第7回 進路について・その2

 中間試験はいかがだったでしょうか。明日から精道泣き笑い劇場が見られるかと思うとぞくぞくします。広島カ−プに前田選手という人がいます。彼は高校を出てすぐにプロに入り2年目でレギュラ−を取り3年めで早くも3割を打ちました。が、その年の冬に「一度くらい良い成績を残してもだめ。3、4年連続で残せて初めて本物だ」と言っていました。この選手はあまり有名ではありませんが、あのイチロ−が初めてオ−ルスタ−戦に出たとき、「誰を見たいか」と訪ねられ「前田さんを」と答えたとか、落合選手が「天才は前田くんだ」と言った選手です。このような気持ちで勉強に励んでください。

 今日は、前回言ったことにもう少し説明を付け加えさせて下さい。二つあります。一つは、理科系の人は結局文科系の人に使われる身になると言う点ですが、だからと言って理科系が駄目とか、理科系の人は専門的な細かいことしかできないと言うのではもちろんありません。ましてや理科系は必要ないというのでは毛頭ない。資源に乏しい日本は、今も将来も優れた科学技術を持たなければ繁栄することはできません。だから、優秀な科学者と技術者が沢山必要です。そのためにも、理科が好きな人が理系の学部に行ったり、技術を習得する専門学校などに行くことが好ましいわけ。理科の好きな人はがんばってください。

 もう一つは、トップに立つ人のことばかり話したけど、みんながトップになれるわけでもない。トップになるためには、頭脳だけではなく、人を引きつける人徳や度胸などがいる。頭脳だけの人は、むしろ参謀になってトップを助けるのがいいでしょう。こういうことについては、司馬遼太郎の『坂の上の雲』という本によく説明されています。この本は、日露戦争(1904〜5年)で海軍と陸軍で活躍した秋山兄弟についてです。著者はこの二人がいなければ、日本は戦争に負けていたかもと言っています。それなのに、秋山兄弟は高校の日本史の教科書にも出てきません。知られているのは、海軍は東郷平八郎、陸軍は児玉源太郎というトップの指揮官です。司馬氏は、この二人の指揮官を誉めています。というのは、彼らは細かい作戦などはみんな部下の自由にさせ、自分はどっしり座っていて部下の行なうことの全責任を負うという態度を突き通したから。このような度量を持つ人は滅多にいません。部下が良いことをすれば自分の手柄にし、部下が失敗すれば部下の責任にするの人は多いけど。

 またみんながトップになる必要もない。それどころか、もし皆が政治家になれば、誰が車を作るのか、誰が病人を治療するのか、誰がご飯を料理するのか、誰が郵便を配達するのか、なんて常識でもわかるように、変な社会になってしまう。人間とは、本当にうまくできていると思いますが、人それぞれ様々な才能があり、それぞれが自分の才能をある程度活かせる仕事が普通はある。皆さんも早く自分が何に向いているかを知るように努めましょう。

 トップの人は、特に大きい団体なら、それだけ大きな責任があることも忘れてはならない。これも司馬氏が書いていましたが、戦争に行くと自分たちの指揮官にはともかくよい作戦を立てる人が欲しい。たとえ道徳的によい人間であっても下手な戦争をされたら、そのお陰で多くの兵隊の命が失われるから、と言っていました。その最良の例が、ノモンハン事件(1939年)とインパ−ル作戦(1944年)でしょう。トップが無謀な作戦を立てて実行したお陰で、何万という人がモンゴルの平原でソ連の戦車に引かれて死に、あるいは何十万の兵隊がビルマのジャングルで疲労困ぱいの末飢え死にしたのです(これらの作戦に与した士官たちは道徳的にもひどい人たちのようですが)。軍隊や政治では、指導者は無実の人の生死を左右する。

 仕事さえできれば道徳はどうでもよいという考えはどう思いますか。私は賛成できません。道徳的に悪い人は良心の声に従わなくても平気なのですから、回りの人々を幸せを考えるはずがないでしょう。現在日本で起こっている大企業の不祥事の事件は、政界や財界のトップに立つ人々の道徳のレベルが低いことが一つの原因ではないでしょうか。

 ただ、司馬氏の言いたいことはよくわかります。そして、これはトップについてだけでなく、みんなに言えることだと思います。もちろん、下にいる人の責任はトップに立つ人の責任よりも軽いですが、でも責任はある。どのような仕事についても、まず自分の仕事をよく果たす人でなければ、回りに迷惑をかけるわけ。と言う意味で、現在中学生ならば、勉強をまじめにして欲しいわけです。

 皆さんは昭和元禄という言葉を聞いたことがありますか。それ日本が昭和40年ころから、読売巨人の9連覇とともに前代未聞の平和と経済的繁栄の時代を迎えたので、それを江戸時代の元禄時代に例えたのです。確かに昭和は戦後非常に安定した平和な時代だっと思いますが、今後は日本は国内で戦争が起こるようなことはないでしょうが、戦国時代や幕末ほどにないにしても、少し不安定な時期に入るのでは、と危惧しています。平和な時代には学歴や家柄といったものが幅をきかせますが、非常事態の中ではそのような外から自分を飾ってくれるものは役に立ちません。神戸の地震のとき、役に立ったのは高学歴の人ではなく、あるいはかっこいい人でなく、緊急の状況の中で落ち着きを失わずてきぱき処理ができる人だった。戦国時代に「おほほほ、ミ−は桓武天皇の血を引く武士の家柄ざんす」などと言って偉そうにしていた高貴な貴族や守護大名はほとんど没落し、実力のある庶民や貧しい侍が大名にのし上がっていった。幕末に本当に活躍したのは、大名クラスの武士ではなくほとんどが下級武士だったでしょう。

 たとえ非常事態になっても、どんなところでも「どっこい生きている」と言える人間になりたいものです、私は。また、体力も大切です。『シ−トン動物記』に書いてあったと記憶していますが、犬の中でも雑種というのは、筋肉の強さや足の速さでは、ブルドックやシェパ−ドには負けるのですが、生命力は一番あるのだそうです。例えば、無人島に血統書つきの犬と雑種を置き去りにすると、雑種が一番後まで生きているらしい。そういう雑種のような体力と精神力を身に付けてください。試験や試合は、そのためにも役に立つでしょう。

 それでは、お元気で。


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