母さん頑張れ!5月
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5月 2日(木)
明日からゴールデンウィークも後半。今日から4泊5日の長期外泊ができると思っていたが,食事が思うようにとれず外泊を見送る。何とか,腸の調子が良くなって前のように何でも食べられるようになればいいのだが。少なくとも2泊3日の外泊ぐらいはさせたいな。
新しい薬による治療は,ひどい副作用もなく順調に終わった。自信を持たせて,来週の2回目の治療に備えさせよう。
5月4日(土)
昨日から外泊中です。昨夜はお好み焼きを作って食べました。なかなか調子はよさそうでしたが,今朝はあまり食欲がなく,ごはん(お粥)も半分だけでした。気分転換に,買い物にでも連れて行こう。
5月5日(日)
夕方から,買い物と食事に出ました。
すし活はこどもの日とあって,午後6時に行ったのですが,相当の混雑。40分ほど待って食することに。
しかし,これがまずかった。お粥しか食べてなかったのに,銀しゃり。しかも生もの。30分ほどすると異変が・・・。帰りの車の中で食べたものを全部・・・。
2時間ほど自宅に戻って休んだら,胃の調子は良くなったようです。明日は,またお粥から始めて腸の調子を戻していこう。
5月6日(月)
今日は朝から,おじや中心の食事にしました。昼食後はようやく外泊前と同じ状態に戻ったようです。
晩ご飯は,サラダを作ってくれたり,準備の手伝いをしたりと久しぶりに2人で台所に立ちました。元気になったのはいいけれど,ついつい余計なことまで口をついて出てしまうしまつ。元気になった証拠か。今回も,8時ちょうどに病院到着。病院に戻るとほっとした。今までにない感情である。病室で荷物をかたづけながら,ふっとあることが頭に浮かぶ。「これって,逆単身赴任だな。」
明日は,2回目の治療がある。先週と同様に,大きな副作用がないことを祈ろう。
5月7日(火)
今日も午後7時,滑り込むように病院に到着。
点滴がない。今日はしなかったのかと思いきや,朝7時40分から始まって,午後4時には終わったと嬉しそう。主治医が別の手術があり,早めに始めたらしく,いつもこうだといいのにと都合のよいことを言っていました。
副作用もなく,食事もとれたよう。良かった。
5月9日(木)
点滴後2日目に副作用が来る場合があると聞いていたので,心配をしていたが,元気そうだった。午後3時頃には,食堂で野菜ラーメンを食べたとも言っていました。食べたくてたまらず注文したとのこと。3分の2ほども食べたとにこにこしながら話していた。このぶんだったら今週の外泊も大丈夫だろう。
5月13日(月)
週末は無事外泊できました。お粥のごはんを食べることによって元気に過ごせました。元気すぎるぐらいで,妻の言葉に入院後始めてムッとしました。
布団を干せだとか,クーラーの掃除をしろだとか,フィールターは洗剤で洗えとか・・・。とにかく口うるさく言うのでした。何をそんなにとも思いましたが,ぐっとがまんして黙々と働きました。元気になると家のことが気になるのだろう。ということで,今日も病院では元気そうでした。明日の治療も無事に済むことでしょう。
5月19日(日)
今回の外泊は今までとは違って心配な気持ちを抱いたものとなった。
金曜日は,夕食を終えて一段落したあと,私一人で久しぶりに外出した。(2次会に参加)
翌日は,バスケットの大会のため,朝食と昼食の準備をしてそうそうに家を出ることに。
夕方,買い物をして帰宅したときも別段かわったところがなかったので,とりあえず夕食の支度を始める。
そろそろ,夕食ができるという頃になると胃が痛いということ。少な目に食べることに。が,そのあと下腹部に張りが。しかも胃の痛みも増すようす。
排泄がうまくできない。(ガスも出ないようす。)貧血の数値が著しく悪く,これ以上落ちると点滴治療を延期しなければならなくなるので,貧血予防の薬を飲みだしてから調子が悪いようだ。一方をカバーすると,別のところに障害が出てくる。土曜の午後10時。やむを得ず,病院に戻ることに。準備をし,いざ戻ろうとして,トイレに行ったところガスが出たようす。幾分調子がよくなり,翌朝まで様子を見ることに。夜中も,1時間ごとにトイレに行き,少しでも楽になるように頑張る。
何とか,厳しい状態からは開放されたようだが,きつそうな様子。「来週は帰れんかもしれん。」弱気な言葉。「何ば言いよると。来週は中総体ばい。祐介の最後の試合やけん,帰ってこんば。」いつもより勢いよく言う。
夕食を済ませた頃にはいつもの状態のようだったが,次回の治療までに回復できるか心配である。
5月20日(月)
白血球の数値が半減していました。今まで悪くても2400あったのが今回は1100になっていました。
偶然,今日ナースセンターで主治医と会いました。外泊の時の様子を尋ねられ,腸の様子や胃の痛みを説明したところ,腫瘍マーカーの変化についても聞かされました。
今までは,点滴の副作用さえなければ,こんなに元気なのに何で病気なのかという気持ちでいたのに,今回の腸の異変には些かへこんでいます。
NJJの管理人によると,ヤフーの検索でキャプテンの部屋がヒットするそうなので,回復のための方法をぜひ教えてもらいたいものです。
5月23日(木)
白血球が1000に,その他の数値も下がっていました。数値を上げるため,3日間注射を打っていたのだが効果がなかったようです。
その上,今日見たら髪の毛がかなり抜け落ちていた。いよいよ帽子が必需品となった。面会に行ったときの様子はそんなにきつそうではなかった。
しかし,血液検査の数値が悪いのと髪の毛がかなり抜けたものでちょっと落ち込んではいましたが・・・。
それにしても,諒太朗の力はすごいものがある。一人で病室みんなの気分を明るくしてくれる。それで母さんも元気になる。今では3つの部屋を渡り歩いて,多くの人の気分をリフレッシュしているようだ。私一人で面会に行っていてもきっと暗い雰囲気のまま帰ることとなるだろう。想像するとぞっとする。本当にこの子がいてよかった。
5月27日(月)
先週は,やはり外泊はできませんでした。白血球や貧血等の数値が上がらず,残念でした。しかし,徐々に数値も持ち直し外出はできました。
日曜日もお昼から自宅に戻り,ミシンでせっせと帽子作りに励んでいました。わずかな時間に4つもつくりルンルンでした。生き生きしていたなぁ。頭髪がほとんどなくなったから帽子が必要になったのに,それを作るのが楽しいとは皮肉なものです。ちょっと派手かなぁとも思ったのですが,本人が気に入っているのがなりよりでしょう。
夕ご飯は,お隣からの差し入れもあって豪華夕食となりました。
月曜の血液検査の結果も少しずつ数値が上向いていて,治療をしなければ元に戻るんだなぁという実感です。しかし,治療をしなければ悪い細胞も増えるかもしれないと考えるとつらいところです。今週は体調を戻して次週の治療に備えさせよう。
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