母さんがんばれ!

PART3(4 月 編)5月へ


4月1日(月)
 毎週外泊できていて,楽しく外食していたのに,近いうちに主治医が相談したいとのこと。本人が聞いたところによると,腹水がたまってきている。手術をするのなら今しかない。しかし,手術をすることでのリスクはあるとのこと。
 こんなに元気なのに・・・。今の治療をずーっと続けるわけにはいかないのだろうか。全快するにこしたことはないけれど,あまりにリスクがありすぎるようで。どうするか決断せねば。とりあえずいろんなケースにおけるリスクについて説明を聞いて決めよう。



4月3日(水)
 いよいよ明日,主治医と相談することになりました。
 本人としては,体の中に病巣があるのはイヤだからとってしまいたいという気持ちになっているようだ。
 完治を求めるなら,手術をするべきだが・・・。0か100かという判断だけではあまりに危険な賭のような気がして。50くらいでよしとする答えは導けないのかじっくりと話をしてみようと考えています。


4月6日(土)
 手術することに決めました。理由は2つ。
 1つは,腹水がたまってきたことと,腸に癒着が見られるということ。
 もう1つは,取り出した細胞を詳しく調べることで,効果のあるクスリを断定することができるかもしれないということ。
 1点目に関しては,ガン細胞に関しては入院したときとそう大差ないとのことでしたが,その周辺の様子がやや悪化しているので,このままで快復していくとは考えにくい。だから,手術ができるうちにきれいにはがしてもらおう。また,腫瘍自体の大きさに変化がないということは,クスリが効果的に効いているとは考えにくい。なので,よりよく効くクスリを特定する必要がある。あんまり効かない薬を投与して副作用で苦しむのはあまりに無駄である。というわけで,来週の金曜日に手術することになりました。
 摘出についても心配はあるのですが,輸血を伴う手術になりそうです。白血球の数とうも低下しているので,出血が止まりにくいそうです。1000CC前後の出血を伴うだろうということでした。輸血に関してはいろいろ心配もありますが,確率的にいうと事故が起きるのは宝くじに当たるくらいのようなので大丈夫でしょう。とにかく,体力をつけて金曜日を迎えさせよう。


4月7日(日)
 大分に行って来ました。目的は日田天領水を手に入れるためです。やはりすごい人気でした。会社の前には車の行列です。約50台前後の車が常に並んでいました。ナンバーも福岡,熊本,宮崎など九州各県から来ていたようです。車1台に1日1個のみの販売でした。ナンバープーレートも調べて何度も並ぶことはできない状況でした。町の中にある会社だったので自然の力を実感することはできませんでした。天然のラムネが出るところがあるということで,庄内町まで足を延ばすことにしました。男池というそばに白水鉱泉というところがあり,確かに炭酸水が湧き出ていました。この水を飲むと内臓病や皮膚病に効くということ。ここでも水を汲んで帰ることにしました。ここも,各地からポリタンクを5〜10個車に詰め込んで来ていました。やはり水か!とにかくこの水を飲んで調子を整えさせよう。


4月11日(木)
 とても心が重い1週間でした。新学期が始まっていろんなことを準備しなければいけない。学校も我が子のことも。春休みのペースとは全く違った日々。
その上,病状のこと。慣れるまではどんなこともつらいですね。3日,3ヶ月,3年。とりあえず,新学期も3日過ぎ,ようやくペースをつかみつつあります。
 さて,いよいよ明日は手術の日。病巣が全てとれることを祈るばかりです。主治医の話では,術中の心配は出血のみということです。開いてみると様子が分かるので,大変な出血を伴いそうだったら無理には取りに行かないとのことです。なので,手術自体はそんなに心配はいらないようです。しかし,手術をすることで進行を速めることも2〜3割の割合であるとのことでした。しかし,このままでいるよりも価値ある選択なのは間違いないようです。細胞を取り出し,効果のあるクスリを特定することが今回の手術の目標です。全ては,相手を知ることから始まるようです。そのための着実な一歩を踏み出します。


4月12日(金)
 いつもより早起きして,7時20分に病院へ着きました。まだ着替えの前で,昨晩の様子のままでした。そのうち準備を済ませ,8時ちょうど,車椅子に乗って3回の手術部へ。手術部のドアの手前までしか行ってはいけなかったのですが,看護婦さんは,エレベーターを降りたかと思うとそのままドアの向こうへ。私も,何の疑いもなしに中へ。すると,「ここには入られませんよ。」との声。見るとそこにはシャワーキャップのような帽子をかぶっている人ばかり。「えっ!」あわててドアを出る。「あーあっ。何の声もかけることなく,手を握ることもなく行っちゃったよ。」
 8時から麻酔をかけて,10時頃から執刀とのこと。だいたい2時間半から3時間の予定でした。12時,腹ごしらえをしておかなければ夜まで持たないと思い食堂へ。急いで食べて待合室に戻る。12:30。そろそろ戻るかな。13:00。まだかなぁ。13:30。ちょっと遅いなぁ。14:00。どうしたんだろう。きっと悪いものは全部取りに行っているんだ。14:30。ひょっとして止血できずに大変なことになっているのでは?15:00。いやぁー,まいっちゃったなぁ。15:30。どうしたんだろう。朝声をかけなかったことがとても悔やまれる。悪いことばかり考えてしまう。もう,ナースセンターの方へは,何回目をやったことだろう。なかなか声がかからない。様子を聞いてもきっと看護婦さんには分からないだろうし・・・。16:00。「もう限界だ。」担当の看護婦さんに,尋ねようとしたとき,ナースセンターから出てきた。今がチャンス。「あのー,」まるで諒太朗が話しているようだ。「もうすぐ戻られますよ。」「ほーーーーーっ。」
 一目見たところによると,前回の術後よりも軽そうで一安心。その後,主治医より説明がある。「うーん,事実が分かれば,また新たな問題が出てくる。」
この病気とつきあっていく決意はできているのだが,なかなか悪い細胞を絶滅させることができない。もう一がんばり必要だ。本人も気にしていたことが現実として起こっている。19:00。主治医が様子を見に来てくれた。「腸はいじくらなかったのですか?」「いじくってないよ。」「癒着はなかったんですか。」「その話は,少し後にしよう。とりあえず,今日,明日頑張ってもらわないといけないから・・・。」一瞬重い空気が流れた。
 その後は,疲れからか,30分程度ぐっすりと眠る。21:00。病院をあとにして自宅に戻った。


4月13日(土)
 ゆっくりとした時間が過ぎた。8時間ほど病院で過ごす。口の中がねばねばするのか何度となくうがいをする。体や足がべたべたするというので蒸しタオルで拭く。気持ちよさそうだ。蒸しタオルって何となくすっきりするなぁ。
 先週行った旅行の写真を持っていって一緒に振り返ったり,ただ一緒にうとうとしたりの1日だった。
 土日が休みになって良かったなぁと実感した1日だった。


4月14日(日)
 今日も午前中から病院へ。
 だいぶん元気になっていた。寝返りや正座するまでになった。ただ,ガスがでない。ガスが出ないことには水分も取ることができない
 点滴だけの1日だった。ガスさえ出れば,尿の管もとれるし口から栄養もとれるし。と思いながら腰のツボを押していました。残念ながら,ガスの音を聞くことができず自宅へ。夕食はおいしい肉ですき焼きを食べました。「お母さんもいたらいいのにね。」・・・。
(ps:ドコモ2538さん。応援してくれてありがとうございます。メールの返信がうまくいきません。この場を借りて,ごめんなさい。)


4月18日(木)
 ずいぶん元気になりました。ガスも月曜日には出て,重湯からスタートしました。今日はもう7分粥です。食欲もまあまあでした。食べたあとは,少しきつそうにしているのが気にはなりますが・・・。(食べたあとに下腹に張りを感じると言っているのが心配です。)
 いよいよ明日は抜糸です。抜糸といっても今はホッチキスのようなもので止めているそうです。前回の手術ではほとんど痛みを感じずにすんだので今度もそうだといいのになぁと心配していました。明日は金曜日。もう2週間も家には帰ってないので,外泊できればいいのになぁ。抜糸をしてすぐは無理かな。けれど,来週はもう点滴治療が始まるかもしれない。とにかくおいしいものを食べさせてやりたいな。


4月19日(金)
 抜糸も無事終わりました。食事もずいぶんとれるようになりました。ただ,食事後に腸のところが痛むようです。今日も脂汗が出たといっていました。腸の癒着がかなりのものなのかと心配になる。
 また来週から点滴治療が始まります。本人はしたくなさそうですが,体の中で悪いものがこれ以上増えないためにも必要なので,何とか体力をつけて乗り切らせなければ。この調子なら3週間外泊不可能のようです。残念。


4月20日(土)
 昨晩は,動悸がして寝汗がすごく,夜中に吸引してもらったそうです。
 今までとは違う体調に,本人も不安を抱いているようだ。何とか落ち着いて,安定していってほしいと願うばかりだ。
 明日は,日曜日で何も予定なし。昼から病院に行ってゆっくり過ごすこととしよう。


4月21日(日)
 昨夜遅く電話があり,咳が止まらないとのこと。担当医がいないのでクスリが出せないといわれたそうで,咳止めを作ってほしいとの内容だった。大根の蜂蜜づけとタマネギの蜂蜜づけを作って持っていきました。今晩効いてくれるといいなぁ。タマネギづけはすごいにおいで効きそうです。ただ,同室の人に迷惑かけそうです。とにかく,咳きが治まって十分休養がとれ,体力を蓄えて点滴に入れればいいのだけれど。


4月22日(月)
 大根の蜂蜜づけが効いたようです。タマネギの蜂蜜づけは逆に上顎の膜を傷つけたようです。みなさんもご注意あれ。
 さて,腸の張りもだいぶ良くなってきたようです。まだ張りはあるけれどぐるぐると音を立てて通るのを感じるとのこと。一安心です。
 今日主治医から話があって,「検査結果が出てから一度話をして今後の治療方法を決めよう。」と言われたそうです。と言うことで,今週の金曜日に話がありそうです。なので,今週は治療なくゆっくりと過ごせそうです。久しぶりに今週末は外泊ができそうです。毎週外泊していたときは,入院しているという感じがあまりしなかったのですが,2週間帰れなかったら1ヶ月以上も入院したままのような感じがします。
 明日は,東京から姪が来るようになっています。夕食時だけ外出させてもらって,一緒に食事ができればいいな。


4月24日(水)
 昨日は待ちに待っていた姪「ミミちゃん」が来てくれました。7年ぶりの再会で,ずいぶん大人びていました。(二十歳になったんだから当たり前か。)
  残念ながら外出はできませんでした。本人が,お腹の具合が心配なので外出したい気持ちにならなかったようです。
 せっかく東京から来てくれたので,中華を食べたあと稲佐山に行きました。都会の夜景とはまた違って良かったと感激してくれて嬉しくなりました。
諒太朗は,例のごとく碁の相手が見つかったと夜の11時近くまで相手をしてもらっていました。久しぶりに,わいわいと楽しい我が家でした。


4月27日(土)
 昨日の夜から,久しぶりの外泊です。(自分の家に戻るのに外泊というのもおかしいよね。)
 主治医の説明を聞いてからの出発になりました。
 転移については今のところ不明とのこと。
 とにかく,全身的に叩いていくとのこと。薬をタキソールというのに変えて,しかも1週間に1度の治療に変更するとのこと。
 本人は,また点滴治療が始まることにげんなりした様子。何とか励ましながらその気にさせる。
 術後,腹部の痛みや足の付け根の痛み等で体調がすぐれず,とぼとぼとした足取りでの帰宅となりました。
 今日も,外食しようという気にもなれず,自宅でお粥を食べました。
 去年の今日は,帆船祭りに家族で出かけて,寒い夜風の中写真を撮ったのに・・・。(今年も行きたかったなぁ。)
 明日は,腕をふるっておいしいものを作ろう。


4月29日(月)
 丸3日間,家で過ごしました。
 食欲は,まだ十分あるとは言えない状態です。それよりも,通じが悪いのが気になります。病院にいたときは,食後に必ず行っていたのに(それも行き過ぎだったのだが)。
  腸に癒着があるので,腸閉塞になるのが一番の心配事です。点滴で栄養を補給してもらって,腸の働きを高めることができるといいのですが。
 明日から,新しい薬の投与が始まる。順調にいけば毎週週末は外泊できるとのことでしたが,何とか元気を回復して週末はいろんなところに食べに連れて行きたいな。とにかく元気になるように祈りつつ明日を待とう。



5月へ