職場避難

 

  今週の月曜日の勤務開始早々、職場の上司が僕に対し、「俺に挨拶をしないやつが偉そうにするな!」と怒鳴ってきたことが原因で、問題が起こった。

 僕は最近、のどの筋肉の調子が芳しくなく、できるだけ大きな声を出さないようにしているが、小さい声でも「おはようございます」は言うように心がけている。

 だから、「この上司は何か勘違いしているのでは?話せば分かるはず」と思い、別室に来てもらって2人で話し合うことにした。

 しかし、彼は僕の話を聞くつもりはなく、これまでのうっぷんを晴らしたかったようで、思わぬ方向に行ってしまった。その時の会話は以下のとおりであった。

「貴様、何様のつもりで、俺のことを告げ口したんだ!」
「・・・アルコールの件ですか?あれは、絶対、良くないですよ。でも、今は飲まずに出勤するようになったんでしょ。この間の酒気帯び運転で首になった人もいましたけど、そうならずによかったですね。僕らの時代は分からないけど、あなたは、あと数年頑張ったらたくさん退職金がもらえますね。良かったですね。」

 別室の椅子に座ると、僕の目の前に立ち、上から威圧するように、たばこの火のついた方を僕の顔に向けて怒鳴ってきたが、「僕が熱くなってはいけない」と思い、「良かったですね」を連呼したが効果はなかった。

「俺がお酒を飲んでここに来ることと、貴様と何の関係があるんだ!何が飲まなくなっただ?今も飲んでるよ!俺は、昔、左翼とも関係があり、貴様を始末することなんて、簡単なんだよ。生意気なことを言っていると、本当にやるぞ!お前のせいで、俺は子どもにまでバカにされたんだ。謝れ!」

 確かに近くで話しているとお酒のにおいがしてきた。

「酔っぱらいを相手にするな!僕が熱くなってはいけない」と一生懸命言い聞かせ、僕なりに平静を装うように努力した。
「僕は自分が悪くないのに謝ることはしません」

 彼の怒鳴り声は執務室にも響いていたようで、彼の上司がドアからのぞきに来たが、何も言わずにすぐに出ていった。

「俺はここで30年以上も働いているんだ。1年ちょっとの貴様が偉そうに言うな。手もろくに動かずに、仕事もできないくせに。お前は給料を貰いすぎなんだよ!」

 彼は、僕がどのよう気持ちで、毎日、病気と向かい合っているのか知っているのか!
 手が思うように動かなくなって昔のようにバリバリ仕事ができなくなったことを、僕がどう思っているか知っているのか!
 でも、「病気だから仕事はしなくて良い」と思いたくないからから、みんなが嫌う「作業は少ないが、知識を必要とするクレームの多い課税事務」を一手に引き受けて、毎日のように納税者に頭を下げているんだろうが!

 僕の中で何かが切れた。

「あなたに僕の何が分かるんですか?これ以上、脅したり、侮辱を続ければ、恐喝と侮辱罪で訴えますからね。」

「バカか。お前は。俺は、これまでに何度も人事課に呼ばれてるけど、大丈夫なんだよ。だから、お前なんか恐くないんだよ!やれるもんならやってみろよ。」
「わかりました。本当に僕がバカはどうか、やってみますよ」

「ふざけやがって!俺は謝れっていってるんだよ!」

 こんなやり取りが20分ぐらい続いた後、さっきとは違う彼の上司が来て、「ちょっと来て」と彼を呼びだし、彼は「これで終わったと思うなよ!」と吐き捨てて、その部屋を出ていった。
 そして、僕は所長に事情を説明に行った。

 その後、「彼とは2人で話し合わないように。そして、決して相手にするな」という指示を受け、職場に戻った。

 しかし、僕が席に戻るや否や、彼は僕に向かってゴミ箱を蹴りつけた。

「おい。ちょっとこっちに来い!」
「所長から”2人で話し合わないように”と言われましたので」
「はあ?逃げてるのか。この弱虫が。ふざけやがって」

 僕は、彼の罵声はもちろんのこと、彼を注意しようとしない”彼の上司”にも腹が立った。

「あ〜、くそ!」
僕はそう言って席を立ち、改革心が旺盛で僕が尊敬する職員の一人である所長のところに行った。 

「胃が痛くなってきました。これ以上我慢すると胃に穴が開きそうです。ご迷惑をおかけすることになると思いますが、彼と話し合おうと思います。」
「何度も彼に話をしたんだが。僕に彼を異動させる権限はない。このままでは、君の体のことが心配だ。君が希望するなら君を異動させることもできるが。」
「正しいことをしている僕が異動する意味はないし、殴られたら、即、警察に行くだけです」
「わかった。もう一度、彼と話し合いをするから、それまで、職場に戻らず、別のところにいてくれ」

 こうして、僕は避難することになったが、その間、”彼と何十年も一緒に仕事をしている人”とこんな会話をした。

「彼は気が荒いが悪いやつではない。今回は君が悪いんだから、君が謝ってくれないか?」
「・・・。あなたが彼と何十年来の知人であることは知っています。理由が有れば、僕はいくらでも謝りますよ。でも、彼はもちろんのこと、彼の直接の上司達も、先日”君が謝らなければ事務改善はしない”と 言って今日も黙認しています。そんなことが許されるとは思いますか?」

 この職場の多くの管理職は、彼と何十年も一緒に仕事をしており、「彼は昔からだから」という情けをかけている。

 僕は、避難している間、こんなことを考えていた。

 「こんなことが起こるのは、病休で休んでいる人の代わりに来た臨時職員の仕事がほとんどないくらい余剰人員がいることや、多くの人が何十年も税務勤務し続け、彼らが”長”の付くポジションを占めてしまったことによって、”県民主体”から”自分たち主体”の考え方になり、彼らに批判的な意見は、それが、たとえ、”県民主体”であったとしても、無視しても問題がない体制ができあがってしまっているのではないか?このような状態では、僕のようなものがどんなに意識改革を訴えても、どうしようもないのではないか?」

 避難生活は夕方5時にまで及んだ。

 「なぜ僕がこんな目に遭うんだ?」
 そういった気持ちを抱きながら、帰宅した。

 そして、その翌日となる昨日、出勤早々、「昨日問い合わせをした○○ですが、対応された□□さんいますか?」という電話があった。

 ”□□さん”とは、”前日に僕を恐喝しようとした職員”であったが、電話で話をするや否や、僕に向かって「これは貴様が対応した人だろうが。何で俺の名前を使うんだ。ふざけるな!」と言って 、たばこを吸いに行った。

 ○○さん?
 全く思い当たる節がなかったが、「すいませんでした」と彼に謝り、対応しようとしたが、”昨日の問い合わせ内容”が全く分からない。
 周りの人に聞いてみると、「その人は、昨日、□□さんが対応してましたよ」

 そんなやり取りをしているうちに、彼が喫煙室から帰ってきたので経緯を聞こうとすると、「何で俺の名前を使うんだ。ふざけるな!」と言い返してきたので、「何言ってるんですか!昨日、あなたが対応した人でしょうが!」「何を言っているんだ!ふざけるな!」と言い合いをしてしまった。

 結局、電話を掛けてきた方を長時間待たせることになり、最終的にその電話を対応した人がその方に何回も謝っていたようだ。

 「やってしまった!」
 すぐに”電話の対応をしてくれた職員”に謝ったが、できることなら、電話を掛けてきた人にも謝りたい気分だった。

 すっかり自己嫌悪に陥り、「もう、どんな場合でも、彼と直接話すのは止めよう」と思い、この2日間の出来事を人事課に報告し、対応を依頼した。

 その後、彼は、全く仕事をせずに、寝ては覚め、覚めては僕の悪口を言い続け、上司も黙認し続けた。

 そして、11:30を回った時点で、僕は、「彼の勤務態度は、明らかに、地方公務員法に基づく”職務専念義務”に違反する」と見なし、所長に通報し、しばらくして彼は帰っていった。

 一方、僕も体調が悪化したため、しばらく別室で休養し、そして、今日、僕はとても仕事に行ける状態ではなく休んでしまった。

 僕の家族や知人は口をそろえてこう言う。
「もう頑張るな。それより体を大事にしろ」と。

 ついに、誰も応援してくれる人がいなくなった、と思っていたところへ、僕と同じ病気を患いながら「日本初のALS患者としてのユニバーサルデザイナーになる」と頑張っている人から「ホームページを見た」という、こんなメールが届いた。

 あなたのHP、よく拝見してます。
 読めば読むほど、私とあなたは似てるなあと感じてしまいます。
 私も何かを作り出したり、サービスを提供する職に就く者は全て、第一にユーザーの事を考えて、その為にはどんな苦労も惜しむべきではないと常々思っています。

 私は役所の人間がキライです。・・・
 あなたみたいな方も確かにいますが、その何倍も明らかに世間の常識から逸脱した、民間企業ならまず間違いなくクビだろっって思う方が沢山います。

 だからこそ、頑張ってほしい!
 あなたも「後どれくらいやれるか」薄々分かっているかと思います。
 辞める時はお前も道連れだ!くらいの心意気でいってほしいです。

 腐ったみかんは取り除かないと、他のみかんも腐ります。
 自分がダメなら市議会議員に相談してみるのも手だと思いますよ。

 どうか、負けないでほしいです。
 あなたが諦めたら誰がやるのですか?
 市役所とは、市民の役に立つ所と書くのです。

 頑張って下さいね!
 あなたの頑張りで私も頑張れるのだから(^_^)


 僕が、今、一番言ってほしかったことを、「僕と同じ病気を持った人」から言ってもらった。

 そして、僕はパソコンの前で泣き崩れてしまった。
 「そうだよね。きついけどあきらめたらいけないよね。頑張らないといけないよね。ありがとね。」
 いろんな気持ちが交錯してしまって、どうしても涙が止まらなかった。

 僕だって本当は職場のことは「良いこと」しか書きたくない。
 それに、今もめている班長だって、「税務に関する知識は県でベスト3に入る」と言われており、僕は「彼の知識に追いつきたい」という目標を立て、「まずは彼の知識をメモに残しておこう」というのがきっかけで事務マニュアルを作ったぐらいだ。

 でも、知識があるからって、経験があるからって、公務員として「やってはいけないこと」もあれば、「やらなければいけないこと」もある。

 僕はどんなに病気に蝕まれようが、現役である限りは、最後まで「公務員としての信念」だけは貫きとおそうと決めた。

 だから、もし、僕のことを心配してくれる方がいたら、お願いだから、”もうがんばるな”とは言わないでほしい。

 
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