ。
「……あるんだったら出し惜しみしないでさっさと教えてよっ!」
「ぴぃぃぃぃ!(こんの陰険陰湿極悪極道女ぁぁぁぁっ、否、男ぉぉぉぉっ)」

 どかーーーん………。

 あ、いかん、ついうっかりスライム相手にイオナズンを使ってしまった。もったいないな、オレの魔力が。
「ぴぃぃぃぃ」
 うーむ……これで死なないってことは、どうやら体力は元のテイルのそれと同等ってことか。もしくは守備力ははぐれメタル?
「んじゃよく聞け。あのな……」

 しばらく沈黙。そして。

「なぁんだ……それだけ?」
 おや、いやにあっさりしてやがる。スライムはそわそわしているのにな。
「だって二人が随分出し渋るから、もっととんでもないモノかと思ってたもん。それで完全に解けるの?」
「さっき念のためリトと二人がかりで改めてそいつの呪いを解析したんだぜ。所詮『呪いの欠片』だからな。そこに至るまでの特別な儀式は不要。んで、条件が近いのはお前さん」
「うーーー、もっと牛乳飲んでいればよかったよう……」
 呪いを解く方法はとてもオーソドックス。

《お姫様のキス》

 今回の唯一の条件は《呪いにかかった対象より背が低いこと。そして離れていればいるほど可》という訳の分からない条件。この呪いを開発した人間はよほど身長にコンプレックスを抱いていたのだろうか?

「……ま、いっか。元はどうあれ、今はかあいいスライムだしっ」
 ひょいっと座り込むと、スライムを抱えて真正面に見据える。

 ぽん。

 間抜けな音ともに、ミウの目の前に一人の戦士が立ち上がる。
「……戻った……」
 高くなった視界に感動しているのか、テイルの目からきらりと輝くものが落ちた。
「ホントだぁ……うわぁ、ベタな展開」
「だろ」
「ありがとぉぉぉっ」
 がばちょっとミウを抱き締めるテイル。案の定次の瞬間には見事なアッパーカットが炸裂し、テイルは奇麗なy=xの2乗を描いて飛んだ。
「全く……ね、セレイ、相手はスライムだもん。カウントに入らないよね」
「さぁな」
 あれがタダのスライムならカウントしてやらないけど、今回のはカウントしてやったほうがあいつのためだと思うけどな。
「うーーーーいぢわる……ま、いいか」
 こっちがちょっとびっくりするほどあっさりと結論を出した。その響きには後悔どころか、ちょっとほんのり喜んでる節すら見えた。
 ま、呪いが解けたんだから、まんざらでもないんだろうな。


 その夜……スライムから戻ったはいいが、何故か全身が激烈に痛かった。
 寝ることすらままならない俺の頬をつんつんと突く指に応じて、必死で寝返りを打つ。
「筋肉痛になってんだろ」
 悪魔のように凄惨なほど美しく整った笑顔が、たき火の炎に反射している。俺は内蔵全てが冷凍庫に入れられた心地になった。これだから怖いんだよ、この女は……。
「なんで分かるの?」
「スライムの時に使う筋肉とヒトの筋肉じゃ使う量も場所も大違い。普段使っていない筋肉までフル活用して動き回れば、そりゃ半端じゃねぇ筋肉痛になるだろうな」
 すっと俺の傍らに腰を下ろす。起き上がろうとした俺を世麗は制止した。たまにこいつはさりげない優しさを自然と見せる。そういうとこに俺の親友は惚れこんでいるし、俺も『おっとこまえやなぁ』と感服する。
「一応ミウには睡眠の魔法かけたから、朝までぐっすりだとは思うけどな」
「……さらりと物騒なことしてんなぁ……なんでさ」
「ん? オレなりの親切。さっきの呪いのことなんだけどな……あの身長の話は丸っきり嘘なんだ」
「はぁ? なんでンな嘘つく必要が……」
「絶対にミウでないと解けねぇから」
「だから……」
「惚れた女のキスでないと解けないからだよ」
 にぃっと……それはそれは壮絶な魔性の笑み。
「しかも片想いはアウト。よかったな。少なくともミウはお前さんのこと嫌いじゃないよ。ただし恋人として好きなのか、友人として好きなのかまでは分からないけどな」
 こいつ……自分のことはぱーふぇくつ鈍感のくせして……ううっ、やっぱ悪魔や。
「それだけ。ま、レア呪いにかかっただけでなくて、思わぬ掘り出し物まで発掘ってとこだな」
「レアな呪いねぇ……ま、通りすがりに体の形が変化するよな呪いにかかるんだから、俺ってラッキーメン?」
「ああ、まったくだ。『相手の気持ちを推し量るために開発された、身体変容呪』。今回スライムに化けたのはたぶんミウが一番受け入れやすいモンスターだからだろうな。叶わぬ恋に身をやつした哀れな魔導士が開発した、相手の気持ちを知るための大博打。その魔導士がどうなったかまでは分からないけど、お前はその博打に勝ったわけだ」
 淡々と……その調子はまるで、突然当てられたにも関わらず、古典の訳を一読しただけでほぼ現代語訳できている授業中の姿同様……平然とした調子で呪いの講義をする。
「なんでんなことまで分かるんだよ……この化け物……」
 授業中に俺がよく抱いていた感想が、するりと口から毀れる。
「お褒めの言葉ありがとう。明日の朝、楽しみにしてろ。じゃな、お休み」
 ぐうの音も出せない俺をしばらく面白そうに眺めていたセレイは自分の寝所へと戻ろうとして……先に眠りこけているリトを見やった。
「こいつじゃなくてよかったな。元に戻せねぇとこだったぞ」
 ………。
 今日一番不幸だったのは俺だと信じていたが、やはり上には上がいる。

 それに俺は……ひょっとしてここ数日のうちで一番幸せな男かもしれないしな。

「普通でいい」

 ミウのその言葉を噛み締めながら、俺は筋肉痛とともに眠りに落ちた。

 ……翌朝、またスライムになっていたというのは言うまでもない。


〜後書き〜
本館Hit6999、つまり「7000ニアピン賞」。ゲットしたのは悪友の一人です。
(というか、通りすがりのお客様はこんな無茶リクすまいて)
当サイトには「切り番報告は早い者勝ち」という弱肉強食のルールがあります。
ちなみにリクエストの内容は「ミウとたっちゃんのらぶら●」…伏字ではなく「らぶらぶ一歩手前」を希望だそうです。
無茶言うな…(汗)