ボランティアについて

  今月の28日に「第2回ALS患者支援の会」の”集い”を開催することになり、今はその準備で忙しい。

 僕は、今回の準備を通じて「このような活動を組織的に行えないか?」と考えた。

 というのも、現在、事務局は僕を含めて3人だが、他の2人は「他にやりたいことがある」などの理由によりなかなか時間が取れず、結果、僕一人が準備を行うことになったためだ。

 僕は「自分が5体満足ではない」からこそ、元気な彼らには「やりたいことを全力でトライして欲しい」と思っている。
 しかし、その一方で、「事務局の都合の良いときだけ支援する」という考えは、”支援される側”でもある僕としてはどうしても受け入れられなかった。

 だからといって、僕の体調は今度の”集い”の司会進行を担うことさえ難しい状態であり、正直なところ、とてもきつかった。

 そこで、事務局以外の知り合いに「協力してくれるよう」に頼んだところ、「仕事で難病患者と接する機会が多く、何年も支援制度などを勉強してネットワークも作ってきたので、何かのお役に立てれないか?」という人や「で、何を手伝えばいいの?」と最初から手伝う気満々の人たちに出会うことができ、正直、うれしかった。

 だから、そんな人たちをもっともっと見つけて「たくさんの人たちに”わずかな時間”を提供してもらう”組織”」を立ち上げ、この病気で苦しんでいる人たちをたくさん支援していきたい。

 そういった考えのもと、「この組織の代表は誰がよいだろうか?」と考え、今日、”ALSとの闘病生活を本にした人”のパートナーに「あなたのパートナーに、この組織の代表というか”他の患者の勇気の象徴”になってほしい」とお願いしたところ、「彼女は呼吸器をつけて、先日、他の病気で手術をし、今はすっかり元気がなくなったので・・・」という話だった。

 僕は「本当は、この病気の人達を支援する組織を創っても意味がないのではないか?」という気持ちを振り払うのに必死だった。

 この病気は、人の命を奪うものであり、その病気を患った人達を支援していくことは「ホスピスの患者を在宅で支援しているようなもの」である。

 多くのボランティアは、「できれば”観光案内”などの華やかな分野でボランティア活動をしたい」といい、行政機関なども「(華やかな)観光ボランティアへの参加」を積極的に推進している。

 しかし、「命と背中合わせで闘っている人を支援すること」は、「あ〜楽しかった」という思い出づくりにはならなくても、必ず「”自分の命”を振り返る機会」を与えてくれ「命の尊さ」を実感させてくれる。

 だからこそ、ベテランの方はもちろんのこと、社会人ではない学生の方にも、ぜひ、このような活動に参加して、「自分」を見つけて社会に巣立っていって欲しい。

 色々考えているうちに、なんだか、支援される方のメリットばかりが浮かんできた。
 

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