最も大切な人

 

 「1リットルの涙」というドラマがある。

 主人公の高校生は、僕と同じような病気を患ってしまい、その病気との闘いで1リットルもの涙を流してしまう。

 そういえば、僕のパートナーも、先に放送されたTV番組の中で「たくさん涙を流しました・・・そして、その分だけ強くなりました」と言っていた。

 人は流した涙の量だけ強くなっていくのだろうか?
 ・・・でも、僕は一向に強くなれない。

 また、ドラマの主人公は、恋人にこんな手紙を書いている。
「あなたは元気で、これからもいろんな夢が広がっていく・・・。でも、私は毎日毎日病気と向き合うことだけで必死・・・。だから、あなたと一緒にいるとつらい・・・」

 パートナーも思わず涙を流していた。

 そのドラマをみながら、僕も”自分のこと”を少し振り返ってみた。

 余命を宣告され、徐々に体が動くなくなっていくことは本当につらいことだった。

 洋服も一人で着れなくなったり、泣いている子どもを抱きしめることができない。
 それに、「職場で”もう君の事務改善案は聞かない”と言われるのも僕が病気だからなめられているに違いない」と思ってしまうこともあり、「前向きに生きていくこうとすること」は本当に大変なことだった。

 そんな状況で、最も大切な人に「今は言ってほしくないこと」を言われるだけで、プツッと何かが切れてしまい、「お前のせいでこんなことになってしまったんだ!」と言わんばかりの形相で八つ当たりしてしまい、時には、その感情が覚めないまま、このホームページに「ひとり言」を書いてしまっていた。

 それでも、彼女は、僕への愛情が薄れていきながらも、僕から離婚の話を切り出されながらも、今まで僕のそばから離れることはなかった。

 そんな彼女に、最近、「よく今までそばにいてくれたね。ほんと、ありがとね」という言葉を何度も口にしてしまう。
「今僕が仕事に行こうと思えるのも、ALS患者支援の会をがんばろうと思えるのも、倒れないようにあなたが支えてくれているからだと思う。ほんと、ありがとね」という言葉を何度も口にしてしまう。

 進行性の病気を患うと、その病気が進行したことを感じたときに「ものすごい恐怖感」と「あきらめ」の気持ちに襲われ、どこかでその気持ちをはき出してしまわないと自分がつぶれてしまう。

 かつて、そのはけ口にしてしまったいた人が今まで踏ん張ってくれた。

 本当にありがたかった。

 そして、その踏ん張りが無くなる前に”自分の誤り”に気付くことができたのが嬉しかった。

 しかし、そんな”最も大切な人”に「感動の涙」を流させた「毎日病気と闘っているドラマの主人公」が少しうらやましくもあった。

 

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