(4.27)
お見舞い
僕の家から車で1時間ほど離れた地域に住んでいるALS患者のところへ初めてお見舞いに行った。
彼は発病から1年足らずで寝たきりの状態になってしまうほど病気の進行が早かった。
一方、同じ病気を患っている僕は、発病して今年で7年目。
もしかすると、僕のことを羨ましく思うのではないだろうか?
そんな僕が行って、果たして、彼を励ますことができるのだろうか?
いろんなことを考えているうちに彼の家に到着。
すると、すぐに奥さんが出迎えてくれた。
「お待ちしていました。」
どうやら、僕が来ることを夫婦で楽しみにしていてくれたようだ。
そして、彼女は、僕の状態を見るなり、すぐに「最近まで主人が使っていたんですよ」と言って車イスを用意してくれ、僕は少し複雑な気持ちでその車イスに座った。
そして、彼の元へ。
ベッドの周りにはお孫さんの写真が1枚だけ飾ってあった。
「お孫さんですか?いいですね。僕にも5歳の男の子と3歳の娘がいるんですが、僕も早く孫の顔が見たいなあ。」
「それは楽しみですね。でも、私の孫は遠くに住んでいるので、なかなか遊びに来てくれないんですよ」と奥さん。
「・・・、僕も何とか6年間はこの病気と闘って来れたのですが、”孫の顔を見る”となると、あと20年は頑張らないといけないのかあ・・・。正直、気が重いですね。この病気のつらさは身をもってわかっているので、いつ、気持ちが折れてしまうか・・・。」
こんな会話をしていると、ふと、彼が文字盤を使って話し出した。
「お・れ・は・も・う・し・に・た・い」
これを聞いた奥様は溜まらず涙を流してしまい、彼のケアマナージャーは慌てて「そんなことを思ってはいけませんよ。」と注意した。
「なぜ、そんなことを思ってはいけないんですか?僕だって何度と無く、”死にたい”って思いましたよ。あなたはこの病気がどれほどつらいかわかっているのですか?」
僕は、思わず、感情をむき出しにしてこんなことを言ってしまった。
そして、この発言の後、彼は、堰を切ったように泣き始めた。
そうだ、彼はきっと泣きたかったんだ。
周りは重い空気に包まれてしまい、シーンとしてしまった。
しばらくして、何もすることができない僕の目に、また、あの写真が入ってきてしまった。
「それにしてもかわいいお孫さんですね。」
すると、彼の目から涙が消え、少しだけニコっとした顔になった。
「僕にもあなたにも、いつかは”その時”が来ます。だから、焦らずに、”その時”が来るまでは一生懸命前を向いていきましょうよ。だって、僕にもあなたにも”生きる理由”があるのだから。僕は”かわいい子ども達”のため、あなたは、毎日そばで介護をしてくれる”最愛の奥様”のために前を向いて生きましょうよ。ね!」
ここで僕は大きな失言をしてしまったことに気付き、慌ててこう付け加えた。
「あ、誤解のないように言っておきますけど、僕にも、ちょっとだけ恐い”最愛の妻”がいますからね。」
ここにきて、やっと、彼の顔から白い歯がこぼれてきた。
その笑顔を見て、僕は、なんとか「ここに来て良かった」と思うことができた。
しかし、その夜、不覚にも、僕の頭の中は、彼が言った「俺は死にたい」という言葉に占拠されてしまい、その言葉を振り払うのに一晩を要してしまった。
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(4.14)
”音楽教室”論争
最近、夫婦の間で「長男を音楽教室に行かせ続けるかどうか?」で意見が分かれている。
「長男は音楽教室に行くことを楽しみにしているし、僕も長男のピアノ演奏を聴くのを楽しみにしているんだから、続けさせるべきだ。」
「教室には、友達と遊びたいから行っているだけだし、それに、”親のため”に行かせる必要はないでしょ。」
「”親のため”だって、本人が嫌がっているわけでもないし、別にいいじゃないか。」
「長男がピアノの練習をするときの態度は知ってるでしょ。途中でゴロゴロしたり、おもちゃで遊び始めたり・・・。あんな態度を見ていると、どうしてもイライラしてくるのよ。どうして私があなたの”楽しみ”のためにイライラしないといけないのよ。」
「何を言っているんだ?おまえが子どもに”多くのこと”を期待し過ぎて、”今日の長男の成長”に満足しないからイライラするんだろ。自分に根気が無いことを棚に上げて”人のセイ”にするな。そんなことを言っていたら、子どもにも根気が無くなるだろ。」
いけない!
話の内容が段々相手への非難に変わっていっている。
「・・・、そんなことを言うのならあなたが教えてあげなさいよね。”自分にできないこと”を人に押しつけないでよね。」
「お前は俺が昔キーボードを弾いていたのを知っているだろ。人の気持ちもわからないくせに・・・。あ〜イライラする。いいから早く教えろ!」
我が家でこんなやりとりが始まると、きまって長男は見つからないようにこっそりとピアノの前から逃げ出し、娘はなぜか「お父さん、うるさい!」と言って妻の味方をする。
実は、長男に「ピアノの練習をやりたくない」気持ちにさせた原因の1つは僕にもあるのだ。
というのも、2年前、5月生まれの長男が他の園児より多少なりとも知恵が回ることに気付いた僕は「1クラス上の教室に行かせた方が長男にとって学ぶべきものが多いのではないか?」と思い、小学生もいる教室に通わせることにしたのだ。
しかし、”僕の遺伝子”では、「この年齢における2歳の年の差を”努力で追いつくこと”」はできず、やがて、長男は、「いくら練習しても”一番上手”になれない」という現実に”練習の必要性”を感じなくなっていった。
でも、僕は長男に「1番になれないなら何もしなくてもいい」という考えを持たせたくはない。
そこで、妻の気分が乗らないときは、僕が”出ない声”を振り絞って音符を読んだり、「できるところまででいいから3回弾いてみようか」と言って根気強く教え続けた。
そして、やっと課題曲が弾けるようになり、今日、教室で発表することになった。
といっても、今やその教室に通う園児は長男一人であり、他の生徒はみんな小学生。
「もしかすると、また、自信を無くして帰ってくるのかな?」
そんな僕の心配は見事に裏切られ、長男は元気良く帰ってきた。
「お父さん、あのね、今日ね、最後まで弾けたのは僕だけだったんだよ。」
意味がよくわからずに、妻に聞いてみると、どうやら、他の生徒はまだみんなの前で弾く自信がなかったようで、長男だけが弾くことになったようだ。
まさか、長男の口から”ピアの自慢話”が聞けるなんて思ってもいなかったので、うれしくて仕方がない。
「そうだ!今日を”ピアノ記念日”にしよう。」
もうすでに別の話を始めた家族をよそに、僕は一人でこんなことを考えながら”うれしさの余韻”に浸っていた。
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(4.13)
修道院での講演
今日は講演の日。
縁あって、ALSを患ったシスターの介護者と知り合い、それがきっかけで、修道院のシスター約50人の前でお話をすることになったのだが、さて、悟りの境地に達している人たちに、いったい、どんな話をすればいいのだろうか?
たとえば、「あなたを救ってくれる神様は必ずいますので希望を持ってください、と”ALSを患ったシスター”に伝えてください」はどうだろうか?
いやいや、そんなことは、わざわざ僕が言わなくても、シスターはみんな神様の存在を100%信じているだろう。
また、「聖書の中にこんなすばらしい言葉がありました」という付け焼き刃で勉強した知識を披露しても”やぶへび”になりかねないし・・・。
やっぱり、いつものように「自分が伝えたいこと」を話すしかないようだ。
そんなことを悩んでいるうちに修道院に到着。
そして、まずは礼拝堂を見学し、その美しさに心を清められた後、講演会場に向かう。
そこには、黒い服を着た20歳から90歳代のシスターが僕が来るのを静かに待っていた。
僕は彼女たちの前でこんな話を始めた。
「ALS患者は、病気の告知を受けた後に越えなければならないハードルが2つあります。1つは”ハンディキャップを背負う”という病気そのもの、そして、もう1つは”自分が前向きに生きていこうとすればするほど介護をしてくれる人に迷惑をかけてしまう”という考えから生じる”生きていく”という意識の衰退、つまり、” 生きる勇気”の喪失です。・・・」
その後は、読み原稿を持たなかったため、シスター達と対話をしながら話を進めていった。
そして、講演が終わった後は、控え室に戻って数人のシスター達と反省会。
その中で、齢90歳を越え、周りから”そうちょう”と呼ばれているシスターからの言葉が僕の耳に残った。
「”本当の優しさ”とは、どんな状態になっても相手を思いやることができる、という心です。あなたは、そんなに障害を持ちながらもここへ来て、そして、シスター達に勇気を与えてくれた。あなたは”本当の優しさ”を持っているのですね。」
僕はこの言葉に素直に喜んで、つい、こんなことを話し始めた。
「世の中にはいろんな”優しさ”がありますが、その中には、相手をダメにしてしまう”優しさ”もあります。だから僕はずっと”本当の優しさ”って何だろう?と考え、娘にも、いろんな”優しさ”から”本当の優しさ”を知って欲しい、という願いを込めた名前を付けました。ですから・・・」
「あなたに、”本当の優しさ”を持っている、と言われたことはとてもうれしいです」と言おうとしたのだが、なぜか他のシスター達も僕のことをたくさん誉めてくれていたので、途中からなんだか照れくさくなってしまい、「・・・ですから、お尻がムズムズしてきたので、もう帰りますね。」と言って、みなさんに笑われてしまった。
こうして、僕は、また、”生きる勇気”のお裾分けをしてもらった。
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(4.12)
以心伝心
昨夜、娘が恐い夢を見てしまい、一晩中べそをかいていたため、家族全員が寝不足のまま朝を迎えてしまった。
不機嫌な気持ちを全面に出して僕を起こしに来る妻。
何とか起きてはきたものの、リビングで寝てしまった長男。
そして、「眠い!起きたくない!」と駄々をこねてなかなか布団から出てこない娘。
そうだ!
こんな時は、僕が何とかするしかない。
まずは、「長男の着替え」から。
これは、いつものように、”お母さんと着替えの競争をする”ことによって問題なくクリアする、と思っていた。
しかし、その読みは甘かった。
普通であれば、ギリギリのところで長男が勝ち、その後、長男は気分良く朝食を取り始めるのだが、今日は娘を起こすことに手間取ってしまったため、その時間を取り戻そうと思った”お母さん”が、急いで着替えてしまい、こともあろうか、なんと、長男に勝ってしまったのだ。
それを見ていた僕は、思わず妻に「バカ!」と声を出さずに言ってしまったのだが、それが妻にばれてしまった。
いけない!
変なときに、妻との”以心伝心”が働いてしまった。
「今何て言ったの?そんなことを言う人は地獄に堕ちればいいのに。あなたがいると、いつもイライラするのよね。」
「何を言っているんだ?自分の”失敗”を棚に上げて訳のわからないことを言うんじゃないよ!」
いけない!
僕もイライラしてきた。
「おい!いつになったら歯を磨いてくれるんだよ!」
「あ〜あ、面倒くさいなあ。あなた、歯を全部抜いてしまったらどうなの?」
「なに〜!ふざけたこというな!ボケ!」
「・・・、ふ〜、仕事に行かない人は楽でいいわね〜。」
「・・・」
もうめちゃくちゃな会話になってきた。
でも、その状況は僕の不用意な”心の一言”から始まったのだから、我慢をするのも僕から始めるのが”スジ”ってものだ。
ここは我慢だ。
我慢して、もう何も言うな。
ただ、出かけるときにだけ「行ってらっしゃい」と言おう。
そして、7時50分になり、家族は”嫌な空気”を引きずったまま玄関へ行く。
「・・・、行ってらっしゃい。」
すると、玄関を出ようとしていた妻から「行ってきま〜す」という言葉が返ってきた。
なんだかホっとした瞬間だった。
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(4.2)
普通のお父さん
今日はリハビリに行く日。
でも、先週から娘が水疱瘡になってしまっていて、病院から「しばらく保育園に行くのは控えましょう」と言われている。
幸い、娘は、熱もなく元気なのだが、今日までは保育園に行けず、また、妻も、年度初めということもあって仕事を休むことができない。
こんなわけで、娘も僕と一緒にリハビリの病院まで行くことになった。
僕がリハビリをしている間、娘は僕の母と一緒に待合い席でおとなしく待っている。
その様子が僕からも見えて、周りの人からは「いいお子さんですね」と誉められるのだが、僕の目には、「退屈で仕方がない娘」の姿が映っていた。
「僕が”普通のお父さん”だったら、娘にこんな退屈な思いはさせないのに・・・。普通のお父さんだったら・・・。」
世の中に”普通のお父さん”なんて、いるはずもない。
そんなことはわかっているのだが、こんな時は、なぜか”普通のお父さん”になりたくなる。
リハビリが終わって、家に帰ってからも娘の”暇”は解消されずに、母が散歩に連れて行ってくれた。
僕は娘が大好きだ。
だから、もし、僕が”普通のお父さん”だったら、決して娘に暇な時間は与えやしない。
そんなことを考えながら、その一方で、数年前は子どもの世話を妻に任せて、毎日、夜中まで仕事をしていた”普通のお父さん”だった頃の自分を思いだしていた。